スポーツライター玉木正之氏の知的誠実さを問う

大化の改新と蹴鞠(けまり)問題など、日本のサッカーカルチャーについてさまざま論じていきたいと思っています。

タグ:サッカー日本代表

中田英寿にまつわる仰天エピソード
 2020年2月3日、ヤフー!ジャパンが、Goal.comからの配信として「トッティ氏,仰天エピソードに中田英寿氏を選出〈なぜそんなことを.彼は本当に特別な人〉」なる、サッカー元イタリア代表フランチェスコ・トッティのインタビュー記事を公開した。
  •  トッティ氏、仰天エピソードに中田英寿氏を選出「なぜそんなことを.彼は本当に特別な人」
 彼とサッカー元日本代表・中田英寿は、かつてイタリア・セリエAの名門ASローマでチームメイトであった。ASローマは、2000-2001シーズンにセリエAで18シーズンぶりに優勝した。

 その快挙、ASローマの選手やスタッフたちによる歓喜の輪の中にあって、中田英寿だけは「優勝が決まった直後,ロッカールームの隅で読書をしていた」という逸話を、トッティは「現役時代を通じ,最も驚いた仰天エピソード」として紹介している。
 「私〔トッティ〕は〔現役時代を通じ,最も驚いた仰天エピソードとして〕ナカタ〔中田英寿〕を選ぶ。なぜならナカタは、スクデットのお祭り騒ぎの中、本当に読書していたんだよ。なぜそんなことをしていたのかは分からない。彼〔中田英寿〕は本当に特別な人だよ」

Goal.comより
 この珍記事を受けて、中田英寿を素朴に信奉する、いたいけな人たちの反応がSNSやヤフー!ジャパンのコメント欄に現れている。以下は、そのマンセ~、ハラショ~のほんの一例であるが……。




 ……なるほど。「中田英寿神話」はこうやってメンテナンスされていくのだ。

英国における「大卒」サッカー選手の苦悩
 読めば分かるのだが、トッティは、あくまで「現役時代を通じ,最も驚いた仰天エピソード」を語ったのであって、「現役時代を通じ,最も驚いたサッカー選手やそのプレー」を語ったわけではない。

 該当記事を読む限り、トッティは中田英寿をそのように評価したわけではない。

 この「仰天エピソード」を読んで、むしろ、思い出したことがある。サッカーとサッカーカルチャーのことならおおよその事柄が書いてある、デズモンド・モリス博士の『サッカー人間学』(1983年,原題:The Soccer Tribe)に登場する話だ。

 英国イングランドのプロサッカー選手で、数少ない「大学卒」のインテリだったリバプールFCのスティーブ・ハイウェイ(Steve Heighway,1947年生まれ,ウォーリック大学卒)の「苦悩」である。
 大学教育まで受けた数少ない一流選手の一人で、リバプールで活躍するスティーブ・ハイウェイには,このような〔低学歴のプロサッカー〕選手〔たち〕の態度は大変な驚きであった。

スティーブ・ハイウェイ@『サッカー人間学』183頁
【スティーブ・ハイウェイ@『サッカー人間学』183頁】

 リバプール・チームに入った当初,彼〔ハイウェイ〕は相手チームと対戦する時と同じように,自チームの仲間との交際が怖かったという。あるスポーツ解説者は「彼はこの社会〔プロサッカー選手たちの世界〕の不適応者だった」といい,「遠征先でトランプ〔≒少額の賭け事〕が始まると,ハイウェイは抜け出して観光団に加わった。

 仲間には,明らかにインテリを鼻にかけた生意気な態度と映った。彼が戻ると,みんなは威嚇〔いかく〕的な視線を送って,トランプに仲間入りする気があるかどうか尋ねた」と伝えている。

 ハイウェイは変人扱いを受けるのがたまらず,何とか順応しようとした。

デズモンド・モリス『サッカー人間学』183頁


サッカー人間学―マンウォッチング 2
デズモンド・モリス
小学館
1983-02


The Soccer Tribe
Desmond Morris
Rizzoli Universe Promotional Books
2019-03-26


 チームの雰囲気に馴染めなかったという意味では、スティーブ・ハイウェイと中田英寿は、ある意味で似ている(まだハイウェイはチームに馴染もうとしていたのだが)。

サッカー選手は「ハマータウンの野郎ども」である!?
 デズモンド・モリスが『サッカー人間学』で描き出した、プロサッカー選手のイメージ(ステレオタイプ)を抄出してみると……。
  •  芸術や科学や政治に関心がなく、サッカーにしか興味がない。
  •  暇な時、特に遠征時の移動中は、トランプのゲーム≒少額の賭け事を楽しんでいる。
  •  映画やテレビをよく見るが、(高尚な作品ではなく)スリラーやアクションが多い。
  •  読書も、サッカー関係の雑誌か、タブロイド紙の推理小説やスリラーの域を出ない。
  •  挑発的で威圧的なキャラクターの女性は好まれない。
  •  好きな音楽はロックやポップに限られている(クラシックではない)。
  •  遠征先の有名な観光地の見学には興味が薄く、つまりは知的好奇心に乏しい。
 ……等々。ものの見事にサッカー馬鹿であり、粗にして野であり、けして「知的」とはいえない。これでは、スティーブ・ハイウェイが馴染めないのは当然だ。

 これには、英国という社会のしくみが絡んでいる。いわゆる「階級社会」である。例えば、単純な計算で、英国の大学の数は日本の4割程度しかない。しかも進学率が低い。

 英国の子供は11歳(!)で学力試験を受けて、そのうち所定の成績を上げた3割程度しか高等教育の学校(大学など)に進学できない。残り7割のほとんどはステートスクール(公立中学)を卒業したら、そのまま労働者として社会に出る(この段落の知識は,林信吾『これが英国労働党だ』によるもの)。

 現在の英国でも、欧州の他の国も、おおむね事情は似たようなものである。

 サッカー選手は、労働者階級のスポーツである。選手の出身も労働者階級が多い。

 すなわち、サッカー選手は、なかんずくプロサッカー選手は。大学に進学するような知的エリート≒上流階級(的な)がやるスポーツだとは思われていない。そして、選手の言動や立ち振る舞いも労働者階級的であることを求められる。
 世の中には知的ならざる、しかしそれなしでは社会が動かない人たちの分厚い層があるのだという単純な事実……。

 知性をバカにすることによってプライドを保つ人たちが、そしてそういう人によってしか担われない領域の仕事というものがこの世には存在するのである。

 〔英国の〕社会学者ポール・ウィリスはその辺の事情を見事に明らかにしている〔ポール・ウィリスの著作『ハマータウンの野郎ども』のこと〕。

ハマータウンの野郎ども (ちくま学芸文庫)
ポール・E. ウィリス
筑摩書房
1996-09-01






 世の中は……知的エリートによってだけ動いているのではない。……知的であることによってプライドを充足できる。他方に反知性によりプライドを充足する人々がいる。

 人間はプライドなしには生きられないという観点からすれば、どちらも等価である。

三浦淳「捕鯨の病理学(第4回)」
 すなわち、プロサッカーとは「知的ならざる,しかしそれなしでは社会が動かない人たちの分厚い層」あるいは「反知性によりプライドを充足する人々の」ための、基本的に「そういう人によってしか担われない領域の仕事」なのである。

 サッカー選手たちとは、とどのつまり「ハマータウンの野郎ども」なのだ。

 スティーブ・ハイウェイの「苦悩」の背景がここにある。「大学卒業」の学歴を持つハイウェイが馴染めないのは、プロサッカーが「労働者階級」の社会だからである。

「体育会系」という反知性的なコミュニティ
 その昔、1960年代、サッカー日本代表がヨーロッパに遠征した。そのスコッドの選手たちは、大学生や大学卒業の選手がほとんどだった。例えば、杉山隆一は明治大学卒業、釜本邦茂は早稲田大学卒業である。

 そのため、学歴のないサッカー選手が多いヨーロッパの現地では、珍しく受け取られたという。

 だからと言って、日本のサッカー選手やアスリートが、真に「知的」かどうかは微妙である。

 日本の大学スポーツの体育会・運動部には「体育会系」という言葉(概念)があり、それは「体育会の運動部などで重視される,目上の者への服従根性論などを尊ぶ気質.また,そのような気質が濃厚な人や組織」(デジタル大辞泉)と解釈される。

 すなわち、あまり「知的」とは見なされない。日本においてもサッカーを含むスポーツ選手は、あまり賢くないというイメージ(ステレオタイプ)があり、当事者もそこに充足しきっているというところがある。

 洋の東西を問わず、サッカー選手は敢えて「知的」でないことを誇っている節がある。

 そういえば、フランチェスコ・トッティは「知的」ではなく「間の抜けた男の愛嬌」を感じさせる逸話が多い。日本で言えば、プロ野球の長嶋茂雄のそれに通じるものがある。

 対して、中田英寿の逸話は対照的である。世界最高峰のサッカーリーグであるセリエAで優勝したにもかかわらず、ひとり「ロッカールームの隅で読書をしていた」というのは、そうしたサッカー界の風潮には順応できなかった……ということである。

中田英寿は「真に知的なアスリート」なのか?
 所詮、スポーツなど馬鹿がやる仕事なのか? 否。スポーツライターの藤島大は、スポーツこそ「知的」な営為であると説き、中田英寿のような安易なアンチテーゼ的振る舞いの方を批判している(下記リンク先参照)。曰く……。
 スポーツとは、そもそも高等な営みである。一流選手が経験する真剣勝負の場では、緊急事態における感情や知性のコントロールを要求される。

 へばって疲れてなお人間らしく振る舞う。最良の選択を試みる。この訓練は、きっと戦争とスポーツでしかできない。

 だからアスリートは、机上では得られぬ知性をピッチやフィールドの内外に表現しなければならない。

 常識あるスポーツ人が、非日常の修羅場でつかんだ実感を、経営コンサルタントや自己啓発セミナーもどきの紙切れの能弁ではなく、本物の「詩」で表現する。そんな時代の到来を待ちたい。

 「片田舎の青年が、おのれを知り、世界を知り、やがて、おのれに帰る。だからラグビーは素敵なのだ」

 かつてのフランス代表のプロップ、ピエール・ドスピタルの名言である。バスク民謡の歌手でもある臼のごとき大男は、愛する競技の魅力を断言してみせたのだ。

 ……たしかにドスピタルの言葉に比べると、中田英寿の『中田語録』などは「机上の知性」あるいは「紙切れの能弁」でしかない。

中田語録
文藝春秋
1998-05


中田語録 (文春文庫)
小松 成美
文藝春秋
1999-09-10


 知的とは思われていないフットボーラーだが、フットボールを極めると、むしろ、だからこそ真に知的な言葉が出てくる。一見すると、矛盾している。矛盾しているが、真理である。

 その真理を、ついに理解できなかったのが中田英寿である。

中田英寿から透けて見える日本サッカー界の「知性」
 藤島大が「真に知的なアスリートの到来」を期待したのは、2001年1月のことである。

 あれから、20年近くたった2020年2月。しかし、未だに「中田英寿の仰天エピソード」が出てくる。未だに「中田英寿神話」のメンテナンスが行われる……。

 ……ということは、日本サッカー界の知的レベルが更新されていないということでなる。

 中田英寿は「サッカー馬鹿」になるべき時になれない体質だった。そこにサッカー選手として才能の限界があった。中田英寿は、だから、ワールドクラスのサッカー選手としてのキャリアを形成できたわけではない。

 代わりに、中田英寿は、日本のサッカー界の知性の低劣さを巧妙に刺激する才能には長(た)けている。2000年のアウェー国際試合「フランスvs日本」戦のパフォーマンスなどは、そうである。

 そこで錯覚してしまう、いたいけな日本人が多い。残念でならない。

中田英寿は「特別な人」ではなく「特殊な人」である
 ところで、くだんのトッティのインタビュー記事。イタリア語原文がどうなっていたのかは分からないが、日本語の翻訳をちょっとだけ改変してみると、がぜん面白くなる。
  •  トッティ「なぜそんなことを.彼〔中田英寿〕は本当に特別な人」
 ここから単語をひとつ置換してみる。
  •  トッティ「なぜそんなことを.彼〔中田英寿〕は本当に特殊な人」
 フランチェスコ・トッティが「なぜそんなことをしていたのかは分からない」というくらいだから、後者の方がニュアンスが通じる!?

 ことほど左様、日本にとっても、国際的にも、中田英寿は「特別なサッカー人」ではない「特殊なサッカー人」なのである。

 こちらの方が、中田英寿という人間の本質を言い当てている。

(了)




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毒をもって毒(セルジオ越後)を制す
 日本のサッカーばかりか、日本の他のスポーツ(例えばラグビー)にまで、これを貶める暴言を吐くようになったセルジオ越後にムカついて、そういや、セルジオ越後には経歴詐称疑惑があったな……と、いろいろネット検索をいじくっていたら、rulli-coco氏という人のブログに当たった。

 セルジオ越後の経歴詐称疑惑について、しつこく批判しているわけだが、まさに毒を以て毒を制す……。rulli-coco氏は癖の強い、相当変な面白い人である。

 この人のブログは、挑発的なモノ言いや、場合によってはかなり極端な主張で、これはハッキリ好悪が分かれる。むろん、その言い分に全て共感することはない。しかし、そんなおかしなことばかり言っているわけでもない……とは思う。*

サッカー「辛口批評」というフィクション
 それはともかく、そのrulli-coco氏によるセルジオ越後批判である。氏は、セルジオ越後の経歴詐称問題のみならず、セルジオ越後が日本に定着させた「サッカー強豪国,ことに南米のブラジルやアルゼンチンなどのサッカー評論は,選手や監督,チームを徹底的に批判する」という話も間違いである……と説く。
強豪国は辛口が常識というウソ。評論家によって違い、幅がある
 この男〔セルジオ越後〕は、「海外では失敗した選手を叩いている」と主張し、自分〔セルジオ越後〕が選手を攻撃するのを正当化していますが、これは大嘘です。

 日本人は、海外の新聞を原文で読まないアホが多いので大嘘がまかり通っています。

 海外の新聞を読めば優しい評論家は居り、人それぞれです(当たり前ですよね)。

 アルゼンチンの名将カルロス・ビアンチ監督(クラブ・チームで世界一3回。世界最多記録を持つ名将)などは、ミスを犯した選手にも目線が優しい人物です。

【カルロス・ビアンチ氏(写真中央の人物)】

 W杯2018年、ロシア大会のGL第2戦のクロアチア戦で、大ミスをし、クロアチアのFWに間違ってパスをしてしまい、それで失点したアルゼンチン代表のGKウィルフレード・カバジェーロに対して、日刊紙クラリンのコラムで、ビアンチは、「今は、彼のメンタルを回復させる事が最も重要だ」と述べ、失敗した選手を擁護する評論をしました

 (ビアンチは、アルゼンチンでは大尊敬されており、このコラムは敗戦翌日に見出し記事のすぐ下、まるで「クラリン」の社説のように紹介されていました。日刊紙クラリンは、アルゼンチンで最も発行部数の多い一般新聞紙です。試合は0-3の歴史的惨敗でしたが、ビアンチはGKを擁護しました。「彼は、他でピンチを救っていた」、「次の試合も絶対に彼を起用すべきだ」とも述べ、ミスを犯したGKを批判から守っていました])。

【カルロス・ビアンチ氏】

 故に、南米が誰でも(特に評論家が)「失敗した選手を叩きまくっている」などというこの男〔セルジオ越後〕の話は、大嘘ですよ。

 日本のマスコミは、ろくに海外の新聞もコラムも読まないアホが仕事しているので、セルジオ越後の話を「常識」だと信じ、それを「強豪国の常識だ」と紹介しているんです。
そして、それが日本社会にまかり通っているのです。

 (セルジオ越後が一人で環境作りをし、それに成功したという感じです)。

 この男(元3流以下選手)が日本人に対し、偉そうに侮辱や難癖を言いたいので、「叩くのが当たり前」とか、「叩くから強くなる」と主張し、自分の酷いやり方を、自己正当化しているだけに過ぎないのですが、日本人は、それを全く読み取れていません。

 これも日本人が、「ブラジル人詐欺師」〔セルジオ越後〕にだまされている事の1つでしょう。

 強豪国に厳しい評論家が居る事は事実です。

 日本でも有名なオズワルド・アルディレス(アルゼンチン代表。W杯1978優勝メンバー)はこの敗戦翌日、同じ新聞上で「史上最低のアルゼンチン代表チームだ」と猛批判しました(ビアンチよりかなり小さな扱いでしたが)。

 故に、強豪国では、この様に容赦なく批判する元選手も居ますが、(ビアンチの様に)擁護する人も居て、人それぞれです。

 つまり強豪国は、「人それぞれ」が常識で、色々な意見を各評論家が述べ、幅があります。

 この男〔セルジオ越後〕が、「叩くのが常識」と日本人に説明しているのは「大ウソ」という事です。

「セルジオ越後、史上最悪の経歴詐欺師」
(2019-03-02)
 例えば、こうした間違った「海外サッカー強豪国の常識」を鵜呑みにして出世した人物が、かの花形スポーツライター・金子達仁氏である(『激白』参照)。そして、金子達仁氏の読者たちも、セルジオ越後の影響下にある。

 金子達仁氏は、セルジオ越後の弟子筋の人間に当たる。だから、武藤文雄氏サッカー講釈師さんによる「セルジオ越後の言うことなんか誰も本気にしていない」などというセルジオ越後擁護論は的外れである。

奥寺康彦をベタ褒めするベッケンバウアー
 しかし思うに、ここでもう一押しして欲しかったのである。

 例えば、その海外の新聞(アルゼンチン「クラリン」紙)に出た、カルロス・ビアンチ氏のインタビュー記事のWEB版があったらリンクを貼ってほしかったし、紙媒体だけならば、(差し障りのない範囲で)紙面をスキャンしてアップするなり、テキストを文字起こししてほしかったのである。

 引用元・出典を明らかにして、読者が「追試」し、確認できるようにしてほしかったのである。

 しっかりした「裏付け」があれば、その分だけ説得力を増すからである。

 こういう例はほかにもある。rulli-coco氏は、日本人初のブンデスリーガ選手として長く活躍した奥寺康彦選手の再評価をライフワークにしている。中田英寿が過大評価されている一方で、奥寺康彦が過小評価されているというのは、たしかに本邦サッカー界、サッカー文化の問題である。
  • 「奥寺康彦と中田英寿。」(2019-12-02)
 では、奥寺康彦は何が凄かったのか? くだんのブログでは、サッカー界の皇帝ベッケンバウアーは、奥寺康彦を次のように高く評価したと紹介している。
皇帝フランツ・ベッケンバウアーから認められた、奥寺康彦
 フランツ・ベッケンバウアーは、ドイツのマスコミに向かって、奥寺康彦について話した。

 「残念だが、奥寺の良さは、君らには理解できないし、説明しても分からない。私や〔オットー・〕レーハーゲルのような人物にしか分からないよ」とだけ述べた。


「名将、名選手による奥寺康彦への評価。~歴史、第16回[最終回]」
(2019-10-11)
 いや、いい……。カッコイイ。男なら(女でもいいが)こんな凄いセリフを吐ける人間になってみたい。また、こんな凄いセリフで評価される人間になってみたいものだ。

 それはともかく、このベッケンバウアー発言の出典はどこだろうか? それがハッキリしないので、rulli-coco氏のエントリーの主張も、いまひとつ説得力に欠ける。疑い深い人は、該当のコメントは氏の「捏造」ではないかと勘ぐってしまうかもしれない。

ベッケンバウアー発言の元ネタはどこか?
 実は、佐波拓也(さば・たくや)氏の著作『プロフェッショナル・ドリーム~奥寺康彦サッカー・ドキュメント』(1986年)に、くだんのベッケンバウアー発言そっくりのコメントが登場する。そこで、あらためて紹介すると……。
 奥寺〔康彦〕は……ブンデスリーガで「東洋のコンピューター」とまで称されるようになった。

 あの西ドイツ〔当時〕の皇帝フランツ・ベッケンバウアーは、ブレーメン〔当時の奥寺康彦の所属クラブ〕が一躍優勝戦線に登場したとき、マスコミの取材に応じて語ったことがある。

 「残念だが、奥寺の良さは、君らには理解できないし、説明してもわからない。私やレーハーゲル〔ブレーメン監督〕のような人物にしかわからないよ」

 ある日本人――奥寺の可能性を見つけ、見守ってきた三村恪一氏〔みむら・かくいち,1931年生,サッカー指導者〕は、それをうけて言った。

 「私〔三村恪一〕は、おそれおおくてベッケンバウアーが言ったことがどういうことか、わかりません。ただ私なりに、奥寺君を見てきた経験からすると、サッカーの試合中は……〔以下略〕



 ……漢字か平仮名かという細かい用字以外は、rulli-coco氏が引用したコメントとほとんど一緒である。元ネタは佐波拓也氏の本で間違いないはずだ。

マルクスが説く「共産主義」とは,幽霊か? 妖怪か?
 なぜなら、ベッケンバウアーが奥寺康彦をこう評価した発言は、ドイツ語で発せられたものだろうから、外国語を翻訳した場合、単純な文章でも翻訳者によって日本語の文言が微妙に変わって来るものだからだ。

 カール・マルクスとフリードリヒ・エンゲルスの共著『共産党宣言』の、あの有名な冒頭部分も、翻訳者の違いによって異同がある(なお直接の引用は,呉智英の『言葉につける薬』からである)。
マスクスとエンゲルス『共産党宣言』冒頭の一節
 "Ein Gespenst geht um in Europa - das Gespenst des Kommunismus"(ドイツ語の原文)

 「ヨーロッパに幽霊が出る――共産主義という幽霊である」(大内兵衛・向坂逸郎訳,岩波文庫)

 「ヨーロッパをひとつの妖怪がゆく。共産主義という妖怪が」(相原成訳,新潮社,マルクス・エンゲルス全集)

 「一つの妖怪がヨーロッパをさまよっている――共産主義という妖怪が」(村田陽一訳,大月書店,マルクス・エンゲルス全集)

 「一つの妖怪がヨーロッパを歩きまわっている――共産主義という妖怪が」(宮川実訳,平凡社,世界教養全集)

 「一個の怪物がヨーロッパを徘徊してゐる。すなはち共産主義の怪物である」(堺利彦・幸徳秋水共訳,青空文庫

 「亡霊はヨーロッパに出没している-共産主義の亡霊」(Google翻訳)


 ことほど左様に違うわけである。

 だから、rulli-coco氏が引用したベッケンバウアー発言が、佐波拓也氏の著作のそれとほとんど同じということは、くだんの発言の元ネタが『プロフェッショナル・ドリーム~奥寺康彦サッカー・ドキュメント』と見て、まあ、間違いないのである。

本当に「革命」を起こしたいのであれば…
 ところで、rulli-coco氏の自己紹介におけるキャッチフレーズは「たった1人で,革命を起こす男」である。しかし、本当に「革命」を起こしたいのであれば、少しでもその主張の説得力を高めるべく鋭意するべきではないかと思う。

 「革命」と言えば、前出のマルクスであり、その代表作といえば『資本論』である。

 共産主義・社会主義が間違っていたのかは否かはここでは問題とはしないが、なぜマルクスの『資本論』は、20世紀の世界史をあれだけ引っ掻き回したのか? 『資本論』は観念的な理屈をこねていただけでなく、瑣末だが具体的な事実に異様なまでにこだわり、その分、説得力を高めているからだ……との指摘がある。
具体的なことを
 有名な大論文と言えば、マルクスの『資本論』などは代表的なものであろう。

 これを読んでみてもわかるように、もう全篇が具体的記述で充満している。

 イギリスの陶器製造業の労働者たちが極度に寿命が短いことの詳細な背景とか、合州国〔アメリカ合衆国〕の南北戦争のおかげでイギリスの木綿工業界はどのように機械の改良・大規模化がすすんでいったのかといったことが、実にこまかな具体的記述ですすめられる。

 あれだけの具体的記述で支えられているからこそ、世界をひっくり返すほどの説得力を持つにいたったとさえいえよう。〔以下略〕

本多勝一『日本語の作文技術』第10章より


【新版】日本語の作文技術 (朝日文庫)
本多勝一
朝日新聞出版
2015-12-07


 ましてや、マルクスでもヘーゲルでもない、一介のブロガーである。

 日本のサッカー文化に本当に「革命」を起こしたいであれば、その主張に対する裏付けをもっと徹底させるべきだろう。

(了)




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アディダスジャパンのマーケティングが当たった!

 ……コアなサッカーファンには、あれだけ酷評され、嫌悪されていた、アディダスジャパン(サッカー日本代表のサプライヤー兼スポンサー)デザインの、日本代表ユニフォーム最新モデル=俗称【迷彩】が、これまた酷評されていた先代モデル【ジンベエザメ,千人針などとも】の2.5倍以上(!)の売れ行きだという話が、なかなか受け入れられない。
  • 〈日本晴れ〉の日本代表新ユニは大人気! 初動売り上げがW杯モデル以外では過去最高(2020.01.15)
  • アディダスジャパンのサッカー日本代表ユニフォーム【迷彩】が売れているらしい(2020年01月16日)
 その昔、「♪コアなファンを捨ててでもタイアップでヒット曲が欲しい……」と皮肉って歌ったのは、筋肉少女帯の大槻ケンヂだった。
  • 筋肉少女帯「タイアップ」歌詞(アルバム「UFOと恋人」より)
 要は、コアなサッカーファンを切り捨ててでも、ファッション性(?)を優先し、2020東京オリンピックをも見込んだライト層向けのマーケティング(?)を敢行した、アディダスジャパンのサッカー担当=西脇大樹氏のビジネスが当たったということになる。*

サカダイ「アディダス西脇大樹氏インタビュー」2
【迷彩ユニのプレゼンに臨むアディダスジャパンの西脇大樹氏】

 西脇大樹さん、おめでとう。

 しかし、コアなサッカーファンの生き霊はなかなか成仏できないだろうが。

自衛隊広報誌『MAMOR(マモル)』のコスプレ・グラビアから
 サッカーファンは、あの青い【迷彩】ユニフォームにはどうしても馴染めない。そこで少しでも目を慣らすために、一計を案じることにした。

 産経新新聞社系の版元=扶桑社が、『MAMOR(マモル)』という防衛省・自衛隊の広報誌を月刊で出版している。

 この雑誌に「防人たちの女神」という、若手女性アイドル・モデル・女優に自衛隊の制服や作業服を着せるという、これはどう見ても「特殊な趣向を満足させる」という意図(しかし否定できない)があるとしか思えないコスプレ・グラビアページがある。

 このページの歴代モデルを探ると、前田敦子、眞鍋かをり、壇蜜……などといった大物がおり、足立梨花、逢沢りな、丸高愛実といった、サッカーファンにもなじみのある人たちも名を連ねている。

 ……で、この月刊『MAMOR(マモル)』2016年3月号に登場したのが、グラビアアイドル(今や女優と言わないと御本人の御機嫌を損ねてしまうか?)の柳ゆり菜さんだったのである。

柳ゆり菜と岩渕真奈の青い迷彩服
 ちょうど青い【迷彩】服を着た若い女性の写真を探していたら、偶然に行き当たったのが柳ゆり菜さんだった。


  • 『MAMOR(マモル)』2016年3月号(1月21日発売)FEATURE
 その中から、これは……と思う写真を選んでみる。

グラビア:柳ゆり菜『MAMOR』2016年3月号
【青い迷彩服:柳ゆり菜『MAMOR(マモル)』2016年3月号より】

 次に、なでしこジャパン(サッカー女子日本代表)の青い【迷彩】ユニフォームを着た美形の選手、例えば岩渕真奈選手の写真を選んでみる。

岩渕真奈「なでしこジャパン迷彩ユニフォーム」アディダス提供
【青い迷彩ユニフォーム:岩渕真奈(なでしこジャパン)】

 この2つを見ていくことで、少しは青い【迷彩】ユニフォームを受け入れられるのではないか……と考えたのである。

 さらに両者を並べてみた……。

迷彩ユニフォーム女子(岩渕真奈&柳ゆり菜)
【青い迷彩服:岩渕真奈(左)と柳ゆり菜】

 ……うーむ。若く美しい女性の海上自衛隊の青い作業服(右)はとても素晴らしいが、若く美しい女性フットボーラーの青い迷彩ユニフォームの方は、やっぱり受け入れられない。個人的には。

 これを南野拓実選手(!)たちが着用して、2020東京オリンピック(?)やカタールW杯アジア予選の試合でプレーするのかと思うと、どうしても気の毒に思えてしまう。

 ひとつだけ分かったのは、岩渕真奈選手が海上自衛隊の作業服を着たら、別の意味でカッコイイのではないか……ということであった。

(了)




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西脇大樹さん,おめでとう!
 2019年11月の発表当初、サッカーファンから轟轟たる非難を浴びていた、サッカー日本代表のユニフォーム【迷彩】モデル……。

迷彩柄(サッカー日本代表ユニフォーム2020)
【2019年11月からのサッカー日本代表ユニフォーム】

 ……もとい! サプライヤーのアディダスジャパンに言わせると「日本晴れ(にほんばれ)」モデル*、または「スカイコラージュ」モデルの売れ行きが、あにはからんや! 極めて好調なのだという。
  • 〈日本晴れ〉の日本代表新ユニは大人気! 初動売り上げがW杯モデル以外では過去最高(2020.01.15)
 報道によると、W杯が行われない年のモデルとしては、初動1カ月のユニフォームの売り上げが過去最高を記録(!)。2018年のロシアW杯に向けて発売された「勝色(かちいろ)」モデルの初動で上回っており(!)、これはアディダスとして快挙とのことだ。

サッカー日本代表ユニ2018
【サッカー日本代表ユニフォーム「勝色」モデル】

 一説に、アディダスが直接販売している分だけでも、初動1カ月の売れ行きが前回比250%以上と考えられ、一般からの評価は高いと考えられる。さらには、2020年の東京オリンピックに関わる需要もあるのではないか?

 マーケティングの専門家ではないので、本当のところはよく分からないのだけれど。

 この「報道」は、おそらくアディダスジャパンからのリークなのだろう。しかし、この「一般からの評価は高い」という表現は微妙だ。つまり、「一般」ではない、コアなサッカーファンからの評判はやっぱり悪いのではないか、とも考えられるのだが……。

 とにかく、アディダスジャパンのサッカー開発担当の西脇大樹さん、おめでとう!

サカダイ「アディダス西脇大樹氏インタビュー」2
【「迷彩」のプレゼンに臨む西脇大樹氏】

デューダ「アディダス西脇大樹氏インタビュー」
【転職サイトでインタビュー記事に登場した西脇大樹氏】

 その昔、「♪コアなファンを捨ててでもタイアップでヒット曲が欲しい…」と皮肉って歌ったのは、筋肉少女帯の大槻ケンヂだった。
  • 筋肉少女帯「タイアップ」歌詞(アルバム「UFOと恋人」より)
 つまり、コアなサッカーファンからあれだけ反発を買っても、結局のところ、一般に【迷彩】ユニが商品として売れれば、何の痛痒も感じないのでしょう。きっと。

サンフレッチェ広島「#紫を取り戻せ」問題にも悪影響?
 これでアディダスジャパンはますます調子づいて……、もとい! 自信を深めていくのではないか。

歴代のサッカー日本代表ユニフォーム(「Wikipedia」より)
【歴代のサッカー日本代表のユニフォーム】

 何よりサッカー日本代表のユニフォームのデザインは、大仰なコンセプトを具象化してデザインに盛るトンデモ奇天烈路線が、今後とも継続しそうな気がする。

 アディダスジャパンも、本来のクライアントであるはずの日本サッカー協会(JFA)も、ライト層のサッカーファンも、完全に「薬が回っている」状態だ。

 さらにJリーグ・サンフレッチェ広島のサポーターを悩ませる「#紫を取り戻せ」問題にも悪影響を与えるのではないか?

サンフレッチェ広島2020年アウェイユニフォーム
【サンフレッチェ広島2020年セカンドカラー】

 もっとも、コアサポとライト層の比率が日本代表とは違うから、Jリーグのクラブはまた違うのかもしれないが。

結束の一本線~後藤健生さんの嘆き
 アディダスジャパンのサッカー日本代表のユニフォームのデザインで、トンデモ奇天烈路線が確立したのは、2012年の悪名高き【結束の一本線】モデルである。

結束の一本線_サッカー日本代表
【サッカー日本代表の「結束の一本線」モデル】

 今回、パソコンをいじくっていたら、後藤健生さんが【結束の一本線】モデルの論評している記事をサルベージした。
 そもそも、日本代表のユニフォームがどうしてブルーなのかといえば、元は東京大学(かつての東京帝国大学)のシンボルカラーだった。

 それが、日本代表(全日本選抜)がブルーのユニフォームになった理由だったのだ。

 つまり、本来なら、日本代表のシャツはライトブルーであるべきなのである。

 日本代表のユニフォーム……そう簡単に色調は変えないで、伝統を大事にしてもらいたいのである。

 もう色調の変化はストップしよう!

後藤健生「日本代表ユニフォームのブルーはなぜどんどん濃くなっていくんだろう?」
(2012年01月12日)
 昔からサッカーを見ているファン、コアなサッカーファンほど、アディダスジャパンのサッカー日本代表のデザインには不満を持っているのである。

サッカー文化~イタリアの洗練と日本の野蛮
 【迷彩】モデルの売れ行きを伝える、くだんのアディダスジャパンのリーク報道である)では、海外からの評価も非常に高く、外国人の訪日観光客(インバウンド)の売り上げも多いとの由……。

 ……さはさりながら。このインバウンドの中には、イタリア人やフランス人も含まれるのだろう。イタリア代表、フランス代表ともに、チームカラーは日本と同じ「青」である。

 しかし、イタリアやフランスが、日本みたいな【迷彩】柄にするなどと言われたら、嫌だろう。所詮は、東アジアのサッカー弱小国の代表チームだから「Fackin' Cool!」とかテキトーなことを言っていられるのである。

 例えば、アズーリ=サッカー・イタリア代表のユニフォームを見ていこう。

azzurri1968
【サッカー・イタリア代表1968年】

azzurri1990
【サッカー・イタリア代表1990年】

azzurri2006
【サッカー・イタリア代表2006年】

2019年U20W杯イタリア代表
【サッカー・イタリアU20代表2019年】

 イタリア代表のユニフォームは、いつの時代も見事なまでにイタリア代表としてのアイデンティティ=一貫性を持持っている。

 翻って、日本代表のそれは無節操きわまりない。

 当ブログは、本来「自虐的な日本サッカー観」を揶揄・批判するサイトである。

 しかし、ことデザインに関しては、日本のサッカー文化は浅薄なのではないかと暗澹たる思いになる。

(了)




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早稲田大学のカラーはエンジか? えび茶か?
 「新国立競技場」で早稲田大学が「大学ラグビー日本一」なんて、あまりにもよく出来た話である。スポーツの強豪大学ではない名門大学、なかんずく早稲田大学のスポーツにおける勝利を欲していたマスコミの皆さんは大喜びだろう。

 ところで、あの早稲田大学のスクールカラー(大学のイメージカラー)……。あの黒みを帯びた赤い色は何と言うのか? インターネットを含めたマスメディアで一番多い表記は「臙脂」(エンジ)である。
  • 臙脂色(えんじいろ)
 ラグビーブームだった1986年の文春ナンバーのラグビー早慶戦特集には「臙脂」と表記されてある。(2020年1月15日追記)
  • Sports Graphic Number 160号《「臙脂」と「黒黄」》1986年11月20日発売
 次いで多いのが、臙脂色とよく似た色である「海老茶」(えびちゃ)である。
  • 海老茶(えびちゃ)
 早稲田大学のサッカー部(ア式蹴球部)では、この色を「海老茶」と認識している。例えば、早大サッカー部の新人歓迎の「紅白戦」は、紅組ではなく「海老茶組」と「白組」に分かれて試合をするようである。
 また、早大サッカー部のOBチームは「早稲田大学WMWクラブ」(早稲田マルーン&ホワイト,Waseda Maroon & White)という。英語の「Maroon」という色は、ふつうは「海老茶」、たまに「栗色」と訳される(早大OBのスポーツライター・藤島大氏は栗色としていた)。

 さらに、ネットで「早稲田大学,スクールカラー」でGoogle検索すると「Maroon」と出てくる。……ということは、早大のカラーは「海老茶」で正しいのだろうか?

早稲田カラー=海老茶説に猛烈に反発してきた中尾亘孝
 ところが、これには異論があるらしい。早稲田大学のカラーは、臙脂でも海老茶でもなく、茜色(あかねいろ)だというのだ。
  • 茜色(あかねいろ)
 主張した人は、誰あろう……。「日本ラグビー狂会」を自称する、サッカーが嫌いで嫌いでたまらない偏執的な反サッカー主義者にして、早稲田大学出身(中退らしいが)の、あの中尾亘孝(なかお・のぶたか)である。

中尾亘孝2
【中尾亘孝】(本当の学歴は早大中退らしい)

 彼の言い分をたどっていく。1980年代のラグビーブームの余韻がまだ残っていた1993年11月刊行の『早明ラグビー 神話の崩壊』(マガジンハウス)である。
 極東ローカルの〔ラグビー〕フットボール界には、依然として黴〔かび〕のように誤解がはびこっています。

 有名な「ラグビーはサッカーから生まれた」という語訳は、いまも幅をきかせています。北島忠治から宿沢広朗まで……〔中略〕*

 まったくもってどうでもいい誤解があります。でも、この際だから言ってしまいます。

 ワセダのジャージィ〔ユニフォーム〕を「エンジ」とか「エビ茶」と形容するのもおかしいことです。通称アカクロこと、茜〔あかね〕と黒の横縞ジャージィは早稲田茜という染料で色付けされます。茜とはもちろん紅花〔べにばな〕を原料としています。ところがエンジ色は「臙脂虫」を原料とした染料なのです。エビ茶に至っては言語道断

 現在では、染料はすべて化学的に合成されたものが使われています。したがって、茜という言おうとエンジと呼ぼうと、大した違いはありません〔←それでも海老茶と呼ぶのは言語道断かね,中尾亘孝よ:引用者註〕

 それでも、茜に拘るのがトリヴィアリスト(瑣末=さまつ=主義者)のトリヴィアリストたる所以〔ゆえん〕でしょうか。〔以下略〕

中尾亘孝『早明ラグビー 神話の崩壊』170~171頁


早明ラグビー神話の崩壊
中尾 亘孝
マガジンハウス
1993-11


 余談だが、中尾亘孝の前著『おいしいラグビーのいただきかた』や『15人のハーフ・バックス』が好評だったことを受けてか、『早明ラグビー 神話の崩壊』では少し調子づいており、中尾亘孝の異様な語彙、異様な文体、異様な思想が鼻につく、きわめて不快な読後感である。

 それはともかく、サッカー部が採用している「海老茶」については「言語道断」などと言いきってしまうところが、反サッカー主義者=中尾亘孝の反サッカー主義者たる所以だろうか。

茜色=中尾亘孝説の致命的な間違いとは?
 茜色説の詳しい出典について、中尾亘孝は明らかにしていない。だから、その正否を確かめようがない。

 一方、海老茶説については、かなりハッキリしている。早稲田大学学生部が発行する学生向け週刊広報紙『早稲田ウィークリー』のWEB版がかなり詳しく論じている。
 早稲田大学の色といえばエンジ(えび茶色)。応援部の早稲田の旗に、体育各部のユニホームや、早慶戦のメガホンに、そして早稲田ウィークリーの紙面まで…。

 でも、どうして? 大変な筆まめで知られる本学の初代図書館長・市島謙吉が残した記録・手記でその謎を探ることができた。

 遡ること95年前。1905(明治38)年に安部磯雄を団長とした早稲田大学野球部が、日本初の海外遠征(米国)を行った。その際、新調されたユニフォームは、薄い小豆色の地にえび茶色で「WASEDA」と浮き出させたものであった。

 このユニフォームの文字の色になったえび茶色は、早大チームをコーチしたといわれるメリーフィールド氏の母校、シカゴ大学の校色〔Maroon≒海老茶〕からとったものであったという。この時に、早稲田とえび茶色の結びつきが始まったと言える。〔中略〕

 そして、大隈講堂が竣工された1927(昭和2)年。講堂の舞台には、高島屋よりえび茶色の緞帳が調製された。これに関して市島は再び、手記『雅間録(がかんろく)』八(1927年11月25日の条)に、次のように記載している。

 「この色が校色である。偶然シカゴ大学の校色と同一であるのも一奇だ。此色はマルーンというのだが、早稲田の各科には、紅・白・紫・緑さまざまある。それを交ぜ合わせると、此の海老茶、即ちマルーンの色(えび茶色)になるのである」と。

 このことから、明治末にはまだえび茶と決定していなかったスクールカラーは、大隈講堂竣工の1927年には確定し、周知されていたことが知られる。

早稲田大学探検隊「スクールカラーはなぜエンジ(えび茶色)?」
(2000年頃)
 これに従う限り、早稲田大学のカラーは一義的には「海老茶」と呼ぶのが正しいようだ。「茜色」や「早稲田茜」の話は少しも出て来ない。

 想像だが「東京・早稲田近辺で早稲田茜と称する〈茜草〉が取れて染物が行われていた.そして早稲田大学のラグビー部(やサッカー部?)のジャージも,その茜色で染められていた」……という事実(史実)はあったのかもしれない。

 (仮に,こういった事柄に詳しい人がいるのだとしたら,小林深緑郎氏よりも秋山陽一氏の方になるのか?)

 しかし、ふつうの早稲田大学の関係者はこれを「茜色」ではなく、海老茶でなければ臙脂色として認識していたのではないか。海老茶も、茜色も、臙脂色も、どれも皆似た色であり、カラーコーディネーターみたいな人でもない限り、そんなに拘るものではない。

 ちなみに、中尾亘孝の言うように「茜とはもちろん紅花〔べにばな〕を原料」とするというのは、間違い。茜と紅花は全く別の植物で、紅花から採れる赤系の色は「紅色」(べにいろ)である。昔は現在の山形県で生産が盛んであった。
  • 紅色(べにいろ)
 トリヴィアリスト(瑣末主義者)と本人が言う割には、中尾亘孝はつまらない瑣末な間違いをおかしている。

三木谷浩史さんの大好きなクリムゾン≒臙脂色
 ちなみに、臙脂色(えんじいろ)はどうなったのか?

 中尾亘孝が言う「〈臙脂虫〉を原料とした染料」すなわちエンジ色は、ウィキペディアの日本語版や英語版の記述をそのまま信じればれば、クリムゾン(Crimson)と呼ばれ、日本語では臙脂色(えんじいろ)と訳される。

 クリムゾン(≒臙脂色)は、一橋大学のスクールカラーにして、同校アメリカンフットボール部のニックネームである。また、米国アイビーリーグのハーバード大学のスクールカラーにして、同校アメリカンフットボール部のニックネームである。
  • これが本当のアイビーリーグ〈大学のアメリカンフットボール〉2016年12月12日
 サッカーJリーグ・ヴィッセル神戸、プロ野球NPB・東北楽天ゴールデンイーグルスの会長・三木谷浩史さんは、一橋大学とハーバード大学の両方を卒業している。

 つまり、三木谷さんにとってクリムゾン(≒臙脂色)は大変愛着のある色である。だから、ヴィッセルやゴールデンイーグルスのチームカラーがクリムゾン(≒臙脂色)なのは当然である。

 とまれ、似た色であっても、早稲田大学は海老茶、ヴィッセル神戸や東北楽天ゴールデンイーグルスは臙脂色と呼ぶことが「より」正しい色の呼称ということになる。

以下,余談ながら…チームカラーをないがしろにする人たち
 三木谷浩史さんは、財政難に陥っていたヴィッセル神戸を買収してクラブを救済した人である。しかし、一方、ヴィッセル神戸のそれまでのチームカラー(白と黒の縦縞)を強引にクリムゾン(≒臙脂色)に変更させたという、禍根を残した人でもある。

 例えば、早稲田大学や一橋大学やハーバード大学のスクールカラーを、スポンサー企業の意向で突然「チェリーピンク」(Cherry Pink)にすると……ということは、ほぼありえない。
  • チェリーピンク/Cherry Pink
 同様、紫紺と称されている明治大学のスクールカラーを、スポンサー企業の意向で突然、淡い紫色にする……ということも、ほぼありえない。

 大学関係者やOB・OGの大反対に合うことは必至である。

 ところが、こういう悪習が平然と行われているのが日本のサッカー界であって、なかんずくサッカー日本代表は酷い。最も酷かったのは、2019年11月、藍色から空色(実は「迷彩」)に変更させたアディダスジャパンのモデルチェンジである。

山口智久氏(アディダスジャパン)インタビュー(1)

山口智久氏(アディダスジャパン)インタビュー(2)
【藍色:2019年11月までのサッカー日本代表カラーと担当の山口智久氏】

サカダイ「アディダス西脇大樹氏インタビュー」1

サカダイ「アディダス西脇大樹氏インタビュー」2
【空色:2019年11月からのサッカー日本代表カラーと担当の西脇大樹氏】

 日本のサッカー界は「チームカラーという文化」が蔑(ないがし)ろにされているのである。酷い国である。

 ここに来て、当代サッカー日本代表「森保ジャパン」の雲行きが怪しくなったのは、ちょうど、アディダスジャパンの西脇大樹氏が担った現行の「迷彩」モデルになってからである。

 スポーツにおけるチームカラーやデザインは、そのチームの勝ち負けにも深く影響する。……今回もまた、そのような強引な結論で落ち着いてしまうのであった。

(了)




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