スポーツライター玉木正之氏の知的誠実さを問う

日本のサッカーカルチャーについてさまざま論じていきたいと思っています。

タグ:秋山陽一

『スポーツとは何か』が古今東西の古典と同格の名著だって!?
 スポーツライター・玉木正之氏の代表的な著作ではあるが、しかし実のところはトンデモ本である『スポーツとは何か』(講談社現代新書,1999年)が、九州大学附属図書館が選ぶ【九大100冊】に選ばれたという知らせを聞いて愕然としている。
2023年4月22日(土)つづき
 書き忘れましたけど拙著『スポーツとは何か』(講談社現代新書)が九州大学付属図書館の「九大100冊」に選ばれています!!

スポ-ツとは何か (講談社現代新書)
玉木 正之
講談社
1999-08-20


 これは《九州大学の先生方の推薦をもとに選ばれた100冊.時を経ても色あせないパワーを持った本ばかりです》とのことで何と!!

 ソフォクレスの『オディプス王』〔ママ〕から始まって『ハムレット』『罪と罰』『若きウェルテルの悩み』『武器よさらば』『変身』『異邦人』から『徒然草』『方丈記』『奥の細道』『こころ』『羅生門』『金閣寺』などが並んでいます!!

 それに『ビーグル号航海記』『ファーブル昆虫記』『ガロアの生涯』さらに『論語』『ソクラテスの弁明』『方法序説』『野生の思考』『武士道』『夜と霧』『きけわだつみのこえ』『きみたちはどう生きるか』『苦海浄土』など並んで小生〔玉木正之〕が書いた一冊『スポーツ〔と〕は何か』が97番目に紹介されているのです!!

 どの先生が推薦してくださったのか知りませんがコレほど嬉しいことはありません!!

 お礼を言うのもオカシイですがありがとうございました。このホームページを教えてくださった小野俊太郎さんにもサンキュー・ベリベリーマッチです!!

 100番目に選ばれている本がビアスの『悪魔の辞典』というのも嬉しいですね。

玉木正之「タマキのナンヤラカンヤラ バックナンバー 2023年4月」http://www.tamakimasayuki.com/nanyara/bn_2304.htm


  • 参照:九州大学附属図書館「九大100冊: no.81 - no.100」https://guides.lib.kyushu-u.ac.jp/qu100/qu100_5
 狂気! 絶句! 九州大学は本邦の最高学府の中でも特に高い格式を持つ旧帝国大学の一角をなす大学である。その九州大学が、それこそ「どの先生が推薦してくださったのか知」らないけれども、『スポーツとは何か』などというトンデモ本を「ソフォクレスの『オイディプス王』から始まって『ハムレット』『罪と罰』『若きウェルテルの悩み』」……等々、古今東西の古典や名著と同格の著作として紹介することには暗澹たる思いがする。

 九州大学および九州大学附属図書館の知性すら疑いたくなる話でもある。

ラグビー史研究家・秋山陽一氏による『スポーツとは何か』批判
 『スポーツとは何か』のどこがトンデモ本なのか?

 この本を刊行当時から批判していた人にラグビー史研究家の秋山陽一氏がいる(氏は,知的に誠実で実証的なラグビー史研究家である)。秋山陽一氏は、自身のウェブサイト「日本フットボール考古学会」で『スポーツとは何か』を次のように痛罵していた。
The severe heat of late summer〔夏の終わりの厳しい暑さ〕
 話は変わるが、講談社現代新書の新刊に〔ママ〕『スポーツとは何か』はひどい本だ。ナンバーの書評で誉めているが中身を読んで論評しているのか疑ってしまう。本の宣伝文句は、「スポーツ後進国・日本への直言!」となっているが、こんな内容が25年にわたつて〔ママ〕スポーツライターを続けてきた筆者〔玉木正之氏〕の総決算なら、その25年は無駄なものだったと断言しよう。

 都合のいい結論のために史実が歪め〔られ〕ていいというのだろうか。蒸し暑い9月が一層不快になる。

1999年9月15日 常任幹事 A-QUI〔秋山陽一〕[リンク先


6
【「日本フットボール考古学会」より(クリックすると拡大します)】


秋山陽一
【秋山陽一氏プロフィール(クリックすると拡大します)】
 秋山陽一氏がズバリ指摘したように、玉木正之氏とは「自身にとって都合の良い結論のために史実を歪曲するスポーツライター」なのである。中でも、その代表的著作である『スポーツとは何か』は史実の歪曲だらけ、だからトンデモ本なのである。

 順を追って説明する。

アメリカ人にとって野球は「演劇」の代替文化である???
【史実の歪曲 その1】野球やアメリカンフットボールなどのアメリカ生まれの球技スポーツは、サッカーやラグビーなどイギリス・ヨーロッパ生まれの球技スポーツと違って「中断」が多い。その理由は、開拓時代に劇場を建てられなかったアメリカでは演劇文化に乏しく、アメリカ人が演劇やオペラの代わりにプレーの最中に観客の想像の余地を残す「ドラマ」を求めたからである。

『スポーツとは何か』34頁より
 この説のオリジナルは作家・評論家の虫明亜呂無である(『虫明亜呂無の本(3)時さえ忘れて』)。虫明亜呂無は今のなおカリスマ視されるスポーツライターでもあるのだが、彼のことを崇拝・盲信する玉木正之氏は、その考えが絶対的に正しいのだと信じ切って拡散している。

時さえ忘れて (ちくま文庫 む 7-2)
虫明 亜呂無
筑摩書房
1996-06-01


 しかし、これは端的に間違い。理由は少しも実証的ではないからである。この点については、プロの学者であり、プロの野球史研究家でもある鈴村裕輔氏(野球文化學會会長,名城大学外国語学部准教授)も次のような苦言を呈している。
 野球などの米国生まれの球技が〔サッカーやラグビーなど英国・欧州生まれの球技と違って〕「作戦タイム」を設けてまで試合を中断させるのは、開拓時代に劇場を建てられなかったため演劇や歌劇の代わりにスポーツの中に「ドラマ」を求めたからという説が唱えられているものの、こうした説は野球史の研究において実証的に支持されているものではありません。

 いわば珍奇な説があたかも定説であるかのように紹介されることは、読み手に不要な誤解を与えかねないものです。

鈴村裕輔「隔靴掻痒の感を免れ得なかった玉木正之氏の連載」(2021/03/02)https://researchmap.jp/blogs/blog_entries/view/76353/9a7f93942afb88bf7cbe9f37ae33d509?frame_id=435622
 勘違いも多い。虫明亜呂無や玉木正之氏は、アメリカ生まれの球技にばかり「中断」があると考えている。だが、イギリス生まれの球技には、イギリス本国や、オーストラリア、インドといった英連邦諸国で人気があるクリケット、すなわち野球の親戚のような球技(バット・アンド・ボール・ゲーム)が存在していることを忘れている。この球技には「中断」が頻繁にある。

クリケット
【クリケット】

野球
【野球(ベースボール)】

 また、ハリウッドの映画やブロードウェイのミュージカルなどが盛んなアメリカが、ヨーロッパと比べて演劇文化が乏しいなどとはとても信じられない。イギリス生まれの喜劇俳優・映画俳優チャールズ・チャップリンは、アメリカの演劇や映画に大きな可能性を見出して渡米したはずだ。

 つまり、玉木正之氏と氏が依(よ)る虫明亜呂無の説は正しいとは言えない。

日本野球の「応援団」は邪道である???
【史実の歪曲 その2】日本のプロ野球(NPB)の観客には騒がしく耳障りな「応援団」が存在するけれども、アメリカの大リーグ野球(MLB)の観客には存在しない。この日米の観戦流儀の違いは、アメリカの野球にはきちんとしたルールが定まる近代以前からの長い歴史がある一方で、日本は近代(明治)に入ってから野球を「輸入」したという歴史の違いである。

『スポーツとは何か』42~46頁より
 この説のオリジナルはスポーツ社会学者・中村敏雄である(『メンバーチェンジの思想』,遺憾ながら当ブログ未読)。中村敏雄もまた、日本のスポーツ論壇でカリスマ視される人である。虫明亜呂無の場合と同様、中村敏雄をこれまた崇拝・盲信する玉木正之氏によると、その詳細はつぎのようなものである。<A>

 アメリカの野球、イギリスのサッカーやラグビー、日本の相撲(大相撲)など、近代以前、近代的なルール制定以前から長い歴史があるスポーツには、見物人の「飛び入りの自由」が許された長い歴史があった。そのために見物人=観客は「応援」などという、選手がそのスポーツを競技することとは直接関係ないパフォーマンスに興じることはない。

 しかし、アメリカンフットボールやバスケットボールなど19世紀末に創られたスポーツや、日本のように近代(明治)に入ってからスポーツ(野球など)が伝来した国のスポーツ文化には、選手と見物人が最初から分かれている。そのため「見るだけの人」の欲求不満が募り、独自のパフォーマンスを行う「応援団」を生みだすのだ。

玉木正之「スポーツに応援団は不要」
【玉木正之「スポーツに応援団は不要?!」】

 何とも不可思議な説だが、これも端的に間違い。人や物や情報の国際的な交流が盛んになって、世界各国のスポーツの観戦文化、応援文化が変容しているからだ。

 前近代、観客の「飛び入り自由」の歴史や文化があるはずのアメリカ大リーグ野球にも、「トマホークチョップ」(アトランタ・ブレーブス)や「ベイビーシャーク」(ワシントン・ナショナルズ)といった、「スポーツの試合で(集団的に)歌を歌ったり声をかけたりして味方のチーム・選手を元気づけること」すなわち「応援」の文化が存在する。

 イギリスのサッカーも、昔はアメリカ大リーグ野球と同様、観客に「応援」の文化は存在しなかったが、欧州大陸や南米のサッカー文化に影響されてサポーター(応援団)の文化が醸成された(デズモンド・モリス『サッカー人間学』)。

サッカー人間学―マンウォッチング 2
デズモンド・モリス
小学館
1983-02T


The Soccer Tribe
Morris, Desmond
Rizzoli Universe Promotional Books
2019-03-26


 大相撲の観戦でも、最近では観客が「朝乃山」や「御嶽海」といった贔屓(ひいき)の力士の四股名がプリントされた手ぬぐいを掲げ、四股名をコールする場面が目立っている。これなどは、サッカーのサポーターやNPBの応援団に影響されたものだろう。

 そこに、各々スポーツ競技の「近代/前近代」の違い、または「飛び入りの自由/不自由」の違いなどというものは存在しない。

 つまり、玉木正之氏が依る中村敏雄の説は正しいとは言えない。

大化の改新のキッカケは「蹴鞠」じゃない???
【史実の歪曲 その3】古代日本史上の一大事件「大化の改新」(645年)。この改革を主導した中大兄皇子と中臣鎌足が知己を得たのはボールを足で蹴る「蹴鞠」の会であるとされてきた。しかし、これは間違いであり、正しくはフィールドホッケー風の球技である。

『スポーツとは何か』82頁より
 この逸話を記した『日本書紀』皇極天皇紀には、中大兄皇子と中臣鎌足が邂逅した古代日本の球技は「打毱」の会と表記されている。この「打毱」は、マリ(ボール)と一緒に靴が脱げていったと記述にあることから、従来は「蹴鞠」であると思われてきた。

 ただし、これには異議があり「打毱」はスティックでボールを打つフィールドホッケー風の「打毬」または「毬杖」と呼ばれる球技ではないかと唱える人もいる。この異論の存在自体は間違いではない。この「打毱」は訓詁注釈によって解釈に違いがあり、岩波文庫版の『日本書紀』では蹴鞠、小学館版の『日本書紀』では打毬と解説している。どちらが正しいか、あくまで学問的には未決着である。

日本書紀 4 (ワイド版岩波文庫 233)
坂本 太郎
岩波書店
2003-10-16


 玉木正之氏が疑わしいのは、学問的には判別されていない「打毱」の正体を、彼自身の独善的な思い込みと都合のいい結論のために蹴鞠説を退け、打毬=フィールドホッケー風球技説の方が絶対的に正しいと思って拡散していることだ(次のリンク先参照)。
  • 参照:大化の改新と蹴鞠(40)~玉木正之説の総括,批判,あるいは超克(2017年10月26日)https://gazinsai.blog.jp/archives/26512149.html
 氏の知名度から彼の主張を信じてしまいそうだが、その説は正しいとは言えない。

もともと日本人はサッカーより野球を好む国民性だった???
【史実の歪曲 その4】明治初期の日本で野球(ベースボール)の人気がサッカーやラグビー(といったフットボール系の球技)の人気よりも先行した理由は、日本人が集団での戦い(フットボールのようなチームプレー)よりも1対1の対決(野球のおける投手vs打者の対決)を歴史的・文化的にも好んでいたからである。

『スポーツとは何か』168頁より
 この説のオリジナルは宗教学者の中沢新一氏(月刊誌『現代』1988年10月号での発言,次に掲げる写真を参照)で、これを面白いと思った玉木正之氏がさかんに拡散した。しかし、これも端的に間違い。なぜなら、日本で他の球技スポーツに先んじて野球が普及し始めた頃、明治10~20年(1877~1887年)頃の野球のルールは現在のそれとは大きく違っていたからである。

「現代」(講談社)1988年10月号より
【『現代』1988年10月号より(クリックすると拡大します)】

 当時の野球のルールでは、投手はボールを投げるのではなく、ベルトの下から下手投げで速度の遅い球を抛(ほう)らなければならず、ストライクゾーンは極端に狭く……。投手は打者が打ちやすい球をひたすら抛り続けなければならなかった。明治時代の文人・正岡子規が野球選手だった当時はこのルールでプレーされていたのである。

 とにかく、このルールでは、打者の方が圧倒的に有利で、投手が自身の技量力量で打者を抑え込むということは非常に難しい。だから野球を「投手vs打者の1対1の対決」のスポーツと見なすことも難しい。

 つまり、玉木正之氏が依る中沢新一の説は正しいとは言えない。

玉木正之氏のスポーツ「学」は似非学問である
 俗耳には、玉木正之流のスポーツ史観やスポーツ文化論は面白いのかもしれない。しかし、それは事実(史実)や実証という学問的観点からはほとんど疑わしい。

 これまであげつらってきたに、玉木正之氏のスポーツ「学」はほとんど似非学問である。その似非学問を、よりによって九州大学と九州大学附属図書館がお墨付きを与えてしまった。

 このことは、日本において実は「スポーツ」なり「スポーツ学」というものが非常に軽んじられているということを表している。

 嘆かわしい話だ。





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今度は『スポーツ・ジャーナリズム』という本を玉木正之氏は出すようだ
 玉木正之氏の公式サイトの中にある日記「タマキのナンヤラカンヤラ」(http://www.tamakimasayuki.com/nanyara.shtml)を3月~4月分を読んでみると、玉木氏は現在『スポーツ・ジャーナリズム』という本を、今度は書下ろしで執筆中らしい。2021年の内に刊行されるのだろうか?
  •  2021年3月20日(土):終日デスクワーク。ボチボチ『スポーツジャーナリズム論』の書き下ろし作業を始める。スポーツ・ジャーナリストがスポーツ・スポークスマンに堕し始めてますからね。書かねば。……スポーツジャーナリズム論は構成が難しいなぁ……と思いながら過去に書いた原稿を整理。
  •  2021年3月24日(水):終日デスクワーク。『スポーツ・ジャーナリズム』の目次作りをしているとイロイロ電話。明日からの聖火リレーについて……
  •  2021年3月25日(木)つづき:終日デスクワーク『スポーツ・ジャーナリズム』の書き下ろしの構成を考える。
  •  2021年3月27日(土)『スポーツ・ジャーナリズム』の仕事に助走を開始。この一冊を書き出す助走は長かったなあ。大いなる助走(笑)。
  •  2021年3月28日(日):コツコツと『スポーツジャーナリズム論』の作業。公共財産であるスポーツをジャーナリズムを担うべきメディアが支配してることの罪を告発するのが本書の目的ですね。
  •  2021年3月29日(月):終日デスクワーク。日本のスポーツ・ジャーナリズムの歴史を纏め直す。日本のジャーナリズムは大坂夏の陣の米相場への影響を江戸に伝えたことに始まるのですね。
  •  2021年4月1日(木):終日改めてスポーツジャーナリズムについての勉強。日本にジャーナリズムが根付かないのは……
  •  2021年4月2日(金):終日『スポーツ・ジャーナリズム』の単行本についてああでもないこうでもないと悩む。これはけっこう面白い作業ですね。
  •  2021年4月6日(火):終日デスクワーク。スポーツジャーナリズムの原稿をまとめ始める。マスメディア批判の書になるのは仕方ないなぁ……なんて思っていたら某マスメディアの某氏から電話。情報交換の雑談。
 ……玉木正之ウォッチャーとして、これは純粋に楽しみですね(笑)。

史実を歪曲するスポーツライター=玉木正之氏
 スポーツ界で何かあると、マスコミが真っ先にコメントを取りに行く「識者」がスポーツライター・玉木正之氏である。玉木氏はまた、筑波大学や立教大学といったさまざまな大学で「学者」として「スポーツ学」を講じている。それではスポーツの「識者」として玉木氏の内実はどうなのか?

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【玉木正之氏】

 ラグビー史研究家の秋山陽一氏は、玉木正之氏のことを「自分にとって都合のいい結論のために史実を歪曲するスポーツライター」と辛辣に批判している。実際、玉木正之氏の著作や文献からは、疑わしいスポーツ史観やスポーツ文化論がさまざま見られる。

 まあ、玉木正之氏の著作は、『スポーツとは何か』でも、『日本人とスポーツ』でも、『スポーツ解体新書』でも、『スポーツ 体罰 東京オリンピック』でも、『今こそ「スポーツとは何か?」を考えてみよう!』でも、たいていそうなのだが、同じようなスポーツ史観やスポーツ文化論の定番ネタが出てくる。みんなデタラメであるが(爆)。

 その定番ネタは5つくらいある。今度の『スポーツ・ジャーナリズム』の本でも3つか4つくらいは登場するのではないだろうか? 玉木正之氏の読者は、賢いスポーツファンになるために、玉木正之説のどこがおかしいのか、間違っているのか、おさらいしてみましょう。

その1:民主主義社会が豊かなスポーツ文化を生む?
 【1】民主政治が発達した古代ギリシャや近代イギリスがそうだったように、非暴力を旨とする民主主義社会だからこそ豊かなスポーツ文化が繁栄する。

 この説のオリジナルはノルベルト・エリアス(イギリスの社会学者,哲学者)であるが、端的に間違い。なぜなら、世界史上、古代ギリシャと近代イギリスだけがスポーツが盛んだったワケではないからである。例えば、民主主義的な普通選挙ではなく非民主主義的な制限選挙の時代だった近代以前、「近世」のイギリスでも「スポーツ」が盛んだったからである。

 そして、この当時の「スポーツ」とは、素手で殴り合うボクシングや防具を付けずに棒で叩き合う棒試合など(人vs人)、闘犬や闘鶏など(動物vs動物)、人が鶏をいたぶる「鶏撃ち」など(人vs動物)。流血や殺生を伴う残酷かつ野蛮で暴力的な娯楽を「スポーツ」と呼んでいたのである(この辺の事情は松井良明著『近代スポーツの誕生』に詳しい)。

 つまり、玉木正之氏が依(よ)るノルベルト・エリアスの説は正しいとは言えない。

その2:もともと日本人はサッカーより野球を好む国民性だった?
 【2】明治初期の日本で野球(ベースボール)の人気がサッカーやラグビー(といったフットボール系の球技)の人気よりも先行した理由は、日本人が集団での戦い(フットボールのようなチームプレー)よりも1対1の対決(野球のおける投手vs打者の対決)を歴史的・文化的にも好んでいたからである。

 この説のオリジナルは宗教学者の中沢新一氏(月刊誌『現代』1988年10月号での発言)で、これを面白いと思った玉木正之氏がさかんに拡散した。しかし、これも端的に間違い。なぜなら、日本で他の球技スポーツに先んじて野球が普及し始めた頃、明治10~20年(1877~1887年)頃の野球のルールは現在のそれとは大きく違っていたからである。

「現代」(講談社)1988年10月号2
【『現代』1988年10月号より】

 当時の野球のルールでは、投手はボールを投げるのではなく、ベルトの下から下手投げで速度の遅い球を抛(ほう)らなければならず、ストライクゾーンは極端に狭く……。投手は打者が打ちやすい球をひたすら抛り続けなければならなかった。明治時代の文人・正岡子規が野球選手だった当時はこのルールでプレーされていたのである。

 とにかく、このルールでは、打者の方が圧倒的に有利で、投手が自身の技量力量で打者を抑え込むということは非常に難しい。だから野球を「投手vs打者の1対1の対決」のスポーツと見なすことも難しい。

 つまり、玉木正之氏が依る中沢新一の説は正しいとは言えない。

その3:アメリカ人にとって野球は「演劇」の代替文化である?
 【3】野球やアメリカンフットボールなどのアメリカ生まれの球技スポーツは、サッカーやラグビーなどイギリス・ヨーロッパ生まれの球技スポーツと違って「中断」が多い。その理由は、開拓時代に劇場を建てられなかったアメリカでは演劇文化に乏しく、アメリカ人が演劇やオペラの代わりにプレーの最中に観客の想像の余地を残す「ドラマ」を求めたからである。

 この説のオリジナルは作家・評論家の虫明亜呂無である(『時さえ忘れて』)。虫明亜呂無は今のなおカリスマ視されるスポーツライターでもあるのだが、彼のことを崇拝・盲信する玉木正之氏は、その考えが絶対的に正しいのだと信じ切って拡散している。しかし、これも端的に間違い。

時さえ忘れて (ちくま文庫)
虫明 亜呂無
筑摩書房
1996-06T


 なぜなら、虫明亜呂無や玉木正之氏は、アメリカ生まれの球技にばかり「中断」があると考えている。だが、イギリス生まれの球技には、イギリス本国や、オーストラリア、インドといった英連邦諸国で人気があるクリケット、すなわち野球の親戚のような球技が存在していることを忘れているからである。この球技には「中断」が頻繁にあるからである。

 また、ハリウッドの映画やブロードウェイのミュージカルなどが盛んなアメリカが、ヨーロッパと比べて演劇文化が乏しいなどとはとても信じられない。イギリス生まれの喜劇俳優・映画俳優チャールズ・チャップリンは、アメリカの演劇や映画に大きな可能性を見出して渡米したはずだ。

 つまり、玉木正之氏が依る虫明亜呂無の説は正しいとは言えない。

その4:日本野球の「応援団」は邪道である?
 【4】日本のプロ野球(NPB)の観客には騒がしく耳障りな「応援団」が存在するけれども、アメリカの大リーグ野球(MLB)の観客には存在しない。この日米の観戦流儀の違いは、アメリカの野球にはきちんとしたルールが定まる近代以前からの長い歴史がある一方で、日本は近代(明治)に入ってから野球を「輸入」したという歴史の違いである。

 この説のオリジナルはスポーツ社会学者・中村敏雄である(『メンバーチェンジの思想』,遺憾ながら当ブログ未読)。中村敏雄もまた、日本のスポーツ論壇でカリスマ視される人である。虫明亜呂無の場合と同様、中村敏雄をこれまた崇拝・盲信する玉木正之氏によると、その詳細はつぎのようなものである。

 アメリカの野球、イギリスのサッカーやラグビー、日本の相撲(大相撲)など、近代以前、近代的なルール制定以前から長い歴史があるスポーツには、見物人の「飛び入りの自由」が許された長い歴史があった。そのために見物人=観客は「応援」などという、選手がそのスポーツを競技することとは直接関係ないパフォーマンスに興じることはない。

 しかし、アメリカンフットボールやバスケットボールなど19世紀末に創られたスポーツや、日本のように近代(明治)に入ってからスポーツ(野球など)が伝来した国のスポーツ文化には、選手と見物人が最初から分かれている。そのため「見るだけの人」の欲求不満が募り、独自のパフォーマンスを行う「応援団」を生みだすのだ。<A>

 何とも不可思議な説だが、これも端的に間違い。人や物や情報の国際的な交流が盛んになって、世界各国のスポーツの観戦文化、応援文化が変容しているからだ。

 前近代、観客の「飛び入り自由」の歴史や文化があるはずのアメリカ大リーグ野球にも、「トマホークチョップ」(アトランタ・ブレーブス)や「ベイビーシャーク」(ワシントン・ナショナルズ)といった、「スポーツの試合で(集団的に)歌を歌ったり声をかけたりして味方のチーム・選手を元気づけること」すなわち「応援」の文化が存在する。

 イギリスのサッカーも、昔はアメリカ大リーグ野球と同様、観客に「応援」の文化は存在しなかったが、欧州大陸や南米のサッカー文化に影響されてサポーター(応援団)の文化が醸成された(デズモンド・モリス『サッカー人間学』)。

サッカー人間学―マンウォッチング 2
デズモンド・モリス
小学館
1983-02T


The Soccer Tribe
Morris, Desmond
Rizzoli Universe Promotional Books
2019-03-26


 大相撲の観戦でも、最近では観客が「朝乃山」や「御嶽海」といった贔屓(ひいき)の力士の四股名がプリントされた手ぬぐいを掲げ、四股名をコールする場面が目立っている。これなどは、サッカーのサポーターやNPBの応援団に影響されたものだろう。

 そこに、各々スポーツ競技の「近代/前近代」の違い、または「飛び入りの自由/不自由」の違いなどというものは存在しない。

 つまり、玉木正之氏が依る中村敏雄の説は正しいとは言えない。

その5:大化の改新のキッカケは「蹴鞠」じゃない?
 【5】古代日本史上の一大事件「大化の改新」(645年)。この改革を主導した中大兄皇子と中臣鎌足が知己を得たのはボールを足で蹴る「蹴鞠」の会であるとされてきた。しかし、これは間違いであり、正しくはフィールドホッケー風の球技「打毬」である。

 この逸話を記した『日本書紀』皇極天皇紀には、中大兄皇子と中臣鎌足が邂逅した古代日本の球技は「打毱」の会と表記されている。この「打毱」は、マリ(ボール)と一緒に靴が脱げていったと記述にあることから、従来は「蹴鞠」であると思われてきた。

 ただし、これには異議があり「打毱」はスティックでボールを打つフィールドホッケー風の「打毬」または「毬杖」と呼ばれる球技ではないかと唱える人もいる。この異論の存在自体は間違いではない。この「打毱」は訓詁注釈によって解釈に違いがあり、岩波文庫版の『日本書紀』では蹴鞠、小学館版の『日本書紀』では打毬と解説している。どちらが正しいか、あくまで学問的には未決着である。

日本書紀 (4) (ワイド版岩波文庫 (233))
坂本 太郎
岩波書店
2003-10-16




 玉木正之氏が疑わしいのは、学問的には判別されていない「打毱」の正体を、彼自身の独善的な思い込みと都合のいい結論のために蹴鞠説を退け、打毬=フィールドホッケー風球技説の方が絶対的に正しいと思って拡散していることだ。

 玉木氏の知名度から彼の主張を信じてしまいそうだが、その説は正しいとは言えない。

玉木正之氏のスポーツ文化論はすべてデタラメである
 俗耳には、玉木正之流のスポーツ史観やスポーツ文化論は面白い。しかし、それは端的に言って、事実(史実)や実証という観点からほとんど疑わしい。

 玉木正之氏が問題なのは、ここであげつらってきた数々の間違った珍説が、現在の日本におけるスポーツの在り方、中でも体罰や歪な上下関係などといった好ましからざる風潮と本質主義的に結びついていると喧伝し、批判してきたことだ。<1>

 しかし、日本のスポーツ界が、さまざま問題を抱えているからと言って、間違った見解から批判しても、かえって間違ったことが起こるばかりである。実際、日本のスポーツ界はそうした混乱が何度か起こっているし、玉木正之氏はその混乱に度々かかわってきた。

 例えば、玉木正之氏と親交のあった平尾誠二氏は、玉木氏に影響されたおかげで日本ラグビーに悪い効果を及ぼしている(1995年ラグビーW杯での日本代表の大惨敗など)。

ラグビー黒書―145点を忘れるな!
日本ラグビー狂会
双葉社
1995-12T


 だから、ラグビー史研究家の秋山陽一氏は玉木正之氏のことを「自分にとって都合のいい結論のために史実を歪曲するスポーツライター」と辛辣に批判したのである。

(了)




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前回のおさらい
  •  玉木正之氏は単なるスポーツライターではなく、筑波大学や立教大学をはじめとする数々の大学で「学者」として「スポーツ学」を講じてきたわけだから、「玉木正之は〈スポーツ学者〉としてどうなのか?」が問われるのは当然である。
  •  玉木正之氏は、スポーツ史の研究において実証的に支持されていない「珍奇な説」を、あたかも定説であるかのように拡散して、読者に不要な誤解を与え続けている。……と、プロの学者にハッキリと批判されている。
  •  玉木正之氏は、「事実」とか「論理」とか「実証」とか「学問的であるとはどういうことが大切か」を軽視したまま、自身のデタラメな「スポーツ学」を展開してきた。
  •  そうした「スポーツ学者」としての玉木正之氏の偏った体質は、フランス現代思想などに傾倒するインテリ癖と、スポーツライターでありながら「ノンフィクション」が下手で書けない玉木正之氏自身の性向に由来するのではないか。
スポーツ学者としての玉木正之氏の正しい評価(2021年03月20日)https://gazinsai.blog.jp/archives/43374806.html


tamaki_masayuki2tamaki_masayuki1
【玉木正之氏】


玉木正之 スポーツ・ジャーナリズムを語る (スポーツ・システム講座)
玉木 正之
国士舘大学体育スポーツ科学学会
2003-03-20



スポーツ文化の発展は民主主義とは…そんなに関係ない
 そんな「玉木正之スポーツ学」の集大成ともいえる著作が、2020年、春陽堂書店刊『今こそ「スポーツとは何か?」を考えてみよう!』である。当エントリーでは、ここで紹介されてある玉木正之氏の「珍奇な学説」のデタラメの数々を検証していく。

 【玉木正之氏のデタラメ学説その1】民主政治が発達した古代ギリシャや近代イギリスがそうだったように、非暴力を旨とする民主主義社会でなければ豊かなスポーツ文化は生まれない。

 いわば「民主制社会スポーツ誕生説」(玉木正之氏の命名)である。

 この説のオリジナルはノルベルト・エリアス(社会学者,哲学者,詩人.英国籍のユダヤ系ドイツ人)が提唱したもので、日本では多木浩二氏(哲学者,芸術学,美術・写真・建築などの批評家)の『スポーツを考える~身体・資本・ナショナリズム』で紹介された。

 しかし、ノルベルト・エリアスや多木浩二氏がどれだけ優れた知識人であろうと、この説はアカデミズムの世界(学界)では必ずしも支持されていないようである。

 『スポーツの世界史』という浩瀚な著作がある。この中で「第1章 イギリス|近代スポーツの母国」を担当したのは石井昌幸氏(いしい まさゆき,早稲田大学スポーツ科学学術院教授,スポーツ史)であるが、ここにはエリアスの「民主制社会スポーツ誕生説」は採用されていない。

 そのことが玉木正之氏は些(いささ)かならず不満なようだ(次のリンク先,2020年4月6日〈月〉掲載分を読まれたい)。
  • 参照:玉木正之「ナンヤラカンヤラ」2020年4月分より(http://www.tamakimasayuki.com/nanyara/bn_2004.htm)
 また、私たちが簡単に入手できる知識からは、エリアス説とは違った史実がいくつも出てくる。すなわちエリアス説は疑わしい。

 例えば、古代ギリシャの民主政治といっても参政権があるのは成年男子のみで、奴隷制があり、奴隷や女性には参政権がなかった。同様、古代オリンピックにおいては奴隷や女性は参加できなかった。近代イギリスもしかり。成人男性でも労働者階級などには選挙権(普通選挙権)は無かった。女性のスポーツ参加は非常に限られたものであった。男女平等の成人普通選挙権が成立するのは1928年になってからである。

 また、イングランドのサッカー協会(The F.A.)の創設は1863年(文久3)、同じくイングランドのラグビー協会(R.F.U.)の創設は1871年(明治3)。イギリスで近代スポーツが形成される19世紀中期~後期は、同国でより民主的な議会政治の確立を目指した、労働者階級による普通選挙権獲得運動「チャーチスト運動」(1830年代~1850年代)が挫折した少し後である。

 あるいは、イギリスでは近代スポーツが確立する少し前まで、人vs人(素手で殴り合うボクシング,棒で叩き合う棒試合など)、動物vs動物(闘犬,闘鶏など)、人vs動物(人が鶏をいたぶる鶏撃ちなど)、流血や殺生を伴う野蛮で暴力的な娯楽を「スポーツ」と呼んでいた(この辺の事情は松井良明著『近代スポーツの誕生』に詳しい)。

 さらに世界中で人気のあるサッカーでは、民主的でない国でもサッカーが盛んな国などいくらでもある。

 特にワールドカップで優勝したことがある国などは、かつては必ずしも民主主義的な国とは言えなかった。少なくとも(右傾化した)全体主義を歴史的に経験した国が結構ある。ドイツ、イタリア、スペイン、アルゼンチン……。自由・平等・友愛のフランスもまた、第二次世界大戦時はヴィシー政権という、ナチス・ドイツに迎合した政権があった。

 これでは「豊かなスポーツ文化は非暴力を旨とする民主主義社会でなければ生まれない」と断言できない。

 つまり玉木正之氏の「学説」は正しくない。

日本人は野球を好む国民性だった…のではない
 【玉木正之氏のデタラメ学説その2】明治初期の日本で野球(ベースボール)の人気がサッカーやラグビー(といったフットボール)よりも出た理由は、日本人が集団での戦い(フットボールのようなチームプレー)よりも1対1の対決(野球のおける投手vs打者の対決)を歴史的・文化的にも好んでいたからである。

 この珍奇な説は、牛木素吉郎氏によって「1対1の勝負説」と名付けられている。「1対1の勝負説」のオリジナルは「ニューアカデミズム」で有名な中沢新一氏(宗教学者,人類学者)である<1>。中沢新一氏の言うところでは、以下のような説明になる。
 世界史的な戦争の歴史では、鉄砲が発明され普及すると刀・剣・槍などを使った1対1の白兵戦から集団的な戦闘に変化する。ヨーロッパでは歴史的にずっと戦争をやってきたから集団戦闘の文化がある。

 しかし、日本では西暦1543年の鉄砲伝来から約半世紀後の1600年の関ヶ原の戦いで戦争の時代が終わってしまい、1868年の明治維新まで250年余り平和な時代が続いたので、日本人には集団戦闘の文化が普及しなかった。戦いと言えば宮本武蔵vs佐々木小次郎の「巌流島の決闘」のような1対1の戦いだという文化が日本人には浸透していた。

 明治に入って、さまざまなスポーツ、特に球技スポーツが日本に輸入されたが、日本人は「野球(ベースボール)における投手vs打者の対決」に自分たちの感覚に合う1対1の戦いの要素を見出した。だから日本では野球が圧倒的な人気スポーツとなった。

 反対に、集団戦闘的な球技スポーツであるフットボール、すなわちサッカーやラグビーは日本人には人気が出なかった。
 玉木正之氏は、この中沢新一説=「1対1の勝負説」が面白いと思って信じ込み(学問的に「正しい」と思ったのではない!)、さまざまな場で吹聴するようになった。だが、この「学説」はやはりおかしい。

 例えば、日本で他の球技スポーツに先んじて野球が普及し始めた頃、明治20年頃(1887年頃)までの野球のルールは現在のそれとは大きく違っていた。投手はボールをベルトの下から抛(ほう)らなければならず、ストライクゾーンは極端に狭く……。投手は打者が打ちやすい球をひたすら投げ続ける、否、抛り続けなければならなかった。

 明治の文人・正岡子規が野球選手だった当時はこのルールでプレーされていた。その野球をプレーする様子はNHKのドラマ「坂の上の雲」でも再現されている。

NHKスペシャルドラマ 坂の上の雲 第1部 DVD BOX
菅野美穂
ポニーキャニオン
2010-03-15


 とにかく、このルールでは、打者の方が圧倒的に有利で、投手が自身の技量力量で打者を抑え込むということは非常に難しい。だから野球を「投手vs打者の1対1の対決」と見なすことも難しい。「1対1の勝負説」は間違っているのである。

 つまり玉木正之氏の「学説」は正しくない。

野球はアメリカにおける演劇文化の代替物…ではない
 【玉木正之氏のデタラメ学説その3】野球やアメリカンフットボールなどのアメリカ生まれの球技が、サッカーやラグビーなどイギリス・ヨーロッパ生まれの球技と違って「作戦タイム」を設けてまで試合を中断させるのは、開拓時代に劇場を建てられなかったため演劇や歌劇の代わりにスポーツの中に「ドラマ」を求めたからである。

 この「学説」こそ、プロの学者である鈴村裕輔氏(名城大学教員,法政大学客員研究員,政治学,スポーツ組織論ほか)に、スポーツ史の研究において実証的に支持されていない「珍奇な説」を、あたかも定説であるかのように拡散して、読者に不要な誤解を与え続けている……と批判されたものである(詳細は次のリンク先を読まれたい)。
  • 参照:鈴村裕輔「隔靴掻痒の感を免れ得なかった玉木正之氏の連載〈アートオブベースボール十選〉」2021/03/02(https://note.com/yusuke_suzumura/n/n8986199beeba)
 そもそも、玉木正之氏の「珍奇な説」を最初に唱えたのは、虫明亜呂無氏(作家・評論家ほか)だった(「芝生の上のレモン」@『時さえ忘れて』)。虫明亜呂無氏は、今なおカリスマ扱いされるスポーツライターでもあるのだが、玉木正之氏は虫明亜呂無氏のことを崇拝・盲信しており、虫明亜呂無氏の言うことは「学問」としても絶対的に正しいのだと信じ切っているのである。

時さえ忘れて (ちくま文庫)
虫明 亜呂無
筑摩書房
1996-06T


 しかし、「虫明亜呂無のスポーツに関わる発言はあまりにも文学的すぎて歴史学や社会学の〈学説〉として採り入れることは危うい」ことは、『つくられた桂離宮神話』『法隆寺への精神史』といった著作があり、プロ野球・阪神タイガースのファンとしても有名な井上章一氏(建築史家,風俗史研究者,国際日本文化研究センター所長・教授)が『阪神タイガースの正体』の中で指摘する通りなのである。

阪神タイガースの正体
章一, 井上
太田出版
2001-03T


阪神タイガースの正体 (朝日文庫)
井上章一
朝日新聞出版
2017-02-06


 この玉木正之氏と虫明亜呂無氏が説く「珍奇な説」、いわば「野球(またはアメリカンスポーツ)=演劇文化代替物」説、あるいは「野球(またはアメリカンスポーツ)=中断のスポーツ」説は悉(ことごと)く間違っている。

 例えば虫明亜呂無や玉木正之氏は、アメリカ生まれの球技のみに「中断」があると考えているが、英国生まれの球技には、イギリス・英連邦諸国で人気があるクリケット……野球の親戚である「バット・アンド・ボール・ゲーム」が存在していることを忘れている。この球技には「中断」が頻繁にある。

クリケット
【クリケット】

野球
【野球(ベースボール)】

 この一事だけでも、玉木正之&虫明亜呂無説は、たやすく崩壊する。間抜けな事実誤認が多い玉木正之氏はともかく(爆)、イギリスの国技クリケットという「中断」の多いスポーツを忘却した虫明亜呂無氏は、相当な失当をおかしたのではないだろうか。

 つまり玉木正之氏の「学説」は正しくない。

大化の改新のキッカケは「蹴鞠」ではない…は正しくない
 【玉木正之氏のデタラメ学説その4】上古日本史の一大事件「大化の改新」(645年)。この改革を主導した中大兄皇子と中臣鎌足が知己を得たのは「蹴鞠」の会であるとされてきた。しかし、これは間違いであり、正しくはフィールドホッケー風の球技「打毬」である。

 『日本書紀』皇極天皇紀には、中大兄皇子と中臣鎌足は「打毱」の会で知己を得たとある。この「打毱」は、マリ(ボール)と一緒に靴が脱げていったと皇極天皇紀の記述にあることから、従来は「蹴鞠」であると思われてきた。

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【霞会館蔵「中大兄皇子蹴鞠の図」(部分)筆:原在寛】

 ただし、これには異議があり「打毱」はスティックでボールを打つフィールドホッケー風の「打毬」または「毬杖」と呼ばれる球技ではないかと唱える人もいる。この異論の存在自体は間違いではない。

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【打毱】

 岩波文庫の『日本書紀』(校注:坂本太郎)では「蹴鞠」説を、小学館の『日本書紀』(校注:西宮一民)では「ホッケー風球技」説を採用している。

日本書紀 (4) (ワイド版岩波文庫 (233))
坂本 太郎
岩波書店
2003-10-16


 『日本書紀』をめぐる論争といえば「法隆寺再建・非再建論争」や「郡評論争」が有名だが、このふたつの論争に関しては考古学的な出土物の発見で決着がついている。

 しかし、皇極天皇紀に登場する「打毱」については、そのような意味での決定的証拠がない。また、『日本書紀』には脚色・潤色の類がいくつか見られることから、この中大兄皇子と中臣鎌足の邂逅の逸話自体が虚構ではないかと見なす立場もある。いずれにせよ、学問上の決着はついていない<2>

 玉木正之氏が「珍奇」なのは、学問的に定説がなく未決着なこの問題に関して、「蹴鞠」説が一方的に間違っていて「ホッケー風球技」説の方が一方的に正しいと主張していることである。だが、その思い込みが正しいとする根拠は実に薄弱である(その薄弱さについては次のリンク先を読まれたい.元になる資料を破棄して覚えていない上に橋本治氏の「小説」=フィクション=が正しさの根拠!なのだとの玉木正之氏の御託宣である)。
  • 参照:玉木正之「読者からの質問への回答:玉木正之コラム ノンジャンル編」http://www.tamakimasayuki.com/nongenre/bn_134.html
 どうして、玉木正之氏が「ホッケー風球技」説に固執するのかといえば、自身のスポーツ史観・スポーツ文化観にとって都合がいいからである。大化の改新のキッカケは「蹴鞠」ではなくホッケー風の球技「打毬」だった。[…だから…]、日本はサッカーの国ではなく野球の国になった、日本のサッカーは「世界」に勝てない……のだというのが玉木正之氏の持論なのである。えッ!? えッ!? えッ!? えッ!?

 なぜ……そうなるのか? […だから…]の部分の複雑怪奇でアクロバティックな玉木正之氏の論理の展開については割愛する。知りたい方はググっていただくか、『今こそ「スポーツとは何か?」を考えてみよう!』や『スポーツとは何か』など玉木正之氏の著作に当たってみてください。えッ!? えッ!? えッ!? えッ!? ……の連続である。

スポ-ツとは何か (講談社現代新書)
玉木 正之
講談社
1999-08-20


 玉木正之氏のことを「自分にとって都合のいい結論のために史実を歪曲するスポーツライター」と酷評したのは、秋山陽一氏(ラグビー史研究家)だった。『日本書紀』皇極天皇紀に登場する「打毱」をめぐる玉木正之氏の発言は、まさに「自分にとって都合のいい結論のための史実の歪曲」である。

 定説がない曖昧な歴史的事件の、仮説のひとつにすぎない事柄を一方的な思い込みから「コレが正しい」と決めてかかり、あちらこちらに吹聴する。玉木正之氏の知的態度は全く学問的ではない。

 また、7世紀の「日本人」<3>にスポーツにまつわる確固とした文化や精神、民族性みたいなものが定まっていて、それから千数百年もたった19世紀、20世紀、21世紀の、つまり近現代の日本人のスポーツの在り方を規定している(!)という玉木正之氏の発想は、論理が飛躍した行き過ぎた文化本質主義であり、その知的態度は全く学問的ではない。

 つまり玉木正之氏の「学説」は正しくない。

玉木正之氏は「スポーツ学者」失格である
 『今こそ「スポーツとは何か?」を考えてみよう!』をちょっと読んだだけでも、玉木正之氏にはこれだけデタラメな「学説」がある。これは、玉木正之氏を擁護する広尾晃氏が言うように資料の瑕疵どころの問題ではない。

 玉木正之氏がこうしたデタラメを並べるのは、日本スポーツ界における「後進性」の悪弊を批判する裏付けにしたいという「イデオロギー」があるからだ。そのイデオロギーのために玉木正之氏は実証や論理を無視し、事実(史実)を歪曲するという体質が固まってしまった。

 このような人物は「スポーツ学者」失格である。

 日本のスポーツ界が、さまざま問題を抱えているからと言って、間違ったところから批判しても、かえって間違ったことが起こるばかりである。実際、日本のスポーツ界はそうした混乱が何度か起こっている。そして、度々その混乱に掉(さお)さしてきたのは、他ならぬ玉木正之氏であった。

 玉木正之氏は、今なおデタラメなスポーツ「学説」を垂れ流している。実に恐ろしい話である。

(了)




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同業者から玉木正之氏への批判の数々
 玉木正之氏といえば「スポーツの歴史や文化に詳しいスポーツライター」という世間一般のイメージだが、一方、同業他の評価は打って変わって手厳しい。

 曰く、「このウソツキ野郎め!」(岡邦行氏,ノンフィクションライター)、「ジョークの羅列」(梅田香子氏,スポーツライター)、「都合のいい結論のために史実を歪めていいのだろうか」(秋山陽一氏,ラグビー史研究家)……などなど散々。

 こうした真っ当な批判に対して、玉木正之氏を崇拝してやまない野球ブロガーの広尾晃氏は……。

 >玉木正之さんは学者じゃないから、研究者じゃないから……

 ……と必死で擁護するのであるが、筑波大学や立教大学といった名門大学をはじめ、さまざまな大学で客員教授や非常勤講師を務めたこと、さまざまな公的な団体で「学識経験者」として扱われたことを、公式サイトのプロフィールで大々的に記しているのは当の玉木正之氏自身なのである。
 ……その他、鎌倉市芸術文化振興財団(鎌倉芸術館)理事(2000~08年)、日本財団公益事業委員会委員(1998~2001年)、大阪府生涯スポーツ振興会議委員(2000年)、京都龍谷大学客員教授(2000~2001)、国士舘大学体育学部大学院非常勤講師(2001~2007年)等も務めた。現在は、横浜桐蔭大学客員教授(2009年より)、静岡文化芸術大学客員教授(2010年より)、石巻専修大学客員教授(2013年より)、立教大学大学院非常勤講師(2009年より)、立教大学非常勤講師(2010年より)、筑波大学非常勤講師(2012年より)を務める。

玉木正之(たまき まさゆき)略歴(http://www.tamakimasayuki.com/personal.htm)より


玉木正之 スポーツ・ジャーナリズムを語る (スポーツ・システム講座)
玉木 正之
国士舘大学体育スポーツ科学学会
2003-03-20


 それならば「スポーツライターとしてはともかく,スポーツ学者として玉木正之氏はどうなのか?」と問題視されるのは当然である。

読者に不要な誤解を与える玉木正之デタラメ「スポーツ学」
 ……では、本当は「スポーツ学者」としての玉木正之氏はどう評価されているのか?

 玉木正之氏は、スポーツ史の研究において実証的に支持されていない「珍奇な説」を、あたかも定説であるかのように拡散して、読者に不要な誤解を与え続けている。……と、れっきとしたプロの学者でハッキリ批判したのは、鈴村裕輔氏(名城大学教員,法政大学客員研究員,政治学,スポーツ組織論ほか)であった(詳細は次のリンク先を読まれたい)。
  • 参照:鈴村裕輔「隔靴掻痒の感を免れ得なかった玉木正之氏の連載〈アートオブベースボール十選〉」2021/03/02(https://note.com/yusuke_suzumura/n/n8986199beeba)
 ことほど左様、玉木正之氏は「事実」であるとか「実証」であるとか、「学者」として「学問的であるとはどういうことか」が分からないまま、自身のデタラメな「スポーツ学」を展開してきた。その原因は、どうも玉木正之氏の体質にあるのではないかと思う。

スポーツライター玉木正之氏のインテリ癖
 私は日本で初めて「スポーツライター」を名乗った……と玉木正之氏は豪語するのであるが、その割には文学・思想・芸術方面、特にフランス現代思想へのインテリ志向(癖)が強い。実は玉木正之氏は「スポーツライター」であることに大変な屈託があり、本当はスポーツなどではなく、高尚だと思われているフランス現代思想系の「批評家」(評論家ではない)になりたかったのではないか……と邪推させるところがある。

 例えば、1988年の『プロ野球の友』は玉木正之氏が「スポーツライター」として一番面白かった時の著作である。この中には既に玉木正之氏のインテリ癖が姿を見せている。

プロ野球の友 (新潮文庫)
玉木 正之
新潮社
1988-03T


 山口昌男氏(文化人類学者)の「今日のトリックスター論」を援用しつつ「昭和40年代の川上巨人軍の9連覇は,昭和30年代に3連覇した西鉄ライオンズの〈実存主義〉を凌駕した〈構造主義〉の勝利である.では昭和60年(1985年)の阪神タイガースの日本一は? いやぁ、あれは〈ポスト構造主義〉ですからもうハチャメチャで……」などと書いてみたり(同書「ポスト構造主義」より)。

 1987年、日本プロ野球期待の大型新人であった清原和博のことを、渡部直己(セクハラ文芸評論家)が評した「記号内容〔シニフィエ〕なき記号表現〔シニフィアン〕」<1>などという、分かったような分からないような文言を引用しては得意がってみたり(同書「ザ・開幕戦 '87」より)。

フランス現代思想癖とノンフィクション下手
 そんな玉木正之氏のフランス現代思想癖が最もよく表れているのは、前衛的女流華道家・草野進(くさの しん)こと蓮實重彦氏(フランス文学者,東京大学総長)の「プロ野球批評」への熱烈な傾倒と一般の読者・スポーツファンへの熱烈な啓蒙だろう。

 『プロ野球の友』と同じ1988年に出た草野進編著『プロ野球批評宣言』の文庫版あとがきの「解説」を、それこそ玉木正之氏は絶賛的に書いている(この「解説」は玉木正之氏の公式サイトで2004年に公開されている)。


  • 参照:玉木正之「草野進のプロ野球批評は何故に〈革命的〉なのか?」1988年(http://www.tamakimasayuki.com/sport_bn_6.htm)
 しかし、蓮實重彦氏やセクハラ渡部直己といった、この種のフランス現代思想やそれに触発された文芸批評に乗じたスポーツ「批評」というのは、あくまで狭い内輪の世界の「お作法」でしかない。スポーツ評論ではなく、いわばスポーツの文芸批評であり、あるいはスポーツ(野球)を種にしたフランス現代思想の展開にすぎない。

 藤島大氏(スポーツライター)や山村修氏(「狐の書評」で知られる書評家)のように、それが分かっている人は分かっているのだが、玉木正之氏のようなインテリ癖の強い人にはそんな真っ当なことは分からない。しかも、フランス現代思想というものは、いたずらに晦渋なだけで、世の中の実際の在り様に真摯に対応していない「絵空事」であると、しばしば批判されてきた代物なのである。

 もうひとつ、玉木正之氏は「スポーツライター」を名乗っていながら、ノンフィクション(ルポルタージュ)に優れた作品がない。あるいはノンフィクションといった表現手段で「スポーツライター」の仕事ができない(詳細は次のリンク先を読まれたい)。
  • 参照:草野進やら虫明亜呂無やら…玉木正之氏における「測り知れざる知」への熱狂症候群(2020年10月17日)https://gazinsai.blog.jp/archives/42017146.html
 とにかく玉木正之氏は、現場で取材した「事実」でスポーツの在り方を問うという手段(ノンフィクション)が下手である。

 フランス現代思想癖とノンフィクション下手。

 このふたつの特徴が、玉木正之氏をして、インテリ志向が強くアカデミズムに対する羨望や屈託はあるが「事実」や「実証」を軽視するという意味でけして「学問的」ではない、学問上において実証的に支持されていない「珍奇な説」をあたかも定説であるかのように拡散して読者に不要な誤解を与え続けている……という「スポーツ学者」としての評価につながるのである。

つづく




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自著への酷評に反論できない(?)玉木正之氏
 2020年に上梓した、玉木正之氏入魂の一冊『今こそ「スポーツとは何か?」を考えてみよう!』……。

 ……しかし、当ブログは、その内容に疑問を感じ、アマゾンに次のようなカスタマーレビューを書いた。
 鷹揚な玉木正之氏だが、当ブログが徹底的に酷評したことは気にしているらしい。
拙著『今こそ「スポーツとは何か?」を考えてみよう!』(春陽堂書店)
 クリックするとRakutenブックスへ跳びます。Amazonよりもこっちの評価のほうが正しいですね(笑)。どうぞ、お買い求めを!

玉木正之氏公式ウェブサイトから

玉木正之公式ウェブサイト(2020年7月4日閲覧)
【玉木正之公式ウェブサイト(2020年7月4日閲覧)右下参照】
 当ブログの評価に玉木正之氏の異論反論があったら、是非とも読みたい。……のであるが、それが確認できないのが残念である。

「史実の曲解」ではなく,あくまで「エピソードの紹介」?
 まあ、Amazonのレビューでも、玉木正之氏に好意的な評価の方が多いのだから自信を持てばいいのにとは思う。しかし、その中にも首を傾げたくなるものがある。
★★★★☆ 体育とは異なる「スポーツ」というものを考えるきっかけになる一冊(2020年4月14日に日本でレビュー済み)
 ……興味深く読むことができました。「史実を歪曲するスポーツライター」とのレヴューもあったのでどうかと思いながら読みましたが、エピソードを集めたような本ですし、著者のスポーツへの熱い思いも伝わってくるので、この分野の初心者にはそれだけで面白く読める本です。史実云々については自分で考えながら読めば済む話でしょう。次回は書下ろしで掘り下げてもらえたらと思いました。
 このレビュワーさんは知らないのだ。玉木正之氏による「エピソードの紹介」それ自体が自分にとって都合のいい結論のための「史実の歪曲」であり、それを見破るためには相応のリテラシーが必要だということを。

 具体的な例を上げよう。
 欧米から我が国へ「スポーツ」が伝播〔でんぱ〕したのは文明開化の明治10(1877)年前後だったが、それ以前の日本にも〈スポーツに相当する〉「身体文化」は存在した。〔中略〕

 皇極〔こうぎょく〕には、中大兄皇子と中臣鎌子〈中臣鎌足〉が「打毱」〔ちょうきゅう〕に興じるなかで結ばれ、やがて蘇我入鹿を打つことになる描写がある。打毬〈ママ〉は、後の蹴鞠〔けまり〕とは別の球戯。「今日のポロまたはホッケー風の競技」(小学館版『日本書紀』註釈)とされ……〔以下略〕<1>

玉木正之「スポーツと文学~古典に描かれた競技は日本人の個人技好みを映している?」
日本経済新聞「スポーツと文学1」(2014年10月2日)を元に加筆修正
 引用文中の〔 〕は原文ではルビ、〈 〉は引用者(当ブログ)による補足であるが……。この短い「エピソード」の紹介自体に、玉木正之氏による意図的な「史実の歪曲」がある。読者諸兄はお気付きですか?

『日本書紀』…小学館版と岩波文庫版の異同
 まず、現在、一般に流通している『日本書紀』のテキストには、小学館=新編日本古典文学全集版と、岩波文庫版の2つがあって、皇極天皇紀の中に登場する「打毱」という古代球技の解釈が分かれている。

 小学館=新編日本古典文学全集版(西宮一民氏校注)は、玉木正之氏が述べる通り「打毱」を「ちょうきゅう」と読み、「今日のポロまたはホッケー風の競技」だとしている。

 一方、岩波文庫版(坂本太郎氏校注)には「打毱」を「まりくゆる」または「くゆりまり」と読ませ、一般のイメージ通り「蹴鞠」(けまり)だとしている。ただし、現在に伝わる非対戦型の平安風の蹴鞠ではなく、現在のサッカーやフットサルと似た、両チームに分かれての対戦型球技である可能性も示唆もしている。

日本書紀 (4) (ワイド版岩波文庫 (233))
坂本 太郎
岩波書店
2003-10-16


 「今日のポロまたはホッケー風の競技」が正しいのか? それとも、現在のサッカーやフットサルに似た球技(蹴鞠)が正しいのか? 学問的な決着は付いていない。少なくとも学問的な決着が付いたという話は、当ブログは知らない。<2>

だから玉木正之氏は史実を歪曲する
 学問的な決着が付いていないというのであれば、両論を併記するのが話の筋というものである。しかし、玉木正之氏は、小学館版の「今日のポロまたはホッケー風の競技」のみを採用し、援用している。

 なぜならば、玉木正之氏の世界観の中では、皇極天皇紀に出てくる「打毱」が「蹴鞠」ではなく「今日のポロまたはホッケー風の競技」であったことが、自分にとって都合のいい結論につながるからである。

 その辺りのアクロバチックな論理の展開は省略するが、以下のリンク先を参照されたい。
 とにかく、玉木正之氏が論じるスポーツ史・スポーツ文化は、デラタメなスポーツ史観で読者を誤導する愚論ばかりである。

 それは「史実云々については自分で考えながら読めば済む話」どころの問題ではない。それこそ一段落一段落、あるいは一行一行、一字一句、すべからく疑って読むべき低劣なレベルのお粗末なお話なのである。

 玉木正之氏にとって、学問的に検証された事実・史実よりも「自分にとって都合のいい結論のために史実を歪曲する」ことの方が大事。だから、玉木正之氏はラグビー史研究家・秋山陽一氏を初めとする良心的な人々から酷評され続けているのである。

(了)




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