スポーツライター玉木正之氏の知的誠実さを問う

大化の改新と蹴鞠(けまり)問題など、日本のサッカーカルチャーについてさまざま論じていきたいと思っています。

カテゴリ:サッカー > 中田英寿

中田英寿にまつわる仰天エピソード
 2020年2月3日、ヤフー!ジャパンが、Goal.comからの配信として「トッティ氏,仰天エピソードに中田英寿氏を選出〈なぜそんなことを.彼は本当に特別な人〉」なる、サッカー元イタリア代表フランチェスコ・トッティのインタビュー記事を公開した。
  •  トッティ氏、仰天エピソードに中田英寿氏を選出「なぜそんなことを.彼は本当に特別な人」
 彼とサッカー元日本代表・中田英寿は、かつてイタリア・セリエAの名門ASローマでチームメイトであった。ASローマは、2000-2001シーズンにセリエAで18シーズンぶりに優勝した。

 その快挙、ASローマの選手やスタッフたちによる歓喜の輪の中にあって、中田英寿だけは「優勝が決まった直後,ロッカールームの隅で読書をしていた」という逸話を、トッティは「現役時代を通じ,最も驚いた仰天エピソード」として紹介している。
 「私〔トッティ〕は〔現役時代を通じ,最も驚いた仰天エピソードとして〕ナカタ〔中田英寿〕を選ぶ。なぜならナカタは、スクデットのお祭り騒ぎの中、本当に読書していたんだよ。なぜそんなことをしていたのかは分からない。彼〔中田英寿〕は本当に特別な人だよ」

Goal.comより
 この珍記事を受けて、中田英寿を素朴に信奉する、いたいけな人たちの反応がSNSやヤフー!ジャパンのコメント欄に現れている。以下は、そのマンセ~、ハラショ~のほんの一例であるが……。




 ……なるほど。「中田英寿神話」はこうやってメンテナンスされていくのだ。

英国における「大卒」サッカー選手の苦悩
 読めば分かるのだが、トッティは、あくまで「現役時代を通じ,最も驚いた仰天エピソード」を語ったのであって、「現役時代を通じ,最も驚いたサッカー選手やそのプレー」を語ったわけではない。

 該当記事を読む限り、トッティは中田英寿をそのように評価したわけではない。

 この「仰天エピソード」を読んで、むしろ、思い出したことがある。サッカーとサッカーカルチャーのことならおおよその事柄が書いてある、デズモンド・モリス博士の『サッカー人間学』(1983年,原題:The Soccer Tribe)に登場する話だ。

 英国イングランドのプロサッカー選手で、数少ない「大学卒」のインテリだったリバプールFCのスティーブ・ハイウェイ(Steve Heighway,1947年生まれ,ウォーリック大学卒)の「苦悩」である。
 大学教育まで受けた数少ない一流選手の一人で、リバプールで活躍するスティーブ・ハイウェイには,このような〔低学歴のプロサッカー〕選手〔たち〕の態度は大変な驚きであった。

スティーブ・ハイウェイ@『サッカー人間学』183頁
【スティーブ・ハイウェイ@『サッカー人間学』183頁】

 リバプール・チームに入った当初,彼〔ハイウェイ〕は相手チームと対戦する時と同じように,自チームの仲間との交際が怖かったという。あるスポーツ解説者は「彼はこの社会〔プロサッカー選手たちの世界〕の不適応者だった」といい,「遠征先でトランプ〔≒少額の賭け事〕が始まると,ハイウェイは抜け出して観光団に加わった。

 仲間には,明らかにインテリを鼻にかけた生意気な態度と映った。彼が戻ると,みんなは威嚇〔いかく〕的な視線を送って,トランプに仲間入りする気があるかどうか尋ねた」と伝えている。

 ハイウェイは変人扱いを受けるのがたまらず,何とか順応しようとした。

デズモンド・モリス『サッカー人間学』183頁


サッカー人間学―マンウォッチング 2
デズモンド・モリス
小学館
1983-02


The Soccer Tribe
Desmond Morris
Rizzoli Universe Promotional Books
2019-03-26


 チームの雰囲気に馴染めなかったという意味では、スティーブ・ハイウェイと中田英寿は、ある意味で似ている(まだハイウェイはチームに馴染もうとしていたのだが)。

サッカー選手は「ハマータウンの野郎ども」である!?
 デズモンド・モリスが『サッカー人間学』で描き出した、プロサッカー選手のイメージ(ステレオタイプ)を抄出してみると……。
  •  芸術や科学や政治に関心がなく、サッカーにしか興味がない。
  •  暇な時、特に遠征時の移動中は、トランプのゲーム≒少額の賭け事を楽しんでいる。
  •  映画やテレビをよく見るが、(高尚な作品ではなく)スリラーやアクションが多い。
  •  読書も、サッカー関係の雑誌か、タブロイド紙の推理小説やスリラーの域を出ない。
  •  挑発的で威圧的なキャラクターの女性は好まれない。
  •  好きな音楽はロックやポップに限られている(クラシックではない)。
  •  遠征先の有名な観光地の見学には興味が薄く、つまりは知的好奇心に乏しい。
 ……等々。ものの見事にサッカー馬鹿であり、粗にして野であり、けして「知的」とはいえない。これでは、スティーブ・ハイウェイが馴染めないのは当然だ。

 これには、英国という社会のしくみが絡んでいる。いわゆる「階級社会」である。例えば、単純な計算で、英国の大学の数は日本の4割程度しかない。しかも進学率が低い。

 英国の子供は11歳(!)で学力試験を受けて、そのうち所定の成績を上げた3割程度しか高等教育の学校(大学など)に進学できない。残り7割のほとんどはステートスクール(公立中学)を卒業したら、そのまま労働者として社会に出る(この段落の知識は,林信吾『これが英国労働党だ』によるもの)。

 現在の英国でも、欧州の他の国も、おおむね事情は似たようなものである。

 サッカー選手は、労働者階級のスポーツである。選手の出身も労働者階級が多い。

 すなわち、サッカー選手は、なかんずくプロサッカー選手は。大学に進学するような知的エリート≒上流階級(的な)がやるスポーツだとは思われていない。そして、選手の言動や立ち振る舞いも労働者階級的であることを求められる。
 世の中には知的ならざる、しかしそれなしでは社会が動かない人たちの分厚い層があるのだという単純な事実……。

 知性をバカにすることによってプライドを保つ人たちが、そしてそういう人によってしか担われない領域の仕事というものがこの世には存在するのである。

 〔英国の〕社会学者ポール・ウィリスはその辺の事情を見事に明らかにしている〔ポール・ウィリスの著作『ハマータウンの野郎ども』のこと〕。

ハマータウンの野郎ども (ちくま学芸文庫)
ポール・E. ウィリス
筑摩書房
1996-09-01






 世の中は……知的エリートによってだけ動いているのではない。……知的であることによってプライドを充足できる。他方に反知性によりプライドを充足する人々がいる。

 人間はプライドなしには生きられないという観点からすれば、どちらも等価である。

三浦淳「捕鯨の病理学(第4回)」
 すなわち、プロサッカーとは「知的ならざる,しかしそれなしでは社会が動かない人たちの分厚い層」あるいは「反知性によりプライドを充足する人々の」ための、基本的に「そういう人によってしか担われない領域の仕事」なのである。

 サッカー選手たちとは、とどのつまり「ハマータウンの野郎ども」なのだ。

 スティーブ・ハイウェイの「苦悩」の背景がここにある。「大学卒業」の学歴を持つハイウェイが馴染めないのは、プロサッカーが「労働者階級」の社会だからである。

「体育会系」という反知性的なコミュニティ
 その昔、1960年代、サッカー日本代表がヨーロッパに遠征した。そのスコッドの選手たちは、大学生や大学卒業の選手がほとんどだった。例えば、杉山隆一は明治大学卒業、釜本邦茂は早稲田大学卒業である。

 そのため、学歴のないサッカー選手が多いヨーロッパの現地では、珍しく受け取られたという。

 だからと言って、日本のサッカー選手やアスリートが、真に「知的」かどうかは微妙である。

 日本の大学スポーツの体育会・運動部には「体育会系」という言葉(概念)があり、それは「体育会の運動部などで重視される,目上の者への服従根性論などを尊ぶ気質.また,そのような気質が濃厚な人や組織」(デジタル大辞泉)と解釈される。

 すなわち、あまり「知的」とは見なされない。日本においてもサッカーを含むスポーツ選手は、あまり賢くないというイメージ(ステレオタイプ)があり、当事者もそこに充足しきっているというところがある。

 洋の東西を問わず、サッカー選手は敢えて「知的」でないことを誇っている節がある。

 そういえば、フランチェスコ・トッティは「知的」ではなく「間の抜けた男の愛嬌」を感じさせる逸話が多い。日本で言えば、プロ野球の長嶋茂雄のそれに通じるものがある。

 対して、中田英寿の逸話は対照的である。世界最高峰のサッカーリーグであるセリエAで優勝したにもかかわらず、ひとり「ロッカールームの隅で読書をしていた」というのは、そうしたサッカー界の風潮には順応できなかった……ということである。

中田英寿は「真に知的なアスリート」なのか?
 所詮、スポーツなど馬鹿がやる仕事なのか? 否。スポーツライターの藤島大は、スポーツこそ「知的」な営為であると説き、中田英寿のような安易なアンチテーゼ的振る舞いの方を批判している(下記リンク先参照)。曰く……。
 スポーツとは、そもそも高等な営みである。一流選手が経験する真剣勝負の場では、緊急事態における感情や知性のコントロールを要求される。

 へばって疲れてなお人間らしく振る舞う。最良の選択を試みる。この訓練は、きっと戦争とスポーツでしかできない。

 だからアスリートは、机上では得られぬ知性をピッチやフィールドの内外に表現しなければならない。

 常識あるスポーツ人が、非日常の修羅場でつかんだ実感を、経営コンサルタントや自己啓発セミナーもどきの紙切れの能弁ではなく、本物の「詩」で表現する。そんな時代の到来を待ちたい。

 「片田舎の青年が、おのれを知り、世界を知り、やがて、おのれに帰る。だからラグビーは素敵なのだ」

 かつてのフランス代表のプロップ、ピエール・ドスピタルの名言である。バスク民謡の歌手でもある臼のごとき大男は、愛する競技の魅力を断言してみせたのだ。

 ……たしかにドスピタルの言葉に比べると、中田英寿の『中田語録』などは「机上の知性」あるいは「紙切れの能弁」でしかない。

中田語録
文藝春秋
1998-05


中田語録 (文春文庫)
小松 成美
文藝春秋
1999-09-10


 知的とは思われていないフットボーラーだが、フットボールを極めると、むしろ、だからこそ真に知的な言葉が出てくる。一見すると、矛盾している。矛盾しているが、真理である。

 その真理を、ついに理解できなかったのが中田英寿である。

中田英寿から透けて見える日本サッカー界の「知性」
 藤島大が「真に知的なアスリートの到来」を期待したのは、2001年1月のことである。

 あれから、20年近くたった2020年2月。しかし、未だに「中田英寿の仰天エピソード」が出てくる。未だに「中田英寿神話」のメンテナンスが行われる……。

 ……ということは、日本サッカー界の知的レベルが更新されていないということでなる。

 中田英寿は「サッカー馬鹿」になるべき時になれない体質だった。そこにサッカー選手として才能の限界があった。中田英寿は、だから、ワールドクラスのサッカー選手としてのキャリアを形成できたわけではない。

 代わりに、中田英寿は、日本のサッカー界の知性の低劣さを巧妙に刺激する才能には長(た)けている。2000年のアウェー国際試合「フランスvs日本」戦のパフォーマンスなどは、そうである。

 そこで錯覚してしまう、いたいけな日本人が多い。残念でならない。

中田英寿は「特別な人」ではなく「特殊な人」である
 ところで、くだんのトッティのインタビュー記事。イタリア語原文がどうなっていたのかは分からないが、日本語の翻訳をちょっとだけ改変してみると、がぜん面白くなる。
  •  トッティ「なぜそんなことを.彼〔中田英寿〕は本当に特別な人」
 ここから単語をひとつ置換してみる。
  •  トッティ「なぜそんなことを.彼〔中田英寿〕は本当に特殊な人」
 フランチェスコ・トッティが「なぜそんなことをしていたのかは分からない」というくらいだから、後者の方がニュアンスが通じる!?

 ことほど左様、日本にとっても、国際的にも、中田英寿は「特別なサッカー人」ではない「特殊なサッカー人」なのである。

 こちらの方が、中田英寿という人間の本質を言い当てている。

(了)




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野球そのものより偉大な野球選手はいない
 野球のアメリカ大リーグには、次のような言葉がある。
どんなにベーブ・ルースが偉大であろうと野球より偉大ではない。
スパーキー・アンダーソン
 シンシナティ・レッズやデトロイト・タイガースで、MLBワールドシリーズを制した名監督による、けだし名言である。

 この発言は、スパーキー・アンダーソンの自伝『スパーキー!~敗者からの教訓』に出てきたとは思うのだが、正確には思い出せない。*

スパーキー!―敗者からの教訓
スパーキー アンダーソン
NTT出版
1991-11


 ちなみに、この本の「監修」は玉木正之氏で、あとがきでは例によって日本野球への当てこすりを書いていたような気がする。

サッカーそのものより偉大なサッカー選手などいない…はず…であるが…
 サッカーでも同様。ペレやヨハン・クライフがどんなに偉大であろうとサッカー(フットボール)そのものより偉大ではない。

 しかし、ここは世界の常識が通用しない日本である。日本には、日本サッカーそのものより偉大な人物が少なくとも2人いる。

 中田英寿(歴史的な偉人)とセルジオ越後(今回も敬称トルツメ)である。

中田英寿の「偉大」さ
 中田英寿については、ここでは深入りしない。……が、まずひとつは、時の日本代表監督にして、指導者としての資質が大いに疑われていたブラジル人=ジーコと癒着して、増長、サッカー日本代表を半ば私物化して、2006年ドイツW杯で、実に独りよがりで醜悪な現役引退パフォーマンスをおこなったこと。

小松成美『中田英寿 誇り』表紙
【英国大衆紙も酷評した中田英寿の引退パフォーマンス】

 もうひとつは、2010年にNHKが放送したドキュメンタリー番組「日本サッカーの50年」第4話で、ジーコと癒着した関係から、上から目線で「ジーコは(レベルが高すぎて)日本のサッカーには早すぎた指導者だった」などと、いけしゃあしゃあと発言したこと。

中田英寿@NHK「NHK日本サッカーの50年」第4話
【NHK「日本サッカーの50年」第4話で発言する中田英寿】

 以上の2点は、議論の余地なしに駄目である。

 前者については、ウルトラスニッポンの植田朝日氏も、国書刊行会刊の『日本サッカー狂会』の座談会で批判していた。至極真っ当な評価である。

日本サッカー狂会
国書刊行会
2007-08-01


 後者の発言が間違っているのは、その後のキャリアを見ても、ジーコが、サッカーの指導者として、とてもレベルの高いとは言えないからである。中田英寿は、番組の視聴者=サッカーファンをミスリードしている。これは中田英寿自身の利益につながるためだ。

 こんなデタラメが許容されるのは、ある種のサッカー関係者にとって、中田英寿が日本のサッカーそのものよりも「偉大」だと認識されているからである。

セルジオ越後による「サッカー評論」の実態はDVまたはハラスメントである
 それでは、セルジオ越後は如何?
DV(ドメスティックバイオレンス)の特徴
 DVには、殴る蹴るといった肉体的暴力だけでなく、モラハラ(モラルハラスメント)と呼ばれる精神的暴力も含まれます。

 被害者・加害者共に、DVの当事者であるという自覚がないことが多いのが、DVの特徴のひとつです。

 双方が、暴力の原因は被害者側にあると思い込んでおり、加害者は自己を正当化し、被害者は、恐怖感や無力感から、問題解決への意欲を喪失してしまいます。

 ……時間が経てばおさまるということはほとんど期待できません。被害者はどんどん追い込まれて、精神障害を引き起こしたり、最悪の場合、暴力によって死亡したり、自殺してしまう危険もあります。

みお綜合法律事務所「DV・ハラスメント特集」
 サッカー評論家(?)のセルジオ越後は、日本のサッカーに対して数多(あまた)の放言を繰り返してきた。巷間、それを「日本サッカーへの愛情を込めた厳しい〈辛口〉評論」などと誉めそやす。大嘘である。

 実態は、単なる無節操な日本叩きである。この関係を個人と個人の家族内の関係として置き換えてみるとよく分かるが、セルジオ越後の言動は、日本サッカーに対する、モラルが崩壊した、言語的・精神的なドメスティックバイオレンス(DV)である。

 すなわち、この特殊なDVの「加害者」はセルジオ越後であり、「被害者」が日本サッカーである。両者ともに、これがDVであるという自覚がない。そして「加害者」のセルジオ越後は全面的に正しく、「被害者」の日本サッカーは全面的に間違っているとされる。

DV「被害者」の告発と「加害者」を正当化する第三者のツイート
 このセルジオ越後によるDVの「加害」に耐えかねた、「被害者」であるところのサッカー日本代表・乾貴士選手、そして岡崎慎司選手が、ささやかな反発を発信した。




 彼らがセルジオ越後を批判したというから、いったいどんな過激で不穏当な発言をしたのかと、私たちは訝(いぶか)った。だが、それ自体は非常に抑制の利いたものだ。むしろ、不穏当な放言を繰り返してきたのはセルジオ越後の方なのだが。

▼ラグビー「静岡の衝撃」にまでセルジオ越後を登場させる日本人の愚かな体質(2019年10月07日)

 ところが、巷間の「サッカーファミリー」には、乾選手や岡崎選手の方が一面的に悪いかのような、倒錯した「空気」が存在する。

 DVの特徴のひとつに、家族の第三者も巻き込んで、この第三者が「被害者」に苦痛を与えるというパターンがある。セルジオ越後と日本サッカーをめぐる「DV」もまた、「サッカーファミリー」の第三者の人間が、「加害者」のセルジオ越後に加担して、「被害者」たる日本サッカーの方を責め立てるのである。**

 例えば、有名なサッカーブロガーでオールドファンのサッカー講釈師さんが、セルジオ越後による日本サッカーに対する数々の不穏当な放言を擁護し、乾貴士選手を非難するかのようなツイートをしている。


 この、サッカー講釈師さんの言い分には首を傾げる点が多い。

 ほんの少しばかり「自分たちはDVの〈被害者〉ではないのか?」と気づき、あくまで控え目に声を上げた乾貴士選手や岡崎慎司選手……。

 ……それに対して、本来、第三者であるサッカー講釈師さんは、「これはDVであり,セルジオ越後は〈加害者〉である」という自覚もないまま、DVの加害者=セルジオ越後と同一化、かつ正当化し、真の問題解決から事を遠ざけようとしているのである。

セルジオ越後の「批評」は無節操という「パターン」
 とにかく、このサッカー講釈師さんのツイートは全部おかしい。気になったところを論(あげつ)っていく。

 >>セルジオ爺さんのパタン化〔ママ〕した批評……

 まず、ここで言う「爺さん」という表現は、サッカー講釈師さん独特の表現。尊敬する同年配以上のサッカー人に対して用いる敬称である。例えば「オシム爺さん」とか「マテウス爺さん」などと言う(ベトナム語に似たような用法があったかもしれない)。同年配以下には適用しないので「本田圭佑爺さん」とは言わない。

 セルジオ越後にこういう「敬称」を用いていることで、すでに第三者として評価しようというのではなく、無意識的にセルジオ越後側に立って発言していることを示している。

 カタカナ語の表記が「パターン」ではなく、音引き抜きの「パタン」なのは、サッカー講釈師さんが理工系の人だからである。セルジオ越後が下す評価は、いつも無節操な日本叩きという「パタン」だが、それはおよそ「批評」の名に値しない。

セルジオ越後にならった金子達仁ら電波ライター
 >>誰も参考にはしないし……

 これは端的に間違い。なぜなら、セルジオ越後の影響を受けた(参考にした)人物に、あの金子達仁氏がいるからだ(仮に,誰も参考にしないなら,セルジオ越後の放言が許されるのかという問題もあるが)。

 金子達仁氏は、毀誉褒貶が激しい。サッカーライター(?)、スポーツライターとして「スタア」になった一方で、徒(いたずら)に日本のサッカーを、蔑(さげす)んで自身の賢しらを気取るサッカー評論の風潮に、大きく棹(さお)を差した「電波ライター」であると、さんざん批判されてきた。

 エピゴーネン(弟子)は、オリジナル(師匠)の悪いところを拡大する。金子達仁氏はセルジオ越後氏の悪いところを参考にしたのである。

 つまり、多くのサッカーファン、スポーツファンがセルジオ越後の作った流れの影響下にある。誰もがサッカー講釈師さんのように、セルジオ越後に免疫のある、サッカーの見巧者ではないのだ。

セルジオ越後の放言がサッカーの現場に与えたストレス
 >>「ああ、お元気だな」と予定調和を楽しむべきコンテンツ……

 これも違う。セルジオ越後の放言を「楽しむべきコンテンツ」などと言うサッカー講釈師さんは、よほど感覚が鈍麻している。

 フィリップ・トルシエ(サッカー日本代表監督,任期1998~2002)は、私に「日系ブラジル人だか何だか知らないが,あの〈セルジオ越後〉とかいう奴は何者なんだ?」と、質問してきた……。フットボールアナリスト・田村修一氏が、初代サポティスタ・浜村真也氏が催したトークイベントでこんな裏話を紹介していた。

 その場では、笑い話になった。……が、実際には、笑い話ではなかったかもしれない。セルジオ越後の数々の放言は、歴代の日本代表をはじめとする、サッカーの現場に不必要なストレスを与えていた可能性がある。それがサッカーのパフォーマンスに好ましい影響を与えることはない。つまりセルジオ越後の放言は「批評」とはとても呼べない。

セルジオ越後ほど日本人の自虐的サッカー観に

 その中には、サッカー講釈師さんが尊敬してやまない「オシム爺さん」のチームもあったかもしれない。そのように傍証できるかもしれない材料は、ないわけではない。

サッカー講釈師さんの偏向ジャッジ
 >>にもかかわらず、真摯に反応した乾は大したものだったが、ドリブルと異なり、あまりに切り返しが下手くそだった……

 セルジオ越後がいつも悪質な反則タックル(DV,ハラスメント)を仕掛けてくることを、サッカー講釈師さんは(あるいは「サッカーファミリー」の多くは)見逃し、乾貴士選手の方を「あまりに切り返しが下手くそだった」などと言う。

 このジャッジは、アンフェアだ。

 もとより、前述のように、サッカー講釈師さんは、真っ当な第三者の立場に立った審判の「まなざし」など、持ち合わせていないのであるが。

被害者への「セカンドレイプ」に加担するサッカー講釈師さん
 >>とは言え、乾は文筆や言論が付加価値ではないから、傷は浅い。

 サッカー講釈師さんは、こんな上から目線の発言で、これで乾貴士選手をフォローしてみせたつもりなのである。

 しかし、乾貴士選手の立場上精一杯の「つぶやき」を浅薄であると切って捨てることが、この特殊なDVの「被害者」に対する更なる加害、すなわち「セカンドレイプ」であるとに自覚がない。唖然とするばかりだ。

セルジオ越後に対しては正式な形で批判するべき
 そもそも、ツイッターを含めたSNSは「付加価値を持った文筆や言論」を展開する場ではない。だからこそ、乾貴士選手たちは、SNSや地上波テレビのバラエティ番組(当ブログ未見)ではなく、セルジオ越後を正式な本格的な形で批判するべきである。

 例えば、理路整然とした文章にして批判を公開する。むろん、自身の思想がきちんと反映されていればゴーストライターに書かせても構わない。サッカー講釈師さんによると「乾は文筆や言論が付加価値ではない」らしいから、なおさら、そうするべきだ。

 あるいは、その上でセルジオ越後に公開の場での対談を申し込む。セルジオ越後は、逆に自分が突っ込まれるとシドロモドロになる(岡田武史氏が軽くツッコミ返したら,そうなっていた)。ちゃんとしたアドバイザーに付けば、セルジオ越後は論破できる。対談を断ってきたり、期限を定めていつまでも応じないようなら、その経緯を喧伝すればよい。

 乾貴士選手や岡崎慎司選手のセルジオ越後に対するささやかな発言(批判)を、筋違いというサッカーファンがいる。しかし、仮にそうだとしても、事の本質は「筋違い」なことをしなければならないほど、日本のサッカー界は限りなく不健全で「異常」な情況になっている。

 セルジオ越後の影響で、日本の「サッカーファミリー」のほぼ総体が「狂気」していると、ごく少数の正常者(乾貴士選手や岡崎慎司選手)が「狂気」として扱われてしまうという古典的命題を、これほど明確に現した事例も少ない。

 それくらいやらないと、情況はあらたまらない。

セルジオ越後「辛口批評」の正当性を疑う
 少しコストがかかるかもしれないが、しかるべき探偵社に依頼して、経歴詐称という重大な疑惑を抱えているセルジオ越後(高い蓋然性でその指摘は正しい)の、ブラジル時代の選手時代の実績(真相)を暴いて本人に突き付けてもいいし、日本時代の成績の(かなり悪いという)を明らかにして本人に突き付けてもいい。

 そうなのである。セルジオ越後のサッカー選手としての実績は、乾貴士選手や岡崎慎司選手より、はるかに下なのである。そもそも、セルジオ越後は「サッカー評論家」(?)としての正当性・信憑性が、きわめて疑わしい人物なのである。

 また「サッカー強豪国,ことに南米のブラジルやアルゼンチンなどのサッカー評論は,選手や監督,チームを徹底的に批判する」という「神話」があるが、これも間違いらしい。実際には、論者によってスタンスは是々非々であり、幅があるという。むしろ、アルゼンチンで尊敬されているサッカー人は、評論対象を過剰に責め立てることはしないし、セルジオ越後のようにつまらない揚げ足をとったりしない。

 セルジオ越後に象徴される「サッカーというスポーツに関する〈神話〉」がある。だが、これは「虚構」であり、打破されるべきだ。

セルジオ越後…その「偉大」さの源泉
 これらのデタラメが許容されるのは、ある種のサッカー関係者にとって、セルジオ越後が日本のサッカーそのものよりも「偉大」だと認識されているからである。

 世界の舞台に立ち、世界の強豪にいかにに立ち向かうか……というテーマで、長年戦ってきた日本のサッカーには、一方で「欧米」列強に対する劣等感が常についてまわる。そうした「日本人の心のスキマ」に入り込んだのが、あるいは中田英寿であり、あるいはセルジオ越後という「商売人」もしくは「詐欺師的人物」だった。

 セルジオ越後を過剰に有難がってきたのは、日本のいたいけなサッカーファンたちであるが、その中には、本来はいたいけではありえない、サッカーの見巧者である、オールドファンのサッカー講釈師さんも含まれる。

 昔の日本サッカーは弱く、選手個人の技術も大きく劣っていた。そんな中、日系ブラジル人のセルジオ越後が旧JSLにやってきた。この人物は、ブラジル本国のみならず、旧JSLでも選手としての成績は惨憺(さんたん)たるものだった(らしい)。

 しかし、記録には残らないことだが、技術が大きく劣っていた当時の日本人選手のなかにあって、セルジオ越後はブラジル仕込みのテクニックを見せた(らしい)のである。サッカー講釈師さんをはじめとしたサッカーのオールドファンもまた、あの時のセルジオ越後の幻惑の中にまだいるである。

セルジオ越後による「暴力」が容認される日本社会の異常
 ドメスティックバイオレンス(DV)やハラスメントが、日本でも社会問題になっている。中でも、サッカー、相撲、野球、ラグビー等々、日本のスポーツ界の暴力やハラスメントの横行と、その克服が問題になっている……。

 ……してみると、セルジオ越後による「日本サッカー」に対する言葉を使った精神的なDVまたはハラスメントが、日本の社会で、日本の「サッカーファミリー」の間で、ここまで放置=容認されている。興味深くもあり、また異常なことである。

吠えるセルジオ越後『サッカーダイジェスト』1993年11月24日号より
【吠えるセルジオ越後】(『サッカーダイジェスト』1993年11月24日号より)

 日本の「サッカーファミリー」の精神や思考が、奴隷化・家畜化していることの悲喜劇である。

(了)




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デズモンド・モリス『サッカー人間学』の装丁への不満
 佐山一郎氏の『日本サッカー辛航紀』を読んでいると、1983年に邦訳・刊行された、英国の動物行動学者デスモンド・モリスの著作『サッカー人間学 マンウォッチングII』(原題:THE SOCCER TRIBE,岡野俊一郎監修,白井尚之訳)の話が出てくる。

サッカー人間学―マンウォッチング 2
デズモンド・モリス
小学館
1983-02


 モリスには既に『マンウォッチング』という有名な著作があり、まだ日本サッカーが「冬の時代」だった1983年に、あれだけサッカーの浩瀚な著作が刊行できたのは、その続編という位置付けだったからではないかと考えていた。

 佐山氏の『日本サッカー辛航紀』の解するところでは「新種の学術書として受け入れられたようだ」(138頁)とのことである。

 ところで、佐山一郎氏は『サッカー人間学』の装丁(表紙のデザイン)が、ひどく気に入らないようである。
 問題は(『サッカー人間学』の)装丁です。たとえ裏事情があるにせよ、写真カバーに日本リーグ〔Jリーグ以前の旧JSL〕の、三菱重工‐ヤンマーディーゼル戦を持って来るセンスに目まいがしました。

 今でいう浦和対セレッソ大阪戦なのかもしれないけれど、ヤンマーFW堀井美晴のドリブルを赤いゲームシャツの三菱DF斉藤和夫キャプテンが左から止めにかかる図でよいものかと。カバー写真はもっと選びようがあったはずです。〔以下略〕



 ちなみに、当ブログが所有している英語の原書『THE SOCCER TRIBE』の表紙がある(ペーパーバック,マスマーケット版かもしれないが)。あらためて日本語版と比べてみる。

「The Soccer Tribe」cover
【『THE SOCCER TRIBE』表紙】

デズモンド・モリス『サッカー人間学』表紙
【『サッカー人間学』表紙】

 原書の表紙は、イングランドのリバプールFCが欧州チャンピオンズ杯(当時)で優勝した時の写真である。比べてみると、たしかに日本語版は見劣りするかもしれない。

「知の再発見」双書『サッカーの歴史」装丁への不満
 同じような不満なら、当ブログにもある。

 フランスのガリマール出版社の「ガリマール発見叢書」(Decouvertes Gallimard)を、日本の出版社である創元社が翻訳出版権を獲得して、1990年から『「知の再発見」双書』としてシリーズ刊行した。

知の再発見双書_創元社(1)
【「知の再発見」双書(創元社のウェブサイトより)】

 さすが、この双書は知的好奇心をくすぐるテーマが多い。当ブログとしては、紋章学者ミシェル・パストゥロー著『紋章の歴史 ヨーロッパの色とかたち』(原題:Figures de l'heraldique)が面白かった。

 フットボール(サッカー,ラグビー)のデザインと、紋章学のデザインが深く結びついていることについて、ヒントになるところがいろいろあったからである。
 2002年、ワールドカップの年、同双書から『サッカーの歴史』(原題:La balle au pied:Histoire du football)が出た。原著者はフランスのサッカー史家アルフレッド・ヴァール(Alfred Wahl)、日本語版監修は大住良之氏。書店で、この本の背表紙を見た途端「これは買わねば!」と手を伸ばした。が、しかし……。

 ……表紙を見て脱力した。な、なんでやねん……。

サッカーの歴史 (「知の再発見」双書)
アルフレッド ヴァール
創元社
2002-01


 問題は「知の再発見」双書『サッカーの歴史』の装丁です。たとえ裏事情があるにせよ、写真カバーに中田英寿を持って来るセンスに目まいがしました。

 当時、サッカー日本代表のエース格だったのかもしれないけれど、サッカーの世界史的な深遠さも、サッカーの全世界的な熱狂の広がりもまったく感じない、中田英寿みたいなちょっと前に台頭した程度の、それも日本の若手選手でよいものかと。

 カバー写真は、ペレでも、クライフでも、マラドーナでも、ベッカムでも、昔のワールドカップの名場面でも……、もっと選びようがあったはずです。

 ちなみに、アマゾンに〈La balle au pied:Histoire du football〉の書誌情報があった。

 詳しい事情は調べなかったが、「知の再発見」双書は、フランスのガリマール出版社と日本の創元社では表紙の装丁が違うのかもそれない。そうだとしても……。

 ……創元社のウェブサイトに、「知の再発見」双書の各書の表紙を並べた集合写真がある。チンギス・ハン、オスマン帝国、イースター島、シルクロード、アンコール・ワット等々の装丁(表紙デザイン)と比べると、中田英寿が表紙の『サッカーの歴史』(左下)だけは、明らかに違和感があり、フランス書からの邦訳という有難みがなく、かえって安っぽいのである。

知の再発見双書_創元社(2)
【「知の再発見」双書の表紙(創元社のウェブサイトより)】

 で、結局、その本は買いませんでした。

(了)



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中田英寿,衝撃のイタリアデビューから20年
 中田英寿は「過去は振り返らない」ことをモットーにしているらしいが、『中田語録』(1998年5月刊,文・小松成美)という本には、ハッキリとそのような文言は見つけられない。そこにあるのは以下のような表現である。
「振り返ることは、評論家のすること」
ゲームが終わった後、自分のプレーについてなぜコメントしないのか、と言われて。(114頁)

中田語録
文藝春秋
1998-05


中田語録 (文春文庫)
小松 成美
文藝春秋
1999-09


 そんな「過去は振り返らない」はずの中田英寿が……、2006年にサッカー界を(なかんずく日本のサッカー界を)足蹴にして去っていったはずの中田英寿が……。
英紙も酷評した中田英寿2006ドイツW杯での猿芝居
【英紙も酷評した2006年ドイツW杯における中田英寿のパフォーマンス】

 ……2018年9月にもなって、ひょっこりサッカージャーナリズムに顔を出してきたのである。
 何だと思ったら、中田英寿がイタリア・セリエAのクラブ「ペルージャ」に移籍してちょうど20年。そのシーズン初戦、名門ユベントス相手に中田英寿本人が2得点(!)という、衝撃のデビューの20周年記念であった。

 もっとも、この試合自体はペルージャは負けている。2000年の国際試合フランスvs日本戦もそうであるが、中田ヒデは、ひとりの選手としては評価されるプレーをしても、チームとして強豪相手にアップセット(番狂わせ)を演じて見せたという展開は、意外に少ないのではないかという「偏見」がある。

 インターネットのみならず、紙媒体も中田英寿をイタリアデビュー20周年を特集している……。



 ……なるほど、出たがりではないと言いながら、こうやって中田ヒデ本人が時おり「お出まし」になることで《中田英寿神話》が再生産されていくのだなと思った。

 それでは、中田英寿がイタリアでプレーしていた時、イタリアで一番有名な日本人、少なくとも日本人アスリートは中田ヒデだったのか? これが違うのである。

 当時、イタリアで一番有名な日本人は原田哲也(はらだ・てつや)という、オートバイレーサー(ロードレースライダー)である。

原田哲也とイタリアのモータースポーツ人気
 イタリアで中田英寿より有名な日本人、原田哲也とは何者なのか? 日本本国よりも海外で有名な日本人とはよくいるが、原田哲也はその代表みたいな人物である。
原田哲也のライディング(左)と表彰台
【原田哲也 ライディング(左)と表彰台】

 1970年千葉県生まれ。10歳でポケットバイクを始め、1986年ロードレースデビュー。1993年から世界選手権250ccクラスに参戦、同年最終戦、劇的な逆転劇で世界チャンピオン(年間総合優勝)のタイトルを獲得。1997年よりイタリアのバイクメーカー「アプリリア」と契約していた。世界チャンピオン1回、世界選手権グランプリレース17勝(日本人タイ)、世界選手権グランプリレース表彰台55回(日本人最多)。
 世界チャンピオン(年間総合優勝)こそ1回限りだが、巡り合わせがよければもっとタイトルを穫れたはずだという評価も高い。
 そして、イタリアは欧州の中でも英国と並んでモーターレーシングの人気が高い国である。四輪車ならばアルファロメオ、フェラーリ、ランチア、マセラティ……、二輪車(バイク)ならばドゥカティ、モトグッチ、MVアグスタ、アプリリア……。世界的に有名なスポーツカーメーカー、バイクメーカーがたくさんある。

 林信次(はやし・しんじ)氏というモーターレーシングジャーナリスト兼編集者が『時にはオポジットロック』という本の中で書いていたことである。林氏は欧州からモーターレーシングやレーシングカー・スポーツカー関係の写真集をよく購入するのだが、そうした本には、英語とイタリア語を併記する場合が多いそうだ。

 かようにモーターレーシングの人気が高いイタリアであるから、彼の地で一番有名な日本人が中田英寿ではなく原田哲也だという説にもうなづけるわけである。

中田英寿礼賛本の編集長が原田>中田と認めた
 中田英寿と、原田哲也と、イタリアで、知名度が高い日本人はどちらか? インターネットを覗いてみても議論はつきないが、ある意味、この「論争」は決着が付いている。

 奥付には1998年9月1日発行とある。だから、実際の発売はもう少し早いはずで、同年6~7月に行われたサッカー・フランスW杯のすぐ後だった。

 月刊誌『新潮45』(昨今,自民党・杉田水脈議員のLGBT差別発言で世間を騒がせているあの雑誌)が、『アッカ!! ヒデとNAKATA全記録』という中田英寿を特集する別冊を出した。当時、話題になった本だから、覚えているサッカーファンも多いのではないか。

 全編これ、中田ヒデに対する幇間(ほうかん:太鼓持ちの意味)で、テストを受けさせたら中田英寿は平均よりIQが高いだとか、当時人気の女性タレント・中山美穂と対談してデレデレしてみせるお茶目な中田ヒデだとか、各界名士による中田英寿へのヨイショ談話だとか……。

 今読み直すと、とにかく『アッカ!!』はよく出来たトンデモ本である。

 ……いかに才能があるとはいえ、まだまだ未完成な二十歳(はたち)前後のガキ若造を甘やかせていたら、サッカー選手として駄目になってしまうだろう。実際、甘やかせたために中田ヒデは駄目になった。中田英寿はワールドクラスのアスリートとして成功したわけではない(そこが原田哲也とは大きく違うところである)。

 で、この『アッカ!!』は、名目上、中田英寿が編集長と言うことになっているが、中田ヒデが編集の実務をするはずもなく、実際には版元・新潮社のスタッフが本を制作している。中田英寿の役割は、正確には「監修」であろう。

 この実質的な『アッカ!!』編集長、奥付を見ると「寺島哲也」という男性である(違っていたらゴメンナサイ)。この人が、1999年初め、東京は新宿・歌舞伎町にあるトークライブハウス「LOFT/PLUS ONE」(ロフトプラスワン)で、中田英寿をテーマにしたトークライブを行った。

 「寺島」編集長は、中田英寿の話をひとくさり終えると、観客から質問タイム。ミーハーっぽいお姉さんが「イタリアで一番有名な日本人は,やっぱり〈ヒデ〉なんですかぁ?」と質問があった。

 すると「寺島」編集長。「違います.イタリアで一番有名な日本人は,オートバイレーサーの原田哲也です」とアッサリ回答。

 当ブログは、この辺の事情を知っていたので思わずニンマリしたが、質問をしたお姉さんをはじめ観客は、原田哲也のことが分からずキョトンとしていた。

 そんなわけで、イタリアで(延いては欧州で)一番有名な日本人(のアスリート)は、中田英寿ではなく、原田哲也だということが確定しました。

 こうした日本人が存在すること自体、《中田英寿神話》は文字通り神話でしかない……ということを傍証するものだ。

 それにしても、中田英寿礼賛本を作った人が意外と冷静な中田ヒデ評をしていたというのは、なかなか興味をかき立てられる話ではある。

(了)



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  • 差別問題などで揺れている元ドイツ代表メスト・エジル選手は、国際試合のキックオフ前に行われる国歌演奏のセレモニーで「国歌を歌わない」ことを問題視されていた。
  • しかし、もともとサッカーの国際試合では「国歌を歌う習慣」はなかった。例えばイタリア代表(アッズーリ)などは、かなり最近までそうであった。
  • 今後のサッカー界は余計なトラブルを避けるために、ナショナルチームの選手・スタッフは国歌を敢えて歌わないよう、FIFAが指導した方がいいのではないか。
メスト・エジル(左)とフランツ・ベッケンバウアー
【メスト・エジル(左)とフランツ・ベッケンバウアー】

中田英寿と「君が代」をめぐる美しい誤解
 サッカー日本代表で国歌を歌わない選手と言えば、俺たちの中田英寿である。
俺たちの中田英寿1
俺たちの中田英寿2
【中田英寿】

 1997年のフランスW杯アジア最終予選において、中田が「君が代」を歌わなかったことはいろいろと物議をかもした。
 かつて、中田英寿が「君が代」〔日本国の国歌〕を歌わないということで街宣右翼に脅迫や嫌がらせを受けたことを思い出す。日の丸〔や君が代〕は得体のしれない引力があるのだ。スポーツとはまったく違う強度を持った力が。彼らは、目の前のスポーツではなくて、日の丸をまとった〔そして君が代を歌う〕日本の代表が戦う姿を見たい。柔道でもフィギュアスケートでもスノーボードでも、日の丸があがる〔そして君が代が流れる〕ところ以外でそのスポーツを楽しんだことがある人はごくごく少数だろう。本当にスポーツが好きなのか、ただ単に日の丸〔や君が代〕が好きなだけではないか。

清義明『サッカーと愛国』56~57頁

サッカーと愛国
清 義明
イースト・プレス
2016-07-16


 「中田英寿は『君が代』を歌わなかった」に関しては、こんな「美しい誤解」が世間に流布している。

中田英寿は「君が代」を歌わなかったから…ではない
 そもそも、中田英寿は「君が代」を歌わなかったから問題にされたのではない。1997年のフランスW杯アジア最終予選の各試合の録画を保存している人は、再生してじっくり見てほしい。「君が代」を歌っていない選手なら他にもいる。

 いくつかの試合の映像を見てみたが、その選手はずっと「君が代」を歌っていなかった。かなり意志的な選択ではないかと憶測する。

 前回「サッカーの国際試合と国歌(1)~メスト・エジルの場合」(2018年08月09日)でも書いたが、もともと国際試合の前に流される両国国歌演奏のセレモニーでは、選手たちが国歌を歌う習慣はなかった。それが普通だった。国歌を歌うようになったのは、かなり後になって、ごく最近になって定着したものだ。

 国歌を歌う・歌わないは、「愛国心」や「ナショナルチームへの忠誠心」とは何の関係ない。

 1997年当時は、国際的にも日本代表でも国歌を歌う選手・歌わない選手とが混在していた。とにかく「君が代」を歌っていないのは中田だけではないのである。

意図的に日本のカメラから顔を背け続けた中田英寿
 それでは、なぜ中田英寿だけが「君が代を歌わない」と言われたのか?

 国際試合の両国国歌演奏の時には、ハンディカメラが寄って選手の顔をアップする。その時、中田だけが(わざとらしく)意図的に顔をそむける仕草をしていた。それを再三再四くりかえしたからである。
中田英寿19971117君が代1
【国歌演奏に際してカメラから意図的に顔をそむける中田英寿】

 これでは、中田が「君が代」を歌わないことが嫌でも目立ってしまう。

 こんなことをしていたのは(世界でも)中田英寿だけである。そもそも中田がこんな不審な行動をとらなければ、「君が代」を歌っていないなどと問題視されることもなかった。つまり、翌1998年1月に起こる『朝日新聞』とのイザコサもなかったのである。
中田英寿「朝日新聞」1998年1月4日
【「朝日新聞」1998年1月4日付より】

 この件に関しては、中田英寿(と彼のマネージメント会社サニーサイドアップ)にも問題がある。
不本意にも君が代を歌わされる中田英寿@1998フランスW杯
【不本意にも「君が代」を歌う羽目になった1998年W杯の中田英寿】

「反日」ではないが「嫌日」の中田英寿
 中田英寿が「君が代」を歌わなかったのは、右から見て「反日」、左から見て「ナショナリズムへの抵抗」……といった、すなわち政治的な理由ではない。それとは違う社会的・文化的な理由である。

 ゼノフォビア(xenophobia,外国人恐怖症または外国人嫌悪)という概念があるが、中田英寿には、いわば「日本フォビア」「日本(人)嫌悪」とでも言えそうな感覚がある。換言すれば「反日」ならぬ「嫌日」である。

 例えば、Jリーグ時代はほとんどサインに応じなかったという中田英寿は(増島みどり氏がそう書いていた)、しかし、欧州では気軽にサインに応じる(これはテレビで大写しにされていた)……といったことである。

 その他、逐一引用はしないが、中田の言動・立ち振る舞いの端々からコレを感じとることができる。

 外国人嫌悪ならともかく(よくないが)、自国(人)嫌悪とはいかにも不思議な感じがする。だが、少なくとも日本においては「自国(人)嫌悪」という気質は一定の存在意義がある。日本という国、日本人という人々は、欧米の主要国のそれに比べて何かとよろしくないという観念が強いからだ。

 なかんずく日本のスポーツ界はそうだとされている。

 だから「日本的な(スポーツの)在り方」をはみ出したり、批判的な言動・立ち振る舞いをしたりするアスリートが時々出てくる。野球の江川卓とか、ラグビーの平尾誠二とかがそんな感じだった。江川も、平尾も、その分、少し過剰評価されたような感がある。

 これを徹底的にこじらせると中田英寿というパーソナリティーが出来上がる。したがって中田は、さらに過剰な評価をされている。

 ずいぶんと〈ヒデ〉も「君が代」騒動で嫌な思いをしただろう。しかし、その厄介は一義的には中田自身が招き入れたものだ。

 つまり、中田英寿が「君が代を歌わなかった」という問題は、元ドイツ代表メスト・エジルや元フランス代表クリスティアン・カランブーのように、ナショナリズムへの複雑な心情や苦悩を内面に抱え、したがって自国の国歌を歌わなかった選手たちとは同列に論じる性格のものではない。

(了)



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