スポーツライター玉木正之氏の知的誠実さを問う

大化の改新と蹴鞠(けまり)問題など、日本のサッカーカルチャーについてさまざま論じていきたいと思っています。

タグ:玉木正之

はじめに…
 ラグビーワールドカップ2019日本大会まで、あと1か月を切りました。

 まず、はじめに……。当ブログの趣旨は、ラグビーフットボールというスポーツそのもの、また日本におけるラグビーフットボールそのものを貶めるものではありません。

 かつて、Jリーグ以前、1970年代初めから1990年前後にかけて、国内スポーツシーンにおける人気や日本代表の国際的な活躍の度合いについて、ラグビーがサッカーを上回っていた時代がありました。

日本ラグビー激闘史 2010年 12/8号 [雑誌]
ベースボール・マガジン社
2010-11-24


 サッカーとラグビーは、同じ「フットボール」を祖としています。しかし、片や、サッカーはいち早いプロフェッショナル化やワールドカップ(世界選手権)の創設。こなた、ラグビーは従前のアマチュアリズムの維持や選手権制度の原理的否定(対抗戦思想)……と、大きく思想を異にしていました。

 その当時、一部の心ないラグビー関係者が、ラグビーへの歪んだ愛情のあまり、時流に乗じて、自身たちとスポーツの在り方に関する考え方が違うサッカーに対し、悪口雑言罵詈讒謗を放つことが間々ありました(逆の例もありましたが)。


 今回のエントリーの目的は、こうした言説の一部をインターネット上に保存し、後学のための覚書とすることです。その意図を斟酌(しんしゃく)の上で、ご笑覧いただけると、幸甚であります。

ラグビー宿沢ジャパン,スコットランドを破る!
 1989年5月28日、サッカー日本代表はジャカルタでインドネシア代表とイタリアW杯アジア1次予選の試合を行い、引き分けている。スコアは0対0。2019年の今、アウェーとはいえ、この相手にこんな試合をしたら大問題になる。監督解任論ぐらいは出るだろう。

 ただし、この試合、当時の日本ではサッカーファンを除いて、ほとんど無視された。

 同日、日本中の注目を集めた日本代表はラグビーフットボールの方だった。宿沢広朗(しゅくざわ・ひろあき)監督、平尾誠二(ひらお・せいじ)主将率いるジャパン(ラグビー日本代表)が、東京・秩父宮ラグビー場でスコットランド代表を28対24で破ったのである(ただし正規のフル代表ではなかったらしいが)。

 (それでも)ラグビーの世界トップ8の一角に初めて勝利したのである。NHKも午後7時のニュースで特報した。ちょうど、2015年のラグビーW杯でジャパンが世界トップ3の南アフリカ代表スプリングボクス(こちらは正真正銘のフル代表)に勝った時のような、ちょうどあんな感じである。国民レベルでラグビーの話題で湧きかえった。

日本ラグビー激闘史 2011年 2/9号 [雑誌]
ベースボール・マガジン社
2011-01-26


 サッカーファンは、国内人気ばかりでなく、日本代表の活躍・実績でもラグビーに差を付けられたのか……と、少なからず複雑な心境になった。

中尾亘孝、ラグビー論壇に登場す
 そんな世上に、宿沢ジャパンの衝撃的な登場に合わせるかのように、デビュー作『おいしいラグビーのいただきかた』をひっさげて、ラグビー論壇に颯爽と登場したのが、中尾亘孝(なかお・のぶたか)だった。
ラグビーシーズン到来!

関係者が蒼ざめる最初にして最後の本

オキテ破りのラグビー観戦術〔マニュアル〕

中尾亘孝『おいしいラグビーのいただきかた』表紙の帯より


中尾 亘孝
徳間書店
1989-11


 そのキャッチフレーズからして、なかなか挑発的であるが、同書の「まえがき」を読むと、同時代のラグビーファン・関係者の感慨と日本ラグビーの状況が読み取れる。
まえがき
 のっけからあとがきの話をするのも変なのですが、この本〔『おいしいラグビーのいただきかた』〕の出版が決まった時〔1988年頃か〕ぼく〔中尾亘孝〕の考えたあとがきというのが、「いつの日か日本代表がIB加盟国〔ラグビーの世界トップ8の代表チーム〕を倒す時、ぼくは同じ空間と時間を共有し歴史的瞬間に立ち会う感動を味わいたい」というようなものでした。

 ところが1989年5月28日、早くもその夢が実現してしまったのです。日本代表はスコットランド代表に勝ってしまったのです。ほんとに勝ってしまった。もちろんぼくはその日秩父宮ラグビー場にいました。歴史的瞬間、明らかに決定的と言える一瞬に立ち会えて、しかもその意義が認識できているという幸福、不覚にも涙を流しそうになりました。〔中略〕(太字は原文では傍点)

 さて。

 とどまるところをしらないラグビー・ブームです。まったく行く末が思いやられるほどです。〔以下略〕

中尾亘孝『おいしいラグビーのいただきかた』6~7頁


中尾亘孝(プロフィール付き)
【中尾亘孝】
 とにかく当時、サッカーはラグビーにいろいろ差を付けられちゃったわけである。

新鮮なラグビー評論と醜悪な反サッカー言説の混在
 ラグビージャーナリズムの世界はかなり保守的で、ラグビー界本体はさらに保守的で頑迷固陋なので、中尾亘孝のラグビー評論の登場は、新鮮かつ刺激的であった。本人もそのことを充分に意識している。
あとがき
 ここ十年、'80年代になってからスポーツ文化史に残るような新しい試み、著作が各分野で相次いで刊行されました。

 プロ野球では野村克也氏の解説を嚆矢に、草野進〔蓮實重彦〕、玉木正之、平出隆の諸氏のエッセイが光っています。プロレスでも村松友視氏のエッセイが火付け役となって、新しいジャーナリズムの動きを作り、プロレス自体の在り方までに影響を及ぼすに至っています。競馬はもともと多士済々な作家、ジャーナリストの……〔中略〕

 ラグビーにもそろそろこういった著作があってもいいじゃないかと思っていました。しかし、自分〔中尾亘孝〕でそれを書こうとは〔…〕夢にも思いませんでした。〔以下略〕

中尾亘孝『おいしいラグビーのいただきかた』230~231頁
 1980年代の玉木正之氏の野球評論が面白かったことは間違いない(しかし1990年代以降は完全に駄目になった)。草野進〔蓮實重彦〕は衒学趣味と俗物主義である。それよりはずっとましだが平出隆氏は少々キザったらしいロマン主義がある。

 一方で鼻につくのが、中尾亘孝の反サッカー主義的な言動である。

 例えば……。当時のラグビーは抑制的かつ禁欲的で得点しても選手は喜んだりしなかった。それを誇って、サッカーの得点後のゴールセレブレーション(ゴールパフォーマンス,得点の喜び)は醜悪であるとか(同書19頁)。

 あるいは……。サッカーのスライディングタックルは芝生を傷めるから、ラグビーはサッカーとピッチを共用する必要はないだとか(同書201頁)。

 これらはほんの一部であるが、中尾亘孝の反サッカー思想・反サッカー言説のニュアンスのイヤラシサは、間接的な紹介では伝えきれない。やはりその実物を読むに限る。物好きなサッカーファン、ラグビーファンは『おいしいラグビーのいただきかた』や『15人のハーフ・バックス』などを読んでみるとよい。

 中尾が「間違っていた」のは、ラグビーも1995年アマチュアリズム(国際ラグビー評議会のアマチュア規定)を止めたら、素直に「得点の喜び」を表すようになったことでも分かる(下記リンク先参照)。

 芝生を傷める云々の話ならば、ラグビーでスクラムを組んでいる時も同様である。お互い様である。明治時代から一度として競技人口でサッカーを上回ったことのないラグビーが、必要なスタジアムやピッチを確保するために戦略的パートナーシップを結べそうなサッカーを、わざわざ敵に回す言動をとる……というのが、この時代の世上であった。

 2019年ラグビーW杯日本大会で、巨大なサッカー専用スタジアム「埼玉スタジアム2002」を使用できなかったのは、ラグビーに貸すとスクラムで芝生を傷めるからだと言われた。そしてそれは、昔、ラグビー関係者にいろいろ嫌なことを言われたり、やられたりしたことへのサッカー側の意趣返しである……などという無責任な「噂」まで流れている。

「ラグビー本流/サッカー傍流」論争を仕掛ける
 中尾亘孝の反サッカー主義の最たるものが、「サッカーから枝分かれしたラグビー」という世間一般のイメージを逆転させた、ラグビーこそが英国前近代のフットボールの正統なる継承者であり、サッカーはその矮小な傍流にすぎないとするフットボール正閏(せいじゅん)論「ラグビー本流/サッカー傍流」説である。

 中尾は、『おいしいラグビーのいただきかた』のまるまる一章を、この説の「論証」に費やしている。

 この件は、前回のエントリーで詳述したので、そちらを参照されたい。
前回のエントリー
▼ラグビー狂会=中尾亘孝の反サッカー言説~サッカーこそラグビーの傍流にすぎない!?(2019年08月20日)

 自称「日本ラグビー狂会」で反サッカー主義者の中尾亘孝(なかお・のぶたか)が主張する「ラグビーこそが,前近代英国フットボールの正統な後継者であり,サッカーはその矮小な傍流にすぎない」という仮説が、どこまで妥当なのか検証してみた。
 老舗和菓子の元祖・本家争いのような、唯一の正統なるフットボールとは何かを標榜する中尾亘孝の政治的アジテーションこそ意味がない。

中尾亘孝は村松友視氏のプロレス評論から何を学んだのか?
 先の引用文にあるように、中尾亘孝は、『私、プロレスの味方』などの村松友視氏のプロレス評論に影響を受けたという。

 村松氏は、自身をドン・キホーテのような存在と位置付け、プロレスをクローズアップさせ、その価値を言いつのったとしている(村松友視『アリと猪木のものがたり』より)。

アリと猪木のものがたり
村松 友視
河出書房新社
2017-11-20


 しかし、村松氏は、ボクシングや柔道といった他の格闘技、野球やサッカーといった他のスポーツを殊更に貶めたり、そのファンを不快がらせるようなことは書かない。

 一方、中尾亘孝は、他の球技なかんずくサッカーのような兄弟フットボール、あるいは同じラグビーであっても、関東学院大学や帝京大学のような新興大学といった「中尾亘孝自身の論理の外にある存在」を著しく不快がらせる、異様な言説を繰り返し発信してきた。

 この不徳さは、皮肉を込めて、ある種の「天才」と言ってもいい。

 中尾は、1990年代初め、本邦スポーツジャーナリズム界の一大権威、文春ナンバーのラグビーシーズン総括評論を書く機会をたびたび与えられていた。つまり、中尾もまたラグビージャーナリズムのオーソリティーでもあった。日本サッカー狂会の真似をして「日本ラグビー狂会」を名乗ったのもこの頃である。

 このことは、かえってラグビーの価値を大きく歪めることにもなった。

 ラグビーファンや関係者は、不遜で、サッカーをはじめとする他のスポーツ、あるいは同じラグビーでも新興勢力を見下している……。

 ……こんなイメージを人々に刷り込ませた中尾亘孝の罪は重い。

つづく



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内野席のネットの有無~日・米間の野球の違い
 日本の野球ジャーナリズムでは、発祥国たるアメリカ合衆国(米国)の野球、なかんずく大リーグ(メジャーリーグ,MLB)の流儀と何か異なっていると、それがスポーツとして、スポーツ文化として、犯罪的に間違っていることとして否定的な評価が下される。

 例えば、日本の野球場(球場)に設けられた内野スタンド(席)の観客防護用の「ネット」(網)での有無である。国の如何を問わず、公認野球規則上、本塁(ホームベース)の裏には「バックネット」(バックストップ)を設置が義務付けられている。しかし、一塁ベースまたは三塁ベースに近い内野席にはネットの設置は義務付けられていない。

 よく知られるように、米国の野球場の内野席には総じてネットがない。またファウルゾーンが狭い(下の写真参照)。

オラクルパーク野球場(アメリカ,サンフランシスコ)
【アメリカのオラクルパーク野球場(サンフランシスコ)】

 これは、観客の臨場感をより優先しているためと言われる。

 大リーグは長年、球場の内野席に防護ネットを設置しないことを〈伝統〉としてきた。選手と観客の間に境目(ネット)を設けないことは、ファンサービス精神の表れであるとされていた。

 一方、日本の野球場の内野席にはたいていネットが設けてある。また米国と比べてファウルゾーンが広めに設定されてある(下の写真参照)。

明治神宮野球場(日本,東京)
【日本の明治神宮野球場(東京)】

 これは、内野席に飛んでくるファウルボールの打球や折れたバットの破片などから、観客を守ることを優先しているためと言われている。

内野席のネットが大嫌いな玉木正之氏の言い分
 この、日本の野球場における内野席のネット設置の慣習を、アメリカ野球、大リーグの流儀を唯一絶対の判断基準として繰り返し断罪してきたのが、スポーツライターの玉木正之氏である。その玉木氏の批判の中から、最も本音に近く、かつ先鋭的と思われる1990年刊の新潮文庫『プロ野球大事典』から引用する。
ネット【net】
  1.  かつては、ファウル・ボールから観客を守るためのものだったが、現在では、観客から選手を守るために目的が変わった邪魔者
  2.  アメリカ大リーグのように、これをなくすれば、日本の観客も、もっとプレイに注目し、野球を楽しむようになるに違いない。それは危険だ……などというひとは、遊びにはつねに危険が付き物であるということが理解できないひとか、あるいは保安係の人件費をケチっている経営者である。ケガをしたらどうするんだ……などと心配する人は球場に来なければいい。そんなことでは観客に対して責任が持てない……と経営者がいうなら、ファウル・ボールに対して責任を負いませんと切符に書いておくだけで充分だ。バックネット以外にネットのない球場で、グラヴを持って野球を見に行きたいと切望しているのは筆者〔玉木正之氏〕だけか。
  3.  ネット(金網)は絶対に取り外せないというなら、引き分けなど廃止して金網デスマッチにしてほしい。
  4.  所沢西武球場をつくるとき、西武グループの総帥〔そうすい〕といわれる堤義明は、「バックネットがあるとゲームが見にくいから,なくせないものか」といったという。こういう堤オーナーの考え方は、常識破りのユニークな発想と称賛されているが、じっさいにバックネットを強化ガラスや強化プラスチックにした球場は存在した(サンフランシスコのシールズ・スタジアムやシンシナティのクロスレー・フィールド.しかし,汚れが目立って,いまは採用されていないらしい)。誰の考えることもそう大差はなく、「すごい発想だ!」などと誉めそやすひとの勉強不足(またはゴマスリ)である場合がほとんどなのだ。
玉木正之『プロ野球大事典』(新潮文庫)435~436頁



 野球と違って、世界各国の「お国柄」の違いには寛容なサッカーの在り方が、日本の人々に知れわたる前の1990年ごろのことであるから、玉木正之氏は、アメリカ大リーグを出汁(だし)にして、思う存分、日本の野球を罵倒している。

 例えば、内野席のネットを「観客から選手を守るために目的が変わった邪魔者」とか、「アメリカ大リーグのように,これをなくすれば,日本の観客も,もっとプレイに注目し,野球を楽しむようになるに違いない」とか論じるあたりは、日本野球の風潮で、もうひとつ玉木氏が大嫌いな存在である「応援団」に対する、玉木氏の当てこすりである。

▼アメリカ民謡『テキサス・ファイト』に日本の「応援団」文化の原点を感じた(2019年08月04日)

▼日本野球の「応援団」のルーツはアメリカの大学フットボールにあった!?(2019年05月02日)

 アメリカ大リーグが大好きな人たちは、大リーグの観客は、試合も見ずに歌い踊っているだけ(?)の日本野球の「応援団」などとは違って、試合に集中しており、またグラブを持参しているので、「危険」は少ない……と主張していたと言われている。

 また「遊びにはつねに危険が付き物である」というくだりは、ファクトやエビデンスよりもロマンチシズムを重んじる、玉木氏のスポーツライターとしての過剰なまでの思い入れを表している。

「ケガが怖いならメジャーの野球場には来るな」とは言えない時代
 ところが、ここ最近になって、大リーグの試合でもファウルボールの痛烈な打球が観客に当たり、重傷を負った。しかも、被害者の中には小さな子供がいた……という痛ましい事故が頻発している。

▼菊地慶剛「MLB球場にも防護ネットは必要なのか?」(2017/9/21)

 「ケガをしたらどうするんだ……などと心配する人は球場に来なければいい」……、いやいや玉木センセイ。もうそんな悠長なことを言っていられる時代ではないのですよ。

 野球という競技全体でパワーとスピードが向上していて、観客席に飛んでいくファウルの打球とて例外ではない。昔と違って危険度も高くなっている。その分、内野席の観客も自身の感覚だけで身を守ることが難しくなっている。

 それから、米国においても野球人気が下がっていると言われる。大リーグも、もはや〈伝統〉に拘泥している場合ではない。

 過(あやま)ちては改(あらた)むるに憚(はばか)ること勿(なか)れ……。

〈伝統〉ゆえのためらい~メジャー各球場の内野席ネットの設置
 ……2019年に入って、大リーグの球場の内野席にも観客防御用のネットを設置する例が出てきた。

▼ホワイトソックスの本拠地が内野席全体に防御ネットを設置 メジャーでは初めて[2019年7月23日]

ホワイトソックス本拠内野全席にネット設置 観客安全のため[2019年7月24日]

 報道では、大リーグ各球団は内野席にネットを設置する方向に動きつつあり、「MLB側は面目なし!?」とまである。

▼MLB側は面目なし!? 各球場が次々と防護ネットを張る[2019年7月28日]

 むろん、この件に関して日本が正しかった、米国が間違っていた……という強弁したいわけではない。しかし、アメリカ大リーグは常に正しく、大リーグは常に正しいのだから決して間違っていない……という風潮は、再考するべきではないかという意味である。

 一方、コミッショナーを筆頭とする大リーグ当局は、全球場の内野席にネットを設けることには消極的なようだ。

 この辺りは、理屈では悪いと分かっていても、なかなか変えられない。本の高校野球に似て〈伝統〉の持つ縛る力、悪い側面を感じる。

 大切なのは、観客の安全と健康である。内野席に安全用のネットを付けたくらいで、野球自体がつまらなくなることはないはずだが。

(了)



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国ごとの文化の違い=多様性に寛容な「サッカー」と非寛容な「野球」
 サッカーのワールドカップなどで、ナイジェリア、カメルーン、セネガル、コートジボワール……といった、ブラックアフリカまたはサブサハラアフリカの国々のサポーターの応援・観戦のやり方を見聞きしていると、日本はむろん、ヨーロッパとも、ラテンアメリカとも違う、独特の、かなり耳慣れないリズムである。

 しかし、それがこれらの国々の人々のやり方=文化なのであって、自分たちのやり方と違うから、あるいはヨーロッパやラテンアメリカのやり方と違うからおかしい……と非難するのは、非常に失礼なことである。むしろ、世界の国や民族のさまざまな文化の違い=多様性に寛容なのが、サッカーの素晴らしいところであり、グローバルスポーツたる所以(ゆえん)である。

 ところが「野球」(ベースボール)というスポーツは、そうはならない。

 日本の野球ジャーナリズムでは、発祥国たるアメリカ合衆国(米国)の野球、すなわち大リーグ(メジャーリーグ,MLB)の流儀と何か異なっていると、それがスポーツとして、スポーツ文化として、犯罪的に間違っていることとして否定的な評価が下される。

スポーツ文化として犯罪的に間違っている(?)日本野球の「応援団」
 例えば、日本のスポーツの、なかんずく日本野球の「応援団」についてである。よく知られるように、米国の野球に「応援団」は見られないが、日本の野球……大学野球、高校野球、社会人野球、プロ野球には「応援団」の存在が特徴的である。

 この「応援団」、特にプロ野球(NPB)の「応援団」を、アメリカのプロ野球リーグである大リーグの流儀を唯一絶対の判断基準として繰り返し断罪してきたのが、スポーツライターの玉木正之氏である。その玉木氏の「応援団」批判の中から、最も本音に近く、かつ先鋭的と思われる1990年刊の新潮文庫『プロ野球大事典』から引用する。
おうえんだん【応援団】
  1.  野球を見るよりも、グラウンドに背を向けてドンチャン騒ぎをするほうが好きな観客たちが集まってつくった集団。
  2.  自分では何もできないくせに、何かをできる人物たちに声援を贈ることによって、彼らが何かをできるようになった、思い込むことができる幸運な連中が集まってつくった集団。
  3.  その発祥は、明治時代にスポーツをすすんで取り入れた大学と旧制高校であり、早慶戦の野球や隅田〔すみだ〕川レガッタといった試合が人気を集めはじめるとほぼ同時に、応援団の歴史は日本のスポーツの歴史と歩みをともにしている。
  4.  それは、スポーツを「やる人」と「見る人」が完全に分離した後の近代スポーツが分離していないスポーツの歴史、飛び入り自由の時代のスポーツの歴史が欠落しているため、「見る人」が専門化してしまったもだ。しかも応援団には、所詮〔しょせん〕主流(スポーツをやる人)ではなく、傍流(スポーツをやらない人)であるというコンプレックスだけは存在し、そのため、バンカラ、はぐれ者、あるいはヤクザといった、社会の傍流としての存在と似通った体質を持つまでになる傾向が生じた、といえるようにも思われる。*
玉木正之『プロ野球大事典』(新潮文庫)92頁


 悪し様な、まったく悪し様な表現の連発は、読んでいてかえってウンザリさせられる。玉木正之氏は、ただただ「応援団」が嫌いなのである。今、玉木氏が、NPBの「応援団」やJリーグのサポーターに向けて、ネット上で特に「2.」のような明白な嫌悪を著(あらわ)したら炎上必至である。

 引用文中のスポーツを「やる人/見る人」云々のくだりは、『オフサイドはなぜ反則か』で知られるスポーツ社会学者・中村敏雄氏(なかむら・としお,故人)の『メンバーチェンジの思想』を参考にしたとの由(よし)である(遺憾ながら,当ブログは未読)。

 玉木氏が、ここまで断定的にNPBの「応援団」を非難できるのは、何より、アメリカ大リーグの流儀とはハッキリ違うからである。大リーグは常に正しく、大リーグは常に正しいのだから決して間違っていない……という思考である。

日本野球の「応援団」は悪なのか?
 アメリカ大リーグ目線による日本野球の「応援団」文化への否定について、米国イェール大学教授(社会人類学,日本研究)で『虎とバット~阪神タイガースの社会人類学』の著者ウィリアム・W・ケリー氏は次のようにまとめている。
 こうした派手で熱狂的な〔NPBの〕ファンの解釈について、〔ロバート・ホワイティング氏のような〕アメリカの記者や訪日客は、……ある種の定型にはめて考えてきた。観光客はただそのスタイルを楽しみ、一方で〔玉木正之氏のような〕専門家は、ノンストップで騒ぎ続ける彼ら〔応援団〕のせいで〔アメリカ大リーグのように〕野球を〈正しく〉楽しめないと愕然とした。そして両者ともに、やはり日本人は集団に溶け込み、狂信的と言えるレベルにまで指示に従わないと安心できないたち〔国民性〕なのだとよく口にした。〔朱太字部分は原文では傍点付き〕

ウィリアム・W・ケリー『虎とバット~阪神タイガースの社会人類学』159頁


虎とバット 阪神タイガースの社会人類学
ウィリアム・W・ケリー
ダイヤモンド社
2019-06-20


 ケリー教授という人は、日本野球の解釈に関して「論敵」に当たるロバート・ホワイティング氏(日本在住の米国人ジャーナリスト,著書に『菊とバット』『和をもって日本となす』ほか)が「日本異質論」のリビジョニストだとすると、いわば「知日派」的なスタンスの人である。



 しかし、……と、ケリー教授は続ける。「ところがスタンドにじっくり腰を下ろして〔応援団が繰り出す〕応援に耳を傾け、〔阪神タイガースの〕ファンの話を聞くと、もっと複雑なタイガースファンの在り方が見えてきた」(同書159頁)。とにかく、「応援団」の観戦様式の実態は違う。
 それは(欧州サッカーのような)バリエーションと調和を兼ね備えた応援で、一本調子の退屈なものではなかった。打者から打者、イニングからイニングへと応援歌がスムーズに切り替わる流れが、試合終了まで続いた。確かに歌詞はありきたりで、選手を英雄視する言葉に凡庸〔ぼんよう〕な激励の文句を組み合わせたものだ。洗練性と独自性はあるが絶賛はしたくない。それでも、〔甲子園球場の〕ライトスタンド応援の意図や効果を無個性で退屈な文化だと断じるのは明らかな間違いだ。

ウィリアム・W・ケリー『虎とバット~阪神タイガースの社会人類学』160頁
 ひょっとしたら、ケリー教授も米国人であるから、日本野球の観戦スタイルに違和感があるのかもしれない。しかし、ここに描かれた世界こそ、英国の動物学者デズモンド・モリスが『サッカー人間学』(原題:The Soccer Tribe)で描き出した「サッカー部族の随行者」(サポーター)の姿に類似したものである。

サッカー人間学―マンウォッチング 2
デズモンド・モリス
小学館
1983-02


 ヨーロッパやラテンアメリカのサッカーのサポーターもまた、「自分では何もできないくせに,何かをできる人物たちに声援を贈ることによって,彼らが何かをできるようになった,思い込むことができる幸運な連中」ではないのか。

 日本野球の、少なくともNPBの「応援団」の生態はサッカーのサポーターに近い。アメリカ大リーグの観客とは違う。

 そう言えば、サッカージャーナリストの後藤健生氏は「サッカーのサポーターや観客と比べたら,野球をはじめとするアメリカのメジャースポーツの観戦は,日本の小学校の運動会の見物みたいなもの」などと『サッカーの世紀』に書いていた。

サッカーの世紀 (文春文庫)
後藤 健生
文藝春秋
2000-07


 その辺りを認めたくない、あくまで日本野球の独自の文化を悪習として断罪したいから、玉木氏はモリスの『サッカー人間学』が嫌いなのである。

日本の「応援団」文化はアメリカ起源
 ところで、玉木正之氏も、玉木氏と関係の深いロバート・ホワイティング氏も、日本の野球やスポーツ界の「応援団」の出現が、明治時代の大学・旧制高校であることは知っている。しかし、その起源については調べがついていないようだ。

 玉木正之氏、ひょっとしたら、先に引用したように「近代以前のスポーツ史が欠落した,日本のスポーツの観客のコンプレックス(嫉妬と書くこともある)が,〈応援団〉を発生させた」とでも、本気で思っているのだろうか(いかにも,実証やエビデンスを軽んじる玉木氏らしい「仮説」であるが)。

 あるいは、玉木氏、ホワイティング氏ともども、日本野球の「応援団」=日本的集団主義の表れだと無邪気に信じているのだろうか。

 それはともかく、先のケリー教授は興味深い説を紹介している。
 ……〔日本の〕野球の応援の原点は……、スポーツそのものと同じく海外に由来する。二〇世紀初頭、早稲田大学と慶應大学の野球部がアメリカに遠征し、そこで現地の大学の(特にアメフトの)応援に感銘を受け、使っているパターンや道具を詳細に書き留め、帰国後に自分たちの応援に採り入れた。やがて応援団は一つの部活動として独立し、激しくも規律正しい応援を通じて愛校心を示す伝統は、日本の高校や大学に広く受け継がれている。

ウィリアム・W・ケリー『虎とバット~阪神タイガースの社会人類学』162頁
 野球ではないが、日本野球の「応援団」のルーツは米国の大学フットボールにあったという話は、玉木正之氏やロバート・ホワイティング氏にとっては「不都合な真実」かもしれない。

マードックの入場曲『テキサス・ファイト』を聴いて納得する
 ケリー教授の説がおそらく正しいのだろう……と感じたのは、『ザ・プロレスリング完全版~日本プロレス激闘60年史』というCDを聴いた時だった。これは、ジャイアント馬場、アントニオ猪木、アブドーラ・ザ・ブッチャー、スタン・ハンセン、ブルーザー・ブロディ……といった、往年の名プロレスラーの入場曲を集めたアルバムである。

ザ・プロレスリング完全版~日本プロレス激闘60年史
インストゥルメンタル
ビクターエンタテインメント
2012-12-19


 その中に、ディック・マードック(Dick Murdoch,故人)の曲も収録されていた。


 その入場曲は、アメリカ民謡で、テキサス大学アメリカンフットボール部「ロングホーンズ」の応援歌という触れ込みの『テキサス・ファイト』という曲だった。

 なるほど、これを聴いたら、日本野球の「応援団」文化は、米国の大学フットボールの影響にあるというのが、非常によく分かるのである。


【theme dick murdoch】


【TEXAS FIGHT University of Texas Fight Song2】


【Texas Longhorns Fight Song (The Eyes of Texas/Texas Fight)】


【University of Texas Longhorns Fight Song】


【ディック・マードック入場テーマ曲「テキサスファイト」MonkeyFlipLIVE2016】

 軽快な曲の間奏部分でエールの掛け声が入るのも、日本の野球の応援で言う「チャンステーマ」や「ヒッティングマーチ」とよく似ている。

 ちなみに日本では、『テキサス・ファイト』は、NPBの西武ライオンズや社会人野球の西濃運輸の応援に使われている。

 また、スタンドが一体となった米国各大学のアメフトの応援は、日本野球の応援によく似ている。特に東京六大学野球リーグの、なかんずく早慶戦の応援・観戦文化は、たしかにアメリカ起源なのだろうと思わせる。


【Top 20 College Football Traditions/Chants】


【Top 10 College Fight Songs】

 米国のアメフトの応援を、日本の野球に移植して、何か悪いのか分からない。**

 それでも日本野球の「応援団」文化は、スポーツとして、スポーツ文化として間違っているとして、玉木正之氏はこれを断罪し続けるのだろうか?

世界に紹介された日本の「応援団」
 日本の「応援団」は野球のみならず、サッカーや駅伝など他のスポーツにも派生している。かなり古くなるが、先述の高校サッカーの「応援団」の姿が、先のデズモンド・モリスの『サッカー人間学』に掲載されている(見開きの「のど」にかかって見難いので,クリック→拡大してご覧ください)。

高校サッカーの学ラン応援団「サッカー人間学」88~89頁
【デズモンド・モリス『サッカー人間学』88~89頁より】

 モリス博士は、日本のスポーツ文化にある種の先入観がないのが面白い。玉木正之氏があれほど忌み嫌った日本の「応援団」を、著書を通じて
世界に紹介したのである。

The Soccer Tribe
Desmond Morris
Rizzoli Universe Promotional Books
2019-03-26


 だから、玉木氏はモリスの『サッカー人間学』が嫌いなのである。

(了)



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東京五輪でなかったら野球は採用されなかったし…
 もし、2020年の夏のオリンピックが日本の東京でなかったら、野球がオリンピックの正式種目に採用されることはなかったはずである。

 すなわち、雑誌『東京人』2019年8月号の特集「近代スポーツことはじめ」に、ロバート・ホワイティング氏(日本在住の米国人ジャーナリスト)が「アメリカ人は犠牲バントを好まない」などという奇妙な一文を寄稿することはなかった。

 内容は今さら紹介の必要もありますまい……。

菊とバット〔完全版〕
ロバート ホワイティング
早川書房
2005-01-01


和をもって日本となす
ロバート ホワイティング
角川書店
1990-04-01


 ……いつもの、ホワイティング氏の、日本と日本人に対するステレオタイプと偏見に満ちた日本野球論・日本文化論である。

サッカーの視座ならば「菊とバット」を解体できる…できるはず…
 「野球」の枠の中にいると、「ホワイティング氏の日本野球観」の何が歪(いびつ)なのか今ひとつ分かりにくい。むしろ「サッカー」の視座からこそ「それ」は見えてくる。すべからくサッカー側の人間はホワイティング氏の日本野球観を批判するべきである。なぜなら、この人の日本野球観は、当ブログがしつこく問題にしてきた「自虐的サッカーな日本サッカー観」と深いところでつながっているからだ。

 してみると、逆説的ではあるが、サッカー側の人間からもなかなか「ホワイティング氏の日本野球観」への批判がなかなか登場しないのも分からないことはない。なぜなら、サッカー側の人間には「自虐的サッカーな日本サッカー観」に染まっている人が多いからだ。

 具体的には、塩野七生氏や山崎浩一氏のような人たちのことであるが、野球とサッカー、お互いのために、いずれこの問題には触れなければならない。

明治以来150年の「日本野球の到達点」が… えッ,イチロー!?
 さて、くだんの「アメリカ人は犠牲バントを好まない」なる一文は、最初から最後までツッコミどころばかりなので逐一付き合っていたら、それこそ、いつまで経っても終わらない。そこで、2つの部分に絞って話を進める。

 はじめに、文章冒頭の2段落である。
 〔二〇一九年〕三月二十一日、東京ドームでイチロー(本名・鈴木一朗)の引退セレモニーが開催された。その野球人生の締めくくりにふさわしい、感動的なイベントだった。ニューヨーク・ヤンキースのゼネラルマネージャー、ブライアン・キャッシュマンが「世界の野球史上で最高の選手」と称賛したイチローは、日本人選手として初めて、アメリカのメジャーリーグで殿堂入りするに違いない。

 こうしたイチローの輝かしい成功は、むろん彼個人の才能と努力の賜物である。と同時に、それは約百五十年前に日本政府がアメリカ〔合衆国〕から招聘した〔お雇い外国人〕教師たちによって、日本に野球が紹介されて以来の、長い歴史の到達点でもあった。

ロバート・ホワイティング「アメリカ人は犠牲バントを好まない」@『東京人』2019年8月号


ホワイティング「アメリカ人は犠牲バントを好まない」見出し
【ホワイティング「アメリカ人は犠牲バントを好まない」の見出し部分】
 いや、これ、おかしいでしょう?

ホワイティング氏の「まなざし」=アメリカ野球界一国主義の「まなざし」
 明治このかた約150年の歴史を持つ「日本に野球が紹介されて以来の,長い歴史の到達点」が、日本野球を代表するナショナルチーム(代表チーム)の実績、その世界大会で優勝したことだとか、日本代表が発祥国であるアメリカ合衆国代表を国際試合で打倒したとか、そういうことではないからである。なんと、それがひとりの選手で「代表」されてしまうことである。それは、よいとしても……。

 ……イチロー選手が日本野球史上随一の選手のひとりなのは間違いないにしても、その評価と言及は、形式論的にはたかだか1か国のプロリーグにすぎないアメリカ大リーグ(MLB,メジャーリーグ)での実績に限られてしまっているからである。イチローが日本代表として活躍したこと。具体的にはワールドベースボールクラシック(WBC)で連覇したことに、ホワイティング氏は一言も触れられてのであるからである。

 例えば、ペレの功績をブラジル代表とワールドカップでの活躍に全く触れないで、サントスFCとニューヨーク・コスモスの活躍だけで考察したら、本当におかしな評価になるだろう(当然,これは突飛な連想であるが)。

 むろん、ホワイティング氏のイチロー選手の評価が「クラブチーム」に偏ってしまう理由は、野球の世界地図では、サッカーやラグビー、クリケット(野球と同類のバット・アンド・ボール・ゲームのひとつ)のように、ナショナルチームによる国際試合や世界大会が全くオーソライズされていないためである。複数の国にプロリーグがある、チームで行う対戦型球技で、そのようなスポーツはほとんど野球だけではないかと思う。

 ロバート・ホワイティング氏のイチロー評が、アメリカ大リーグのそれに偏ってしまうこと。それは、実はアメリカ大リーグからみた「その他の世界」への想像力の狭さ、度量の狭さとほとんど重なる。すなわちアメリカ合衆国野球界の体質であり、ホワイティング氏は、その「まなざし」を体現して、日本人なり、日本の野球界なりに向けて、講釈を垂れているのである。

 しかし、そうした体質が改められないのであれば、大リーグは、英国・ヨーロッパや、クリケットの大国インドに進出することなど止めた方がいいだろう。


 英国・ヨーロッパしかり、インドしかり(英連邦諸国もヨーロッパと含めると,インドもヨーロッパである)、ナショナルチームによる国際試合、世界大会が、その国のスポーツ文化の大きな地位を占めているからである。それを認めようとしない野球は、少なくとも大リーグは、その枠内でやっておればよろしい。

 それにしてもホワイティング氏は、あの底が割れたようなイチロー選手の引退試合を「感動的なイベント」などと仰(おっしゃ)るのですね。 

 あれだけ日本野球に辛辣なホワイティング氏にしては、ずいぶんと寛大ではありませんか。

野球を選んでしまった日本近代史150年の不幸
 真面目な話に戻ると、スポーツは、特に代表チーム同士の対戦は、感情的な対立を抱えた2か国、あるいは「宗主国」と「従属国」といった、複雑な両国の政治的な関係を、たとえ一時であっても乗り越えるという「機能」がある。

 すなわち、ラグビーにおける英国(なかんずくイングランド)とニュージーランド、またはイングランドとスコットランド、アイルランド、ウェールズ。あるいはクリケットにおける英国(なかんずくイングランド)とインド、英国(なかんずくイングランド)とオーストラリアといった試合である。


 ところが、前述の理由で野球に限ってはその「機能」がないのであります。こうした問題に米国=大リーグはすこぶる鈍感だが、日本にとっては大いなる不幸である。これは日本の近代史、あるいは戦後史、平成史に少なからず影響を与えているかもしれない。


 ロバート・ホワイティング氏の日本野球観。その言説は、米国野球界の鈍感さと同様に発せられる。

間違いだらけのホワイティング氏の日本野球史考察
 次いで、この1段落である([ ]数字は引用者が付けたもの)。
 [1]日本人が野球を好んだのは、野球がおそらく日本初のチームスポーツだったからだろう。そして日本人はチーム優先の戦術を愛するようになった。たとえば[2]犠牲バント〔送りバント〕。これはパワー志向のアメリカ人選手には嫌われる手法だ。こうした集団戦の側面に加えて、[3]投手と打者の一対一の対決図式は、剣道や相撲などの試合を思わせる。その上、[4]時間制限もないため、試合の展開について議論する時間がたっぷりあった。[5]野球はまるで日本人の国民性に誂〔あつら〕えたかのようなスポーツだったのだ。

ロバート・ホワイティング「アメリカ人は犠牲バントを好まない」@『東京人』2019年8月号


早大vs一高野球戦(1909=明治42年)
【早大vs一高野球戦(1909年=明治42)】
 いや、これ、おかしいでしょう?

 ほとんど間違いだらけだし、例によって、ホワイティング氏のステレオタイプと偏見に満ちた日本観・日本野球観が全開している。

ホワイティング氏の持説を1本1本折っていく
 [1]について……。明治初年に欧米人によって紹介された、チームで行う対戦型球技スポーツは野球だけではない。これについては、当ブログはしつこく説いてきた。

 サッカーなのかラグビーなのかはよく分からないが、1873~1874年(明治6~7)ごろ海軍兵学寮に「フットボール」が、クリケットなどのスポーツとともに紹介されている。また、1984年(明治7)ごろ、工部省工学寮(工部大学校)にサッカーが、クリケットなどのスポーツとともに紹介されている。

 つまり、ホワイティング氏の説明は正しくない。

 [2]について……。これも当ブログの前のエントリーで書いたが、アメリカ野球も最初から「パワー志向」で、「犠牲バント」(送りバント)を嫌っていたわけではない。タイ・カッブが大活躍していた昔は、大リーグも「スモールベースボール」(スモールボール)志向だった。



 せめてホワイティング氏は「ベーブ・ルース以降のパワー志向のアメリカ人選手」とか、昨今の「セイバーメトリクス≒ビッグボール以降のパワー志向のアメリカ人選手」と言うべきだったのではないか。

 つまり、ホワイティング氏の説明は正しくない。

 [3]について……。これは、ホワイティング氏のオトモダチのスポーツライター・玉木正之氏が、かねがね持説としていた「1対1の勝負説」である。日本人は集団やチームによる戦い(サッカーやラグビー)よりも、投手と打者の1対1の対決(野球)にスポーツの面白さを見出したのだ……という仮説。この仮説に対しても、当ブログはしつこく批判してきた。


 簡単に言えば、明治初年、日本に最初に入ってきた時の野球のルールは、現在と大きく異なっており玉木氏の「1対1の勝負説」は成り立たない。例えば、当時のルールでは、劇画「巨人の星」の物語も成り立たない。

 つまり、ホワイティング氏の説明は正しくない。

 [4]について……。ホワイティング氏が言わんとしているのは、日本人には、独特の「間」(ま)の文化というものがあるために、日本人はサッカーやラグビーのような時間制限の中で絶えず動き続けるスポーツではなく、野球のようなプレーとプレーの「間」があるスポーツが好まれたというものだ。ちょうど比較文学者・剣持武彦の『〈間〉の日本文化』という日本文化論の著作がある。

「間」の日本文化
剣持 武彦
朝文社
1992-06-01


 しかし、「間」のあるスポーツは何も野球だけではない。明治初年、野球とともに同じバット・アンド・ボール・ゲームである「クリケット」も日本に紹介されている。

野球
【野球(ベースボール)】

クリケット
【クリケット】

 ホワイティング氏も、玉木正之氏も、他の誰でも「なぜサッカーではなく野球だったのか」という「答え」は出してはみせる。しかし、「なぜクリケットではなく野球だったのか」という「答え」を、どの考察も出してはくれない。

 つまり、ホワイティング氏の説明は正しくない。

 [5]について……。端的に「国民性」がその国の人気スポーツを決定するという仮説は成り立たない。例えば、米国人のお雇い外国人教師が学生たちに野球を紹介しても、ついにそこには定着せずに消滅した開拓使仮学校(後の札幌農学校~北海道大学)の例が、池井優氏の著作『白球太平洋を渡る』などには紹介されている。

 ホワイティング氏は、自著『和をもって日本となす』(前掲)の参考文献に、野球評論家としても有名な池井優氏の『白球太平洋を渡る』を挙げている。しかし、こういった都合の悪い事実は無視している。

 つまり、ホワイティング氏の説明は正しくない。

精神の奴隷にさせる日本野球論
 それにしても、ホワイティング氏は、引用した短い文章の中だけでも、よくこれだけのデタラメを書けるものである。

 こうした歪んだ日本野球観は、日本人を「精神の奴隷」とさせる。

 これに抗うか、奴隷のままでいるかは、野球ファンにせよ、サッカーファンにせよ、けっこう重要な問題ではないかと考えてしまう。

(了)



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後藤健生さんの新説への評価と疑問
 2020年の東京オリンピックを1年後にひかえ、雑誌『東京人』は2019年8月号で「近代スポーツことはじめ」という特集を組んだ。

 この企画で、サッカージャーナリストの後藤健生さんが「発展の陰に、〈この人〉あり」「さきがけは、〈学校〉から」という、明治時代初期~中期の日本のスポーツ事情を紹介した記事が2本掲載されている(うち「さきがけは…」の方は東洋経済オンラインに転載されている,下記リンク先参照)。
  • 後藤健生「明治時代にスポーツを広めた〈欧米人〉の功績~外国人に大勝したのは東大前身の一高だった」2019/07/03
 これらの記事では、東京高等師範学校の中村覚之助のことを再評価したり、なかなか重要なことが指摘されてある。しかし、一方で首を傾げたくなるような記述もある。それは前回のエントリーで書いた(下記リンク先参照)。
前回のエントリーから
明治初期のスポーツに関する後藤健生説を検証する~『東京人』2009年8月号より(1/2)

 英国人より米国人の「お雇い外国人」教師の数が多かったから、日本ではサッカーより野球の人気が先行した…という後藤健生説は、どこまで妥当なのか?
 疑問を感じるのは、実はこの件ばかりではないのである。

なぜ,日本人は欧米人のスポーツに飛び入り参加できなかったのか?
 例えば、後藤健生さんはこんなことを述べている。
 ヨーロッパや南米諸国では、英国人たちがスポーツに興じていると、現地の市民が飛び入りで参加したり、自分たちで参加したり、自分たちでクラブを作ってスポーツを始めたりしたものだ。〔幕末・明治の日本でも外国人居留地で行われた欧米人のスポーツを見物する日本人はいたが〕日本人と欧米人では、歩き方や走り方すら違ったのだから、〔日本人が欧米人と〕一緒にスポーツを楽しむことは難しかったのだろう。

後藤健生「さきがけは、〈学校〉から」@『東京人』2019年8月号


 この仮説はどこまで妥当なのだろうか? 推量形で「…だろう」と結んでいるのだから、確証には乏しいのだろう(←あ,これも推量形だ)。

 例えば、横浜カントリー&アスレチッククラブという、1968年(明治元)創設の在日外国人のためのスポーツクラブがある。略称「YC&AC」、かつての通称を「横浜外人クラブ」という。このクラブは、自尊心が高くかつ日本人に対して排他的なところがある。最近は日本人でも会員になれるらしいが、しかし、それでもハードルは高い。

 YC&ACは以前から7人制ラグビーの大会を主催しているが、最近まで「犬と黄色人は立ち入り禁止」という差別的な看板があった、大会の観客は「使用人」扱いで一般来場者は裏口・勝手口から入るようになっていた……などという話が伝わっている。インチキラグビー評論家の中尾亘孝(なかお・のぶたか)が、自身のブログで書いている。
〈第52回YC&ACセヴンズ〉
ヨコハマ・カントリー&アスレティック・クラブは、
つい最近まで「横浜外人クラブ」と呼ばれていた、
非常にプライドの高い英国系スポーツ・クラブ。

ここ数年、「犬と黄色人立ち入り禁止」なんて、
看板こそありませんが、大会の観客は使用人扱い
一般来場者は裏口・勝手口から入るようになっていた。

で、我輩〔中尾〕は、大家さん〔誰?〕のお下がりであるニコンを手に、
証拠写真を撮ろうと思っていたわけですが、
なんと今年は普通に入れます!

中尾亘孝「セヴンズ中退の言い訳」2010年04月05日
http://blog.livedoor.jp/nob_nakao/archives/51419984.html


中尾亘孝(プロフィール付き)
【中尾亘孝とそのプロフィール】
 この話の信憑性については何とも言いかねるが、しかし、「日本人と欧米人の身体の動きの違い」以前に、「人種」的な問題として日本人は欧米人のスポーツに参加することができなかったのではないか。

 外国人居留地でも、同じアジアの中国、ベトナム、インドネシアなどの事情はどうだったのか。欧米人が楽しんでいるスポーツに現地のアジア人が「飛び入り参加」できたのか、できなかったのか。仮に後者なのだとしたら、それは「アジア人と欧米人の身体の動きの違い」の問題で参加できなかったのか。「人種」的な問題として参加できなかったのか。

 これらの点からも、この問題を検討・検証するべきではなかっただろうか。

日本人の「官費留学生」はスポーツをする余裕がなかったのか?
 あるいは、後藤健生さんは……後に文豪として有名になる森鴎外や夏目漱石といった「官費留学生」は学問に追われていてスポーツをやる余裕はなかったが、平岡熈(野球)が田中銀之助(ラグビー)といった「自費(私費)留学生」はスポーツに親しむ余裕があった……と「発展の陰に、〈この人〉あり」で書いている。

 しかし、幕末期に徳川幕府の命で、維新期に明治政府の命で、二度にわたって英国に留学した数学者の菊池大麓は、留学先のケンブリッジ大学でラグビーに親しんだと伝えられている。
  • 国立国会図書館「菊池大麓│近代日本人の肖像」
 他にも、明治初年、開拓使仮学校で米国人教師をウィリアム・ベーツとともに学生たちに対して野球の指導に当たった日本人、得能通要、大山助市、服部敬次郎の3人は、開拓使から米国に留学し、帰国した学生である(大島正建『クラーク先生とその弟子』、池井優『白球太平洋を渡る』参照)。


 この人たちの留学は公的な性格のものである。つまり、官費留学だからスポーツができなかった、自費留学だからスポーツができた……という説も、一概には決め付けられず、再検証・再検討の余地があるのではないか。

2021年=JFA日本サッカー協会創設100周年のために…
 とかく日本のスポーツ評論は、日本のスポーツ史に関して何か特殊な事情があったはずだと、性急に解答を求める傾向がある。しかし、そうした安易な「答え探し」などやめて、個々の事柄に関して緻密な検証を積み重ねていくことの方が大切ではないだろうか。

 例えば、日本に野球を定着させた平岡熈はどういう条件(契約?)で工部省鉄道局の土地を利用することができたのか? 日本サッカーの発展の基を築いた中村覚之助はどうやってボールやスパイクシューズを調達したのか?

 どこかで誰かが研究しているのかもしれない。こうした話は日本のスポーツ史を理解するために非常に重要だと思うのだが、しかし、なかなか一般のスポーツファンには伝わっこない。

 そのためか、巷間にはさまざま怪しい俗説が流通している(玉木正之氏とかw)。*
  • 玉木正之の「スポーツって、なんだ?」#15 日本で野球が人気なのはなぜ?
 再来年2021年の日本サッカー協会創設100周年を控え、後藤健生さんには、むしろ、そうした通念を打破する仕事をしてほしいのである。

(この項,了)



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