「ロストフの14秒」と「江夏の21球」
 2018年12月8日にNHK総合テレビで放送したNHKスペシャル「ロストフの14秒~日本vs.ベルギー 知られざる物語」は、スポーツドキュメンタリー番組の傑作として早くも評判が高い。年末12月30日には、BS1スペシャルとして放送時間拡大の完全版として放送されるという。一説に、そのタイトルは1983年に放送したNHK特集「スポーツドキュメント~江夏の21球」を意識した命名だと言われいている。

 NHK特集「江夏の21球」は、ドキュメンタリー番組の傑作としての評価が非常に高く、これまで何十回も再放送され、また市販のソフト化も何度もなされてきた。

NHK特集 江夏の21球 [DVD]
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江夏の21球 [VHS]
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 何の因縁か、今年2018年もまた「江夏の21球」は、10月28日にNHK総合テレビ「あの日あのときあの番組~NHKアーカイブス」の枠で再放送された。しかも、あの江夏豊氏本人がゲストとしてNHKの番組に出演、コメントするという素晴らしい特典つき。これは絶対に視聴せねばならないとならぬと、録画予約をした。


 実際「江夏の21球」は何度見ても面白い。視聴した後、ツイッターで番組の反応を見てみた。すると、おそらく初回放送当時は知らない若い人だと思うが「こんな凄いスポーツドキュメンタリー番組は、NHKだから制作できるのであって、民間放送(民放,特に地上波)には出来ないのではないか」というツイートがあった。


 おっしゃる通り。「江夏の21球」」でも「ロストフの14秒」でも、(少なくとも昨今の)地上波民放テレビは、これだけの番組は作れなくなっている。それが証拠に……。

日本のテレビ局は「事実上」ロシアW杯総集編を放送しなかった
 それが証拠に……。あなたは今年2018年のサッカーW杯ロシア大会の「総集編」を、テレビで御覧になりましたか? いや、そう言えば見ていないな、という人が多いはずだ。日本のテレビ局は「事実上」ロシアW杯総集編を放送しなかったからである。





 サッカーファン・視聴者の中には、実際にNHKにW杯総集編の放送をしないのか問い合わせた人がいる。しかし、帰ってきた返事は「ワールドカップの総集編につきましては、総合的な判断から、今回放送する予定はございません」という冷淡なものだった。


 NHKは何をやっているのか! 否、そもそも今回のロシアW杯、大会総集編番組を割り当てられたのは、公共放送たるNHKではなく民放のTBSテレビだったのである(えっ!?)。NHKの言う「総合的な判断」とは、担当局がNHKではなかったからということである。

 通常、サッカーW杯やオリンピックといったスポーツのメガイベントは、NHKの民放が連合した「ジャパンコンソーシアム(Japan Consortium)」という体制でFIFA(国際サッカー連盟)やIOC(国際オリンピック委員会)などと放映権料等の交渉にあたる。そして、どの局がどの試合を担当し放送するかは、かなり早い時点で決まっている。いかなる理由かは不明だがロシアW杯総集編の担当局はTBSテレビに決められた。

 大会直前には発行させるテレビ情報誌の「W杯観戦ガイド」の類に掲載される番組表は、テレビ局側から内々に提示された放送予定を反映したものである。

 当ブログは、ロシアW杯のテレビ視聴と録画に関しては、テレビ雑誌『月刊ザテレビジョン』増刊の観戦ガイド「ロシアワールドカップ2018テレビ観戦パーフェクトBOOK」に掲載された「番組表」を参考にした。こういう時はインターネットではなく、パッケージ化された紙媒体の方がまだまだ役に立つ。値段が手ごろで、読み応えもありました(感謝)。

 このムックの付録の番組表には、ロシアW杯総集編番組はTBSテレビが放送すると書かれていた(下記,掲載写真参照)。

ザ・テレビジョン「ロシアW杯特集号」放送予定表
【『月刊ザテレビジョン』増刊W杯パーフェクト番組表(部分)】

 この時点で、実にイヤ~な予感がした。

 果せるかな、TBSテレビは本来放送するべき「ロシアW杯総集編」を放送しなかった。放送当日、W杯決勝翌日の2018年7月16日、公共の電波で全国に流されたのは「緊急放送!西野Jも生登場!日本人が選んだ歴代カッコいいサッカー選手ランキング」(以下,適宜「サッカー総選挙」と略す)なる、何ともふざけた番組であった(下記,掲載写真参照)。

TBSテレビ_ロシアW杯サイトより「サッカー総選挙」
【TBSテレビ「サッカー総選挙」ロシアW杯公式サイトより】

TBS「日本人が選んだ歴代カッコいいサッカー選手ランキング」
【TBSテレビ「サッカー総選挙」】

 これには視聴者のサッカーファンも口あんぐり、ドッチラケ。ワールドカップはどこへ行った? 4年に1度のサッカーの感動も台無しになる。いずれにせよ、場違いな感じは否めなかった。サッカーファン・視聴者が本当に見たかったのはこんな番組じゃない。

 番組司会で、サッカーには相当の心得のあるタレント・加藤浩次氏(と俳優・竹内涼真氏)ですら、番組冒頭で語気を強めて不満と違和感を隠さなかった。
加藤浩次 ……ということで、ねえ、今日フランスが優勝決まったんですけれど、TBSはトリッキーな企画から始まりました。今日、僕、総集編全体みられると思っていたんですけど、こういったトリッキーな企画で、竹内君ビックリしているんだよねえ。

竹内涼真 ビックリしていますね。

加藤浩次 ねえ、ビックリなんだよ。こんな企画を最後にやるかっていうのは。私、今日聞いて本当にビックリしているんですよ! なぜなんだ!? ワールドカップの凄いプレーが見たかったんだ! ……っていうのがあるんですけど、TBS的にはこれで行こうということになっております。皆さんよろしくお願いします。〔以下略〕」

TBSテレビ「サッカー総選挙」録画より文字起こし
 この時、スタジオ内の出演者はゲラゲラ笑っていたが(これまたふざけた話だ)、これは加藤氏の本音であろう。

 いろいろ調べてみると、TBSテレビは深夜のレギュラー番組「スーパーサッカー」の中でアリバイ的に放送はしたらしい。ネット上にその痕跡が残っていた。
 当ブログは未見。しかし、あくまでレギュラー枠扱いであり、CMなどで放送時間が正味30分にも満たず、他の話題(フェルナンド・トーレス選手来日会見)も取り上げたらしく、本当にロシアW杯の総集編にふさわしいコンテンツだったのか、非常に疑わしい。しかも、深夜枠だから地方によっては放送されない地域があったかもしれない。

 日本のテレビ局は、民放地上波テレビは、なかんずく担当局のTBSテレビは、2018年サッカーW杯ロシア大会の総集編を「事実上」放送しなかったのである。

TBSテレビの「A級戦犯」プロデューサーたち
 当ブログはFIFAとジャパンコンソーシアムとの映像使用権などをめぐる取り決めだとか、NHKと各民放の関係だとかは掘り下げない。一介の視聴者には知りようがないことだし、これら問題はあくまでテレビ局をはじめとした送り手の都合であって、受け手である視聴者(=サッカーファン)には知ったことではないからだ。

 ロシアW杯は面白い大会だった。フランスが2度目の優勝。若きスター、Mbappeも輝いた。ブラジルもドイツも負けた。日本代表は、大会直前にハリルホジッチ監督を更迭して大騒ぎになったが、下馬評を覆して1次リーグを突破した。日本は大いに盛り上がった。テレビ中継は、日本代表だけでなく、他国同士の試合でも高い視聴率を獲得した。

 このロシアW杯の総集編ならば、1か月にわたった大会の面白さを凝縮した番組ならば、確実に視聴率が取れるコンテンツになる。それが、なぜ「サッカー総選挙」に差し替えられてしったのか? 「TBSはトリッキーな企画」でいい。「TBS的にはこれで行こう」と決めたのはいったい誰なのか?

 番組情報をみると、「サッカー総選挙」制作のチーフプロデューサー(CP)はTBSの横山英士氏、プロデューサー(P)は同じく御法川隼斗氏である(名前で察しの通り,この人はフリーアナウンサーみのもんた氏の令息.多分にコネ入社である)。

TBSテレビ「横山英士チーフプロデューサー」ツイッターより
【TBS「横山英士チーフプロデューサー」ツイッターより】

 第一義的に批判されるべきなのは、この人たちなのであろう。横山CPは同局の「炎の体育会TV」という番組を手がけている。これまたスポーツではあるがバラエティ色の強い番組だ。一方、「ロシアW杯総集編」はドキュメンタリー番組としての性格が強くなる。

 この横山CPや御法川Pといった人たちは「バラエティ」番組は作れても、真面目な「ドキュメンタリー」番組は作れなくなっている。昨今の民放地上波テレビに対する視聴者の「テレビ離れ」が進み、制作者たちの番組(コンテンツ)制作能力が著しく劣化している。だから「ロシアW杯総集編」ではなく「サッカー総選挙」になったのだ。

「サッカーW杯総集編」を作る能力を喪失した民放地上波テレビ
 現在5つある民放地上波テレビのキー局を再編成し「民放3 NHK1の4大ネットワーク」への大転換を提唱する、元テレビ東京常務・石光勝(いしみつ・まさる)氏の著作『テレビ局削減論』は、なかなか興味深い。これを元に昨今の「テレビ離れ」の原因を図式化すると、だいたい次の通りになる。
 インターネットやBS・CSなどの台頭などによって……、

 [1]CM広告費など収入が減る⇒[2]番組制作予算が減る⇒[3]安直な番組作りが増える⇒[4]良質の番組を作るスタッフが育たなくなる⇒[5]ますます番組がつまらなくなる⇒[6]視聴率が低下する⇒[7]ますます視聴率獲得に躍起になるが⇒[1]に戻る……という悪循環、負のスパイラル。

 こうして地上波テレビ、特に民放のコンテンツの質はますます落ちていく。

 かくして地上波テレビは、長丁場の放送時間を使って、タレントが空騒ぎする「ひな壇バラエティ」(まさに「サッカー総選挙」がそうしたノリだった)か、「喰ってばかり」の番組か、そうでなければ通販番組が大半を占めるようになる。

 他方、報道番組や硬派のドキュメンタリー番組はコストがかかる割には、視聴率が取れないとされ、特に後者は民放キー局では敬遠される。おまけに民放のテレビ制作者は、こんな難しいコンテンツには喰いつかないだろうと視聴者のことを馬鹿にしている。かつて民放の雄、報道のTBS、民放のNHKとまで言われたTBSテレビには、もはやドキュメンタリー番組を作る能力やノウハウが喪失している。

 さらに『テレビ局削減論』が指摘するところでは、「テレビ界には,柳の下に5匹の泥鰌〔どじょう〕がいる」(85頁)という。5匹とは民放キー局5局のこと。つまり、視聴率を取る番組を作る手っ取り早い方法は、他局でヒットした番組をまねることだ。

 そもそも「プロレス総選挙」とか「高校野球総選挙」とか、「○○○○総選挙」という人気投票番組はテレビ朝日の企画・番組だった。TBSテレビ「サッカー総選挙」は、テレビ朝日のパクリなのである。

テレビ朝日系「高校野球総選挙」番組ホームページから
【テレビ朝日「高校野球総選挙」番組ウェブサイトから】

 ドキュメンタリー番組としての「ロシアW杯総集編」を作る能力もノウハウもない。企画はテレビ朝日のパクリ……。こうしてTBSテレビに割り当てられた貴重な放送枠は、「ロシアW杯総集編」から「サッカー総選挙」に差し替えられたのである。

 やる気も能力もないのであれば、TBSテレビはNHKに権利を譲渡するべきだった。あるいは、サッカー関連のドキュメンタリーでは実績のある番組制作会社「テレビマンユニオン」とタッグを組み(元々この会社はTBS出身者によって設立された)、これを委ねるという手段だってあった。

 放送局としての責務を放棄した番組を作り、流したTBSテレビには怒りを禁じえない。

「サッカー総選挙」の弊害~スターシステムの温床
 TBSテレビが「サッカー総選挙」を制作・放送したということは、日本のサッカー界とサッカーマスコミのある種の体質を表している。「サッカー総選挙」は、サッカーそれ自体よりも選手個人に焦点を当てる番組である。こうした体質は、例えばサッカー日本代表ならば、チームよりも特定の選手に焦点が当てられ、その知名度が優先される、日本サッカーに特異な現象「スターシステム」の温床になる。

 今年2018年4月、日本代表監督ヴァイド・ハリルホジッチ氏(フランス国籍)が突然解任された。ロシアW杯本大会、日本の初戦まで2か月あまりしかない! 日本サッカー界は騒然となった。なぜ、ハリル氏は解任されたのか? 一説にハリル氏は香川真司や本田圭佑といった、日本サッカーの「スターシステム」に乗っかった選手を、ロシアW杯日本代表から外しかねなかったからだという。

 日本サッカーの「スターシステム」においては、W杯本大会で日本が勝つことよりも、否、日本が勝とうが負けようが、たくさんのスポンサーを抱えた「スターシステム」の選手が試合に出る方が重要なのである。そこで「スターシステム」の力学が働き、日本サッカー協会(JFA)田嶋幸三会長を動かし、ついにハリル氏は解任されたというのである。

 その力学の中心にいたのは、JFAやサッカー日本代表と深いかかわりがあり、これらを「牛耳る」大手広告代理店=電通であるとの、もっぱらの「噂」であった(電通陰謀論,電通はFIFAともつながりが深い)。これら一連の事の真偽については何とも言いかねるが、少なくとも日本サッカーに「スターシステム」という現象は存在する。

 例えば、日本代表の公式スポンサー兼サプライヤーの「アディダスジャパン」は、日本代表メンバーからエースナンバー「背番号10」の選手を、事実上指名している。このことは「スターシステム」の表れであり、広い意味でのスポンサーの圧力である。

 ここでひとつ冗談。もし、TBSテレビが真面目に「ロシアW杯総集編」を制作し放送してしまうと、日本代表のハリルホジッチ氏更迭にまつわるゴタゴタを、あらためて「国民」に思い出させてしまう。そこで「電通」は、国民がハリル氏更迭事件を忘れるように、TBSテレビに命じて「サッカー総選挙」という場違いな番組を作らせた……などというのは、むろん冗談である

ビジネスとしての「サッカー総選挙」の欠陥
 テレビ局は、国民の財産である「公共の電波」を預かる、きわめて公共性の高い企業であって、その免許数も限定されている。だから、他のメディアにない格段の「責務」が求められるわけで、TBSテレビが「ロシアW杯総集編」を制作・放送しないで「サッカー総選挙」などというフザケタ番組を流したことはケシカラン……というのは、きれいごとの建前論なのかもしれない。

 しかし、「サッカー総選挙」という番組はテレビ局のコンテンツビジネスとしても、非常によろしくないのである。

 これも石光勝氏の『テレビ局削減論』からの援用になるが、日本以外の諸外国、アメリカ合衆国や韓国などのテレビ界では、番組(コンテンツ)の2次利用・3次利用……が盛んで、それでより儲かる仕組みになっているのである。具体的には、テレビ放送後のネット配信、DVDの発売、コンテンツ市場に出品しての再放映権の売買などである。

 当然、そのビジネスモデルが成立するためには、番組(コンテンツ)が面白くなければならない。それこそNHK特集「江夏の21球」のように、あるいはこれもNHKだが、DVDとして発売された「伝説の名勝負 '85ラグビー日本選手権 新日鉄釜石vs.同志社大学」のようにである。

 ハッキリ言えば、「サッカー総選挙」などという番組は1回見れば充分。何度も見返す価値もない、刹那的な番組である。横山CPや御法川Pも、せっかくのチャンスを与えられたのだから後々まで残る、2次利用・3次利用が可能なコンテンツを作るべきだったのに、この人たちはその気も能力もなかったのである。

 2018年、ロシアW杯の総集編が日本のテレビにおいて「事実上」制作・放送されなかったことは、日本のサッカー文化において大きな損失である。ただ、それは日本のサッカー文化が一面的に劣っているというよりは、昨今の民放地上波テレビの駄目さ加減、そのトバッチリを受けたものだと言えよう。そう思えば、日本のサッカーファンも少しは心が楽になる。

 TBSテレビのスポーツ部門、なかんずく横山英士CPや御法川隼斗Pが因果応報を食らっても、サッカーファンからは同情されないだろう。

(了)





その他の参考文献
 

  • 中尾亘孝「どうして誰も惨敗の責任を取らなかったのか」(『ラグビー黒書』所収)
ラグビー黒書―145点を忘れるな!
日本ラグビー狂会
双葉社
1995-12