スポーツライター玉木正之氏の知的誠実さを問う

大化の改新と蹴鞠(けまり)問題など、日本のサッカーカルチャーについてさまざま論じていきたいと思っています。

タグ:甲子園

内野席のネットの有無~日・米間の野球の違い
 日本の野球ジャーナリズムでは、発祥国たるアメリカ合衆国(米国)の野球、なかんずく大リーグ(メジャーリーグ,MLB)の流儀と何か異なっていると、それがスポーツとして、スポーツ文化として、犯罪的に間違っていることとして否定的な評価が下される。

 例えば、日本の野球場(球場)に設けられた内野スタンド(席)の観客防護用の「ネット」(網)での有無である。国の如何を問わず、公認野球規則上、本塁(ホームベース)の裏には「バックネット」(バックストップ)を設置が義務付けられている。しかし、一塁ベースまたは三塁ベースに近い内野席にはネットの設置は義務付けられていない。

 よく知られるように、米国の野球場の内野席には総じてネットがない。またファウルゾーンが狭い(下の写真参照)。

オラクルパーク野球場(アメリカ,サンフランシスコ)
【アメリカのオラクルパーク野球場(サンフランシスコ)】

 これは、観客の臨場感をより優先しているためと言われる。

 大リーグは長年、球場の内野席に防護ネットを設置しないことを〈伝統〉としてきた。選手と観客の間に境目(ネット)を設けないことは、ファンサービス精神の表れであるとされていた。

 一方、日本の野球場の内野席にはたいていネットが設けてある。また米国と比べてファウルゾーンが広めに設定されてある(下の写真参照)。

明治神宮野球場(日本,東京)
【日本の明治神宮野球場(東京)】

 これは、内野席に飛んでくるファウルボールの打球や折れたバットの破片などから、観客を守ることを優先しているためと言われている。

内野席のネットが大嫌いな玉木正之氏の言い分
 この、日本の野球場における内野席のネット設置の慣習を、アメリカ野球、大リーグの流儀を唯一絶対の判断基準として繰り返し断罪してきたのが、スポーツライターの玉木正之氏である。その玉木氏の批判の中から、最も本音に近く、かつ先鋭的と思われる1990年刊の新潮文庫『プロ野球大事典』から引用する。
ネット【net】
  1.  かつては、ファウル・ボールから観客を守るためのものだったが、現在では、観客から選手を守るために目的が変わった邪魔者
  2.  アメリカ大リーグのように、これをなくすれば、日本の観客も、もっとプレイに注目し、野球を楽しむようになるに違いない。それは危険だ……などというひとは、遊びにはつねに危険が付き物であるということが理解できないひとか、あるいは保安係の人件費をケチっている経営者である。ケガをしたらどうするんだ……などと心配する人は球場に来なければいい。そんなことでは観客に対して責任が持てない……と経営者がいうなら、ファウル・ボールに対して責任を負いませんと切符に書いておくだけで充分だ。バックネット以外にネットのない球場で、グラヴを持って野球を見に行きたいと切望しているのは筆者〔玉木正之氏〕だけか。
  3.  ネット(金網)は絶対に取り外せないというなら、引き分けなど廃止して金網デスマッチにしてほしい。
  4.  所沢西武球場をつくるとき、西武グループの総帥〔そうすい〕といわれる堤義明は、「バックネットがあるとゲームが見にくいから,なくせないものか」といったという。こういう堤オーナーの考え方は、常識破りのユニークな発想と称賛されているが、じっさいにバックネットを強化ガラスや強化プラスチックにした球場は存在した(サンフランシスコのシールズ・スタジアムやシンシナティのクロスレー・フィールド.しかし,汚れが目立って,いまは採用されていないらしい)。誰の考えることもそう大差はなく、「すごい発想だ!」などと誉めそやすひとの勉強不足(またはゴマスリ)である場合がほとんどなのだ。
玉木正之『プロ野球大事典』(新潮文庫)435~436頁



 野球と違って、世界各国の「お国柄」の違いには寛容なサッカーの在り方が、日本の人々に知れわたる前の1990年ごろのことであるから、玉木正之氏は、アメリカ大リーグを出汁(だし)にして、思う存分、日本の野球を罵倒している。

 例えば、内野席のネットを「観客から選手を守るために目的が変わった邪魔者」とか、「アメリカ大リーグのように,これをなくすれば,日本の観客も,もっとプレイに注目し,野球を楽しむようになるに違いない」とか論じるあたりは、日本野球の風潮で、もうひとつ玉木氏が大嫌いな存在である「応援団」に対する、玉木氏の当てこすりである。

▼アメリカ民謡『テキサス・ファイト』に日本の「応援団」文化の原点を感じた(2019年08月04日)

▼日本野球の「応援団」のルーツはアメリカの大学フットボールにあった!?(2019年05月02日)

 アメリカ大リーグが大好きな人たちは、大リーグの観客は、試合も見ずに歌い踊っているだけ(?)の日本野球の「応援団」などとは違って、試合に集中しており、またグラブを持参しているので、「危険」は少ない……と主張していたと言われている。

 また「遊びにはつねに危険が付き物である」というくだりは、ファクトやエビデンスよりもロマンチシズムを重んじる、玉木氏のスポーツライターとしての過剰なまでの思い入れを表している。

「ケガが怖いならメジャーの野球場には来るな」とは言えない時代
 ところが、ここ最近になって、大リーグの試合でもファウルボールの痛烈な打球が観客に当たり、重傷を負った。しかも、被害者の中には小さな子供がいた……という痛ましい事故が頻発している。

▼菊地慶剛「MLB球場にも防護ネットは必要なのか?」(2017/9/21)

 「ケガをしたらどうするんだ……などと心配する人は球場に来なければいい」……、いやいや玉木センセイ。もうそんな悠長なことを言っていられる時代ではないのですよ。

 野球という競技全体でパワーとスピードが向上していて、観客席に飛んでいくファウルの打球とて例外ではない。昔と違って危険度も高くなっている。その分、内野席の観客も自身の感覚だけで身を守ることが難しくなっている。

 それから、米国においても野球人気が下がっていると言われる。大リーグも、もはや〈伝統〉に拘泥している場合ではない。

 過(あやま)ちては改(あらた)むるに憚(はばか)ること勿(なか)れ……。

〈伝統〉ゆえのためらい~メジャー各球場の内野席ネットの設置
 ……2019年に入って、大リーグの球場の内野席にも観客防御用のネットを設置する例が出てきた。

▼ホワイトソックスの本拠地が内野席全体に防御ネットを設置 メジャーでは初めて[2019年7月23日]

ホワイトソックス本拠内野全席にネット設置 観客安全のため[2019年7月24日]

 報道では、大リーグ各球団は内野席にネットを設置する方向に動きつつあり、「MLB側は面目なし!?」とまである。

▼MLB側は面目なし!? 各球場が次々と防護ネットを張る[2019年7月28日]

 むろん、この件に関して日本が正しかった、米国が間違っていた……という強弁したいわけではない。しかし、アメリカ大リーグは常に正しく、大リーグは常に正しいのだから決して間違っていない……という風潮は、再考するべきではないかという意味である。

 一方、コミッショナーを筆頭とする大リーグ当局は、全球場の内野席にネットを設けることには消極的なようだ。

 この辺りは、理屈では悪いと分かっていても、なかなか変えられない。本の高校野球に似て〈伝統〉の持つ縛る力、悪い側面を感じる。

 大切なのは、観客の安全と健康である。内野席に安全用のネットを付けたくらいで、野球自体がつまらなくなることはないはずだが。

(了)



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国際的なスポーツイベントと元号との相性
 「令和」改元にちなんで、NHKは2019年4月に「もう一度見たい!平成のスポーツ中継」というシリーズ番組を放送した。夏・冬のオリンピック、ラグビーW杯(男子日本代表)、サッカーW杯(男女日本代表)、野球のアメリカ大リーグ(イチロー)と、なかなか有難い企画であった。


 だが、なでしこジャパン(サッカー女子日本代表)のW杯優勝(2011年)が「平成23年」、サッカー男子日本代表の「ジョホールバルの歓喜」(1997年)が「平成9年」と言われても、今ひとつピンと来ない。五輪もW杯も大リーグも、国際的なスポーツイベントは、みな西暦で動いているからだ。

 元号を先に出して、平成23年とか、平成9年とか言われても、はて? いつの時代だったか? ……とかえって不安になる人が、少なからずいるからだ。

十干十二支とは?
 改元は不規則である。これは一世一元制を採用した明治以降(1968年~)も、それ以前(江戸時代まで)も、変わらない。つまり、元号だけだと自分がいつの時間軸にいるのか不安になる。そこで現代では西暦を併用することになるが、それでは西暦が通用していなかった江戸時代までは、何を使っていたか? 十干十二支(六十干支)である。

 例の、辛酉(シンユウ)革命、甲子(コウシ)改元、辛亥(シンガイ)革命、甲子(コウシ)園球場、庚午(コウゴ)年籍、壬申(ジンシン)の乱、戊辰(ボシン)戦争、壬申(ジンシン)戸籍、丙午(ひのえうま)の女性は気性が荒いという迷信……などといった、十干と十二支の組み合わせで60年で一巡り(還暦)する紀年法である。
 だから、昔の古文書の日付には「文化元年甲子五月二十三日」のような形で書かれているがある。ちなみに、文化元年=甲子=西暦1804年である。

サッカーは契約社会のスポーツ?
 大学やカルチャーセンターなどで「古文書」(くずし字で書かれた古い記録・史料)の授業を受けると、そのテキストとして借金の証文が使われることが多い。借金の証文など、権利関係の文書は特に大事に保管され、現代まで伝わることが多いからである。

 ……と、ここまで書いてきて、佐山一郎氏の著作『Jリーグよ!』に所収された、佐山氏と佐山氏のご夫人との対談での「あるやり取り」を、にわかに思い出してしまった。
  要するに言いたいことは何。

 〔佐山一郎氏〕 つまりサッカーの世界〔欧米〕は、本来的に厳しい契約・対決社会の産物でもあるということなんだ……。

佐山一郎『Jリーグよ!』163頁


佐山一郎氏(ホームラン1991年2月号)
【佐山一郎氏@『ホームラン』誌1991年2月号より】


Jリーグよ!―サッカー めざめの年に
佐山 一郎
オプトコミュニケーションズ
1993-12


 佐山氏が「要するに言いたいことは何」かと言うと、翻って日本は、契約社会である欧米とは対照的な「非契約社会」=「黙約(もくやく)社会」である。すなわち日本は「契約」観念の薄い「非サッカー的」な社会である。とどのつまり「日本人はサッカーに向いていない」と言いたいのである。

 よく知られた著作に久枝浩平著『契約の社会・黙約の社会~日米にみるビジネス風土』というのがあり、日本は「契約」を重んじない「黙約」社会だという通念は、日本人の間に広く浸透している。

 ここでも、日本サッカー論壇の作法である「日本的=非サッカー的/非日本的=サッカー的」という二元論、あるいは二項対立の図式が透けて見える。サッカーと同じくらい、日本人論・日本文化論を愛好する佐山一郎氏も、『契約の社会・黙約の社会』は読んでいるかもしれない。

 しかし、である。借金とはひっきょう「契約」である。日本に古文書に借金の証文がたくさん残っているということは、つまり、歴史的・文化的に日本は「契約」を重んじない社会とは言えないのである。

 一方、「欧米」に当たるオーストラリアでは、功成り名を遂げた実業家が「自分は,いかに正規の契約書に依らずに,友人と口約束と握手=黙約=だけで何百万ドルもの事業を成功させたか」を自慢するようなテレビ番組があったという。

 以上は、オーストラリア在住の社会学者・杉本良夫氏とロス・マオア氏が『「日本人論」の方程式』(初版『日本人は「日本的」か』)で報告するところである。

 とまれ、欧米は契約社会、日本は非契約=黙約社会。サッカーは契約社会のスポーツ、だから、日本人はサッカーに向いていないなどと言った(要するに,これは「サッカーは〈狩猟民族〉のスポーツ」説の〈変数〉を変えただけの論理なのだ)、通俗的なサッカー文化論を真に受けることには、もう少し慎重になりましょう。

 それが、これからのサッカーファンのリテラシーですよ……という話である。

「横綱免許状」から読む「元号」と「十干十二支」の関係
 話を戻して、例えば、享和四年一月二十日に成立した借金の「契約書」。この日付を「享和四年甲子一月二十日」としておけば、同年、二月十一日に御上の命令で「文化」と改元されても、同じ借金の「契約」はあくまで「甲子」の年だと、その内容を曖昧ウヤムヤにされずに済む。……というメリットはある。

 しかし、残念な話だが、十干十二支は、昨今、占いや特殊な暦などを除いて重んじられなくなっている。その歴史的変遷が分かる一連のテキストはないだろうか……と考えていたら、そうだ、大相撲の横綱免許状があったとハタと思い当たった。

不知火光右衛門(錦絵)
【第11代横綱・不知火光右衛門】

 かつて、大相撲の最高位「横綱」とは「免許」されるものだった。熊本に「吉田司家」(よしだ・つかさけ)という大相撲の家元がいた。当主は代々「吉田追風」(よしだ・おいかぜ)の名を世襲し、日本相撲協会が推挙した力士を審査し、ふさわしいと判断したとき、横綱を「免許」する。こんな慣例が、第二次大戦後、しばらくの間まで続いた。

 現在では、その吉田司家が没落してしまったので、「横綱」は日本相撲協会が独自に「推挙」することになっているが。

 まずは、江戸時代の大横綱「谷風」の免許状である。
第4代「谷風」横綱免許
  免  許
 一、横綱之事
右者谷風梶之助依相撲之位授與畢以來片屋入之節迄相用可申候仍如件
  寛政元己酉年十一月十九日
        本朝相撲之司御行司十九代
               吉田追風 判 朱印

(「相撲隠雲解」より.ほかに写本あり,字句が異なる)

坪田敦緒「横綱(三十三)免許状から@相撲評論家之頁」より(以下同じ)
http://tsubotaa.la.coocan.jp/yokoki/yokoki33.html
 「谷風は相撲の品格・力量を極めたので,横綱を授与し,これを締めて土俵入りすることを免許した」くらいの文意か。年号にある寛政元年は西暦1789年、十干十二支では「己酉」(つちのととり,キユウ)ある。

 この年、ジョージ・ワシントンがアメリカ合衆国大統領に就任、フランス革命勃発など、有名な出来事が起こっている。

 次は谷風と同時に横綱を免許された「小野川」である。
第5代「小野川」証状
  證  状
        當時久留米御抱
         小野川喜三郎
右小野川喜三郎今度相撲力士故實門弟召加候仍證状如件
  寛政元十一月十九日
        本朝相撲之司御行司十九代
               吉田追風 判 朱印

(「相撲隠雲解」より.ほかに写本あり,字句が異なる)
 もっとも、その書状の題名や文言は「證状」(証状)であり、谷風とは異なっていて、この辺は好角家の間でいろいろ議論の的になっている。「このたび,小野川を(吉田司家の)大相撲の故実の門弟として召し加えることを証明する」といったところか。またこちらの日付は、十二支の「酉」(とり)年だけの表記になっている。

 次に、吉田司家と大相撲の家元の本家争いをしていた、京都の五條家という公家(最終的に吉田司家に屈服する)が、第7代横綱「稲妻」に発給した横綱免許状である。
第7代「稲妻」五條家横綱免許
   證
一、紫化粧廻し
一、注連縄
 右此度願に依り被下之仍而證状如件
   文政十一戊子年七月
          五條家役所印
 稲妻雷五郎殿

(「江戸時代の大相撲」より引用)
 文政11年は西暦1828年、十干十二支では「戊子」(つちのえね,ボシ)。この年、明治維新の三傑のひとり、西郷隆盛が誕生。

横綱免許状から十干十二支が消えた
 ところが、明治時代も後半となると、横綱免許状の日付に十干十二支が入らなくなる。明治末期~大正期に活躍した「太刀山」の免許状である。
第22代「太刀山」横綱免許
  免許状
        越中國人
         太刀山峰右衞門
右者依相撲之位横綱令授與畢以来方屋入之節迄相用可申候依而免許状如件
        本朝相撲司御行司
 明治四十四年   第二十三世
  十月二十四日   吉田追風 印 花押

(「太刀山」より)
 明治44年は西暦1911年、十干十二支では「辛亥」(かのとい,シンガイ)。この年、中国清朝が打倒された「辛亥革命」で中華民国が成立。また、ノルウェーの探検家アムンセンが、人類史上初めて南極点に到達した。

 こうした十干十二支が記載されていない日付は、昭和戦前・戦中期の大横綱「双葉山」の横綱免許状も同様である。
第35代「双葉山」横綱免許
  免許状
        豊前國
          双葉山定次
右依相撲之位横綱令免許畢以来方屋入之節迄相用可申候依而免許状如件
   昭和十二年十一月吉日
        本朝相撲司御行司
          第二十三世
           吉田追風 印 花押

(大相撲写真画報「双葉山」より)
 昭和12年は西暦1937年、十干十二支では「丁丑」(ひのとうし、テイチュウ)。この年、盧溝橋事件が勃発し、日中戦争が始まった。

 参考までに、昭和戦後、日本相撲協会が独自に横綱を「推挙」することになった最初の例、「千代ノ山」(千代の山)の「横綱推挙状」を引用する。
第41代「千代ノ山」横綱推挙状
          千代ノ山雅信
品格力量抜群に付横綱に推擧す
     印
   昭和二十六年五月二十八日
      財團法人大日本相撲協會
       理事長取締 出羽海秀光   印
        常務取締 春日野剛史   印
        常務取締 時津風定次   印
        取  締 立浪彌右エ門  印
        取  締 伊勢ヶ濱勘太夫 印

(千代の山・千代の富士記念館蔵)
 昭和26年は西暦1951年、十干十二支では「辛卯」(かのとう,シンボウ)。この年、サンフランシスコ平和条約と日米安全保障条約が結ばれている。

元号のみの表記は「創られた伝統」?
 大雑把な考察になってしまい、読者にはご寛恕を請うばかりであるが、文書を書く時の習わしに、江戸時代までと「御一新」の明治以降とでは断絶があり、日付から「元号」と「十干十二支」を併せて記載する習慣が衰退していったのではないか……と仮説する。

 この辺は、近代日本の来し方、近代天皇制の成立と来し方などと関係があるのかもしれない。どなたか学界で、この件に関して研究している人がいるのだろうか。論文を書かれている例があるのだろうか。ご存知の方がいらっしゃいましたら、紹介いただけると幸甚です。

 日本人の「十干十二支」という時間軸の感覚は、大正13年=西暦1924年ごろまでは残っていたらしい。このことは、同年、兵庫県西宮市に竣工した野球場「阪神甲子園球場」の命名からも推察できる。この年は、十干十二支で最初の「甲子」(きのえね,コウシまたはカッシ)の年であり、江戸時代までは、甲子の年はほぼ必ず改元されていた。

 ところが、この時間感覚は、遅くとも第二次大戦後には完全に潰(つい)えてしまった。

 「元号は,今では日本にのみ伝わる固有の文化・伝統です」と誇って語る人がいる。しかし、日付を「元号」のみで記載するのは、伝統的なやり方ではない。本当に伝統的なのは、「元号」と「十干十二支」を併記する記載である。

 「元号」のみの記載は「創られた伝統」、「元号」と「十干十二支」の併記は本来の伝統、あるいは「消えた伝統」と言えるかもしれない。

 公文書が元号と西暦で併記することをあくまで拒むならば、元号と十干十二支を併記するやりかたこそ、ぜひ復権するべきである。すなわち「令和元年 己亥(つちのとい,キガイ)」である。

 ちなみに、佐山一郎氏が、自身のサッカーライティングの有終と位置付け、西暦2018年に上梓した『日本サッカー辛航紀』の前文「はじめに」では、文末に堂々と「平成三〇年 戊戌〔つちのえいぬ〕 早春」と書かれてある。

 これこそ、あるべき紀年の表記と言える。

(了)



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「高校野球総選挙」の順位から見えるもの…
 今年2018年、夏の甲子園「全国高等学校野球選手権大会」は、前身の「全国中等学校優勝野球大会」から数えて第100回を数えた。これを記念して、8月5日、テレビ朝日系列では「高校野球総選挙」を放送した。最近、地上波民放テレビで流行りの「総選挙」と銘打った各ジャンルの人気投票番組のひとつである(同じテレビ朝日系の「プロレス総選挙」はなかなか面白かった)。
テレビ朝日系「高校野球総選挙」番組ホームページから
「高校野球総選挙」
夏の甲子園100回目を迎えるメモリアルイヤーの今年、
禁断の企画が解禁…!!

番組では高校野球ファン10万人にアンケートを実施!
記憶に残る、歴代のスゴい高校球児を貴重映像とともにランキング形式で発表します!
 番組で発表された人気投票の順位は以下の通り(校名は選手の在籍当時のもの)。

高校野球総選挙1位~10位
順位 P 選手 高校
1   松井秀喜 星稜
2 松坂大輔 横浜
3 江川卓 作新学院
4   清原和博 PL学園
5 田中将大 駒大苫小牧
6 大谷翔平 花巻東
7 王貞治 早稲田実業
8 桑田真澄 PL学園
9   清宮幸太郎 早稲田実業
10 ダルビッシュ有 東北

高校野球総選挙11位~20位
順位 P 選手 高校
11 斎藤佑樹 早稲田実業
12 鈴木一朗 愛工大名電
13 太田幸司 三沢
14   原辰徳 東海大相模
15 板東英二 徳島商業
16 荒木大輔 早稲田実業
17   中村奨成 広陵
18   オコエ瑠偉 関東一
19 松井裕樹 桐光学園
20 藤浪晋太郎 大阪桐蔭

高校野球総選挙21位~30位
順位 P 選手 高校
21 菊池雄星 花巻東
22 工藤公康 名古屋電機
23 尾崎行雄 浪商
24   中田翔 大阪桐蔭
25   香川伸行 浪商
26 定岡正二 鹿児島実業
27 愛甲猛 横浜
28 安樂智大 済美
29 島袋洋奨 興南
30 水野雄仁 池田

うして概観してみると、一定の傾向に気が付く。

高校野球のスターやアイドルは投高打低
 エクセルで作成した順位表に少しばかりの解説をする。「P」とある列は「ポジション」または「ピッチャー」の意味で、★印は高校野球では打者としてではなく、投手として評価されている選手である。王貞治や鈴木一朗(イチロー)は、その意味で★印(投手)として分類した。大谷翔平も同様(もっとも,甲子園で大して勝ち上がっていないイチローが,この番組にノミネートされるのは変なのだが)。
 高校野球のスター選手、アイドル選手は投手の方が多く、打者が少ない。これは(大いに不満であるが,番組の中では全く触れられなかった)大正~昭和戦前期の旧制中等学校の時代からそうであって、小川正太郎、楠本保、中田武雄、吉田正男、沢村栄治、川上哲治、野口二郎、嶋清一……みな投手である(追加:水原茂も、藤村富美男も、投手である)。打者(クリーンアップまたはスラッガー,強打者)として名前を残している山下実(和製ベーブ・ルースと呼ばれた)や宮武三郎といった選手は、少数派だ。

 現在の高校野球は、金属バットやウェイトトレーニングなどの効果でホームランや長打が増加した「打高投低」の野球になっているが、それでも選手の注目度では、やはり「投高打低」である。今年2018年の第100回大会で最も注目を浴びた選手、秋田県立金足農業高校(準優勝)の吉田輝星(よしだ・こうせい)もまた投手であった。

 余談ながら、当ブログは一応サッカーブログなのでサッカーの話も書いておくと、金足農業にはサッカー部がないそうである。

玉木正之氏「1対1の勝負説」と高校野球
 ところで、なぜ高校野球は「日本人」にこれほどまでに人気があるのだろうか? なぜ、「日本人」にはサッカー(などフットボール系の球技)ではなく、野球の人気の方が高いのだろうか? これには、スポーツライター玉木正之氏が繰り返し唱えている「1対1の勝負説」とでも呼ぶべき俗説が、半ば「天下の公論」として世間に流通している。
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【玉木正之氏】

 すなわち、欧米人は集団的戦闘(≒チームプレー)を好む。一方、「日本人」は軍記物語や講談などにあるように「やあやあ我こそは……」と武士同士が互いに名乗りを上げて戦う「1対1の勝負」を好む。この違いは、欧米と日本の歴史や文化、国民性の違いに裏付けられている(下記リンク先参照)。
 明治初期、野球(ベースボール)、サッカーなど、実にさまざまなスポーツが日本に伝来した。その中で、日本人の好みや美学に最も合致したのは、11人vs11人のチームプレー(集団的戦争)がゲームの基本となるサッカーよりも、投手vs打者の「1対1の勝負」がゲームの基本となる野球だった……というものである。。

 6月、NHKの「ネーミングバラエティー 日本人のおなまえっ!』という番組を見ていたら、明治大学(だったと思う)のスポーツ社会学の教授(名前は失念)が、日本の歴史上、サッカーより野球の人気が先行した理由として、この「1対1の勝負説」を述べていた。玉木氏の影響力の強さには恐れ入るところがある。

 しかし、である……。
  1. 明治初期(19世紀後半)、正岡子規が野球選手だった頃の野球のルールは現在のそれと根本的に異なっていること。
  2. 例えば、当時のルールは投手に非常に厳しいもので、ピッチングの技量・力量で打者を打ち取るケースが希少であったこと。
  3. つまり、当時の野球のゲームの基本は「1対1の勝負」とは見なし難いこと。
 ……これらの理由から、玉木正之氏の「1対1の勝負説」は正しくないと言えるのだ。

 当ブログは、以上のような内容で玉木氏の「1対1の勝負説」に対する反論を、繰り返し繰り返し、しつこくしつこく書いてきた(下記リンク先参照)。
 本当に投手vs打者の「1対1の勝負」が好きだから「日本人は野球が好き」なのだろうか?

高校野球が語り継いできた「物語」とは?
 この問題を考える絶好の事例が、実は高校野球なのである。「日本人」は甲子園=高校野球でどんな物語を語り継いできたのだろうか?
第1回全国中等学校優勝野球大会始球式
『朝日新聞』のウェブサイトから



【アマゾンの古書情報から】

 玉木正之氏が常々唱えてきた「1対1の勝負説」が正しいならば、甲子園=高校野球の名勝負物語は、Aチームのエース投手vsBチームのクリーンアップ打者の物語という図式が多くなりそうだが、そういう例は少ない。

 実際に、高校野球の名勝負の物語、ライバル物語として語り継がれるのは「両チームのエース投手同士の投げ合い」といったパターンが多い。ざっと例を挙げてみると(以下の例は各チームで先発したエース投手.左側が勝者)。
  • 昭和8年(1933)夏:吉田正男(中京商業)vs中田武雄(明石中):延長25回
  • 昭和33年(1958)夏:板東英二(徳島商業)vs村椿輝雄(魚津高):延長18回再試合
  • 昭和36年(1956)夏:尾崎行雄(浪商高)vs柴田勲(法政二高):前年夏から3季連続対決して尾崎の1勝2敗
  • 昭和44年(1969)夏:井上明(松山商業)vs太田幸司(三沢高):延長18回再試合
  • 昭和55年(1980)夏:愛甲猛(横浜高)vs荒木大輔(早稲田実業):不良vsエリート
  • 平成10年(1998)夏:松坂大輔(横浜高)vs上重聡(PL学園):延長17回
  • 平成18年(2006)夏:斎藤佑樹(早稲田実業)vs田中将大(駒大苫小牧):延長15回再試合
 ……と、まあ「野球から遠く離れて」の当ブログでもこれくらい思いつく。詳しい人なら、もっといろんな試合を挙げるかもしれない。

 ちなみに、2018年9月25日閲覧のウィキペディア「第88回全国高等学校野球選手権大会決勝」(2006年の斎藤佑樹=早稲田実業vs田中将大=駒大苫小牧)の項目では、斎藤・田中両エースの投げ合いをもって「一騎打ち」と表現されている。投手vs打者の物語ではないのだ。

 そうでなければ、江川卓(作新学院)の「孤高のエース」像か。これも余談だが、板東英二(夏)も、江川(春)も、甲子園の奪三振のレコードホルダーは「打てないチーム」のエース投手であった。

 いずれにせよ「日本人」は甲子園=高校野球を「投手の物語」として語り継いできた。

 つまり、玉木正之氏の「1対1の勝負説」はここでも怪しい。有り体に言えば間違っているのである。

 サッカーファンは、自身を持っていいです。

(了)



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高校野球報道における公立校・進学校びいきの風潮
 何だかんだ言って、今年の「夏の甲子園」(全国高等学校野球選手権大会)も話題に事欠かなかった。例えば、公立校の甲子園(本大会)進出はますます減少、今回はとうとう10校を切ったそうである(全49校中8校)。
 その反動で、ここ数年、高校野球報道でやたら公立公立と騒がれるようになっている。特に公立校の普通科で、それも有数の進学校だったりするとマスコミを中心に大変な話題になる。今大会でいえば、滋賀県代表、滋賀県立彦根東高等学校。あるいは福岡県代表、福岡県立東筑高等学校。いずれも、マスコミの扱いは破格であった。そうした学校の、私立の野球強豪校とは一線を画した「高校野球観」も目立って採り上げられた。
 その一方、(よくない言い方だが)いわゆる底辺校の監督が「文武両道あり得ない」という趣旨の発言をしてネットで炎上。初戦の対戦相手、香川県立三本松高等学校も公立の進学校で、しかも負けてしまったため、バツの悪い事になってしまった。
 それにしても、これだけ「格差」のあるチーム同士が「甲子園」という同じ舞台に登場し、場合によっては相見(あいま)みえるスポーツイベントというのも、なかなか興味深い。あるいは海外のサッカーとも通じるところがあるのではないかとも連想した。

英国サッカーのプロ化、高校野球の「プロ化」
 イングランド・サッカー、FAカップの初期の(19世紀の)優勝チームを見てみると、オックスフォード大学、オールドイートニアンズ(超名門パブリックスクール「イートン校」OBクラブ)、ロイヤルエンジニアズ(王立工兵連隊)といったエリート的なアマチュアのクラブが名を連ねている。だが、次第にそれらはプロフェッショナルの選手とクラブに取って代わられる。
ロイヤルエンジニアズFC
【ロイヤルエンジニアズFC(19世紀)とチームカラー】

 一方、大正時代の高校野球(当時の学制では中等学校だが)の優勝校・上位進出校を見ていると、当時は、秋田中、市岡中、愛知一中、神戸一中、和歌山中……といった、その府県のトップクラスの公立校か、慶應義塾、関西学院、早稲田実業、甲陽学院……といった、私学の名門である。
高校野球歴代優勝校
【大正時代の高校野球の歴代優勝校】

 現代の甲子園でも、こんな学校が進出すればマスコミも嬉しがるだろう。もっとも、明治・大正の当時はスポーツをやること自体が「ぜいたく品」であった。進学率が現代より極端に低い時代、スポーツは一部の上級学校の進学者のみの特権だったのである。時代が下って、そこに○○商業といった実業学校(生徒=選手をより集めやすい)が割って入り、そしてより大衆的(?)な私学が台頭、さらにスポーツの大衆化が進んで現在への私立野球強豪校の席捲へとつづく。

 松谷創一郎氏は、昨今のそうした私立野球強豪校の席捲を、高校野球を「『教育の一環』をタテマエとする“プロ部活”」だと非難じみて論じている。しかし、スポーツにおいては「プロ化」自体は、むしろごく自然な流れである(高校生年代のスポーツでそれがいいのか等々の問題は別として)。
 仮に歪んだ仕組みにあっても、そこに呼吸する者の価値は皆無ではありえない。新聞社の宣伝、学校経営の道具、高校野球の実相だろう。もとより支持したくはない。それでも、甲子園に語られるべき一投一打は存在する。

藤島大『知と熱』あとがき より



 松谷氏の発言は、英国サッカーにおいて、古典的でエリート的なアマチュア主義者がプロフェッショナルを非難している様子と似ていなくもない。しかし、英国(その他の国々)のサッカー同様、高校野球はスポーツが少数のエリートの独占物だった昔にはもう戻れない。英国サッカーと高校野球の歴史は、ある意味で似ている。

日本は歴然とした階級社会である
 欧米サッカーの熱狂、そこには欧米の階級社会が深く関わっているといわれる。例えば、英国スコットランドのレンジャーズ対セルチックのダービーマッチ、南米アルゼンチンのリバープレート対ボカジュニアーズのダービーマッチは、上流・中産階級vs労働者階級の階級対立を孕(はら)んでいる。だから、あれだけ多くの人々が熱狂するのだ。
オールドファームダービー
【レンジャーズ対セルチックのダービーマッチから】

 翻って、日本は階級社会ではない。日本は世界でもまれにみる平等社会、無階級社会、一億総中流社会である。つまり日本には階級対立が存在しない。したがって階級対立のエネルギーがスポーツに反映されることはない。日本のスポーツ文化は欧米と比べて、きわめて微温的なものである……などと、論じられてきた。

 実は、日本もずっと以前から相当な階級社会である。ロビン・ギルという日本在住のアメリカ人の著述家・翻訳家がいて、いろいろと本を出していた(アメリカに帰ってしまったらしい)。彼の著作『日本人論探検』**に、日本平等社会説、日本無階級社会説、一億総中流社会説に対する反論として、次のような話が出てくる。
日本人論探険―ユニークさ病の研究
ロビン・ギル
阪急コミュニケーションズ
1985-12

 1960年、萬成博とジェームズ・アベグレンによる日米比較調査によれば、アメリカ合衆国の政府高官やビジネスエリートの息子たちが占めている高い地位は、同年輩の全人口のに占めている彼らの割合に比べて、7~8倍も上回る出世率となっている。日本の場合、同様のアドバンテージは、アメリカよりさらに上、何と25倍になっている。

 日本における各界リーダーの3人に2人は社会の上層8分の1の家の出身である。日本は人的流動性の高い社会だとはとても言えない。この傾向は1970年、1980年の調査結果でもほぼ同じだった。

 1983年、カリフォルニア州立大学のトーマス・ローレンは1年強にわたって神戸の5つの高等学校を調査し、こう結論づけた。「神戸の一流(high status)〔灘高校〕と三流(low status)高等学校のあいだの社会的断絶は非常に大きい。その隔たりは一九世紀の階級差(日本、欧州いずれにせよ)に劣らないくらい広いのだ。それはただ単に、学問上のギャップではない」(『日本の高校~成功と代償』として邦訳、出版)。
日本の高校―成功と代償
トーマスP. ローレン
サイマル出版会
1988-03

 考えさせる観測であろうと、ロビン・ギルは次のように語る。
 もし仮に大学あるいは高校を出ていないすべての肉体労働者の皮膚を黒く染めること。またその皮膚の色を子供に遺伝させることができたなら、そういった日本人の子孫が、たとえばアメリカの黒人の場合よりも流動性が低いという驚くべき(?)状況が明るみに出るはずだ。

ロビン・ギル『日本人論探検』134頁
 「大学あるいは高校を出ていない」に加えて、現代では「格付けの低い大学を出た」も入るのだろうか。「大学」を卒業しても、非正規雇用で「はたらけど はたらけど猶(なほ)わが生活(くらし)楽にならざり……」という状況である。
 将来、日本の経済成長が後退するとき、政府がどんな教育革命をやってみてもやはり、遠く前に亡くなったはずの不平等の問題は再び現れるだろう、きっと。

同書136頁
 1985年に発したロビン・ギルのこの「予言」は、2017年現在、ほとんど当たっている。ちょっと怖いくらいだ。日本は階級社会なのである。

甲子園の「野郎ども」
 日本は階級社会ではないから、欧米のようなスポーツの熱狂に欠けると言われてきた。しかし、ロビン・ギルの指摘に従えば、日本もまた歴然とした階級社会である。そんな日本社会の「階級性」が、なぜ欧米諸国のようにJリーグやプロ野球に反映しないのかは、いろいろ考えてみる意味はあるかもしれない。

 日本のスポーツの場合、階級性は、一億総中流ではなくなったこの時代になって、高校野球に少しばかり現れるようになってきたのかもしれない(ただし、抽選で組み合わせが決まるから、欧米サッカーのように毎回「階級対立」的な試合があるわけではないが)。
 悲しいかな、文武両道には強い味方がいる。メディアであり、メディアによって作られた社会全般の声だ。実際強豪校と文武両道校の戦いになれば、自校の応援席以外は冷たい。

 三本松vs下関国際の試合に際してツイッター検索で、下関国際高校に関する「つぶやき」を追いかけてみた。試合前に夕刊タブロイド紙『日刊ゲンダイ』のサイトに載った監督の発言のせいもあるのだろう(取材した記者が監督の談話を誇張したという説もあるが真相不明)。ツイッターは、下関国際国際への嫌悪感やら侮蔑の念を表明した反応が多く目立った。

 これには、かえって違和感を感じた(さすがに下関国際高校野球部監督の、過剰な練習を強いる前時代的な指導方針はスポーツとして認められないけれども)。

 英国のミドルクラス(おそらくはその中でもロウアーミドル=lower middle class)の子供は、顔を洗うことと、労働者階級を馬鹿にすることを覚えるという(林信吾の本だったと思う)。一連のツイートは、そんなことをも連想させるのだ。高度成長・経済大国の時代からは日本の国力は後退していて、大衆はだんだん報われなくなっている。その分、誰かを下に見ていたいという心理の現れだろうか。

 マスコミの公立校びいき、進学校びいき。「底辺校」への嫌悪と侮蔑は、日本の階級差別……と言って悪ければ、ある種の日本の階級意識の現れなのである。
 だが一方で、知性をバカにすることによってプライドを保つ人たちが、そしてそういう人によってしか担われない領域の仕事というものがこの世には存在するのである。〔英国の〕社会学者ポール・ウィリスはその辺の事情を見事に明らかにしている〔『ハマータウンの野郎ども』〕。世の中は知的エリートによってだけ動いているのではない。知的であることによってプライドを充足できる。他方に反知性によりプライドを充足する人々がいる。人間はプライドなしには生きられないという観点からすれば、どちらも等価である。


 むしろ、下関国際高校の監督のように、公立校・進学校に注目する風潮とは反対の立場から、本音に近い感情や言い分がマスコミ(『ここもまた知的エリートの業界である)に載ったということの方が珍しいのではないか(こうした学校は、どうやって生徒たちのモチベーションを上げ、維持していくのだろうか)。

 それは、サッカーイングランド代表デビット・ベッカムを国民的ヒーローとして応援し、祭り上げておきながら、一方で、労働者階級出身であるベッカムを内心さげすんでいる英国の中産階級以上の人々の感情にも似ている。この辺は日本も同様か。

 ベッカムはベッカムで、ステータス上昇のために自身が話していたロンドン下町訛り(コックニー)の英語を矯正している。夫人のビクトリア・ベッカムは体の方々に入れたタトゥー(入れ墨)を除去しているという噂がある。

 英国は英国なりに、日本は日本なりに階級社会である。日本のスポーツにおける階級意識は、サッカー(Jリーグ)やプロ野球ではなく、高校野球に現れるのである。

(了)


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