先ごろ亡くなったプロレスラー、アントニオ猪木は最初から「元気ですかー!元気があれば何でもできる!」や「1、2、3、ダー!」の人ではなかった。
昔、アントニオ猪木のモノマネの定番の台詞といえば、アゴを突き出しての「何だ!コノヤロー!」だった。
それが証拠に……。プロレス・ブームの1983年に『激突!馬場派vs猪木派』という本が出ているが、この本の表紙に書かれてあるアントニオ猪木の言葉は、やはりこの「コノヤロー!!」である(次のリンク先を参照)。
「元気ですかー!元気があれば何でもできる!」や「1、2、3、ダー!」は、アントニオ猪木が「ネタキャラ化」した、キャリアの後半以降の文言である。
【アントニオ猪木「こうして〈1、2、3、ダー!〉は完成した」】
* * *
さて、キャリアの後半に「ネタキャラ化」した日本のスポーツ関係者といえば、もうひとり、日本野球界の「ミスター」こと長嶋茂雄がいる。
長嶋茂雄が「ネタキャラ化」したキッカケは、ひとつには、驚異的な売り上げを記録して出版界では語り草になっているスポーツ誌「文春ナンバー」通巻第10号、1980年8月の長嶋茂雄特集「SOS! 長島茂雄へラブコールを!」である。
- 参照:Sports Graphic Number 10号「SOS! 長島茂雄へラブコールを!」(1980年8月20日発売)https://number.bunshun.jp/articles/-/60
もうひとつのキッカケが、スポーツライター・玉木正之による啓蒙(≒洗脳?)である。
イエデビ【黄色い悪魔】@yelldevi@ArbUrtla ロボット長嶋とかあったけれど、監督になってカンピュータなどと言われ、いわゆる「長嶋茂雄」キャラになったのは充電期間中の玉木正之らの洗脳によるところが大きい。猪木が「元気ですかーダー!」だけの人と見られるのと同じ。
2020/12/18 19:56:47
イエデビ【黄色い悪魔】@yelldevi解任直前にNumberが長嶋特集したら大売れして、Numberも創刊以来の息を吹き返したんですよね。そこからNumberや玉木正之中心に長嶋茂雄のキャラづけが始まったと思います。 https://t.co/xJacAe0rvd
2022/10/04 19:05:14
* * *
他のメディアやライターはともかく、玉木正之による長嶋茂雄のキャラ付けには明確な目的があった。それは「〈チマチマして抑圧的な日本野球〉を批判すること」、歪んだ日本のスポーツのアンチテーゼだった。
当時は「浪人中」「充電期間」だった長嶋茂雄だが、日本のプロ野球界に復帰すれば「チマチマして抑圧的な日本野球」を打破してくれる。そんな期待感を玉木正之は煽った。
果たして、長嶋茂雄は1993年、古巣の読売ジャイアンツ(巨人軍)の監督として復帰した。2001年まで9シーズン、第2次長嶋政権である。
もっとも、藤島大氏が「〈日本のスポーツは歪んでいる〉と批判している人も実は歪んでいる」と玉木正之を揶揄したように、玉木正之が期待をかけたスポーツ関係者=歪んだ日本のスポーツのアンチテーゼというのは、たいてい「失敗」している。
サッカー日本代表=ジーコ・ジャパン(2002年~2006年)がそうだった(次のリンク先を参照)。
- 参照:藤島大「ジーコのせいだ」(2006年7月27日)https://www.suzukirugby.com/column/column984
日本の「ミスターラグビー」こと平尾誠二(故人)もそうだった(次のリンク先を参照)。
- 参照:「スポーツ」と「遊び」の区別がつかない玉木正之氏(2021年02月10日)https://gazinsai.blog.jp/archives/43032155.html
断っておくが、これらは単なる勝ち負けの問題ではなく「スポーツ」の実践として「失敗」なのである。
* * *
それでは、第2次政権時代の長嶋巨人軍は如何?
何度かセ・リーグの公式戦や日本シリーズで優勝しているが、連覇はしていない。この点は、後任の原辰徳の実績に劣っている。
毎年のように大型補強をするが、それはいわば大艦巨砲主義であり、「チマチマして抑圧的な日本野球」を打破するプレーぶりだったかどうかは怪しい。長嶋茂雄の采配の拙さもあって、優勝を逃したり、シーズンで苦戦することがよくあった。
しかし、カリスマ・長嶋茂雄に責任を負わせられないので(長嶋大元帥!)、毎年、配下のコーチが辞めさせられる……などということが、専門誌『週刊ベースボール』にも書かれていた。
あるいは。長嶋茂雄は、結局のところ巨人軍を通じてしか日本プロ野球界と関わり合いを持たなかった、持てなかった人でもある。
キタトシオ@kitatoshio1982その意味で言えば、1980年代初頭に巨人を事実上解任されて浪人生活を送っていた長嶋茂雄に西武がオファーを出したのは極めて正しい選択だった。
2022/10/13 22:16:29
しかし、日本の野球人気(日本のプロ野球人気)の在り様が、もはや長嶋茂雄の現役時代、あるいは長嶋第1次政権時代とは大きく変容していった。
読売ジャイアンツ(巨人軍)がその絶対的な中心にあり、周囲を牽引するという図式ではなくなっていた。日本プロ野球は、地域密着を掲げたプロサッカー・Jリーグのいわば「いいとこ取り」をすることで人気を延命させているのである。
* * *
振り返ってみると、プロレスのアントニオ猪木のネタキャラ化はともかく、長嶋茂雄のネタキャラ化が日本野球界にとって良かったのかどうか……。それは微妙だ。
イエデビ【黄色い悪魔】@yelldevi長嶋茂雄やアントニオ猪木が、面白いキャラクターのように言われ出したのは、長嶋は80年の監督解任以降、猪木は89年の参院選当選以降ではないか。全盛期はキャラなど不要の肉体で語る「神」だったのだ。最近のメディアやファンは、まずそれを前提に称賛すべきだ。
2022/10/04 13:18:42
少なくとも、玉木正之が目論んでいたような「長嶋茂雄のネタキャラ化による〈チマチマして抑圧的な日本野球〉の批判と打破」、これはやはり失敗だったのではないか……。
(下につづく)
続きを読む