スポーツライター玉木正之氏の知的誠実さを問う

大化の改新と蹴鞠(けまり)問題など、日本のサッカーカルチャーについてさまざま論じていきたいと思っています。

2019年01月

前回「林舞輝さん,河内一馬さんについて」から

 林舞輝さん(はやし・まいき)さんは、2018年ロシアW杯の日本vsベルギー戦「ロストフの14秒」について「試合前からほとんど勝負はついていた」、日本は戦う前からベルギーに負けていたと、ツイッターで断定して波紋を呼んだ。


 しかし、林さんの発言の方こそ「後出しジャンケン」であり、それは、かつて「電波ライター」と呼ばれた俗悪なサッカージャーナリストたちと同じ手口ではないのか。

 むしろ、林さんは、往年の日本のラグビー指導者・故大西鐡之祐(おおにし・てつのすけ)がそうだったように「では,どうやってあのベルギーに日本が勝つか? 勝てるようになるか?」という視点と方向性で、問題提起するべきではなかったか。

「互角」から「15年」で差がついた日本とベルギー
 林舞輝さんの、続くツイートでさらなる波紋を……あえて大げさに悪く言えば「炎上」を招いた。
林舞輝 @Hayashi_BFC 2018年12月30日
〔2002年の〕日韓W杯で引き分けてから、たった15年。日本もベルギーも同じように時は進んだはずなのに、なぜここまで差がついたのか。
本当に検証するべきは、「あの14秒がなぜ起きたのか」「14秒間に何があったのか」ではなく、「この15年の総力戦でなぜこんな差ができたのか」「この15年間に何があったのか」だ。



 2002年日韓W杯の1次リーグ初戦で引き分けた日本とベルギー。その時、両国は「互角」だった。しかし、あれからあれから15年(16年?)。同じ時間を過ごしたはずなのに、なぜ、2018年ロシアW杯で日本とベルギーはこんなに差がついてしまったのか?

 あのロストフの「14秒」はあくまで表徴に過ぎず、本当に問うべきなのは2002年から2018年までの「15年」(16年?)の間に、日本とベルギー両国のサッカー界がどんな取り組みをしてきたか、その「違い」ではないのか? 林舞輝さんはそう難じたのだ。

 2002年日韓W杯で日本とベルギーが引き分けたのは事実だが、違和を感じるのは、前段のツイートで林さんが両国を「互角」だったと評価していることである。それは違う。別に日本サッカーが駄目だと言っているわけではなくて、日本が属するアジアとベルギーが属するヨーロッパとでは、同じサッカーでも状況が大きく異なるから単純な比較ができないからである。

 それを「互角」だったと評価することは、むしろ、2018年時点の両国のサッカーの格差を徒(いたずら)に強調する印象付けになってはいないか。むろん、こんな指摘は瑣末な揚げ足取りかもしれない。しかし、林舞輝さんの連作ツイートについては、もっと別に気になることがある。それは……。

それでは「ジーコ・ジャパン」の検証をリクエストします
 ……それは、林舞輝さん自身は、2002年から2018年までの間の15年(16年?)に日本サッカーに何があったのか、日本とベルギーでなぜこんなに差がついたのか、具体的に検証したことがあるのかどうかである。

 隗より始めよ。しかし、何も全期間の検証をしてもらう必要はない。2002年日韓W杯終了直後から2006年ドイツW杯までの「ジーコ・ジャパン」時代の4年間だけでもいいのだ。ツイッターやグーグルで「林舞輝,ジーコ」で検索しても、それらしい言及にヒットすることはないので、そのようなものであるとして話を進める。

 「ジーコ・ジャパン」の4年間とは何か。真面目なサッカー関係者やサッカーファンにとって、この時代は「痛恨の極み」としか言いようのない時間だった。

ジーコ(JFA)
【ジーコ「日本サッカー殿堂」掲額者より】

 そもそも、ブラジル代表のスター選手ではあったが、監督・コーチのライセンスを持たず、その経験も乏しかったジーコ(Jリーグの鹿島アントラーズでは,監督・コーチと言うよりも「グル」=導師=とでも呼ぶべき存在だった)。あえてこの人を日本代表の監督に推(お)したのは、時の日本サッカー協会(JFA)川淵三郎会長の独断専行に近い、強い意向であったというのが通説である。むしろ、ファンは不安を覚える人事だった。

 果たしてジーコ・ジャパンは……何とも煮え切らない日本代表だった。遣(や)らずもがなの苦戦をしては何とか勝つという不安定なチームだった。事実、危うくドイツW杯アジア1次予選で敗退しかけた。その時、2004年2月には、業を煮やしたサッカーファンに、ジーコの更迭要求をJFAにアピールする街頭デモまで起こされてまでいる。


 ジーコは、少なくとも日本代表の監督としての適性に欠いていた。

 その理由……。曰く、特定の選手ばかりをレギュラーに固定して固執したこと。それは「海外組」と呼ばれた選手に多く、特に中田英寿とはズブズブの関係にあった。曰く、選手やチームのコンディショニングに関してはまるで無頓着で、体調の悪い選手でもお気に入りに選手ならば起用してはわざわざ苦戦したこと。曰く、試合中の采配、選手交代なども稚拙で、積極的に試合の流れを変えるものではなかったこと。……等々。

 また、ジーコとJFAの契約も不思議なもので、1年の半分以上の時間をブラジルに帰国していてよいことになっていた。税金対策のため(!?)だと言うが、日本代表の国際試合の前に合宿のためにパッと来日して、試合が終わるとサッサとブラジルに帰国する感じだった。つまり、ジーコは日本のサッカーの状況をきちんと把握できていなかったのである。

 特に問題視されていたのは、ジーコは、自らやろうとするサッカーの具体的な方向性を理論化して示さなかった、というよりも示せなかったことである。それを「戦術」でも「組織」でも何と読んでもいいが、選手たちに共有させることが監督の仕事であり、腕の見せどころである。そうしないとチーム作りに非常に時間がかかり、全体としてチグハグな試合になってしまう。

 日本代表が苦戦を続けた理由もそこにあった。それでもジーコ・ジャパンは、幸運な展開や選手たちの奮闘に何度も助けられ、2004年にアジアカップで優勝し、2005年のドイツW杯最終予選を突破した。しかし……。肝心な2006年ドイツW杯でジーコ・ジャパンは惨敗。1次リーグで敗退してしまう。ジーコへ向けられた不安が最悪の形で実現してしまったのである。

 2002年日韓W杯日本代表の主力選手は、ドイツW杯でキャリアのピークを迎えるはずだった。しかるべき指導の下、ドイツW杯に臨んでいたら、日本代表はどんな チームになっていたか。世界の檜舞台で、世界の強豪に対してどんな戦いを挑んでいたか。むろん、これは単純な勝ち負けの問題ではない。そこで積むことができた経験は、将来の日本サッカーにとって大きな財産(経験値)になっただろう。

 しかし、ジーコ・ジャパンによってその期待と可能性は砕かれてしまった。その4年間で、日本サッカーが得たものはほとんど何もない。失ったものの方がはるかに大きい。ただただ、そのことが残念でならない。

戦犯を免罪する論理=ジーコ擁護論
 常識では、日本代表監督たるジーコの責任がまず第一に問われる。しかし、ここは常識が通用しない日本サッカー界だ。ジーコには、根強く、侮りがたい擁護論・支持論・免罪論、「ジーコ擁護論」が存在した。その中核は先述の批判の反論、「ジーコは,自らやろうとするサッカーの具体的な方向性を理論化して示さなかった、というよりも示せなかった」ことを正当化するまやかしの論理である。

 すなわち、これまで日本のサッカー、特に日本代表は「組織」や「戦術」に頼ったサッカーをしてきた。それは「集団主義」や「権威への従順さ」あるいは「型」の重視といった「日本人の国民性」に適うものだった。しかし、本来サッカーとは「個人」の「自由」な判断や「創造性」、すなわち「個の力」によってプレーされるスポーツである。日本人に「それをやれ」と言うとそれしかできなくなる。

 つまり、日本サッカーが世界レベルに達するためには、このままでは限界がある。だから、ジーコはそれを打破するために細かい戦術の指示を与えよう、組織を固めようとはしないのだ。それは日本のサッカーがいつかは通らなければならない道なのである……。こうした文脈はいずれも一貫していた(一例として下記のリンク先を参照されたい)。
「型」のないジーコ・ジャパンは大丈夫?
 この論理は、日本人のサッカー(スポーツ)に関する欧米(人)への劣等感を巧みに刺激するから、たやすく日本サッカー界に蔓延(まんえん)する。だから、サッカージャーナリズムはジーコを批判しにくくなる。そして、責任はジーコ(やジーコを半ば強引に日本代表監督に起用した川淵JFA会長)ではなく、ジーコの期待に応えられなかった日本人選手の側にある(!)という、驚くべき倒錯が生じる。

 一方、ジーコとはズブズブの関係にあり、ジーコに贔屓(ひいき)され、言動や立ち振る舞いが「日本人離れ」しているとされた中田英寿は例外で、ジーコと同じ立場にあるとされた(この辺りの理屈については、一例として下記のリンク先を参照されたい)。
 ジーコは悪くなかった。責任があるのは、ジーコが期待する「自由なサッカー」に応えられなかった(中田英寿を除く)日本人の選手の側だ……という物語は、日本サッカー界の半ば公的な見解、天下の公論になっている。例えば、2010年にNHK-BS1で放送されたドキュメンタリー番組「証言ドキュメント 日本サッカーの50年」では、そのように総括されている。


 また、同番組では、ジーコ・ジャパンの日本人選手の中にあって、唯一、特権的な立場にあった中田英寿が「ジーコは,当時の日本代表のレベル(むろん,中田英寿本人を除く)にあっては早すぎる指導者だった」などと、いけしゃあしゃあと上から目線とコメントしていた。

ジーコ擁護論の嘘
 しかし、このジーコ擁護論は嘘(うそ)の物語である。詭弁である。

 嘘だと言い切れる理由は、いくつもある。

 例えば、意外なことかもしれないが、ジーコは、自分が手掛けたサッカー日本代表を、ジーコ自身の言葉で語る時、すなわち、取材者やインタビュアーによる話の誘導(前掲の玉木正之氏によるインタビューなど)が無い時は「個の力や創造力に基づいた〈自由なサッカー〉を目指しているから,戦術や組織について指示しなかった」というニュアンスの発言はしない。

 そのことに気が付いたのは、ドイツW杯の数か月前、2006年2月に刊行された『監督ジーコ 日本代表を語る』という本である。まだジーコ・ジャパンの是非をめぐって、甲論乙駁が交わされていた時だ。この時点でこそ、ジーコは「自由なサッカー」や「個の力」と「日本人」の関係について、滔々(とうとう)と語らなければならない。

監督ジーコ 日本代表を語る
ジーコ
ベースボールマガジン社
2006-02


 しかし、この本でジーコで述べていたのは「選手たちで一緒に練習する時間が,あまりにも短かったからチームが熟成しなかった」という回答だった。

 練習といっても、戦術的な指導ではなく、紅白戦やミニゲームを繰り返して、チームの熟成を待つという悠長なものだ。が、あまりにも間の抜けたジーコ発言には脱力する。ナショナルチーム(代表チーム)は合宿や練習に時間が取れないのが前提である。ジーコは、自分の仕事についてきちんと理解していなかったのではないか……と絶望的な気分になる。この人には、そもそも方法論も思想もないのだ。

 同様の発言は、2017年8月にゲスト出演したテレビ東京系のサッカー番組「FOOT×BRAIN」(下記リンク先参照)でもしているから、これがジーコの本音ということになる。


 2002年7月の就任会見でジーコが述べていたのは「攻撃的なサッカー」であり、2006年6月の退任会見で述べていたのは「体格の差」であった。いずれも「自由なサッカー」「個の力」などとはニュアンスが違う。ジーコ擁護論の論理で力説されていたのは、体格(フィジカル)の差の克服ではなく、メタフィジカルな能力の「差」の克服だったのである。

 ドイツW杯から1年近く経った2017年5月に刊行された『ジーコ備忘録』では、今度はまったくジーコ擁護論の論理を用いて、ジーコ自身の責任を日本代表の選手たちの「未熟さ」や「プロ意識の欠落」に転嫁するようなことを書いている。しかし、この本を「邦訳」したのは、ジーコの日本語通訳を務めていた鈴木國弘氏であり、だから『ジーコ備忘録』の内容の信憑性には疑いを持っている。



 何より、こんな無責任な言い訳が通用してしまうのが、日本のサッカー界の非常識さ(ダサさ)なのである。

ラグビー平尾ジャパン=ジーコ・ジャパンの原型
 ジーコ自身はジーコ擁護論をあずかり知らぬ……が、しかし「従来のやり方では〈個の力〉が伸びず,日本は世界に勝てない.だから私は〈型〉や〈戦術〉に選手をはめ込む〈日本的〉な指導はしない」と実際に公言し、実践した人がいる。1997~2000年にラグビー日本代表(ジャパン)の監督を務めた故平尾誠二(ひらお・せいじ,1963~2016)の、いわゆる「平尾ジャパン」である。

 平尾ジャパンこそはジーコ・ジャパンの原型である。

型破りのコーチング (PHP新書)
平尾 誠二
PHP研究所
2009-12-16


 平尾誠二は「選手全員が自由にアドリブで動き,選手全員がそれをフォローするラグビーが最高」だと、生前、本当に話していた(下記リンク先参照)。この論理はジーコ擁護論とまったく同じである。ちなみに、こうした雰囲気に煽られた日本のスポーツマスコミが「〈史上最強〉の日本代表」と持てはやしたことも、サッカーのジーコ・ジャパン、ラグビーの平尾ジャパンともに共通している。
 ジーコ・ジャパンと同様、当然、こちらでも甲論乙駁となった。これは俗に「型にはめる・はめない論争」と呼ばれる。もっとも、ラグビージャーナリズムはサッカーよりはリテラシーがあるので、平尾に批判的なジャーナリストも多かった。

 果たして平尾ジャパンは1999年ラグビーW杯で惨敗。スタッフは「日本人の〈個の力〉の劣勢」に敗因を求めたが、ラグビーはサッカーと違って自虐的な総括は少なく、監督たる平尾誠二も、ジーコと違ってかなり辛辣な批判にさらされた(以下の著作などを参照)。その後の国際試合でもジャパンは成績不振で、事実上、平尾誠二は監督を更迭される。

ラグビーの世紀
藤島 大
洋泉社
2000-02


ラグビー従軍戦記
永田 洋光
双葉社
2000-06


 日本のスポーツ界は、日本人のサッカー(スポーツ)に関する欧米(人)への劣等感もあり、とにかく歪んでいて「抑圧的」であるというイメージがある。ラガーマン平尾誠二の体育会批判的な言動は、「歪んだ日本のスポーツ」を克服するためのアンチテーゼとして期待されていた。ジャパン監督としての平尾の「指導方針」も、自身に課せられた期待に沿ったものだった。

 しかし、平尾ジャパンには批判的だったラグビージャーナリストの藤島大氏は、そうした「〈歪んだ日本スポーツのアンチテーゼ〉も,また歪んでいるのだ」と鋭く批判している。平尾誠二は、勝負師としてのリアリティを欠いていたのだとも(下記リンク先参照)。
 ジーコ擁護論も同様、日本人のサッカー(スポーツ)に関する欧米(人)への劣等感が投影され、形成された虚構である。ジーコの言動や立ち振る舞いのごく一部が恣意的に抜き出され、誇張され、意味付けがなされ、ジーコ擁護論となった。それもまた「歪んだ日本スポーツのアンチテーゼ」なのだが、やはり歪んでいるのである。

ジーコを一刀両断したラグビージャーナリスト
 ジャパン監督たる平尾誠二を批判した藤島大氏は、サッカージャーナリストたちがこぞって尻込みする中、敢然と日本代表監督たるジーコを一刀両断した。
藤島大「ジーコのせいだ〈友情と尊敬〉第45回」
「ジーコのせいだ」藤島大
 すべてジーコのせいだ。とりあえず、それでいいのだと思う。

 もちろんジーコを選んだ者〔川淵三郎JFA会長〕も悪い。ジーコの能力の限界を放置した者も悪い〔ジーコ擁護論のサッカージャーナリストたちも共犯〕。それはそれで検証されるべきだが、まず先に、グラウンド、グラウンドのまわり、ミーティングの部屋において何がまずかったのを確かめるべきである。

 サッカー日本代表〔ジーコ・ジャパン〕のどこか淡いような〔2006年ドイツ〕ワールドカップ(W杯)での敗退を眺めて、やけに既視感に襲われた。1999年W杯キャンペーンのラグビー代表に似ている。元オールブラックス〔ニュージーランド代表〕、その候補、フィジー代表経験者など6人もの強力な外国人を次々にチームに加えながら、いざ本大会では吹き飛ばされた。負けただけでなく「ジャパンのラグビー」を世界に印象づけられなかった。現場から細々と発信された総括は「個人の能力差」であったと記憶している。

 ジーコのジャパンは「日本人のサッカー」を表現できなかった。公正に述べて「失敗」だった。ブラジルのような才気はなく、韓国のきびきびした活力もなく、つまり、輪郭がぼんやりとしていた。何者でもなかった。ジーコその人は東京に帰っての会見で「体格の違いを強く感じた」と述べた。

 ジーコが悪い。ジーコがしくじったから負けた。なぜか。チャンピオンシップのスポーツにおいて敗北の責任は、絶対にコーチ〔監督〕にあるからだ。「コーチ」とは、この場合、監督であり、指導の責任者を示す。シュートの不得手なFW〔柳沢敦選手〕を選んで、緻密な戦法抜きの荒野に放り出して、シュートを外したと選んだコーチ〔監督たるジーコ〕が非難したらアンフェアだ。〔以下略〕
 憤懣(ふんまん)やるかたない真面目なサッカー関係者・サッカーファンの留飲も下がる、実に痛快な啖呵(たんか)である。「シュートの不得手なFW〔柳沢敦選手〕を選んで……」のくだりは、1次リーグ第2戦「日本vsクロアチア」で、柳沢敦選手がゴール前の決定機を外してしまった、いわゆる「QBK」と呼ばれた出来事のことを指す。

QBK直後のジーコ(左)と柳沢敦
【ジーコ(左)と柳沢敦:急に(Q)ボールが(B)来たので(K)】

 QBKは、日本サッカーの決定力不足、否、「日本人の決定力不足」を印象付けた。これなど、特に日本人のサッカー(スポーツ)に関する欧米(人)への劣等感を強烈にくすぐるテーマだから、宇都宮徹壱氏のように、それでもジーコは間違っていないのだと信じ込んでいるサッカージャーナリストもいる。


 まぁ、宇都宮氏は師匠筋が佐山一郎氏なのがダメなところなんだが……。宇都宮氏が何を言おうとジーコは正しくないのだ。

「それからのジーコ」で考える擁護論のまやかし
 ジーコという監督の真贋を見きわめる最も手っ取り早い方法は、ジーコの「日本代表以後」のキャリアを確認することである。ジーコは、日本代表の監督を退任した後も、何度か監督業に就(つ)いている。それらを検証していくと……。

 ズブズブの関係にあった中田英寿が言うように「ジーコは日本のレベルには早すぎるサッカー指導者だった」のであれば、UEFAチャンピオンズリーグ(欧州チャンピオンズリーグ)で優勝する。そこまではいかないもでも、現状の日本人選手には手の届かないような、ヨーロッパ一流国のトップクラブで指揮をとるくらいはやってほしいものである。

 しかし、実際ジーコが監督に就いた国(代表チーム,クラブチーム)はトルコ、ウズベキスタン、ロシア、ギリシャ、イラク、カタール、インド……。失礼ながら、現状の日本サッカーでは、まるで勝ち目がないというサッカー国はない。しかも、上層部との意見の対立で辞めたとか、あるいは事実上のものも含め成績不振での解任・更迭が多い。

 とても「ジーコは日本のレベルには早すぎるサッカー指導者だった」とは言い難い。

 日本と違って、これらの国々はジーコを解任できるのである。ジーコが駄目ならば駄目だと言えるのである。選手の力量がジーコの求めるレベルに足りていなかった(中田英寿を除く)、などというバカバカしい論評が堂々とまかり通るのは、日本だけなのである。それが日本のサッカー界の非常識さ(ダサさ)なのである。

 ドイツW杯における日本代表の惨敗は「ジーコのせい」なのである。

「ジーコ・ジャパン」という物語を克服できるのか?
 小ネタのつもりが、ずいぶんと脱線してしまった。

 林舞輝さんは「ロストフの14秒」ではなく、2002年日韓W杯から2018年ロシアW杯までの15年(16年?)を検証するべきだと問うた。それならば、ぜひとも、2002年7月から2006年6月まで、元ブラジル代表のエース「ジーコ」が率いたサッカー日本代表「ジーコ・ジャパン」を検証するべきではないか……と考えた。

 ジーコ・ジャパンの4年間は、現代日本サッカー史の中で最も異常な時間だった。河内一馬(かわうち・かずま)さんの好む表現を援用すれば、1992~93年の「オフト・ジャパン」**以降のサッカー日本代表の中では、最も「ダサい」チームであった。

 ただし、単に「ダサい」と言っているだけでは検証にならない。何がどうダサいのか、諄々(じゅんじゅん)と振り返っているうちに、話が長くなってしまった。

 20代で若い林舞輝さん、河内一馬さん、どちらも、ジーコ・ジャパンの時代にこんな込み入った裏事情があったことなど、あるいは覚えていないかもしれない。

 ジーコ・ジャパンの時代は、「黒歴史」ですらない。誤った歴史=物語が、詭弁やカルトじみた迷信によって正当化されているという点で、むしろ異常なのである。

 そんな日本サッカー界・サッカーファンの集団催眠状態、あるいは「ジーコ・ジャパン」という物語を喝破(かっぱ)するサッカー評論が出てくるようであれば、それこそ凄いことである。

 そして、そんな知恵と蛮勇を持った人が、林舞輝さん、河内一馬さんならば、日本のサッカーの将来も頼もしい。

(了)



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欧州ネーションズリーグと日本代表への影響
 2018年から始まったヨーロッパ・サッカーの新しい国際試合の大会、UEFAネーションズリーグ(欧州ネーションズリーグ)が好評だ。

 好評すぎると日本代表(2018年12月20日発表,FIFAランキング50位,1414pts.以下同様)が困るのは、これにより、欧州の強豪相手に国際試合(親善試合)で力試しをする機会が減ることや、いざ、欧州強豪国との対戦が実現したとして、対戦相手国には所詮は親善試合だとモチベーションの低下が懸念されているからである。

UEFA_Nations_League

 したがって、日本サッカー界も欧州の状況の変化を受け入れて、北中米や南米、アフリカ勢との対戦を増やすなり、アジアの有力国を集めて新しい大会を創設するなり、これまでとは違う代表強化の方法を考えるより他はない……と言われている。

 それならば……と、今後、サッカー日本代表が参加するべき国際試合のリーグ戦の形を適当に構想(妄想)してみる。ここでは、日程の事情、スポンサーの事情、対戦相手国の事情、費用と対価の事情、等々を鑑みての実現性は一切考慮しない。あくまでブレインストーミングとしての問題提起である。

この件で韓国とは手を組みません
 サッカーにおける韓国(FIFAランキング53位,1405pts)は、昔から日本の良きライバルであり、かつて日韓戦はとても楽しみだった。しかし、最近は政治的なトラブルが続いたり、感情的しこりが募ったりして、純粋にスポーツとして楽しめなくなった。かえって日韓戦が嫌になった……。こんなサッカーファンの書き込みをインターネットで読んだ。

 同感する日本のサッカーファンは多い。それも、いわゆる嫌韓、ネット右翼(ネトウヨ)、「保守」、「愛国者」といった人たちではない。レイシズムや右傾化には反対するが、しかし、スポーツの場には政治的問題は関係なく、日韓ともにフラットな関係でありたいと願う多くの人たちがそう思っているのである。

 加えて、昨今の韓国は反則やラフプレーが多い。大事な選手をケガさせられては大変だ。もはやスポーツとして楽しめないのである。この「ネーションズリーグ」から韓国はお引き取り願いましょう。触らぬ神に祟りなし。

金づるとしての中国?
 2018年ロシアW杯で見せつけた、中国(FIFAランキング76位,1317pts)企業のスポンサーマネーは魅力的だ。しかし、すでにE-1(EAFF E-1サッカー選手権)があるし、日本が中国と関わろうとすると、韓国が「俺らも入れろ」と出しゃばってくる気がする。同様に、日本が中東イスラム諸国とネーションズリーグを組もうとすると、やっぱり韓国が出しゃばってくる気がする。

 韓国とは組まないのが前提なので、中国の参加は保留とする。この「ネーションズリーグ」はアジアに拘泥しない。視点を変えて「太平洋」に目を向けるのである。

オーストラリアの参加は必須の前提となる
 韓国とは違って、オーストラリア(FIFAランキング41位,1436pts)の参加は必須である。2006年ドイツW杯の悔しい逆転負けや、2017年W杯アジア最終予選の快勝もあり、同じアジア連盟(AFC)のライバルである。そして、この「ネーションズリーグ」の一定の水準の維持と向上にオーストラリアの存在は欠かせない。

オセアニア「無風区」からニュージーランド
 オーストラリアとくれば、おなじ「オセアニア」のニュージーランド(FIFAランキング122位,1157pts)である。将来、W杯本大会の出場枠が48か国に増えて(こんなに規模を拡大して大丈夫だろうか?)、オセアニア連盟にも出場枠1か国が与えられるという。ここは事実上ニュージーランドの「無風区」だから、彼の国だって歯ごたえのある対戦相手を求めているだろう……。

 ……というか、ニュージーランドもアジアカップに参加すればいいのに、と思う。勝ったり負けたりするが、楽しいぞ。

C'mon, baby アメリカとカナダ
 これに北米からアメリカ合衆国(FIFAランキング25位,1497pts)とカナダ(FIFAランキング78位,1314pts)にご参加をいただく。

 アメリカ合衆国は、2018年ロシアW杯の出場は逃した。しかし、将来、FIFAワールドカップで優勝したいと真面目に考えている。そして、自国のサッカーリーグであるメジャーリーグサッカー(MLS)を世界最高峰のサッカーリーグにしたいとも考えている。

 カナダは、日本よりずっと早く1986年メキシコW杯で本大会初出場を果たしている。当時、旧北米サッカーリーグ(NASL)が破綻して、北米サッカーが最悪の状況にありながら、予選突破を果たした。

 アメリカ合衆国とカナダそしてメキシコは、共同開催で2016年W杯を共同開催する予定である(ネーションズリーグに関しては,メキシコは同じラテンアメリカの中南米にすり寄っていくだろう)。当然、米・加両国ともにサッカーの強化に力を入れている。

(仮称)パンパシフィック5か国対抗
 かくして、この「ネーションズリーグ」の顔ぶれがそろった。
  • 日本
  • オーストラリア
  • ニュージーランド
  • アメリカ合衆国
  • カナダ
 日本を含めた環太平洋諸国で同盟を組んで、ネーションズリーグの試合を行うことは、実はかつてラグビーでやっていたものだ。また5か国でこれを行うのも、現在のシックスネーションズ・ラグビーの前身「5か国対抗ラグビー」に倣(なら)ったものである。

 これで1シーズンをホーム2試合、アウェイ2試合、計4試合行う。1シーズン内にホーム&アウェイを行う必要はない。1シーズン毎にホームとアウェイを繰り返す。3か国では多様性を欠き、7か国では多すぎる。偶数ではホームとアウェイの試合数に違いが出る。5か国というのはちょうどよい規模である。

 サッカー日本代表のスポンサーである「キリン」は、ホームの試合を「キリンチャレンジカップ」として行う。一方、アウェイの試合は「キリンチャレンジツアー」(仮称)と名付けて行う。ラグビー日本代表のスポンサー「リポビダンD」(大正製薬)は、昨年2018年のイングランド遠征を「リポビタンDチャレンジツアー」と呼んでいた。

 それとも、キリンやアディダスジャパンをはじめとするサッカー日本代表のスポンサーたち、その背後に控える大手広告代理店「電通」は、時差の関係でアウェイの試合では、日本のゴールデンタイムで放送枠が取れない。そうでないとテレビ中継の視聴率が取れないとして、この「ネーションズリーグ」構想に難色を示すだろうか?

 そんなことを言っているから、2018年4月のハリルホジッチ氏更迭にまつわるスポンサーや電通の陰謀論が、いつまでたっても消えないのである。

(了)



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留学の成果は陳腐なサッカー談義だった???
 日本の若いサッカーコーチが「サッカー先進国」に留学して、コーチングやマネジメントについて学ぶことは素晴らしいことだ。


 インターネットの時代だから、彼(彼女)らはSNSでさまざまに情報を発信して、その成果を表現する。しかし、そのメッセージは、日本サッカーを徒(いたずら)に卑下することをもって「批評」となす、陳腐なサッカー談義に堕(だ)してはいないだろうか。

 ここで具体的に言及するのは、河内一馬(かわうち・かずま)さんや林舞輝(はやし・まいき)さんのことだ。むろん、この2人の思想や発言について短絡的に評価することは、すべからく慎むべきである。ただ、当ブログが目に付いたその「断片」がどうにも引っ掛かるのだ。

 例えば、河内一馬さんの「一神教を信仰しないことがサッカーに与える影響」は、あまりにも出来が悪いサッカー談義なので、(河内さんが日本に一時帰国してトークイベントを開く2018年12月19日までに)徹底的に筆誅を加えざるを得なかった。


 河内さんの主張が、実は1970~80年代からさんざん語られてきた、しかし、間違いだらけの「サッカー日本人論」(この命名は森田浩之さん)の焼き直しに過ぎないからだ。効果の程度はともかく、しっかりとハッキリとそれを指摘しておく必要があった。

 本来、サッカージャーナリズムは、河内さんの言い分の矛盾に気が付く程度のリテラシーは持っていなければならないが、実態は真逆である。

 せいぜい、後藤健生さんが自身の過去の発言を時折に省(かえり)みてこんな浅薄な議論は止めにしましょうと述べたり、森田浩之さんが当世風ナショナリズム批判の一環として「サッカー日本人論」への違和感を論じたりする程度である。

試合前から勝負がついていた(!?)日本vsベルギー戦
 さて、林舞輝さんである。今回取り扱うのは、NHKが「ロストフの14秒」または「ロストフの死闘」と命名した、なんとなくこの呼称が定着しつつある、あの2018年ロシアW杯決勝トーナメント1回戦「日本vsベルギー」戦。林さんのツイッターでの言及だ。

NHKスペシャル~ロストフの14秒
【NHKスペシャル「ロストフの14秒」】

NHK-BS1スペシャル「ロストフの死闘」トップ
【NHK-BS1スペシャル「ロストフの死闘」】

 林さんのツイートは、(返信を読むと分かるように)賛否両論さまざまな波紋を読んだ。
林舞輝 @Hayashi_BFC 2018年12月30日
日本はこの14秒で負けたんじゃない。試合前からほとんど勝負はついていた。それはメンバーを見れば歴然。約15年前、日本はベルギーと互角だった。日本が負けたのは14秒の戦いではなく、15年間の長期総力戦だ。ロストフの14秒はこの15年の差の一つの現れでしかない。


 あの試合は実は「試合前からほとんど勝負はついていた」のだと言う。本当に大胆な断定である。これを洋行帰り(非礼承知)である林舞輝さんの「自信」と見るか「不遜」と見るかで、受容したサッカーファンの賛否が分かれてくる。

 「賛」については、ツイッターの返信やリツイートなどに沢山あるので、ここでは紹介しない。むろん、それは第一に日本のサッカーに強くなってほしいという素朴な願いの表出、そして林舞輝さん(や河内一馬さん)に対する期待の表出だろう。

 しかし、それも度が過ぎれば「日本サッカーを徒(いたずら)に卑下することをもって〈批評〉となす、陳腐なサッカー談義」になってしまう。林舞輝さんのツイートを「非」とする人は、漠然(ばくぜん)ではあるが、それを感じ取っている。

「電波ライター」の衣鉢を継ぐ林舞輝さん???
 くだんの林舞輝さんのツイートを、世間一般では「後出しジャンケン」という。そして「日本サッカーを徒(いたずら)に卑下することをもって〈批評〉となす、陳腐なサッカー談義」に耽(ふけ)るサッカーライター・評論家のことを、ほとんど死語であるが、かつては「電波ライター」と呼んで、ネット界隈ではさんざん批判されていた。

 その電波ライターの中でも代表的人物とされた金子達仁(かねこ・たつひと)さんは、殊(こと)に後出しジャンケンを多用する人だった。すなわち、林舞輝さんは往年の電波ライターたちの衣鉢を継いでしまっているのである。

 もちろん「電波ライター」に関しては、否定的に批判するサッカーファンの層以上に、共感するサッカーファンの層の方が多い。だから、「日本サッカーを徒(いたずら)に卑下することをもって〈批評〉となす」人たちは、むしろ日本のサッカージャーナリズムの主流なのであって、そこから駆逐されることはない。

 ところで、日本ラグビーの名将・故大西鐡之祐(おおにし・てつのすけ,1916~1995)は、留学経験こそないが、ダニー・クレイブン(南アフリカ)ほか海外の優れたラグビー指導書を紐解(ひもと)いては、その研究と実践にいそしんできた人である。ある意味では、林舞輝さんや河内一馬さんの大先輩にあたる。

 しかし大西は、ラグビー日本代表(ジャパン)が世界クラスの強豪国にどんなに惨めな敗北を喫しても、論評に「では,どうやってあの国にジャパンが勝つか? 勝てるようになるか?」という視点を忘れない人だった。

 1987年、ジャパン日本選抜(日本B代表ぐらいの位置づけのチーム)があの強い強いオールブラックス(ニュージーランド代表)に大敗した時も「いかに相手がオールブラックスとはいえ……」云々かんぬんいくらオールブラックスが強力とはいえ、使ってくる戦法は四つしかないんだ。なのに、やられすぎだ。指導者はラグビーを研究してないんじゃないか」と、気炎を上げていた。大西の評伝、藤島大さんの『知と熱』の冒頭場面である。

 翻(ひるがえ)って、林舞輝さんの問題のツイートからは大西のような「まなざし」がない。感じられるのは上から目線の嫌らしさ(非礼承知)である。

 【追記】むしろ、林さんは、大西鐡之祐がそうだったように「では,どうやってあのベルギーに日本が勝つか? 勝てるようになるか?」という視点と方向性で、問題提起するべきではなかったか。

 ツイッターは、日本語で140字しか書けないから、行間を読むとか、余韻を感じるとか、明示されていないニュアンスを嗅(か)ぎとって読むには、あまり相応(ふさわ)しくないメディアである。

つづく



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 サッカーファンの皆様、新年あけましておめでとうございます。天皇杯サッカー決勝(男子)のない元日を、いかがお過ごしでしょうか(笑)




 伝統の天皇杯? 伝統の元日決勝?

 いい加減「天皇杯=元日決勝=伝統」などという野蛮な迷信から卒業して、日本サッカーの新しい地平を拓(ひら)きましょう。

(了)



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