サッカーのための筋トレと栄養 by FR@fr_talkどうやら、高岡英夫氏と、日本人は猫背だから身体能力が低い(だから日本はW杯で勝てない?)とツイートして大騒ぎになったサッカー日本代表・長友佑都選手とは、なるほど「接点」があったようだ。日テレGoing長友トレ特集、自宅の本棚に並ぶトレ本、ビジネス本が興味深い
2016/03/14 07:48:43
ヨガや高岡英夫氏など、突き詰めるほどに教義性が強くなるトレに傾倒してるの確認
棚内ジョコビッチ栄養本も、棚にはないロナウド本と比べて、教義色が濃い
とりあえず長友本棚の本、私も読んで再考察してみます
浮世絵から日本人の筋肉の動きを読む(!?)高岡英夫
「日本人は(欧米人やアフリカ系黒人よりも)身体能力が劣っている」⇒「だからサッカーW杯で日本代表は勝てない」⇒「でも大丈夫」⇒「私の理論をあらわした本やDVD、トレーニング器具など(の商品)を購入、実践してください」⇒「そうすれば日本人の身体能力は世界レベルに向上します」……という自称「運動科学者」が、高岡英夫氏である。その高岡氏とフリーライター松井浩氏による共著『サッカー日本代表が世界を制する日~ワールドクラスへのフィジカル4条件』(翌年に日韓ワールドカップをひかえた2001年刊)は、そうした高岡氏のまさに「商品」のひとつである。
この本に目を通すと、いろいろビックリするようなことが書いてある。例えば、江戸時代の浮世絵(錦絵)を見ながら、当時の人々の身体・筋肉の動きを高岡・松井両氏が分析する〔!〕くだりである。
世界に誇れる『見返り美人図』
……体の使い方の観点から、歴史にも視野を広げてほしい。特に江戸時代の町人文化に。たとえば、日本が世界に誇る文化遺産に「浮世絵」がある。その浮世絵の傑作に『見返り美人図』があるよね。
天才浮世絵師と言われる菱川師宣〔ひしかわもろもぶ〕が、江戸時代初期に描いた傑作だよね。記念切手にもなっているから、知っている人も多いと思うんだけど、この見返り美人の素晴らしさは、どこのあるかわかるだろうか。
【見返り美人図】
もちろん、これだけの傑作だから、いろんな見方ができるよね。その中でも、体の使い方という観点でいえば、どうだろうか。じっくり見てほしい。
なんと言っても、もも裏のハムストリングスだよね〔!〕。おしりから太ももの後ろ側がしっかり使えている。振り返っているから、膝が深く曲がって前に出ているけれど、上体が後ろに残ったりしていないよね。足首の上にお尻が乗っていて、上半身がスーッと天に向かって伸びている。それに、背中からお尻にかけてとても柔らかい感じがするでしょ〔!〕。まろやかで、触るとふかふかと柔らかくて、気持ち良さそうな感じがする〔!〕。それなのに、腰がギュッと締まっている。高岡英夫+松井浩『サッカー日本代表が世界を制する日』144-145頁
北斎の浮世絵の人物も達人クラス
……江戸時代の男性だって、すごかった。
たとえば、葛飾北斎の『富嶽百景』に登場する飛脚はね。この絵を見ると、ホントに驚くことばかりだよ。
【富嶽百景「暁の不二」】
「飛脚」というぐらいだから、脚を見ると、おヘソのあたりから動いているようじゃない?〔!〕 のびのびとしていて、足首もめちゃくちゃ細い。当然ながら、アクセル筋であるハムストリングスを使った走りが描かれているよね〔!〕。そして何より、全身の筋肉がトロトロに柔らかそうでしょ〔!〕。例えば、手前の男性は背中から腕にかけて、くにゃくにゃ、トロトロに柔らかそうだし、向こう側の男性も腕がグニョグニョと柔らかそうだよね〔!〕。
飛脚って、そんなにすごい体の使い方をしていたんだね。さらにひとつひとつ挙げていけば、ほんとにキリがないくらい浮世絵の登場人物は、江戸の職人をはじめとした男性たちも、すごい体の使い方をしているのね。高岡英夫+松井浩『サッカー日本代表が世界を制する日』148-149頁
高岡英夫説への素朴な疑問とツッコミ
引用文中の「…だよね」だの「…でしょ」だのといった少々気持ち悪い口語体、また「トロトロ」だのといったオノマトペの多用は、この本が小学生に語り掛けるような文体を採っているからいるからである。それだけに高岡氏らが読者を誘導しているように読めてしまって余計に始末が悪いとも言えるが……。- 江戸時代までの日本人には、高度で優れた身体の動き=身体文化が存在した。
- しかし、明治時代以降の近代化・西洋化のために、西洋式の身体文化に強制的に置き換えられ、日本人本来の優れた身体文化は衰退し、失われた。
- 現代の日本人は、西洋式の身体の使い方をしている限り、スポーツの世界で欧米人やアフリカ系黒人に勝つことはできない。
- だから日本人は、スポーツで「世界に勝つ」ために江戸時代以前の日本人の身体文化を取り戻す必要がある。
- そのためのさまざまな「修行」と「研究」を積んできた私=高岡英夫のメソッドやコンテンツ(本やDVD、トレーニング器具、セミナーなど)を購入してください。
しかし、両氏の言及にはいろいろとツッコミどころが多い。
そもそも、実物に触れたわけでも、写真や動画ですら見たわけでもないのに、浮世絵に描かれている、しかも着物を着ている人物(見返り美人,ちなみにこの絵に特定のモデルはいないという説がある)を見ただけで、筋肉の使い方なんか本当に分かるのだろうか。
日本が世界に誇るポップカルチャーに「マンガ」がある。だからと言って、マンガの絵を見て、その登場人物の筋肉の使い方を分析するのは間違っている。マンガの絵は一定のデフォルメがされており、解剖学的なリアリティがないからだ。
日本のマンガの前史とも言える浮世絵も同じく同様、デフォルメがなされている。
例えば、実際の富士山の頂角は鈍角なのに、浮世絵の富士山はどれも鋭角化の誇張(デフォルメ)がはなはだしい。高岡・松井両氏が紹介した『富嶽百景〈暁の不二〉』の背景の富士山もまたしかり。こうした傾向は、太宰治が短編小説『富嶽百景』でも指摘しているところである。
江戸時代の浮世絵を見て当時の日本人の身体や筋肉の働きを推測することは、現代のマンガの絵を見て今の日本人の身体や筋肉の働きを読み解くことと同じだ。その方法は妥当性を欠く。それともは高岡英夫氏の特殊な能力で分析しているのか。高岡氏が「透視」する以外に他の科学者には検証できないのだとしたら、高岡氏がやっていることは、やはり、疑似科学なのではないか。
『見返り美人図』の不自然な姿勢には無頓着な高岡英夫
もっと重要なのは浮世絵の『見返り美人図』は、二次元の世界から立体化されていることなんだ。作者・菱川師宣の出身地、現在の千葉県鋸南町(きょなんまち)には菱川師宣記念館があって、その前には、女優・真野響子さんがモデルになって、彫刻家・長谷川昂さんが制作した『見返り美人図』のブロンズ像(銅像)があるんだよね。菱川師宣記念館 (トリップアドバイザー提供)
菱川師宣記念館 (トリップアドバイザー提供)
菱川師宣記念館 (トリップアドバイザー提供)
このブロンズ像から、いろんな見方ができるだろう。その中でも、身体の使い方という観点でいえば、どうかな。じっくり見てほしいんだ。
なんと言ってもポーズ(姿勢)の不自然さだよね。実際に『見返り美人図』のポーズを真似してみてほしい。首をブロンズ像のような位置に持っていくのは、生身の人間には不可能でしょ。
作者の菱川師宣は、実際にはこのポーズに無理があるのを知ってて描いているんだ。そうすることで、むしろその絵は素晴らしい芸術作品になる。すぐれた芸術にするためにに、あえて不自然でありえない姿勢やポーズをとらせることは、ドミニク・アングルの『グランド・オダリスク』ほか、古今東西の名画にも見られることなんだよ。
でも、そうだとすると、「運動科学者」であるはずの高岡英夫さんはどうして『見返り美人図』の不自然なポーズに気が付かなかったんだろうね。あるいは不自然な、ありえない姿勢をしている『見返り美人図』から高岡さんが読み解いた「筋肉の使い方」は正しい指摘なんだろうか。
とっても不思議だよね。
同じ力士の肉体を浮世絵と写真で比べると…
実在の人物の身体(肉体)を浮世絵(錦絵)がどのように描いているかを考える題材として、その一分野である「相撲絵」がある。幕末の大相撲力士には、浮世絵に描かれ、かつ写真に撮られた人物がいるのだ。幕末、文久3年(1863)に横綱免許を受けた「第11代横綱 不知火光右衛門(しらぬい・こうえもん)」である。横綱土俵入りの「不知火型」に名を残す人であるが、この横綱の浮世絵と写真が残っている。
【不知火光右衛門(錦絵)】
【不知火光右衛門(写真中央)】
一目で分かる通り、同一人物でも錦絵と写真では力士としての体つきがまるで違う(写真中央の横綱不知火の土俵入りが「不知火型」ではなく「雲龍型」であることは,今回はあまり関係ない)。
むろん、写真の身体が貧弱なのではない。当時の横綱だから不知火の身体は鍛え上げられた肉体である。力士にボディビルのような見せる筋肉は不要。一方、錦絵の不知火の体つきは誇張(デフォルメ)が激しい。
江戸時代の浮世絵(錦絵)の持ち味は写実ではなく、デフォルメである。ダメ押しになるが、そこから当時の日本人の身体の動きや使い方を推測する方法は非科学的である。
やっぱり、高岡英夫はいかがわしいのである。