つまり、サッカー界の腐敗は新しいものではない。ただ、近年、スポーツビジネスが膨張し、動く金が桁〔けた〕外れになっただけだ。

田崎健太『電通とFIFA』(光文社新書)



ハリルホジッチ監督解任と陰謀説
 ヴァイド・ハリルホジッチ(ハリル)が、突然、サッカー日本代表監督を解任された。まさに青天の霹靂(へきれき)である。

 これに関しては、次のような話がまことしやかに語られる……。
 ……ハリルホジッチは、単に日本代表の成績が振るわなかったから解任されたのではない。ハリルは、本田圭佑、香川真司、岡崎慎司といった、知名度が高く、多くのCMに出演している人気選手、中でも「日本代表の絶対的エース」である本田を代表に招集しなかった。

 しかし、日本代表の試合に出場する選手を決める権限は、実質的に監督(ハリル)にはない。権限は代表に広告を出すスポンサー企業とそれを取りまとめる大手広告代理店「電通」が握っている。日本代表では、こうしたスポンサーや電通にとって好ましい、本田や香川のような選手が選考・招集・起用され続ける。監督の一存で切ることはできない。

 ところが、ハリルはそうした不文律を拒否した。しかも、そこから日本代表が勝てなくなった。日本代表の国際試合のテレビ視聴率も下がっている。2018年ロシア・ワールドカップ(W杯)に向けての気勢が上がらない。

 本田や香川らを出場させなければ都合が悪いスポンサーと電通は、日本サッカー協会(JFA)に圧力をかけた。その意を体したJFAはハリルホジッチをW杯本大会2か月前という土壇場になって解任した。

 ハリルは、スポンサー企業とその背後にいる大手広告代理店=電通の闇の力によって日本代表監督を解任されたのだ……。
 ……いわゆる「陰謀論」である。

 その真偽は何とも言えない。しかし、特に本田圭佑が電通やスポンサー企業の圧力で日本代表に選考され、国際試合に出場できているとは、以前からよく聞く俗説ではあった。

 本田は、2010年南アフリカW杯で活躍するなど、日本サッカーの功労者である。しかし、最近は選手としての力量が著しく劣化しているだとか、以前からの自己中心的で傍若無人の振る舞いが過ぎてチームに悪い影響を与えるだとか……。サッカーファンの一部からは、もう日本代表から引退するべきだという意見も出てきていた。

本田圭佑を外すべき理由
【宮崎隆司「本田を代表から外すべき根拠」フットボール批評issue14より】

 ところが本田圭佑は、ロシアW杯に出る気満々である。選手として劣化すればするほど、彼は日本代表の座に固執する。しかも、本田は日本代表チームの中である種の「権力」を握っており、監督や日本サッカー協会も、彼をメンバーから外すことができないのだという「噂」がある。その権力の源泉は、日本代表のスポンサー企業、あるいは電通のような大手広告代理店のマネーパワーだと言われている。

 みんなビジネスが絡んでいる。

 素人が「内部」を取材して真相に迫ることはできないが、さりとて単なる陰謀論でもなく、「外部」から見える事柄を中心にこの件について「邪推」してみる。

セレソンは金で腐る
 英国のジャーナリスト、アンドリュー・ジェニングスの『FIFA 腐敗の全内幕』(文藝春秋)に、サッカーブラジル代表で試合に出場する選手は、スポンサーであるスポーツ用品メーカー「ナイキ」の指示で選ばれていたという凄い話が出てくる。

FIFA 腐敗の全内幕
アンドリュー ジェニングス
文藝春秋
2015-10-30


 1996年、ブラジルサッカー連盟の会長リカルド・テイシェイラはナイキにブラジルサッカーの支配権を引き渡した。ナイキは、テイシェイラに1億6000万ドルを支払う代わりに、ブラジル代表の選手を選ぶ権利と、誰がどこでいつプレーするかを指示する権利を買った。試合数は50回……。

 サッカー界に落ちる資金は潤沢になった。しかし、サッカーは歪んでしまった。

アマチュア全日本は金に困る
 清貧ならばいいのかというとそうでもない。岩波書店の総合月刊誌『世界』1973年3月号に掲載されたコラムで、岡野俊一郎氏(当時、日本蹴球協会理事)が、お金を出してくれた大企業(丸の内御三家?)の選手を日本代表に選ばないわけにはいかない……と書いている。

世界1973年3月号_1
【『世界』1973年3月号より】

 当時からサッカーファンの間では、なぜあの選手が日本代表に選ばれる、なぜこの選手が選ばれない、選手選考が不公平なのではないか……という批判や不満があった。対して岡野氏は『サッカーマガジン』のような専門誌では「そんなことはない。日本代表の選手は公平に選考している」と弁明してきた。

 サッカー専門誌ではない雑誌『世界』で、うっかり岡野氏は本当のことを書いてしまった。たまさかそのコラムを読んだサッカーファンは「やっぱりそうだったのか。噂は本当だったのだ」と嘆息したのである。

 ただし、この辺は岡野氏のコラム全体の文脈から考えた方がいいかもしれない。

 当時、日本蹴球協会に渡される政府からの補助金は年間わずか300万円(!)しかなかった。霞(かすみ)を食って生きることはできない。サッカーをするには金が要る。そのための収入源は、海外の名門クラブ(サントス、アーセナル、ベンフィカなど)を来日させ、日本代表と試合をし、興行収入を得ることであった。

 しかし、当時はアマチュアリズムの概念が生きていた時代だから、海外のプロのクラブとアマチュアの日本代表が試合をしていいのかと折にふれて質される(実際にラグビーの大西鐡之祐にイチャモンをつけられた)。また税務署からはこれは興行ではないのか、税金をかけるぞとまで脅される……。

 その逃げの方便として、入場料収入はファンからの「浄財」であるということ、強化のための「寄付金」をいただいた企業からは所属選手を日本代表に必ず選考するということ、だったのかもしれない。当時の日本サッカー界は低迷期にあり、とにかく金がなかった。

 日本代表を編成・強化するために純粋に技術的な立場から選手選考を行わなければならない。そのためには協会に財源が要る。金が要るから、お願いして金を出してもらった大企業所属の選手を日本代表に選ばないわけにはいかない。

 だが、それでは純粋に技術的な立場からの選手選考とはいえない。話が矛盾している。矛盾しているのだが、その矛盾からは、当時の難しい財政下にあっての岡野俊一郎氏の苦渋を感じて少しばかり同情してしまうのだが……。

「サムライブルー」も金で腐る?
 ……とにかく、日本とブラジル、両極端なサッカー界でかような「事実」があった。

 それにしても、サッカー日本代表の愛称「サムライブルー」って見事に定着していない。旧国鉄時代の「国電」を改称したJRの「E電」と同じである。

 話を戻して、金に困っていた日本サッカー界は、Jリーグ以後、劇的に変わった。日本サッカー協会は自社ビルを持つまでになり、サッカー日本代表は巨大なスポーツビジネスになった。では、そのビジネスの実態はどのようなものか。

 2016年、日本代表のW杯アジア最終予選、その試合のテレビ地上波中継(テレビ朝日系)のビデオを見直してみる。するとクラッシュ・ロワイヤルというビデオゲームが番組提供スポンサーになっている。番組の間に挟まれるCMには、イタリア・ACミラン(当時)所属の本田圭佑選手が出演している。

クラロワ新TVCM「本田圭佑 負け嫌い」篇(30秒)
【クラッシュ・ロワイヤル 本田圭佑テレビCM YouTubeより】

 クラッシュ・ロワイヤルの提供クレジットが映し出される時も、背景には本田選手のプレーの様子が映されている。こういうのも意識してやっているのだろう。

 サッカー日本代表(日本サッカー協会)の有力な収入源であるテレビの放映権料、例えばW杯アジア最終予選のそれはテレビ朝日から入ってくる。日本サッカー協会に放映権料を支払うテレビ朝日は、クラッシュ・ロワイヤルを含むスポンサー企業から広告料を得て収入としている……。

 ……さて、サッカー日本代表の選手選考は、純粋に技術的な立場から行われているのだろうか? 本当に公平性が担保されているのだろうか?

ハリルが本田を切れなかった理由?
 臼北信行(うすきた・のぶゆき)氏というスポーツライターが、2017年9月8日付けのネット記事でその辺の事情について書いている(「ハリル監督は『本田切り』を断行できるのか」)。

 同年8月31日のロシアW杯アジア最終予選対オーストラリア戦。ハリルホジッチ監督(当時)の、ある意味、意外ともいえる「本田外し」も功を奏して積年の怨敵サッカルーズ(日本と違って、こちらは世界的に認められたサッカー豪州代表の愛称)に快勝し、ロシアW杯本大会出場を決めた少し後に発表された記事である。
 〔本田圭佑は〕無残な低パフォーマンスに終始したのだから、もうハリルホジッチ監督は本田外しにちゅうちょすることもあるまい。ただ、それでも指揮官が決断に向け、二の足を踏みそうな気配が漂っていることは分かる。日本代表を統括する日本サッカー協会内にスポンサーの顔色をうかがう傾向があるからだ。

 何だかんだと言われながらも世間における本田のネームバリューは絶大。実を言えば、日本サッカー協会内部において「スポンサーが集まりやすく知名度の高い本田が代表入りしているか否かで、やはり大きな違いが生まれる」との見立てを口にする関係者は数多い。スポンサーは協会に対して、圧力ともとれる振る舞いをしているのだろうか。

 実際に取材を重ねていても日本代表のオフィシャルスポンサーの中で「本田が代表入りしなければウチは降りる」などとエクスキューズを付けている企業の話は聞いたことがないし、たとえ本田抜きでも今やブランド化しているサッカー日本代表に対して新たにスポンサーとして名乗りを上げたい大手クライアントは後を絶たないとも耳にする。

 日本サッカー協会関係者が次のように内情を打ち明ける。

 「要は日本代表の編成や統括に影響力のある(日本)サッカー協会の一部幹部〔誰だろう?〕が『スポンサーからの印象を良くしたい』、あるいは『もっと条件のいいクライアントと手を組みたい』などとベクトルを違ったところに向けている。そういう風潮があるから、どうしても注目度が高くてスポンサーからのウケも計算できる本田の招集へとつながっていきやすくなるのだ。協会のなかにこのような風潮があれば、ハリル(ホジッチ監督)はスポンサーをヘンに意識して、メンバー招集の時にいろいろ迷ってしまう。日本の文化に馴染もうとしている彼は、そんな周囲の悪影響を受けて『これが日本のスタンダードなのか』と誤解し、胸の内に『忖度(そんたく)』の考えが芽生えているのではないか」

 これを読む限り、「圧力」をかけているのは、スポンサー企業ではなく、また大手広告代理店の電通でもなく、ほかならぬ公益財団法人日本サッカー協会の幹部〔誰だろう?〕ということになる。

 事の真偽はわからない。もっとも、なんとなく思い当たる節はあったりする。

ビジュアルは妄想を呼ぶ
 四つに組んだ力士2人の首から下だけ、清めの塩をまく力士の腕だけ、横綱土俵入りの後ろ姿……。大相撲本場所のポスターは力士の顔がはっきり写っていないものが多い。ポスターに顔が写った力士が休場したりすると、都合が悪くなるからだという説がある。

平成24年(2012)9月場所

平成25年(2013)1月場所

平成25年(2013)5月場所
【大相撲本場所のポスターより】

 プロ野球各球団の公式カレンダーでは、1~3月に登場する選手はトレード要因であるとの風説があった。プロ野球ペナントレースの試合は4月に始まっていたからである。

 芸能界でも、例えば東宝所属女優のカレンダーの表紙が沢口靖子から長澤まさみに変わったときは、いろいろ話題になった(どちらもサッカーに縁のある人だが)。

東宝カレンダー2018(表紙:長澤まさみ)
【東宝カレンダー2018より(表紙:長澤まさみ)】

 ……と、事ほど左様にプロスポーツ選手や芸能人にまつわる広告や本・雑誌などのビジュアルは、微妙で難しく、想像あるいは妄想をかきたてるのである。

 実際のところ、日本サッカー協会なり、スポンサー企業なりの広告ビジュアル(WEBサイト)では、サッカー日本代表の面々はどのように扱われているのか。大雑把に観察してみた(ちなみに「アディダスジャパン」については最初から調べなかった。これは圧力でも陰謀でも何でもありません)。

ファミリーマートとみずほ銀行
 コンビニエンスストア「ファミリーマート」のサッカー日本代表応援サイトの広告ビジュアル(2017年9月ごろのもの)には、日本代表選手12人(11人ではなく)の中心に金髪の本田圭佑がいる。

ファミリーマート_サッカー日本代表
【ファミリーマートの広告(2017年9月ごろ)】

 ちなみに前列の中心は、左から香川真司、本田圭佑、長友佑都という一般にも知名度の高い3選手である。劇映画やテレビドラマのスタッフロールで言えば、左から2番手、1番手、3番手の順か。この辺はいかにもスターシステムで、この3人が日本代表として出場してくれないとスポンサー側としては困るという潜在意識も感じないわけではない。

 一方で、「みずほ銀行」のCMから本田圭佑が消えている! つい本田もスポンサーに見限られたか!? こんな噂を聞いたので、大手都市銀行・みずほ銀行のサッカー日本代表サイトをのぞいてみた(2018年4月現在)。

みずほ銀行_サッカー日本代表
【みずほ銀行の広告】

 確かに本田圭佑の姿はいない。香川真司の姿もない。本田の金髪姿がないとかえって印象的だ。……しかし、右下に「(C)JFA/キリンカップサッカー2016 対ボスニアヘルツェゴビナ代表戦出場時間上位11名(2016・6・3)」とクレジットがついている(ただし、日付が「6・3」になっているのは間違いで、ユーチューブで公開された公式動画では「6・7」に修正されている)。

 この試合、本田圭佑はケガで欠場していた。みずほ銀行は、この試合でCMを制作することにしたわけだから、当然、広告ビジュアルには本田はいない。

 どの試合の、どんな選手が広告に登場したのか……という注釈(例えば、出場時間上位11名だとか、先発メンバーだとか)を入れたみずほ銀行の姿勢は、考えさせられる。勝手な想像だが、スポンサー企業が特定の選手の国際試合出場をゴリ押ししているという噂が立てれれるのは、その企業にとってもあまりいい気がしないのではないか。

キリン、再びファミリーマート
 同じことは、「キリン」にも言える。「KIRINサッカー応援の歴史」というウェブサイトは、円陣を組む日本代表選手の写真のクレジットとして「2015年11月17日…対カンボジア戦 出場メンバー(C)JFA」というクレジットがついている(2018年4月現在)。円陣を組んでいるわけだからどの選手の顔も見えない。

KIRINサッカー応援の歴史
【「KIRINサッカー応援の歴史」より】

 さらに、再度ファミリーマートのサッカー日本代表応援サイトを見ると(2018年4月現在)、ここにも本田圭佑はいない。選手の数も12人から11人に減っている。字が小さくて読み取れないが、とある日本代表の国際試合に出場した選手が写っていると注釈してある。ファミマの広告はスターシステムを改めたかのように見える。

ファミリーマート_サッカー日本代表応援サイト(2018年4月現在)
【ファミリーマートの広告(2018年4月現在)】

 いろいろ見てみると、これらサッカー日本代表の公式スポンサー企業が本田圭佑の日本代表の選出と試合出場を強要している……というメッセージは、読み取りにくい。

日本サッカー協会とキリンチャレンジカップ
 そこで日本サッカー協会である。

 サッカー日本代表(日本サッカー協会)とキリンの付き合いは長い。だから、キリンは他の公式スポンサーとは違って、最上位の「オフィシャルパートナー」という位置づけである。日本代表がホームで行う国際親善試合のことを、キリンの冠イベントとして「キリンチャレンジカップ」と呼ぶ。

 検証するのは日本サッカー協会公式サイトのキリンチャレンジカップ、2017年9月のチケット先行販売告知の広告ビジュアルである。

JFA公式キリン杯広告
【JFA公式キリン杯広告】

 画像右上、日本代表選手11人の誰よりも大きく金髪の本田圭佑が、左手を前に伸ばした本田の下に他の10人の選手が配置されている。まるで日本代表が「絶対的エース」である本田の指揮の下で動いているようだ(ヨハン・クライフじゃあるまいし)。

 いったいこの広告ビジュアルのデザイナーは誰なのだろう? そして、日本サッカー協会の誰がOKを出したのだろう? ……というか、よくこんなデザインが公になったものである(このビジュアルにキリンがどの程度かかわり、どう思っているのかは外からは分からないが)。

 この画像はきわめて示唆的だ。何より日本サッカー協会の公式サイトである。これじゃ、よほどの怪我でもしない限り本田圭佑は日本代表に選考されるだろう……という冷笑的な声も聞こえてくる。

 これまで見てきた、ファミリーマート、みずほ銀行、キリン他のスポンサー企業の広告は、ビジュアル上の日本代表の選手の大きさなどをできるだけそろえるなどして、特定の選手をゴリ押ししているという印象を与えないようにしていた。おそらく、企業の広告ビジュアルはこのくらいの配慮をするのが当然なのだろう。

 ところが、日本サッカー協会の広告ビジュアルの方は本田圭佑を優遇している……かのように見える。本人のパフォーマンスが悪かろうと何だろうと、普段はサッカーなど見ない層へアピールしやすく(?)するため、新規スポンサーを集めやすく(?)するために本田圭佑を前面に押し出している……かのように見える。

 このことは先に引用した臼北信行氏のコラムに書かれてあったことと符合する。本田圭佑を使えとハリルホジッチ監督に「圧力」をかけている……と疑われてもしかたないのは、スポンサー企業ではなく、日本サッカー協会の方なのである。

 巷間、よく噂される電通陰謀論の類にしても、電通は主体ではなく、もともと広告代理店なのでクライアント(顧客、依頼主)の意向に従って動いているだけなのではないかという指摘もある。この場合のクライアントとは、日本サッカー協会である。

日本型「スターシステム」の特異性
 仮にそうだとして、「公益」財団法人であるはずの日本サッカー協会が、なぜ本田圭佑ゴリ押しという「私益」に傾倒してしまうのか。背景には、日本サッカー界に特異な「スターシステム」がある。

 本田圭佑を日本代表で優先的に選出・起用せよという、電通による陰謀やスポンサー企業による圧力が存在するのかどうかは本当のところ分からない。しかし、日本サッカーにまつわる「スターシステム」とその悪弊は多分に(?)存在する。

 ひとりのサッカー選手が、『あるきっかけと理由』からマスコミを巻き込んだ「スターシステム」に祭り上げられる。中田英寿であり、それを下劣に継承した本田圭佑である。

 すると、ひたすらその選手への称揚が止まらなくなる。マスコミの「批評」「批判」がまったく機能しなくなる。

 本田や中田はサッカー選手として全知全能であり、他の日本人選手とは隔絶した優れた能力があるかのように……。サッカー日本代表が勝てるのも、これすべて本田や中田のおかげであるかのように……。しかも、本田や中田はメッシやネイマール、クリスティアーノ・ロナウドらに準じるワールドクラスの選手であるかのように……。マスコミは賛美してくれる。

 もっとも、さすがに最後の部分は実態に見合わない。だから、日本のマスコミは欧州での彼らのパフォーマンスを針小棒大に日本に伝えてくれる。時の日本代表監督フィリップ・トルシエは、イタリアのクラブで控えに甘んじるなどスランプ状態にありながら、中田英寿をスーパースター扱いする日本のマスコミを不思議がっていた。

 一方、欧州サッカーでは傍流を歩んできたにすぎない本田圭佑が、日本のスポンサーマネーを引き連れてイタリアの名門クラブ=ACミランの移籍できたことは、F1ドライバーで言う「ペイドライバー」とまったく同じやり口である。日本代表に関するゴリ押し疑惑と違って、こちらは状況的に真っ黒クロスケである。

本田圭佑_東洋タイヤCM
【ACミラン 本田圭佑 東洋タイヤCM】

 低迷中とはいえ、ミランはとても本田の身の丈にあったクラブではない。事実、地元イタリアでは酷評された。しかし、マスコミは彼の「活躍」を誇張して日本に伝えてくれた。

 こうした現象は、世界サッカーの標準とは全く違う次元で動いている。

 マスコミが賛美し、メディア上の露出(CM出演など)が増えれば、その選手には自ずと「権力」が生まれる。例えばその選手は増長し、日本代表では我が物顔に振る舞う。2014年ブラジルW杯ザッケローニ・ジャパンの本田圭佑、2006年ドイツW杯ジーコ・ジャパンの中田英寿がそうである。

 どちらもW杯で日本代表が惨敗しても、本田や中田だけは孤軍奮闘し、活躍していたかのようにマスコミは報じてくれる。本田も中田もむしろ「日本」と差別化されることで、日本惨敗にかかわらず大儲けすることができた。きわめて日本的で特異な現象である(2018年ロシアW杯もそうなってしまいそうで、実に不愉快である)。

 日本サッカー協会(JFA)ですら「スターシステム」に乗せられた選手をコントロールできなくなる。それどころか、先に例として掲げた、本田圭佑のクラッシュ・ロワイヤルのテレビCMのように、本田圭佑が日本代表を仕切っているかのようにも見えるキリンチャレンジカップの広告ビジュアルにように、JFA(の中の欲の皮が突っ張った幹部?)はそうした選手に阿(おもね)るかのような行動をとる。

 本田圭佑や中田英寿がまとったこの「権力」こそ、一部のサッカーファンに電通の陰謀論やスポンサー企業の圧力論と邪推されるものの正体である。

「スターシステム」の探求と批判をこそ…
 ユダヤやフリーメーソンが世界を裏から牛耳っているという「噂」や「陰謀論」は、荒唐無稽にすぎて一笑に付すべきものである。しかし、広告代理店やスポンサー企業が日本サッカー協会やサッカー日本代表の選手選考や起用に介入しているという「噂」や「陰謀論」は単純に否定しきれない蓋然性がある。

 たしかに「陰謀論」などという、いかがわしい代物を採り上げるのはジャーナリストや(や研究者)としての自尊心を損ねるであろう。例えば、サッカージャーナリストの小澤一郎氏のツイートのように……。


 ……しかし、十分な根拠や説明も示さずに、ハリルホジッチ解任に関する「陰謀論、スポンサーの圧力はありえません」などと書いても、小澤氏には何の説得力もない。かえってサッカーファンは「やっぱり裏では電通やスポンサーの圧力や陰謀があったのではないか?」と、まずます疑心暗鬼になっていくのである。

 ちなみに先に引用した臼北信行氏はサッカー専門のスポーツライターではない。だから、それなりに踏み込んで書けたのかもしれない。

 ここは「陰謀論」ではなく「スターシステム」の問題として事をとらえ直すべきである。日本サッカーにおける「スターシステム」の探求と批判という観点ならば、堂々とジャーナリズムやアカデミズムの題材になりうる。

 『電通とFIFA』という本があったのだから、『電通とJFA』や『電通と日本サッカー』という著作で「スターシステム」に言及しても面白いだろう。電通だって、不人気の日本サッカーを何とかしようとサッカー会場でチアホーンや日章旗を配るなど、昔は地道な努力をしていたのだ。それが30~40年の間にどう変容したのか?

 ただし、『電通とFIFA』の著者・田崎健太氏は、2002~06年は日本代表に関してゴリゴリのジーコ支持派・擁護派だった。だから、田崎氏ではこういう仕事は難しいかもしれない。日本にアンドリュー・ジェニングスみたいな人は現れないものだろうか。

 ジャーナリズムだけでなく、アカデミズムからもこの現象にメスを入れてほしい。本田圭佑や中田英寿にまつわる「スターシステム」を、スポーツ社会学とかカルチュラルスタディーズ(カルスタ)とか名乗っている学問分野から斬り込んでも面白いだろう。

 しかし、管見と偏見の限りでは、この辺の人たちは陳腐で凡庸なナショナリズム批判とジェンダー論ばかりやっている印象がある。ヨコのものをタテに直しただけではない、日本には日本独自の問題があるのだ(みんな阿岐賣久良なのだろうか)。




 わざと名前を出すと、成城大学の山本敦久の文章とか読んでいると凄くイライラする。

 「スターシステム」は、日本のサッカー界・スポーツ界やマスコミに現前と存在する現象である。この強大な敵に噛み付いた意欲的な仕事の登場を期待している。

(了)


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