I
 日の丸(日章旗)とヤタガラス(八咫烏)を上下別々に並べた、サッカー日本代表の現行エンブレム【図1】は、世界レベルで不細工なデザインなのだが、何が、どう、不細工なのかをご理解いただくために一計を案じることにした。
図1:サッカー日本代表のエンブレム(2017年現在)
【図1:サッカー日本代表のエンブレム(2017年現在)】

 スペインの超名門、FCバルセロナのエンブレムを日本代表風に改造してみるのである。

   II
 ……と、いうわけで、FCバルセロナである【図2】。
図2:FCバルセロナのエンブレム
【図2:FCバルセロナのエンブレム】

 そのエンブレムを分解してみると、下半分の紺とエンジの縦縞は、バルサのユニフォームにも使われているクラブカラーである。その由来は諸説紛々。中央には12枚パネルのサッカーボールは配されている。ボールの皮の縫い目の角度でボールが回転しているようにも見える。優れた意匠である。

 上半分は、バルセロナ市の市の紋章のさらに上半分である【図3】。さらに分解すると、左側にある白地に赤い十字はバルセロナの守護聖人サン=ジョルディ(聖ゲオルギオス)のシンボル。英語でセント=ジョージとも言い、イングランドの守護聖人であり、要するにイングランドの国旗と同じである。さらにイタリア・ミラノの守護聖人(サン=ジョルジオ)でもあり、ミラノ市の市章やACミランのエンブレムにもこの十字が配されている。
図3:バルセロナ市の紋章
【図3:バルセロナ市の紋章】

 右側の黄地に赤の縦縞は、バルセロナ市のあるカタルーニャ州の紋章である。

 FCバルセロナのエンブレムは、まさにバルセロナの、あるいはカタルーニャの共同体のシンボルである。このデザインの素晴らしさが、バルサのブランド性に一役買っていると思われる。

   III
 このFCバルセロナのエンブレムを上下2つに分割する【図④】。
図4:バルサのエンブレムを上下に分割
【図4:バルサのエンブレムを上下に分割】

 次いで、分割したバルサ・エンブレムの下半分のタテ:ヨコの比率を2:1に変形する【図5】。ボールがラグビーボールみたいになってしまったのは、まったく本文筆者の技術不足によるもの、あしからずである。
図5:バルサのエンブレムの下半分を縦に伸ばす
【図5:バルサのエンブレムの下半分を縦に伸ばす】

 さらに、上半分をバルセロナ市の紋章からバルセロナ市の旗に差し替える【図6】。もっとも、西洋紋章学、およびそこから派生した旗章学においては、両者は同一のものと見なされる。つまり、バルセロナ市紋章とバルセロナ市旗は同一のものである。旗として使うか紋章として使うか、その用途によって形状が違ってくるだけのことである。
図6:バルセロナ市の旗
【図6:バルセロナ市の旗】

 紋章と旗は基本的に同一のものであることについて、参考までにイギリス連合王国国王紋章(同国の国章を兼ねる)と同国国王旗(同国のもうひとつの国旗でもある)を並べてあげておく【図7】。ちなみにいずれも田の字形の左上・右下はイングランド、右上はスコットランド、左下はアイルランド(北アイルランド)を組み合わせたもの。この並びには構成国間の明確な序列がある。
図7:イギリス国王の紋章(上)と旗
【図7:イギリス国王の紋章(上)と旗】

 イングランドの紋章は、色を変えてサッカー・イングランド代表の原形となる(スリーライオンズ)。また、スコットランドの紋章は、サッカー・スコットランド代表エンブレムの原形である。

   IV
 ネタがそろったところで、いよいよバルサのエンブレムを日本代表風に改造する。バルセロナ市旗【図6】を上に、縦長に伸ばしたバルサのエンブレム【図5】を下に並べてみよう。加えて日本代表の現行エンブレムも横に並べてみた【図8】。こうすることで、そのデザイン的な問題点がよく分かるのである。
図8:FCバルセロナ(左)と日本代表のエンブレム
【図8:FCバルセロナ(左)と日本代表のエンブレム】

 これは、世界基準で見るとオッタマゲルような酷い代物である。「違う! こんなのはバルサじゃない!」という、小柳ルミ子さんの悲鳴が聞こえてきそうである。

 使っている素材はオリジナルのFCバルセロナとほとんど同じなのに、しかし、何であろう。改造バルセロナ・エンブレムが放つ強烈な違和感は。座りの悪さは。無粋さは。屋上に屋を架すような冗漫さは。

 つまり、バルセロナ市旗とバルサのクラブカラーのエンブレムを上下別々に立てているのが、世界の眼から見れば非常に不自然なのである。

 右側の現行日本代表エンブレムもこれと同じである。日章旗とヤタガラスを上下別々に2つ立てる意匠は、これまた世界基準の眼で見れば「不可解なオブジェ」なのである。

 旗とは、本来、旗竿に取り付けて空中にはためかせるのが目的である。これを盾形の紋章図形として修正することなく、矩形のままユニフォームにベタリと貼り付けるのは、あまり格好いいものではない。その上、矩形の旗と盾形のエンブレムを上下に並べるのは実に奇怪な光景である。

 日本の常識は世界の非常識。日本は世界に向けて恥をさらしているのである。

   V
 この格好の悪さについては、もっと考える意味がありそうである。

 なぜ日本代表は日の丸とヤタガラスを別々に表すのだろうか? あるいは、なぜFCバルセロナはバルセロナ市旗とクラブカラーを別々に表さないのだろうか? なぜバルサのエンブレムは市旗とクラブカラーがひとつになっているだろうか?

 サッカーのエンブレムやユニフォームの意匠について論じた本や雑誌記事をいろいろ読んできた(故富樫洋一氏、斉藤健仁氏、萩本良博氏ほか)。が、フットボールのデザインとは何であって何であるべきかという基本的な理解が不明確であったので、いずれも印象論にとどまりがちだったかもしれない。そのため、サッカージャーナリズムは、日本代表やJリーグ各クラブのデザインについて、適切な批判ができなかったのである。

 フットボールのデザインとは、FCバルセロナのエンブレムの例、イギリス国王の紋章から派生したイングランド代表やスコットランド代表のエンブレムの例などで類推できるように、西洋紋章学および旗章学と近しいものである。その評価は西洋紋章学・旗章学の理論、作図・彩色のルールに基づいて下されるのが望ましい。
西洋の紋章とデザイン
森 護
ダヴィッド社
1982-04



 西洋紋章学・旗章学には、デザインすなわち作図・彩色に関して厳格なルールがある。一見するとそれは面倒で不自由な制約のようにも思える。しかし、そもそも紋章や旗は、いにしえの西洋の「野戦」において、両軍入り乱れて戦う敵味方の判別や自軍の忠誠心を高めるために創り出され、用いられたものであった。そのためにはデザインに優れた視認性や識別性がなければならない。

 西洋紋章学・旗章学のルールは、そのために歴史の研鑽を積んできた。不自由なようであるが、むしろルールを守ることでそのデザインは優れた視認性、識別性、象徴性、品位、そして美しさすら放つようになる。

 フットボールの試合もまた「野戦」と言える。サッカーやラグビーのような競技場の中で両軍入り乱れてゴールを奪い合うゲームで、そのエンブレムやユニフォームのデザインが西洋紋章学・旗章学のルールに準じたものになるのは、理の当然であった。

 言われてみれば、クリケットや野球のようなバット・アンド・ボール・ゲームのユニフォームでは、フットボール系の球技とは対照的に、その作画・色彩で敵味方を明確に判別する意識が比較的最近まで、なるほど希薄であった。

 何より、西洋紋章学・旗章学を援用することで、流通する日本のサッカーデザインの何がよくないのか、どうすればよいのかを理論的に批判することができるのである。

   VI
 FCバルセロナのエンブレムは2つまたは3つのシンボルを組み合わせたものだった。イギリス国王の紋章は3つの紋章を組み合わせたものだった。複数のテーマをひとつにまとめて新たなひとつのシンボルとして昇華させるのは、西洋紋章学の専門用語ではマーシャリングと言う。世界ではありふれた作法である。

 むしろ、FCバルセロナの関係者は、日本のサッカー関係者にこう質すかもしれない。

 「なぜわざわざ、バルセロナ市の市章を旗に変えて、バルサのクラブカラーと上下2つに分ける必要があるのか? それならば下半分のバルサのクラブカラーだけでいいのではないか?」。あるいは「なぜオリジナルのバルサのエンブレムのように、ひとつのシンボルとしてまとめないのか?」と……。

 ことほど左様に、本来、シンボルとはひとつにあるべきだ。2つも3つも並んでいてはシンボルたりえない。

 個人的にはヤタガラス単体でサッカー日本代表のシンボルとして十分だと思うののだけれど、どうしても日の丸も欲しいという人はいるだろう(つたない記憶では、それはラモス瑠偉選手の所望であった)。で、あるならば、西洋紋章学・旗章学のルールに従って日の丸とヤタガラスをひとつに組み合わせるべきだ。

 それこそ、FCバルセロナのように。そうでないと、日本サッカーという共同体を「代表」するナショナルチームのシンボルたりえないし、美しくないからだ。

   VII
 サッカー日本代表のエンブレム(やユニフォーム)のデザインは、なぜ、あそこまで、毎回毎回サッカーファンに酷評されるのか?

 要するに、公益財団法人日本サッカー協会および同協会の公式サプライヤーであるアディダスジャパン株式会社の日本代表デザイン担当者が、フットボールのデザインの何たるかについて根本的に「無知」なのである。きちんとした知識のあるデザイナーや監修者がいないのだろう。

 日本は世界に対して無知をさらけ出している。まことに恥ずかしい。

 日本サッカー協会が出した日本代表デザインは酷い代物が多いから、リリースされると一般のサッカーファンも過剰に反応して、インターネットでいわゆる「炎上」する。

 しかし、そのサッカーファンがネット上で代替案として提案した「ぼくがかんがえたさいこうにかっこいいさっかあにっぽんだいひょうのゆにふぉおむとえんぶれむ」も、あきらかに西洋紋章学・旗章学のルールを知らないで描いているので、ろくなものがない。

 目クソ鼻クソである。

   VIII
 日本のサッカーそのものが諸外国と比べて決定的に劣っているということはないだろう。しかし、デザイン面に関しては決定的に劣っている。サッカー日本代表はエンブレムやユニフォームという表象について、世界の嘲笑の対象になっているのである。

 しかるべき教養を備えた、イギリスやヨーロッパのサッカー界の要人たちが日本代表のエンブレムを見たら、日本のことを文化に蒙(くら)いサッカー国とみなす(さすがに口に出して言わないけれど)。日本サッカー協会会長(現在は田嶋幸三氏)など、所詮その程度の国のリーダーにすぎない。

 これは、例えば、いつかはもう一度ワールドカップを日本で(今度は単独で)開催したい、ワールドカップで優勝したいと思っている日本サッカーの「外交」にとっても好ましいことではない。

 サッカーのデザインは、その出来しだいでは実害すらもたらす。

 日本代表だけではない。Jリーグ各クラブのエンブレムやユニフォームのも紋章学・旗章学のルールに反したデタラメなものだらけである。

 その昔、森護(もり・まもる:1923‐2000)先生という、西洋紋章学とイギリス王室史の専門家がいて、日本のデザイン界にはびこる似非西洋式紋章のデタラメさを俎上に載せて批判する方がいた。日本サッカーの各々の表象に対しても、ぜひ筆誅を加えてほしかった。イギリスで生まれた文化=フットボールだからこそ批判してほしかったのだが、お亡くなりになってしまった。残念なことである。

   IX
 文句を言えばキリがない。

 先にバルセロナ市やイギリス国王の例を出して、西洋においては紋章と旗はデザインは同一のものであり、旗として使うか紋章として使うか、その用途によって形状が違ってくるだけだという話を書いた。ところが、日本サッカーは、彫刻家・日名子実三(ひなご・じつぞう:1892‐1945)先生デザインの日本サッカー協会旗と、日本代表のエンブレムとでデザインが違う【図9】。これまた、世界の非常識である。
図9:旧JFA旗(上)と日本代表エンブレム
【図9:旧JFA旗(上)と日本代表エンブレム】


 あるいは、日本代表のヤタガラスのエンブレムは現行モデルで4代目。3度もモデルチェンジをしている【図9の下右が3代目、その右が4代目】。これも世界基準からすれば異常な事態である。サッカーでもラグビーでもイングランド代表もスコットランド代表も、FCバルセロナも、昔から同じものを使っており、このような改変などしない。せいぜい、周りの装飾に手を加える程度である。

 それどころか日本サッカー協会は、2016年3月に日名子先生デザインの協会旗を「改悪」してしまった【図10】。
図10日本サッカー協会旗の旧(上)と新
【図10:日本サッカー協会旗の旧(上)と新】

 例えば、【図10】の下「新シンボル」の角ばったヤタガラスの向かって左の足が抱えているボールは何の球技であろうか? 模様がなくてまるでボウリングか何かのように見える。

 日本人も明治時代からサッカーをプレーし、サッカー協会も大正時代から活動しているのだから、ここは日名子先生のオリジナルデザイン同様、12枚パネルでかまわない。

 それこそ、FCバルセロナのエンブレムのように……である。

(了)