スポーツライター玉木正之氏の知的誠実さを問う

大化の改新と蹴鞠(けまり)問題など、日本のサッカーカルチャーについてさまざま論じていきたいと思っています。

タグ:サッカー日本代表

 神武紀元2679年(笑)2月11日「建国記念日」に寄せて……。

大化の改新のきっかけはサッカー? ホッケー?
 日本上代史に名高い「大化の改新」のクーデター「乙巳(いっし)の変」(645年)の主役、中大兄皇子と中臣鎌足の2人は、蹴鞠(けまり)の会で邂逅(かいこう)したと、巷間、信じられている。

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【神宮徴古館蔵「国史絵画」シリーズより『中大兄皇子と中臣鎌足』作:小泉勝彌】

 ところが、その経緯を記した『日本書紀』皇極天皇紀にはハッキリ「蹴鞠」とは書かれていない。そこにあるのは「打毱」という謎の文字列である。この「打毱」をめぐっては、学者によって解釈が分かれてきた。

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【打毱】

 つまり、この古代日本の球技は、足でボールを蹴るサッカーに近い「蹴鞠」であるという説。一方、そうではなくて、スティック状の杖でボールを叩くホッケー風の球技(打毬=だきゅう=とも,毬杖=ぎっちょう=とも表記される)ではなかったかという説。ただし、両説ともに決定打を欠き、真相は現在も確定していない。

 ところが、スポーツライターの玉木正之氏は、具体的な証拠が乏しいにもかかわらず、一面的にホッケー説の方が正しいと、強硬に主張してきた。

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【玉木正之氏】

 なぜなら、玉木氏は、このことが日本のスポーツの在り方を規定しているのだと唱えているからである。なぜなら、玉木正之氏は「日本人はサッカーが苦手な民族である」という強い思想の持ち主だからである。

 日本では歴史的にサッカーより野球の方が人気があったこと、サッカー日本代表が国際舞台で「弱い」こと……等々、すべて、大化の改新のキッカケが蹴鞠ではなくホッケー風競技であった「史実」に拘束されている(!?)からなのだという。

「大化の改新のキッカケは蹴鞠ではなかった説」の間違い
 玉木正之氏は知名度の高いスポーツライターであり、スポーツ界への影響力も強い。つまり「大化の改新のキッカケは蹴鞠ではなかった説」も、玉木氏の「啓蒙」によって「天下の公論」になってしまうかもしれない。

 すると、それに付随している「日本人は日本人はサッカーが苦手な民族である」というイメージも、人々の間に常識化してしまいかねない。日本のサッカーにとっては、まったく迷惑な話である。

 一方で、玉木氏は、自分にとって都合の良い結論のために事実(史実)を歪曲する癖が強いと、これまでにも批判されてきた(ラグビー史研究家・秋山陽一氏による)。実際、よくよく吟味してみると「大化の改新のキッカケは蹴鞠ではなかった説」も同様、間違いだらけで、玉木史観のためのご都合主義の産物でしかない。

 当ブログ「スポーツライター玉木正之氏の知的誠実さを問う」本来の目的は、その玉木正之史観のデタラメさを告発し、かつ徹底的に批判することである。その成果は「大化の改新と蹴鞠(40)~玉木正之説の総括,批判,あるいは超克」(2017年10月26日)として、まとめた(下記リンク先参照)。
大化の改新と蹴鞠(40)~玉木正之説の総括,批判,あるいは超克(2017年10月26日)


 玉木正之説が妥当なものならば、私たちはこれを受け入れるしかない。しかし、玉木氏の持説は、徹頭徹尾、間違っているのである。そして、これは日本のサッカーにとって明らかに不利益なものだ。日本のサッカー関係者は、玉木正之氏のデタラメを徹底的に批判して、これを超克しなければならない。

描かれた「中大兄と鎌足の出会い」の謎
 このブログを展開するに際して、大化の改新における中大兄皇子と中臣鎌足の出会いを描いた絵画を探したが、意外に古いものが見つからなかった。当ブログが見つけたもので最も古いものは、天理図書館蔵『南都法興寺蹴鞠図』嘉永6年(1853)。この年の起きた出来事は「黒船来航」、すでに江戸時代末期「幕末」である(下記リンク先参照)。
「大化の改新と蹴鞠」問題(02)~描かれた「蹴鞠の出会い」その1(2016年10月09日)

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【天理図書館蔵『南都法興寺蹴鞠図』嘉永6年(1853)】
 このことから、ひょっとしたら、大化の改新、特に「中大兄と鎌足の出会い」のエピソードは、それまであまり注目を浴びていなかった。それが、幕末の国学や明治の皇国史観の時代に、つまり近代になって、勤皇愛国を称揚・奨励するために強調され、視覚化(絵画化)され、人々に刷り込まれたのではないか……という仮説を思いついた。

 伝統だと思われていたものが、意外にも近代の産物だったというのもよくあることだ。だから、我と思わん人文系・社会学系のスポーツ学専攻、あるいはカルスタ(?)専攻の学生・院生は、このテーマで研究して、論文を書いてみませんか? ……と煽ったこともある(下記リンク先参照)。


 当エントリー前掲の神宮徴古館所蔵『中大兄皇子と中臣鎌足』(筆:小泉勝彌)などは、その視覚化のツールだったのかもしれない……などと考えたりもする。

幕末~明治に「再発見」された大化の改新???
 以上のような仮説を漠然と考えていたところ、それを「裏付ける」……かのような記述をインターネットで見つけた。

 Wikipedia日本語版の「大化の改新」の項目である。
この大化の改新が歴史家によって評価の対象にされたのは、幕末の紀州藩重臣であった伊達千広〔だて・ちひろ,国学者〕(陸奥宗光の実父)が『大勢三転考』を著して、初めて歴史的価値を見出し、それが明治期に広まったとされている。[3]

[3]『歴史とは何か: 世界を俯瞰する力』著者: 山内昌之

Wikipedia日本語版「大化の改新」より(2019年2月11日閲覧)
 もっとも、この記述に飛びついて、仮説が「証明」されたとしてはいけない。

 Wikipediaは間違いの多い「百科事典」であり、出典になっている山内昌之氏(やまうち・まさゆき.歴史学者,中東・イスラーム地域研究,国際関係史)の著作『歴史とは何か~世界を俯瞰する力』に、何が書いてあるか確認しないといけない。

歴史とは何か (PHP文庫)
山内 昌之
PHP研究所
2014-10-03


 それを怠ると、「慶應義塾大学ではサッカー部のことを〈ア式蹴球部〉と呼んでいる」などという、トンデモない間違いを「フォーラム8」というIT企業の機関紙やWEBサイトに書いている玉木正之氏と同じになってしまう(下記リンク先参照)。


 そこで、山内昌之氏の『歴史とは何か~世界を俯瞰する力』を取り寄せて、ざっと目を通すことにした。

Wikipediaの記述の信憑性
 結論を先に言うと、山内昌之氏は前掲のWikipediaのようなことをハッキリと書いているわけではない。

 山内氏が自著で紹介する伊達千広の『大勢三転考』とは、古来(神代の昔以来?)、日本史において、日本という国の在り方(大勢)が3度大転換(三転)したという話である。その2番目が「聖徳太子による冠位十二階の制度や十七条の憲法から大化の改新にかけて」(171頁)だとあるが、今ひとつ印象に弱い。

 それとも……。
古代の氏姓制度,律令による官人(官僚)支配〔大化の改新?〕,次いで武家支配という三区分は,現在の基準では常識すぎるかもしれません.しかし,近代歴史学の成立以前に,千広が大胆に時代を三区分したことは,岡崎久彦氏〔元外交官,評論家〕が語るように,日本史学史上,画期的な意義をもつのです(『陸奥宗光』上)。この評価は筑摩書房版の注解にも共通します。

山内昌之『歴史とは何か~世界を俯瞰する力』170~171頁
 ……この部分のことだろうか?

 いずれにせよ、Wikipediaの記述とは、やはりニュアンスが違う。

 この辺は、Wikipediaの飛躍した拡大解釈ではないかと思う。とにかく、国学者・伊達千広が大化の改新の価値を「再発見」「再評価」し、明治になってこれを啓蒙したとか、山内昌之氏が自著でそのことを紹介したとかいうのは、違うのではないかと思う。

玉木正之氏のスポーツ史観には疑いがある
 残念なことだが、何事も確認である。

 大化の改新、なかんずく中大兄皇子と中臣鎌足の出会いの場面(蹴鞠?)が有名になったのは、皇国史観の幕末~明治以降……という裏付けは取れなかった。したがって、当ブログの仮説は保留である。

 しかし、歴史観は時代によって変わってくる。「江戸時代以前」「明治・大正・昭和戦前」「戦後」では、歴史上の事件や人物の評価が違っている。

 例えば、織田信長。明治・大正・昭和戦前の「皇国史観」の時代において、信長は、戦国の風雲児、革新的な天下人という「戦後」のイメージとは違い、戦乱で荒廃した京都御所を再建し、天皇の権威を大いに盛り上げた勤皇の人という評価で語られていた。

国史絵画『織田信長の勤皇』作:岩田正巳
【神宮徴古館蔵「国史絵画」シリーズより『織田信長の勤皇』作:岩田正巳】

 大化の改新、あるいはその主役、中大兄皇子と中臣鎌足は「皇国史観」を大いに刺激する歴史的な事件・人物である。だから、その話は「皇国史観」によって「再発見」されたのではないかという仮説の真相については、今後の研究の成果を待ちたい。

 どうして、こんな事に拘泥しているのか。

 仮に、かつて「大化の改新」という歴史的事件が、江戸時代以前はそれほど評価されていなかったとすると、その「大化の改新」をもって、後々まで(21世紀の現代まで)の日本のスポーツの在り方を拘束している……という玉木正之氏は、かなり間抜けな議論をしていることになるからである。

 こういう話をしたかったが、ちゃんと山内昌之氏の著作で調べたら、いささか無理筋になってしまった。

 もっとも、玉木正之氏は、先に紹介した「慶応大学のサッカー部の名称の話」のように、そのちょっと調べて確認する……ということすらしない人なのだが。

(了)



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昔から「幻滅」していたはずの佐山一郎氏
 佐山一郎氏が自身のサッカーライティングの有終と位置付ける『日本サッカー辛航紀~愛と憎しみの100年史』(以下,適宜『辛航紀』とも略す)を執筆した動機は、英国の社会学者(日本研究)ロナルド・ドーアの著作『幻滅~外国人社会学者が見た戦後日本70年』を知ったことだという。佐山氏曰く……。
……同書〔『幻滅』〕は日本社会の変化を綴る章と、それに対する彼〔ドーア〕自身の言動・著述に表れた対応の章を並列させるニュータイプの歴史書だった。たどり直すべき精神の変遷と幻滅(脱・錯覚)があるという点でも、〔佐山氏が〕ウォッチし続けてきた日本サッカーに応用が利く。そんな直感が働いた〔からである〕。

佐山一郎『日本サッカー辛航紀』3頁


 はて? と、佐山一郎氏のサッカーライティングを長年読んできた人たちは思うだろう。佐山氏は、日本サッカーの関して昔から「幻滅」していたのではなかったかと。佐山氏は、未だ「錯覚」の中にあるのではないかと……。

現代日本サッカーを呪縛する宿痾(しゅくあ)としての「蹴鞠」
 ……なぜ、そんなことが言えるのか。『辛航紀』では、日本のサッカーの歴史を「予備考察としての蹴鞠の話から」説き起こすと、著者・佐山一郎氏からの予告があった(宇都宮徹壱氏によるインタビューより.下記リンク先参照)。
 その「蹴鞠」の言及(それは『辛航紀』本文の初っ端でもある)からは、佐山氏にとって宿痾(しゅくあ,不治の持病のこと)のごとき、日本サッカーへの「幻滅」あるいは「錯覚」を読み取ることができるからである。余談だが「宿痾」は佐山氏のサッカーライティングの愛用語のひとつだ。
 蹴鞠〔けまり〕についての原稿を何度か寄稿したことがある。〈日本人のリフティング好きは蹴鞠文化と分かちがたい。冗談抜きにシュートより好きなのではないか〉。そんな疑念が発端だった。

佐山一郎『日本サッカー辛航紀』16頁

サッカーボールで「蹴鞠はじめ」@下鴨神社
【サッカーボールで「蹴鞠はじめ」@下鴨神社】
 日本人はボール回し(パスやリフティング)に興じるあまりシュートを打たない・打てないというのである。「サッカーにおける日本人の〈決定力不足〉」というステレオタイプはここでも強調されている。しかもそれは、日本の前近代「蹴鞠」の伝統文化と分かちがたい……と、佐山一郎氏は言うのだ。

 ことほど左様に、佐山一郎氏は「日本人は,他の国民や民族・人種とは決定的に違う宿痾のごとき文化的〈本質〉を宿しており,それは〈サッカー〉というスポーツとは致命的に相いれない」という強い強い信念の持ち主であった。

 そのアイテムはといえば、皆さま毎度おなじみの「狩猟民族」たる欧米人やアフリカ系黒人に対する「日本人農耕民族説」や、きわめてポピュラーな西洋近代の「個人主義」に対する「日本的集団主義説」(西洋「個人主義」は,サッカーにおける「個の力」に通じる!?)、定番ネタ「赤信号文化論」、佐山氏とはオトモダチである細川周平氏も自著『サッカー狂い』の中で展開した「日本人すり足民族説」、西洋「社会」に対する阿部謹也の日本的「世間」論……など、キリがない。

 佐山氏は、そうしたことを繰り返し繰り返し、飽きることなく日本の読者(サッカーファン)に刷り込んできた。つまり佐山氏は、自虐的なサッカー日本人論の信奉者なのである。

 それこそが佐山氏の宿痾……すなわち「幻滅」であり「錯覚」である。

 そして、城彰二や柳沢敦といった日本代表の「ストライカー」たちは、そうした佐山氏(たち)の「幻滅」や「錯覚」の刷り込みに成就するかのように、W杯の大一番でシュートを外しまくる。

蹴鞠も古式カルチョも近代フットボールの「前史」に過ぎない
 現代日本サッカーは前近代の「蹴鞠」の影響下にあるという佐山一郎氏に対して、サッカージャーナリストの牛木素吉郎氏は「蹴鞠と現代サッカーとはつながりはない」と説く。むろん、牛木氏の方が正しい。

 ちょうど、それは、同じ「カルチョ」と呼び習わしていながら実態は大きく違う、フィレンツェに伝わっているイタリアの古式カルチョ(Calcio storico fiorentino,フィレンツェの歴史的カルチョ)と、現代イタリア・サッカーの関係と同じである。蹴鞠も、古式カルチョも、英国で確立された近代フットボールに対する「前史」であり、半ば奇跡的に現代に伝承されてきたという位置づけにすぎない。

 イタリアの古式カルチョは、殴る蹴る……と非常に暴力的である。だからといって、イタリアのサッカーが殊更(ことさら)に暴力的=ラフプレーという印象は薄い(1982年スペインW杯でマラドーナやジーコに密着マークした「手斧師」と呼ばれたディフェンダーはいたが)。

 ラフプレーの印象が強いサッカー国となると、かなり昔のアルゼンチン、(気を悪くする人がいるかもしれないが)昨今の大韓民国=韓国であろうか。

 むしろ、イタリアのサッカーといえば超守備的戦術にカウンターアタックでゴールを仕留めるスタイル「カテナチオ」である。最近はそのイメージもずいぶん様変わりしたというが、それでも、イタリア・サッカーといえば「カテナチオ」。「カテナチオ」といえばイタリア・サッカーなのである。

「カテナチオ」のルーツ,「決定力不足」のルーツ?
 そのイタリア・サッカーのスタイル「カテナチオ」の起源についても「日本サッカーの〈決定力不足〉は日本伝統の蹴鞠に由来する」式の話が横溢していた。

 例えば、サッカージャーナリストの後藤健生氏は、イタリアにおけるサッカーとは城壁(堅い守備≒カテナチオ)に囲まれた都市国家同士の中世以来の戦争の代替行為であり、カウンターアタックに身を投じるストライカー(アタカンテ)は単身敵陣に乗り込んでいく「騎士」である……という解説を自著『サッカーの世紀』で展開している。それが「カテナチオ」の源流だというのだ。

サッカーの世紀 (文春文庫)
後藤 健生
文藝春秋
2000-07


 むろん、現在の後藤氏は、こんな文化的本質主義(や近代批判主義)のスポーツ観からは半身脱しているはずである。

 一方、「カテナチオ」は、比較的最近になって、もっと切羽詰まった、必要に応じて発生したと唱える人がイタリアのサッカージャーナリストがいた。この話を紹介したのは、日本在住のイタリア人文化人類学者のファビオ・ランベッリ氏である。
……戦後イタリアのもっとも偉大なサッカー・ジャーナリストであるジャンニ・ブレーラ……によると、イタリアン・サッカー独特の技能・カテナッチョ(守備固め、文字通りには「ドアの掛け金」)は、劣性の意識から始まったものだった。〔一九〕五〇~六〇年代には、ブレーラが言うようにイタリア人選手は栄養の少ない食事をとり、背が低く、北欧や南米のチャンピオン・チームの試合では、身体的にも技術的にも劣位であった。この劣勢を乗り越えるために、カテナッチョという方法が工夫されたのである。

ファビオ・ランベッリ『イタリア的』222~223頁

 「カテナチオ」がサッカーにおけるイタリア人の劣等感から始まったというのは、実に意外であり、興味深い話でもある。イタリアのサッカーライティングは、自国のサッカーを論じるのに、日本のように日本人論や日本文化論、すなわち文化的本質主義に陥(おちい)ることはない。

 日本も、イタリアも、○○人であることのアイデンティティーがサッカーにとっては劣勢と認識している。この意味では、実は両者とも変わりがなかった。

 しかし、片や、面白くないだの、勝利至上主義だと言われながら(かつて「勝利至上主義」とは,ドイツではなく,イタリアへの罵倒であった)、「カテナチオ」というスタイルで世界に君臨したイタリア・サッカー。

 こなた、自分たちは骨の髄から「決定力不足」であると呪縛し続ける日本のサッカー。

 この差は大きい。その彼我の差は両国のサッカーライティングの質の差でもある。その中核に佐山一郎氏は位置していたのだ。

 とにかく、佐山一郎氏のサッカーライティングは、あまり本気にしないで読む(笑)ことが肝要である。

(了)



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 小説家・星野智幸氏のエッセイから、サッカー日本代表がW杯で惨敗するたびに頻出する「日本人ダメダメ論」のパターンを解説します。
星野智幸ポートレート
【星野智幸氏】

文学・思想畑のスポーツ評論
 権威があった頃の昔のスポーツ新聞の記者は、虫明亜呂無(むしあけ・あろむ)の小癪なスポーツ評論など馬鹿にしていたらしい(参照:武田薫「長嶋ジャパンを援護せよ」)。

 しかし、時代が変わり関係は逆転した。文学界・思想界の住人が、時々思い出したかのようにドヤ顔でスポーツの領域に踏み入ってきては、勿体(もったい)づけの激しいスポーツ評論をまき散らす。スポーツ界やスポーツマスコミ、スポーツファンは、それを過剰なまでに有難がる……という風潮が、むしろ当然のようになっている。

 文芸誌『en-taxi〔エンタクシー〕』第42号(扶桑社,坪内祐三ほか責任編集)が2014年に掲載されたサッカー・ブラジルW杯の特集は、そんなドヤ顔企画のひとつだった。タイトルは「[特集]サッカーの詩学~〈ブラジル〉のあとに思うこと」

 どこかで聞いたことがあると思ったら、カルスタ系学者たちの手による『サッカーの詩学と政治学』という本があった。「○○の詩学」……とは、いかにもな命名である。


今福龍太と佐山一郎の悪ノリ
 ご多分にもれず『en-taxi』のブラジルW杯特集のコンテンツは、どれも酷い。
特集「サッカーの詩学」エンタクシー42号
【エンタクシー第42号「特集 サッカーの詩学」の扉】

 今福龍太氏は、例によって、過剰な思い入れ、閉鎖的な美意識、勿体ぶった修辞で、思わず鼻をつまみたくなる、自己陶酔のきつい、批評の形(なり)をした散文詩である(参照:今福龍太「フチボルの女神への帰依を誓おう」,題名からしてナルシズム臭がただよう)。

 佐山一郎氏は、例によって、サッカーにおける「日本人ダメダメ論」「自虐的日本サッカー観」の放埓な佐山ワールドを炸裂(さくれつ)させる(参照:佐山一郎「SANURAIとカナリア、その苦痛へのまなざし」,この「まなざし」自体が翻訳調のインテリ臭い言い回しである)。

 今回、なかんずく俎上(そじょう)に載せるのは小説家・星野智幸氏の「ガーラの祭典」である。

「ガーラの祭典」と招かざる客ニッポン
 ところで「ガーラ」とは何か? 「garra」、スペイン語である。もともとは「爪」を意味する単語だが、スペイン語圏、南米ウルグアイ発祥の「勇敢さと不屈の精神力」を意味する概念として伝えられる。

 日本のサッカーファンには、「ゲルマン魂」と呼ばれたドイツ代表(かつての西ドイツ代表)の驚異的な勝負強さや精神力になぞらえて、「ウルグアイ版ゲルマン魂」として紹介されたことがある。
 星野智幸氏は言う。ブラジル大会を見れば見るほど、W杯が「ガーラの祭典」であることを感じる。ウルグアイのみならず、ブラジル、アルゼンチン、チリ、コロンビア、コスタリカ、メキシコと、名勝負を見せてくれたチームには、皆この「ガーラ」が輝いていた。

 中南米だけでなく、アメリカ合衆国やアフリカのアルジェリア(余談だが,このチームの監督がハリルホジッチ氏だった)なども、私(星野智幸)は「ガーラ」を見た。

 「ガーラ」こそ、サッカーの神髄である。しかし……。

 ……ひるがえって日本代表を思い返すと、最も欠けていたのが「ガーラ」だった。そもそも「ガーラ」を日本語にするのは難しい。ガッツ、気合い、根性、気迫、闘魂等々。どれも、しっくりこない。以下、原文から引用すると……。
 日本でいう根性、気合いといった言葉の裏には、精神主義が張りついている。それは、上からの指示への絶対服従(己を殺せ)と、失敗したときの自己責任論(おまえの根性が足りなかったせいだ)が、もたれ合いながら作られた、体育会系的な価値観だ。

 ガーラは、まず何よりも個人の意志から始まる。集団の力が発揮されるのはその後だ。ガーラを待った者たちが集まり、意志の交換を通じて信頼を築き上げたとき、有機的なチームとなる。勝とうという集団的な熱狂だけで、自分の主体が覚醒していない状態であるならば、どうして状況の変化に個々人が機敏に対応できるだろうか。

 私〔星野〕は日本の初戦、対コートジボワール戦を、現地のスタジアムで観戦した。選手たちに気合いは入っていただろう。でもガーラは発動していない選手が多かった。ガーラを見せていたのは、本田〔圭佑〕と内田〔篤人〕だった。〔中略〕

 日本のサッカー文化の中には、まだガーラが育っていないのだ。それを選手にだけ求めるのは酷というものだ。

 「ガーラ」はサッカーの神髄である。しかし、日本のサッカー、日本のスポーツ、否、体育会的な価値観=精神主義は「ガーラ」とは似て非なるものである。日本のサッカー文化の中には、まだガーラが育っていない。つまり、日本人は「ガーラ」を、すなわちサッカーを理解することができない……。

 また「ガーラ」とは「何よりも個人の意志から始まるもの」である。ひるがえって日本人は「精神主義」と「集団的な熱狂だけで、自分の主体が覚醒していない状態」でしかない。日本のサッカー文化の中には、まだガーラが育っていない。つまり、日本人は「ガーラ」を、すなわちサッカーを理解することができない……。

日本サッカー論壇における「構造主義」
 ……こういう話の持っていき方に既視感(デジャヴ)を覚えたのだとしたら、その読者の感覚はまったく正しい。星野氏は、独自性ある見解を示したのではなく、日本のサッカー論壇の「お作法」に従ってこのエッセイを書いたにすぎないからだ。

 日本のサッカー論壇には「日本的であること,日本人であること」はサッカーというスポーツにとって非常に不適格なことである、という考えが根深くある。反面、サッカー的であるということは、それ自体「日本的ではない」のである。

 日本サッカー界は「日本的=非サッカー的/非日本的=サッカー的」という本質主義と二元論の思想に拘束されている。これは大変な劣等感であり、日本人の自虐的な日本サッカー観の基になっている。つまるところ、サッカーにおける「日本人ダメダメ論」と「自虐的日本サッカー観」である。

 日本のサッカー論壇は、1970~80年代の日本サッカー低迷時代から、この図式にのっとって日本サッカーを自虐的に、かつ飽くことなく論じてきた。そうすることで論者は、サッカーへの理解と批評精神の表明をしたとされてきたのである。

 「ガーラ」なる概念を持ってきた星野氏の「まなざし」は、一読するとユニークに思える。が、その実「日本的=非サッカー的/非日本的=サッカー的」なるものの表象を「ガーラならざるもの/ガーラ」として論じてみせただけである。

 また、もうひとつ星野氏が使った「日本的=集団(的な熱狂)=非サッカー的/非日本的=個人(の意志)=サッカー的」の対比の図式は、日本のサッカー論壇が長年にわたり頻々と多用してきた表象である。

 要するに、星野氏は、サッカー論壇の常套句を、少しばかり目先を変えて書いてみせただけにすぎない。あまりにもベタな展開に、読んでいる方がウンザリさせられる。

反動形成として本田or中田を称揚
 加えるに「日本的であること,日本人であること」への度し難い劣等感の反動形成(?)として、「日本人離れ」している(とされる)日本人サッカー選手への度し難い称揚がある。星野智幸氏の場合は本田圭佑であった(もう1人いるが省略)。

 同様の前例として、村上龍氏や島田雅彦氏と中田英寿の関係がある。
中田英寿(左)と本田圭佑
【中田英寿(左)と本田圭佑】

 村上氏は『フィジカル・インテンシティ』ほか、島田氏は『中田語録』(ただし単行本のみ)に書いた序文「ゴールの向こうに」ほか(参照:島田雅彦vs玉木正之 ドイツW杯特別対談「選手を自由にさせたら高校生になっちゃった」)で、中田英寿をひたすら称揚していた。

中田語録
文藝春秋
1998-05

 こうした太鼓持ちは、サッカー選手への評価として正しくないばかりか、日本サッカーをさまざまな形で歪ませる。それが2006年ドイツW杯や2014年ブラジルW杯での日本代表の惨敗や、2018年のハリルホジッチ氏日本代表監督解任事件の遠因でもある。

サッカー言説の凡庸さについてお話させていただきました
 文学者や思想家といえば、高尚で個性的な視点で、私たちのサッカー観に新鮮な刺激を与えてくれると思いがちだが、大間違いである。陳腐な二元論の思想のテンプレートをなぞり、目先の表象や過剰な思い入れの対象を変えて読者に提供するだけなのである。

 文学者ほどサッカーを語れない。呆れるばかりの凡庸さである。

(了)


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スポーツにおける「日本人農耕民族説」
 欧米人(やアフリカ系黒人)は「狩猟民族」である。ひるがえって日本人は「農耕民族」である。両者はあらゆる意味で対照的であり、したがって……という「日本人農耕民族説」は、あらゆる分野の通俗評論で援用される俗信である。


 これは、特にスポーツでは頻々と使われる。ハリルホジッチ監督解任事件で揺れる昨今のサッカージャーナリズムで、こんな文章を目にした。
 サッカーは両チームが入り乱れるカオスの競技であり、一方のチーム事情だけでは測れない。たとえば、日本人は農耕民族だからそれに合ったスタイルをやりましょう……などと言ったところで、同時に狩猟民族の良さを潰すことも考えなければ、サッカーの試合は勝てない。求められる能力、戦術は多岐にわたる。

 該当の記事は「日本人らしいサッカー」をキーワードに、日本代表のサッカーを論じている。だが、本来、技術論に徹して書くべきところ、「日本人らしさ」に拘泥するあまり、つい「日本人は農耕民族だから……」という例の常套句が出てしまった。

 これはサッカーそのものからの逸脱である。あまり賢明には見えないから、こんなアンチョコなど止めるに越したことはない。

佐山一郎氏の『サッカー人間学』の解釈
 さて、この「日本人農耕民族説」。なかんずくサッカーでは「日本人」の民族的、あるいは人種的(!)な劣等性を強調するために頻々と使われる。そのロジックは……。

そもそもサッカー(フットボール)は狩猟のメタファーであり、それは狩猟民族の欧米人(やアフリカ系黒人)のものである。農耕民族の日本人は、サッカーではどこまでいっても狩猟民族に勝つことはできない。

 ……と、いうものだ。
 まあ、ハリルホジッチ氏解任に関する憤りは理解できますけどね。

 こうした「サッカーにおける〈日本人農耕民族説〉」の元凶であるという濡れ衣を着せられている、実に不幸なサッカー本がある。

 デスモンド・モリス(動物行動学者)の超大作『サッカー人間学』(原題:The Soccer Tribe=サッカー部族=)である。

サッカー人間学―マンウォッチング 2
デズモンド・モリス
小学館
1983-02


The Soccer Tribe
Desmond Morris
Rizzoli
2016-09-06

 モリス博士が「サッカーにおける〈日本人農耕民族説〉」の犯人である……かのように思わせる言及が、最近刊行された佐山一郎氏による日本サッカー通史『日本サッカー辛航紀』にある。
 陰気でおたく〔原文傍点〕な私〔佐山一郎〕が指摘しておきたかった……。悪性マゾ的メンタリティ〔自虐的な日本サッカー観〕の大量発生に、この本が一役買ってしまった可能性が高い。「第1章 部族のルーツ」の中の〈儀式的狩猟としてのサッカー試合〉の項が、のちのち長くいわれ続けることになる「日本人=非狩猟民族=得点力不足」説の論拠になってしまったからだ。これに集合的な諦念がカクテルされれば、さらなる負のスパイラルである。偏狭な一国史観的自己認識でしかない“農耕民族説だから勝てない説”がはびこるのも当然のことだった。〔サッカー日本代表の〕五輪出場は再び分不相応の大きな望みである「非望」のレベルにまで達していた。

佐山一郎『日本サッカー辛航紀』144~145頁

 当時、『サッカー人間学』日本版が刊行された1983年の日本サッカーは、人気・実力ともに低迷のどん底にあった。そこへモリス博士が『サッカー人間学』で「サッカー≒狩猟」の図式を示したものだから、日本のサッカー関係者は、皆「サッカーにおける〈日本人農耕民族説〉」で(きわめて自虐的に)納得してしまったというのである。

 そういえば『サッカー人間学』日本語版の監修者・岡野俊一郎氏は「サッカーにおける〈日本人農耕民族説〉」の固い信奉者でもあった。
 佐山氏の、『サッカー人間学』の解釈に問題はないのだろうか?

日本もまた世界の「サッカー部族」の一員である
 端的に言えば、佐山氏の解釈は間違いである。

 モリス博士は、たしかにサッカーを儀礼的狩猟とみなし、サッカー文化を原始あるいは非文明の部族社会のそれにたとえた。しかし、農耕民族説に基づいて、日本人サッカー部族から排除しようなどと言う意図は、まったくない。

 どうしてそんなことが断言できるのかというと、『サッカー人間学』の図版には日本サッカーに関する言及が何か所か存在するからである。

 どの写真図版も、本の見開きのノドの部分にかかってしまうので、不鮮明なのは恐縮なのだが、まずは88頁。キックオフ前に試合を盛り上げるサッカーの「式典」のひとつとして、高校サッカーの学ラン応援団によるエール交換が登場する。
高校サッカーの学ラン応援団「サッカー人間学」88~89頁
【高校サッカーの学ラン応援団のエール交換】

 続いて104~105頁。ブラジルのペレ、イングランドのジミー・グリーブスと並んで、偉大なゴールスコアラー、その国のサッカー部族の英雄、伝説的人物として、日本の釜本邦茂が登場する。
釜本邦茂「サッカー人間学」104~105頁
【ペレ(左),グリーブス(右上),釜本邦茂】

 そして、106頁。優勝の祝いの儀式のひとつとして日本とチェコスロバキア(当時)の「胴上げ」が登場する。胴上げされている日本の選手は、1976年の天皇杯優勝チーム=古河電工のキャプテン桑原隆選手である。
胴上げ「サッカー人間学」106頁
【日本(左)とチェコスロバキアの「胴上げ」】

 ちなみに胴上げは、昨今、海外のサッカーでも「胴上げ」は行われるようになった。一方、アメリカ合衆国のメジャースポーツ、野球の大リーグでは日本のプロ野球のように胴上げは行われていない。

 アメリカの野球と日本の野球の違いを400項目羅列・解説した、玉木正之氏とロバート・ホワイティング氏の『ベースボールと野球道』には、しかし、アメリカ大リーグでは優勝しても監督その他が胴上げされることはない……という話は登場しない。

 その理由は、「胴上げ」が必ずしも日本独特の習慣ではないことがモリス博士の『サッカー人間学』に書いてあるからではないかと憶測する。

サッカーにおける「日本人農耕民族説」を乗り越える?
 話を戻すと、デスモンド・モリス著『サッカー人間学』は「サッカーにおける〈日本人農耕民族説〉」を吹聴などしていない。また、『サッカー人間学』がその「論拠」になったというのもおかしな話で、モリス博士の浩瀚(こうかん)な著作を、モリス博士の意図を曲解して、「日本人農耕民族説」として「受容」してしまった……という方が正しい。

 佐山一郎氏は他人事のように書いているが、そもそも「サッカーにおける〈日本人農耕民族説〉」を煽ったひとり(誰よりも一番煽った)が佐山氏なのである。

 この度の佐山氏には「サッカーにおける〈日本人農耕民族説〉」を乗り越えようという意思が(それなりに?)見える。だが、それには煽った過去がある佐山氏本人の自省の表明が必要なのではないか。

 後藤健生氏が、かつて自身が持ちネタにしていたサッカー文化論(サッカー日本人論)である赤信号文化論(トルシエよりずっと前)について、自省を込めながら批判してみせたようにである。
 『日本サッカー辛航紀』は良書であるだけに、その点は少しばかり残念なのである。

(了)


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武藤文雄
【写真と本文は関係ありません】

武藤文雄氏の本田圭佑信仰告白
 ブログ「サッカー講釈」の執筆者・武藤文雄氏が、いかにも大型連休(ゴールデンウイーク)にふさわしいデッカイ釣り針をツイッターで垂らしてくれた。

 早い話が武藤文雄氏は、本田圭佑のいわゆる「信者」なのである。くだんのツイートでは、彼のプレーや言動・立ち居振る舞いを批判しているアンチ本田派のサッカーファンに必死で反駁(はんばく)しているのである。

 「本田圭佑は悪くない。悪いのは周りの人間だ」、特に後段のツイートについては「本田圭佑は悪くない。悪いのはNHKだ」と言っているのである。
 むろん、本田信者の武藤文雄氏は「①番組が煽ってただけ」派である。そういえば、中田英寿の現役時代にも「ヒデは悪くない。悪いのは周りの人間だ」「ヒデは悪くない。悪いのは朝日新聞だ」という中田英寿信者がたくさんいた。
中田英寿「朝日新聞」1998年1月4日
【『朝日新聞』1998年1月4日付より】

 ある種のネット民にとって、NHKや朝日新聞は存在自体が悪なのである。

 それでは、本田に「罪」や「責任」と言って悪ければ「問題」はないのか……。

 ……あるに決まっているではないか。だから批判されるのであってね。

本田圭佑を擁護する武藤文雄氏の揚げ足をとる
 武藤文雄氏が本田圭佑に思い入れがある(甘い)のは個人の趣味だから、それ自体は構わない。しかし……。
  • 決定的に違うのは、本田圭佑の自己顕示欲の強さは「少々」どころか「大々的」であること。その度が過ぎた自己顕示欲が、サッカー選手の枠を超えた本田の過剰な影響力の源泉となり、これまでにも日本サッカー全体の利益を損ねてしまうことが度々あった。
  • アンチ本田派は好き嫌いで本田圭佑を批判しているわけではなく、今の本田のパフォーマンスは日本代表のレベルに達していないから外してほしいと主張している。
  • 10年間にわたって日本代表に貢献してきた選手は、何も本田圭佑だけではない。
  • 「日本代表のために本田圭佑ではなく,本田圭佑のための日本代表」に歪曲されている
  • 武藤氏は、NHK(の番組「プロフェッショナル~仕事の流儀」のスタッフ)を無神経だと難じているが、公共放送たるNHKをも「無神経」にさせる「種」(マスコミ受けするビッグマウス)を、まき続けたのはそもそも本田圭佑本人ではないのか。
  • 武藤氏は、アンチ本田派が本田圭佑を誹謗していると批判するが、共同記者会見という公然の場で、本田圭佑が今野泰幸選手ほかの日本代表選手を貶める発言をするのは一向に構わないのか。
  • 武藤氏は、田嶋幸三会長「だけ」が全部悪いかのように書いているが、結局それも氏の憶測と願望に過ぎない。現状、日本にアンドリュー・ジェニングスのようなジャーナリストはいないわけだし、ハリルホジッチ氏解任事件の全貌は未だ判然としない。
 ……等々、その寛大さはかえって贔屓の引き倒しになっている。

ブログ「サッカー講釈」の詰めの甘さ
 武藤氏は、ブログ「サッカー講釈」のエントリー『田嶋さん、あなたは何のためにリスクを背負ったのか』で、いわゆる「陰謀論」とは違う立場から、ハリルホジッチ氏解任問題を論じている。

 それは全然いいのだが、武藤氏は陰謀論の底なし沼的性格を心得ずに書いているので、陰謀論者や陰謀論ウォッチャー(当ブログはこの立場である)が読むと、いろいろツッコミを入れたくなる記述がいくつかある。
まず誰か中心選手〔本田圭佑?〕が、ハリルホジッチ氏と意見が合わず、この人の下では勝てないと主張したとしよう。

……残念ながら、いまの日本にはメッシやネイマール(いやレバンドフスキとかマネでもよいですが)のように、その選手がいるといないとではチームの戦闘能力がまったく違う水準になるようなタレントが、そもそもいない。したがって、もしハリルホジッチ氏と修復不能の関係の選手がいたのならば、その選手を外せば済むことだ。もし、いまの日本代表の誰かがそんなことを発言し、その選手の言い分を聞いて、監督を切ったとしたら、これほど愚かなことはない。
 いたいけな人たちの間では、本田圭佑は、メッシやネイマールとまではいかないまでも、レバンドフスキとかマネに匹敵する国際レベルの「スター」であると信じられている。(腐っても)ACミランの背番号10番だし、本田は凡庸な監督よりも偉いのである。本田がいないと、日本代表の試合のテレビ視聴率は取れないし、新規スポンサーも獲得できない。だから、本田を外そうとしたハリルホジッチは更迭された……というのが陰謀論の世界観である。
たとえば、最近日本代表のテレビ視聴率が下がっているから視聴率が稼げる監督が必要だと、広告代理店〔電通?〕が圧力をかけたとの説がある。しかし、西野氏で視聴率が上がるとはとても思えない。もし、カズなり中田英寿氏、あるいは大技で松木安太郎氏を監督に抜擢すれば、状況は好転するかもしれないが(もちろん、「そうした方がよい」と言っているわけではないので、誤解しないでくださいねw)。
 武藤氏は思い違いをしているようだが、監督の名前で視聴率や新規スポンサーを獲得するのではない。数字(視聴率)を持っている(と期待される)のは、あくまで本田圭佑(とアディダスジャパンの契約選手であるところの香川真司)といった「スター」選手である。その本田や香川を国際試合に出場させなかったから、ハリルホジッチは更迭された……というのが陰謀論の世界観である。
たとえば、adidas殿が自社と契約している香川を代表に選ばないから圧力をかけたとの説がある。しかし、同社と契約しているのは香川だけではない。必要ならば、ハリルホジッチ氏が選考した選手をプロモートすればすむことだ。

香川真司_アディダスジャパン_日本航空
【香川真司 アディダスジャパン 日本航空】
 アディダスジャパンが「指名」する日本代表の背番号10は交換がきかない。
結局のところ、広告代理店の意図がどうしたとか、スポンサの意図がどうしたとか、皆が色々言うけれど、皆の意向は日本代表が勝つことに尽きるのだ。
 これも違う。陰謀論の世界では、W杯本大会で日本は必ずしも勝つ必要はない。W杯本大会では、どんな弱小国でも1次リーグで3試合はできる。だから、電通やサッカー日本代表のスポンサー企業はその3試合で煽り倒せばいいというビジネスモデルである。

 武藤氏と非常に近しい関係のある、清義明(せい・よしあき)氏も、武藤氏と同じようなことを書いていた。これには少し疑問を感じたので、こんなツイートを試みた……。
 ……すると、どうです……。
 ……と、当の清義明氏から概ね同意する旨の返信が返ってきたので大笑い。要するに掘り下げ不足だったと、清氏自身が認めたようなものだ。

中途半端な陰謀論批判はかえって陰謀論を深める
 武藤文雄氏の『田嶋さん、あなたは何のためにリスクを背負ったのか』は、ハリルホジッチ氏解任事件に関する非常に重要な考察である。

 しかし、いわゆる陰謀論に関する言及が中途半端で、ワキの甘いところが見られる。

(了)




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