スポーツライター玉木正之氏の知的誠実さを問う

大化の改新と蹴鞠(けまり)問題など、日本のサッカーカルチャーについてさまざま論じていきたいと思っています。

2018年08月

  • 差別問題などで揺れている元ドイツ代表メスト・エジル選手は、国際試合のキックオフ前に行われる国歌演奏のセレモニーで「国歌を歌わない」ことを問題視されていた。
  • しかし、もともとサッカーの国際試合では「国歌を歌う習慣」はなかった。例えばイタリア代表(アッズーリ)などは、かなり最近までそうであった。
  • 今後のサッカー界は余計なトラブルを避けるために、ナショナルチームの選手・スタッフは国歌を敢えて歌わないよう、FIFAが指導した方がいいのではないか。
メスト・エジル(左)とフランツ・ベッケンバウアー
【メスト・エジル(左)とフランツ・ベッケンバウアー】

中田英寿と「君が代」をめぐる美しい誤解
 サッカー日本代表で国歌を歌わない選手と言えば、俺たちの中田英寿である。
俺たちの中田英寿1
俺たちの中田英寿2
【中田英寿】

 1997年のフランスW杯アジア最終予選において、中田が「君が代」を歌わなかったことはいろいろと物議をかもした。
 かつて、中田英寿が「君が代」〔日本国の国歌〕を歌わないということで街宣右翼に脅迫や嫌がらせを受けたことを思い出す。日の丸〔や君が代〕は得体のしれない引力があるのだ。スポーツとはまったく違う強度を持った力が。彼らは、目の前のスポーツではなくて、日の丸をまとった〔そして君が代を歌う〕日本の代表が戦う姿を見たい。柔道でもフィギュアスケートでもスノーボードでも、日の丸があがる〔そして君が代が流れる〕ところ以外でそのスポーツを楽しんだことがある人はごくごく少数だろう。本当にスポーツが好きなのか、ただ単に日の丸〔や君が代〕が好きなだけではないか。

清義明『サッカーと愛国』56~57頁

サッカーと愛国
清 義明
イースト・プレス
2016-07-16


 「中田英寿は『君が代』を歌わなかった」に関しては、こんな「美しい誤解」が世間に流布している。

中田英寿は「君が代」を歌わなかったから…ではない
 そもそも、中田英寿は「君が代」を歌わなかったから問題にされたのではない。1997年のフランスW杯アジア最終予選の各試合の録画を保存している人は、再生してじっくり見てほしい。「君が代」を歌っていない選手なら他にもいる。

 いくつかの試合の映像を見てみたが、その選手はずっと「君が代」を歌っていなかった。かなり意志的な選択ではないかと憶測する。

 前回「サッカーの国際試合と国歌(1)~メスト・エジルの場合」(2018年08月09日)でも書いたが、もともと国際試合の前に流される両国国歌演奏のセレモニーでは、選手たちが国歌を歌う習慣はなかった。それが普通だった。国歌を歌うようになったのは、かなり後になって、ごく最近になって定着したものだ。

 国歌を歌う・歌わないは、「愛国心」や「ナショナルチームへの忠誠心」とは何の関係ない。

 1997年当時は、国際的にも日本代表でも国歌を歌う選手・歌わない選手とが混在していた。とにかく「君が代」を歌っていないのは中田だけではないのである。

意図的に日本のカメラから顔を背け続けた中田英寿
 それでは、なぜ中田英寿だけが「君が代を歌わない」と言われたのか?

 国際試合の両国国歌演奏の時には、ハンディカメラが寄って選手の顔をアップする。その時、中田だけが(わざとらしく)意図的に顔をそむける仕草をしていた。それを再三再四くりかえしたからである。
中田英寿19971117君が代1
【国歌演奏に際してカメラから意図的に顔をそむける中田英寿】

 これでは、中田が「君が代」を歌わないことが嫌でも目立ってしまう。

 こんなことをしていたのは(世界でも)中田英寿だけである。そもそも中田がこんな不審な行動をとらなければ、「君が代」を歌っていないなどと問題視されることもなかった。つまり、翌1998年1月に起こる『朝日新聞』とのイザコサもなかったのである。
中田英寿「朝日新聞」1998年1月4日
【「朝日新聞」1998年1月4日付より】

 この件に関しては、中田英寿(と彼のマネージメント会社サニーサイドアップ)にも問題がある。
不本意にも君が代を歌わされる中田英寿@1998フランスW杯
【不本意にも「君が代」を歌う羽目になった1998年W杯の中田英寿】

「反日」ではないが「嫌日」の中田英寿
 中田英寿が「君が代」を歌わなかったのは、右から見て「反日」、左から見て「ナショナリズムへの抵抗」……といった、すなわち政治的な理由ではない。それとは違う社会的・文化的な理由である。

 ゼノフォビア(xenophobia,外国人恐怖症または外国人嫌悪)という概念があるが、中田英寿には、いわば「日本フォビア」「日本(人)嫌悪」とでも言えそうな感覚がある。換言すれば「反日」ならぬ「嫌日」である。

 例えば、Jリーグ時代はほとんどサインに応じなかったという中田英寿は(増島みどり氏がそう書いていた)、しかし、欧州では気軽にサインに応じる(これはテレビで大写しにされていた)……といったことである。

 その他、逐一引用はしないが、中田の言動・立ち振る舞いの端々からコレを感じとることができる。

 外国人嫌悪ならともかく(よくないが)、自国(人)嫌悪とはいかにも不思議な感じがする。だが、少なくとも日本においては「自国(人)嫌悪」という気質は一定の存在意義がある。日本という国、日本人という人々は、欧米の主要国のそれに比べて何かとよろしくないという観念が強いからだ。

 なかんずく日本のスポーツ界はそうだとされている。

 だから「日本的な(スポーツの)在り方」をはみ出したり、批判的な言動・立ち振る舞いをしたりするアスリートが時々出てくる。野球の江川卓とか、ラグビーの平尾誠二とかがそんな感じだった。江川も、平尾も、その分、少し過剰評価されたような感がある。

 これを徹底的にこじらせると中田英寿というパーソナリティーが出来上がる。したがって中田は、さらに過剰な評価をされている。

 ずいぶんと〈ヒデ〉も「君が代」騒動で嫌な思いをしただろう。しかし、その厄介は一義的には中田自身が招き入れたものだ。

 つまり、中田英寿が「君が代を歌わなかった」という問題は、元ドイツ代表メスト・エジルや元フランス代表クリスティアン・カランブーのように、ナショナリズムへの複雑な心情や苦悩を内面に抱え、したがって自国の国歌を歌わなかった選手たちとは同列に論じる性格のものではない。

(了)



このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote

ベッケンバウアー発言の信憑性
 メスト・エジル選手のドイツ代表引退問題&トルコ系ドイツ人への差別問題が大変こじれている。不勉強なので私見は控えるが、ひとつ気になったのは、エジル選手が国際試合キックオフ前のセレモニーで演奏される「国歌」(ドイツ国歌)を歌わないからケシカラン云々という話だ。

 例えば、Wikipedia日本語版の「メスト・エジル」の項目(2018年8月4日閲覧)には、以下のようなエピソードが掲載されている。
メスト・エジル
イスラム教を信仰しており、代表戦の試合前にドイツ国歌ではなく「心の平穏が得られる」としてクルアーン〔コーラン〕を心の中で唱えたことが話題になった。これに関してフランツ・ベッケンバウアーが「私が現役時代の頃は、皆で国歌を歌って士気を高めたものだ」と批判したが、エジルは「特に必要と感じない」とコメントしている。また、サッカー選手として支障がない範囲でラマダーン〔ラマダン〕も行っている。

メスト・エジル(左)とフランツ・ベッケンバウアー
【エジル(左)とベッケンバウアー】
 ……と、ベッケンバウアーが言ったというのだが、この発言の根拠に関してWikipedia日本語版には出典が記されていない。Wikipediaの説明にあてにならないものがあるのは「玉木正之氏と沢村賞とサイ・ヤング賞」に関連する記載を読んでも分かる。くだんのベッケンバウアー発言は信憑性が薄い、ガセネタかもしれない。なぜなら……。

1974年西ドイツW杯決勝から
 ……なぜなら、ベッケンバウアーの現役時代、各国の代表選手たちは国際試合の前に演奏される国歌(ナショナルアンセム)を歌う習慣がなかったからだ。

 論より証拠。1974年W杯決勝「西ドイツvsオランダ」の試合前、主将ベッケンバウアーをはじめ、ゼップ・マイヤー、ゲルト・ミュラー、パウル・ブライトナー……といった西ドイツ代表の歴々は、ドイツ国歌を歌っていない。

【Anthems of the Netherlands and Germany - 1974 WC Final】

ベッケンバウアー1974W杯決勝
ゼップ・マイヤー1974W杯決勝
【ベッケンバウアー(上),マイヤー】

ゲルト・ミュラー1974W杯決勝
ブライトナー1974W杯決勝
【G・ミュラー(上),ブライトナー】

 オランダ代表の選手は、やや遠慮がちにオランダ国歌を歌っている選手とそうでない選手とがいる。主将のヨハン・クライフは、なぜか口をモゴモゴ動かしている(この人はよく分からない)。

 かつては「サッカーの国際試合前のセレモニーでは,選手(やスタッフ)は国歌を歌わなければならない」という縛りはなかった。

1986年メキシコW杯の写真集から
 これは決定的証拠になるかもしれないが、1986年のメキシコW杯の際に学研が出した『瞬間(とき)よ、止まれ!』という写真集(ムック)がある。
学研ムック「瞬間(とき)よ、止まれ!」表紙
【学研『瞬間(とき)よ、止まれ!』表紙】

 この中にディフェンディング・チャンピオン(1982年スペインW杯優勝)として出場したイタリア代表のリポートが掲載されている。クリックして誌面上の写真の部分を拡大し、そのキャプションをとくと読まれたい。そこにはこうある。「▲国歌を聴きながら手をつなぎ決意を表すイタリアチーム。」と。
学研ムック「瞬間(とき)よ、止まれ!」74頁
【学研『瞬間(とき)よ、止まれ!』74頁より】

 サッカーの国際試合前のセレモニー、両国国歌演奏は「歌う」ものではなかったのだ。

 例えば、フットボリスタ誌の木村浩嗣氏は「国歌を歌わない選手を許すべきか」といった内容のコラムを書いている……。
 ……しかし、もともと国歌を歌う習慣などなかったのだから、許すも許さないもヘッタクレもない。

国歌を歌わないイタリア代表の選手たち
 意外なことかもしれないが、イタリアはかなり最近まで「国歌を歌わない」派だった。1994年アメリカW杯での、ブラジル代表、ドイツ代表、そしてイタリア代表を動画で比べてみる(それにしてもアメリカの軍楽隊の生演奏は素晴らしい)。


【ブラジル代表と国歌】


【ドイツ代表と国歌】


【イタリア代表と国歌】

 遠慮がちに小さく口を動かしている選手は何人かいるが、基本的にイタリア代表のメンバーは国歌を歌っていない(深呼吸するフランコ・バレージがまた素晴らしい)。

 ドイツ代表(西ドイツ代表)は、遅くとも1990年イタリアW杯の頃には国歌を歌うことになっていたらしい。

【1990年イタリアW杯での西ドイツ代表】

 ベッケンバウアーが「ワシが若い頃は、(国際試合では)皆で国歌を歌って士気を高めたものだ」などと言ったというのは、実はこの時の事が誤って伝えられたからなのだろうか? いずれにせよ、現役時代の話ではない。

 一方、イタリア代表は1998年フランスW杯の頃までは国歌を歌う習慣がなかったようだ。

【1998年フランスW杯でのイタリア代表】

 ここでも、イタリア国歌を歌っていない選手の方が目立つ。

 選手たちは肩を組んで大声で国歌を歌うという習慣は伝統的ではない。創られた伝統ですらなく、つい最近定着した習慣である。

アッズーリは「反イタリア」だろうか?
 しつこく、昔のサッカーの国際試合のキックオフ前の両国国歌では、選手は国歌を歌うものではなかったと書いた。国歌は歌うべきものだ、歌わない選手はケシカランと固く信じている「右でも左でもない普通の日本人」が多いからである。

 ツイッターにも、ドイツ国歌を歌わないエジル選手を難じるつぶやきを見かける。
 しかし、イタリア国歌を歌わないイタリア代表、フランコ・バレージ、パオロ・マルディーニ、ロベルト・バッジョ、ルイジ・ディビアッジョ、アレッサンドロ・デルピエロ……といったアッズーリの歴々は「反イタリア」で「パヨク」の「売国奴」なのだろうか?

 おそらく違うだろう。少なくとも、彼らが込み入った政治思想の持ち主であるとは聞いたことがない。

 趣味の問題だろうが、昨今の、選手が肩を組み大声で国歌を歌う習慣はかえってハシタナク思える。ベッケンバウアーが現役時代ドイツ代表(西ドイツ代表)や、少し前までのイタリア代表選手の方が好ましく見える。

選手・スタッフは国歌を歌わないようにした方がいい
 国歌を歌う・歌わないは、「愛国心」や「ナショナルチームへの忠誠心」とは関係ないものだ。かつては国歌を歌う習慣がなかったので何のイザコザもなかった。しかし、国歌を歌う習慣が定着したために、歌わない選手のその態度が問題視されるようになった。

 基本的には、国歌を歌おうが歌うまいが(1968年メキシコ五輪の「ブラックパワーサリュート」のような示威行為ならまだしも)不問にするべきである。。
山本敦久@a2hisa
【ブラックパワーサリュート:山本敦久・成城大学准教授のツイッターから】

 今回のエジル選手の代表引退問題はが意外なのは、「個人」や「多様性」を尊重するはずのヨーロッパの、なかんずく「ドイツ」代表チームだからである。

 あれだけナチスで懲りてナショナリズムには慎重なドイツが(いかにサッカーやW杯は別とはいえ)、同調圧力で(むろん「同調圧力」なるものは,日本のみならず世界中あちこちに存在する)国歌を歌わない選手を精神的に追い詰めていたのだのは、何とも不思議である(エルドアン・トルコ大統領の件はエジル選手の方も軽挙だったかもしれないが)。

 今後は面倒なトラブルが起こらないよう、国際試合の前の両国国歌演奏のセレモニーでは、選手とスタッフは国歌を歌わせないよう、また選手は胸に手を当てたり、肩を組んだりしないようにFIFA(国際サッカー連盟)は指導したらどうか。




このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック Share on Tumblr Clip to Evernote

↑このページのトップヘ