昔『噂の真相』といふ雑誌ありけり
 蔵書を漁っていたら、今から30年前、1990年11月に刊行された『別冊 噂の真相 日本の雑誌』(副題:MAGAZINES IN JAPAN 1990)が、ひょっこりと出てきた。

別冊『噂の真相』〈日本の雑誌〉表紙(1990年)
【別冊『噂の真相』〈日本の雑誌〉表紙(1990年)】

 まず、月刊誌『噂の真相』とは、どんな雑誌だったのか? 1979年3月創刊。株式会社噂の真相刊。編集発行人は岡留安則(故人)。2004年4月号をもって休刊。政界、財界、官界(特に検察)、芸能界(大手芸能事務所)、文壇など、新聞はもちろん、週刊誌ですらタブー視して忖度、報じようとはしなかった分野の事件や醜聞に斬り込み、明らかにしてきた。

 一般のマスコミならばまず報じられなかった、時の東京高等検察庁検事長(則定衛=のりさだ・まもる=氏)の愛人スキャンダルを暴き立て、辞職に追い込んだこともある。

 一方、この雑誌は、いろいろ猥雑な性格があり、いかがわしい傾向も強く、そのことをよく思っていない同業者もいた。ジャーナリスト・江川紹子氏が発したツイッターと、その返信をめぐるやり取りにはそうした一断面が表れている。


 この点は、毀誉褒貶、功罪相半ばといったところである。

『別冊 噂の真相 日本の雑誌』について
 さて、『別冊 噂の真相 日本の雑誌』の内容であるが、表紙の惹句には「雑誌ジャーナリズムの裏側を全解剖する!!」「日本の主要雑誌100誌を徹底分析!!」「『噂の真相』版辛口雑誌カタログ。」とある。文字通り、当時の日本の主な雑誌を並べて、その内幕も合わせて辛口レビューしたものだ。その俎上に乗せられた日本の雑誌……。

 週刊誌では、AERA、朝日ジャーナル(!)、サンデー毎日、週刊朝日、週刊現代、週刊新潮、週刊文春、週刊ポスト、SPA!、週刊プレイボーイ、アサヒ芸能、FOCUS、FRIDAYほか。月刊誌・隔週刊誌では、中央公論、文藝春秋、SAPIO(右傾化する前)、諸君!、正論、潮、新潮45(!)、スコラ、GORO、POPEYE、BRUTUS、PLAYBOY日本版、宝島、STUDIO VOICE(佐山一郎氏の古巣)、PHPほか。

 女性誌では、an・an、Olive、女性自身、婦人公論、クロワッサン、JUNON、marie clire Japonほか。マンガ雑誌では、週刊サンデー、週刊マガジン、週刊ジャンプほか。文学方面では、専門誌では、映画雑誌、プロレス雑誌、自動車雑誌ほか。文学方面では、(純)文芸誌、ミステリー・SF雑誌、中間小説雑誌。その他もろもろ……。

 こうしてみると、世の中、この30年の間に大きく変わったなあ……という感慨に耽る。刊行当時、まだ雑誌ジャーナリズムには勢いがあったが、インターネットの登場で紙媒体は大きく後退した。廃刊した雑誌もある。日本はまだバブル景気に沸いていた。各雑誌のレビューを読んでも、その時代の雰囲気(空気感などという下品な日本語は使いますまい)を感じ取ることができる。

 それぞれの雑誌のレビューは誰が担当しているのか? 編集長・岡留安則が書いた編集後記によると「いずれも雑誌業界事情に詳しく、かつ他誌でも活躍中のフリーライターや編集者,評論家,作家といった人々にお願いした……」。

別冊『噂の真相』〈日本の雑誌〉編集後記と奥付(1990年)
【『別冊 噂の真相 日本の雑誌』編集後記と奥付(1990年)】

 「……署名すればそれなりの人たちだが、メディア批評によって自分の食いブチがおびやかされない事情を考慮して、いずれも匿名とせざるをえなかった.巻末に〈SPECIAL THANKS〉として,執筆者の人たちの名前をズラリ並べたかったのだが……」とのことであった(前掲の写真を参照)。<1>

 実際、『別冊 噂の真相 日本の雑誌』の各雑誌レビューは、面白い。どのレビューもスパイスが効かせてあって(雑誌によっては激辛)、リテラシー……という言葉は、当時使われていなかったが、読者としてリテラシーが付く。いろいろ参考になる。

 ところが、そんな中にあって、唯一例外的に、虫歯になりそうなくらい、血糖値が上がりそうなくらい、甘ったるい絶賛レビューが書かれているのが、文藝春秋刊のスポーツ専門誌『スポーツグラフィック ナンバー』だったのである。

文春ナンバー≒玉木正之のスポーツ評論という公式
 『スポーツグラフィック ナンバー』(Sports Graphic Number)。1980年4月創刊。A4変型判。月2回刊。2020年に創刊40周年と通巻1000号を迎えた。創刊号に掲載されたノンフィクションが、山際淳司の傑作「江夏の21球」だったとか……。
  •  参照:Sports Graphic Number 1号 スポーツを撃て!(1980年4月1日発売)
 スポーツ新聞ではボツになった「ヘルメットも吹っ飛ぶ豪快な空振り」の写真を表紙にした長嶋茂雄特集(通巻10号)が、驚異的な人気と売れ行きで、この手の専門誌としては異例の「増刷」をした。そして後の長嶋茂雄礼賛ブームの端緒になったか……。
  •  参照:Sports Graphic Number 10号 SOS! 長島茂雄へラブコールを!(1980年8月20日発売)
 この雑誌には、こういった神話的なエピソード、効能書きに事欠かない。だからこそ文春ナンバーの「真相」を知りたいわけだが……。実際には絶賛一辺倒で、このスポーツ専門誌の神話的イメージに加担しただけだったのではないか。

 あの『噂の真相』ですら、文春ナンバーだけは高く評価した! ……というわけである(詳しくは次の画像とPDFを参照されたい)。

別冊『噂の真相』〈日本の雑誌〉174~175頁(1990年)
【『別冊 噂の真相 日本の雑誌』174~175頁(1990年)】
 曰く。日本のスポーツ業界(スポーツではない!)は糞である。体育会的、家父長制的、閉鎖的、権力的、独善的であること他に類を見ない。スポーツ選手、例えば「汗と涙,青春のシンボル」だとされる高校球児だって糞である。あいつらから野球を取り上げたら、ただの不良少年でしかない。既存の日本のスポーツマスコミにも真の批判が存在しない。スポーツ業界とは持ちつ持たれつ、要するに糞である。

 そんな構造のため、日本のスポーツ業界は「スポーツを快楽的なものではなく禁欲的なものだとすることで」(『別冊 噂の真相 日本の雑誌』174頁)成り立っている。
 そのほとんど絶望的状況のなかで、でも「Number」は、古くはあの「江夏の21球」にはじまり、野武士軍団西鉄ライオンズ、力道山物語、長嶋伝説、近くは神戸製鋼ラグビーの真髄、ボクシング名勝負、プロ野球・甲子園の名勝負、F1レースなど、スポーツの快楽とそれに一生を賭けた人間を追究して健闘している。日本のスポーツに風穴あけるその日まで初志を貫徹すべしである。<2>

『別冊 噂の真相 日本の雑誌』175頁
 何もかも愚劣な日本のスポーツ界にあって、まるで文春ナンバーにだけは「スポーツを語る良心の泉」が、滾々(こんこん)と湧き出でている……かのような絶賛である。そして、ここで私たちは意外な人物の名前を目にすることになる。
 スポーツを見ることの快楽とは――などと大口を叩くのは任ではない。そのいかなるものであるかについては、たとえば玉木正之の諸論考をぜひとも参照していただきたい〔!〕が、ようするにスポーツ選手がグラウンドで実感している快楽を、ファンがスタンドでいかに共有するか……〔以下略〕

『別冊 噂の真相 日本の雑誌』175頁
 泥沼の泥に染まらぬ蓮(ハス)の花のごとき文春ナンバー、その中でも花の蜜のごとき象徴として、玉木正之氏のスポーツ評論が称揚されているのである。

海のあなたの空遠く,スポーツの「幸い」住むと人のいう
 そないなわけおまへんのや(爆)

 それにしても「快楽」みたいな気持ち悪い単語が連発しては、体中がムズ痒(かゆ)くなりますね。当時=1990年前後、こういうスポーツ評論が流行っていたのです。つまり、スポーツの本質は「勝負」ではない。「遊び」である。「快楽」である。

 だから、勝ち負けに執着するのは愚の骨頂……みたいな風潮がスポーツ論壇にあった。文学・思想方面の蓮實重彦(草野進)の一連の野球評論や、スポーツ学で有名な中村敏雄の『オフサイドはなぜ反則か』などの著作は、そんな風潮の形成に一役買っていた。

 そこに、スポーツライターを名乗りながら、文学・思想方面やアカデミズムにコンプレックスがあり、己がスポーツライターであることに自信が持てない玉木正之氏は、スポーツにおける「遊び」という本質やら「快楽」やらを、さかんに発信していたのである。

 この時代の気分を表した代表的著作に、玉木氏とロバート・ホワイティング氏の共著『ベースボールと野球道』(1991年)がある。日本人が大好きな「野球」、しかし、それはアメリカの「ベースボール」とは全く違う。

 日本の野球(プロ野球や高校野球など)は糞だが、アメリカのベースボール(メジャーリーグ,MLB,大リーグ)は素晴らしい。海のあなたの空遠く、スポーツの「幸い」住む……とナイーブに信じられていたのである。

文春ナンバー的スポーツ観の幻惑と裏切り
 そないなわけおまへんのや(爆)

 実際に日本人選手がMLBに移籍したり、スポーツメディアが多様化したり、サッカー人気の台頭したりして、沢山の国々のスポーツ文化が知れわたるようになると、『ベースボールと野球道』のような日米野球比較文化論には、話の嘘や誇張や歪曲が多いことが分かってきた。

 特に梅田香子氏は、『ベースボールと野球道』のことを、事実誤認の多い「ジョークの羅列」だと一刀両断している。
  •  参照:広尾晃氏の知的怠惰を問う~玉木とホワイティング『ベースボールと野球道』をめぐって(2020年04月19日)
  •  参照:炎上野球ブロガー #広尾晃 氏の元ネタ(?)としての『ベースボールと野球道』(2020年05月02日)
 禁欲的で「苦行」に満ちた従前の日本のスポーツに対して、アンチテーゼとして「快楽」を代表するものとして、前掲の『別冊 噂の真相 日本の雑誌』でも名前が挙げられていた「神戸製鋼ラグビー」。

 なかんずく、その中心にいた平尾誠二氏(故人)。その思想ゆえに、ラグビーの国際試合における勝ち負けの意義を理解できず、1995年と1999年のラグビーW杯で日本代表(ジャパン)を大惨敗させてしまう。その平尾誠二と近しい関係にあった玉木正之氏もまた、その大惨敗の意味するところを理解できず、ふやけた話しか書けなくなった。

ラグビー黒書―145点を忘れるな!
日本ラグビー狂会
双葉社
1995-12T


ラグビー百年問題―W杯の惨劇を検証する
日本ラグビー狂会
双葉社
2000-01T


 結果、日本ラグビーは20年余り低迷してしまうが、この件で玉木正之氏は、美土路昭一氏や永田洋光氏などといった、多くのラグビージャーナリストの反感を買った。藤島大氏は「(玉木正之氏は)文芸評論家・蓮實重彦の〈ゲームそのものの美こそが絶対〉という言葉をナイーブに鵜呑みにした」が、しかし「勝敗を争うこと自体が悪なのではなく,勝利の求め方が拙いだけだ」と、『スポーツ発熱地図』の中で遠回しに揶揄している。

スポーツ発熱地図
藤島 大
ポプラ社
2005-01T


 また、スポーツライターの武田薫氏は、オペラの評論も書く玉木正之氏のことを「歌うことが好き=遊び=なだけ,楽しい=快楽=だけで一流になったオペラ歌手など,どこにいるのか?」と皮肉っている(正確な出典は失念したが『ホームラン』という野球専門誌に書いていた)。

文春ナンバーの「ナルシズム」を『噂の真相』で再現しただけ
 昔から文春ナンバーは、肯定的な評価の一方で「自己陶酔とナルシズム,ポエムとメルヘン,内輪ウケが激しい」という否定的な評価もあった。文春ナンバーのそんな精神文化の土壌から、1990年代後半、金子達仁氏のような人がスポーツジャーナリズムのスターダムに載ってしまうのである。

ニッポンはどうすれば勝てるのか?
金子 達仁
アスペクト
2009-01-23


 それはともかく、一面的な絶賛だけでは、読者は文春ナンバーへのリテラシーが身に付かない。『噂の真相』は文春ナンバーのレビュー筆者の人選を誤ったし、匿名の文春ナンバーのレビュー筆者は、文春ナンバーの「ナルシズム,内輪ウケ」の文化を『別冊 噂の真相 日本の雑誌』で再現しただけである。

 ところで、この匿名の文春ナンバーのレビュー筆者の正体は誰だろうか?

 当ブログは、当時、文春ナンバーで書評・ブックガイドのコラムを担当していた武田徹(たけだ・とおる)氏(ジャーナリスト,評論家,メディア学)ではないかと邪推している。さしたる根拠はないが、文体でそのように想像している。

 間違っていたらゴメンナサイ……だが、武田徹氏は、その文春ナンバーで日本の野球、日本のスポーツに関しておかしなことを書いていたので、いずれ取り上げたい。

 乞うご期待。

(了)





【追記】
 <1> 月刊誌の『現代』や『正論』のレビューを書いたのは、文体の癖などからして評論家の佐高信(さたか・まこと)氏で間違いない。『PHP』について書いたのは、コラムニストの山崎浩一ではないかと邪推している(こちらの方は確証はない)。どちらも『噂の真相』のレギュラー執筆陣であった。

 <2> この中にサッカーが入っていないのは「三浦知良,Jリーグ,オフト・ジャパン」以前の日本サッカー低迷期なのだからしょうがない。そうだとしても、1980年代の文春ナンバーは、実態以上にサッカーを冷遇していた。