林信吾さんの反プロレス論,ちょっと待って
 林信吾(はやし・しんご)氏の陳腐な凡庸な反プロレス論「プロレスの味方は、いたしかねます」(上・下)を、悲しい気持ちで読んだ(詳細は以下のリンク先を参照されたい)。



 「プロレスはスポーツ,格闘技,武道ではない」とプロレスを否定し蔑視する林信吾氏のスポーツ観が、何かおかしいのだ。

日本のインテリや文化人はスポーツ観戦が嫌いか?
 林信吾氏の母方の御祖母はプロレス、特にアントニオ猪木のファンだった。猪木の流血ファイトには度々励まされていたという。一方、その娘である彼の御母堂は「学究肌」で「野球、プロレス、相撲いずれも毛嫌いしていた」という逸話を語る。

 ここから林信吾氏は、村松友視氏が『私、プロレスの味方です』を著(あらわ)した1980年当時、「プロ野球や大相撲を含めて、TV中継されるような観戦スポーツに熱中するなど、『インテリのやることではない』というに近い風潮が、まだまだ残っていた」と回顧する。いわんやプロレスにおいておや。
 それでは、日本のインテリや文化人はスポーツ観戦が嫌いか? これは正しくない。

 熱中・熱狂とは言わないまでも「TV中継されるような観戦スポーツ」の観戦を愛好していたインテリや文化人ということならば、1980年前後までという条件でもかなりの数にのぼる(一部重複あり.参考文献は後にまとめて紹介します)。だいたいの裏がとれた人物では文士が多かったが……。

[プロ野球]虫明亜呂無、埴谷雄高、小林秀雄、五味康祐、鈴木武樹、水原秋桜子、井上ひさし、丸谷才一ほか(順不同,以下同様)。アマチュア野球などにまで含めると、さらに広がる。

[大相撲]尾崎士郎、舟橋聖一、久保田万太郎、迫水久常、司馬遼太郎、吉田秀和ほか。相撲好きを意味する「好角家」という言葉まであるくらい著名人のファンは多い。

 この他、プロレスの代わりに「競馬」も加えてみる。反プロレス言説といえば「知の巨人」と称される立花隆氏による以下の発言がある。
 私はプロレスというのは、品性と知性と感性が同時に低レベルにある人だけが熱中できる低劣なゲームだと思っている。
立花隆
 これは非常に有名で、林信吾氏もくだんの反プロレス論で、立花氏の発言と逸話を援用している。その、当の立花隆氏は「野球と競馬以外は,世の中のたいていのことに興味がある」とどこかで書いていたからだ(たしか『文明の逆説』だったか)。

[競馬]菊池寛、虫明亜呂無、山口瞳、寺山修司、木下順二ほか。公営ギャンブルである競馬だが、反面、ロマンチックに思い入れる競馬ファンの著名人は多士済々である。

 ……と、これだけいる。しかも菊池寛は『文藝春秋』の創立者、文春出身の立花隆氏の大先輩である。立花氏のようにスポーツ観戦が嫌い、または関心がないというインテリや文化人は、日本では必ずしも多数派ではない。

 また、これは林信吾氏が言うように「わが国〔日本〕は、いささか行き過ぎた大衆社会」だからでもない。多彩な文士によるスポーツライティングということであれば、アメリカ合衆国にもそれが存在するからだ。

 むしろ、こういった文脈の中から、異形のジャンルであるプロレスにも村松友視氏のような人物が登場してきたのだともいえる。

 林信吾氏の認識は正しくないような気がする。自身の狭い体験から論理を飛躍させて都合のいい結論に導き出すのは、それこそ彼がさんざん批判してきた、林望氏やマークス寿子氏らの「イギリス礼賛(および日本卑下)論」と同じではないか。

スポーツの原義は「健康増進や精神修養」ではない
 以上は、林信吾氏の「見る(観る)スポーツ観」に関するものであった。それでは彼の「やるスポーツ観」はどんなものだろうか。

 不思議なのは「健康増進や精神修養こそスポーツ。プロレス見ても心身は鍛えられない」という、その発言である。

 林信吾氏の考えは、19世紀イギリスのアスレティシズムの思想に近い。しかし、昨今、スポーツをそのように定義する人はほとんどいない。

 よく言われるように、スポーツの原義はラテン語の「(日常の憂いや不安を)運び去ること」を意味する言葉に由来、転じて「気晴らし,遊び,娯楽」を意味する。それは、本質的に「体」ではなく「心」の問題であり、海外では釣りやビリヤードなど実にさまざまな楽しみ事が「スポーツ」の範疇に入る。最近はeスポーツなどと言うものまである。

 こう言えば、これはスポーツライター玉木正之氏がかねがね主張していることである。 もっとも、玉木氏の「スポーツは遊びだ.教育や体育,あるいは勝敗を争うこととは全く別のものだ」という言い分も正しいとは言えない。

 なぜなら、玉木氏と意気投合したアスリートに平尾誠二氏(ラグビー日本代表の選手・監督.故人)がいる。彼も「スポーツは遊びだ」「ラグビーを楽しむ」等々公言していた。平尾氏が仕切っていた神戸製鋼ラグビー部は日本選手権7連覇を成し遂げる。



 ところが、その平尾誠二氏が日本代表のチーム作りや指揮・采配に深くかかわったラグビー日本代表は、1995年と1999年のラグビーW杯で惨敗、観戦者として大いに失望させた上に、スポーツとして何の感動も得られなかったからである(その詳しい経緯は以下の著作に詳しい)。

ラグビー黒書―145点を忘れるな!
日本ラグビー狂会
双葉社
1995-12


ラグビー従軍戦記
永田 洋光
双葉社
2000-06


 それでは「スポーツ」とは何なのか。その中で「プロレス」はどのように位置づけられるのか。

本来「スポーツ」は「残酷さ」や「流血」を伴うものだった
 その答えではないが、考えるためのヒントになるかもしれないのが、イギリス・スポーツ史を専攻する松井良明氏(奈良工業高等専門学校教授)による『近代スポーツの誕生』や『ボクシングはなぜ合法化されたのか』である。



 これらの著作で描かれているのは、イギリスの近世から近代初期のスポーツ史である。スポーツの語源はラテン語で「気晴らし」の意味……と、ここまでの説明は玉木正之氏らと変わらない。しかし、この時代のイギリスの「気晴らし=スポーツ」には残酷さや流血、暴力をもてあそぶ性質が強かったのだという。

 例えば、賞金を賭(か)けて素手で殴り合い死亡事故が多発したボクシング、どちらかの選手の頭が流血するまで決着がつかなかった棒試合(木の棒を使った剣術の一種)。闘鶏や闘犬、雄牛vs犬、熊vs犬といった動物同士の殺し合い、あるいは牛追い(闘牛の一種)のような人間と動物が対決するアニマルスポーツ。中でも無慈悲なのは、くくり付けた鶏(ニワトリ)に人間が木の棒を投げて殺す「鶏当て」……。

 ……一連の「スポーツ」は「ブラッディ・スポーツ」(bloody sport:流血のスポーツ)と呼ばれた。それが、かつてのイギリスにおけるスポーツ=「日常の憂いや不安を運び去る気晴らし,遊び,娯楽」だったのだ。

 こういった営為は「今日からすればいずれも〈残酷〉で〈血なまぐさい娯楽〉であった」(『近代スポーツの誕生』29頁)。あるいは「品性と知性と感性が同時に低レベル」にないと、またはならないと熱中できない楽しめない代物かもしれない。林信吾氏や立花隆氏は受け入れられないかもしれない。同時に闘鶏やボクシングなどは高貴さや名誉の観念も持ち合わせいたというが(同書74頁,132頁)。

 一方、人は「品性と知性と感性が同時に低レベル」になることで精神を解放するのではないか。ここだけうろ覚えで書くと、例のサッカーのフーリガニズムも、実は相応の社会的階層にある人が、サッカー観戦でフーリガンもどきになって日常の憂いを発散させるのだという話をどこかで聞いたことがある(後藤健生氏の著作だったか?)。

旧スポーツの「残酷さ」や「流血」を継承したプロレス?
 こうした「ブラッディ・スポーツ=流血のスポーツ」。近代に入ってアニマルスポーツは禁止され、ボクシングは残酷さや流血を抑制するルールを整えて後の時代に継承された。実は残念ながら松井良明氏の著作には、レスリングまたはプロレスに関する言及がない。

 だから、答えではなくあくまで「考えるためのヒント」なのだが、失われた「ブラッディ・スポーツ」が孕(はら)んでいた「残酷さ」や「流血」の要素を、形を変えて継承したのが「プロレス」という格闘技の鬼っ子ジャンルだったのではないか……という大胆な仮説を立ててみる。

 むろん、異形・異端であるのがプロレスだから、そこには立花隆氏のような理解の無い人の嫌悪や偏見がついてまわる。しかし、それでも、プロレスとその観戦は立派なスポーツなのである。

 当ブログは、林信吾氏の「〈プロレスの味方〉をする気にはなれない理由」の味方をする気にはとてもなれない。

(この項,了)




参考文献(インターネット上の書誌情報だけ参照したものも含む)










 《【追記】『近代スポーツの誕生』には、イギリスの近代以前のボクシングには、相手のパンチを逃げずに受けることが美徳だったという話も書かれてある。「受けの美学」があったのだ。