スポーツライター玉木正之氏の知的誠実さを問う

大化の改新と蹴鞠(けまり)問題など、日本のサッカーカルチャーについてさまざま論じていきたいと思っています。

2018年09月

「高校野球総選挙」の順位から見えるもの…
 今年2018年、夏の甲子園「全国高等学校野球選手権大会」は、前身の「全国中等学校優勝野球大会」から数えて第100回を数えた。これを記念して、8月5日、テレビ朝日系列では「高校野球総選挙」を放送した。最近、地上波民放テレビで流行りの「総選挙」と銘打った各ジャンルの人気投票番組のひとつである(同じテレビ朝日系の「プロレス総選挙」はなかなか面白かった)。
テレビ朝日系「高校野球総選挙」番組ホームページから
「高校野球総選挙」
夏の甲子園100回目を迎えるメモリアルイヤーの今年、
禁断の企画が解禁…!!

番組では高校野球ファン10万人にアンケートを実施!
記憶に残る、歴代のスゴい高校球児を貴重映像とともにランキング形式で発表します!
 番組で発表された人気投票の順位は以下の通り(校名は選手の在籍当時のもの)。

高校野球総選挙1位~10位
順位 P 選手 高校
1   松井秀喜 星稜
2 松坂大輔 横浜
3 江川卓 作新学院
4   清原和博 PL学園
5 田中将大 駒大苫小牧
6 大谷翔平 花巻東
7 王貞治 早稲田実業
8 桑田真澄 PL学園
9   清宮幸太郎 早稲田実業
10 ダルビッシュ有 東北

高校野球総選挙11位~20位
順位 P 選手 高校
11 斎藤佑樹 早稲田実業
12 鈴木一朗 愛工大名電
13 太田幸司 三沢
14   原辰徳 東海大相模
15 板東英二 徳島商業
16 荒木大輔 早稲田実業
17   中村奨成 広陵
18   オコエ瑠偉 関東一
19 松井裕樹 桐光学園
20 藤浪晋太郎 大阪桐蔭

高校野球総選挙21位~30位
順位 P 選手 高校
21 菊池雄星 花巻東
22 工藤公康 名古屋電機
23 尾崎行雄 浪商
24   中田翔 大阪桐蔭
25   香川伸行 浪商
26 定岡正二 鹿児島実業
27 愛甲猛 横浜
28 安樂智大 済美
29 島袋洋奨 興南
30 水野雄仁 池田

うして概観してみると、一定の傾向に気が付く。

高校野球のスターやアイドルは投高打低
 エクセルで作成した順位表に少しばかりの解説をする。「P」とある列は「ポジション」または「ピッチャー」の意味で、★印は高校野球では打者としてではなく、投手として評価されている選手である。王貞治や鈴木一朗(イチロー)は、その意味で★印(投手)として分類した。大谷翔平も同様(もっとも,甲子園で大して勝ち上がっていないイチローが,この番組にノミネートされるのは変なのだが)。
 高校野球のスター選手、アイドル選手は投手の方が多く、打者が少ない。これは(大いに不満であるが,番組の中では全く触れられなかった)大正~昭和戦前期の旧制中等学校の時代からそうであって、小川正太郎、楠本保、中田武雄、吉田正男、沢村栄治、川上哲治、野口二郎、嶋清一……みな投手である(追加:水原茂も、藤村富美男も、投手である)。打者(クリーンアップまたはスラッガー,強打者)として名前を残している山下実(和製ベーブ・ルースと呼ばれた)や宮武三郎といった選手は、少数派だ。

 現在の高校野球は、金属バットやウェイトトレーニングなどの効果でホームランや長打が増加した「打高投低」の野球になっているが、それでも選手の注目度では、やはり「投高打低」である。今年2018年の第100回大会で最も注目を浴びた選手、秋田県立金足農業高校(準優勝)の吉田輝星(よしだ・こうせい)もまた投手であった。

 余談ながら、当ブログは一応サッカーブログなのでサッカーの話も書いておくと、金足農業にはサッカー部がないそうである。

玉木正之氏「1対1の勝負説」と高校野球
 ところで、なぜ高校野球は「日本人」にこれほどまでに人気があるのだろうか? なぜ、「日本人」にはサッカー(などフットボール系の球技)ではなく、野球の人気の方が高いのだろうか? これには、スポーツライター玉木正之氏が繰り返し唱えている「1対1の勝負説」とでも呼ぶべき俗説が、半ば「天下の公論」として世間に流通している。
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【玉木正之氏】

 すなわち、欧米人は集団的戦闘(≒チームプレー)を好む。一方、「日本人」は軍記物語や講談などにあるように「やあやあ我こそは……」と武士同士が互いに名乗りを上げて戦う「1対1の勝負」を好む。この違いは、欧米と日本の歴史や文化、国民性の違いに裏付けられている(下記リンク先参照)。
 明治初期、野球(ベースボール)、サッカーなど、実にさまざまなスポーツが日本に伝来した。その中で、日本人の好みや美学に最も合致したのは、11人vs11人のチームプレー(集団的戦争)がゲームの基本となるサッカーよりも、投手vs打者の「1対1の勝負」がゲームの基本となる野球だった……というものである。。

 6月、NHKの「ネーミングバラエティー 日本人のおなまえっ!』という番組を見ていたら、明治大学(だったと思う)のスポーツ社会学の教授(名前は失念)が、日本の歴史上、サッカーより野球の人気が先行した理由として、この「1対1の勝負説」を述べていた。玉木氏の影響力の強さには恐れ入るところがある。

 しかし、である……。
  1. 明治初期(19世紀後半)、正岡子規が野球選手だった頃の野球のルールは現在のそれと根本的に異なっていること。
  2. 例えば、当時のルールは投手に非常に厳しいもので、ピッチングの技量・力量で打者を打ち取るケースが希少であったこと。
  3. つまり、当時の野球のゲームの基本は「1対1の勝負」とは見なし難いこと。
 ……これらの理由から、玉木正之氏の「1対1の勝負説」は正しくないと言えるのだ。

 当ブログは、以上のような内容で玉木氏の「1対1の勝負説」に対する反論を、繰り返し繰り返し、しつこくしつこく書いてきた(下記リンク先参照)。
 本当に投手vs打者の「1対1の勝負」が好きだから「日本人は野球が好き」なのだろうか?

高校野球が語り継いできた「物語」とは?
 この問題を考える絶好の事例が、実は高校野球なのである。「日本人」は甲子園=高校野球でどんな物語を語り継いできたのだろうか?
第1回全国中等学校優勝野球大会始球式
『朝日新聞』のウェブサイトから



【アマゾンの古書情報から】

 玉木正之氏が常々唱えてきた「1対1の勝負説」が正しいならば、甲子園=高校野球の名勝負物語は、Aチームのエース投手vsBチームのクリーンアップ打者の物語という図式が多くなりそうだが、そういう例は少ない。

 実際に、高校野球の名勝負の物語、ライバル物語として語り継がれるのは「両チームのエース投手同士の投げ合い」といったパターンが多い。ざっと例を挙げてみると(以下の例は各チームで先発したエース投手.左側が勝者)。
  • 昭和8年(1933)夏:吉田正男(中京商業)vs中田武雄(明石中):延長25回
  • 昭和33年(1958)夏:板東英二(徳島商業)vs村椿輝雄(魚津高):延長18回再試合
  • 昭和36年(1956)夏:尾崎行雄(浪商高)vs柴田勲(法政二高):前年夏から3季連続対決して尾崎の1勝2敗
  • 昭和44年(1969)夏:井上明(松山商業)vs太田幸司(三沢高):延長18回再試合
  • 昭和55年(1980)夏:愛甲猛(横浜高)vs荒木大輔(早稲田実業):不良vsエリート
  • 平成10年(1998)夏:松坂大輔(横浜高)vs上重聡(PL学園):延長17回
  • 平成18年(2006)夏:斎藤佑樹(早稲田実業)vs田中将大(駒大苫小牧):延長15回再試合
 ……と、まあ「野球から遠く離れて」の当ブログでもこれくらい思いつく。詳しい人なら、もっといろんな試合を挙げるかもしれない。

 ちなみに、2018年9月25日閲覧のウィキペディア「第88回全国高等学校野球選手権大会決勝」(2006年の斎藤佑樹=早稲田実業vs田中将大=駒大苫小牧)の項目では、斎藤・田中両エースの投げ合いをもって「一騎打ち」と表現されている。投手vs打者の物語ではないのだ。

 そうでなければ、江川卓(作新学院)の「孤高のエース」像か。これも余談だが、板東英二(夏)も、江川(春)も、甲子園の奪三振のレコードホルダーは「打てないチーム」のエース投手であった。

 いずれにせよ「日本人」は甲子園=高校野球を「投手の物語」として語り継いできた。

 つまり、玉木正之氏の「1対1の勝負説」はここでも怪しい。有り体に言えば間違っているのである。

 サッカーファンは、自身を持っていいです。

(了)



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中田英寿,衝撃のイタリアデビューから20年
 中田英寿は「過去は振り返らない」ことをモットーにしているらしいが、『中田語録』(1998年5月刊,文・小松成美)という本には、ハッキリとそのような文言は見つけられない。そこにあるのは以下のような表現である。
「振り返ることは、評論家のすること」
ゲームが終わった後、自分のプレーについてなぜコメントしないのか、と言われて。(114頁)

中田語録
文藝春秋
1998-05


中田語録 (文春文庫)
小松 成美
文藝春秋
1999-09


 そんな「過去は振り返らない」はずの中田英寿が……、2006年にサッカー界を(なかんずく日本のサッカー界を)足蹴にして去っていったはずの中田英寿が……。
英紙も酷評した中田英寿2006ドイツW杯での猿芝居
【英紙も酷評した2006年ドイツW杯における中田英寿のパフォーマンス】

 ……2018年9月にもなって、ひょっこりサッカージャーナリズムに顔を出してきたのである。
 何だと思ったら、中田英寿がイタリア・セリエAのクラブ「ペルージャ」に移籍してちょうど20年。そのシーズン初戦、名門ユベントス相手に中田英寿本人が2得点(!)という、衝撃のデビューの20周年記念であった。

 もっとも、この試合自体はペルージャは負けている。2000年の国際試合フランスvs日本戦もそうであるが、中田ヒデは、ひとりの選手としては評価されるプレーをしても、チームとして強豪相手にアップセット(番狂わせ)を演じて見せたという展開は、意外に少ないのではないかという「偏見」がある。

 インターネットのみならず、紙媒体も中田英寿をイタリアデビュー20周年を特集している……。



 ……なるほど、出たがりではないと言いながら、こうやって中田ヒデ本人が時おり「お出まし」になることで《中田英寿神話》が再生産されていくのだなと思った。

 それでは、中田英寿がイタリアでプレーしていた時、イタリアで一番有名な日本人、少なくとも日本人アスリートは中田ヒデだったのか? これが違うのである。

 当時、イタリアで一番有名な日本人は原田哲也(はらだ・てつや)という、オートバイレーサー(ロードレースライダー)である。

原田哲也とイタリアのモータースポーツ人気
 イタリアで中田英寿より有名な日本人、原田哲也とは何者なのか? 日本本国よりも海外で有名な日本人とはよくいるが、原田哲也はその代表みたいな人物である。
原田哲也のライディング(左)と表彰台
【原田哲也 ライディング(左)と表彰台】

 1970年千葉県生まれ。10歳でポケットバイクを始め、1986年ロードレースデビュー。1993年から世界選手権250ccクラスに参戦、同年最終戦、劇的な逆転劇で世界チャンピオン(年間総合優勝)のタイトルを獲得。1997年よりイタリアのバイクメーカー「アプリリア」と契約していた。世界チャンピオン1回、世界選手権グランプリレース17勝(日本人タイ)、世界選手権グランプリレース表彰台55回(日本人最多)。
 世界チャンピオン(年間総合優勝)こそ1回限りだが、巡り合わせがよければもっとタイトルを穫れたはずだという評価も高い。
 そして、イタリアは欧州の中でも英国と並んでモーターレーシングの人気が高い国である。四輪車ならばアルファロメオ、フェラーリ、ランチア、マセラティ……、二輪車(バイク)ならばドゥカティ、モトグッチ、MVアグスタ、アプリリア……。世界的に有名なスポーツカーメーカー、バイクメーカーがたくさんある。

 林信次(はやし・しんじ)氏というモーターレーシングジャーナリスト兼編集者が『時にはオポジットロック』という本の中で書いていたことである。林氏は欧州からモーターレーシングやレーシングカー・スポーツカー関係の写真集をよく購入するのだが、そうした本には、英語とイタリア語を併記する場合が多いそうだ。

 かようにモーターレーシングの人気が高いイタリアであるから、彼の地で一番有名な日本人が中田英寿ではなく原田哲也だという説にもうなづけるわけである。

中田英寿礼賛本の編集長が原田>中田と認めた
 中田英寿と、原田哲也と、イタリアで、知名度が高い日本人はどちらか? インターネットを覗いてみても議論はつきないが、ある意味、この「論争」は決着が付いている。

 奥付には1998年9月1日発行とある。だから、実際の発売はもう少し早いはずで、同年6~7月に行われたサッカー・フランスW杯のすぐ後だった。

 月刊誌『新潮45』(昨今,自民党・杉田水脈議員のLGBT差別発言で世間を騒がせているあの雑誌)が、『アッカ!! ヒデとNAKATA全記録』という中田英寿を特集する別冊を出した。当時、話題になった本だから、覚えているサッカーファンも多いのではないか。

 全編これ、中田ヒデに対する幇間(ほうかん:太鼓持ちの意味)で、テストを受けさせたら中田英寿は平均よりIQが高いだとか、当時人気の女性タレント・中山美穂と対談してデレデレしてみせるお茶目な中田ヒデだとか、各界名士による中田英寿へのヨイショ談話だとか……。

 今読み直すと、とにかく『アッカ!!』はよく出来たトンデモ本である。

 ……いかに才能があるとはいえ、まだまだ未完成な二十歳(はたち)前後のガキ若造を甘やかせていたら、サッカー選手として駄目になってしまうだろう。実際、甘やかせたために中田ヒデは駄目になった。中田英寿はワールドクラスのアスリートとして成功したわけではない(そこが原田哲也とは大きく違うところである)。

 で、この『アッカ!!』は、名目上、中田英寿が編集長と言うことになっているが、中田ヒデが編集の実務をするはずもなく、実際には版元・新潮社のスタッフが本を制作している。中田英寿の役割は、正確には「監修」であろう。

 この実質的な『アッカ!!』編集長、奥付を見ると「寺島哲也」という男性である(違っていたらゴメンナサイ)。この人が、1999年初め、東京は新宿・歌舞伎町にあるトークライブハウス「LOFT/PLUS ONE」(ロフトプラスワン)で、中田英寿をテーマにしたトークライブを行った。

 「寺島」編集長は、中田英寿の話をひとくさり終えると、観客から質問タイム。ミーハーっぽいお姉さんが「イタリアで一番有名な日本人は,やっぱり〈ヒデ〉なんですかぁ?」と質問があった。

 すると「寺島」編集長。「違います.イタリアで一番有名な日本人は,オートバイレーサーの原田哲也です」とアッサリ回答。

 当ブログは、この辺の事情を知っていたので思わずニンマリしたが、質問をしたお姉さんをはじめ観客は、原田哲也のことが分からずキョトンとしていた。

 そんなわけで、イタリアで(延いては欧州で)一番有名な日本人(のアスリート)は、中田英寿ではなく、原田哲也だということが確定しました。

 こうした日本人が存在すること自体、《中田英寿神話》は文字通り神話でしかない……ということを傍証するものだ。

 それにしても、中田英寿礼賛本を作った人が意外と冷静な中田ヒデ評をしていたというのは、なかなか興味をかき立てられる話ではある。

(了)



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サッカー論壇に重用される今福龍太氏の実相
 今福龍太氏は、サッカージャーナリズム・サッカー論壇に何かと重用される「文化人類学者」である。それは「文化人類」という研究や学識から、凡百なサッカーライターよりもさらに高い次元に立って、サッカーにまつわるさまざまな現象・事象を分析し、その本質を私たちの前に「評論」してくれる……という期待がなされているかのようである。
今福龍太「ビデオニュースドットコム」(小)
【今福龍太氏:『マル激トーク・オン・ディマンド』第692回より】

 しかし、今福氏は、実のところ「学者」「評論家」というよりは「思想家」あるいは「批評家」(微妙なニュアンスの違いだが「評論家」ではない)なのである。文化人類学とはそのためのお墨付きであって、氏は自身の過剰な思い入れ(思想)をもったいぶった文体で述べている(批評)に過ぎない。

 そのために深刻な問題をもロマンチックに美化して語りたがる傾向があり、今福龍太氏が書いたものを読んで、物事の実際の有り様を誤って理解してしまうミスリードのおそれがある。

 だから、今福氏の発言をじっくり読んでみると、いろいろとおかしな点が目に付くことがある。例えば、サッカーにおける人種差別問題についての発言だ。

バナナを食べることこそエレガント?
 「浦和レッズ差別横断幕事件」とは、2014年3月8日、埼玉スタジアム2○○2で行われた浦和vs鳥栖戦で、浦和レッズの一部サポーターが「JAPANESE ONLY」(日本人以外お断り)という人種差別・民族差別を想起させる横断幕を掲出し、結果、浦和にはJリーグ初となる無観客試合というペナルティが下された……という一件である。
 このシーズンのJリーグは、他にも人種差別事件が相次いだので、『毎日新聞』では10月31日(金)付で「論点 サッカーと人種差別」という特集記事を組んだ。
論点[サッカーと人種差別]毎日新聞2014年10月31日
【毎日新聞2014年10月31日付「論点 サッカーと人種差別」】
 ここコメントを寄せているのは、村井満(Jリーグチェアマン)、真壁潔(J2湘南ベルマーレ代表取締役会長)、そして今福龍太(文化人類学者,東京外国語大学大学院教授)の3氏である。各々の詳しい見解は、上の掲載写真などをクリックして参照されたい。

 今福龍太氏のこの時の寄稿文「スポーツの本質自覚せよ」で非常に気になったのは、以下の部分である。
 今年〔2018年〕はサッカーにおいて人種差別をめぐる現実に直面させられる出来事が続いた。例えば3月〔8日〕のJリーグ公式戦で元韓国籍のストライカー〔在日コリアンで日本国籍,元日本代表の李忠成=り・ただなり=選手〕が新規入団したチーム〔浦和レッズ〕のサポーターが、観客席の入り口に「JAPANESE ONLY」(日本人以外お断り)の横断黒を掲げたことである。Jリーグは実行者を無期限入場禁止とし、次のホームでの試合を無観客とする処分を行った。だがその対処は思慮深いものとはいえなかった。人種差別的な現実に立ち向かう毅然〔きぜん〕とした哲学が、日本の社会そのものに欠けていることが露呈した。

今福龍太「スポーツの本質自覚せよ」より
 ??? ……多くのサッカーファンは、この叙述には首をひねるはずである。

 どうして今福氏は、Jリーグ当局(村井満チェアマン)の浦和レッズに対する処分が思慮浅く、人種差別に対抗する毅然とした哲学が欠けているものだと言えるのか……。

 ……というのは、村井チェアマンのこの裁定は、とかく差別問題には鈍感だとされている日本の、なかんずく日本サッカー界にあって(佐藤峰樹=ミネキ=の暴言を許容しているのだから,たしかに日本サッカー界は差別に鈍感である)、毅然かつ「それまでの〔日本の〕サッカー界では考えられないスピード感をもった決断が下され」たと評価されているものだからである(下記リンク先参照)。
 それでは、今福氏の言う「人種差別的な現実に立ち向かう毅然とした哲学」の「思慮深」い実践とは何なのか? 今福氏の寄稿文にはこんな言及がある。
 一方、〔2018年〕4月末のスペイン・リーグでは、〔FCバルセロナの〕ブラジルの黒人選手ダニエウ・アウベスに向かって、敵地の観衆からバナナが投げ込まれた事件が話題となった。サルの鳴き声とともに行われるこうした挑発的行為〔バナナを黒人選手に向かって投げ込むこと〕は、欧州サッカーではごく普通の出来撃だ。だが今回はアウベスの対応の冷静さが評判となった。彼はピッチに投げ込まれたバナナに嫌な顔一つせず、捨って皮をむき、パクリと食べてから平然とコーナーキックを蹴ったのである。
ダニエウ・アウベス選手のバナナを食べるパフォーマンス
【投げ込まれたバナナを食べるダニエウ・アウベス】

 確信犯的ともいえる差別的な悪意を、このような機知ある身ぶりによって風刺的にいなすのは効果的だ。差別的現実に硬化し、権力による監視や懲罰という対抗的手段にうって出ることは、かえって社会の柔軟な自浄作用を阻害する。むしろ、パロディーや関節はずしのようなエレガントな対処法によって、この問題への一人一人の理解の裾野を広げてゆくことも重要だ。

今福龍太「スポーツの本質自覚せよ」より
 レイシズム(racism=人種主義,人種差別)の問題、差別への抗議の意思表明に「エレガント」という言葉を持って来ることに少し違和を感じるが、この辺が「批評」なのかもしれない。

 差別に対して肩を怒らせて正面切って反対するのではなく、権力によって人種差別を直ちに規制や処罰・監視したりするのでもなく、むしろ、これを脱臼させるような対応によって、暴発を社会全体で食い止めることが重要だ……と、今福龍太氏は語っている。

 しかし、事件の実際に照らし合わせてこの言い分はちょっとおかしい。サッカーにおける人種差別は今福氏の言うような簡単なものではなく、ダニエウ・アウベス選手の行動は、必ずしも効果的ではない(らしい)のである。

実はヤラセだった(!?)バナナ食いパフォーマンス
 今福氏の意見に疑問を持ったのは、陣野俊史(じんの・としふみ)氏の著作『サッカーと人種差別』(文春新書)を、前もって読んでいたからである。

 陣野俊史氏の本職はフランス文学を中心とした文芸評論であり、平均的サッカーファンに比べると、むしろ今福龍太氏に近い人物とも言える。陣野氏もアウベス選手の一件を扱っているのだが、しかし、こちらの本が伝える顛末(てんまつ)は今福氏のそれとは大きく違う。
 「アウベスのユーモアは素晴らしい」。しかし……。

 そのパフォーマンスは世界中に広がった。だが、ルイ・サハというフランス代表の黒人選手からは、人種差別の問題は「笑い飛ばすべきことではない」、ユーモアは分かるが、笑いだけに問題を還元するのも間違いだと、釘を刺されていること。

 北米のプロスポーツ(NBAほか)と比べても、欧州サッカーは人種差別の罰金が安すぎること。

 この一件が、事態の収束とは逆の方向へ進んでいるらしいこと。

 結局、肝心の黒人選手差別は無くならず、バナナは投げ続けられていること。

 ……バナナを食べて「笑ってさえいればいいという輪が世界中に拡散していった結果、何ら解決を見ることもなく、有名になったバナナだけが投げ込まれ続けている、という転倒した事態になっているのではないか。

 バナナが記号として、独り歩きしている。幻想の黒人〔黒人,白人,あるいは黄色人という分類=人種とは「幻想」であるという意味〕に向かって、お前は猿なのだ、という人種差別を表象するアイテムとして、悲しいことにバナナはいまも機能している」。

陣野俊史『サッカーと人種差別』74~76頁


 「……ダニエウ・アウベスが、……バナナを食べた行為は、そこにユーモアが入り込んでいたぶん、みんなの共感をかちえたのだが、バナナを表象として利用するレイシストどもに、決定的な一撃を見舞ったわけではない。

同書190頁
 加えるに、後になって、ダニエウ・アウベス選手のバナナを食べるパフォーマンスは、実はブラジルのマーケティング会社の仕掛けたキャンペーンだったという話が出てきている。
 この事実は、陣野氏の著作にも、今福氏の寄稿文にも出てこない。

 むろん、この事実をもって「アウベス選手の行為は実は〈ヤラセ〉でした」というのは、さすがに言い過ぎであろう。このPR戦略には一定の意義はあったという評価もある。

 ただ、これがアウベス選手個人の「機知」から生じたものではなかったとなると、このパフォーマンスや、そこから派生した国際的なムーブメント(ちょうど同年2014年夏に流行ったアイスバケツチャレンジ〔ice bucket challenge〕にも似ている.ちなみにブラジル代表ネイマール選手はどちらの運動にも参加している)も、違った「景色」として見えてくる。

 いずれにせよ、サッカーに限らず、人種差別問題は一筋縄ではいかない。「機知ある身ぶり」をもって「差別を脱臼させるように対応」しても解決が難しいようなのである。

救急医療と予防医学の違い
 今福龍太氏が語るように、ユーモアをもって人種差別を「解体」していくことも、もちろん大切であろう。

 しかし、それをもって今回のJリーグ当局(村井満チェアマン)の処断まで否定する謂(い)われはない。ましてや「人種差別的な現実に立ち向かう……哲学が、日本の社会そのものに欠けている」などと、今福氏に非難される筋合いなどない。

 というのは、同じ人種差別の対策でも、村井チェアマンが浦和レッズに下したペナルティと、今福氏が考える人種差別へのあるべき対処法とは、まったく別次元のものだからである。下手な比喩だが、両者は救急医療と予防医学ほどの開きがあるのだ。

 浦和レッズの横断幕事件は救急外来に担ぎ込まれた重症(重傷)患者である。応急処置、場合によっては緊急手術が必要な事態である。一方、今福氏が言う「差別を脱臼させるような対応をして、その暴発を社会全体で食い止めること」とは予防医学だ。

 命を救うために一刻を争う状況で応急処置に当たる医師と看護師に向かって、上から目線で「やっぱり病気やケガに強い体質に強い体質にしなきゃダメじゃないか」と嘲笑している嫌味な予防科学の専門医が今福龍太氏なのである。

 今福氏は、例えば、こう言うべきではなかったか……。

 ……個別に発生した事件に逐一対応するだけでは、人種差別を克服することはできない。レイシズムの本質や全体を理解して、それを「解体」していくことも重要である。そのひとつの手段として、投げ込まれた黒人差別の象徴=バナナをあえて食べてみせる「ユーモア」も有効な手段になる……とでも。それならば、何の問題もない。

 ところが、今福氏一流の深刻な問題をもロマンチックな思い入れでとらえたがる傾向から、アウベス選手のバナナを食べるパフォーマンスを美化・称揚するあまり(そのパフォーマンスが本当に有効かどうかも,実は微妙なのだが)、Jリーグ当局(村井チェアマン)の下した裁定を貶すようなことをするものだから、氏の見解には違和や不快といった読後感が生じる。

 それとも、こういう表現をとるのが今福氏の「思想」なのか。今福氏の読者はこうした「批評」にハマるのか。

今福龍太氏の重用とサッカー読者のリテラシー
 ハッキリ言えば、この問題での今福龍太氏の起用はミスキャストで、陣野俊史氏(でなければ後藤健生氏か)の方がずっと適役だった。

 『毎日新聞』の特集記事「論点 サッカーと人種差別」は2014年10月31日付だった。そして陣野氏の著作『サッカーと人種差別』第1刷発行の日付は、奥付によると2014年7月20日である。人選を丁寧にやる時間は充分あったはずだし、ここで陣野氏が起用されていれば、今福氏のような的外れの意見が公開されることはなかっただろう。

 それでも、なぜ今福龍太氏が起用されたのかというと、最初に記したように日本のサッカージャーナリズムやサッカー論壇にあって、氏が権威的な地位にあるからである。サッカーで何か主だった出来事があると、より「高尚」で「本質」的な解釈を求めて、サッカー界は今福氏にコメントさせる……という定式が固まっているからである。

 この辺はスポーツ一般の問題における玉木正之氏の権威権的地位と似通っている。ともに蓮實重彦氏の衣鉢を継いでいる点といい、えてしておかしな論理を展開しがちなところといい……。この2人はある意味で兄弟分である。

 しかし、今福氏のサッカーにおける発言がすべて的を射ているかというと非常に怪しい。物事をミスリードしてしまうかもしれない……という話は、今回のエントリーでさんざんやってきたし、以前にもやったことがある(下記のリンク先をクリックされたし)。
 サッカージャーナリズム・サッカー論壇の読者は、権威を鵜呑みにしないリテラシーをもっと磨くべきだろう。

 むしろ「人種差別的な現実に立ち向かう毅然〔きぜん〕とした哲学が……欠けている」のは、今福龍太氏の方ではないかと思う。

(了)



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