スポーツライター玉木正之氏の知的誠実さを問う

大化の改新と蹴鞠(けまり)問題など、日本のサッカーカルチャーについてさまざま論じていきたいと思っています。

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前回,前々回のおさらい
  • 【前々回】RWC2019日本大会の公式テーマ曲「ワールド・イン・ユニオン」はなぜ黙殺されたのか?(2020年01月23日)
  • 【前回】続・RWC2019日本大会の公式テーマ曲「ワールドインユニオン」はなぜ黙殺されたのか?(2020年01月26日)
 いきものがかりの吉岡聖恵が歌った、ラグビーW杯2019日本大会の公式テーマ曲「ワールド・イン・ユニオン」(World In Union)は、世間では無視され、黙殺され、忘れ去られた。

World In Union
Sony Music Labels Inc.
2019-10-01


 なぜか? 「ワールド・イン・ユニオン」とは別に、独自のラグビー関連のタイアップ曲を持ってビジネスをしているNHK、日本テレビ、TBSといった日本ラグビー界をPRしてくれるマスメディア、独自のCMタイアップ曲を持つ、ラグビー日本代表のスポンサー・大正製薬「リポビタンD」に対して、日本ラグビー界が【忖度】したからである。

 タイアップ曲によるビジネスは、欧米の音楽業界には見られない因習であり、日本の音楽業界、テレビ業界が孕(はら)む構造的な、好ましからざる慣習である。

 この風潮が、ラグビー界を含めた日本のスポーツ界、日本のマスメディアによるスポーツ番組、スポーツ中継にも及ぶようになっている。

 日本ラグビー界が吉岡聖恵の「ワールド・イン・ユニオン」を前面に押し立ててしまうことで、他の日本ラグビーとのタイアップ曲が目立たなくなってしまうことを、恐れたからである。

 吉岡聖恵の「ワールド・イン・ユニオン」は、「タイアップ曲」という日本的な因習の犠牲になり、存在を隠蔽され、潰された。

ゆず「栄光の架橋」とNHKのステマ
 例えば。2004年アテネ・オリンピックの公式テーマ曲は、ゆず「栄光の架橋」……ではない。

 同大会の体操競技の中継で、NHKの刈谷富士雄アナウンサーが「伸身の新月面が描く放物線は、栄光への架け橋だ!」と実況した。1936年ベルリン五輪の「前畑ガンバレ」に匹敵する、本邦スポーツ中継史における名セリフ、だと言われている。しかし……。

 この刈谷アナウンサーの実況は、放送法にある「他人の営業に関する広告の放送をしてはならない」という規定に抵触するのではないか? ……と批判されている。

 NHKは、子会社のNHK出版が「栄光の架橋」の原盤権(著作権とは別の音源に関する権利)を持っていて、この曲を流せばNHK出版にカネが下りる。つまり、刈谷アナウンサーの実況は「栄光の架橋」のステマ(ステルスマーケティング)をしたものではないか……との疑惑を指摘されているのだ(速水建朗『タイアップの歌謡史』215~216頁)。


 例えば。2010年サッカーW杯南アフリカ大会の公式テーマ曲は、Superflyの「タマシイレボリューション」……ではない。

 日本人のあるお笑いタレントが、この曲をBGMにして、同大会でアルゼンチン代表監督をつとめたディエゴ・マラドーナの物まね振りマネをしていたが、国際的には通用しない。外国人には、マラドーナの真似をするのに、なぜこの曲でなければならないのか意味不明である。

 例えば。2012年ロンドン・オリンピックの公式テーマ曲は、いきものがかりの「風が吹いている」……ではない。

 いきものがかりのボーカルの吉岡聖恵は、2019年のラグビーW杯日本大会の正真正銘の公式テーマ曲「ワールド・イン・ユニオン」を歌いながら、他のテレビ局・他のスポンサー会社のタイアップ曲ビジネスに隠蔽されて、世間的には黙殺された。しかし、この時は公共放送たるNHKの強力なバックアップを受けていた。

 皮肉と言えば、皮肉である。

椎名林檎のブラジルW杯NHKタイアップ曲「NIPPON」は何が駄目か?
 例えば。2014年サッカーW杯ブラジル大会の公式テーマ曲は、椎名林檎の「NIPPON」……ではない。

 この楽曲は、好悪の別がハッキリと分かれたが、何が駄目なのか? 当ブログには、よく分かる。当シリーズでは、楽曲それ自体への評価はしないつもりだったが、この作品に関しては例外とする。「NIPPON」は、何が駄目なのか?

 ウィキペディア日本語版の記述をそのまま信じれば、椎名林檎の「NIPPON」は、NHKから「日本代表を応援する歌を作ってほしい」と依頼されたという。しかし、英米などとは違い、ナショナリズムがデリケートな問題になっている日本で、これでは歪な楽曲しか生まれない(RADWIMPSの「hinomaru」なども同様である)。

 むしろ、NHKは「国籍や民族にかかわらず,世界中のどこのサッカーチームであっても,ファンやサポーターが応援に使える曲を作ってほしい」と依頼するべきであった。

 事実、JリーグのFC東京のサポーターは「You'll Never Walk Alone」(俗称:ユルネバ,元はリバプールFCのサポーターソング)、モンテディオ山形は「Blue Is The Colour」(俗称:ブルイズ,元はチェルシーFCのサポーターソング)と、英国のサポーターソングを使っている。

 ……というか、日本製のサッカー関連の楽曲が余りにも貧困なので、そうせざるを得ない。*

 この辺が、「六甲おろし」(阪神タイガース)や「東京音頭」(東京ヤクルト スワローズ)といった応援歌が定着している、土俗の臭いが(いい意味で)ぷんぷんするNPB=日本プロ野球に対して、Jリーグ(日本サッカー)の劣っている点である。

六甲おろし~阪神タイガースの歌
立川清登
ビクターエンタテインメント
1992-07-22


 椎名林檎が本当に優れたシンガーソングライターならば、NHKの依頼など鵜呑みにせずに、こうした「情況」に風穴をブチ開ける楽曲を創るべきであった。

 それとも、Jポップのアーティストの創作力なんて、所詮こんな程度のモノなのですかね?

W杯も五輪も日本ではテレビ局のイベント!?
 ……等々、こうした事例には枚挙に暇がない。これらは、あくまでNHK(他の民放でも同様)が自局のスポーツ中継を利用した原盤権ビジネスのために、勝手に制定した私的な「タイアップ曲」であって、大会それ自体の「公式テーマ曲」ではない。

 つまり、1964年東京オリンピックにおける三波春夫(ほか競作)の「東京五輪音頭」や、1972年札幌冬季オリンピックにおけるトワ・エ・モア(ほか競作)の「虹と雪のバラード」といった、公的なテーマ曲とは性格の異なる楽曲である(椎名林檎の「NIPPON」以外は,楽曲そのものへの評価ではない)。

東京五輪音頭~世界の国からこんにちは(舞踊ガイド付)
三波春夫
テイチクエンタテインメント
2019-10-10


虹と雪のバラード (MEG-CD)
トワ・エ・モワ
株式会社EMIミュージック・ジャパン
2012-10-31


 あまつさえ、NHKなどは、テレビやラジオの番組で。こうした大会の公的なテーマ曲と私的なタイアップ曲を混同して、「W杯や五輪のテーマ曲」として紹介する詐術を行っている。許し難い。

 かくして日本人は、ワールドカップであれ、オリンピックであれ、テレビ局の私的な「タイアップ曲」をいうフィルターを付けさせられて、あたかもそのテレビ局のスポーツイベントであるかのように、これを見るハメになる。

 日本人は「世界」とは違ったものを見せられている。

 このことは、日本におけるスポーツの文化的価値を著しく下げている。

紅白で「ワールド・イン・ユニオン」が歌われなかった愚かなニッポン
 2019年12月31日、大晦日(おおみそか)恒例の歌番組「NHK紅白歌合戦」(紅白)で、吉岡聖恵が属するいきものがかりは、「ワールド・イン・ユニオン」ではなく、前述の「風が吹いている」を歌った……というか歌わされた。ゆずもまた前述の「栄光の架橋」を歌った。

 ともに2020年東京オリンピックの前景気を煽るためである。

 Little Glee Monster(リトグリ)は、NHKのラグビー関連番組タイアップ曲「ECHO」を歌った。また、松任谷由実は、ラグビーを題材にした「ノーサイド」を歌った。

ノーサイド
UNIVERSAL MUSIC LLC
2018-09-24


 同年、日本で開催されたラグビーW杯の感動を振り返り、その余韻に浸るためである。曲が流れている間、番組では、ラグビーW杯2019日本大会の試合の映像をふんだんに使っていた。

 他方、他のラグビー関連のタイアップ曲の歌い手、例えば「馬と鹿」(TBS系テレビドラマ「ノーサイド・ゲーム」主題歌)の米津玄師や、「兵、走る」(ラグビー日本代表スポンサー「リポビタンD」CMソング)のB'zは、「紅白」に出演しなかった。

 「紅白」には、いかにもNHK的な権威主義や、番組独特の野暮ったさがあり、こだわりを持つ「アーティスト」的な歌い手たちには、出演することに抵抗のある歌番組である。出演するにしても、さんざんな勿体を付けて出演する(何のかんのいっても「紅白」は視聴率は高いからPRの効果は高い.だから音源は売れる)。**

 松任谷由実は、以前はそんなこだわりを持つ「アーティスト」的な歌い手だった。以前はそんなこだわりを持つ「アーティスト」的な歌い手では必ずしもなかった桑田佳祐のサザンオールスターズは、今やそんな人たちになってしまった。

 そして、ネットという巷間には、そんな米津やB'zを盾にとってNHKや「紅白」を揶揄しては得意げな人がいるらしい。さらには米津「馬と鹿」の作風をもってB'z「兵、走る」の作風まで揶揄しては、得意げな人もいるらしい。だが……。

 ……全部間違っている。

 吉岡聖恵が「NHK紅白歌合戦」で「ワールド・イン・ユニオン」を歌うことが出来なかったこと。これが一番の問題である。間違いである。

 わたくしたちの祖国ニッポンは、そのことを知らない人の方が多い。間違っている。

 日本人は本当に馬鹿な民族である……などと書くと、釜本邦茂の日本代表得点記録は捏造(そうなのかもしれない)だと常々主張している某ブロガー氏と一緒になってしまう。

 しかし、日本人の多くがいたいけな情況なのは事実だからしょうがない。

 日本は「世界」に向けて恥をさらしているッ……と書くと、誤字脱字事実誤認悪口雑言罵詈讒謗の常習犯であるインチキ野球ブロガー・広尾晃氏のようになってしまう。

 しかし、「世界」に対して日本が恥ずかしい情況なのは事実だからしょうがない。

RWC2019…その玉に瑕
 ラグビーW杯2019日本大会は、本当に素晴らしい大会だった。そのことは誰も疑いようはない。

 台風19号の被害で3試合が中止になったこと。これは天災であるし、いたしかたない。

 しかし、ラグビーW杯2019日本大会の本来の公式テーマ曲である、吉岡聖恵が歌った「ワールド・イン・ユニオン」が、ここまで蔑(ないがし)ろにされたこと。

 この恥ずかしい事実は、大会唯一の汚点となっている。

(了)




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前回のおさらい
  • 【前回】RWC2019日本大会の公式テーマ曲「ワールド・イン・ユニオン」はなぜ黙殺されたのか?(2020年01月23日)
 歴代のラグビーW杯で歌い継がれてきた大会公式テーマ曲「ワールド・イン・ユニオン」(World In Union)。2019日本大会では、いきものがかりの吉岡聖恵が歌った。

World In Union
Sony Music Labels Inc.
2018-10-05


 しかし、世間では、吉岡聖恵の「ワールド・イン・ユニオン」は無視され、黙殺され、忘れ去られた。なぜか?

 通説では、日本ラグビー界の首領(ドン)こと元首相・森喜朗が、吉岡聖恵よりも、平原綾香の方を依怙贔屓(えこひいき)したために、日本ラグビー界がその意向を【忖度】したからだ……と伝えられている。

 しかし、おそらく元首相・森喜朗の存在は隠れ蓑(かくれみの)に過ぎない。日本ラグビー界の真の【忖度】の対象は他にある。

 独自のラグビー関連のタイアップ曲を持ってビジネスをしているNHK、日本テレビ、TBSといった日本ラグビー界をPRしてくれるマスメディア、独自のCMタイアップ曲を持つラグビー日本代表のスポンサー・大正製薬「リポビタンD」に対する【忖度】である。

 日本ラグビー界が吉岡聖恵の「ワールド・イン・ユニオン」を前面に押し立ててしまうと、他の日本ラグビーとのタイアップ曲が目立たなくなってしまうからである。

 タイアップ曲によるビジネスは、欧米の音楽業界には見られない慣習であり、日本の音楽業界、テレビ業界、スポーツ業界が孕(はら)む構造的な、好ましからざる慣習である。

 吉岡聖恵の「ワールド・イン・ユニオン」は、「タイアップ曲」という日本的な悪習*によって存在を隠され、潰されたのだ……。

世界的スポーツイベントとタイアップ曲
 ……こうした日本のタイアップ曲の慣習は、日本のスポーツ文化という観点から見て大いに弊害がある。

 例えば、2018年のサッカー・ロシアW杯の場合、その公式曲は、ドイツ人の作曲家ハンス・ジマー(Hans Zimmer)とスコットンド人の作曲家ロアン・バルフェ(Lorne Balfe,ローン・バルフとも)が作曲した「Living Football」という曲である。


【Hans Zimmer & Lorne Balfe - Living Football (The original 2018 FIFA World Cup soundtrack)】


【Hans Zimmer, Lorne Balfe - Living Football (Official FIFA Theme)】


【Hans Zimmer & Lorne Balfe - Living Football [FIFA 2018 Theme Music Visualization]】

 ところが、日本の公共放送たるNHKは、これとは別に日本のロックバンドSuchmos(サチモス)の「VOLT-AGE」(ボルテージ)なる楽曲を「2018年NHKサッカーテーマ」として(勝手に)選び、2018FIFAワールドカップ・ロシア™のテレビ中継のオープニングやエンディングにも被せてきた。


【FIFA ワールドカップロシア2018 NHK オープニング】

 NHK……に限らず日本のテレビ局は、公式のテーマ曲を蔑(ないがし)ろにすることで、サッカーW杯やオリンピックを、あたかも自局独自のスポーツイベントであるかのように、視聴者に印象付けようとしてきた。

 タイアップ曲というフィルターによって、日本のスポーツファン、テレビ視聴者は、日本のテレビ局によって、W杯でも五輪でも「世界」とは違ったものを見せられてきた。

 さすがにFIFAは、こうした事態を防ぐために、昨今、W杯公式曲をBGMとした、オリジナルのオープニング&エンディング用のアニメーションを制作し、これを試合中継や関連番組の前後に挟んで放送するようになっている(これはラグビーW杯でも同様である)。


【2018 FIFA World Cup Russia - OFFICIAL TV Opening (EXCLUSIVE)】


【2014 FIFA World Cup - OFFICIAL TV Opening】

 日本のテレビ局(NHKや民放)による、自局のビジネスのために発生した、W杯や五輪という世界的なメガイベントへの不遜や矮小化は、目に余るものがある。





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松任谷由実の「ノーサイド」ではなく…
 大晦日(おおみそか)恒例のテレビ番組「NHK紅白歌合戦」を視聴することが、さまざまな理由で個人的にも苦痛になって久しい。それでも、次のツイートをしたいばっかりに、松任谷由実が「ノーサイド」を歌ったパートのみをピンポイントで視聴した。



 要するに、ツイッターに当てこすりを投稿したかったのだが、では、そもそも「ワールド・イン・ユニオン」(World In Union)とは、いかなる楽曲なのか?

歴代のラグビーW杯で歌い継がれてきた名曲
 余程いたいけな人でもない限り、ラグビーワールドカップ2019日本大会(RWC2019)の公式テーマ曲は、いきものがかりのメインボーカル・吉岡聖恵の「ワールド・イン・ユニオン」(World In Union)であったことを知っている。


【[ラグビーワールドカップ]この感動は一生に一度だ/オフィシャルソング『World In Union』/吉岡聖恵(いきものがかり)】(2019年 第9回ラグビーW杯)

 昔からのラグビーファンならば、「ワールド・イン・ユニオン」が、1991年の第2回大会(イングランドほか5か国で開催)から歌い継がれた、ラグビーW杯のテーマ曲であることを知っている。

 1991年大会は、ニュージーランド出身のオペラ歌手・声楽家のキリ・テ・カナワによって歌われた。


【Kiri Te Kanawa - 'World In Union' Music Video】(1991年 第2回ラグビーW杯)

 2011年の第7回ラグビーW杯ニュージーランド大会では、同国出身の歌手ヘイリー・ウェステンラが歌った。


【RWC 2011 Official Song - Hayley Westenra Recording World In Union】(2011年 第7回ラグビーW杯)

 いずれも素晴らしい。

 ところが、吉岡聖恵は、ラグビーW杯の開会式・閉会式を含めて、公衆の面前で「ワールド・イン・ユニオン」を歌うことは、ついぞなかった。そして、この曲がマスメディアを通じて流れることも、またなかったのである。*

異常なまでに詳しい『東京スポーツ』電子版の記事
 この辺の不可解な事情については、夕刊紙『東京スポーツ』電子版の2019年11月10日付で、無署名ながら、非常に詳しく、かつ拘(こだわ)った記事が掲載されている。
いきものがかり・吉岡聖恵 ラグビーW杯公式ソング〈消えた〉生歌 当日会場にいたのに
 なぜ肉声披露はなかったのか。大盛況で幕を閉じたラグビーW杯日本大会にあって、一部で疑問や残念な思いを呼んだのが、オフィシャルソング「WORLD IN UNION(ワールド・イン・ユニオン)」の歌手を務めた人気グループ「いきものがかり」の吉岡聖恵(35)が一度も公の場で歌わなかったこと。過去には著名歌手らが開会式を美声で彩ってきた中、吉岡が登場しなかった理由を大会組織委員会に尋ねた。

 W杯の「アンセム(祝歌)」と呼ばれ、1991年の第2回イングランド大会から歌い継がれてきた「ワールド・イン・ユニオン」。吉岡は昨年〔2018年〕9月、栄誉ある公式ソングの歌い手として発表された。ところが、閉幕まで公の場で歌ったことは「ございません」と組織委の広報担当者は本紙〔『東京スポーツ』〕の書面質問に答えた。

 英語による吉岡の歌唱は昨年10月に配信が始まり、今年9月にはジャケットを新調した開幕バージョンが流された。この間、大会PR映像を通じてウェブ、イベントなどで歌声が聞かれ、開幕後もPR映像とともに各スタジアムで響き渡った。

World In Union
Sony Music Labels Inc.
2018-10-05


 一方で生歌唱を期待していたファンからは「聖恵ちゃんのワールド・イン・ユニオンが聞きたかった」といった声や、実現しなかったことに「残念です」との反応がSNSで発せられた。

 公式ソングは今回、日本対ロシアの開幕戦直前に会場の東京・味の素スタジアムで行われた開会式で少年少女たちが合唱した。2011、〔20〕15年大会では女性シンガーが、〔19〕99年ウェールズ大会は世界的に有名なシャーリー・バッシーと男性バリトンが登場するなど、開会式で地元出身歌手によって歌われるのが恒例。吉岡は開幕戦を観戦した写真をインスタグラムに投稿しており、試合会場にはいたにもかかわらず、歌わないという状況だった。

 いわば異例のケース。開会式について組織委広報は「大会ビジョンから導き出したテーマ『Rugby For Tomorrow』を基調に演出プランを作成しています」としてこう続けた。

 「『World In Union』の歌詞にもある、団結した、一つとなった世界。新しい時代。このことをラグビーの、そして世界の明日を担う様々な人種の子供たちに声を合わせて歌ってほしい。この思いから、『子供たちによる大合唱』という演出スタイルをワールドラグビー(注・国際統括団体)及び組織委員会、開催都市を含む検討会議体との協議を経て選択しました」

 99年大会でも、当時の報道などによると子供と大人計1000人の合唱団が、サビの部分でバッシーらと声を合わせた。日本大会は「子供たちによる大合唱」を打ち出したことで、公式歌手の出番がなかったということになる。吉岡は決勝戦も観戦したが、閉会式はもともと歌手によるアトラクション等は設けられていなかった。

 この曲を巡っては、その存在感も一部で問われた。もっぱら話題を呼んだのは、開幕直前まで放送されたラグビー部を舞台とする人気ドラマ「ノーサイド・ゲーム」〔TBS系列〕の主題歌〔米津玄師の〕「馬と鹿」や、代表選手が出演のCMで使用された〔B'zの〕「兵、走る」、代表チーム発の「ビクトリーロード」など。SNSでは「間違いなくW杯を象徴する曲なのに」と公式曲の影の薄さを指摘する声もみられる。

 これまで恒例の大会公式アルバムも現時点では発売されていない。〔20〕11年大会盤には、公式曲の歌唱歌手による日本語バージョンも収録されている。

 本人のアルバムに収録されている吉岡バージョンは、日本語への翻訳版も出ていない。

 大会のマッチデープログラムでは「日本中のラグビーファンや彼女(注・吉岡)のファンを中心に支持を集め、ヒットすることでしょう」と紹介された。一方で、ネット上では「ラグビーソングといえば『馬と鹿』」なる見方も少なくない。

 組織委は「吉岡さんの素晴らしい歌声は、日本の皆様に広く届いたと思います」。吉岡はインスタグラムに「微力ながらこの大会に関わらせて頂けた事を嬉しく思います!!!」とつづった。

『東京スポーツ』電子版(2019年11月10日)
 どうしてこうなってしまったのか? 次のような不穏な「噂」が流布している。

定説…あるいは元首相・森喜朗の「鶴の一声」
 今度は週刊誌『フライデー』の電子版2019年11月10日付、同誌の芸能記者によるかなり具体的な署名記事である。
スクープ:森喜朗元会長「ツルのひと声」でラグビーW杯の国歌斉唱が平原綾香
 まさに「老いてますます盛ん」である―。
 〔2019年〕9月20日から日本で開催されるラグビーワールドカップ(W杯)。大会のオープニングゲームとなるのは、東京スタジアムで行われる地元・日本対ロシアの試合だ。

 その栄えある試合で国歌斉唱をするのが、『Jupiter』などのヒット曲で知られる平原綾香に決まったという。そこには、水面下で何やら「ラグビー界のドン」への〈忖度〉があったという。

 「W杯のオープニングゲームでの国歌斉唱を歌うことは、世界中から注目を集める大役です。そこに平原さんが決まったのは、ラグビー協会元会長で元総理でもある森喜朗さんの強いプッシュがあったからですよ。森さんが彼女の大ファンというのは、ラグビー界では良く知られた話。例えば、〔20〕18年8月に行われた釜石スタジアムのオープニングに平原さんを招待するくらい、彼女に〈お熱〉を上げていますよ」(ラグビー関係者)

 そんな森だが、今年4月にラグビー協会の名誉会長を突然、辞任。W杯誘致に先頭を切って働いてきた〈ドン〉の大会直前での退任には、様々な憶測が流れた。

 「協会内の〈若返りを図る〉ためとか、体調不安説などもささやかれたりしました。ですが、名誉会長を退任したとはいえ、協会内での森さんの発言力は絶大です。いまだに彼に対して忖度する協会幹部は多いですよ」(前出・ラグビー関係者)

 実はラグビーW杯を巡り、平原の名前が挙がったのは、これが初めてではない。ワールドカップの公式ソングである『World in Union』の歌手として彼女が取りざたされたことも…。

 「『World―』は91年の英国大会から開催国を代表する歌手が歌うことになっているのですが、実はこの曲は、平原綾香が歌った『Jupiter』と同じで、歌詞だけが違うんです。当然、森さんは彼女を強力にプッシュしたのですが、大会を取り仕切る広告代理店サイド〔電通?〕が、『Jupiter』で有名な平原が歌うことに〈新鮮味に欠ける〉と反対したのです。そこで、〈いきものがかり〉の吉岡聖恵に正式決定したのですが、森さんとしては、かなり納得いない様子だったようですよ」(レコード会社関係者)

 4年に1度のW杯で、公式ソングを歌えるのは世界でたった1人。しかも、日本とは比べものにならないほどラグビー熱の高い欧米やオセアニアへのアピールは絶大で、世界進出への足掛かりにもなる。

 それだけに、公式ソングの歌手選定では、かなり揉めた。本来なら18年春ころに発表のはずが、同年9月に発表にずれ込んだことからも、そのドタバタぶりがうかがえる。

 そこで、平原が所属するレコード会社にラグビーW杯での国歌斉唱の件と森氏の強力プッシュについて質問すると、メールにて、

 「ご質問の件ですが、両質問ともそのような事実はございません」

 という回答が寄せられたのだが…。

 「〈公式ソング歌手〉を平原にさせることができなかったことを、森さんはかなり悔やんでいたそうです。だからこそ、同じように世界的に注目されるオープニングゲームでの国歌斉唱に、なんとしても彼女を押し込みたかったのでしょう。それ以上に不思議なのは、吉岡さんが大会中に出演する予定がないこと。公式ソングを歌う場面でも、吉岡さんは出演しないそうです。過去の大会でも〈公式ソング歌手〉が出てこなかったというのは、ほとんどありませんよ。もしかしたら、森さんの気持ちを〈忖度〉して、あえて周囲が吉岡さんをW杯から遠ざけているのかもしれませんね」(大会関係者)

 いずれにせよ、日本を代表する2組のアーティストが、全く知らないところで行われた〈せめぎ合い〉。それが、ファンの声ではなく、森元会長への〈忖度〉で決まっていたとなれば、あまりに横暴ではないだろうか…。

文:荒木田範文(FRIDAYデジタル芸能デスク)
『フライデー』電子版(2019年08月05日)
 ……というわけで、世上の風聞では、吉岡聖恵の「ワールド・イン・ユニオン」が黙殺されたのは、老害と揶揄される元首相・森喜朗のせいであるということになっている(この記事が本当なら,電通の意向を突っぱねる森喜朗という人もある意味凄いが)。

 しかし、ラグビーファン、スポーツファンが吉岡聖恵に歌ってほしい曲は、基本的に「ワールド・イン・ユニオン」の方である。開会式で吉岡聖恵が「ワールド・イン・ユニオン」を歌い、開幕戦で平原綾香が「君が代」を歌っても、別にかまわない。

 それとも、この2曲を2人の歌手で歌い分けてはいけない、日本の芸能界的事情(テレビ業界の「裏被り禁止」の不文律みたいなもの)でもあるのだろうか?

 いすれにせよ、ラグビーやスポーツを愛する善男善女には関係ない話なのだが……。

やはり「ワールド・イン・ユニオン」は日本では黙殺されたはず?
 否。仮に平原綾香が歌っていたとしても、彼女が開会式で「ワールド・イン・ユニオン」を歌うことはなかったであろう。また、仮に平原綾香が歌っていたとしても、本来のラグビーW杯テーマ曲「ワールド・イン・ユニオン」は、日本では黙殺されていたであろう……。

 ……どうして、こんな憶測が言えるのか?

 ここで陰謀論を大きく広げて邪推を飛躍させてみよう。日本ラグビー界(この場合,公益財団法人日本ラグビーフットボール協会,およびラグビーワールドカップ2019組織委員会)にとって【忖度】の対象は別にある。元首相・森喜朗は、そのことから目を逸(そ)らすための体のいい風除けでしかない。

 むしろ、こういう時に悪役になれる森喜朗は、その意味では優れた政治家である……。

 ……それは一体どういうことなのか?

 日本ラグビー界が「ワールド・イン・ユニオン」を隠蔽することで、誰が得することができたのか? ……を考えるのである。

タイアップ曲とテレビのスポーツ中継
 日本の大衆音楽=ポピュラーミュージック(歌謡曲,ニューミュージック,Jポップ等々)の歴史は、蓄音機とSPレコードの時代から(インターネットによるデジタル音源配信の時代まで)、映画やテレビドラマ、企業や商品、CMと提携(タイアップ)し、これを宣伝する「タイアップ曲」の歴史であった……。

 ……とは、速水建朗著『タイアップの歌謡史』(2007年)が鋭く指摘するところである。

 この「タイアップ曲」の提携対象に、1980年代後半以降、オリンピックやサッカーW杯、各種競技(陸上,水泳,卓球など)の世界選手権といったスポーツのメガイベントのテレビ中継番組が加わるようになっている。

 何と言っても、スポーツ中継は視聴率が高いからだ。特に「日本代表」が「世界」と戦う……というシチュエーションならば、なおさら多くの日本人が感情移入しやすく、視聴率を獲得できる。特にネット時代に入って低迷が止まらない地上波テレビにとっては、スポーツは有力コンテンツである。

 ちなみに、こういうことをやって最も成功した(……というか,唯一成功した)のは、フジテレビのF1グランプリ中継である(日本のメーカーであるホンダ製エンジン搭載車に乗るブラジル人レーサーのアイルトン・セナは,いわば「日本代表代理」であった)。

TRUTH
Sony Music Direct(Japan)Inc.
2014-04-11


 ことわっておくが、あくまで「スポーツのメガイベントのテレビ中継番組」のテーマ曲であって「スポーツのメガイベント」そのもののテーマ曲ではない……ということである。読者諸兄は、くれぐれもこのことを念頭に置いて欲しい。

 この慣習を決定的にしたのは、1988年のソウル・オリンピックで、よりによって公共放送たるNHKが、自局のソウル五輪中継番組のタイアップ曲に、浜田麻里の「Heart and Soul」を採用したことである。

 以降、他の民放各テレビ局とも右に倣(なら)えで、五輪、サッカーW杯、各種スポーツイベントのテレビ中継の度に、有象無象のタイアップ曲で溢れるようになったのである。

他のタイアップ曲と「ワールド・イン・ユニオン」の微妙な関係
 この流れが、もともと商売っ気に乏しい、むしろ、これを遠ざけていた印象がある日本ラグビー界にも、遅まきながら及んできた。

 すなわち、2019年ラグビーW杯日本大会で言えば、NHKとのタイアップ曲は、Little Glee Monster(リトグリ)の「ECHO」という曲である。ラグビー日本代表(ジャパン)のスポンサーである大正製薬「リポビタンD」とのタイアップ曲は、B'zの「兵、走る」である(リーチ マイケル選手と堀江翔太選手のCMは,とても良かった)。

 あるいは、日本ラグビー界との直接のタイアップ曲ではないが、2019年のラグビーブームの地ならしをしたテレビドラマ「ノーサイド・ゲーム」(TBS)の主題歌は、米津玄師の「馬と鹿」である。

 これら……NHKも、日本テレビも、TBSも、大正製薬「リポビタンD」も、日本ラグビー界およびラグビー日本代表(ジャパン)をPRしてくれる重要で大切なマスメディア、または重要で大切なスポンサーである。


 ……と、ここまで来れば「なぜ〈ワールド・イン・ユニオン〉がイチ押しされないのか?」という疑問の、おおよその見当は付く。

 日本ラグビー界が吉岡聖恵の「ワールド・イン・ユニオン」を前面に押し立ててしまうと、他の日本ラグビーとのタイアップ曲が目立たなくなってしまうからである。

テレビ局のステマとタイアップ曲
 こうしたタイアップ曲が放送等で流れると、各テレビ局は傘下に音楽出版社を抱えていて、その楽曲を流せば流すほど、音楽出版社に金が入ってくる仕組みになっている。

 NHKとラグビーW杯(および,その他のラグビー中継)のタイアップ曲、リトグリの「ECHO」の場合、傘下の出版社=日本放送出版協会(NHK出版)が「ECHO」の原盤権(著作権とは違う,音源に関する権利)を持っていて(たぶん)、これを流すたびにNHK出版にカネが入ってくるのである(たぶん)。

 こうしたことは音楽著作者間の公正な競争を阻害するとして、例えばアメリカ合衆国などでは禁じられている。この「タイアップ曲」の慣習こそ、日本のポピュラーミュージックが世界的になれない理由のひとつだとも言われている(そもそも,欧米の著名なアーティストがCMに出演したり,タイアップ曲を歌ったりする例は,非常に少ない)。

 なかんずく公共放送たるNHKは、放送法で「他人の営業に関する広告の放送をしてはならない」と規定されている。法に抵触しかねない。

 実際、NHKは、2004年のアテネ五輪・体操競技の中継で、アナウンサーが、自局のタイアップ曲の題名に結び付けた実況をして、それは違法性を孕(はら)んだ「ステルスマーケティング(ステマ)ではないか?」との疑惑を指摘されている。
テレビ局のタイアップ商法の行きすぎが問題視されている
 「伸身の新月面が描く放物線は、栄光への架け橋だ」

 2004年のアテネオリンピック、体操競技の決勝の中継で、実況を担当していたNHKの刈谷富士雄アナウンサーが叫んだ言葉だ。これはアテネ五輪の名シーン、名セリフとして何度ものちに繰り返し放送された。

 しかし、これは決してアナウンサーの咄嗟の思いつきで生まれた言葉ではない。NHKはオリンピックを中継番組のテーマソングとして、ゆず「栄光の架け橋」という楽曲を起用しており、このテーマソングの題名と結びつけた実況だったのだ。

 それも、単に番組のテーマソングとして使ったというだけではない。上記楽曲の原盤権はNHKの子会社である日本放送出版協会が取得している。つまり、番組中で「栄光の架け橋」がかかるたびにNHKの子会社にお金が入る仕組みになっていたのだ。

 これを民放が行うのならタイアップにまつわる一般的なビジネスとして容認されるが〔本当にそうですかね?〕、〔公共放送たる〕NHKの場合は放送法により「他人の営業に関する広告の放送をしてはならない」と規定されている。

 音楽ライターの高橋健太郎はITジャーナリストの津田大介との対談の中で現在の音楽ビジネスとタイアップの現状についてこう指摘している。

 「米国では放送局が音楽出版を持つのは禁止されているのに、日本は大丈夫だからタイアップビジネスが主流になっちゃう。そりゃテレビやラジオ局は自分の子会社が出版やってる音楽をガンガン流せば使用料が発生して収益になるわけですから、レコード会社に対して、タイアップしてやるから出版権〔原盤権〕よこせって話になりますね」

 これは……〔19〕60年代の「帰ってきたヨッパライ」の時代からすでに行われたきたビジネスの手法ではあるが、昨今はその行き過ぎが問題視されるところまで来ている。

速水建朗『タイアップの歌謡史』215~216頁
 とにかく、日本ラグビー界としては、日本ラグビー界をサポートしてくれる、かつ独自のラグビー関係のタイアップ曲を持っているNHK様や日本テレビ様、TBS様、大正製薬「リポビタンD」様……等々のビジネスの邪魔をしたくない。ご機嫌を損ねたくない。



 だから、吉岡聖恵が歌った「ワールド・イン・ユニオン」は隠蔽されたのである。**

日本のスポーツ文化とタイアップ曲…
 こうした日本の慣習は、日本のスポーツ文化という観点から見て大いに弊害がある。

 ……と、これからもう少し続くのだが、長くなるので以降は次の機会に譲ります。

つづく




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日本のスポーツ評論における「ある種」のレイシズム
 一応、プロ(?)のスポーツライターである広尾晃(ひろお・こう)氏の日本観・日本人観の基礎には、レイシズムがある。自国=日本への批判の度が過ぎてついに一線を越え、日本、日本人、日本文化、日本社会……に対する、ステレオタイプで人種主義的な、歪んだ「まなざし」を持つに至った可哀そうな人が、広尾晃氏である。
 幕末・明治このかた、欧米への劣等感にさいなまれてきた日本には、そのような珍しいレイシズムが存在する。日本をことさら蔑むことで、自分の賢(かしこ)ぶった様を誇示したがる人が日本には多い。なかんずく、スポーツのような分野はそうである。

【広尾晃氏(写真右の人物)】

 広尾晃氏は、あくまでそのステレオタイプの管見に従属して、日本の野球界や日本のスポーツ界をさまざま断罪する。書いている本人は気持ちよさそうだが、皮肉なことに、ステレオタイプを煽っているだけで、そこに広尾晃氏個人の視点は、実は存在しない。

ラグビー日本代表に冷や水を浴びせては賢ぶる広尾晃氏
 そんな広尾晃氏のブログ「野球の記録で話したい~〈外国人選手〉に思うこと」を、悲しい気持ちで読んだ。


 周知のように、当代日本ラグビー日本代表には、ホームグロウン(homegrown)の日本代表選手と、リーチ マイケル選手、トンプソン ルーク選手、あるいは韓国出身の具智元(グ・ジウォン)選手といった外国出身の日本代表選手で構成されている。

 広尾晃氏は、この2つを分断し、日本ラグビーの快挙に冷や水を浴びせては、賢ぶっている。まるで、ジャパン(ラグビー日本代表)が「外人部隊」か「傭兵」の力だけで勝った……かのような書きっぷりである。*

 あるいは、ラグビーファンに、外国出身の日本代表選手への思い入れを下げて、心理的な距離感を保て……などと、上から目線で説教を垂れる。

 そして、外国出身選手の日本代表への動機付けを、羽毛のようにあくまで軽く、沙漠のようにことさらドライに評価することで(後述)、ジャパンの成果を軽く見積ろうとしている。

外国人選手を野球とラグビーで一緒くたにする広尾晃氏の愚
 ところが、広尾晃氏は、盲目的なイチロー選手の信奉者なのである。2019年3月に行われた茶番のごときイチロー選手の引退試合に関しては、金鉱石のように重く、五月雨のようにウェットに、距離感もなくにじり寄って、ただただ、ひたすら、過剰に礼賛している。



 このような無節操な言動をとる広尾晃氏は、何を言っても説得力に乏しい。何よりこの人が間違っているのは、来日して日本代表になる外国出身のラグビー選手を、米国などから日本のプロ野球(NPB)やって来る野球選手と、一緒くたにしていることである。

 海外から来日した外国人のプロ野球選手は、基本的に通訳付きで、日本語を覚える必要は薄い。そして、広尾晃氏が述べたように、言葉は悪いが、契約が終了すると自国に帰る「腰かけ」である(もちろん,バルボン氏やソロムコ氏のような例外はいる)。

 野球とラグビー(さらにサッカー)で大きく違うのは、ナショナルチーム(代表チーム)による国際試合や世界大会が持つ「重み」である。……ああ、つまり、野球畑の広尾晃氏には、話の出発の時点で事の本質を理解できていないのだ。

 そういえば、野球には、サッカーやラグビーの日本代表のように、欧米系の外国出身選手が日本代表(侍ジャパン)に参加する(した)という話は聞かない。

 サッカーのラモス瑠偉氏が現役時代に語っていたことであるが、彼は自身が関わってきた日本のサッカーを(特に,日本のサッカーをよく知らない外国のサッカー選手に)否定されるのが、非常に嫌であった。それが日本代表に参じた理由であったという。

 ラグビー日本代表のリーチ マイケル選手や、トンプソン ルーク選手も、どこかで同じような発言をしていた(ような気がする.ゴメンナサイ,正確な出典が思い出せない)。

 さらに、少なからず込み入ったルールや技術、戦術といった情報の体系があり、なおかつフルコンタクトのフットボールであるラグビーの強化は、単純な「個の力」の1+1+1+1+1+……=15ではない。

 大島和人氏の言葉を引けば、「コトはそう単純でない.ラグビーは身体を張り,助け合う競技.互いが〈仲間に命を預けていい〉という信頼関係で結びつかなければ勝つカルチャーにはならない」のである。
 すなわち、ラグビー日本代表に参じる選手には(サッカーも同様)、さまざま、しかるべき動機付けがあるのだ。

 そうした、選手たちの人生や生活、思い入れの一切合切を否定しては、単なる打算的な「腰かけ」であるかのように断じる広尾晃氏は、きわめてヘイトフル(hateful)である。

 選手たちに失礼である。

 広尾晃氏は、日本に対してなら、日本のスポーツに対してなら、どこまでもどこまでもヘイトフル(hateful)になれる。……ああ、嫌らしい。

ラグビー日本代表の物語≒映画「七人の侍」の世界観の間違い
 ニュージーランド出身で日本国籍のラグビー日本代表であるトンプソン ルーク選手は、現役引退後、故国に戻って、牧場を経営したい旨、報道されている。そんな情報が広尾晃氏の頭にあったのかどうか、こんなヘイトフル(hateful)で奇妙なことを書いている。
 今回のラグビーでの外国人の活躍は黒澤明の『七人の侍』をイメージさせる。彼らは村に対して特段の愛着も、忠誠心も持っていなかったが、武士としてプライド、そして「義を見てせざるは勇無きなり」というヒューマニズムで命を捨てて戦ったのだ。

 今のラグビー〔日本代表〕外国人選手の心の中は、〔映画〕『七人の侍』のエンディングで、平和になった村で田植え踊りに興じる村人〔百姓≒ホームグロウンの日本代表選手〕の姿を見ながら、立ち去ろうとする生き残りの侍〔外国出身の日本代表選手〕たちのようではないかと思う。

広尾晃「野球の記録で話したい~〈外国人選手〉に思うこと」より
 この「外国出身の日本代表選手=侍・武士/ホームグロウンの日本代表選手=百姓・村人」という分類にもまた、広尾晃氏がはらむ「人種主義」の臭みがある。それはひとまず措(お)くとしても、この人のこの見立ては問題ないのか? あるに決まっている。

 最初に、映画『七人の侍』のあらすじをおさらいしておく。
七人の侍(しちにんのさむらい)
 日本映画。1954年東宝作品。監督黒澤明。脚本黒澤明ほか。主演志村喬,三船敏郎。戦国時代,野盗〔野武士,野伏せり〕に悩まされる農民〔百姓〕たちが自衛のために7人の侍を雇い,野盗と戦って勝利するまでを描いた大型時代活劇。ベネチア国際映画祭サン・マルコ銀獅子賞を受賞し,60年にはJ.スタージェスが西部劇『荒野の七人』として再映画化している。

 この映画の歴史観が「史実とは大きな隔たりがある間違い」であることは、以前からさんざん批判されてきた。最近の例では、歴史学者の呉座勇一(ござ・ゆういち)氏による指摘がある。
 すなわち、映画『七人の侍』に出てくる百姓たちは、盗賊たちにおびえるばかりで、士気が低く戦闘経験にも乏しい。しかし、実際の戦国時代の百姓たちは刀も槍も弓矢も持って武装していた。しかも、戦国時代の村は頻繁に戦っていた。盗賊の襲撃に対する自衛の戦いではなく、近隣の村と土地や用水をめぐって殺し合いをしていたのである。

 そこには、「お侍さま~」とすがりつく『七人の侍』の無力な百姓たちの姿はない。

 つまり、広尾晃氏は、誤った歴史観を信じ込み、こじつけて外国出身のラグビー選手の心理を勝手に「曲解」しては得意気に開陳する……という間違いを犯しているのだ。**

広尾晃氏の「違和感」への違和感
 とにかく日本や日本人への「まなざし」が歪んでいる広尾晃氏は、ラグビー(やサッカー)のワールドカップで日本中が盛り上がることが、とにかく嫌いらしい。


 しかし、この広尾晃氏の言い分もおかしい。今回のラグビーW杯、たしかに「国民的」な盛り上がりではあった。……が、公表されたテレビ視聴率を見る限り、日本人はラグビー一色だったわけではない。テレビ朝日系の人気番組「ポツンと一軒家」を見ていた人もかなりいたし、TBS系で「プロ野球日本シリーズ」を見ていた人もいたし、NHK大河ドラマ「いだてん」みたいな愚作を見ていた人もいる。

 むしろ、ラグビーで「一色にな」っていたのは、ニュージーランドのようなラグビー大国である。準決勝でオールブラックス(ニュージーランド代表)がイングランドに負けると、当地の新聞は「この世の終わり」とまで書いて、新聞一面を真っ黒に、文字通り「一色」にした。


 国レベルでラグビー「一色にな」らないと、メディアはこんなことを書かない。これはサッカーのブラジルでも同様である。また、ことし2019年に行われたクリケットW杯では、クリケット大国のインドが、ニュージーランドに敗れるという波乱(?)があったらしい。


 これまた「この世の終わり」である。広尾晃氏が好む表現を使えば、これらの国々は代表チームの勝ち負けに「かんかんになっている」のである。

 サッカーやラグビー、クリケットのW杯では、日本に限らず、国中で盛り上がるのである(野球とは事情が違う)。政治学者のヘンリー・キッシンジャーも、サッカーW杯の期間中は、ファンがサッカーに「かんかんになる」あまり、世界中の国々でGDPが下がる(!?)とまで書いている。

 このことが広尾晃氏にはついに理解できない。

 1978年のサッカーW杯では、地元開催のアルゼンチンが初優勝した。当時のアルゼンチンは右翼軍事独裁政権であったが、当地では、体制派の右翼と反体制派の左翼が、国民同士、手を取り合って喜んでいたという。この話は、かのガブリエル・クーンの『アナキストサッカーマニュアル』(原題『Soccer vs. the State』)に登場する。

 野球畑のスポーツライター・広尾晃氏には、こんな高尚な事柄が理解できない。

 当ブログからしたら、自国リーグのプレーオフを「世界選手権」(ワールドシリーズ)などとと呼んで、無邪気に楽しんでいる野球と米国国民の方が怪しいと思う。……という形で、本論の〆にしようと考えていた。

 しかし、米本国でもMLBワールドシリーズの人気(テレビ視聴率)が低下し、「ワールドシリーズ」という名称への妥当性にまで、当地のメディアから疑義が呈されるという事態になっているという報道を目にした。


 これには笑ったが、しかし、オチが付かない。まったく残念な話である。

(了)




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 またその話か……と言われそうだが、2019年ラグビーワールドカップ日本大会を見ていると、ついつい茶々をいれずにはいられない。

 日本球界、なかんずくその日本代表=侍ジャパンが、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)やWBSCプレミア12(2019年11月2日開幕)での勝利獲得に力を入れることを、野球の超大国である米国(メジャーリーグベースボール=MLB)の冷淡な姿勢と対比して《愚鈍》視する風潮がある。



 それならば、米国野球界の「世界戦略」や「欧州(海外)進出」もまた《拙劣》だと批判しなければ、バランスを欠いた議論になる。

 野球のWBCは、サッカーのW杯ではなく、ラグビーのW杯を参考にするべきだった。野球も、ラグビーも、国際的普及度と実力差では、地域的な偏りがあるという共通点がある。

 国際ラグビー界(統括団体「ワールドラグビー」=WR)は、サッカーのFIFAのような「悪平等」主義をとらない。ティア1>ティア2>ティア3といった国ごとの格付けや、公式国際試合の認定のしかた、国際交流の在り方など、MLBにも参考になることがいっぱいある。

 とかく差別的・独善的と言われるWR=国際ラグビー界であるが、MLB=米国野球界の「一国主義」から来る差別性・独善性に比べれば、ずっと各国に配慮している。

 しかし、MLBは、ラグビーの国際試合・国際交流のあり方からは学習はしなかったように見える。こと「世界戦略」や「欧州(海外)進出」に関する限り、どうしてここまでMLBは《拙劣》なのだろう。

 こんなMLBのやり方では、うまくはいかない。本国にほとんど野球の地盤のない「野球イスラエル代表」などを捏造して、目論見通り(?)ユダヤ系からのお金は入ってきたのだろうか。もっと他にやることはあったのではないか。


 ニュージーランドのラグビーや、インドのクリケットなどと比べると、こんな賢明さを欠いた「宗主国」を頂いた日本の野球が不憫でならない。

(了)




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