スポーツライター玉木正之氏の知的誠実さを問う

日本のサッカーカルチャーについてさまざま論じていきたいと思っています。

タグ:高岡英夫

 どうやら、高岡英夫氏と、日本人は猫背だから身体能力が低い(だから日本はW杯で勝てない?)とツイートして大騒ぎになったサッカー日本代表・長友佑都選手とは、なるほど「接点」があったようだ。

浮世絵から日本人の筋肉の動きを読む(!?)高岡英夫
 「日本人は(欧米人やアフリカ系黒人よりも)身体能力が劣っている」⇒「だからサッカーW杯で日本代表は勝てない」⇒「でも大丈夫」⇒「私の理論をあらわした本やDVD、トレーニング器具など(の商品)を購入、実践してください」⇒「そうすれば日本人の身体能力は世界レベルに向上します」……という自称「運動科学者」が、高岡英夫氏である。

 その高岡氏とフリーライター松井浩氏による共著『サッカー日本代表が世界を制する日~ワールドクラスへのフィジカル4条件』(翌年に日韓ワールドカップをひかえた2001年刊)は、そうした高岡氏のまさに「商品」のひとつである。

 この本に目を通すと、いろいろビックリするようなことが書いてある。例えば、江戸時代の浮世絵(錦絵)を見ながら、当時の人々の身体・筋肉の動きを高岡・松井両氏が分析する〔!〕くだりである。
世界に誇れる『見返り美人図』
 ……体の使い方の観点から、歴史にも視野を広げてほしい。特に江戸時代の町人文化に。たとえば、日本が世界に誇る文化遺産に「浮世絵」がある。その浮世絵の傑作に『見返り美人図』があるよね。

 天才浮世絵師と言われる菱川師宣〔ひしかわもろもぶ〕が、江戸時代初期に描いた傑作だよね。記念切手にもなっているから、知っている人も多いと思うんだけど、この見返り美人の素晴らしさは、どこのあるかわかるだろうか。
菱川師宣「見返り美人図」
【見返り美人図】

 もちろん、これだけの傑作だから、いろんな見方ができるよね。その中でも、体の使い方という観点でいえば、どうだろうか。じっくり見てほしい。

 なんと言っても、もも裏のハムストリングスだよね〔!〕。おしりから太ももの後ろ側がしっかり使えている。振り返っているから、膝が深く曲がって前に出ているけれど、上体が後ろに残ったりしていないよね。足首の上にお尻が乗っていて、上半身がスーッと天に向かって伸びている。それに、背中からお尻にかけてとても柔らかい感じがするでしょ〔!〕。まろやかで、触るとふかふかと柔らかくて、気持ち良さそうな感じがする〔!〕。それなのに、腰がギュッと締まっている。

高岡英夫+松井浩『サッカー日本代表が世界を制する日』144-145頁
北斎の浮世絵の人物も達人クラス
 ……江戸時代の男性だって、すごかった。

 たとえば、葛飾北斎の『富嶽百景』に登場する飛脚はね。この絵を見ると、ホントに驚くことばかりだよ。
富嶽百景「暁の不二」
【富嶽百景「暁の不二」】

 「飛脚」というぐらいだから、脚を見ると、おヘソのあたりから動いているようじゃない?〔!〕 のびのびとしていて、足首もめちゃくちゃ細い。当然ながら、アクセル筋であるハムストリングスを使った走りが描かれているよね〔!〕。そして何より、全身の筋肉がトロトロに柔らかそうでしょ〔!〕。例えば、手前の男性は背中から腕にかけて、くにゃくにゃ、トロトロに柔らかそうだし、向こう側の男性も腕がグニョグニョと柔らかそうだよね〔!〕。

 飛脚って、そんなにすごい体の使い方をしていたんだね。さらにひとつひとつ挙げていけば、ほんとにキリがないくらい浮世絵の登場人物は、江戸の職人をはじめとした男性たちも、すごい体の使い方をしているのね。

高岡英夫+松井浩『サッカー日本代表が世界を制する日』148-149頁

高岡英夫説への素朴な疑問とツッコミ
 引用文中の「…だよね」だの「…でしょ」だのといった少々気持ち悪い口語体、また「トロトロ」だのといったオノマトペの多用は、この本が小学生に語り掛けるような文体を採っているからいるからである。それだけに高岡氏らが読者を誘導しているように読めてしまって余計に始末が悪いとも言えるが……。
  1. 江戸時代までの日本人には、高度で優れた身体の動き=身体文化が存在した。
  2. しかし、明治時代以降の近代化・西洋化のために、西洋式の身体文化に強制的に置き換えられ、日本人本来の優れた身体文化は衰退し、失われた。
  3. 現代の日本人は、西洋式の身体の使い方をしている限り、スポーツの世界で欧米人やアフリカ系黒人に勝つことはできない。
  4. だから日本人は、スポーツで「世界に勝つ」ために江戸時代以前の日本人の身体文化を取り戻す必要がある。
  5. そのためのさまざまな「修行」と「研究」を積んできた私=高岡英夫のメソッドやコンテンツ(本やDVD、トレーニング器具、セミナーなど)を購入してください。
 ……高岡英夫氏と松井浩氏は『サッカー日本代表が世界を制する日』の中で、とにかくこういうことを言いたいのである(そうした視点がどこまで妥当なのかは何とも言えない)。もっとも、なにぶん資料に乏しい江戸時代のことだから、高岡・松井両氏は仕方なく浮世絵をタネに話をするしかない。

 しかし、両氏の言及にはいろいろとツッコミどころが多い。

 そもそも、実物に触れたわけでも、写真や動画ですら見たわけでもないのに、浮世絵に描かれている、しかも着物を着ている人物(見返り美人,ちなみにこの絵に特定のモデルはいないという説がある)を見ただけで、筋肉の使い方なんか本当に分かるのだろうか。

 日本が世界に誇るポップカルチャーに「マンガ」がある。だからと言って、マンガの絵を見て、その登場人物の筋肉の使い方を分析するのは間違っている。マンガの絵は一定のデフォルメがされており、解剖学的なリアリティがないからだ。

 日本のマンガの前史とも言える浮世絵も同じく同様、デフォルメがなされている。

 例えば、実際の富士山の頂角は鈍角なのに、浮世絵の富士山はどれも鋭角化の誇張(デフォルメ)がはなはだしい。高岡・松井両氏が紹介した『富嶽百景〈暁の不二〉』の背景の富士山もまたしかり。こうした傾向は、太宰治が短編小説『富嶽百景』でも指摘しているところである。

 江戸時代の浮世絵を見て当時の日本人の身体や筋肉の働きを推測することは、現代のマンガの絵を見て今の日本人の身体や筋肉の働きを読み解くことと同じだ。その方法は妥当性を欠く。それともは高岡英夫氏の特殊な能力で分析しているのか。高岡氏が「透視」する以外に他の科学者には検証できないのだとしたら、高岡氏がやっていることは、やはり、疑似科学なのではないか。

『見返り美人図』の不自然な姿勢には無頓着な高岡英夫
 もっと重要なのは浮世絵の『見返り美人図』は、二次元の世界から立体化されていることなんだ。作者・菱川師宣の出身地、現在の千葉県鋸南町(きょなんまち)には菱川師宣記念館があって、その前には、女優・真野響子さんがモデルになって、彫刻家・長谷川昂さんが制作した『見返り美人図』のブロンズ像(銅像)があるんだよね。


菱川師宣記念館 (トリップアドバイザー提供)
菱川師宣記念館 (トリップアドバイザー提供)
菱川師宣記念館 (トリップアドバイザー提供)

 このブロンズ像から、いろんな見方ができるだろう。その中でも、身体の使い方という観点でいえば、どうかな。じっくり見てほしいんだ。

 なんと言ってもポーズ(姿勢)の不自然さだよね。実際に『見返り美人図』のポーズを真似してみてほしい。首をブロンズ像のような位置に持っていくのは、生身の人間には不可能でしょ。

 作者の菱川師宣は、実際にはこのポーズに無理があるのを知ってて描いているんだ。そうすることで、むしろその絵は素晴らしい芸術作品になる。すぐれた芸術にするためにに、あえて不自然でありえない姿勢やポーズをとらせることは、ドミニク・アングルの『グランド・オダリスク』ほか、古今東西の名画にも見られることなんだよ。

 でも、そうだとすると、「運動科学者」であるはずの高岡英夫さんはどうして『見返り美人図』の不自然なポーズに気が付かなかったんだろうね。あるいは不自然な、ありえない姿勢をしている『見返り美人図』から高岡さんが読み解いた「筋肉の使い方」は正しい指摘なんだろうか。

 とっても不思議だよね。

同じ力士の肉体を浮世絵と写真で比べると…
 実在の人物の身体(肉体)を浮世絵(錦絵)がどのように描いているかを考える題材として、その一分野である「相撲絵」がある。幕末の大相撲力士には、浮世絵に描かれ、かつ写真に撮られた人物がいるのだ。

 幕末、文久3年(1863)に横綱免許を受けた「第11代横綱 不知火光右衛門(しらぬい・こうえもん)」である。横綱土俵入りの「不知火型」に名を残す人であるが、この横綱の浮世絵と写真が残っている。
不知火光右衛門(錦絵)
【不知火光右衛門(錦絵)】

不知火光右衛門(写真中央)
【不知火光右衛門(写真中央)】

 一目で分かる通り、同一人物でも錦絵と写真では力士としての体つきがまるで違う(写真中央の横綱不知火の土俵入りが「不知火型」ではなく「雲龍型」であることは,今回はあまり関係ない)。

 むろん、写真の身体が貧弱なのではない。当時の横綱だから不知火の身体は鍛え上げられた肉体である。力士にボディビルのような見せる筋肉は不要。一方、錦絵の不知火の体つきは誇張(デフォルメ)が激しい。

 江戸時代の浮世絵(錦絵)の持ち味は写実ではなく、デフォルメである。ダメ押しになるが、そこから当時の日本人の身体の動きや使い方を推測する方法は非科学的である。

 やっぱり、高岡英夫はいかがわしいのである。

(了)


このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

長友佑都 日本に帰国し欧州人との「姿勢」の違いに驚き
  • 日本に帰国した長友佑都が日本人の姿勢についてツイートした
  • 猫背で、表情暗い人かなり多いなぁ。みんな疲れてるんかな」と投稿
  • 「これでは身体能力高い人なかなか出てこないな」と指摘した

長友選手のツイッターは「炎上」か「ステマ」か
 新年早々、サッカー日本代表・長友佑都選手が以下のツイッター2本で「炎上」、ネットでは賛否両論の反応が飛び交った。

 日本人はみんな猫背で姿勢が悪い⇒これでは日本人から身体能力の高い人が出てこない。……と、長友選手は言う。このツイートには「猫背の日本人は、背筋が伸びた欧米人やアフリカ系黒人よりも身体能力が劣っている⇒だから日本人のアスリートはオリンピックやワールドカップで勝つことができない」という含みがある。

 こうした「劣等なる日本人の身体能力は、日本人の(歴史的・伝統的な)生活様式に由来する」という考え方の系譜に連なるものとして、当ブログは、武智鉄二(たけち・てつじ)に始まり、サッカーでは近江達(おうみ・すすむ)、細川周平、佐山一郎らが展開した「日本人すり足民族論」を紹介した(下記のリンク先参照)。
 長友選手の無邪気(?)なツイートが「炎上」してしまったのは、日本サッカー界・サッカーファンの間に沈殿する、こんな「思想」を刺激したからではないか……というのが、当ブログの見立てであった。
 ところが、これは長友選手が関連する姿勢矯正器具商品のステマ(ステルスマーケティング)、要するに広告・宣伝、あるいは「炎上商法」なのだという話が出てきた。

 そうなると、今回の事件はまた違った形で見えてくる。長友選手のツイート炎上⇒ステマ疑惑で思い出したのは、あの高岡英夫氏のことだった。

高岡英夫とは「誰」か?
 そもそも高岡英夫氏とは何者なのか? 簡単に言うと「スポーツやアスリート・武道家、身体、トレーニング等に関する〈科学〉の在野の〈研究者〉であり、その〈成果〉を〈ビジネス〉として提供している人」である。
高岡英夫(プロフィール)
 サッカー選手の身体作りやトレーニングに関する著作も出している。その効能書きの最たるものは、人気サッカー漫画『フットボールネーション』(大武ユキ作)の監修者ということだろう。


 日本人は(欧米人やアフリカ系黒人よりも)身体能力が劣っている⇒だからサッカーW杯で日本代表は勝てない⇒でも大丈夫⇒私(高岡英夫)の理論をあらわした本やDVD、トレーニング器具などを購入してください⇒そうすれば日本人の身体能力は世界レベルに向上します……という、高岡英夫氏。

 日本人は(みんな猫背で)身体能力が(欧米人やアフリカ系黒人よりも)向上しない⇒(これではサッカーW杯で日本代表は勝てない⇒)でも大丈夫⇒私(長友佑都)が推奨する姿勢矯正器具を購入してください⇒そうすれば日本人の(猫背も治って)身体能力は(世界レベルに)向上します……という、長友佑都選手。

 この2人の文脈は、世界レベルに比して「劣等なる日本人の身体能力」という人々のコンプレックスを付け目にしているという点で、よく似ているのである。

トンデモ高岡英夫の世界
 ところが、高岡英夫は毀誉褒貶の激しい、ありていに言えばトンデモ・オカルト・疑似科学の世界の人なのである。ネット上では、例えば、高岡氏がウェイトトレーニングを一概に否定していることが批判の対象になっている。

 そして、こんな指摘がある。
ニセ科学批判の好きな人が多い一方で、高岡英夫(や、似たようなオッサンたち、さらに言えばスピリチュアルくさいライフハックやら)が割とすんなり受け入れられてしまうのがちょっと不気味なのだ。

武道・格闘技にやる側として関わっていた人なら、高岡英夫の名は小耳に挟んだことのある人は少なくないと思う。一時福昌堂系の格闘技雑誌などによく登場し、ディレクトシステム〔DS〕なる理論だか図面で、色々な達人の動きを分析してみせていた人だ。ヒクソンのDSとかいうのもあった。人体に色んな線を入れた図面なのだが、こうした図は高岡の特殊能力(?)で読み取られるものらしい。さらに、宮本武蔵のDSと称するものを一億だか一千万だか、ものすごい値段で売っていた記憶もある(値段はよく覚えていないが、とにかく破格だった)。

高岡英夫の話は、一見もっともらしい。〔以下略〕

ブログ「高岡英夫が流行っているが」2011-09-21
 引用文中に「宮本武蔵のDS〔ディレクトシステム〕」とあったが、あくまで「絵画」であり「美術」である(解剖学の教材などではない)宮本武蔵の自画像をもとに、あるいはあくまでテクストである宮本武蔵の著作『五輪書』をもとに、武蔵の身体の作りや動きなどを「透視」し、分析する。さらにその「成果」をアスリートや武道家に助言する……。
宮本武蔵「自画像」
【宮本武蔵(自画像)】

 ……などということは、怪しさ・いかがわしさに満ちている。

 なおかつ、それは「高岡の特殊能力」によってのみ解読でき、他の科学者が「追試」できる類のものではないこと。以上、まったく科学的ではない。

 高岡氏の理論や実践を参考にすることは、重々に注意した方がいいと思う。

長友佑都選手を憂える
 もともと長友選手は身体作りやトレーニング、食や健康法には大変熱心な人であった。

 しかし、熱心なあまり、長友選手はトンデモ・疑似科学に足を踏み入れているのではないか。オカルト癖にハマったのではないか。そして、日本サッカーや日本スポーツ界その他に好ましからざる影響を及ぼしてしまうのかと危惧する声もある。
長友佑都の食事革命
長友佑都
マガジンハウス
2017-09-28



 疑似科学との風評の立つ人が、スポーツにおける「劣等なる日本人の身体能力」論を煽る。そのことで自身のビジネスへの誘導を図る……長友佑都選手と高岡英夫氏の2人が似通ってくるのは偶然ではないと思う。

 しかし、実際のところ、長友選手はイタリアの名門インテルミラノで長年プレーするなど、サッカー界における「日本人の限界」をかなり打破した人である。その当人が身体能力における「日本人の限界」を唱えてしまうのは、とても悲しいことである。

(了)


このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

↑このページのトップヘ