日本プロ野球フランチャイズへの素朴な疑問
2020年のJリーグ(J1)は、2月21日、湘南ベルマーレvs浦和レッズ戦をもって開幕した。Jリーグは、先行のプロスポーツリーグ、日本プロ野球(NPB)を反面教師として、本拠地(ホームタウン)の一極集中を避けた全国的な分散を心掛けたともされている。
以前から不思議であった。1936年(昭和11)に始まった日本プロ野球の球団の本拠地(フランチャイズ)は、なぜ、東京、阪神間、名古屋に偏ってしまったのだろうか。もっと、いろいろな場所にプロ野球チームがあってもよかったのではないか。
【草創期日本プロ野球のスター・沢村栄治(巨人)】
戦前の中等野球(高校野球の前身)の上位進出校(優勝校を含む)や、1934年(昭和9)の日米野球試合の開催都市を見ても、野球熱が盛んで人気のある都市などまだまだありそうだ。仙台、静岡、和歌山、広島、小倉または福岡あたりにもプロ野球の球団があってもよさそうだ(今回は特に細かい考証はしていない.さすがに四国や山陰は外したが)。
フランチャイズをもっと徹底して「東京」も東京、横浜、埼玉(大宮?)に分けてもよさそうだ。「京阪神」は文字通り京都、大阪、神戸に分けてもよさそうだ(甲子園球場の地理は微妙だが)。
鉄道網は全国的にも整備され、特急、急行、特に東海道本線・山陽本線には既に「超特急」も走っており、移動はさほど難しい問題ではなかった。
初めにプロ野球の団体(リーグ)を作って、主要各都市にフランチャイズと球団を割り振り、各球団への出資者を募った米国のメジャーリーグベースボール(MLB)と比べると、日本のプロ野球は本来の意味でのフランチャイズの意味をなしていない。
つくられた「阪神vs巨人戦」神話
その疑問を説くヒントは、意外なところから現れた。井上章一氏(国際日本文化研究センター教授)のコラムである。井上氏は、『つくられた桂離宮神話』や、『法隆寺への精神史』などで知られる建築史家・風俗史研究者であるが、野球ファンには、阪神タイガースのディープなファンで『阪神タイガースの正体』の著者として名高い。
その井上章一氏による、ニュースサイト『産経WEST』の連載コラム「井上章一の大阪まみれ」に意外な話が登場した。
「伝統の一戦」は、親会社の面目かけた戦いだった
「伝統の一戦」という言いまわしが、プロ野球の世界にはある。阪神対読売〔巨人〕戦のことを、ながらくそう呼びならわしてきた。今日につづく職業野球〔プロ野球〕で、はじめて球団をもったのは読売新聞である。東京巨人軍をもうけたのが、そのさきがけとなる(1934年)。二番手は、阪神電鉄のつくった大阪タイガースであった(1935年)。戦前に優勝をしたことがあるのは、東京巨人軍と大阪タイガースだけである。両者の対戦をあつくふりかえる野球好きも、戦前生まれのなかには、けっこういる。「伝統の一戦」が的はずれな呼称だとは、言えない。しかし、戦前期の東京巨人軍対大阪タイガース戦には、あまり観客がこなかった。甲子園球場の試合にも、多くて2、3千人ほどしかあつまっていない。そもそも戦前の職業野球は、それほど集客力をもちあわせていなかった。いたってさみしい催しだったのである。野球好きの関心は、もっぱら神宮球場でおこなわれる東京六大学に、むかっていた。なかでも、早稲田対慶応のいわゆる早慶戦に。ただ、関西圏では、例外的に大阪タイガースと阪急の試合が、人気をよんでいた。親会社が同じ阪神間をむすぶ電鉄として、たがいにはりあっている。そんな対抗関係もあり、タイガースは対阪急戦に情熱をかたむけた。もちろん、阪急もタイガースを、最大のライバルだとみなしている。2リーグにわかれる前は、タイガース対阪急戦も「伝統の一戦」とよばれていたのである。中京圏でも、事情はかわらない。こちらでは、部数をきそいあう地元の名古屋新聞と新愛知新聞が、球団をもった。そして、両新聞社がたがいの面目をかけた試合に、人々はむらがったのである。くりかえすが、戦前期にいちばん人気が高かったのは、六大学の早慶戦である。戦前期の職業野球は、これにあやかる形ではじめられた。同じ地域でライバルどうしとなっている会社に、チームをつくらせる。そうして地域住民の関心をあおることが、当初はもくろまれたのである。今、関西圏の阪神ファンは、対読売〔巨人〕戦に反中央感情を、たかぶらせていよう。阪神球団に、アンチ東京という心意気を投影しているかもしれない。しかし、それは戦後の、けっこう新しい現象である。以前は、地元の阪急にこそ、敵愾心(てきがいしん)をむけていたのである。(国際日本文化研究センター教授)「井上章一の大阪まみれ」(2016.7.17)1/2ページ同2/2ページ
なぜ日本プロ野球の球団の本拠地が特定の大都市圏に集中したのかという疑問。その答えは、要するに、NPBは、米国メジャーリーグ本来のフランチャイズ制を採らなかったから……ということになる。
日本という国、また日本人であることに関して度し難いコンプレックスを抱く、サッカーライターでもある佐山一郎氏や、インチキ・ラグビー評論家の中尾亘孝が言うように「日本(人)にはホーム&アウェーの文化が無かった」などという理由でもなさそうだ。
日・米・英…大学両雄の物理的距離の違い
一説に、英国の「オックスフォード大学vsケンブリッジ大学」のボートレース(The Boat Race)、米国の「ハーバード大学vsイェール大学」のアメリカンフットボール(The Game)、日本の「早稲田大学vs慶應義塾大学」の野球(早慶戦)、これを総称して「世界三大大学スポーツ試合」と呼ぶ……。
……ホンマかいな? と思うのだが、アイビーリーグ(Ivy League)8大学のアメリカンフットボールとキャンパスライフを描いた『IVY BOWL~トラディショナル・アメリカン・フットボール』(1977年)なる一冊に、とにかく、そういう話が出ている。*
ここで、英国のオックスフォード大学とケンブリッジ大学、米国のハーバード大学とイェール大学、日本の早稲田大学と慶應義塾大学のそれぞれ両大学の距離(道のり)を比較してみたい。
日本と英・米の大学両雄の物理的な隔たりの差を比べることで、3か国のプロスポーツにおける「ホームタウンまたはフランチャイズ」の感覚の差を把握することができるのである。
まず、日本の早稲田大学・早稲田キャンパスと慶應義塾大学・三田キャンパスは、同じ東京23区内、距離にして10km足らず(以下,距離も時間もすべて概数)。電車でも、自動車でも、移動時間は30分程度である。
これに対して、米国のハーバード大学とイェール大学の距離は210km。自動車移動で速くて2時間である。
東京から210km圏内ならば、東海道ならば、静岡県藤枝市あたり。静岡市は楽に入る。もう少し頑張れば浜松市に届く。常磐線ならば福島県いわき市にまで達する。
ちなみに、MLBアメリカンリーグ東地区、近隣のライバルだと言われている、ニューヨーク・ヤンキースの本拠地ヤンキースタジアムと、ハーバード大学があるボストンのレッドソックスの本拠地フェンウェイパークの距離は330km、自動車移動で3時間半である。
また、英国のオックスフォード大学とケンブリッジ大学の距離は150kmである。自動車移動で2時間。
ちなみに東京から130km圏内に栃木県宇都宮市がある。これも東京から自動車移動で2時間の距離。2020年現在の人口は51万人。政令指定都市以外では日本最大の都市。MLBの球団がある、米国のシンシナティの30万人(レッズ)、クリーブランドの39万人(インディアンズ)、セントルイスの32万人(カーディナルス)よりも多い。
NPBフランチャイズ制の不徹底がJリーグを生んだ?
こうして見てみると、日本の早稲田・慶應両大学の近すぎる物理的な距離と比べて、米国のハーバード・イェール両大学、英国のオックスフォード・ケンブリッジ両大学とも、かなり距離に隔たりがある。
日本の場合、英・米両国よりも、ずっと遅れて、大急ぎで近代化に乗り出したという経緯もあって、海外の進んだ文物(その中にはスポーツも入る)を輸入する組織でもある「大学」が、首都・東京の狭い範囲内に集中してしまったという事情はある。
しかし、前掲の井上章一氏による草創期日本プロ野球(NPB)の考察から類推するに、日本で私学の両雄と呼ばれる早稲田・慶應両大学のキャンパスの距離が100km、200kmと離れていたら、NPBのフランチャイズ制はもっと徹底され、各球団の本拠地は全国に分散していたのではないか。
米国のプロフットボールリーグ「NFL」も、日本プロ野球「NPB」も、先行する大学リーグの人気を追いかけたという意味では、似ているからである。
そうすれば、NPBの球団本拠地集中は、長らく斯界の主導的地位にいた読売ジャイアンツ(巨人軍)と他球団との人気の不均衡、セ・パ両リーグの人気の不均衡という弊害も無かったと思われる。
何と言っても、(私立の名門)大学の野球チームと、企業名を冠したプロ球団では、一般の人々の関心や、関係者のロイヤルティー(loyalty)に各段の差がある。
これは、現在なお人気が高い甲子園=高校野球と、以前より一般人の関心が大きく下がった社会人の都市対抗野球の違いを持ても明らかである。
そのため、後発のプロスポーツリーグであるサッカー・Jリーグの人気の付け入る隙は、ずっと狭いものになっていたのではないか……という仮説が立てられる。
なぜなら、Jリーグが始まる時、純粋なサッカーの面白さだけでなく、NPBの弊害を改めたプロスポーツリーグであるという喧伝がなされたからである。
過激さを望むサッカーファンがうらやむ日本プロ野球?
しかし、こういったNPBの弊害は、21世紀になってかなり是正されている。NPBはJリーグの良いところを、さまざま吸収したからである。
しかも、NPB各球団のファンは、巨人軍に対しては、球場で「タヒね!タヒね!<たばれ!」と罵倒することが黙認されているらしい。驚くべきことである。Jリーグではこうした罵声は御法度だからだ。
清義明氏ほか、欧州・南米のサッカー文化の過激さに憧憬するファンには羨(うらや)ましい情況になっている。
- ティアスサナ「サッカー批評/サッカー・ニュースの深層/出入り禁止とは何か?」を読んで。(2015.06.16)
あまつさえ、巨人軍の総帥であるところの渡邉恒雄(ナベツネ)氏に対しても「タヒね!タヒね!<たばれ!」と罵倒することが黙認されているらしい。
しかし、本当にナベツネ氏が白玉楼中の人となってしまうと、国税庁が、いよいよNPB各球団に税金をかけるという「噂」も聞いた。
そうなると、日本のスポーツ界はどうなってしまうのか。少しばかり気になるのである。
(了)
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