スポーツライター玉木正之氏の知的誠実さを問う

大化の改新と蹴鞠(けまり)問題など、日本のサッカーカルチャーについてさまざま論じていきたいと思っています。

タグ:なでしこジャパン

 FIFAワールドカップにおける賞金(報酬)を男女同額にするべきだと主張している、サッカー女子アメリカ合衆国(米国)の主将ミーガン・ラピノー選手。彼女の主張は、実際のところ、本場ヨーロッパの、特に主要サッカー国の関係者の間で、どれだけまともに相手にされているのだろうか。あるいはされていないのだろうか。

 ラピノー選手のこうした話題を掲載し、視界に入ってくるのが、BuzzFeed Japan であるとか、ニューズウィーク日本版であるとか、ハフィントンポスト日本版とかなので、国際サッカー界主流の本音がかえって見えにくいのである(わざわざ調べようという気もない)。

 同じサッカーW杯でも男・女では収入に大きな差があるし、また、プレーのレベルも異なる。当然、それに比例して男・女では報酬が異なる。

 女子サッカー選手の収入が男子サッカー選手のそれよりも低いのは確かだが、彼女たちが抱えている問題は、男・女にかかわらず、むしろマイナースポーツ一般に共通する問題である。これは男・女の格差の是正ではない。つまりメジャースポーツとマイナースポーツの収入格差を無理やり同格にするような話で、だから話の筋が違うのではないか……。

 ……とか何とか、いろいろと「草の根」では意見があるのだが、何分、公的なサッカー関係者となると政治的に正しい意見にはいろいろと異論を立てづらいのかもしれず、よく分からないのである。

 サッカー女子アメリカ合衆国代表は、2019年6~7月に開催されたフランスW杯で優勝した。米国では「優勝」したスポーツの選手やチームは、大統領がホワイトハウスへ招待し、訪問した選手やチームは大統領を表敬する習慣があるらしい。

 しかし、当代アメリカ合衆国大統領は、性的マイノリティーを否定する、きわめて保守的なドナルド・トランプである。一方、ラピノー選手は、性的マイノリティーである同性愛者であることを公言している。だから、ラピノー選手は「W杯に勝っても,くそったれのホワイトハウスになんか行くもんか」と、これを拒絶した。

 日本の商業捕鯨が再開されたので、捕鯨/反捕鯨問題の評論でも知られる三浦淳氏(新潟大学教授,ドイツ文学)の「反捕鯨の病理学」シリーズを読み直してみた。その第3回、反捕鯨派のロビン・ギル氏(在日米国人の文筆家で『反日本人論』『日本人論探検』などの著作がある)を三浦氏が批判している箇所が印象に残った。
 『日本人論探検』での彼〔ロビン・ギル〕の論法を見よう。まず彼は捕鯨問題における日本人の反応を偏頗〔へんぱ〕だとする。例えば、「英米人こそかつて鯨油のためだけに鯨を乱獲した張本人だ」「反捕鯨はレーガンの陰謀だ」という日本人の反応に対して、「過去にそれだけ悪行を重ねてきたのに、白人=人間至上主義を止めて、よりエコロジカルな信念に〔白人が〕変わったことを歓迎すべき〔!〕」「グリーンピースは革新的環境主義者であり、(…)ベトナム戦争に反対し、レーガンのことが大嫌い」と応じている。
  • ロナルド・レーガン(米国大統領,共和党,任期1981-89)
  • グリーンピース(世界的規模の環境保護団体,本部アムステルダム,1971年設立)
 日本側の反応に若干問題があるのは私も認めるが、それに対するギルの批判もおかしい。まず英米が反捕鯨を主張するようになったのは、経済的に引き合わなくなって捕鯨業から撤退した後になってからである。エコロジカルな理由で捕鯨を止めたのではない。むしろ経済的理由で捕鯨業から撤退していたからこそ、安心して反捕鯨をエコロジカルに主張できたのである。後で述べるが、こういう政治的駆け引きは72年のストックホルム国際環境会議で突如捕鯨問題が取り上げられたことにもつながっている。この辺の政治的洞察がギルには欠けている。

 もっともギルは、米国がイルカの保護に乗り出していること、その実現にあたってはイルカを巻き込むマグロ漁に反対して国民がツナ〔マグロ=鮪〕をボイコットしたことが大きいとしているが、この辺は甘ちゃんの寝言としか言いようがない。都市住民はいくら好物をボイコットしようがそれで食物がなくなるわけではない。しかしマグロ漁を行う漁民からすれば、マグロが売れないと生計そのものが危ういのである。その点で都市住民と漁民には大きな「権力」の差がある。自然をロマンティックに見る多数の都市住民の横暴に過ぎないものを美化するギルの論法を、右で挙げた『反=日本人論』でのファンダメンタリストやエコロジーに関する妥当な認識と比較してほしい。後退ぶりは明らかだろう。こと鯨イルカ類となると、ギルの知的レベルは大幅に低下してしまうのだ。

 レーガンとグリーンピースとの関係だが、ギルがレーガンを嫌っているらしいことはだいぶ後の(捕鯨とは無関係の)記述からも分かるが、嫌っていようがいまいがレーガンが政策を(積極的にであれ嫌々であれ)行う時、米国大統領として行っていることをギルは忘れている。つまり、軍事的・経済的・政治的に世界最強の国家の大統領として行っているということだ。基本的にそれは「力による政治」である。反捕鯨はその意味で、ギルの嫌うレーガン流の政治そのものに他ならない。ギルはグリーンピースが反体制派であると言いたいらしいが、米国の反体制派が外国に向かって何かを主張する時、必ずそこには超大国たる自国の力が背景にあるのであって、そのことが分からないで自国反体制派を持ち上げるのはナイーヴに過ぎる。例えばアイスランドは、米国内での魚製品輸入ボイコットにあって捕鯨を中止せざるを得なかったが、逆のことが可能かどうか、ギルは考えてみるべきだろう。アイスランド国民が米国内の何らかの習慣を気に入らなかったとして、輸入ボイコットによって米国民の習慣を変えられるだろうか。ギルに欠けているのはこうした国家間の力関係への洞察であり、それは彼が根本的に政治音痴である証左なのである。

三浦淳「反捕鯨の病理学 第3回」
 突飛な、飛躍した、あるいは的外れな連想なのかもしれないが、レーガンもトランプも共和党の大統領だし、その政治スタイルはある意味で似ている。つまり「強いアメリカ」である。

 この文中のレーガン大統領とグリーンピースあるいはロビン・ギル氏の関係は、トランプ大統領とラピノー選手の関係に、かなりの程度で置換できるのではないか……などと考えてしまったのである。

 ラピノー選手が嫌っていようがいまいが、トランプが政策を(積極的にであれ嫌々であれ)行う時、米国大統領として行っている。つまり、軍事的・経済的・政治的に世界最強の国家の大統領として行っている。

 ラピノー選手は自身が反トランプであることをアピールしている。だが、米国人たるラピノー選手が外国に向かって、サッカー選手の男女同一報酬などを主張できるのは、必ずそこには超大国たる母国=米国、かつ世界の女子サッカーの超大国としての米国、なおかつ尖鋭的なポリティカルコレクトネス(ポリコレ,PC)の国=米国の政治力・権力が背景にあるからである。その点ではドナルド・トランプと似たようなものだ。

 そのことが分からないで、ラピノー選手を積極的に報じる(持ち上げる?)、BuzzFeed Japan やニューズウィーク日本版、ハフィントンポスト日本版のようなメディアは、少しナイーブではないのか。

 アナロジー(?)にも似た両者の関係に、皮肉じみたものを感じたのである。

 この度のサッカー女子アメリカ合衆国代表は、対戦相手への敬意を欠いた数々の不遜な振る舞いでも話題もしくは問題になった。この辺の行儀の悪さとラピノー選手の言動は、コインの両面にも思える。

 野球のアメリカ大リーグ(MLB,メジャーリーグ)では、試合において、対戦相手を必要以上にコケにしてはいけないというアンリトンルール(不文律)があるというのに、同じ米国でも随分違うものである。

 野球やバスケットボールの主流国は米国だが、サッカーの主流は欧州の主要国である。これらの国々のサッカー関係者が、女子アメリカ代表に関して、心の内で舌打ちしているのではないかなどと心配するのである。

(了)



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男女日本代表敗退で再び火が付いた自虐的日本サッカー観
 1年前の今頃、2018年6月は……。サッカー日本代表はロシアW杯で惨敗するだろう。そして、またぞろネット世論を含めたサッカー論壇は、自虐的な日本サッカー観(日本人論・日本文化論から見たネガティブな日本サッカー観)で溢(あふ)れかえるだろう……などと、すっかり悲観的になり、喚(わめ)きたてていた。


 ところが、西野ジャパンは下馬評を覆(くつがえ)して1次リーグを突破した。本当に恥ずかしい。

 2018年ロシアW杯では、日本代表が一定の成果を収めたために、奇妙キテレツで自虐的な「サッカー日本人論」の類は、あまり流行(はや)らかなったように思われる(もっとも,NHKのドキュメンタリー番組「ロストフの14秒」での,イビチャ・オシム氏の首を傾げたくなるような発言はあったけれども)。


 しかし……。

 2019年6月になって、日本女子代表「なでしこジャパン」がフランス女子W杯のベスト16で敗退、男子日本代表がコパアメリカ(南米選手権)の1次リーグで敗退(さらに20歳以下の男子日本代表が,U20ワールドカップのベスト16で敗退)……という、各カテゴリーの日本代表が「不完全燃焼」で終わる事態が続き、前年は不発だった「火薬」=自虐的な日本サッカー観が、サッカー論壇で「再着火」している気配がある。

「決定力不足」という「日本人」の病!?
 男女の日本代表とも、共通の課題があるとされていて、例えば「決定力不足」である。


 宇都宮徹壱氏は次のように語る。
 もっとも、決定力不足に関しての森保一監督の認識は……決して森保監督のオリジナルではなく、最後の外国人指揮官である〔「現時点で最後」と書くべきでは?〕ヴァイッド・ハリルホジッチ監督も、繰り返し述べてきたことだ。


 さらにさかのぼればジーコ監督時代の15年くらい前にも、日本の「決定力不足」は盛んに指摘されていた。今となっては信じられないだろうが、〔2006年〕W杯ドイツ大会に出場していた時にも、試合前に繰り返しシュート練習が行われていたのである(結局、この大会で日本は2ゴールしか記録していない)。このように「決定力不足」は、日本代表にとって根深い歴史的な課題であり、そこだけをクローズアップしてしまうと問題の本質を見失う危険性をはらんでいる。

 宇都宮徹壱氏が「〈決定力不足〉は,日本代表にとって根深い歴史的な課題」と言っているのは、単純に昔からそうだという意味ではなく、文脈上、一朝一夕に変えようがない日本(人)の国民性や文化といった次元で「根深い歴史的な課題」という意味である。これは「サッカー日本人論」である。どうしても宇都宮徹壱氏は、日本人論・日本文化論の「まなざし」で日本サッカーを見てしまう傾向がある。

 だから、あのジーコの名前とエピソードも登場する。ジーコは、その経歴を見る限り、特別優秀なサッカーの監督・コーチとは言えない。けれども、日本人の自虐的な日本サッカー観を大いにくすぐる人なのである。宇都宮徹壱氏や西部謙司氏は、熱烈なジーコ信奉者のそぶりは見せないが、しかし、どうしてもジーコを見限れないという人でもある。



 そんな折も折、ジーコが来日して、昨今の日本サッカーの決定力不足を嘆き、「これを改善しない限り,日本のサッカーは2020年の東京オリンピックでもよい結果を残せないだろう」とか何とか、また宣(のたま)ったのだという。*


 アンタにだけは言われたくはないわ……というサッカーファンもいると同時に、ジーコの発言に過剰反応する幼気(いたいけ)なサッカーファンもいる。


 ジーコ発言にこうした反応を見せることで、自身のサッカー観の賢しらを誇示する。その発言が日本人論がかっている。これこそ「自虐的サッカー観」である。こういう人たちに対しては、やはり、藤島大氏の「ジーコのせいだ」をあらためて援用せざるを得ない。


 2006年のドイツW杯の期間中、にジーコ監督が日本人の選手たちにシュート練習をさせていたことは、むしろ、ジーコの監督能力を疑わせるエピソードである。本来、いわゆる「日本サッカーの決定力不足」とは別問題なのに、いっしょくたにしてしまっている宇都宮徹壱氏などを見ていると、やはりジーコ・ジャパンとは日本のサッカー評論、サッカー観のリトマス試験紙なのだと感じてしまう。

「脳科学」的に「日本人」監督の采配能力は著しく劣っている!?
 もうひとつの共通の課題は監督の采配、より具体的には「監督の消極的な交代策」である。男女のサッカー日本代表(森保一氏,高倉麻子氏)とも、例えば、選手の交代が遅い、1試合の交代枠(3人)を余らせてしまう、選手を交代させても試合の流れを積極的に変えるものではない……等々の理由で、勝てる試合を失い、日本代表は早々と敗退したというものである。

 この件について、何か面白いネタがネット上にあるかもしれないと思って検索をしていたら、とても興味深いツイートが釣れた。「日本人」の監督は脳科学的(!)に、そして統計的(!)に能力が劣っていることが明らか(!)なのだという。


 しかし、ここでいう「脳科学」とは、誰の、どういう研究・学説なのだろうか? どうせ中野信子みたいな俗流なんじゃないのか……とか、「日本人」と他の人類を分ける(自然科学的な?)定義ってあるのだろうか……とか、その「日本人の脳」をどうやって分析したのか……とか、いろいろツッコミたくなるところではある。

 こうした「脳科学」による日本サッカーの「分析」には、デジャブ(既視感)がある。日本代表が「惨敗」した2014年ブラジルW杯の3か月後、テレビ東京系のサッカー番組「FOOT×BRAIN」が(疑似科学だと批判されている)脳科学者・中野信子を出演させてしまったことがある。
FOOT×BRAIN「目からウロコ!脳科学から見るサッカー上達法!」
2014年9月27日

中野信子_サッカー_フットブレイン1

中野信子_サッカー_フットブレイン2

中野信子_サッカー_フットブレイン3


 くだんのツイートは、中野信子をゲストに迎えた時の「FOOT×BRAIN」を思い出させる。一方、中野信子のような「脳科学者」にはいろいろと疑義が提出されている。

 「日本人がサッカーで弱いのは科学的にも証明されている」という話。要は、日本サッカーが「世界」で負けると頻出する疑似科学的日本人論の一種である。

いよいよ「なでしこジャパン」言説まで日本人論化するのか?
 またまた、話はサッカー日本代表が「惨敗」した2014年のブラジルW杯になる。

 小説家で、サッカー関連の著作もある星野智幸氏が「日本のサッカーのうち,男子日本代表は〈日本的〉であるがゆえに愚劣だが(ただし本田圭佑のような〈日本人離れ〉したキャラクターを除く),女子日本代表〈なでしこジャパン〉は誇るべきものである」といった意味合いの、自虐的日本サッカー観に満ちたエッセイを書いていた(星野智幸「ガーラの祭典」@『エンタクシー』42号掲載,下記リンク先参照)。

 つまり、サッカー女子日本代表「なでしこジャパン」は、自虐的な日本サッカー観やサッカー日本人論の「枠の外」に置かれてきた。しかし、2019年フランス女子W杯の意外に早い敗退を受けて、またその評価を受けて、いよいよ日本女子サッカー&なでしこジャパン言説も、いよいよそうした風潮に呑み込まれてしまったかのような反応が散見される。

 現時点(2019年6月)の時点では、それはハッキリとは見極めがつかない。「要経過観察」といったところか。そのように「発症」してしまったと確信できたら、あらためて論考したい。

 いずれにせよ、こういう思考や精神は、日本サッカーの批評にも創造にもつながらない。

(了)



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 日本人は、サッカーが苦手な民族である……。

 ……スポーツライター玉木正之氏は、多くの人々にそう印象づけたいと思っている。そのために、さまざまな(怪しい)理論を持ち出してくる。のみならず、もっともらしい「事実」まで私たちの前に突きつけてくる。

 最近の例としては、2016年,新潮文庫,玉木正之編『9回裏2死満塁 素晴らしき日本野球』、編者・玉木氏自身による巻末解説である。

 日本人は野球には秀でているものの、サッカーは苦手な民族かもしれない……。
 とはいえ、1993年のJリーグの誕生とサッカー人気の上昇によって、日本人のあいだに〔野球のような〕団体行動とは異なる〔1人1人が異なるプレイをしつつ、1つのチームとして機能しなければならないサッカーのような〕チームプレイの意識も浸透してきたように思える。が、サッカーの日本代表チームが、まだ世界ランキング〔FIFAランキング〕で40位代〔台〕をうろついている一方、フリースタイル・フットボール(一人でリフティングの妙技を競うスポーツ)では世界王者〔徳田耕太郎選手〕が誕生するなど、サッカーの世界でも、チームプレイよりも個人プレイに秀でた日本人の伝統(蹴鞠の伝統?)が表れているかもしれない。
玉木正之編『9回裏2死満塁 素晴らしき日本野球』(新潮文庫)2016年
 ……日本にプロリーグ(Jリーグ)が誕生しようが、少しばかり人気が上がろうが、フリースタイルの世界王者が誕生しようが、日本のサッカーなんてFIFAランキング40位台、所詮その程度。やっぱり日本人はサッカーが苦手な民族なのだと、玉木氏は言いたげである。

 当ブログがFIFAランキングをじっくり読むのはほとんど初めてだから、分析が浅薄かもしれない(と、逃げを打っておいて)。とにかく「サッカーの日本代表チームはFIFAランキングで40位台をうろついている。だから日本のサッカーは……」という玉木正之氏のネガティブな評価がどこまで妥当なのか? 2017年4月のFIFAランキングをもとに考察してみた。
FIFAランキング201704
FIFAランキング公式サイトへ】

 この時点のFIFAランキング・トップ3は上位からブラジル,アルゼンチン,ドイツというおなじみのサッカー超大国、4位チリ,5位コロンビア,いずれも南米のサッカー強国だ。そして、ユーラシア大陸の東端,日本のランキングは44位である。なるほど「サッカーの日本代表チームは、まだFIFAランキングで40位台をうろついている」。

 それでは、「FIFAランキング40位台をうろついている」のは他にどんな国々があるのか?

順位 国名 備考
40位 ナイジェリア 1998、2014W杯16強。1996五輪優勝ほか
41位 コンゴ民主 1974W杯出場。1974アフリカ選手権優勝ほか
42位 チュニジア 2006W杯出場。2004アフリカ選手権優勝ほか
43位 韓国 W杯出場アジア最多。2002W杯「4強」ほか
44位 日本 サッカーが苦手な民族を自称する国
45位 ガーナ 2010W杯8強。アフリカ選手権優勝4回ほか
46位 チェコ W杯準優勝2回。FIFAランキング最高2位ほか
47位 ルーマニア 1994W杯8強、1998W杯16強ほか
48位 コートジボワール 2014W杯で日本に逆転勝ちほか
49位 セルビア 東欧のブラジルこと旧ユーゴの構成国ほか

 なんだ、みんないっぱしのサッカー国じゃないか! さらに、これより下の50位から55位まで見ると、オーストラリア,デンマーク,サウジアラビア,モロッコ,アルジェリア,スロベニア、これまたいっぱしのサッカー国である。

 日本人はサッカーが苦手な民族である……と、玉木正之氏は言う。それならば、これらの国々もサッカーが苦手な民族または国民なのだろうか?

 これらの国々に何か共通点があるとすれば、どの国のサッカーも時代によって代表チームの実績に浮き沈みがあることかもしれない。日本の場合も、1968年のメキシコ・オリンピックの銅メダルの少し後、70年代初めから1992年のアジアカップ優勝まで20年あまり低迷していて、俗に「日本サッカー冬の時代」などと言われた。

 しかし、そういう国はランキングのトップ10クラス、10位台~30位台にもありふれている(ランキング40位台より上位には2016年欧州選手権の本大会に出場した国が多い)。むしろ、ブラジル,アルゼンチン,ドイツのようなサッカー超大国こそ例外なのである。

 むろん、この地位で満足していいとは思っていない。日本もいつかは世界の頂点に立ってほしい**し、できればFIFAランキングも常時30位以内をキープできるぐらいにはなってほしい。

 「サッカーは世界のスポーツ」などと、かねてより言われていたはずだ。サッカーは、毎回ワールドカップ本大会に出てきて優勝を狙うようなサッカー超大国だけで成り立っていない。FIFAランキングで30位台、40位台、50位台をうろついている国々こそ、サッカーの「世界性」を支えている。

 そして、日本もサッカーの世界性の一端を担っている。FIFAランキング40位台の日本サッカーって、そこまで酷いだろうかか?

 要するに、玉木正之氏は、一部のサッカー超大国と比べて日本のサッカーはこんなに劣っているという、ありがちな「ためにする議論」をしているだけなのである。



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