スポーツライター玉木正之氏の知的誠実さを問う

大化の改新と蹴鞠(けまり)問題など、日本のサッカーカルチャーについてさまざま論じていきたいと思っています。

タグ:宇都宮徹壱

男女日本代表敗退で再び火が付いた自虐的日本サッカー観
 1年前の今頃、2018年6月は……。サッカー日本代表はロシアW杯で惨敗するだろう。そして、またぞろネット世論を含めたサッカー論壇は、自虐的な日本サッカー観(日本人論・日本文化論から見たネガティブな日本サッカー観)で溢(あふ)れかえるだろう……などと、すっかり悲観的になり、喚(わめ)きたてていた。


 ところが、西野ジャパンは下馬評を覆(くつがえ)して1次リーグを突破した。本当に恥ずかしい。

 2018年ロシアW杯では、日本代表が一定の成果を収めたために、奇妙キテレツで自虐的な「サッカー日本人論」の類は、あまり流行(はや)らかなったように思われる(もっとも,NHKのドキュメンタリー番組「ロストフの14秒」での,イビチャ・オシム氏の首を傾げたくなるような発言はあったけれども)。


 しかし……。

 2019年6月になって、日本女子代表「なでしこジャパン」がフランス女子W杯のベスト16で敗退、男子日本代表がコパアメリカ(南米選手権)の1次リーグで敗退(さらに20歳以下の男子日本代表が,U20ワールドカップのベスト16で敗退)……という、各カテゴリーの日本代表が「不完全燃焼」で終わる事態が続き、前年は不発だった「火薬」=自虐的な日本サッカー観が、サッカー論壇で「再着火」している気配がある。

「決定力不足」という「日本人」の病!?
 男女の日本代表とも、共通の課題があるとされていて、例えば「決定力不足」である。


 宇都宮徹壱氏は次のように語る。
 もっとも、決定力不足に関しての森保一監督の認識は……決して森保監督のオリジナルではなく、最後の外国人指揮官である〔「現時点で最後」と書くべきでは?〕ヴァイッド・ハリルホジッチ監督も、繰り返し述べてきたことだ。


 さらにさかのぼればジーコ監督時代の15年くらい前にも、日本の「決定力不足」は盛んに指摘されていた。今となっては信じられないだろうが、〔2006年〕W杯ドイツ大会に出場していた時にも、試合前に繰り返しシュート練習が行われていたのである(結局、この大会で日本は2ゴールしか記録していない)。このように「決定力不足」は、日本代表にとって根深い歴史的な課題であり、そこだけをクローズアップしてしまうと問題の本質を見失う危険性をはらんでいる。

 宇都宮徹壱氏が「〈決定力不足〉は,日本代表にとって根深い歴史的な課題」と言っているのは、単純に昔からそうだという意味ではなく、文脈上、一朝一夕に変えようがない日本(人)の国民性や文化といった次元で「根深い歴史的な課題」という意味である。これは「サッカー日本人論」である。どうしても宇都宮徹壱氏は、日本人論・日本文化論の「まなざし」で日本サッカーを見てしまう傾向がある。

 だから、あのジーコの名前とエピソードも登場する。ジーコは、その経歴を見る限り、特別優秀なサッカーの監督・コーチとは言えない。けれども、日本人の自虐的な日本サッカー観を大いにくすぐる人なのである。宇都宮徹壱氏や西部謙司氏は、熱烈なジーコ信奉者のそぶりは見せないが、しかし、どうしてもジーコを見限れないという人でもある。



 そんな折も折、ジーコが来日して、昨今の日本サッカーの決定力不足を嘆き、「これを改善しない限り,日本のサッカーは2020年の東京オリンピックでもよい結果を残せないだろう」とか何とか、また宣(のたま)ったのだという。*


 アンタにだけは言われたくはないわ……というサッカーファンもいると同時に、ジーコの発言に過剰反応する幼気(いたいけ)なサッカーファンもいる。


 ジーコ発言にこうした反応を見せることで、自身のサッカー観の賢しらを誇示する。その発言が日本人論がかっている。これこそ「自虐的サッカー観」である。こういう人たちに対しては、やはり、藤島大氏の「ジーコのせいだ」をあらためて援用せざるを得ない。


 2006年のドイツW杯の期間中、にジーコ監督が日本人の選手たちにシュート練習をさせていたことは、むしろ、ジーコの監督能力を疑わせるエピソードである。本来、いわゆる「日本サッカーの決定力不足」とは別問題なのに、いっしょくたにしてしまっている宇都宮徹壱氏などを見ていると、やはりジーコ・ジャパンとは日本のサッカー評論、サッカー観のリトマス試験紙なのだと感じてしまう。

「脳科学」的に「日本人」監督の采配能力は著しく劣っている!?
 もうひとつの共通の課題は監督の采配、より具体的には「監督の消極的な交代策」である。男女のサッカー日本代表(森保一氏,高倉麻子氏)とも、例えば、選手の交代が遅い、1試合の交代枠(3人)を余らせてしまう、選手を交代させても試合の流れを積極的に変えるものではない……等々の理由で、勝てる試合を失い、日本代表は早々と敗退したというものである。

 この件について、何か面白いネタがネット上にあるかもしれないと思って検索をしていたら、とても興味深いツイートが釣れた。「日本人」の監督は脳科学的(!)に、そして統計的(!)に能力が劣っていることが明らか(!)なのだという。


 しかし、ここでいう「脳科学」とは、誰の、どういう研究・学説なのだろうか? どうせ中野信子みたいな俗流なんじゃないのか……とか、「日本人」と他の人類を分ける(自然科学的な?)定義ってあるのだろうか……とか、その「日本人の脳」をどうやって分析したのか……とか、いろいろツッコミたくなるところではある。

 こうした「脳科学」による日本サッカーの「分析」には、デジャブ(既視感)がある。日本代表が「惨敗」した2014年ブラジルW杯の3か月後、テレビ東京系のサッカー番組「FOOT×BRAIN」が(疑似科学だと批判されている)脳科学者・中野信子を出演させてしまったことがある。
FOOT×BRAIN「目からウロコ!脳科学から見るサッカー上達法!」
2014年9月27日

中野信子_サッカー_フットブレイン1

中野信子_サッカー_フットブレイン2

中野信子_サッカー_フットブレイン3


 くだんのツイートは、中野信子をゲストに迎えた時の「FOOT×BRAIN」を思い出させる。一方、中野信子のような「脳科学者」にはいろいろと疑義が提出されている。

 「日本人がサッカーで弱いのは科学的にも証明されている」という話。要は、日本サッカーが「世界」で負けると頻出する疑似科学的日本人論の一種である。

いよいよ「なでしこジャパン」言説まで日本人論化するのか?
 またまた、話はサッカー日本代表が「惨敗」した2014年のブラジルW杯になる。

 小説家で、サッカー関連の著作もある星野智幸氏が「日本のサッカーのうち,男子日本代表は〈日本的〉であるがゆえに愚劣だが(ただし本田圭佑のような〈日本人離れ〉したキャラクターを除く),女子日本代表〈なでしこジャパン〉は誇るべきものである」といった意味合いの、自虐的日本サッカー観に満ちたエッセイを書いていた(星野智幸「ガーラの祭典」@『エンタクシー』42号掲載,下記リンク先参照)。

 つまり、サッカー女子日本代表「なでしこジャパン」は、自虐的な日本サッカー観やサッカー日本人論の「枠の外」に置かれてきた。しかし、2019年フランス女子W杯の意外に早い敗退を受けて、またその評価を受けて、いよいよ日本女子サッカー&なでしこジャパン言説も、いよいよそうした風潮に呑み込まれてしまったかのような反応が散見される。

 現時点(2019年6月)の時点では、それはハッキリとは見極めがつかない。「要経過観察」といったところか。そのように「発症」してしまったと確信できたら、あらためて論考したい。

 いずれにせよ、こういう思考や精神は、日本サッカーの批評にも創造にもつながらない。

(了)



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自虐性~日本サッカー論壇の奇習
 教えてくださいッ!

 日本のサッカー報道って、どうしてあんなにおかしいんですかッ!?
 ある人から、唐突に、そんな質問を振られて当ブログはちょっとたじろいだ。

 記録を見直すと、それは1997年初めだったようだ。前年1996年12月のAFCアジアカップでサッカー日本代表=加茂ジャパンは準々決勝で、意外にあっさりと敗退してしまった。当初、1997年のフランスW杯アジア予選の突破が楽観視されていた、すなわちサッカーW杯本大会初出場を期待されていた日本サッカーが、急に不安視されるようになったのである。

 以前からそうであるが、サッカー日本代表が敗北する度に、日本のサッカー論壇には(オールドメディアからインターネットまで)、それまでの楽観的な気分が一変し、「自虐的な日本サッカー観」が澎湃(ほうはい)として沸き上がる。日本サッカーへの「まなざし」が、突然、手のひらを反してように悲観的になる(下記ツイッター参照)。


 日本のサッカー論壇は、悲観的・自虐的になることで「批評的」であることをアピールするという、実に奇妙な性格がある。ちなみに、この1996~97年の「批評的」な空気は、その反動として、金子達仁や中田英寿といった人たちを台頭させてしまっている。

 質問の主は、普段から特別にサッカーをのめり込んで見る人ではない。だからこそ、日本のサッカーカルチャーに距離を置いて見られる。だからこそ、日本のサッカー論壇の「奇妙な性格」に気が付く、突然の手のひら返しを不思議に思う。それは何故か? たまさか近くにいた当ブログを捕まえて、問い質したのだった。

 当ブログも、日本のサッカー論壇の「奇妙な性格」を半ば当たり前のことだと思っていたから、いきなりの「なぜ,日本のサッカー報道はおかしいのか?」という質問には、不意打ちを食らった感がある。だから、少したじろいでしまったのであった。

「ロフトプラスワン」をめぐるサッカーカルチャー人脈
 この当時、当ブログは、東京・新宿のトークライブ居酒屋「ロフトプラスワン」に出入りしていた。先の質問の主は、この店の常連客のひとりだった評論家・三浦小太郎氏である。三浦氏は、脇田敦氏らとともに「ロフトプラスワン」の常連客たちでつくる「風」というグループを作っていた。

 中でも脇田敦氏は、1993年にJリーグがスタートして以降の、対抗文化としてのサッカーカルチャーに注目しており、サッカー関連で「ロフトプラスワン」のトークライブに出演してくれそうな、誰か面白い人物はいないか探していた。そのアンテナに引っ掛かったのが、初代サポティスタ=浜村真也氏だったのである(下記リンク先参照)。
 1997年、すでに国民的な関心事となっていたサッカー日本代表。本当に「絶対に負けられない戦い」となっていたフランスW杯アジア予選を間近にひかえ、「ロフトプラスワン」界隈でも、サッカーに関心が高まっていた。

 三浦小太郎氏が、その評論家の鋭い感度をもって「日本におけるサッカーの語られ方」に疑問に感じ、当ブログに質問してきたのは、そういった背景があった。

それって「レイシズム」じゃないですか!?
 寸鉄人を刺すような質問に、当ブログもなかなかうまく答えられなかった。

 「うーん,そうですねぇ…….まあ,日本ではずっとサッカーが人気がなかったし,日本代表も国際試合ではずっと弱かった.だから,日本のサッカー関係者は自信喪失になっている……」

 「……それどころか,そもそも日本人はサッカーに向いていない.サッカー日本代表の弱さ,日本でのサッカーの不人気ぶりは,日本人の国民性や民族性や歴史や文化や伝統に根ざしているという人までいる.例えば……」

 ……こんなことをつらつら喋(しゃべ)って、少し調子づいてさらに続けた……。

 「……例えば,日本人はご飯や味噌汁を食べているから,サッカーが強くなれないみたいなことを,『BRUTUS』みたいな雑誌にまで書く人までいる……」

 ……と、ここまで話した時の質問の主のリアクションに、当ブログはかえって驚いた。
 えーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!

 本当ですかッ!? 本当にそんな人っているんですかッ!?
 本当にそんな人は実在する。

 それにしても、日本サッカーが「世界」に対して劣っているのは、日本人の国民性や民族性、歴史、文化、伝統に由来しているという考え、すなわち「サッカー日本人論」の類は、日本人の皆が共有している……と、当ブログも思い込んでいた。だから、この反応は少なからず意外だった。

 その後の一言は、さらに意外だった。
 それって……。

 レイシズムじゃないですかッ!*
 左様。日本人は農耕民族で獣肉ではなく米や味噌を食べているからサッカーが弱い……というような「サッカー日本人論」は、私たち「日本人」が私たち自身「日本人」を差別する人種的偏見、レイシズム(人種主義,人種差別)の言説なのである。

 普通のレイシズムは他者を憎悪・侮蔑するが、その「まなざし」が自己に向けられる時は自虐的になる。だからこそ「自虐的な日本サッカー観」なのである。

佐山一郎氏の日本サッカー概説
 さて「日本人はご飯や味噌汁を食べているから,サッカーが強くなれないみたいなことを,『BRUTUS』(ブルータス)みたいな雑誌にまで書」いた人とは、佐山一郎氏のことである。

佐山一郎氏(ホームラン1991年2月号)
【佐山一郎氏@『ホームラン』誌1991年2月号】

 掲載誌はマガジンハウス刊『BRUTUS』1992年12月15日号、ラグビー&サッカー特集「ブルータスの蹴球概説~トライの官能 ゴールの熱狂」である。

ブルータス19921215表紙
【『BRUTUS』1992年12月15日号の表紙】

 佐山氏が、該当する『BRUTUS』誌で執筆したエッセイのタイトルは「12人目のフィールドプレイヤー。」である。まずはその該当部分を紹介する。ただし[本文]部分は、後で解説の便宜をはかるために、段落ごとに頭に数字を振ることとする。
12人目のフィールドプレイヤー。●佐山一郎
[リード文]
ピョンヤン金日成スタジアム〔北朝鮮〕に始まった世界各地闘技場めぐりの旅。
それは、12人目のフィールドプレイヤーとしての自立をめざす旅でもあった。
Jリーグの開幕は、熱狂より無常を好む日本人への自立要求なのである。

[本文]
  1.  『課長島耕作』に際立ったサッカー選手歴があるのかどうかを僕〔佐山一郎〕は寡聞にして知らない。しかしその名前からしていかにもサッカー的といえないことだけははっきりしている。
  2.  常に「あなた」にとっての「あなた」である自分が「私」である――と考えて派閥行動する日本人(ああ、ややこしい)の甘やかな夢が、例のヒーロー像〔課長島耕作〕には投影されている。極東の島国のサラリーマンでもなんとかなってしまうんだよとぱかりに「ロマン変換」されるわけだからこりゃあやっぱり気持がいい。摺〔す〕り足でもなんとかなる非サッカー的世界へのいざないはそれなりに甘美なのだ。
  3.  『短期採用大陸狩人』なんてタイトルのマンガ主人公はまだ登場のしようもないのだろう。『忠臣蔵』を見たあるブラジル人は、『俺たちなら、陣太鼓叩くような形武にこだわる間もなくマフィア雇って背中から一発ズドンさ」と言い切ったという。切腹文化は形から入るぼかりで非創造的というわけだ。クルマが往来を走っていなくても、日本人の多くは赤信号で必ず立ち止まる。横断歩遺を渡る時、一時停止してくれた機械に一礼しても運転手の一目は見ていない。たしかに形式こそが重要なのだ。熱狂さえ鋳型にはめられやすい。
  4.  事ほど左様、『島耕作』の国〔日本〕では馬鹿のひとつ覚えのようにセンタリングが強調されてきた。それだけでなんとかなったアーセナル・ゴールの時代は、はるか音の話である。同じ島国のイングランド・リーグ名物、海峡を越えるドッカン攻撃がこんなにお好きというのも珍しかった。
  5.  崇〔たた〕りとはまことに恐ろしい。戦前、英国蹴球協会(FA)から贈られた純銀製FAカップの〔軍部への〕供出を阻止できなかったことがいまだに尾を引いてか、哀れにも日本代表は国際舞台にほとんど立てずじまい。もはやこれは農耕民族のDNA遺伝子(記憶)の問題じゃないかと思いはじめて、ある時点からなるべく世界各地の闘技場に赴くことを自分〔佐山〕に課すようにした。熱狂の血しぶきを、畦道〔あぜみち〕でよっこらしょ的体液に注入し、12人目のフィールドプレイヤーとしての「自立」をめざす騎馬民族願望の旅でもある。朝の味噌汁&ごはんも全廃した。〔以下略〕
『BRUTUS』1992年12月15日号92頁


佐山一郎「12人目のフィールドプレイヤー。」92頁
【佐山一郎「12人目のフィールドプレイヤー。」見開き右】

[部分]佐山一郎「12人目のフィールドプレイヤー。」
【佐山一郎「12人目のフィールドプレイヤー。」部分】
 当ブログも、いろんなサッカー評論を読んできたが、これほどトンデモない代物は記憶にない。

日本サッカーの「無常という事」
 佐山一郎氏が先のエッセイで用いたさまざまな「ギミック」。その元ネタを理解していると、氏のサッカー評論をもっと面白く読むことができる。これから、ひとつひとつを論(あげつら)って、適宜、筆誅を加えていく。

[リード文]より:熱狂より無常を好む日本人⇒⇒⇒佐山氏に限らないが、「サッカー日本人論」とくれば、その思考の根本にあるのは「日本的=非サッカー的/非日本的=サッカー的」という二元論、あるいは二項対立の図式である。

 これは一般の日本人論・日本文化論でも同じで、農耕vs狩猟、米食vs肉食、島国vs大陸、多神教vs一神教……といった分かりやすい二元論で、日本とその他の世界をあくまで隔てて、世界の中で特異なるニッポンを人々に刷り込んでいく。当然、その特異なるニッポンは非サッカー的なるものである。

 「サッカー=世界が熱狂するスポーツ」とくれば、非サッカー的な日本は「熱狂」とは対照的な概念を引っ張り出さなければならない。そこで佐山氏は「日本的な美意識」とされる「無常」を持ち出した。同様に、もののあはれ、幽玄(ゆうげん)、わび・さび……などが登場することがある。

[リード文]より:日本人への自立要求⇒⇒⇒欧米人は個人が「自立」した個人主義、対して、日本人は個人が「自立」できていない集団主義である。サッカーは欧米の「個人主義」の原理が貫徹したスポーツであるが、しかし、日本人の国民性は、個人主義とは相容れない「集団主義」である。したがって、日本人はサッカーに向いていない。

 こういった、日本人集団主義説という日本人論・日本文化論に基づいた「日本人サッカー不向き論」こそ、「サッカー日本人論」の中でも最も流通した言説である。サッカー論壇における、その最たるイデオローグが佐山一郎氏だった。

「島・耕作」のサッカー論
 リード文の解説だけで満腹になりそうだが、佐山一郎ワールドの深遠さは、まだまだこんなものでは終わらない。
 「ちっぽけな島国」とは、欧米などの外部の脅威の前に委縮したときに、この列島の住人〔日本人〕が発明する自画像なのだといってよい。

[1.]より:『課長島耕作』……その名前からしていかにもサッカー的といえないことだけははっきりしている⇒⇒⇒あらためて説明すると、『課長島耕作』(かちょう しま・こうさく)とは、弘兼憲史(ひろかね・けんし)氏による、ある「団塊の世代」のサラリーマンを主人公に、その生き方を描いたマンガ作品である……。

 ……のみならず、『課長島耕作』は、21世紀の現代まで読み継がれるベストセラー、ロングセラーである。だから、作品世界やその主人公に着想した日本人論・日本文化論が書けそうな気がする(夏目漱石の小説から,日本人論・日本文化論を書いた人がいたように)。しかも、主人公の名前が「島・耕作」。それは「国の農耕作民」という、ニッポン人のステレオタイプを強く連想させる。

 大陸の狩猟民族の末裔(!?)である欧米人やアフリカ系黒人は、攻撃性や創造性あるいは能動性などといった、身体能力に限らないメタフィジカルな意味での「サッカーというスポーツに必要な能力」が生まれながらにして備わっている。

 だが、対照的に、「島国」の「農耕民族」の末裔(!?)でしかないニッポン人には、身体能力のみならず、メタフィジカルな「サッカーというスポーツに必要な能力」が根本的に欠落している。

 このような「日本人サッカー不向き論」も、サッカー論壇に広く流通している。佐山氏は、マンガの主人公「島耕作」に典型的なニッポン人、しかも「サッカーならざるニッポン人」の本質を「発見」した。だから「その名前からしていかにもサッカー的といえないことだけははっきりしている」と断言したのである。

網野史学から日本サッカーをよみなおす
 しかし、再検討するべきは「島国の農耕民族=ニッポン人」のイメージの方である。その手掛かりには、異端の歴史学者・網野善彦氏(故人)の著作を読むのが手っ取り早い。

 山川出版社の高校日本史の教科書に載っている、江戸時代の(現在の秋田県の)人口構成。武士(サムライ)は10%足らず、城下町などに住む「町人」は7.5%、そして「農民」は約75%。なるほど、いかにも日本は「農耕民族」に見える。

 ところが、この人口構成の原史料の表記には「農民」ではなく「百姓」とある。

 語源的に「百姓」とは農民に限定された意味はなく、単なる一般庶民のことである。むろん「百姓≠農民」であり、日本の「百姓」も稲作農耕に限定されない、山民や漁民など多彩な生業で構成されていた……と、網野善彦氏が繰り返し説いてきた。

 また日本列島の社会は、歴史的に海・湖・川の水路を使った交流や物流が大変盛んであり、それは陸路の交通を上回るものであった。しかも、その規模は「日本国」の規模をはみ出すものですらあった。これも網野氏が繰り返し説いてきたところである。

 つまり、日本人は「農耕民族」ではないし、日本は孤立した「島国」ではないのである。

 あと、「短期採用大陸狩人」などというジョークは面白くもなんともない。

日本人は「日本的=非サッカー的」か?
[2.]より:常に「あなた」にとっての「あなた」である自分が「私」である――と考えて派閥行動する日本人(ああ、ややこしい)⇒⇒⇒要するに佐山一郎氏は、ニッポン人は個人(個人主義)が確立していない「集団主義」である……と言いたいだけである。

 サッカーは欧米の「個人主義」の風土から生まれ、育まれたスポーツだ。しかし、日本人の国民性は、個人主義とはまったく相容れない、個人よりも自身が属する組織・集団に重きを置き、没入する「集団主義」である(「派閥行動」のその中に含まれる)。したがって、日本人はサッカーに向いていない……という「サッカー日本人論」を、佐山氏はやりたいだけである。

 別に「ややこしい」話ではない。話をややこしくしているのは佐山氏の方だ。

 臭いニオイは元から絶たなければならない。「日本人は集団主義だから……」という通念・通説を疑い、そのデタラメを見抜き、乗り越えるための手引きとしては、高野陽太郎著『「集団主義」という錯覚』杉本良夫とロス・マオア著『日本人論の方程式』、同じくその初版本『日本人は「日本的」か』が最適である。

 いずれも、それなりにボリュームがある本だが、中身の文章はとても平易明解である(どちらの著作も「啓蒙」を意識しているので,いたずらに衒学的な修辞に傾くことはない)。そして、これらのコンテンツを弁(わきま)おくと、日本のサッカー論壇の手口や流儀・作法に関するリテラシーが身につく。

 それは、相手が佐山一郎氏でも、村上龍氏でも、金子達仁氏でも、後藤健生氏でも、湯浅健二氏でも、杉山茂樹氏でも、山崎浩一氏でも、中村敏雄氏でも……、みな同じである。

澤穂希が蹴っ飛ばしたもの
[2.]より:摺〔す〕り足でもなんとかなる非サッカー的世界⇒⇒⇒佐山一郎氏が援用した「日本人〈摺り足〉民族論」の元祖は、武智鉄二氏(演出家,映画監督ほか,故人)の著作『伝統と断絶』である。

伝統と断絶 (1969年)
武智 鉄二
風濤社
1969


 日本人は稲作中心の農耕民族であり、地面にかかとをこすりつけて歩く水田耕作作業に由来する「摺り足」の身体文化が身に染(し)みついている。したがって、日本人は、野球ならともかく、サッカーやラグビーのようなピッチ上を走り回る「牧畜民族」(≒狩猟民族)の球技には向いていないといった要旨である。

 「日本人〈摺り足〉民族論」は、佐山氏のみならず、かなり人気のある「サッカー日本人論」だ。在野の少年サッカーの指導者として有名だった近江達(おうみ・すすむ)が自著『日本サッカーにルネサンスは起こるか?』で、あるいは音楽学者(?)の細川周平氏が同じく『サッカー狂い』で、この話を展開している。

近江達『日本サッカーにルネサンスは起こるか?』
【近江達『日本サッカーにルネサンスは起こるか?』】

 こんな俗説に対する、もっとも有効なカウンターは、2011年サッカー女子W杯決勝における、女子日本代表(なでしこジャパン)のキャプテン・澤穂希(さわ・ほまれ)選手による「事実上の決勝ゴール」だろう。

 農耕民族・稲作民族であるはずのニッポン人、摺り足民族であるはずのニッポン人=澤穂希が、コーナーキックから飛んできたボールに、右足のかかとを振り上げアウトサイドでボレーシュートをしてゴールに叩き込んだのである。

 すでに故人である近江達氏はともかく、佐山一郎氏や細川周平氏は、どう思っているのだろうか。澤穂希の、あのシュート、そしてあのゴールは、サッカー女子日本代表を世界一にするとともに「日本人〈摺り足〉民族論」をも蹴っ飛ばしたのである。

浅野内匠頭は決定力不足(?)だった
[3.]より:『忠臣蔵』を見たあるブラジル人は、「俺たちなら、陣太鼓叩くような形式にこだわる間もなくマフィア雇って背中から一発ズドンさ」と言い切ったという……切腹文化は形から入るぼかりで非創造的というわけだ⇒⇒⇒ありとあらゆる「日本的なるもの」を「サッカーならざるもの」に仕立て上げる、佐山一郎氏の薄暗い情熱には感心させられる。……と同時に、ウンザリさせられる。

 江戸時代の「殿中刃傷事件」は「忠臣蔵」の一件のみならず、何件も発生している。わりと有名なものとしては、貞享元年(1684)、若年寄・稲葉正休による「大老・堀田正俊暗殺事件」。あるいは、天明4年(1784)、旗本・佐野政言による「若年寄・田沼意知暗殺事件」。だいたい、その場で殺しているか、致命傷を負わせている。

 つまり、鉄砲でズドンではないが、刀(脇差)でブスリと殺(や)っている。

 「忠臣蔵」で知られる「元禄赤穂事件」の殿中刃傷は、加害者側(浅野内匠頭=あさの・たくみのかみ)が、例の儀礼用の長袴(ながばかま)を穿(は)いていて動きづらかった上に、これまた、儀礼用のナイフ程度の大きさの小サ刀(ちいさがたな)しか帯びていなかったので、相手(吉良上野介=きら・こうずけのすけ)を殺傷できなかっただけの話である。浅野内匠頭は決定力不足(?)だったのかもしれない。

 また、史実の「元禄赤穂事件」の討ち入りでは、赤穂浪士側は「陣太鼓」など鳴らしていない。



 佐山氏は、「忠臣蔵」または「元禄赤穂事件」の実際について、よく知らないようだ。

 歌舞伎や能楽など、日本の伝統演劇に限らず、欧米のオペラでもシェークスピアの史劇でも、歴史上の事件を作劇する場合は一定の「形式化」が必須である。これは洋の東西を問わない。

赤信号を守るポーランド人から世界的ストライカーが出た
[3.]より:クルマが往来を走っていなくても、日本人の多くは赤信号で必ず立ち止まる。たしかに形式こそが重要なのだ⇒⇒⇒これなどは「サッカー日本人論」の定番ネタ中の定番「赤信号文化論」がある。それは……。

 日本人は、赤信号だと車が来なくても横断歩道を渡らない。すなわち、日本人は「形式」や「規則」「御上の権威」「組織」、あるいは集団が醸しだす「空気」に従順である。つまり、日本人は「個人」で物事を判断することができない。

 要するに、ドリブルか、パスか、シュートか、するべきプレーを瞬時に「個人」の責任で決定しなければならない、サッカーというスポーツは日本人に向いていないのだ。いわんや、シュートしてゴールを奪うという「決定力」においては。……というものである。

 その、比較的、新しい例としては、サッカーライターの木村浩嗣(きむら・ひろつぐ)氏が2016年1月に発表したコラムがある(下記リンク先参照)。
 このタイプの「サッカー日本人論」は、サッカー論壇のあちらこちらで目にすることができる。「赤信号文化論」を、特に有名にしたのは、元日本代表監督フィリップ・トルシエであった。在任中2001年に著(あらわ)した『トルシエ革命』に、その言及が見られる。

トルシエ革命
フィリップ トルシエ
新潮社
2001-06


 いや、待て。佐山一郎氏のくだんのエッセイは1992年の昔だ。実は「赤信号文化論」は、元々、サッカーライターの大御所・後藤健生氏の以前からの持ちネタだった。氏は、例えば1995年に上梓した『サッカーの世紀』でも「赤信号文化論」を展開している。

サッカーの世紀 (文春文庫)
後藤 健生
文藝春秋
2000-07


 後藤氏とも親しい佐山氏は、ここで「赤信号文化論」を投入したのである。

 ただし、後藤健生氏は日本のサッカーが1990年代以降、大幅に伸長したことに伴い、2012年、「赤信号文化論」を自己批判したうえで、撤回した。そして「サッカー日本人論」全体にも批判的な姿勢をとるようになっている(下記リンク先参照)。
 佐山一郎氏や木村浩嗣氏と違って、後藤健生氏は「サッカー日本人論」の怪しさに気が付く鋭敏な感覚がある。恐ろしいところは、かつて持ちネタにしていた後藤氏があれだけ否定したにもかかわらず、木村氏のような人が「赤信号文化論」を無邪気に継承して得意げに展開するところにある。「赤信号文化論」の生命力の強さはあなどれない。

 木村浩嗣氏は、前掲の「赤信号を渡る国で自己責任について考える」で横断歩道で赤信号を逐一守る日本人から世界的なストライカーは生まれないと書いている。ところが、後藤健生氏は、同じく前掲の「ポーランドサッカー弱体化は、赤信号で道路を横断しないから?」で、ポーランド人も日本人並みに横断歩道で赤信号を守ると観察している。

 そのポーランド代表には、世界的ストライカー ロベルト・レバンドフスキがいる(FCバイエルン・ミュンヘン所属,2018年ロシアW杯では不発だったが)。日本人と同じく、赤信号だと横断歩道を渡らないポーランド人から、こうした選手が出てきたこと。これなどは、日本人論とサッカーのつながりを疑い、考えさせる興味深い実例であろう。

「日本人島国神話の起源」と日本サッカー
[4.]より:事ほど左様、『島耕作』の国〔日本〕では馬鹿のひとつ覚えのようにセンタリングが強調されてきた。それだけでなんとかなったアーセナル・ゴールの時代は、はるか音の話である⇒⇒⇒事ほど左様、佐山一郎氏は馬鹿のひとつ覚えのように、実にさまざまな「サッカー日本人論」と「自虐的な日本サッカー観」を垂れ流してきた。

 それだけで、日本のサッカー論壇がなんとかなった時代は、はるか昔の話である。

[4.]より:同じ島国のイングランド・リーグ名物、海峡を越えるドッカン攻撃がこんなにお好きというのも珍しかった⇒⇒⇒またしても「島国論」である。

 小熊英二氏の『単一民族神話の起源』などを読んでいると、「日本は島国で,日本人は稲作を中心とした平和な農耕民族にして単一民族」という通説が主流になったのは、第二次世界大戦後のことらしい。日本の戦後民主主義と平和主義に連動したもののようである。

 事実、第二次世界大戦敗戦まで存在した「大日本帝国」は、陸上に国境線を持った「多民族国家」だった。だから、その時代は「日本人は島国の単一民族」という説は支持を得られなかった。

 参考までに、甲子園球場で行われた戦前の中等野球(現在の高校野球)全国大会の出場枠は、日本内地19代表に、台湾、朝鮮、満州の3代表を加えて、全22代表であった。

 四方を海に囲まれた狭い島国、異文化との接触が少なく、人々は均質な文化や習慣でまとまり、農耕とくに稲作を中心とした自給自足の生活を送り、だから社会内の対立や闘争・葛藤・征服・摩擦が少ない、平和な単一民族ニッポン(しかし,それゆえ「サッカー」というスポーツを社会的・文化的に醸成していく活力には欠けているニッポン)。

 こういう日本人の自画像はの定着は比較的最近の現象らしい。佐山氏の日本サッカー論も、実は時代的な思潮の流行り廃りに左右されているのである。

失われた銀杯を求めて
[5.]より:崇〔たた〕り……戦前、英国蹴球協会(FA)から贈られた純銀製FAカップの〔軍部への〕供出を阻止できなかったことがいまだに尾を引いて⇒⇒⇒哀れにもサッカー日本代表は、W杯や五輪などの国際舞台にほとんど立てずじまい。……と続く。

 1919年(大正8)、イングランドのサッカー協会(The F.A.)から、日本のサッカー関係者に「銀杯」が贈呈されたことがキッカケで、1921年(大正10)、日本サッカー協会(JFA)が設立されたこと。その銀杯は、戦前の全国選手権カップ戦の優勝トロフィーとして使われたこと。そして、第二次世界大戦に際して軍部に供出され、戦後、JFAに戻ってきていないことは、よく知られた話である。

 佐山一郎氏は、以前からこの問題にこだわってきた。2018年刊、佐山氏自身のサッカーライティング『日本サッカー辛航紀』の第一章第一節で、あらためてしつこく言及している。

 日本のサッカー関係者の戦争責任を批判する者はなく、彼らはひたすら戦争受難史観で自己防衛をはかるばかり。たしかに戦時下の日本サッカー界は想像以上の圧力を軍部から受けていた。しかし、いかに彼らが被害者を装おうと、JFAが銀杯を軍部に供出するなど迎合して「日本精神」を鼓舞した事実は残る。……と、佐山氏は批判する(『日本サッカー辛航紀』20~23頁)。

 その上で「近現代日本サッカーの起源ともいえるFA杯の真の価値を知る誰かが,フットボーラーのフットボーラー的責任において保存していたという至上の美談をあきらめきれない私〔佐山一郎〕がいる」(同書25頁)などとも語る。

 そうした複雑で否定的な感情が、1992年の『BRUTUS』誌のサッカー特集では、それは「祟り」であり、ゆえに「哀れにも日本代表は国際舞台にほとんど立てずじまい」という表現につながったのである(話をロジカルにではなく,エモーショナルにつなげるのが,佐山氏の流儀である)。

 当ブログからしたら、どうでもいい話である。

 だいたい「近現代日本サッカーの起源」は、JFAが設立された大正時代ではなく、もっと前、まだ19世紀だった頃の明治時代にある。『日本サッカー辛航紀』は、日本サッカー史を謳(うた)いながら、前近代の「蹴鞠」まで採り上げながら、しかし、明治時代・草創期の日本のサッカー事情について全く触れていない不思議な1冊である。佐山氏は「明治」のサッカー史から「思想逃亡」したのだ(下記リンク先参照)。
 それに比べれば、日本サッカー界に贈られたオリジナルのFA杯がどうなろうが知ったことではない。そんなことは、その国のサッカーの消長とは関係ない。

 例えば、国際サッカー連盟から認められて、ブラジルが永久保持していたはずの、本物のW杯優勝トロフィー「ジュール・リメ杯」は、盗賊に盗まれたまま戻ってこない。こんな失態をやらかしたブラジル・サッカー界は、いったいどうなるのであろうか。

ゲノム,遺伝子,DNA…再生産される人種主義
[5.]より:もはやこれは農耕民族〔である日本人〕のDNA遺伝子(記憶)の問題じゃないかと思いはじめて⇒⇒⇒ヒトゲノムやDNAの研究が進んだ昨今。しかし、その研究成果への確かな理解がないまま、かえって新しいレイシズム(人種主義,人種差別)につながる記号と化したのが、「DNA」や「遺伝子」といった観念である。

 オールドメディアやインターネットは「日本人のDNA」という表現を、さも当然であるかのように使う。「日本人」の国民性や文化、精神……が、あたかもDNAや遺伝子の次元で決定づけられているかのような言説が蔓延(まんえん)している。

 サッカーに関して言うと、もともと「農耕民族」だから「摺り足民族」だから……日本人はサッカーに向いていないという俗説が流通していたから、「DNA」や「遺伝子」といった観念の流行は、これにお墨付きを与えているところがある。

 佐山一郎氏は、その風潮に安易に乗っかっているのだ。

 いずれにせよ、科学的には誤用であり、たとえ比喩だとしても「DNA」や「遺伝子」といった表現の濫用は慎むべきである。

日本サッカーのために「味噌汁&ごはん全廃」を公言した人
[5.]より:〔海外サッカーの〕熱狂の血しぶきを、〔日本人の〕畦道〔あぜみち〕でよっこらしょ的体液に注入し、12人目のフィールドプレイヤーとしての「自立」をめざす騎馬民族願望の旅⇒⇒⇒これもまた日本人=農耕民族説や、日本人=集団主義説に基づいた「日本人サッカー不向き論」のバリエーションのひとつである。

 ふつう「日本人=農耕民族」と対になるのは「狩猟民族」だが、前述の「日本人〈摺り足〉民族説」のように「牧畜民族」でもいいし、ここにあるように「騎馬民族」でもいい。要は「農耕民族」としての「日本人」が「世界」の中で、いかに特異な存在であるかをアピールできればいいのである。

 ここにある「体液」という表現も、「DNA」や「遺伝子」と同様のレイシズム(人種主義,人種差別)の気配が濃厚である。佐山一郎氏は本当にデリカシーに乏しい。

[5.]より:朝の味噌汁&ごはんも全廃した⇒⇒⇒これが「日本人はご飯や味噌汁を食べているから,サッカーが強くなれないみたいなことを,『BRUTUS』みたいな雑誌にまで書」いた……の本文である。

 こういう発言は「レイシズム」(人種主義,人種差別)ではないのかと指摘され、批判されると、一介のサッカーファンとしては返す言葉がない。

日本のサッカーは変わったのだけれど…
 以上である。お疲れさまでした。

 それにしても、佐山一郎氏は、よくもまあ、これだけ短い文章に、これだけの与太話を詰め込んだものである。

 佐山氏が『BRUTUS』誌に問題のエッセイ「12人目のフィールドプレイヤー。」を書いたのは、Jリーグがスタートする直前。1992年の初冬のことだった。

 あれから30年近い年月が経った。

 日本の公共放送「NHK」が、ストレートニュース番組で、結果または途中経過を必ず報告するプロスポーツは、プロ野球(NPB)、大相撲、そしてサッカーのJ1(Jリーグ1部)だけである。バスケットボールのBリーグなどには、このような特権はない。

 すなわち、Jリーグ(サッカー)は日本の人気スポーツとして定着している。

 サッカー男子日本代表は、W杯本大会6回出場、うち1次リーグ突破3回。女子日本代表に至っては、W杯優勝1回、同じく準優勝1回、五輪準優勝1回、同じく4位1回。200を超える国際サッカー連盟加盟国の中で、サッカーの実績が日本より同等それ以下の国は、少なく見積もっても100か国以上はある。

 日本のサッカーは、大きく伸長したのである。

 2019年の時点からすれば、佐山氏のような人(雑誌『STUDIO VOICE』の編集長をやったような人)が、「日本人」は「島国」の「農耕民族」(というホモサピエンスの亜種)で、特にサッカーというスポーツにおいては劣等なる能力しか持ちえない……などと言う、レイシズム(人種主義,人種差別)を公言したことなどは、およそ信じられないかもしれない。

 しかし、こうした歪んだ「まなざし」の方は、けっして克服されていない。

…それでも継承される「サッカー日本人論」
 近年の例を挙げよう。「日本人,サッカー,農耕民族」でグーグル検索すると(2019年5月14日閲覧)、検索上位に2016年6月11日にアップされた「日本サッカーが勝負弱い本当の理由。本田圭佑・釜本邦茂が警鐘を鳴らす…」というインタビュー記事がヒットする。悲しいことに、この中であの釜本邦茂氏が「日本人=農耕民族説」で一席ぶっているのだ。
レジェンド・釜本氏が主張する日本に競争力がない理由
 私〔釜本邦茂〕はいつも言っていることだが、日本と欧州の人々の根本的な違いは、農耕民族と狩猟民族の違いにある。

 欧州でも南米でもアフリカでも、彼らはもともと狩猟民族だった。自分の家には何も持っておらず、獲物を探しに行く必要があった。今ではなく大昔の話だが、そういう血が彼らには流れている。

 一方で日本人は、自宅の庭や周辺の畑で野菜などを育てることが可能だった。雨が水分をもたらし、太陽が栄養分をもたらしてくれた。今日天気が悪くても明日には大丈夫、という気候だった。

 しかし欧州などの人々は、(弓矢を構える仕草をしながら)いま射たなければ次はない。自分自身で狙っていかなければならない。それが農耕民族と狩猟民族の違いだ。根本的に考え方や、流れている血が違っている。日本にいるそういう〔サッカー〕選手は、本田圭佑〔や中田英寿?〕などのごく一握りだけだ。

 〔欧州でも南米でもアフリカでも,子供たちは〕負けることがあれば、もっと向上したいと思うことができる。しかし日本の子供たちは、勝つことや負けることについてあまり本格的に考えてはいない。

 1992年の佐山一郎氏のエッセイから、少しも変わらない日本サッカー観である。

 釜本氏のような日本サッカー界の権威からも繰り返し語られ、刷り込まれる、人種主義的な「サッカー日本人論」や「日本人サッカー不向き論」は、いざ、W杯本大会で日本が「惨敗」したりすると、一気にヒステリックな「自虐的な日本サッカー観」として表出する。

 日本代表のチャレンジが不首尾に終わった2006年ドイツW杯や2014年ブラジルW杯がそうだった(後者に関しては下記リンク先参照)。
 とどのつまり、日本のサッカー論壇が、日本サッカーの歩みに合わせて、サッカー評論の新しい地平を拓いてきたわけではないのである。

とにかくアンチ日本人論は少数派なので…
 日本代表やJリーグがいかに成果を上げようとも、日本のサッカー関係者の偏見に満ちたネガティブな日本サッカー観は、一向に克服されない。その理由はいくつもある。

 ひとつには、日本では長らくサッカーがマイナースポーツだったからである(この問題に関しては,以下の2つのエントリーを参照されたい)。
 またひとつには、世上では「日本人論」の通念・通説が圧倒的優勢で、これを批判する「アンチ日本人論」が少数派だからでもある。

 『菊と刀』や『風土』『タテ社会の人間関係』『「甘え」の構造』『日本人とユダヤ人』といったの代表的日本人論は、世代や時代を超えて読み継がれてきたベストセラー、ロングセラーである。多くの人は、これらの著作を直接には読んだことはなくとも、その中に登場する「恥の文化」「タテ社会」「甘え」といったキーワードは耳にしたことはある。

 対して、『日本人は「日本的」か』や『「集団主義」という錯覚』『日本人論の方程式』『イデオロギーとしての日本文化論』『反日本人論』といったアンチ日本人論の著作は、よほどこの方向に関心がないかぎり、読まれることはない。

イデオロギーとしての日本文化論
ハルミ ベフ
思想の科学社
1997-07


 佐山一郎氏について言えば、日本人農耕民族説、同じく島国説、多神教説、集団主義説、単一民族説……、さらには「忠臣蔵」に至るまで日本人論の通説を。加えて阿部謹也、剣持武彦、谷崎潤一郎、和辻哲郎、神崎宣武、武智鉄二……といった人たちが提唱した、日本人論・日本文化論の概念を貪欲に採り入れては、「サッカーならざるニッポン」のイメージを読者=日本のサッカーファンに刷り込んできた。

 翻って、杉本良夫、高野陽太郎、網野善彦、ハルミ・ベフ(別府春海)、ロビン・ギル、小熊英二……といった人たちによる、「日本人」という過剰な自意識に再考を迫るような一連の著作は、佐山氏の視界にはついに入ってこなかったのである。

ピントがズレた(?)日本スポーツ学界からの批判
 さらにもうひとつの理由は、日本のスポーツ学による「サッカー日本人論」への批判が中途半端なことにある。

 「サッカー,日本人論」でざっとグーグル検索すると、森田浩之氏(ジャーナリスト,立教大学兼任講師)や有元健氏(国際基督教大学教育学部准教授,スポーツ文化研究)といった人たちによる「サッカー日本人論」批判にヒットする。
 有元健氏は、自身のように「社会科学系の学問をやっていると〈国民性〉を語る言説に信頼を置くことはかなり難しい」と語る。

 そして、日本代表(当時)の、ハーフナー・マイクや酒井高徳、李忠成といった「多文化的・文化混交的な出自の選手たち」の存在を、サッカー論壇やサッカーファンがもっと認識すれば、「国民性」や「サッカー日本人論」のステレオタイプを乗り越えられるかのように(楽観的に?)語っている。

 しかし、そんなことが楽観が確かならば、例えば1997年11月の「ジョホールバルの歓喜」のあたりで、日本人の日本サッカー観が更新されていてもおかしくはない。実際はそのような情況にはなっていない。なぜか。これらの批判が微温的だからである。

 日本人は島国の農耕民族だからサッカーが弱い、この弱さは日本人「DNA」や「血」の問題、だから日本人は「味噌汁&ごはんを全廃」しなければならない。……などといった、本稿で言及してきた佐山一郎氏らのレイシズム(人種主義,人種差別)、「私たち日本人」自身を差別する自虐言説の強烈さには、森田氏や有本氏の批判はいかにも生温いのだ。

 また、山本敦久氏(成城大学心理社会学科教授,スポーツ社会学)は、アフリカ系黒人のアスリートといえば「高い身体能力」という無邪気な称賛はレイシズム(人種主義,人種差別)の偏見であると批判する。
 山本氏の意見は、欧米あたりの学界の風潮を「輸入」したものである。

 しかし、日本において、少なくともスポーツ界・サッカー界で最も身近なレイシズム(人種主義,人種差別)は「欧米人やアフリカ系黒人に,身体能力でも,身体文化でも劣った(摺り足など)ニッポン人」「サッカーをプレーするための(ある種の)知的能力にも劣ったニッポン人」「何より駄目なニッポン人」というものである。

 こうした通念・通説を放置しておいて、他者への、例えばアフリカ系黒人への偏見を改めよ……などというのは、難しい問題である。

 いずれにしても、「サッカー日本人論」を長年監視してきた物好きから言えば、サッカー論壇やサッカーファンが共有してきた「常識」に痛撃を与えるには弱い。

自己批判なき佐山一郎氏のサッカー論壇からの引退
 本稿でしつこく論(あげつら)ってきたように、1992年、『BRUTUS』誌のサッカー特集で、あれだけ放埓な放言をした佐山一郎氏。2019年の現在、氏は何を思っているのだろうか。佐山氏は、2018年上梓の『日本サッカー辛航紀』を有終として、サッカー論壇からの「引退」を公言している。だから、この著作を手がかりに類推するしかない。

 その中で、納得しがたいところがあった。サッカー本の名著とされ、日本では1983年に邦訳が刊行された、デスモンド・モリス著『サッカー人間学』(原題:The Soccer Tribe=サッカー部族=)の内容に、佐山氏が言及した箇所である。
 陰気でおたく〔原文傍点〕な私〔佐山一郎〕が指摘しておきたかった……。〔日本のサッカー関係者の〕悪性マゾ的メンタリティ〔自虐的な日本サッカー観〕の大量発生に、この本〔『サッカー人間学』〕が一役買ってしまった可能性が高い。「第1章 部族のルーツ」の中の〈儀式的狩猟としてのサッカー試合〉の項が、のちのち長くいわれ続けることになる「日本人=非狩猟民族=得点力不足」説の論拠になってしまったからだ。これに集合的な諦念がカクテルされれば、さらなる負のスパイラルである。偏狭な一国史観的自己認識でしかない〈農耕民族説だから勝てない説〉がはびこるのも当然のことだった。〔サッカー日本代表の〕五輪出場は再び分不相応の大きな望みである「非望」のレベルにまで達していた。

佐山一郎『日本サッカー辛航紀』140~141頁

サッカー人間学―マンウォッチング 2
デズモンド・モリス
小学館
1983-02


The Soccer Tribe
Desmond Morris
Rizzoli Universe Promotional Books
2019-03-26


 これには唖然とした。

 他人事のように書いているが、そもそも「サッカー日本人論」に耽(ふけ)り、「サッカーにおける〈日本人農耕民族説〉」を誰よりも一番煽り、日本のサッカー界に「悪性マゾ的メンタリティ」を大量発生させるのに一役買い、後々まで日本のサッカー界に悪影響を残したのは、他の誰でもない、佐山一郎氏だからである。

 そもそも著者のデスモンド・モリス博士は「欧米人やアフリカ系黒人=狩猟民族=サッカー的/日本人=農耕民族=非サッカー的」などという、「偏狭な一国史観的自己認識」など知らない。また、世界の「サッカー部族」から「日本人」だけを排除しようという意図などない。これは断言できる。

 なぜなら『サッカー人間学』は、日本のサッカー文化についてもかなり好意的に取り上げているからだ(下記リンク先参照)。
 この著作で紹介された日本のサッカー文化の中には「胴上げ」のように、世界的に普及したものすらある。

 前述のように、後藤健生氏は、かつて自身が持ちネタにしていた「サッカー日本人論」である「赤信号文化論」について、自省を込めながら批判し、否定・撤回してみせた。それだけの度量があった。

 翻って、佐山一郎氏には、そうした潔さがないのは非常に残念である。佐山氏は、これらの件に関して何らかの意思の表明が必要なのではないか。せめて、佐山一郎氏に関しては、米&味噌抜き「食事療法」の「成果」の報告が欲しいところだ。……などと、嫌味を書いて本稿の結びとするのは本意ではない。

 やっぱり、それってレイシズムじゃないですか。

(了)



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日本は断じて野球の国である,サッカーの国ではない!?
 スポーツライター・玉木正之氏は、春陽堂書店のWEBサイトで「日本で野球が人気なのはなぜ?」という、氏の根本教義とも言うべき究極のネタを書いている。
玉木正之の「スポーツって、なんだ?」#15 日本で野球が人気なのはなぜ?
2020年の東京オリンピックに向けて、スポーツを知的に楽しむために──
数多くのTV番組に出演し、多岐に渡って活躍するスポーツ評論家の玉木正之さんが、文化としてのスポーツの魅力を解き明かす。
第15回では、西洋から日本に伝わったスポーツのなかで、なぜ野球が人気を得たのか、その歴史的・文化的背景に迫ります。
(詳細は下記ツイッターのリンク先参照)



 要するに、玉木正之氏は、野球は日本人の「歴史的・文化的背景」に適していた。しかし、サッカーは適していない。サッカー日本代表が弱い(?)のも、Jリーグがプロ野球に人気で勝てない(?)のも、そのせいだ……ということが主張したいのである。

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【玉木正之氏】

 こんなことを言われると、多くのサッカーファンはビビってしまう。しかし、心・配・御・無・用! 玉木説は全部デタラメなので、簡単かつ徹底的に批判できる。

玉木正之説の総括,批判,あるいは超克
 玉木正之氏の「日本で野球が人気なのはなぜ?」は、間違いだらけで、あまりにも内容が粗雑だったので、当ブログで反駁しようと思い立った。最初は小ネタのつもりだったが、その問題点を全て論(あげつら)っていったら、前回のエントリーまでで実に4回にも及んだ。その内容を復習してみる。
玉木正之氏「日本で野球が人気なのはなぜ?」の間違いの数々
  1. 明治初期、欧米からあらゆるスポーツ競技が日本に紹介されたが、日本人の間で瞬(またた)く間に圧倒的な人気を獲得したのが「野球」だった間違い玉木正之氏「日本で野球が人気なのはなぜ?」に反論する(1)2019年03月10日
  2. 日本人は数字や記録が好きで、打率・本塁打数・打点・勝利数・防御率など、多くの数字や記録が並ぶ「野球」が日本人には理解しやすかった間違い玉木正之氏「日本で野球が人気なのはなぜ?」に反論する(2)2019年03月14日
  3. 野球は「スポーツ」ではなく「ドラマ,演劇」として鑑賞することができ、「スポーツ」よりも「ドラマ」に感情移入しやすい日本人には野球が適していた間違い玉木正之氏「日本で野球が人気なのはなぜ?」に反論する(3)~虫明亜呂無を疑う_2019年03月19日
  4. 日本人は元来「チームプレー,団体戦」よりも「1対1の対決」を好む。サッカーの「11対11」またはラグビーの「15対15」の「チームプレー」よりも、投手vs打者の「1対1の対決」である野球の方に日本人の関心が集まった間違い玉木正之氏「日本で野球が人気なのはなぜ?」に反論する(4)2019年03月21日

玉木正之の「日本で野球が人気なのはなぜ?」画像
【玉木正之氏「日本で野球が人気なのはなぜ?」より】
 ……と、よくもまあ、短いたった1本のコラムで、こんなにデタラメが(4つも!?)続くものである。だからこそ「日本で野球が人気なのはなぜ?」は、玉木正之氏の「スポーツ学」(学?)の、あるいは「玉木正之真理教」の根本教義なのであるが。

 そして、だからこそ当ブログは、読者=サッカーファンや野球ファン、その他のスポーツファンを、その洗脳(マインドコントロール)から解かなけれなならない。

 どうしたって玉木正之説は間違っている。嘘である。デタラメである。

「日本人は=団体闘争が苦手」と説く河内一馬氏への疑問
 事あるごとに日本人は元来チームプレー・団体戦が苦手だと附会(ふかい)してきた玉木正之氏。これを批判してきて、あるサッカー人を連想してしまった。「日本人アスリートは〈団体闘争〉が苦手」が持論の、河内一馬氏である(下記ツイッターのリンク先を参照)。



 明言しておくと、2018年12月18日、日本のスポーツ居酒屋て開催された、宇都宮徹壱氏主催のトークライブで、河内一馬氏が展開したのは、サッカーの評論、スポーツの評論ではない。「日本人論・日本文化論」の亜種、森田浩之氏(スポーツメディア研究など)が指摘するところの「サッカー日本人論」または「スポーツ日本人論」である。

 河内一馬氏も、河内氏に共感している宇都宮徹壱氏も、あるいは玉木正之氏も「サッカー日本人論」または「スポーツ日本人論」という「魔窟」(まくつ)にドップリ浸かっている。しかし、平たく言うと「日本人論・日本文化論」または「サッカー日本人論・スポーツ日本人論」はデタラメの羅列である。

 河内一馬氏は「〈団体闘争〉でメダルがなかったリオ五輪」と言う。しかし、その4年前の2012年のロンドン五輪の時は、真壁昭夫氏(エコノミスト,法政大学大学院教授)が「日本人は(この場合は良い意味で)集団主義で,ロンドン五輪でも個人競技よりも団体競技で成果を出した」などと語っていた(下記リンク先参照)。
 なかんずくスポーツにおいて「日本人は○○○○」という議論は、かくもいい加減で、かくも恣意的で、かくもテキトーなのである。河内氏と真壁氏、どっちがどっちもいうよりも、どっちもどっちなのである。

 みんな、思いつきの立論でしかないことが問題なのだが、日本人論の通念・通説の鋭利な批判者である社会学者のコンビ、杉本良夫氏とロス・マオア氏は、著書『日本人論の方程式』の中で、この点を批判している。
 いずれにしても〔…〕その度合いが日本より高いか早いかという問題は、系統的に収集された実証的データを基にして解かれるべきであって、恣意的に選ばれた逸話や言語表現〔あるいは個人的な実感や体験〕の集積だけでは、結論にたっすることはむずかしい。

杉本良夫とロス・マオア『日本人論の方程式』185頁


 例えば、オリンピックにおける「日本人」の個人競技/団体競技の得意・不得意をテーマとする場合。個人競技や団体競技について明確な定義する。単純な獲得メダル数ではなく有意な数値に変換する。その数値を主要な五輪出場国と比較する。さらに、それを直近の5大会ぐらいは比較してみる。

 思いついた限りだが、このくらいはやって、綿密に検証してから、かつ本当にそれが本当ならば「日本人は〈団体闘争〉が苦手」と結論付けてほしい。河内氏は、これは「科学」ではありません、あくまで「芸術としてのサッカー論」ですなど、逃げてはいけない。

故平尾氏誠二氏と河内一馬氏による思想的リングワンダリング
 まず、確認しておきたいことは、河内一馬氏をトークイベントに招いた宇都宮徹壱氏は、どうやら「サッカー日本人論」に対するリテラシーが低いらしいということである。後藤健生氏、小田嶋隆氏、藤島大氏、森田浩之氏らが一定程度には備えているそのリテラシーが、宇都宮氏には欠落している……らしい。

 もっとも、宇都宮氏の師匠筋にあたる佐山一郎氏が、「サッカー日本人論」をチッソ水俣工場並みに垂れ流してきたデマゴーグだったから、まったく驚くに値しないことなのかもしれないが。そのことを念頭において、河内氏と宇都宮氏の対話を見ていく。
■すぐに怒る欧米人と感情表現が苦手な日本人
──〔…〕これまでにも「日本人はなぜサッカーに向いていないのか?」という議論になったときに、〔…〕やれ「日本人は農耕民族だから」といった抽象的な議論ばかりだったように思います。ところが河内〔一馬〕さんはサッカーに限定せず、まずスポーツをいくつか分類した上で「日本人はなぜ『団体闘争』が苦手なのか」という問題提起をしたところに新しさを感じます。それにしてもなぜ、こうした発想に至ったのでしょうか?〔聞き手:宇都宮徹壱〕

河内 もともと「日本人というのはどういう民族なんだろう」とか「どういう特徴があるんだろう」ということを勉強するのが好きだったんです。一方で「団体闘争」というのは、ものすごく文化的な依存度が強いと思っていて、国によってはものすごく特徴が出る。たとえばチームワークひとつをとっても、「競争型のチームワーク」と「闘争型のチームワーク」の2種類があると考えています。

──「競争型」はチームメイトに干渉しないチームワーク、「闘争型」は逆にぶつかり合うことをいとわないチームワーク、ということでしょうか?

河内 そのとおりです。前者の典型例がまさに日本人で、基本的に自分が納得しなくても前に進めることができるし、周囲が心地よくなるための努力さえできる。でもサッカーの場合、合わない部分があったら、ぶつかってでもそれを解決しないとチームとして機能しないですよね? そこは欧米人のほうが、はるかに得意だというのが僕の考えです。

──よくわかります(笑)。ただし「競争型のチームワーク」と「闘争型のチームワーク」というのは、決して優劣をつけられるものではないようにも思うのですが。

河内 もちろんです。どっちがいいとか悪いとかではなく、やっぱり日本人が築こうとするチームワークというのは「団体闘争」には合わないという話です。だったら「団体闘争」を前提としたチームワークを築いていくしかない。そもそもチームメイトと意見が対立するのは、日本人も欧米人も関係なく起こり得るものですが、ぶつかりながらすり合わせようとするのが欧米人で、不満を飲み込んで周囲に配慮するのが日本人。なぜそうなるのかというと、日本人は感情表現が苦手だからだと思っています。

 河内・宇都宮両氏は「決して優劣をつけられるものではない」と言っている。……のではあるが、しかし、このような比較文化論自体が「優等なる欧米人/劣等なる日本人」というイメージを前提にしている議論である。

 そして、読んでいて思わずニヤけてしまったのが、河内氏より20年も前の1998年に、河内氏とそっくりなことを述べていたフットボール関係者がいたことである。元ラグビー日本代表(選手,監督)の故平尾氏誠二氏だ。彼と、彼のブレーンである勝田隆氏の対談本『楕円進化論』には、次のような対話がある。
ラグビーは狩猟文化
勝田 いつも思うのは、イギリス人〔欧米人〕と日本人の文化の違いについてなんだけれど……。

平尾 日本人は敵対してから前進するのが下手なんです。敵対してしまったら、別れるしかない。彼ら〔欧米人〕は敵対してから、ともに前進することが出来る。この国民性がまったく違うんです。

勝田 国民性の違いは民族性の違いとも言える。よく言われる狩猟民族と農耕民族の違いです。〔以下略〕

平尾誠二・勝田隆『楕円進化論』52~53頁


 そういえば、故平尾氏誠二氏は、野球やクリケットのような「バット・アンド・ボール・ゲーム」、テニスやバレーボールのような「ネットを挟んだ球技」、サッカーやラグビーあるいはバスケットボールのような「ゴールを争うフットボール系球技」の中で、日本人は「フットボール系球技」が一番苦手だと決め付けていた。

 要するに、河内一馬氏(と宇都宮徹壱氏)があの場で語っていたことは、別に新しくも何ともないのである。むしろ考えるべきは、故平尾氏と河内氏による思想的・言説的リングワンダリングとも呼ぶべき現象が、なぜ日本のスポーツ論壇で発生するかであろう。



 故平尾氏誠二氏は、偉大なラガーマンであるが、一方で、1995年ラグビーW杯大惨敗の、1999年ラグビーW杯惨敗の「A級戦犯」である。実践ではなく「日本人論」に逃げる彼の手法は、しかし、ラグビー日本代表で自ら指導的立場に立ち、海外の列強と対峙せざるを得なくなった時、間違った方向に作用したからである(以下の著作を参照されたい)。

ラグビー従軍戦記
永田 洋光
双葉社
2000-06


ラグビー黒書―145点を忘れるな!
日本ラグビー狂会
双葉社
1995-12


 河内一馬氏は、実践者たるべくサッカーコーチ留学をしているはずで、けして浅薄な評論家としての箔(はく)をつけるために、アルゼンチンに渡ったのではないはずだ。

河内一馬氏は「サッカー」に専念してほしい
 玉木正之氏は、早稲田と慶應義塾のサッカー部の名前を間違えたり、『日本書紀』皇極天皇紀の「打毱」の場面の登場人物やあらすじを間違えたり……と、プロのライター・評論家にしては信じられないような間違いを平気でしでかす。


 その玉木氏の「1対1の勝負説」を連想させる、河内一馬氏の「日本人アスリートは〈団体闘争〉が苦手」という持論も、あまり賢明ではない。


 玉木正之氏は、今後ともこういったバカ話を続けていくだろう。これは不治の病のようなもので仕方がない(日本のサッカーにとっては迷惑千万だが)。しかし、若くて将来がある河内一馬氏が今後ともこういう話にかまけていくことは、日本サッカーにとって多大な損失になってしまう。

 悪いことは言わないから、バカ話は老害の玉木正之氏に任せ、河内一馬氏は邪悪な道から足を洗って、「サッカー」に専念してほしいと思う。
 私たちは、社会間・文化間に全く相違がない、などというばかげた主張をしているのではない。「所変われば品かわる」のは当たり前のことだ。しかし、その点だけを拡大しておうむ返しのように述べているだけでは、ナショナル・ステレオタイプ〔民族性や文化など〕を不均等に増殖するという結果しか出て来ない。

 問題は、従来の日本人論が日本のユニークな特色だと主張していた現象の中には、実は欧米社会にもいくらでも観察できるものが少なくない点にある。その意味では、日本特殊独特説は、日本の異質性を不必要に誇張しているのではないか、というのが私たちの根本的な疑問である。

 この種の誇張に頭を占領されるとき、日本人の〔…〕コミュニケーションの道〔≒サッカー〕が断たれたりする。

⇒杉本良夫とロス・マオア『日本人論の方程式』288頁

 河内一馬氏は(宇都宮徹壱氏も?)「この種の誇張に頭を占領され」て、サッカーという世界的なコミュニケーションの道を自ら殺しているのである。

 当ブログも、社会間・文化間に全く相違がない……などというばかげた主張をしているのではない。また、日本人がサッカーに関してメタフィジカルな領域で、世界的に特別優れた能力を有していると主張しているのではない。

 ただ、サッカー、殊に日本のサッカーへの先入観を「初期化」して、その上で少しでも日本サッカーを高い段階へと上げるべく、考えていこうと提唱しているのである。

 河内一馬氏には、その辺りをじっくり考えなおしてほしいと願うのである。

(了)



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前回「林舞輝さん,河内一馬さんについて」から

 林舞輝さん(はやし・まいき)さんは、2018年ロシアW杯の日本vsベルギー戦「ロストフの14秒」について「試合前からほとんど勝負はついていた」、日本は戦う前からベルギーに負けていたと、ツイッターで断定して波紋を呼んだ。


 しかし、林さんの発言の方こそ「後出しジャンケン」であり、それは、かつて「電波ライター」と呼ばれた俗悪なサッカージャーナリストたちと同じ手口ではないのか。

 むしろ、林さんは、往年の日本のラグビー指導者・故大西鐡之祐(おおにし・てつのすけ)がそうだったように「では,どうやってあのベルギーに日本が勝つか? 勝てるようになるか?」という視点と方向性で、問題提起するべきではなかったか。

「互角」から「15年」で差がついた日本とベルギー
 林舞輝さんの、続くツイートでさらなる波紋を……あえて大げさに悪く言えば「炎上」を招いた。
林舞輝 @Hayashi_BFC 2018年12月30日
〔2002年の〕日韓W杯で引き分けてから、たった15年。日本もベルギーも同じように時は進んだはずなのに、なぜここまで差がついたのか。
本当に検証するべきは、「あの14秒がなぜ起きたのか」「14秒間に何があったのか」ではなく、「この15年の総力戦でなぜこんな差ができたのか」「この15年間に何があったのか」だ。



 2002年日韓W杯の1次リーグ初戦で引き分けた日本とベルギー。その時、両国は「互角」だった。しかし、あれからあれから15年(16年?)。同じ時間を過ごしたはずなのに、なぜ、2018年ロシアW杯で日本とベルギーはこんなに差がついてしまったのか?

 あのロストフの「14秒」はあくまで表徴に過ぎず、本当に問うべきなのは2002年から2018年までの「15年」(16年?)の間に、日本とベルギー両国のサッカー界がどんな取り組みをしてきたか、その「違い」ではないのか? 林舞輝さんはそう難じたのだ。

 2002年日韓W杯で日本とベルギーが引き分けたのは事実だが、違和を感じるのは、前段のツイートで林さんが両国を「互角」だったと評価していることである。それは違う。別に日本サッカーが駄目だと言っているわけではなくて、日本が属するアジアとベルギーが属するヨーロッパとでは、同じサッカーでも状況が大きく異なるから単純な比較ができないからである。

 それを「互角」だったと評価することは、むしろ、2018年時点の両国のサッカーの格差を徒(いたずら)に強調する印象付けになってはいないか。むろん、こんな指摘は瑣末な揚げ足取りかもしれない。しかし、林舞輝さんの連作ツイートについては、もっと別に気になることがある。それは……。

それでは「ジーコ・ジャパン」の検証をリクエストします
 ……それは、林舞輝さん自身は、2002年から2018年までの間の15年(16年?)に日本サッカーに何があったのか、日本とベルギーでなぜこんなに差がついたのか、具体的に検証したことがあるのかどうかである。

 隗より始めよ。しかし、何も全期間の検証をしてもらう必要はない。2002年日韓W杯終了直後から2006年ドイツW杯までの「ジーコ・ジャパン」時代の4年間だけでもいいのだ。ツイッターやグーグルで「林舞輝,ジーコ」で検索しても、それらしい言及にヒットすることはないので、そのようなものであるとして話を進める。

 「ジーコ・ジャパン」の4年間とは何か。真面目なサッカー関係者やサッカーファンにとって、この時代は「痛恨の極み」としか言いようのない時間だった。

ジーコ(JFA)
【ジーコ「日本サッカー殿堂」掲額者より】

 そもそも、ブラジル代表のスター選手ではあったが、監督・コーチのライセンスを持たず、その経験も乏しかったジーコ(Jリーグの鹿島アントラーズでは,監督・コーチと言うよりも「グル」=導師=とでも呼ぶべき存在だった)。あえてこの人を日本代表の監督に推(お)したのは、時の日本サッカー協会(JFA)川淵三郎会長の独断専行に近い、強い意向であったというのが通説である。むしろ、ファンは不安を覚える人事だった。

 果たしてジーコ・ジャパンは……何とも煮え切らない日本代表だった。遣(や)らずもがなの苦戦をしては何とか勝つという不安定なチームだった。事実、危うくドイツW杯アジア1次予選で敗退しかけた。その時、2004年2月には、業を煮やしたサッカーファンに、ジーコの更迭要求をJFAにアピールする街頭デモまで起こされてまでいる。


 ジーコは、少なくとも日本代表の監督としての適性に欠いていた。

 その理由……。曰く、特定の選手ばかりをレギュラーに固定して固執したこと。それは「海外組」と呼ばれた選手に多く、特に中田英寿とはズブズブの関係にあった。曰く、選手やチームのコンディショニングに関してはまるで無頓着で、体調の悪い選手でもお気に入りに選手ならば起用してはわざわざ苦戦したこと。曰く、試合中の采配、選手交代なども稚拙で、積極的に試合の流れを変えるものではなかったこと。……等々。

 また、ジーコとJFAの契約も不思議なもので、1年の半分以上の時間をブラジルに帰国していてよいことになっていた。税金対策のため(!?)だと言うが、日本代表の国際試合の前に合宿のためにパッと来日して、試合が終わるとサッサとブラジルに帰国する感じだった。つまり、ジーコは日本のサッカーの状況をきちんと把握できていなかったのである。

 特に問題視されていたのは、ジーコは、自らやろうとするサッカーの具体的な方向性を理論化して示さなかった、というよりも示せなかったことである。それを「戦術」でも「組織」でも何と読んでもいいが、選手たちに共有させることが監督の仕事であり、腕の見せどころである。そうしないとチーム作りに非常に時間がかかり、全体としてチグハグな試合になってしまう。

 日本代表が苦戦を続けた理由もそこにあった。それでもジーコ・ジャパンは、幸運な展開や選手たちの奮闘に何度も助けられ、2004年にアジアカップで優勝し、2005年のドイツW杯最終予選を突破した。しかし……。肝心な2006年ドイツW杯でジーコ・ジャパンは惨敗。1次リーグで敗退してしまう。ジーコへ向けられた不安が最悪の形で実現してしまったのである。

 2002年日韓W杯日本代表の主力選手は、ドイツW杯でキャリアのピークを迎えるはずだった。しかるべき指導の下、ドイツW杯に臨んでいたら、日本代表はどんな チームになっていたか。世界の檜舞台で、世界の強豪に対してどんな戦いを挑んでいたか。むろん、これは単純な勝ち負けの問題ではない。そこで積むことができた経験は、将来の日本サッカーにとって大きな財産(経験値)になっただろう。

 しかし、ジーコ・ジャパンによってその期待と可能性は砕かれてしまった。その4年間で、日本サッカーが得たものはほとんど何もない。失ったものの方がはるかに大きい。ただただ、そのことが残念でならない。

戦犯を免罪する論理=ジーコ擁護論
 常識では、日本代表監督たるジーコの責任がまず第一に問われる。しかし、ここは常識が通用しない日本サッカー界だ。ジーコには、根強く、侮りがたい擁護論・支持論・免罪論、「ジーコ擁護論」が存在した。その中核は先述の批判の反論、「ジーコは,自らやろうとするサッカーの具体的な方向性を理論化して示さなかった、というよりも示せなかった」ことを正当化するまやかしの論理である。

 すなわち、これまで日本のサッカー、特に日本代表は「組織」や「戦術」に頼ったサッカーをしてきた。それは「集団主義」や「権威への従順さ」あるいは「型」の重視といった「日本人の国民性」に適うものだった。しかし、本来サッカーとは「個人」の「自由」な判断や「創造性」、すなわち「個の力」によってプレーされるスポーツである。日本人に「それをやれ」と言うとそれしかできなくなる。

 つまり、日本サッカーが世界レベルに達するためには、このままでは限界がある。だから、ジーコはそれを打破するために細かい戦術の指示を与えよう、組織を固めようとはしないのだ。それは日本のサッカーがいつかは通らなければならない道なのである……。こうした文脈はいずれも一貫していた(一例として下記のリンク先を参照されたい)。
「型」のないジーコ・ジャパンは大丈夫?
 この論理は、日本人のサッカー(スポーツ)に関する欧米(人)への劣等感を巧みに刺激するから、たやすく日本サッカー界に蔓延(まんえん)する。だから、サッカージャーナリズムはジーコを批判しにくくなる。そして、責任はジーコ(やジーコを半ば強引に日本代表監督に起用した川淵JFA会長)ではなく、ジーコの期待に応えられなかった日本人選手の側にある(!)という、驚くべき倒錯が生じる。

 一方、ジーコとはズブズブの関係にあり、ジーコに贔屓(ひいき)され、言動や立ち振る舞いが「日本人離れ」しているとされた中田英寿は例外で、ジーコと同じ立場にあるとされた(この辺りの理屈については、一例として下記のリンク先を参照されたい)。
 ジーコは悪くなかった。責任があるのは、ジーコが期待する「自由なサッカー」に応えられなかった(中田英寿を除く)日本人の選手の側だ……という物語は、日本サッカー界の半ば公的な見解、天下の公論になっている。例えば、2010年にNHK-BS1で放送されたドキュメンタリー番組「証言ドキュメント 日本サッカーの50年」では、そのように総括されている。


 また、同番組では、ジーコ・ジャパンの日本人選手の中にあって、唯一、特権的な立場にあった中田英寿が「ジーコは,当時の日本代表のレベル(むろん,中田英寿本人を除く)にあっては早すぎる指導者だった」などと、いけしゃあしゃあと上から目線とコメントしていた。

ジーコ擁護論の嘘
 しかし、このジーコ擁護論は嘘(うそ)の物語である。詭弁である。

 嘘だと言い切れる理由は、いくつもある。

 例えば、意外なことかもしれないが、ジーコは、自分が手掛けたサッカー日本代表を、ジーコ自身の言葉で語る時、すなわち、取材者やインタビュアーによる話の誘導(前掲の玉木正之氏によるインタビューなど)が無い時は「個の力や創造力に基づいた〈自由なサッカー〉を目指しているから,戦術や組織について指示しなかった」というニュアンスの発言はしない。

 そのことに気が付いたのは、ドイツW杯の数か月前、2006年2月に刊行された『監督ジーコ 日本代表を語る』という本である。まだジーコ・ジャパンの是非をめぐって、甲論乙駁が交わされていた時だ。この時点でこそ、ジーコは「自由なサッカー」や「個の力」と「日本人」の関係について、滔々(とうとう)と語らなければならない。

監督ジーコ 日本代表を語る
ジーコ
ベースボールマガジン社
2006-02


 しかし、この本でジーコで述べていたのは「選手たちで一緒に練習する時間が,あまりにも短かったからチームが熟成しなかった」という回答だった。

 練習といっても、戦術的な指導ではなく、紅白戦やミニゲームを繰り返して、チームの熟成を待つという悠長なものだ。が、あまりにも間の抜けたジーコ発言には脱力する。ナショナルチーム(代表チーム)は合宿や練習に時間が取れないのが前提である。ジーコは、自分の仕事についてきちんと理解していなかったのではないか……と絶望的な気分になる。この人には、そもそも方法論も思想もないのだ。

 同様の発言は、2017年8月にゲスト出演したテレビ東京系のサッカー番組「FOOT×BRAIN」(下記リンク先参照)でもしているから、これがジーコの本音ということになる。


 2002年7月の就任会見でジーコが述べていたのは「攻撃的なサッカー」であり、2006年6月の退任会見で述べていたのは「体格の差」であった。いずれも「自由なサッカー」「個の力」などとはニュアンスが違う。ジーコ擁護論の論理で力説されていたのは、体格(フィジカル)の差の克服ではなく、メタフィジカルな能力の「差」の克服だったのである。

 ドイツW杯から1年近く経った2017年5月に刊行された『ジーコ備忘録』では、今度はまったくジーコ擁護論の論理を用いて、ジーコ自身の責任を日本代表の選手たちの「未熟さ」や「プロ意識の欠落」に転嫁するようなことを書いている。しかし、この本を「邦訳」したのは、ジーコの日本語通訳を務めていた鈴木國弘氏であり、だから『ジーコ備忘録』の内容の信憑性には疑いを持っている。



 何より、こんな無責任な言い訳が通用してしまうのが、日本のサッカー界の非常識さ(ダサさ)なのである。

ラグビー平尾ジャパン=ジーコ・ジャパンの原型
 ジーコ自身はジーコ擁護論をあずかり知らぬ……が、しかし「従来のやり方では〈個の力〉が伸びず,日本は世界に勝てない.だから私は〈型〉や〈戦術〉に選手をはめ込む〈日本的〉な指導はしない」と実際に公言し、実践した人がいる。1997~2000年にラグビー日本代表(ジャパン)の監督を務めた故平尾誠二(ひらお・せいじ,1963~2016)の、いわゆる「平尾ジャパン」である。

 平尾ジャパンこそはジーコ・ジャパンの原型である。

型破りのコーチング (PHP新書)
平尾 誠二
PHP研究所
2009-12-16


 平尾誠二は「選手全員が自由にアドリブで動き,選手全員がそれをフォローするラグビーが最高」だと、生前、本当に話していた(下記リンク先参照)。この論理はジーコ擁護論とまったく同じである。ちなみに、こうした雰囲気に煽られた日本のスポーツマスコミが「〈史上最強〉の日本代表」と持てはやしたことも、サッカーのジーコ・ジャパン、ラグビーの平尾ジャパンともに共通している。
 ジーコ・ジャパンと同様、当然、こちらでも甲論乙駁となった。これは俗に「型にはめる・はめない論争」と呼ばれる。もっとも、ラグビージャーナリズムはサッカーよりはリテラシーがあるので、平尾に批判的なジャーナリストも多かった。

 果たして平尾ジャパンは1999年ラグビーW杯で惨敗。スタッフは「日本人の〈個の力〉の劣勢」に敗因を求めたが、ラグビーはサッカーと違って自虐的な総括は少なく、監督たる平尾誠二も、ジーコと違ってかなり辛辣な批判にさらされた(以下の著作などを参照)。その後の国際試合でもジャパンは成績不振で、事実上、平尾誠二は監督を更迭される。

ラグビーの世紀
藤島 大
洋泉社
2000-02


ラグビー従軍戦記
永田 洋光
双葉社
2000-06


 日本のスポーツ界は、日本人のサッカー(スポーツ)に関する欧米(人)への劣等感もあり、とにかく歪んでいて「抑圧的」であるというイメージがある。ラガーマン平尾誠二の体育会批判的な言動は、「歪んだ日本のスポーツ」を克服するためのアンチテーゼとして期待されていた。ジャパン監督としての平尾の「指導方針」も、自身に課せられた期待に沿ったものだった。

 しかし、平尾ジャパンには批判的だったラグビージャーナリストの藤島大氏は、そうした「〈歪んだ日本スポーツのアンチテーゼ〉も,また歪んでいるのだ」と鋭く批判している。平尾誠二は、勝負師としてのリアリティを欠いていたのだとも(下記リンク先参照)。
 ジーコ擁護論も同様、日本人のサッカー(スポーツ)に関する欧米(人)への劣等感が投影され、形成された虚構である。ジーコの言動や立ち振る舞いのごく一部が恣意的に抜き出され、誇張され、意味付けがなされ、ジーコ擁護論となった。それもまた「歪んだ日本スポーツのアンチテーゼ」なのだが、やはり歪んでいるのである。

ジーコを一刀両断したラグビージャーナリスト
 ジャパン監督たる平尾誠二を批判した藤島大氏は、サッカージャーナリストたちがこぞって尻込みする中、敢然と日本代表監督たるジーコを一刀両断した。
藤島大「ジーコのせいだ〈友情と尊敬〉第45回」
「ジーコのせいだ」藤島大
 すべてジーコのせいだ。とりあえず、それでいいのだと思う。

 もちろんジーコを選んだ者〔川淵三郎JFA会長〕も悪い。ジーコの能力の限界を放置した者も悪い〔ジーコ擁護論のサッカージャーナリストたちも共犯〕。それはそれで検証されるべきだが、まず先に、グラウンド、グラウンドのまわり、ミーティングの部屋において何がまずかったのを確かめるべきである。

 サッカー日本代表〔ジーコ・ジャパン〕のどこか淡いような〔2006年ドイツ〕ワールドカップ(W杯)での敗退を眺めて、やけに既視感に襲われた。1999年W杯キャンペーンのラグビー代表に似ている。元オールブラックス〔ニュージーランド代表〕、その候補、フィジー代表経験者など6人もの強力な外国人を次々にチームに加えながら、いざ本大会では吹き飛ばされた。負けただけでなく「ジャパンのラグビー」を世界に印象づけられなかった。現場から細々と発信された総括は「個人の能力差」であったと記憶している。

 ジーコのジャパンは「日本人のサッカー」を表現できなかった。公正に述べて「失敗」だった。ブラジルのような才気はなく、韓国のきびきびした活力もなく、つまり、輪郭がぼんやりとしていた。何者でもなかった。ジーコその人は東京に帰っての会見で「体格の違いを強く感じた」と述べた。

 ジーコが悪い。ジーコがしくじったから負けた。なぜか。チャンピオンシップのスポーツにおいて敗北の責任は、絶対にコーチ〔監督〕にあるからだ。「コーチ」とは、この場合、監督であり、指導の責任者を示す。シュートの不得手なFW〔柳沢敦選手〕を選んで、緻密な戦法抜きの荒野に放り出して、シュートを外したと選んだコーチ〔監督たるジーコ〕が非難したらアンフェアだ。〔以下略〕
 憤懣(ふんまん)やるかたない真面目なサッカー関係者・サッカーファンの留飲も下がる、実に痛快な啖呵(たんか)である。「シュートの不得手なFW〔柳沢敦選手〕を選んで……」のくだりは、1次リーグ第2戦「日本vsクロアチア」で、柳沢敦選手がゴール前の決定機を外してしまった、いわゆる「QBK」と呼ばれた出来事のことを指す。

QBK直後のジーコ(左)と柳沢敦
【ジーコ(左)と柳沢敦:急に(Q)ボールが(B)来たので(K)】

 QBKは、日本サッカーの決定力不足、否、「日本人の決定力不足」を印象付けた。これなど、特に日本人のサッカー(スポーツ)に関する欧米(人)への劣等感を強烈にくすぐるテーマだから、宇都宮徹壱氏のように、それでもジーコは間違っていないのだと信じ込んでいるサッカージャーナリストもいる。


 まぁ、宇都宮氏は師匠筋が佐山一郎氏なのがダメなところなんだが……。宇都宮氏が何を言おうとジーコは正しくないのだ。

「それからのジーコ」で考える擁護論のまやかし
 ジーコという監督の真贋を見きわめる最も手っ取り早い方法は、ジーコの「日本代表以後」のキャリアを確認することである。ジーコは、日本代表の監督を退任した後も、何度か監督業に就(つ)いている。それらを検証していくと……。

 ズブズブの関係にあった中田英寿が言うように「ジーコは日本のレベルには早すぎるサッカー指導者だった」のであれば、UEFAチャンピオンズリーグ(欧州チャンピオンズリーグ)で優勝する。そこまではいかないもでも、現状の日本人選手には手の届かないような、ヨーロッパ一流国のトップクラブで指揮をとるくらいはやってほしいものである。

 しかし、実際ジーコが監督に就いた国(代表チーム,クラブチーム)はトルコ、ウズベキスタン、ロシア、ギリシャ、イラク、カタール、インド……。失礼ながら、現状の日本サッカーでは、まるで勝ち目がないというサッカー国はない。しかも、上層部との意見の対立で辞めたとか、あるいは事実上のものも含め成績不振での解任・更迭が多い。

 とても「ジーコは日本のレベルには早すぎるサッカー指導者だった」とは言い難い。

 日本と違って、これらの国々はジーコを解任できるのである。ジーコが駄目ならば駄目だと言えるのである。選手の力量がジーコの求めるレベルに足りていなかった(中田英寿を除く)、などというバカバカしい論評が堂々とまかり通るのは、日本だけなのである。それが日本のサッカー界の非常識さ(ダサさ)なのである。

 ドイツW杯における日本代表の惨敗は「ジーコのせい」なのである。

「ジーコ・ジャパン」という物語を克服できるのか?
 小ネタのつもりが、ずいぶんと脱線してしまった。

 林舞輝さんは「ロストフの14秒」ではなく、2002年日韓W杯から2018年ロシアW杯までの15年(16年?)を検証するべきだと問うた。それならば、ぜひとも、2002年7月から2006年6月まで、元ブラジル代表のエース「ジーコ」が率いたサッカー日本代表「ジーコ・ジャパン」を検証するべきではないか……と考えた。

 ジーコ・ジャパンの4年間は、現代日本サッカー史の中で最も異常な時間だった。河内一馬(かわうち・かずま)さんの好む表現を援用すれば、1992~93年の「オフト・ジャパン」**以降のサッカー日本代表の中では、最も「ダサい」チームであった。

 ただし、単に「ダサい」と言っているだけでは検証にならない。何がどうダサいのか、諄々(じゅんじゅん)と振り返っているうちに、話が長くなってしまった。

 20代で若い林舞輝さん、河内一馬さん、どちらも、ジーコ・ジャパンの時代にこんな込み入った裏事情があったことなど、あるいは覚えていないかもしれない。

 ジーコ・ジャパンの時代は、「黒歴史」ですらない。誤った歴史=物語が、詭弁やカルトじみた迷信によって正当化されているという点で、むしろ異常なのである。

 そんな日本サッカー界・サッカーファンの集団催眠状態、あるいは「ジーコ・ジャパン」という物語を喝破(かっぱ)するサッカー評論が出てくるようであれば、それこそ凄いことである。

 そして、そんな知恵と蛮勇を持った人が、林舞輝さん、河内一馬さんならば、日本のサッカーの将来も頼もしい。

(了)



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留学の成果は陳腐なサッカー談義だった???
 日本の若いサッカーコーチが「サッカー先進国」に留学して、コーチングやマネジメントについて学ぶことは素晴らしいことだ。


 インターネットの時代だから、彼(彼女)らはSNSでさまざまに情報を発信して、その成果を表現する。しかし、そのメッセージは、日本サッカーを徒(いたずら)に卑下することをもって「批評」となす、陳腐なサッカー談義に堕(だ)してはいないだろうか。

 ここで具体的に言及するのは、河内一馬(かわうち・かずま)さんや林舞輝(はやし・まいき)さんのことだ。むろん、この2人の思想や発言について短絡的に評価することは、すべからく慎むべきである。ただ、当ブログが目に付いたその「断片」がどうにも引っ掛かるのだ。

 例えば、河内一馬さんの「一神教を信仰しないことがサッカーに与える影響」は、あまりにも出来が悪いサッカー談義なので、(河内さんが日本に一時帰国してトークイベントを開く2018年12月19日までに)徹底的に筆誅を加えざるを得なかった。


 河内さんの主張が、実は1970~80年代からさんざん語られてきた、しかし、間違いだらけの「サッカー日本人論」(この命名は森田浩之さん)の焼き直しに過ぎないからだ。効果の程度はともかく、しっかりとハッキリとそれを指摘しておく必要があった。

 本来、サッカージャーナリズムは、河内さんの言い分の矛盾に気が付く程度のリテラシーは持っていなければならないが、実態は真逆である。

 せいぜい、後藤健生さんが自身の過去の発言を時折に省(かえり)みてこんな浅薄な議論は止めにしましょうと述べたり、森田浩之さんが当世風ナショナリズム批判の一環として「サッカー日本人論」への違和感を論じたりする程度である。

試合前から勝負がついていた(!?)日本vsベルギー戦
 さて、林舞輝さんである。今回取り扱うのは、NHKが「ロストフの14秒」または「ロストフの死闘」と命名した、なんとなくこの呼称が定着しつつある、あの2018年ロシアW杯決勝トーナメント1回戦「日本vsベルギー」戦。林さんのツイッターでの言及だ。

NHKスペシャル~ロストフの14秒
【NHKスペシャル「ロストフの14秒」】

NHK-BS1スペシャル「ロストフの死闘」トップ
【NHK-BS1スペシャル「ロストフの死闘」】

 林さんのツイートは、(返信を読むと分かるように)賛否両論さまざまな波紋を読んだ。
林舞輝 @Hayashi_BFC 2018年12月30日
日本はこの14秒で負けたんじゃない。試合前からほとんど勝負はついていた。それはメンバーを見れば歴然。約15年前、日本はベルギーと互角だった。日本が負けたのは14秒の戦いではなく、15年間の長期総力戦だ。ロストフの14秒はこの15年の差の一つの現れでしかない。


 あの試合は実は「試合前からほとんど勝負はついていた」のだと言う。本当に大胆な断定である。これを洋行帰り(非礼承知)である林舞輝さんの「自信」と見るか「不遜」と見るかで、受容したサッカーファンの賛否が分かれてくる。

 「賛」については、ツイッターの返信やリツイートなどに沢山あるので、ここでは紹介しない。むろん、それは第一に日本のサッカーに強くなってほしいという素朴な願いの表出、そして林舞輝さん(や河内一馬さん)に対する期待の表出だろう。

 しかし、それも度が過ぎれば「日本サッカーを徒(いたずら)に卑下することをもって〈批評〉となす、陳腐なサッカー談義」になってしまう。林舞輝さんのツイートを「非」とする人は、漠然(ばくぜん)ではあるが、それを感じ取っている。

「電波ライター」の衣鉢を継ぐ林舞輝さん???
 くだんの林舞輝さんのツイートを、世間一般では「後出しジャンケン」という。そして「日本サッカーを徒(いたずら)に卑下することをもって〈批評〉となす、陳腐なサッカー談義」に耽(ふけ)るサッカーライター・評論家のことを、ほとんど死語であるが、かつては「電波ライター」と呼んで、ネット界隈ではさんざん批判されていた。

 その電波ライターの中でも代表的人物とされた金子達仁(かねこ・たつひと)さんは、殊(こと)に後出しジャンケンを多用する人だった。すなわち、林舞輝さんは往年の電波ライターたちの衣鉢を継いでしまっているのである。

 もちろん「電波ライター」に関しては、否定的に批判するサッカーファンの層以上に、共感するサッカーファンの層の方が多い。だから、「日本サッカーを徒(いたずら)に卑下することをもって〈批評〉となす」人たちは、むしろ日本のサッカージャーナリズムの主流なのであって、そこから駆逐されることはない。

 ところで、日本ラグビーの名将・故大西鐡之祐(おおにし・てつのすけ,1916~1995)は、留学経験こそないが、ダニー・クレイブン(南アフリカ)ほか海外の優れたラグビー指導書を紐解(ひもと)いては、その研究と実践にいそしんできた人である。ある意味では、林舞輝さんや河内一馬さんの大先輩にあたる。

 しかし大西は、ラグビー日本代表(ジャパン)が世界クラスの強豪国にどんなに惨めな敗北を喫しても、論評に「では,どうやってあの国にジャパンが勝つか? 勝てるようになるか?」という視点を忘れない人だった。

 1987年、ジャパン日本選抜(日本B代表ぐらいの位置づけのチーム)があの強い強いオールブラックス(ニュージーランド代表)に大敗した時も「いかに相手がオールブラックスとはいえ……」云々かんぬんいくらオールブラックスが強力とはいえ、使ってくる戦法は四つしかないんだ。なのに、やられすぎだ。指導者はラグビーを研究してないんじゃないか」と、気炎を上げていた。大西の評伝、藤島大さんの『知と熱』の冒頭場面である。

 翻(ひるがえ)って、林舞輝さんの問題のツイートからは大西のような「まなざし」がない。感じられるのは上から目線の嫌らしさ(非礼承知)である。

 【追記】むしろ、林さんは、大西鐡之祐がそうだったように「では,どうやってあのベルギーに日本が勝つか? 勝てるようになるか?」という視点と方向性で、問題提起するべきではなかったか。

 ツイッターは、日本語で140字しか書けないから、行間を読むとか、余韻を感じるとか、明示されていないニュアンスを嗅(か)ぎとって読むには、あまり相応(ふさわ)しくないメディアである。

つづく



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