スポーツライター玉木正之氏の知的誠実さを問う

日本のサッカーカルチャーについてさまざま論じていきたいと思っています。

カテゴリ: 野球

 いささか旧聞に属する話だが、年末恒例「『現代用語の基礎知識』選 ユーキャン 新語・流行語大賞」の野球用語ゴリ押しが酷い。

 2023年の年間大賞は「アレ(A.R.E.)」、2022年は「村神様」、2021年は「リアル二刀流/ショータイム」、みな野球の言葉である。大して流行ったとは思えない野球用語が3年連続で年間大賞に選ばれたことに、野球ファン以外の多くの人々が辟易しているのである。

 これは審査員で野球ファンの漫画家・やくみつるの影響が大であると見なされている。また審査員の平均年齢が60歳を超えていることも影響していると考えられている。
  • 参照:女性自身「流行語大賞にまた野球用語で〈流行った感ない〉と辟易…有名審査員の平均年齢は60歳超え,〈Netflixを知らない〉やくみつるも」(2023/12/02)https://jisin.jp/entertainment/entertainment-news/2266675/
 やくみつる(ら)の頭の中は、毎晩のようにプロ野球中継が地上波テレビで放送され、20~30%もの視聴率(世帯視聴率)を取り、日本において野球が絶対的なスポーツの王様だった「昭和」(~1989年)の時代から変わっていない。

 しかし、年々、日本においても野球の人気は下がり、競技人口も減っている。地上波テレビのプロ野球中継が視聴率が下がり続け、ついにはほとんど放送されなくなった。たまに読売ジャイアンツ(巨人軍)と関係の深い日本テレビがプロ野球中継(巨人戦)を放送することがあるが、視聴率は非常に低い。

 国会の議席で譬(たと)えれば、もはや野球は単独過半数を取れなくなっているのである。その分、日本人のスポーツの好みはサッカーやバスケットボールなどに「多様化」している。

 もうすでに野球が「国民的な了解事項」ではなくなっているところに、一方的に野球用語を流行語大賞の年間大賞にゴリ押ししても、かえって人々の野球に対する反感を買うだけである。特に野党第一党(?)のサッカーファンからは……。

 似た例として、石橋貴明が主催する地上波テレビの「ザ・細かすぎて伝わらないモノマネ」(フジテレビ系)も野球ゴリ押しが酷く、視聴者に嫌がられているようだ。
  • 参照:まいじつ「『細かすぎて伝わらないモノマネ』ゲストに忖度しすぎ? 野球ネタだらけで視聴者ウンザリ〈まったく分かんない〉」(2023.12.18)https://myjitsu.jp/archives/454029
 いやいや、違う違う。流行語大賞なんか、1年もたたないうちに「死語」になるのだからあんまり気にするなよ……という野球ファンがいる。


 だが、これは野球ファンの驕(おご)りである。こうした意見は重要な点を見落としている。

 なぜなら、流行語大賞の野球用語は「死語」にはならないからだ。

 「『現代用語の基礎知識』選 ユーキャン 新語・流行語大賞」、なるほどすぐに人々の【記憶】から消えるかもしれないが、しかし『現代用語の基礎知識』というそれなりに権威がある年鑑・事典(『広辞苑』ほどの権威ではないかもしれないが)に、今後とも【記録】され続けるからだ。
  • 参照:自由国民社「『現代用語の基礎知識』選 ユーキャン 新語・流行語大賞」https://www.jiyu.co.jp/singo/
 後世の人が当時の世相を調べようとして『現代用語の基礎知識』を繙(ひもと)いたら本当に流行っていたのかよく分からない「アレ(A.R.E.)」とか、「村神様」とか、「リアル二刀流/ショータイム」とか、本当に流行っていたのかよく分からない野球用語に出くわすのである。

 この点は相当な問題である。

 大袈裟に言うと『現代用語の基礎知識』は歴史を捏造しているのである。

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日本のマスコミと野球の関係
 日本のマスコミ企業(一般紙や地上波テレビ,スポーツ紙)は、例えば「朝日新聞」が夏の甲子園(高校野球の大会)を主催していたり、「読売新聞」が読売ジャイアンツ(プロ野球球団)を経営していたり……等々、野球の興行に自ら関わっている。

 また、相互に監視、批評しあう関係にあるべきマスコミ企業は、いわゆるクロスオーナーシップというもので、「一般紙/地上波テレビ/スポーツ紙」が資本的に系列化されている。<1>

 加えて、アメリカ合衆国(米国)のメジャーリーグベースボール(MLB)に莫大な放映権料を支払い、これをBSや地上波で放送し、毎年、春・夏の甲子園=高校野球の大会を地上波で全試合放送している公共放送NHKがある。

 つまり、日本のマスコミ企業は総体として野球とは利害関係者の間柄で、一蓮托生、癒着している。野球(特にプロ野球)は、日本のマスコミ企業総体にとって「自社コンテンツ」なのである。

 そんな日本のマスコミにとって、日本のナンバーワンスポーツはあくまで「野球」でなければならない。新しく台頭した「サッカー」や「バスケットボール」など他のスポーツであってはならない。

野球マスコミの野球ゴリ押し
 年々、日本においても野球の人気は下がり、競技人口も減っている。国会の議席で譬(たと)えれば、もはや野球は単独過半数を取れなくなっている。その分、日本人一般のスポーツの好みはサッカーやバスケットボールなどに「多様化」しており、本来ならば日本のスポーツ報道も各競技の人気の度合いに応じて按分されるべきである。

 しかし、だからこそ、前述の理由で、日本のマスコミはサッカーやバスケットボールなど他のスポーツの報道の量を野球の報道の量より増やすことは、しない。むしろ、日本で野球の人気が落ちれば落ちるほど、日本のマスコミは野球をゴリ押しする。

 こうした、野球とマスコミが癒着した状況を「野球マスコミ」と呼ぶことがある。

 2023年のワールドベースボールクラシック(WBC)の時の野球マスコミの攻勢(ゴリ押し)は凄まじいものがあった。
  • 参照:WBC2023「侍ジャパンがアメリカを下し3大会ぶり3回目のWBC制覇! 大谷翔平が胴上げ投手に」https://www.wbc2023.jp/
 2022年のFIFAワールドカップ(サッカーW杯)カタール大会は、大会が始まるまで、あるいはサッカー日本代表(森保ジャパン)が強国ドイツに勝つまでは、日本のマスコミ(野球マスコミ)はきわめて冷淡だった。翻って、野球のWBC2023については、開催のずっと前からゴリ押ししまくっていた。

 首尾よく事が運んで野球日本代表(侍ジャパン)はWBC2023で優勝したが、地上波テレビ(野球マスコミ)はワイドショー番組でこの話題を1~2か月引っ張った。よほど熱心な野球ファンでも、何度も何度も同じ話題を見せられるとさすがに食傷する。

 野球マスコミによるWBC2023のゴリ押しは止めどが無い。今度は2023年大晦日、WBC2023の地上波放送担当局だったTBSが「WBC2023 ザ・ファイナル」という番組を、午後5時から約7時間(!)放送する。聞いただけでゲップが出そうだ。
  • 参照:TBS「WBC2023 ザ・ファイナル」(2023年12月31日午後5時から放送)https://www.tbs.co.jp/program/wbc2023sp_20231231/
 ちなみに、NHKが総合テレビで2022年12月25日に放送した「FIFAワールドカップ2022総集編~挑戦者たち」という番組は、放送時間は1時間13分であった(これは好番組であった)。
  • 参照:NHK「FIFAワールドカップ2022総集編~挑戦者たち」(2022年12月25日放送)https://www.ennetinc.com/work/fifa%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%89%E3%82%AB%E3%83%83%E3%83%972022-%E7%B7%8F%E9%9B%86%E7%B7%A8/
 適切な編集を施せば、スポーツのビッグイベントの総集編コンテンツはせいぜい2時間程度の放映時間となるものだが、7時間とはよほど内容が水増しされるのではないか。

ナショナルチームか,オールスターチームか
 ところが、ワールドベースボールクラシックなるこのスポーツイベント、野球におけるナショナルチーム(代表チーム)のこの世界大会は、同じくナショナルチームの世界大会であるサッカーのFIFAワールドカップや、ラグビーのラグビーワールドカップなどと違って、全くオーソライズされていない大会なのである。

 その理由。まず第一に、そもそもサッカーやラグビーのような英国生まれのスポーツと違って、野球のような米国生まれのスポーツは、ナショナルチーム(代表チーム)の国際試合自体がオーソライズされていない。サッカーやラグビーのW杯の熱狂は、本来、その延長線上にある。

 しかし、野球のWBCは、そのような歴史や文化を経ずに、2006年、米国MLBの主導で始まった。

 米国のスポーツ報道ではWBCのことを「国別対抗のオールスターゲーム」と呼んだらしい。この辺にサッカーやラグビーのW杯と野球のWBCの違いがある。「ナショナルチームによる世界大会」ではないのである(ひょっとして米国のスポーツジャーナリズム,米国のスポーツ文化は「ナショナルチーム」の何たるかを分かっていないのではないか?)。

 むしろ、ある意味、WBCは、サッカーやラグビーのW杯のように眦(まなじり)を決して臨むというよりは、「国別対抗のオールスターゲーム」という面持ちで取り組むべきイベントなのかもしれない。

 こんな中で、日本の侍ジャパンだけが眦を決してWBCに臨み、必死に優勝を目指した。なぜならば、それは野球マスコミの「強い希望」であり、そこで優勝し「世界一」の称号を得ることで日本国内における野球のプレゼンスを高め、2022年サッカーW杯カタールW杯における森保ジャパンのベスト16に対する優越を誇示せんがためである。

デタラメでオーソライズされないWBC
 第二に、サッカーと野球の世界的な普及度の違い、スポーツとしての規模の違いである。その違いは、地域大陸予選を含めて総数200か国に及ぶサッカーW杯に対して、WBCは2023年大会で総数28か国である。参加国総数の違いは競争の激しさの違いにつながる。

 サッカーW杯は掛け値なしに世界的な注目を浴びる。しかし、野球の人気は世界的な普及に失敗した競技である。野球の人気は米国においてすら良く見積もってアメフト、バスケに次ぐ三番手であり、一部ではサッカーの人気に並ばれたとも追い抜かれて四番手に落ちたとも言われる。つまり、WBCは世界的には注目されない。

 ……なるほど、野球が世界的な人気スポーツでないことは、日本球界の責任ではない。しかし……。

 第三に、WBCは1次ラウンドで公正な組み合わせ抽選をしない。その上で、WBC2023で言えば侍ジャパンは、プールBで韓国、オーストラリア、中国、チェコ共和国といった、弱小の、ほぼ確実に勝てる相手と、大会主催者のはからいにより試合をすることとなった(それにしても,かつてのWBCで日本に立ちはだかった韓国野球の凋落が著しい)。

 しかも会場は勝手知ったる地元・日本の東京ドームだった。次いで準々決勝の対戦相手はイタリアという、これまたほぼ確実に勝てる相手だった。

 極論すれば、侍ジャパンは準決勝、決勝と、2回勝っただけで「世界一」になれたのである。カタールW杯グループステージでドイツ、スペインというW杯優勝経験国、サッカー超大国と対戦することになったサッカーの森保ジャパンと何という違いだろうか。

 一方、米国で行われていたWBCプールDは、プエルトリコ、ベネズエラ、ドミニカ共和国、ニカラグア……と野球の強豪国ぞろいであり「死のグループ」と呼ばれた。特に優勝候補のドミニカ共和国がプエルトリコに敗れた試合、たまたま当方、Jスポーツで視聴していたが、これがなかなか面白い試合であった。

 侍ジャパンも、こういう1次ラウンドの組み合わせで勝ち上がって優勝すれば、その「世界一」の価値も高まるのに……と思った。また、侍ジャパンがWBCでドミニカ共和国やプエルトリコと試合をしたら面白いのに……とも思った。しかし、WBCの主催者はそうはしない。

 とにかく、WBCはサッカーやラグビーのW杯と比べて、さまざまな意味でデタラメな世界大会である。そのデタラメさゆえに侍ジャパンは楽にベスト4に進出でき、優勝できた。そのデタラメさ加減が、WBCのオーソライズを阻んでいるという残念な現実がある。

 WBCが開催される3月、毎年、米国では全米大学バスケットボールトーナメントが開催される。この大会は「マーチ・マッドネス」(3月の熱狂)と呼ばれ、文字通り「全米が熱狂」する。
  • 参照:レーン・ミクラ(駐日アメリカ大使館公式マガジン)「スポーツ 全米が熱狂する〈マーチ・マッドネス〉」(2019年4月3日)https://amview.japan.usembassy.gov/march-madness-explained/
 WBCの方はマーチ・マッドネスと比べると、あまり注目されない。こうしたWBCの実態について、野球マスコミは触れたがらない。

日本人のコモンセンス
 そんな野球の世界大会(WBC2023)を、日本の野球マスコミはまるで世界中が注目している偉大なイベントであるかのように熱心に報道していた。

 リテラシーのない人は、WBC2023における侍ジャパンの優勝が、2022年サッカーW杯カタールW杯における森保ジャパンのベスト16を超える偉業であるかのように受け取る。

 これこそ野球マスコミの企てである。

 もっとも、全てが野球マスコミの思惑通りに運ぶとは限らない。

 サッカーW杯で日本代表が勝つと、東京・渋谷のスクランブル交差点界隈が大変な騒ぎになる。しかし、WBC2023で侍ジャパンが勝っても何も起こらなかった。

 こちらの方が、日本人のコモンセンスである。正しい評価である。

 野球マスコミは、WBC2023の侍ジャパン優勝でハシャギ過ぎなのである。





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プロローグ
 大谷翔平の移籍先が、ロサンゼルス・ドジャースにようやく決まった。

 さて……、

 「大谷翔平の活躍に全米が熱狂!」

 ……ならば、

 「三笘薫の活躍に全英が熱狂!」

 「久保建英の活躍に全西が熱狂!」

 「古橋亨梧の活躍に全蘇が熱狂!」

 ……と、こうなるはず。<1>

 しかし、実際のマスコミのスポーツ報道に格差があるのは、経済原理に基づいた「需要」の格差ではなく、マスコミ企業にとっては野球が「自社コンテンツ」であり、サッカーその他のスポーツはその座を脅かす競合相手だからなのである。

日本のマスコミに庇護された大谷翔平
 金子達仁は、スポーツ用品販売店大手「アルペン」の公式サイトでエッセイの連載を持っているのだが、その中で何と「大谷翔平は日本が生んだ史上初のスポーツにおける世界的なスーパースターである」などと、おったまげるようなことを書いていた。
  • 参照:金子達仁「[2021年野球界を総括]大谷翔平は,日本が生んだ史上初の世界的スーパースター」(2021年12月28日)https://media.alpen-group.jp/media/detail/baseball_211228_01.html
 いかにもサッカー界隈では毀誉褒貶の激しい、そして「日本人であることのコンプレックス」をこじらせた金子達仁らしい表現である。

 大谷翔平が「世界的なスーパースター」であってほしい存在は、もっと他にある。日本のマスコミである。

 日本のマスコミは、高校野球の大会を主催していたり(『朝日新聞』と全国高等学校野球選手権大会ほか)、プロ野球球団(『読売新聞』と読売ジャイアンツほか)を所有していたり……。等々、野球とは利害関係者の間柄で、一蓮托生、癒着している。

 そんな日本のマスコミにとって、あくまで日本のナンバーワンスポーツは「野球」でなければならない。新しく台頭したサッカーやバスケットボールであってはならない。だから、欧州サッカーの三笘薫や久保建英、バスケットボールNBAの八村塁や渡邊雄太といった日本人選手の活躍など、半ば無視する。否、落ち目の野球人気を支えるためには、無視してかまわない。

 一方、日本のマスコミは、野球の投打「二刀流」のメジャーリーガー・大谷翔平に関しては、毎日、洪水のように大々的に報道している。否、落ち目の野球人気を支えるためには、報道しなければならない。マスコミは、あたかも彼が「世界的なスーパースター」であり、その活躍に「全米が熱狂」しているかのように褒めそやす。

 日本のマスコミは、大谷翔平は世界的なスーパースターであると言いくるめることで、日本の内外で野球がナンバーワンスポーツであるかのように言いくるめる。

 大谷翔平とは、野球中心主義の日本のマスコミに庇護された野球のスター選手なのである。

嘘で大袈裟で紛らわしい大谷翔平
 もちろん、「大谷翔平は世界的なスーパースターである」も、「大谷翔平に全米が熱狂している」も、嘘で大袈裟で紛らわしい命題である。JARO(日本広告審査機構)に苦情を申し立てなければならない。


JARO_PR「ダメダメ三匹のトークうそピョン篇15秒」

 第一の理由は、野球(ベースボール)の世界的な普及度・人気度である。

 野球は、ヨーロッパ、アフリカ、中東、南米の南半分、アジアの大部分で、超マイナースポーツだからである。そもそもルールが複雑で、その「ゲーム性」を理解するのが大変だ。投手がボールを投げて、それを打者がバットで打って、打者は走者となって一塁に走って……。ああ、そこからもう分からない。そういう世界だからである。

 そんな世界の大多数の国々で、「二刀流」のメジャーリーガー「Shohei OHTANI」(大谷翔平)と煽っても、「誰? 何?」という反応しか返ってこない。

 第二の理由は、米国(アメリカ合衆国)におけるスポーツ文化の多様さである。

 米国の人気スポーツは野球だけではないからである。

 よくアメリカ四大プロスポーツというが、米国ではアメリカンフットボール(NFL)の人気が図抜けていて、それにバスケットボール(NBA)が続く。さらに続いて野球(MLB)となるが、昨今は人気が低迷・低落している。これにウィンタースポーツであるアイスホッケー(NHL)が加わる。これで四大スポーツである。

 そして、20~30年後には野球(MLB)の人気を抜いてしまうのではないか……と言われているサッカー(MLS)がある(もう既にMLSはMLBの人気に並んだという説,超えたという説もある)。

 さらに加えてアメリカンフットボールとバスケットボールにはカレッジスポーツ(大学スポーツ)の人気もある。

 つまり、米国に数多ある人気スポーツの数多いるスター選手で、それも人気が低迷・低落している野球(MLB)の、本拠地を同じくするロサンゼルス・ドジャースよりも人気が低い球団ロサンゼルス・エンゼルスの、しかも最近ずっと(2015年~)プレーオフに進出したことがない弱小球団ロサンゼルス・エンゼルスの……スター選手のひとりが大谷翔平だったということになる。

 2021年、米国の老舗スポーツ専門誌『スポーツ・イラストレイテッド』が選ぶ「スポーツパーソン・オブ・ザ・イヤー」は、MLBアメリカンリーグのMVPを獲得した「二刀流」の大谷翔平ではなく、同年2月のスーパーボウルを制したNFLタンパベイ・バッカニアーズのQBトム・ブレイディ(ちなみに通算で実に7回目!)が獲得した。繰り返すが大谷翔平ではなかった。

 いずれにせよ「大谷翔平は世界的なスーパースターである」も、「大谷翔平に全米が熱狂している」も、嘘で大袈裟で紛らわしい命題である。

ワールドベースボールクラシックと大谷翔平
 しかし、大谷翔平は、2023年のワールドベースボールクラシック(WBC)で獅子奮迅の活躍を見せ、優勝したではないか。同大会で日本代表(侍ジャパン)のエース投手兼スラッガーとしてプレーし、WBC史上初の2部門(投手部門・指名打者部門)でのオールWBCチームに選ばれた上にMVPを受賞したではないか。

 ……と、彼のファンは擁護する。

 ところが、このWBCという、野球におけるナショナルチーム(代表チーム)の世界大会は、同じくナショナルチームの世界大会であるサッカーのFIFAワールドカップや、ラグビーのラグビーワールドカップなどと違って、あまりオーソライズされていない大会なのである。

 しかも、WBCはサッカーやラグビーのワールドカップと比べて、さまざまな意味でデタラメな世界大会である(そのデタラメさゆえに侍ジャパンは楽にベスト4に進出できた)。そのデタラメさ加減が、WBCのオーソライズを阻んでいるという残念な現実がある。

 WBCが開催される3月、毎年、米国では全米大学バスケットボールトーナメントが開催される。この大会は「マーチ・マッドネス」(3月の熱狂)と呼ばれ、文字通り「全米が熱狂」する。WBCの方はマーチ・マッドネスと比べると、あまり注目されない。
  • 参照:レーン・ミクラ(駐日アメリカ大使館公式マガジン)「スポーツ 全米が熱狂する〈マーチ・マッドネス〉」(2019年4月3日)https://amview.japan.usembassy.gov/march-madness-explained/
 日本のマスコミは、こうしたWBCの実態については触れたがらない。

 WBCでも「大谷翔平に全米が熱狂している」という話は正しくないようだ。

日本人の情報リテラシーと大谷翔平
 とにかく、大谷翔平はナショナルチーム(代表チーム)として「世界一」になったのだから、今度はクラブチームとして「世界一」、すなわち「二冠」を目指すべきだ。野球には公式の世界クラブ選手権は存在しないので、この場合はさしあたってMLBのワールドシリーズということになる。

 サッカーでは、ペレ(ブラジル)やフランツ・ベッケンバウアー(ドイツ)といった偉大な選手たちがナショナルチームとクラブチームの両方で「世界一」になっている。

サッカーの欧州CLトロフィー(左)とW杯トロフィー
サッカーの欧州CLトロフィー(左)とW杯トロフィー

 ならば、大谷翔平も真に偉大な野球選手にならなければならない。

 しかし、大谷翔平がMLBで所属していたロサンゼルス・エンゼルス、成績はアメリカンリーグ西地区5チーム中、彼が移籍した2018年から順に4位、4位、4位、4位、3位、4位……と、ワールドシリーズはおろか、プレーオフにすら出場したことがない。

 どんなスポーツでも世界的なスーパースターというのは、毎年のように優勝争いをしている伝統と実力と人気を兼ね備えたチームのエース。マークもプレッシャーも厳しい中で、重要な場面でも期待通りの活躍をする……というのが相場である。

 大谷翔平は、そうした例には当てはまらない。

 もっとも、野球というのは、チームの成績とはあまり関係のない「個人成績」や「個人記録」が幅を利かせているスポーツでもある。

 例えば、「最後の4割打者」と呼ばれ、打撃三冠王を2度も獲得、通算ホームラン521本など、あれだけ打撃タイトルを獲りまくった強打者テッド・ウィリアムズは、ワールドシリーズ進出はわずかに1回のみ。それも敗退に終わっている。

大打者の栄光と生活 (SUPER STAR STORY)
テッド・ウィリアムズ
ベースボール・マガジン社
1973-03T


テッド・ウイリアムズのバッティングの科学
アンダーウッド,ジョン
ベースボールマガジン社
2000-02T


 これは大谷翔平を「世界的なスーパースター」だと吹聴する、日本のマスコミにとっては都合がいい。「今日の大谷翔平は2本塁打8打点の大活躍でした」……これで日本の情報リテラシーの乏しい人(情報弱者とも言う)にはゴマカシが効く(しかし、ひっそりと「なおエンゼルスは敗れました」……と続くパターンが多かった)。

 かくして、大谷翔平が所属するロサンゼルス・エンゼルスの成績は、日本の情報弱者にはあまり気が付かれない形で低迷を続けた。

「二刀流」の虚実と大谷翔平
 いったい、「二刀流」とは、チームが勝つため、チームがプレーオフに進出するため、そしてワールドシリーズで優勝するために、本当に必要な「戦力」なのだろうか?

 実は、「二刀流」は1人で2人分の働きをするものでは無い。

 シーズンを通して「二刀流」でプレーする大谷翔平の肉体的な消耗は激しい。2021年はシーズン終盤で疲労が出て、9月後半以降は登板を回避した。2022年は打者の方で疲労が出て、9月11日以降にはホームランが出なくなった。

 そんな「二刀流」は、同じチームの他の先発投手陣よりもローテーションの休養日が余計に必要となる。また、体調次第ではもっと不規則にならざるを得ない。その結果、他の先発投手陣のローテーション日程を乱してしまい、何かと差し障りがある。

 また、2023年8月は公式戦での投球中に右肘の靭帯を損傷し、投手としては残りのシーズンが絶望。翌2024年は「二刀流」でのプレーが出来なくなっており、「二刀流」復活には2025年までお預けになるとの話である。

 さらに、近年のMLBではDHをあえて固定せず、ベテラン選手の「半休日」のような扱いにするチームが増えている。事実、2023年シーズンはMLB全30チーム中24球団は、最もDH出場が多い選手でも100試合未満だった。

 ところが、大谷翔平が加入するチームではこの手法は使えない。他のベテラン選手は「半休」を許されず、あくまでポジションプレーヤーとして試合に出続けなければならない。

 このことは、シーズンを通じたチーム全体のコンディション管理に負の作用をもたらす可能性がある。

 そして、「二刀流」の選手はケガで長期離脱すると、主力選手が2人分いっぺんにいなくなるというデメリットもある。

 ひょっとしたら、「二刀流」でプレーしたいという大谷翔平の願いは実は「自己満足」であり、勝ちたい、プレーオフに進出したい、ワールドシリーズで優勝したいという所属チームの願いとは、両立しないのではないか。<2>

 マスコミではあまり報じられないけれども、大谷翔平の「二刀流」でのプレーには、このような批判がついて回る。

 大谷翔平が日本の情報弱者を誑かして自己満足と利益を得続けたいならば、ロサンゼルス・エンゼルス所属のままでよかったのかもしれない。

 だが、彼が本当のアスリートならば、MLBのレギュラーシーズンでも好成績をあげるべく心がけなければならない。

ベーブ・ルース、タイ・カッブと大谷翔平
 よく日本のマスコミで大谷翔平と比較されるベーブ・ルースだが、彼はどれだけ凄い野球選手だったのか?

 そもそも野球において「ホームラン」を価値ある記録や技術にした野球選手がベーブ・ルースなのである。

 現在、野球の華としてもてはやされるホームランだが、プレイヤーの技術的目標となったのは、1869年から続く米国プロ野球の歴史でも(日本史の明治維新は1868年)、1920年代に入ってからのことである。

 1920年にMLBアメリカンリーグでニューヨーク・ヤンキースに移籍したベーブ・ルースが54本塁打を放つと、米国野球界はホームラン狂時代へと突入する。それ以前にはホームランは、今のサイクルヒットや隠し球と同じように一種の珍記録でしかなかった。

 そもそもホームランとは、プロの野球選手が、自分の価値をそれによってアピールすることができるような類のものではなかった。ベーブ・ルース以前にはホームランは、プロの技術的トレンドではなかったのである。

 ベーブ・ルースによって、野球はホームランをひとつの主要な勝利の要因とするスポーツへと変化した。野球の在り方そのものを変えてしまった、野球に革命をもたらした選手がベーブ・ルースなのである。

魔球の伝説 (講談社文庫)
吉目木晴彦
講談社
2019-11-01


 「盗塁」についても同様である。盗塁を技術的修練の対象にまで昇格させたのは、ベーブ・ルース以前の野球のスーパースター、「球聖」タイ・カッブである。

ベーブ・ルース(左)とタイ・カッブ(1920年)
ベーブ・ルース(左)とタイ・カッブ

 タイ・カッブ以前、19世紀の終わりから20世紀初頭にかけて、MLBナショナルリーグにビリー・ハミルトンという選手がいた。14年間で973盗塁、1989年には1シーズンで117もの盗塁を記録しているのだが、彼は「スライディング・ビリー」の名を残しただけで、盗塁自体は野球技術として重視されなかった。

 高打率を保ち出塁するところまででプレイヤーとしての価値が評価された時代であり、出塁後にランナーが得点を得るために巡らす工夫はまだ評価の対象にならなかったのだ。

 かつてNPBの日本シリーズで、ホームランを打った西武ライオンズの秋山幸二が、トンボ返りしながらホームベースを踏んだことがあったが、盗塁とはこの種のお遊びの芸に過ぎなかったのである。

珍記録としての大谷翔平
 それでは大谷翔平は如何? たしかに大谷翔平の投打「二刀流」のプレーは唯一無二のものに思える。

 しかし、先に述べたように「二刀流」でプレーすることで大谷翔平の周りにはさまざまなシワ寄せがいく。そんな理由もあって、大谷翔平に続く「二刀流」の野球選手が続出することは、どうやらありそうにない(MLBのドラフトに「二刀流」枠が出来たらしいけれども……)。

 結局のところ、「二刀流」は、ベーブ・ルースのホームランのように野球というスポーツに「革命」をもたらすものとは言い難い。

 また、特定の選手のプレーではないが、近年の野球に革命をもたらしたセイバーメトリクスやトラッキングシステムのような効果があるのかどうかも、微妙だ。

 「二刀流」は、秋山幸二のトンボ返りのような「お遊びの芸」では、ちょっと言い過ぎかもしれない。だが、タイ・カッブ以前の盗塁、ベーブ・ルース以前のホームランみたいなものとは言えるかもしれない。

 つまりは、一代限りの芸、一種の「珍記録」である。

 その珍記録をして、いかにも大谷翔平が「世界的なスーパースター」であり、その彼の活躍に「全米が熱狂」しているかのような、嘘で大袈裟で紛らわしい喧伝をしてきたのが、利害関係者として野球と癒着してきた日本のマスコミである。

 落ち目の野球人気を支えるために、あくまで日本のマスコミは大谷翔平の「二刀流」を褒めちぎるのである。

 日本のマスコミにとっては、日本のナンバーワンスポーツは「野球」でなければならない。サッカーやバスケットボールであってはならない。

 日本のマスコミは、大谷翔平は世界的なスーパースターであると言いくるめることで、日本の内外で野球がナンバーワンスポーツであるかのように言いくるめてきた。

 大谷翔平とは、野球中心主義の日本のマスコミに庇護された野球のスター選手なのである。





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 2023年日本サッカーシーズンのオーラス、天皇杯決勝の日の夜(優勝:川崎フロンターレ)にしたためる。

Jリーグは「人気がない」のか?
 もう1年前の話になるが、サッカー日本代表・森保ジャパンは、2022年カタール・ワールドカップで下馬評を覆す活躍を見せた。その時、日本のマスコミ報道も大いに盛り上がった。

 しかし一方、国内サッカーのJリーグは盛り上がっていない、話題性に乏しい、「人気がない」という印象をマスコミや一般の人々に持たれている。

 FC東京所属の元日本代表・長友佑都選手が、Jリーグのマスコミ露出の少なさを不安視し、「そもそもやっていることが一般の人々に知られていない」と「すごい危機感」を抱いているという報道がされている。
  • 参照:サッカーダイジェストWeb編集部「〈すごい危機感〉長友佑都がJリーグの〈メディア露出の少なさ〉を不安視〈そもそもやっていることを一般の人が知らない〉」(2023年02月10日)https://www.soccerdigestweb.com/news/detail/id=126317
 しかし、コロナ禍に入る2019年のことであるが、このシーズンのJ1の1試合当たりの観客動員が平均2万人の大台を超えた(2万0751人)。これは世界基準でもかなり高い数字である。

 また、スタートから30周年を迎えたJリーグ、2023年シーズンの前哨戦となった、富士フィルム・スーパーカップ「横浜F.マリノス対ヴァンフォーレ甲府」戦は、東京・国立競技場を会場に実に5万0923人の観客動員を記録した。

 かような日本サッカー・Jリーグが「人気がない」とは、どういうことなのだろうか?

マスコミとスポーツの癒着
 スポーツライター・玉木正之氏が展開する日本スポーツ批判の定番ネタのひとつに「マスコミとスポーツの癒着」という話がある。

玉木正之「欧州のサッカーにも応援団はない」
玉木正之氏

 どんな内容なのかというと……。

 本来ならばスポーツジャーナリズムがスポーツに対する真っ当な批判を展開し、日本のスポーツを正さなければならない。しかし、日本の場合(欧米とは違って)、そのスポーツジャーナリズムを発揮するべきマスコミ=新聞社やテレビ局が、スポーツから利益を得る構造になっている。

 例えば、日本のマスコミは、スポーツチームの所有者やスポーツイベントの主催者となっている。例えば、読売新聞はプロ野球球団(読売ジャイアンツ)を所有している。あるいは、朝日新聞は高校野球の大会(全国高等学校野球選手権大会=夏の甲子園)を主催している。

 だから、読売新聞はプロ野球(特に読売ジャイアンツ)への批判がタブーであるし、朝日新聞は高校野球(特に夏の甲子園)への批判がタブーである。

 その他、マラソンや駅伝大会(箱根駅伝など)の主催、女子サッカークラブの所有、高校サッカー、高校ラグビー、高校バレーなどの主催者にマスコミが名前を連ねているため、日本のスポーツ界はスポーツジャーナリズムが存在できない状態になっている。

 つまり、日本においてマスコミとスポーツは癒着している。結果、日本のスポーツ報道は歪められ、延いては日本のスポーツも堕落する。

 ……といったものである。

 こうした主張に異論はない。実際にその通りなのであろう。これは日本のスポーツ文化における【貧しさ】を表している。

 しかし……。

「スポーツ大国」としての日本
 日本のスポーツ界には、野球(NPB)、サッカー(Jリーグ)、バスケットボール(Bリーグ)と、それぞれ相応の競技レベルと相応の観客動員数を持つプロリーグがあり、それぞれ相応に応援しがいのあるナショナルチーム(日本代表チーム)がある。

 相応に応援しがいのあるナショナルチームといえば(全国リーグのリーグワンはセミプロに近いが)、もうひとつラグビーがある。サッカーとラグビー、ふたつのフットボールのワールドカップ本大会でともに1次リーグを突破したことがある国のひとつが日本である。これは、実は世界的に希少な例である。

 アメリカでもヨーロッパでもない国で、これだけのプロリーグとナショナルチームを持つ国は、実は世界的にも珍しい。つまり、日本には日本なりの成熟したスポーツ文化がある。

 日本はスポーツ後進国だと言われているけれども、実は、日本は相応に凄いスポーツ国なのだ……と、サッカージャーナリストの後藤健生氏だったと思うが、どこかで書いていた(申し訳ない,ソース忘れました。Jスポーツ公式サイトの連載コラムだった気がする)。

 玉木正之氏は、こうした、一方にある日本のスポーツ文化の【豊かさ】【多様性】を知らない。

 後藤健生氏の場合、ほとんど毎週のように現場でサッカーの取材・観戦をしている、他にもラグビーやバスケットボールなども観戦し、はては東京・両国の国技館まで大相撲本場所の見物にも出かける人である。
  • 参照:後藤健生「競争原理を強めるJリーグの新しい考え方~サッカーの世界に〈横綱〉は必要なのか?」(2023年1月23日)https://news.jsports.co.jp/football/article/20190310224334/
 対照的に、玉木正之氏はほとんどスポーツの現場を取材しない、生で観戦しないスポーツライターとして有名な人である。それが理由で玉木正之氏にはスポーツライターの同業者やスポーツファンの「アンチ」が多い。<1>

 スポーツライターのくせに現場にも行かないで何を偉そうなことを言っているのだ! ……という批判が付いて回る。

 ふたりには、こういう違いがある。

 とにかくスポーツの現場に行かない。だから、玉木正之氏の視界には日本スポーツ文化のポジティブな側面が目に入らないのである。

スポーツ報道の偏向
 玉木正之氏が、こうした日本のスポーツの【豊かさ】【多様性】に気が付かないということは、日本における「マスコミとスポーツの癒着」問題の変種である、「マスコミと野球の癒着」という問題にも気が付かないということでもある。

 どういうことか?

 新聞やテレビ(地上波)といった、オールドメディアを中心としたマスコミのスポーツ報道量において、野球=NPBや高校野球、サッカー=Jリーグ、バスケットボール=Bリーグ……は、競技人口、競技レベル、観客動員数、市場規模などに見合った配分がなされているとは、とても言えない。

 すなわち、マスコミのスポーツ報道の量は野球が圧倒的に多く、サッカーやバスケットボールなどはないがしろにされている。著しい偏向がある。

 たしかに野球の人気には歴史がある。高校野球は1915年(大正4)から、NPBは1936年(昭和11)から。対して、Jリーグは1993年から、Bリーグは2016年からにすぎない。

 ただし、野球の競技人口やテレビ視聴率は1990~2000年代になってだいぶ下がってきている。

 今でも時々、読売新聞系の日本テレビ(地上波)が読売ジャイアンツの試合を放送したりするが、ゴールデンタイムの番組の視聴率としては壊滅的なほど低い。

 マスコミがあれだけ喧伝する「二刀流」の日本人メジャーリーガー・大谷翔平選手にしても、その出場試合をNHKが地上波で生放送することが時々あるが、その視聴率も意外なまでに低い(これはイチロー選手が現役時代だったころから同様である)。

 その代わりサッカーやバスケットボールの人気が台頭しており、その分、日本のスポーツ文化は【多様性】を増したのだといえる。にもかかわらず、マスコミのスポーツ報道はこれに対応したものとは言えない。

 大谷翔平選手の活躍をマスコミは大々的に報道するが、同じ日本人でも、欧州サッカーの三笘薫選手や久保建英選手の話題は、NBAの八村塁選手や渡邊雄太選手の話題は、あまり取り上げられない。

 サッカーのカタールW杯は、大会が始まるまで、あるいは森保ジャパンが強国ドイツに勝つまでは、マスコミはきわめて冷淡だった。しかし、野球の第5回ワールドベースボールクラシック(WBC)については、開催のずっと前から煽りまくっている。

 なぜだろうか?

マスコミと野球の癒着
 その理由が「マスコミと野球の癒着」という「噂」である。

 どういうことか?

 新聞やテレビ(地上波)といったオールドメディアを中心とした日本のマスコミ企業は、プロ野球球団を所有したり、高校野球の大会を主催したりして、野球イベントの興行に深くかかわっている。

 例えば、読売新聞は読売ジャイアンツを所有している。中日新聞は中日ドラゴンズを所有している。朝日新聞は高校野球の大会(全国高等学校野球選手権大会=夏の甲子園)を主催している。毎日新聞も高校野球の大会(選抜高等学校野球大会=春のセンバツ)を主催している。

 フジテレビは東京ヤクルト・スワローズと関係が深く、TBSは横浜DeNAベイスターズと関係が深い。

 さらに日本の主な新聞社とテレビ局(地上波)は、クロスオーナーシップなどのために結び付きが深い。読売新聞と日本テレビ、毎日新聞とTBS、産経新聞とフジテレビ、朝日新聞とテレビ朝日……といった関係がそうである。

 これに、春・夏の高校野球や、アメリカのメジャーリーグベースボール(MLB)を大々的に放送している(高額の放映権料をMLBに支払っていると言われる)公共放送=NHKが加わってくる。

 つまり、オールドメディアを中心とした日本のマスコミにとって、野球こそはステークホルダー(利害関係者)であり、一蓮托生、大事なスポーツである。だから、日本のマスコミにとって、野球こそは優遇し、依怙贔屓(えこひいき)し、ゴリ押しし、手厚く庇護し、不祥事はできるだけ隠すべきスポーツである。

 一方、こうした関係を持たないスポーツは、刺身のツマ程度の存在にすぎない。むしろ、野球のプレゼンスを脅かす他のスポーツ(サッカーやバスケットボールなど)はお座なりの対応でかまわない。

 これこそ「マスコミと野球の癒着」であり、かくしてサッカーやバスケットボールはマスコミに冷遇され続ける。これはもはや構造的な問題だ。

 そして、「Jリーグは人気がない」という風説の正体が、このマスコミによるスポーツ報道の偏向だ。

 ……という「噂」である。

マグロの解体ショーはスポーツである?
 サッカーやバスケットボールには話題性がない……みたいな意見が見られるけれども、実は、マスコミが喜びそうな話はゴロゴロしている。

 例えば、2022年、女性の審判員として史上初めて男子のプロサッカーリーグ=Jリーグの試合で笛を吹き、同年開催された男子のワールドカップ=カタール大会の主審にも選ばれた山下良美氏。

 マスコミが推奨するジェンダー平等やポリティカルコレクトネスの観点からも、山下良美氏の存在は画期的なニュースであり、もっと話題になっていい。仮に男子のプロ野球リーグであるNPBに女性の審判が登場したら、大々的にマスコミは報じるだろう。

 しかし、野球ではないサッカーであるがゆえに、マスコミはあまり取り上げない。

 あるいは、2022年10月、サッカー天皇杯で優勝したヴァンフォーレ甲府。J2の地方都市の規模が小さいチームが下剋上を起こし、J1の大都市の有力チームを倒して全国制覇を成し遂げたという「物語」であり、もっと話題になっていい。

 仮に同じような「物語」が高校野球で実現したら、大々的にマスコミは報じるだろう。事実、2018年の夏の甲子園で、秋田県代表・金足農業高校が決勝に進出した際は、マスコミは沸き上がった。

 しかし、野球ではないサッカーであるがゆえに、マスコミはヴァンフォーレ甲府の快挙をあまり取り上げることはない。

 一方、野球はどうでもいいことまでマスコミが取り上げる。NPBのオフシーズン、毎年1~2月には、プロ野球選手や監督がお寺で護摩行に参加しただとか、マグロの解体ショー(!)に参加しただとか……。
  • 参照:サンスポ「広島・会沢,金本も新井も超えた! 護摩行で絶叫90分,池口大僧正も太鼓判」(2020/01/10)https://www.sanspo.com/article/20200110-CHO5ZHMPGVIZLMBIXKSJHBRUZE/
  • 参照:サンスポ「西武の新人3選手,マグロ解体ショー体験」(2020/02/01)https://www.sanspo.com/article/20200201-6N4D2TOOTVJJPAYHUZYWRXETFU/
 同時期はBリーグのシーズンの真っ最中であるが、プロ野球選手の護摩行やマグロの解体ショー(!)などの話題にかき消されて、バスケットボールの試合がマスコミのスポーツ報道に取り上げられることはほとんどない。

 だから、Jリーグのシーズンを現行の春秋制から欧州に合わせた秋春制にすると、プロ野球のオフシーズンにはマスコミがサッカーをたくさん報道してくれる……という期待はしない方がいい。

 とにかく、これはもはやスポーツではない。スポーツの報道ではない。

マスコミは野球に忖度する?
 2022年、「マスコミと野球の癒着」が単なる「噂」ではないかもしれないという出来事が起きた。どちらも女性の尊厳を踏みにじる破廉恥な行為が明るみに出たスキャンダルであるが……。

 片や、芸能界の香川照之氏(俳優)の一件は、連日のようにオールドメディアを中心とした日本のマスコミに叩かれまくり、あわや芸能界追放かというところまで追い込まれている。

 こなた、プロ野球界の坂本勇人選手(読売ジャイアンツ)の一件では、何とマスコミではほとんど報じられず、彼はそしらぬ様子で試合に出続けた。

 この両者のマスコミの扱いの違いには、マスコミの野球に対する「忖度」がやっぱり実在していたのではないかとも言われた。マスコミは利害関係者としての野球界の不祥事はできるだけ隠したいのではないか? ……と。

 インターネット掲示板やSNSでは、サッカーファンと野球ファンが、「ロミオとジュリエット」のモンタギュー家とキャピュレット家のように憎しみ合い、罵り合っている。

 これに関しては、本田圭佑選手が「なぜサッカーファンと野球ファンが言い争う必要があるのか.視野が狭い.スポーツであり.エンタメ.敵ではなくむしろ同類」と、両者を諫めるツイートをした(2023年1月21日)。


 しかし、サッカーファンはただ野球を憎悪しているのではなく、度を越したマスコミの野球優遇、あるいは「マスコミと野球の癒着」に憤懣しているのである。

「マスコミと野球の癒着」の壁
 その昔、サッカーファンの間で、Jリーグを知っているサッカーファンの若い世代が、30年くらい経ってテレビ局で経営陣や管理職など、番組編成や報道で決定権を持つようになったら、サッカーの報道量も増える。ひょっとしたらサッカーが野球を抜いているかもしてない。……などといった楽観論があった。

 しかし、Jリーグのスタートから30周年になる2023年の時点で、実態はそのようになっていない。マスコミのスポーツ報道は相変わらず野球中心(特に大谷翔平中心)である。

 Jリーグ30周年で何となぁ~く分かってきたことは、「野球の壁」の厚さ……ではなく、「〈マスコミと野球の癒着〉の壁」の厚さだった。





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 最近はプロ野球も見なくなっていたが、2023年のNPB日本シリーズ「オリックス・バファローズvs阪神タイガース」は久方ぶりにテレビで観戦した。

 元来、阪神タイガースのファンである玉木正之が、しかし自身の「勝利至上主義」批判の立場から、タイガースの「醜い勝利」よりも「美しい敗北」を願っていた(と思われる)からで、タイガースに少しばかり肩入れして見ていた。<1>

 結果は、めでたく「玉木正之,ザマァァァァァァァァァァァァミロ!!!」とX(旧Twitter)に書くことができた。

 しかし、試合を見るのは難渋した。

 バッターは、打席を外す、何本もファウルを打って粘る。ピッチャーは、牽制球を投げる、2ストライクに追い込んだらほとんど必ず1回ストライクゾーンを外れる球を投げて逃げる……。そんなこんなで試合時間がだらだらと長くなり3~4時間もかかる。

 4時間となると、サッカー、バスケットボール、ラグビーのほぼ2試合分の時間である。

 今年、女子サッカーW杯、バスケットボールW杯、ラグビーW杯、そしてサッカーJリーグの某クラブの試合を、ずっと見続けてきた身には野球の試合の長さはじれったい。キツイ。

 熱心な野球ファンは、これこそ野球のゲーム性だ、駆け引きの妙だというのかもしれないが……。

 NPBも、やはりここはアメリカのMLBに倣って「ピッチクロック」を導入して、試合時間を短縮することを考えた方がいいのではないか。





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