スポーツライター玉木正之氏の知的誠実さを問う

日本のサッカーカルチャーについてさまざま論じていきたいと思っています。

タグ:中尾亘孝

 軍隊の小部隊を表す英単語「squad」は、スポーツ用語にも転用されている。<1>

 日本のラグビー界では「スコッド」と表記され「ナショナルチームを編成する際,これに先立って代表に選出される可能性の高い者を選抜して編成する選手集団」を指す呼称、すなわち代表候補といった意味である。

 また、実際の代表選手の選出にあたっては、代表候補に選ばれていなかった者が選出される場合もあり、これは「スコッド外からの選出」などと表現する。

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 JスポーツでサッカーのU-20ワールドカップを見ていたら、実況のアナウンサーがさかんに「スカッド」という耳慣れない単語を使っていた。

 これはラグビーで言う「スコッド」のことであった。

 日本のサッカー界で言われる「スカッド」とは、ナショナルチームのみならずクラブチームにも使われ、この場合は「出場機会がほとんどない選手なども含めて,チームに登録されている全選手」を指す。

 アーセナルのベンゲル監督は「我々には強力なスカッドがある」と頻繁に発言していた。チームの選手層が厚いという意味で「スカッドが深い」と表現するそうである。

 日本のサッカーファンは、南野拓実選手の出場機会の少なさを見て、リヴァプールの「スカッドの深さ」を思い知ったわけである。

 一説には「スカッド」は、サッカーを題材にしたビデオゲーム「ウイニングイレブン」で使われたあたりから、広まったらしい。

eFootball ウイニングイレブン 2021 SEASON UPDATE
コナミデジタルエンタテインメント
2020-09-17


 ビデオゲームのクリエイターや、スポーツ専門チャンネル、若手のサッカージャーナリストあたりが、英語のサッカー論壇の文脈にあった「squad」を「スカッド」として使い出したら、実は既にラグビーで「スコッド」が使われていました……ということなのではなかったかと憶測する。

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 たびたび当ブログで名前を出している中尾亘孝(なかお・のぶたか)という、最近では良心的なラグビーファンからも全くリスペクトされなくなった下品なラグビー評論家は、よせばいいのに「squad」を「スクォッド」などと表記している。

中尾亘孝(プロフィール付き)
中尾亘孝(本当の学歴は早稲田大学中退らしい)

 中尾亘孝は、スタディアムとかサヴァイヴァルとかモティヴェイションとか極端な原語読み主義なところがあり(正しい発音……ではない)、東南アジアの「ベトナム」に至っては「ヴィエト・ナム」などと表記するような人物である。

 笑止。日本国外務省の表記では堂々「ベトナム」である。

 そんなことを思っていたら、後藤健生さんが「スクァッド」と表記していて少し驚いた。
  • 参照:後藤健生「6月シリーズは〈模擬ワールドカップ〉 4戦目(キリンカップ最終日)で勝ち切れ」(2022年5月23日)https://news.jsports.co.jp/football/article/20190310223015/
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 紛らわしいから、どれかに統一した方がいいと思う。

 いずれにせよ「スクォッド」とか「スクァッド」では、こなれた日本語にならない。

 ちなみにウィキペディア日本語版に立項されているのは「スコッド」である。「スカッド」で引くと中東戦争や湾岸戦争で使用された軍事用ミサイルが出てくる。





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[文中敬称略]

ラグビー芸人スリムクラブ真栄田,サッカーをヘイトして炎上
 「ラグビーワールドカップ2023 フランス」がたけなわだが、高校時代ラグビー選手だったお笑い芸人スリムクラブの真栄田賢が、またまたラグビーを褒め上げるためにサッカーをヘイトした……とSNSが炎上している。

スリムクラブ真栄田「ラグビーファンは渋谷の交差点で騒がない」(3)
【スリムクラブ真栄田「ラグビーファンは渋谷の交差点で騒がない」】

 同じ高校時代ラグビー選手だったお笑い芸人でも、サンドウィッチマンの2人(伊達みきお,富澤たけし)はこんなことを言わないから、人にもよる。

 しかし、一般論としてラグビーファン、ラグビー関係者の中には、むやみやたらとサッカーをヘイトしたがる人が悪目立ちするのも、また事実である。

ラグビーフットボールの何が特別なのか?
 サッカーこそ地球規模で人々が熱狂する世界のスポーツだ!

 アメリカンフットボールこそ最も進化した究極のスポーツだ!

 クリケットこそ公平と自治の精神を養う人格陶冶のスポーツだ!

 ベースボールこそアメリカの精神が根底に流れる民主主義的なスポーツだ!
  • 参照:鈴木透「野球から見えるアメリカ〈NHK 視点・論点〉」(2018年05月09日)https://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/400/297204.html
 大相撲こそ神代の昔から伝統がある「神事」であって、そんじょそこらのスポーツ・格闘技とはワケが違う!

 ……等々、各々の競技のファンや関係者は、自身が信奉するスポーツを特別に価値があるものだと思いがちである。

 これらはそれぞれに厄介だが、最も厄介なのはラグビーフットボールかもしれない。

 敵・味方、勝った側(side)も負けた側(side)も無く、対戦相手の垣根を越えて、互いの健闘を称え会う「ノーサイド」(no side)の文化。

 献身的な「ワン・フォー・オール,オール・フォー・ワン」の精神。

 審判の判定を絶対として潔く受け入れる「紳士のスポーツ」

 トライやゴールをしても「ガッツポーズをしない」控えめな振る舞い。

 プロ化や商業主義を拒んだ清廉な「アマチュアリズム」

 試合中、監督は観客席から見守るだけで選手たちに指示はできず、その判断は選手たちが自主性をもって行い、最終意思決定はキャプテンが行う「キャプテンシー」

 早稲田大学、慶應義塾大学、明治大学、同志社大学といった、競技の実力においても強豪であり、新興校の安易な追随を許さない「伝統校」

 英国のオックスフォード大学vsケンブリッジ大学の定期戦に範をとった、毎年同じ日程で開催される、早慶戦、早明戦といった「伝統の一戦」

 選手権、なかんずく世界選手権(W杯)の開催を避け、誰がいちばん強いか? ……よりも、どちらが強いか? ……という価値観にこだわった「対抗戦思想」

 接近・展開・連続の理念で知られ、海外の強豪との試合で日本のチームが肉迫してみせた、日本独自のプレースタイル「大西鐡之祐理論」

 ……等々、ラグビーフットボールというスポーツには、以上のような仰々しい修飾がついてまわった。

ラグビーファン,ラグビー関係者によるサッカーヘイト慨史
 こうしたラグビー観は、1970年代に始まり、1980年代に隆盛を極め、1990年代前半まで続いた、本邦スポーツ界の「ラグビーブーム」の時代にもっぱら喧伝された。

 当時はJリーグ(1993年より)以前だから、日本のサッカーは長い長い低迷期にあった。「ラグビーブーム」の時代と同時期、同じフットボールでもに日本ではサッカーよりラグビーの方が人気があった。

 日本のラグビーファン、ラグビー関係者のこじらせたラグビーへの愛情、こじらせたラグビーへの自尊心は、低迷していた一方のラグビーならざるフットボール=サッカーへのヘイトという形で表出する。

 高貴なラグビー、ひるがえって下賤なサッカー。

 例えば、ラグビーファンで有名だった、また草ラグビーのプレーヤーでもあった小説家の野坂昭如(故人)が大のサッカー嫌いだった。
  • 参照:相川藍「『作家・文学者のみたワールドカップ』野坂昭如・高橋源一郎・星野智幸・野崎歓・関川夏央・藤野千夜ほか/文學界2002年8月号」(2002.07.09)https://www.lyricnet.jp/kurushiihodosuki/2002/07/09/983/
 サッカーは手を使えない、おかしい……と、野坂昭如は言うのである(しかし,それならばラグビーはボールを前に投げられない,おかしい……となる.野坂昭如の言い分はつまらないイチャモンである)。

 ゴールした後、派手なガッツポーズで抱き合い喜ぶサッカー(ゴールセレブレーション)はよろしくなくて、トライの後、表情ひとつ変えずに黙って自陣に引き上げるラグビーこそ正しい……と、野坂昭如は言うのである(あくまで「ラグビーブーム」の時代の習慣)。

 また、釜本邦茂にサッカーをやらせておくのはもったいないから(ちなみに釜本邦茂も野坂昭如も早稲田大学出身)、ラグビーでプレースキッカーをやれ! ……などとも野坂昭如は放言していた。

 例えば、文藝春秋の総合スポーツ誌『スポーツグラフィック ナンバー』は、1980年代は完全にラグビー寄りの雑誌だった。
  • 参照:Sports Graphic Number Special Issue December 1983「THE RUGBY」(1983年12月16日発売)https://number.bunshun.jp/articles/-/582
 一方でサッカーをヘイトするようなことを平気で書いていた。

 当時の文春ナンバーは、1986年のサッカーワールドカップ・メキシコ大会をほとんど黙殺し、同時期、サッカーともスポーツとも関係ない「猫の写真集」(!?)を刊行して、心あるサッカーファンと読者の顰蹙を買った……という話は、以前、当ブログが書いた。
  • 参照:マラドーナ急逝と文春ナンバー1986年メキシコW杯黙殺事件(2020年12月30日)https://gazinsai.blog.jp/archives/42688152.html
  • 参照:Sports Graphic Number Special Issue July 1986「ネコと友達物語」(1986年7月15日発売)https://number.bunshun.jp/articles/-/630
 ところが、文春ナンバーは翌1987年に初めて開催されたラグビーワールドカップ(ニュージーランドとオーストラリアの共催)は、きわめて好意的に扱った(次のリンク先の目次に「観戦ガイドシリーズ(7)第1回ラグビーW杯」あり)。
  • 参照:Sports Graphic Number 171号「プロレス交響楽」(1987年5月6日発売)https://number.bunshun.jp/articles/-/471
 緊急増刊で1冊まるごとラグビーW杯を特集したりもした。前年のサッカーW杯の扱いの冷淡さと比べて何たる違いか!
  • 参照:Sports Graphic Number 緊急増刊 June 1987「ニュージーランド 初の世界王座に」(1987年6月29日発売)https://number.bunshun.jp/articles/-/844
 それはまあ、いいのだが、この時、主なライターだった大西郷(おおにし ごう)という共同通信のラグビー記者は「W杯なんか始めたら,ラグビーもサッカーのようにプロ化と商業主義に毒される」……などと「高貴なラグビー,ひるがえって下賤なサッカー」という図式に基づいたサッカーヘイトを再三再四にわたって書いていた。

 これを読んだ時は、とても嫌な気分になった。当時の文春ナンバーはサッカーに対するデリカシーを欠いていた。

 例えば、「ラグビーブーム」の時代が生んだ最も怪物的で悪質なサッカーヘイターは、ラグビー評論家ではなく「フルタイムのラグビーウォッチャー」を自称していた中尾亘孝である(今回は詳述しないが,この人物については次のリンク先を参照してください)。
  • 参照:絶対に謝らない反サッカー主義者…あるいは日本ラグビー狂会=中尾亘孝の破廉恥〈1〉(2019年09月10日)https://gazinsai.blog.jp/archives/38505231.html
  • 参照:絶対に謝らない反サッカー主義者…あるいは日本ラグビー狂会=中尾亘孝の破廉恥〈2〉(2019年09月17日)https://gazinsai.blog.jp/archives/38567232.html
 これら一連の言動は、SNS全盛の現在では大炎上必至であろう。

 ラグビー芸人スリムクラブ真栄田賢がSNSでサッカーをヘイトした件は、こうした嫌な「歴史」と「伝統」の延長線上にある。

サッカーとラグビーの仲が悪いのは日本特有の現象?
 もちろん、ラブビーファン、ラグビー関係者のすべてがサッカーヘイターではない。

 公平を期すために書いておくと、音楽学者、フランス現代思想家にしてサッカーファンでもある細川周平は、著書『サッカー狂い~時間・球体・ゴール』(1989年初版)の中で、そのこじらせたサッカーへの愛情から、きわめて醜いラグビーヘイトを放っていた。<1>

 こうして見ると、サッカーとラグビーの仲が悪いことはほとんど宿命的なものにも思えてくる。

 否、サッカーとラグビーの仲が悪いのは日本特有の現象である。フットボールの本場、英国ではサッカーとラグビーの仲は悪くない……。

 ……と、日本ラグビー評論界の重鎮にして良心である小林深緑郎や、サッカーもラグビーも取材・執筆するスポーツライターの島田佳代子(夫がラグビー選手)は主張してきたのであった。

小林深緑郎
【小林深緑郎】

i LOVEラグビーワールド
島田 佳代子
東邦出版
2007-08T


 特に小林深緑郎は、これは1991年か1992年頃の『ラグビーマガジン』だったと記憶しているが、英国でラグビーと険悪だったスポーツは(サッカーではなく)、19世紀末に同じラグビーから分裂した「ラグビーリーグ」の方だったと言うのである。

 さて、ここで「ラグビーリーグ」とは何ぞや? ……という問題が出てくる。

「ラグビーユニオン」と「ラグビーリーグ」
 実は「ラグビーフットボール」は、世界的には、日本でふつうに「ラグビー」と呼ばれている15人制の「ラグビーユニオン」(Rugby Union)と、日本では稀にしかプレーされていない13人制の「ラグビーリーグ」(Rugby League)の2つの流派がある。
  • 参照:笹川スポーツ財団「ラグビーリーグ(13人制)~シンプルながら,激しいぶつかり合いも見られる格闘系球技」https://www.ssf.or.jp/ssf_eyes/dictionary/rugbyleague.html
  • 参照:中村亮一「2つのラグビー~ラグビーユニオン(15人制)とラグビーリーグ(13人制)ニッセイ基礎研究所」(2019年11月15日)https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=63008?site=nli
 ラグビーリーグは、キック以外はボールを持って前進する、ボールより前でプレーしない……といったラグビーフットボールの本質は踏襲しつつも、ラグビーユニオンのスクラム、モール、ラインアウトなどの密集的な肉弾接触のあるルールを事実上廃止し、バックスのオープンプレーに特化したようなルールのスポーツになっている。

 ラグビーユニオンとラグビーリーグが分裂したキッカケは、1895年、仕事を休んで試合に出場する選手に対する休業補償を支払うことを認めるか否かの問題である。支払いを認めるべきだいう立場がラグビーリーグとして袂(たもと)を分かち、認めなかった側がラグビーユニオンとして残った。

 その後、ラグビーリーグがプロ化を容認していったのに対し、ラグビーユニオンは頑なに(頑迷に?)アマチュアリズムの「美風」を墨守するようになっていった。しかし、アマチュアリズムを掲げるラグビーユニオンの選手たちの中にも、生活上の不安などからラグビーリーグへ転向する例が相次いだ。

 以上のような経緯から、ラグビーユニオンとラグビーリーグは長らく対立状態にあった。

 小林深緑郎が言及した、英国でラグビーと仲が悪かったのは(サッカーではなく)「ラグビーリーグ」というのはこういうことである。

 だが、ラグビーユニオンもラグビーワールドカップの開催などをキッカケに1995年以降にプロ化を認めたことから、両者の対立は緩和していき、今日に至っている。

ラグビーリーグ無き日本のフットボール文化とは?
 そもそも日本におけるラグビーは、慶應義塾大学、同志社大学、早稲田大学、明治大学(ラグビー部の創部順)……といった大学のスポーツとしてはじまった。学制は戦前の旧制だから、当時の大学生は本当のエリートである。

 また、社会人ラグビー=企業アマチュア(実業団スポーツ)という世界的には珍しいスポーツの在り方は、生活上の不安からアマチュア(ラグビーユニオン)からプロ(ラグビーリーグ)への転向という事態を起こさせなかった。

 したがって、日本でラグビーといえば、もっぱら「ラグビーユニオン」のことで、ラグビーリーグはごく稀にしか行われていない。

 その分、ラグビー(ラグビーユニオン)のアマチュアリズム(その他のラグビー的価値観)はいよいよ絶対視され、その気位の高さを醸成していった。

 だから、日本ではラグビーユニオンとラグビーリーグの対立は出来(しゅったい)しなかったが、その分、ラグビーユニオン側のヘイトの感情はプロ化や商業主義を認めるサッカーに向かっていった(都合がよいことに当時の日本ではサッカーは低迷していた)。

 ……というのが、当ブログの仮説である。

 とまれ、繰り返すが、ラブビーファン、ラグビー関係者のすべてがサッカーヘイターではない。また、後藤健生や武藤文雄のようにラグビーも熱心に応援するサッカー狂の人間もいる。
  • 参照:後藤健生「[日本代表考察]イングランドとフランス,日本だけが成し遂げている〈偉業〉~2種類のワールドカップで上位を狙う〈フットボールネーション〉日本」〈2〉(2022.07.12)https://soccerhihyo.futabanet.jp/articles/-/93770
 日本でふたつのフットボール、サッカーとラグビーとの間で軋轢(あつれき)があるということは、やはり遺憾である。

 フットボール専用スタジアムの建設など、日本のスポーツ環境にあっては両者が協力できるところは協力した方がいいのではないかと常々思う。

 サッカーとラグビーの仲が悪いのはあくまで日本特有の現象である。





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[文中敬称略]

サッカージャーナリスト・後藤健生のシンパシー
 2023年8月25日よりFIBAバスケットボール・ワールドカップ2023(バスケW杯.フィリピン,インドネシア,日本〈沖縄〉)で開催される。

 日本においてバスケットボールは、野球、サッカーに匹敵する人気スポーツであるが、サッカー以上に「歴史的に新しいスポーツ」である。

 その日本のバスケットボールに向けられた「声」=「まなざし」をさまざま集めてみれば、いろいろ面白いことが見えてくる。

 まずはサッカージャーナリストの大御所・後藤健生(ごとう たけお)である。<1>
 中国で開かれている〔2019年の〕バスケットボールのワールドカップ。僕〔後藤健生〕は、バスケットのプレー経験はないが、オリンピックやアジア大会などを取材に行った時にはよく観戦に足を運んでいる。「気になる競技」の一つなのである。

 さて、この大会、地元開催の2006年大会以来13年ぶりの出場を果たした日本代表だったが、1次リーグで3戦全敗となってしまった。

 3戦目のアメリカ戦(45対98)は、まさに手も足も出ない完敗だった。1人ひとりのプレーの幅、スピード、守備の手堅さ……。NBA選手を並べたアメリカは(最強チームは組めなかったようだが)やはり1枚も2枚も3枚も上。最後は、アメリカの方が100点代に乗せるのを遠慮してくれたように見えた。

 惜しかったのは、2戦目のチェコ戦だろう。

 76対89と点差を付けられてしまったが内容的には互角で、注目の八村塁も活躍を見せた試合だった。「逆転勝ち越しができるかな」という場面も何度かあったが、そこで何度も突き放され、最後はミスを多発して自滅してしまったような内容だった。

 この試合を見て、僕はデジャヴ(既視感)に襲われた。どこかで見た光景である。

 そう、日本のサッカーが初めてワールドカップに挑戦した1998年(あるいはほんの数年前まで)の記憶が蘇ったのだ。

 1998年のフランス大会。〔中略〕

 フランス・ワールドカップから21年。プロリーグ発足から26年目の日本サッカーの立ち位置である。バスケットも、いつかはチェコのような相手からはしっかり勝利を手繰り寄せ、アメリカとも対等に渡り合える日が訪れることだろう。

後藤健生「バスケの敗戦で思いだした日本サッカーの過去.試合をコントロールしながら,パラグアイに完勝」(2019年9月8日)https://news.jsports.co.jp/football/article/20190310217401/
 後藤健生の日本のバスケットボールに対する「まなざし」はあくまで優しい。サッカーもバスケットボールも、日本のスポーツ界の中ではむしろ「日陰の花」であったから、シンパシーを感じるのであろうか?

ラグビー評論家・中尾亘孝の「日本人=バスケットボール不要論」
 サッカーやバスケットボールと比べると、日本のラグビーフットボールは日本のスポーツ界の中では日の当たる道を歩んできた。

 1970年代~1990年代初めにかけて、Jリーグ(1993年)以前は、同じフットボールでもに日本ではサッカーよりラグビーの方が人気があった。

 日本におけるラグビーとサッカーの明暗が最もクッキリと出たのは、ラグビー日本代表=宿沢ジャパン平尾組の時代(1989年~1991年)だったが、この頃、鮮烈に登場したラグビー評論家・中尾亘孝(なかお のぶたか)は、1989年、日本バスケットボールに対して傲慢な信じられない放言をかました。<2>
 日本人ほどスポーツ好きの民族はありません。ありとあらゆるスポーツが行われており、当然のことながらほとんどのスポーツが低レベルをかこっています。そのくせ勝敗にはこだわるというどうしようもない性癖を持っています。

 もし本当に、真剣に勝敗にこだわるのなら、ありとあらゆるスポーツに手を出すのをやめるべきです。

 最大の不幸は〔日本の〕バスケットにあります。〔米国のNBAを中心とした〕世界はセブン・フッター〔身長7フィート=約210センチ〕の時代です。ところが2メートルの選手さえなかなかいないのが日本です。米国だけで全日本チームより強いチームが100以上あります。このような絶望的な競技にナショナル・チームは不要でしょう。東ドイツ〔当時〕が五輪でバスケットにエントリーしない理由を知っているのでしょうか。数少ない人材、長身選手をバレーボールと取り合えば、どちらも勝てなくなるからです。

 本気でオリンピックやワールド・カップに勝とうと望むなら、こうしたスポーツを日本人がやることを止めるべきです。NBAのバスケットもカレッジ・フットボールもNFLのプロも、皆TVで見られるのです。

中尾亘孝「こんなスポーツやめてしまえ」@『おいしいラグビーのいただきかた』(1989年)144~146頁


おいしいラグビーのいただきかた―時代はもうスポーツ・グルメ
ラグビー・ウォッチング・クラブ
徳間書店
1989-11T


 じゃあ、ラグビーはどうなんだというツッコミは当然出てくるが……。
 それならば〔日本の〕ラグビーはどうか、とも言われそうですが、かろうじてチャンピオン・スポーツとしての資格をクリアしています。しかも、ラグビーで不足している人材はラインアウトのジャンパーだけです。バスケでは帯に短しの人材も、ラグビーなら充分インターナショナルのレベルなのです。もちろんバレーボールだって大歓迎でしょう。

 当該競技〔バスケットボール〕の関係者には不快な結論でしょうが、いずれ考えなければならないことです。

 好むと好まざるとにかかわらず……過去の実績、未来への展望を共に欠くスポーツをシニア・レベルで本気でやるのはそろそろ考え直すべきです。

中尾亘孝「こんなスポーツやめてしまえ」@『おいしいラグビーのいただきかた』(1989年)146~147頁


中尾亘孝(プロフィール付き)
【中尾亘孝(本当の学歴は早大中退である)】
 この年、ラグビー日本代表は「スコットランド」に勝って大いに話題になっていた。もっとも、この「スコットランド」は正規の代表チームではなく、いくらかグレードが下のチーム(「スコットランド選抜」くらいの位置付け)だったが。そんな「スコットランド」に1回勝ったくらいで、ここまで傲慢になれるのが中尾亘孝のクオリティなのである。

 もちろん、中尾亘孝のような人は、ラグビーファン・関係者のごく一部である。しかし一方、中尾亘孝のような人の言動も目立つのが日本のラグビー界で、だから、日本のラグビーファン・関係者はラグビーを偏愛するあまり他競技を見下した不遜な人が多いという、間違ったレッテルを貼られてきた。

 はたして、日本のラグビーは1995年の南アフリカW杯で、ニュージーランド代表=オールブラックスを相手に145失点(!?)の歴史的大惨敗を喫する(ブルームフォンティーンの惨劇)。

ブルームフォンティーンの惨劇
【ブルームフォンティーンの惨劇(1995年ラグビー南アフリカW杯】

 それこそ「このような絶望的な競技=ラグビーにナショナルチーム(日本代表チーム)は不要でしょう」だとか「オールブラックスも,シックスネーションズも,みなテレビで見られるのです」だとか……言われかねない大惨敗である。

 因果応報、中尾亘孝はしっぺ返しを食らってしまった。

 日本ラグビーが汚名を返上するには、2015年ラグビー・イングランドW杯で、日本代表が世界的な強豪国である南アフリカ代表=スプリングボクスに勝つまで、20年もの年月をかけることになる。

 ちなみに、21世紀の今日、中尾亘孝は真面目なラグビーファンからは全くリスペクトされていない。

ノンフィクションライター・林壮一の日本ヘイト
 わが祖国、日本は、セルジオ越後のようないかがわしい人物が「日本サッカー殿堂」に掲額されるような国なので、日本のスポーツを「厳しい批判」と称していくら貶しても構わないような風潮がある。

 そんな精神的土壌から、金子達仁や杉山茂樹のようないかがわしい人物が幅を利かせる。<3>

 ……ということで、ノンフィクションライター・林壮一(はやし そういち)による日本のバスケットボール評である。<4>
 ……私〔林壮一〕は、日本バスケットボール界のレベルの低さを再三指摘して来た。
 NBAの素晴らしさを感じている者なら、日本で行われているプロリーグ〔Bリーグ〕を見る気にはとてもならない。バスケットボールという競技が本来持っている筈の芸術性が、まるで伝わって来ないからだ。

 それでも、運動会で我が子を見詰める親や、同じ地域に住む高校球児に声援を送るような図式が成立している。技術的に劣り、見応えのないリーグであっても、個人的な嗜好の範疇なので、ここまでは許せる。

 しかし、指導者にまるで向かない輩が監督の座に就き、生活できてしまうという現実には違和感しか……〔以下略〕

林壮一「日本バスケットボール界から消えない暴力指導」(2021/5/29)https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/23d89e2f52bfa7fcfd1162a7314c7847a2cea356
 〔2021年〕東京五輪で男子バスケットボール日本代表は、3連敗を喫した。スペインに77-88、スロベニアに81-116、アルゼンチンに77-97と手も足も出なかった。自国開催ながら早々と姿を消し、軟弱さだけを国民に伝えた。

 開催国としての恩恵を受け、45年ぶりの五輪出場となった今大会だが、世界との差を思い知らされた。八村塁、渡辺雄太〔渡邊雄太〕と2名のNBA選手を擁しても、これが現実である。

 こうなることは、大会前から分かっていた。Bリーグが発足〔2016年〕したといっても、世界に目を向ければ、技術もスピードも体躯も、メジャーリーガーとリトルリーガー以上の開きがある。

 3連敗以上に、私〔林壮一〕が問題視するのは指導者の無能さだ。ミニバス〔ミニバスケットボール〕などという日本独自のルールを築き、小学生の育成から世界に遅れをとっていることを、誰も自覚できていない。

 中学、高校、大学、そしてプロの世界においても、未だに暴力指導が蔓延っている。今日、どこのバスケットボール大会においても、罵声が飛び交う。それでいて、声の主は確固たる哲学を持ち合わせたコーチではない。単なるボランティアか、教師であるケースが大半だ。

 たとえば、UCLAの名監督であった……〔以下略〕

林壮一「自国開催で3連敗した男子バスケットボール日本代表」(2021/8/2)https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/06ce64cfec93de48f1fde55372f638a46e9f250e
 何じゃ? この上から目線は! ……と、外野の人間はビックリしてしまう。

 日本のバスケットボールファンの中には、もちろんNBAしか見ないという人(サッカーファンで言う「海外厨」みたいな人)もいるのだろう。しかし、多くのファンはNBAにはもちろん関心はあるが、Bリーグも日本代表も応援する人たちである。

 そういった人たちの心根を逆撫でするようなことを書き連ねてバスケットボールの「批評」が成立すると思っているのである。林壮一という人は。

 林壮一がこのような言動をとる理由として、次のふたつが考えられる。

林壮一…日本ヘイトの源泉
 まずひとつ……。その著書『間違いだらけの少年サッカー』(2015年)を読むと、林壮一氏はさる大学の体育会サッカー部でプレー経験があったが、これがすこぶる悪いスポーツ体験(思い出)だったらしい。

 林壮一にとって日本の体育会とは「悪しき日本の伝統」(同書17頁)、「歪んだ日本社会」(同書18頁)の象徴……。これで話が一気に飛躍して林壮一は「日本」そのものを憎悪するようになった。

 この辺は、大西鐵之祐(早稲田大学)の下でラグビーにいそしみ、きわめて上質のスポーツ体験をしていた藤島大(ふじしま だい)とは実に対照的である。

 林壮一の仕事の守備範囲は広いが、そのメインであるボクシングはともかく、サッカーで、バスケットボールで、野球で、総合格闘技で、プロレスで日本をヘイトし、いずれの界隈でも悪い評判が付いて回る人である。

 特にバスケットボールファンには印象が悪い。

 もうひとつ……。2014年頃までの日本バスケットボール協会(JBA)はガバナンスが酷くて、国内リーグが分裂し、国際バスケットボール連盟(FIBA)によって男女・年代を問わないあらゆる代表チームが国際試合から排除され、オリンピックやワールドカップの予選出場も許されない……といった窮状であった。

 ここでFIBAが強権を発動し、元日本サッカー協会会長・川淵三郎をトップに日本バスケットボール界の抜本的な改革をすることになる。

 JBAの旧指導陣(理事と評議員)が一掃され、JBAはバスケットボール関係者を一旦完全に排除する形で理事会が再編された。

 国内リーグが統一されプロリーグ「Bリーグ」が発足した(2016年)。バスケットボール日本代表(男子)がアジア予選を突破しバスケW杯本大会に出場した(2019年)。2021年の東京オリンピックでは、バスケットボール日本代表(女子)は銀メダルを獲得している。

 日本バスケ界の改革は成功している。

 ……で、林壮一は、この時、JBAから「追放」されたJBAの旧指導陣によって結成された「日本バスケットボール推進協議会」(以下「バスケ推進協議会」と略す)に近い人物で、この組織を後ろ盾にバスケットボールを論じているである。

 当然「追放」された側の「バスケ推進協議会」は反JBAだ。

 そして、当然、林壮一も現行の日本バスケットボール界を嫌らしいまでに否定的に論評する……というわけである。

 しかし、である。林壮一が常々批判する、バスケットボール日本代表(男子)が「弱い」ことも、日本バスケットボール界から「暴力指導」が根絶できないことも、基本的には「バスケ推進協議会」の方の「責任」ではないのか。

 例えば、日本代表がバスケW杯で「惨敗」して「〈世界の壁〉に跳ね返された」などという表現を使うことがあるが、「バスケ推進協議会」の人たちが日本バスケ界を牛耳っていた時代は「世界の壁」にぶち当たることすらできなかったのだ。

 「バスケ推進協議会」は、FIBAの幹部からは「日本バスケの墓掘り役である」と酷評される日本バスケットボール界の「老害」である。
  • 参照:大島和人「川淵前会長を嘆かせ,FIBA最高幹部を〈怒り心頭〉にさせた日本バスケ推進協議会」(2018/12/17)https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/6650cb5aac8ed61fddb3cf2b2d0b2830391092be
 その「日本バスケの墓掘り役」と昵懇(じっこん)なのが林壮一で、彼が日本のバスケットボールファンから嫌われる理由は、こんなところにもある。

どうせ憎まれ口をたたくなら…
 「日本人は……」とは書かずに、なぜか林壮一は「ジャパニーズは……」などと書くことが多い。それかそれで嫌らしいのだが。それはともかく……。

 ……どうせ「ジャパニーズ」に向けて憎まれ口を叩く炎上商法が林壮一のデフォルトならば、「アメリカにおける日本人メジャーリーガー・大谷翔平の本当の評価」を書いたらどうかと個人的に思う(笑)。





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日野レッドドルフィンズの「酒乱」騒ぎ
 ジャパンラグビーリーグワン2部に属する「日野レッドドルフィンズ」(日野自動車のラグビーチーム)が、2022年10月、大分県別府市の飲食店で、シーズン前の合宿の打ち上げを行った。

 だが、この時、選手の一部が「酒乱」して、服を脱いで裸になったり、女性店員の体を触ったり、グラスや備品を破壊したり、店のレジを勝手に開けて中のお金を数えたり……といった「乱痴気騒ぎ」を繰り広げた。

 日野レッドドルフィンズと日野自動車は、この事件を隠蔽しようとしたが、2023年2月になって週刊誌報道で発覚。結果、日野レッドドルフィンズは不祥事があったとことを認め、チームの活動を無期限で停止すると発表した。

実は「酒乱」とノーサイド精神は表裏一体?
 広尾晃氏のような(頭の悪い)スポーツライターは、日野レッドドルフィンズの一件を「ラグビーのイメージがガラガラと音を立てて崩れるような事件だった」と嘆いている。
  • 参照:広尾晃「ラグビーのイメージが瓦解するような事件ではないか」(2023年02月03日)http://baseballstats2011.jp/archives/60165145.html
 しかし、この感想は必ずしも正しい認識ではない。海外のラガーマンもまた同様の問題を起こしている。

 2019年に日本で開催されたラグビーW杯日本大会では、出場したウルグアイ代表選手の一部が、夜に訪れた熊本市の飲食店で、飲み物をこぼしたり、壁や鏡を殴ったり、ぬいぐるみを引き裂いたり、店員にタックルをしたり……という不祥事を起こしている。
  • 参照:AFP「ウルグアイ代表選手の暴行騒ぎ,主催者側が店に謝罪 ラグビーW杯」(2019年10月17日)https://www.afpbb.com/articles/-/3249938
 むしろ、ラグビーってこの手の不祥事が、国の内外を問わず多いなぁ……というイメージである。時々、海外からも聞こえてくるラグビー絡みの嫌な話題である。

 実はラグビーというスポーツは、「酒乱」という忌まわしい風潮と、ノーサイド精神<1>という麗しい文化とが表裏一体の関係にある。

アフターマッチファンクションとは?
 同じく英国生まれの「フットボール」でありながら、サッカーになくてラグビーにある習慣のひとつに「アフターマッチファンクション(after-match function)」がある。ラグビーの試合後、両チームの選手やレフェリーなどが参加するの交歓会のことである。

 アフターマッチファンクションは、酒と食事が出され、それらを飲食しながら、互いの健闘を称え合い、ねぎらいの言葉を掛け親睦を深める「酒宴」である。
  • 参照:岸川貴文「ラグビー選手には試合後,全員参加の飲み会(アフターマッチファンクション)が待っている」(2019.07.16)https://www.news-postseven.com/archives/20190716_1410537.html?DETAIL
 ラグビーの母国イングランドで、ホストとなったチームが対戦チームを歓迎するために始められたのが、アフターマッチファンクションの起源とされている。ラグビーが伝わった明治時代に、この習慣もまた、日本に一緒に入ってきたという。

 少し前まで激しいぶつかり合いをしていた選手同士が一緒に語り合う、まさに「ノーサイドの精神」または「紳士のスポーツ」を謳(うた)うラグビーらしい文化である。

中尾亘孝の言及から
 1989年の日本ラグビーといえば、宿沢ジャパン(宿沢広朗氏麾下のラグビー日本代表)が日本に遠征してきたスコットランドXV(正規のフル代表ではないが)から歴史的勝利を挙げた、歴史的な年である。


【1989年 日本代表vsスコットランドXV フルマッチ】

 その1989年、あの中尾亘孝(なかお のぶたか)が『おいしいラグビーのいただきかた~時代はもうスポーツ・グルメ』をひっさげてラグビー評論家としてデビューした。

中尾亘孝(プロフィール付き)
【中尾亘孝】(本当の学歴は早大中退らしい)

 この本の中に、ラグビーにおけるアフターマッチファンクションについて説いた箇所がある。
 ラグビーとは、ゲーム〔試合〕を楽しむだけでラグビーを楽しむことにはならないのです。アフター・ゲーム・ファンクション〔アフターマッチファンクション〕こそはウラ〔裏〕のラグビー、プレイヤー、ラガーメンだけの本当の秘かな楽しみで、絶対に欠かせないものなのです。〔…〕ラグビーをラグビーたらしめている特別な慣習です。

 ラガーメンは他の競技と比べて特に結束が固いと自他共に認めています。そしてその固い友情が築かれる場〔…〕アフター・ゲーム・ファンクションは日本人には想像もつかないほどの重要な意味を持っているのです。〔中略〕

 ゲームで〈男らしさ〉を発揮したあと、裸でシャワーを浴びて、こんどは乱痴気騒ぎ〔アフターマッチファンクション〕でもう一度〈男らしさ〉を競う。これがラグビーを楽しむ際のフル・コースです。〔中略〕

 ジェントルマン・シップの本音の部分なしに男の友情は生まれません。〔略〕

中尾亘孝『おいしいラグビーのいただきかた』206~207頁


おいしいラグビーのいただきかた―時代はもうスポーツ・グルメ
ラグビー・ウォッチング・クラブ
徳間書店
1989-11T


 アフターマッチファンクションこそ、ラグビーのアイデンティティであること。

 それは単なる交歓会ではなく、〈男らしさ〉を競う乱痴気騒ぎの場でもあること。

 だからこそノーサイド精神を象徴する「酒宴」と暴力的な「酒乱」が背中合わせの関係にある場になっていること。
 ラガーメンと酒イコール、プッツン〔…〕〔アフターマッチ〕ファンクションではむしろプッツンする方がかつては正しかったのです。

 〔…〕D・リチャーズ(イングランド代表)と、J・ジェフリー(スコットランド代表)が五か国対抗〔現在のシックスネーションズの前身〕のイングランドvsスコットランド戦の後、酔った勢いで由緒あるカルカッタ・カップ〔イングランドvsスコットランドの定期戦に賭けられたトロフィー〕を街頭に持ち出して毀〔こわ〕したとか毀さないとかで新聞沙汰になったことがありました。

 これも20~30年前なら笑ってすまされたことかもしれないのです。

 フットボールにおいて、ファンのプッツン(サッカー)とプレイヤーのプッツン(ラグビー)は歴史始まって以来のつきものだったのです。

 いきすぎたプッツンは当然許されません。けれども、〔アフターマッチ〕ファンクションにおけるある程度のプッツンは紳士のたしなみでもあるのです。〔以下略〕

中尾亘孝『おいしいラグビーのいただきかた』208頁
 引用文中に頻々と出てくる「プッツン」とは「自制心や緊張感などが突然なくなり狂気じみた行動・言動をとる」という意味の俗語。最近はあまり使われない。サッカーにおける「ファンのプッツン」とは、当時問題になっていたフーリガンのことを示している。

根絶すべき「ラグビーのプッツン」
 中尾亘孝の言及を信じれば、やはりラグビー文化において「酒宴」と「酒乱」は表裏一体だった。それは元々「紳士のたしなみ」(!)であり、しかも「世界的」な風潮(?)だった。日野レッドドルフィンズの酒乱事件とは、そうした忌まわしい傾向の現代日本における表出だったりする。

 今回の一件を、真面目なラグビーファンほど憂慮している。一部のラガーマンの問題ではなく、日野レッドドルフィンズという1クラブの問題でもなく、日本のラグビー界全体の問題である。それはラグビーというスポーツ全体が「酒乱」のイメージで社会的に低く評価されてしまうからである。

 中尾亘孝は「フットボールにおいて,ファンのプッツン(サッカー)とプレイヤーのプッツン(ラグビー)は歴史始まって以来のつきものだった」と書いた。

 サッカーのプッツン=フーリガンについては当局の努力でかなり弱体化した。ならば、ラグビーのプッツン=選手の「酒乱」癖について、ラグビー側でも対策に乗り出すべきではないのか。

 少なくとも日本の当局、公益財団法人日本ラグビーフットボール協会や一般社団法人ジャパンラグビーリーグワンはそうするべきだろう。

(了)




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ある逸話
 中村敏雄著『オフサイドはなぜ反則か』。初版は1985年7月。ゴールを目指しながらゴールへの先回りを禁じたサッカーやラグビーの「不合理」なルール=「オフサイド」の発祥を中世英国の村祭りにたどり、その「心」を描いた名著としてきわめて高く評価されてきた。





 半田雄一編集長時代の旧『サッカー批評』誌で、後藤健生氏と中村敏雄氏との対談が企画された。その冒頭、後藤健生氏はこの本の初版本を持ち出して、中村敏雄センセイにサインをおねだりした……という逸話があるくらい、『オフサイドはなぜ反則か』は名著なのである。

 だからといって、今なお、この本を神棚の御札のようにただただ有難がっているだけでいいのだろうか?

オフサイドの「心」
 中世英国、街頭や村で大規模に行われていた「フットボール」は時代を下り、空き地や校庭で限られたスペースで行われるようになった。その「フットボール」では、自陣より前に出て待ち伏せのようにプレーすること、つまり「オフサイド」を卑怯な反則として禁じた。

 その理由とは? 当時、ほとんどのルールでは、1点先取か2点先取で勝敗が決まるルールだったので、時間いっぱいフットボールのゲームを楽しむためには、簡単に得点が決まってはかえって困るからである……。

 ……というのが『オフサイドはなぜ反則か』という著作の「心」である。

 この「心」は、刊行当時、1980年代に流行っていた「近現代の競技スポーツにおいて勝ち負けを争うこと勝利を求めること,それ自体を卑しめる」現代思想系のスポーツ評論(否,今福龍太氏のように2020年代に入ってもそんなスポーツ評論を書く現代思想家はいるが)の精神とも共鳴するところが多々あった。

 こうした時代背景が『オフサイドはなぜ反則か』を歴史的な名著としている。

加納正洋による批判
 しかし、この仮説には弱点がある、と中村敏雄説を大胆に批判したのは、フットボール・アナリストを自称する加納正洋……数々の反サッカー主義的言動で知られる中尾亘孝(なかお のぶたか)<1>という偏執的なラグビー評論家の別名……の著作『サッカーのこと知ってますか?』(2006年)である。

サッカーのこと知ってますか?
加納 正洋
新潮社
2006-05-25


 加納正洋の主張は、要するにサッカーやラグビーが形成されていく当時(19世紀後半)の英国のフットボールには「オフサイドがないフットボール」も多数あったというのである。

 すなわち、シェフィールド・ルール、ウィンチェスター・カレッジ・フットボール、オーストラリアン・ルールズ・フットボール、ゲーリック・フットボールなどのフットボールには、オフサイドが無かったという。

 特にオーストラリアン・ルールズ・フットボール(オーストラリアの国技)やゲーリック・フットボール(アイルランドの国技)は、オフサイドが無くても何の不自由もなく、競技が成立・発展してきた。

 こうしたことは19世紀末に「フットボール」を室内向けに改良、考案され、オフサイドを意図的に無くしたとされるバスケットボールに限らないのである。

 中村敏雄説では「オフサイド」を他の反則ルールの中でも特別視する傾向にあるあるが、こうして見てくると、オフサイドはそんなに特別で特異なルールなのだろうか? ……と思えてくる。

 例えばラグビーなどは、オフサイドだけなく、ノックオンやスローフォワードをも反則としないと、そのゲーム性は成立しない。そうしないと、オーストラリアン・ルールズ・フットボールか、ゲーリック・フットボールみたいな球技になってくるからだ。

 これは、ラグビー・フットボールの創生譚「ウェッブ・エリスの伝説」とも関わってくる。

世界ラグビー基礎知識
小林 深緑郎
ベースボールマガジン社
2003-10T


膀胱ボールと「農耕民族」
 近代以前のフットボールで使用されるボールは、ゴムの代わりに牛や豚の膀胱が用いられたという、有名な話があるが、『オフサイドはなぜ反則か』初版の78~79頁には、これについて次のような話が書かれてある(本文の引用では長すぎるので要約を載せる)。
 膀胱のボールを作るためには牛や豚が屠畜されなければならない。昔の英国人(欧米人)は血まみれの膀胱ボールを蹴っていたのではないか? また膀胱ボールは破れやすかったという。昔の英国人(欧米人)は膀胱ボールが破れるたびに牛や豚を屠畜していたのではないか?

 血まみれの膀胱ボールを蹴り合い、楽しみ、それが破れるたびに牛や豚を殺していた昔の英国人(欧米人)の感覚はまさに荒々しい狩猟民族の精神そのものであり、対照的に温和な「農耕民族=日本人」にはサッカーやラグビーの本質は理解できないのではないか?

中村敏雄『オフサイドはなぜ反則か』初版の78~79頁より
 このように、中村敏雄氏は、日本でサッカーを語る人にはありがちなのだが、「日本」と「世界」の間に越えられない「文化の壁」や「人種の壁」を構築する癖の強い人で、この点、非常に頑迷であった。

膀胱ボールは実用に耐えない
 ただし、このくだりは何かの根拠をもって書かれたものではない。あくまで著者・中村敏雄氏の想像である。2022年の今日、農耕民族と狩猟民族の対比などといったありふれた文化論は、とても知的には見えない。だが、中村敏雄氏の存命中はこれが通用していた。

 加納正洋は、この説も批判する。

 どんな本にも出てくる「膀胱ボール説」だが、これは机上の空論である。なぜなら……。実物の膀胱ボールは、紙風船とビーチボールを足して二分したような華奢(きゃしゃ)なもので、大人が蹴れば一発で破れる。とてもフットボールの実用に耐えるものではない。

 フットボール用のボールは丈夫な動物の皮をアウター(外皮)として使い、インナー(内皮)には、よく洗い乾燥させた豚や牛の膀胱を使った(血まみれではない)。

 中世英国では、人々の間で荒々しいフットボールが行われていた。しかし、そこに血まみれの膀胱ボールが使われていたというイメージは正確ではない……と。

中村敏雄説もアップデートを
 中尾亘孝は嫌いだが、中村敏雄氏の権威におもねることなく批判した点は評価できるのではないか。

 とまれ『オフサイドはなぜ反則か』の所説もアップデートが必要な時期に来ているのだと思う。

(了)




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