スポーツライター玉木正之氏の知的誠実さを問う

大化の改新と蹴鞠(けまり)問題など、日本のサッカーカルチャーについてさまざま論じていきたいと思っています。

2018年01月

 どうやら、高岡英夫氏と、日本人は猫背だから身体能力が低い(だから日本はW杯で勝てない?)とツイートして大騒ぎになったサッカー日本代表・長友佑都選手とは、なるほど「接点」があったようだ。

浮世絵から日本人の筋肉の動きを読む(!?)高岡英夫
 「日本人は(欧米人やアフリカ系黒人よりも)身体能力が劣っている」⇒「だからサッカーW杯で日本代表は勝てない」⇒「でも大丈夫」⇒「私の理論をあらわした本やDVD、トレーニング器具など(の商品)を購入、実践してください」⇒「そうすれば日本人の身体能力は世界レベルに向上します」……という自称「運動科学者」が、高岡英夫氏である。

 その高岡氏とフリーライター松井浩氏による共著『サッカー日本代表が世界を制する日~ワールドクラスへのフィジカル4条件』(翌年に日韓ワールドカップをひかえた2001年刊)は、そうした高岡氏のまさに「商品」のひとつである。

 この本に目を通すと、いろいろビックリするようなことが書いてある。例えば、江戸時代の浮世絵(錦絵)を見ながら、当時の人々の身体・筋肉の動きを高岡・松井両氏が分析する〔!〕くだりである。
世界に誇れる『見返り美人図』
 ……体の使い方の観点から、歴史にも視野を広げてほしい。特に江戸時代の町人文化に。たとえば、日本が世界に誇る文化遺産に「浮世絵」がある。その浮世絵の傑作に『見返り美人図』があるよね。

 天才浮世絵師と言われる菱川師宣〔ひしかわもろもぶ〕が、江戸時代初期に描いた傑作だよね。記念切手にもなっているから、知っている人も多いと思うんだけど、この見返り美人の素晴らしさは、どこのあるかわかるだろうか。
菱川師宣「見返り美人図」
【見返り美人図】

 もちろん、これだけの傑作だから、いろんな見方ができるよね。その中でも、体の使い方という観点でいえば、どうだろうか。じっくり見てほしい。

 なんと言っても、もも裏のハムストリングスだよね〔!〕。おしりから太ももの後ろ側がしっかり使えている。振り返っているから、膝が深く曲がって前に出ているけれど、上体が後ろに残ったりしていないよね。足首の上にお尻が乗っていて、上半身がスーッと天に向かって伸びている。それに、背中からお尻にかけてとても柔らかい感じがするでしょ〔!〕。まろやかで、触るとふかふかと柔らかくて、気持ち良さそうな感じがする〔!〕。それなのに、腰がギュッと締まっている。

高岡英夫+松井浩『サッカー日本代表が世界を制する日』144-145頁
北斎の浮世絵の人物も達人クラス
 ……江戸時代の男性だって、すごかった。

 たとえば、葛飾北斎の『富嶽百景』に登場する飛脚はね。この絵を見ると、ホントに驚くことばかりだよ。
富嶽百景「暁の不二」
【富嶽百景「暁の不二」】

 「飛脚」というぐらいだから、脚を見ると、おヘソのあたりから動いているようじゃない?〔!〕 のびのびとしていて、足首もめちゃくちゃ細い。当然ながら、アクセル筋であるハムストリングスを使った走りが描かれているよね〔!〕。そして何より、全身の筋肉がトロトロに柔らかそうでしょ〔!〕。例えば、手前の男性は背中から腕にかけて、くにゃくにゃ、トロトロに柔らかそうだし、向こう側の男性も腕がグニョグニョと柔らかそうだよね〔!〕。

 飛脚って、そんなにすごい体の使い方をしていたんだね。さらにひとつひとつ挙げていけば、ほんとにキリがないくらい浮世絵の登場人物は、江戸の職人をはじめとした男性たちも、すごい体の使い方をしているのね。

高岡英夫+松井浩『サッカー日本代表が世界を制する日』148-149頁

高岡英夫説への素朴な疑問とツッコミ
 引用文中の「…だよね」だの「…でしょ」だのといった少々気持ち悪い口語体、また「トロトロ」だのといったオノマトペの多用は、この本が小学生に語り掛けるような文体を採っているからいるからである。それだけに高岡氏らが読者を誘導しているように読めてしまって余計に始末が悪いとも言えるが……。
  1. 江戸時代までの日本人には、高度で優れた身体の動き=身体文化が存在した。
  2. しかし、明治時代以降の近代化・西洋化のために、西洋式の身体文化に強制的に置き換えられ、日本人本来の優れた身体文化は衰退し、失われた。
  3. 現代の日本人は、西洋式の身体の使い方をしている限り、スポーツの世界で欧米人やアフリカ系黒人に勝つことはできない。
  4. だから日本人は、スポーツで「世界に勝つ」ために江戸時代以前の日本人の身体文化を取り戻す必要がある。
  5. そのためのさまざまな「修行」と「研究」を積んできた私=高岡英夫のメソッドやコンテンツ(本やDVD、トレーニング器具、セミナーなど)を購入してください。
 ……高岡英夫氏と松井浩氏は『サッカー日本代表が世界を制する日』の中で、とにかくこういうことを言いたいのである(そうした視点がどこまで妥当なのかは何とも言えない)。もっとも、なにぶん資料に乏しい江戸時代のことだから、高岡・松井両氏は仕方なく浮世絵をタネに話をするしかない。

 しかし、両氏の言及にはいろいろとツッコミどころが多い。

 そもそも、実物に触れたわけでも、写真や動画ですら見たわけでもないのに、浮世絵に描かれている、しかも着物を着ている人物(見返り美人,ちなみにこの絵に特定のモデルはいないという説がある)を見ただけで、筋肉の使い方なんか本当に分かるのだろうか。

 日本が世界に誇るポップカルチャーに「マンガ」がある。だからと言って、マンガの絵を見て、その登場人物の筋肉の使い方を分析するのは間違っている。マンガの絵は一定のデフォルメがされており、解剖学的なリアリティがないからだ。

 日本のマンガの前史とも言える浮世絵も同じく同様、デフォルメがなされている。

 例えば、実際の富士山の頂角は鈍角なのに、浮世絵の富士山はどれも鋭角化の誇張(デフォルメ)がはなはだしい。高岡・松井両氏が紹介した『富嶽百景〈暁の不二〉』の背景の富士山もまたしかり。こうした傾向は、太宰治が短編小説『富嶽百景』でも指摘しているところである。

 江戸時代の浮世絵を見て当時の日本人の身体や筋肉の働きを推測することは、現代のマンガの絵を見て今の日本人の身体や筋肉の働きを読み解くことと同じだ。その方法は妥当性を欠く。それともは高岡英夫氏の特殊な能力で分析しているのか。高岡氏が「透視」する以外に他の科学者には検証できないのだとしたら、高岡氏がやっていることは、やはり、疑似科学なのではないか。

『見返り美人図』の不自然な姿勢には無頓着な高岡英夫
 もっと重要なのは浮世絵の『見返り美人図』は、二次元の世界から立体化されていることなんだ。作者・菱川師宣の出身地、現在の千葉県鋸南町(きょなんまち)には菱川師宣記念館があって、その前には、女優・真野響子さんがモデルになって、彫刻家・長谷川昂さんが制作した『見返り美人図』のブロンズ像(銅像)があるんだよね。


菱川師宣記念館 (トリップアドバイザー提供)
菱川師宣記念館 (トリップアドバイザー提供)
菱川師宣記念館 (トリップアドバイザー提供)

 このブロンズ像から、いろんな見方ができるだろう。その中でも、身体の使い方という観点でいえば、どうかな。じっくり見てほしいんだ。

 なんと言ってもポーズ(姿勢)の不自然さだよね。実際に『見返り美人図』のポーズを真似してみてほしい。首をブロンズ像のような位置に持っていくのは、生身の人間には不可能でしょ。

 作者の菱川師宣は、実際にはこのポーズに無理があるのを知ってて描いているんだ。そうすることで、むしろその絵は素晴らしい芸術作品になる。すぐれた芸術にするためにに、あえて不自然でありえない姿勢やポーズをとらせることは、ドミニク・アングルの『グランド・オダリスク』ほか、古今東西の名画にも見られることなんだよ。

 でも、そうだとすると、「運動科学者」であるはずの高岡英夫さんはどうして『見返り美人図』の不自然なポーズに気が付かなかったんだろうね。あるいは不自然な、ありえない姿勢をしている『見返り美人図』から高岡さんが読み解いた「筋肉の使い方」は正しい指摘なんだろうか。

 とっても不思議だよね。

同じ力士の肉体を浮世絵と写真で比べると…
 実在の人物の身体(肉体)を浮世絵(錦絵)がどのように描いているかを考える題材として、その一分野である「相撲絵」がある。幕末の大相撲力士には、浮世絵に描かれ、かつ写真に撮られた人物がいるのだ。

 幕末、文久3年(1863)に横綱免許を受けた「第11代横綱 不知火光右衛門(しらぬい・こうえもん)」である。横綱土俵入りの「不知火型」に名を残す人であるが、この横綱の浮世絵と写真が残っている。
不知火光右衛門(錦絵)
【不知火光右衛門(錦絵)】

不知火光右衛門(写真中央)
【不知火光右衛門(写真中央)】

 一目で分かる通り、同一人物でも錦絵と写真では力士としての体つきがまるで違う(写真中央の横綱不知火の土俵入りが「不知火型」ではなく「雲龍型」であることは,今回はあまり関係ない)。

 むろん、写真の身体が貧弱なのではない。当時の横綱だから不知火の身体は鍛え上げられた肉体である。力士にボディビルのような見せる筋肉は不要。一方、錦絵の不知火の体つきは誇張(デフォルメ)が激しい。

 江戸時代の浮世絵(錦絵)の持ち味は写実ではなく、デフォルメである。ダメ押しになるが、そこから当時の日本人の身体の動きや使い方を推測する方法は非科学的である。

 やっぱり、高岡英夫はいかがわしいのである。

(了)


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長友佑都 日本に帰国し欧州人との「姿勢」の違いに驚き
  • 日本に帰国した長友佑都が日本人の姿勢についてツイートした
  • 猫背で、表情暗い人かなり多いなぁ。みんな疲れてるんかな」と投稿
  • 「これでは身体能力高い人なかなか出てこないな」と指摘した

長友選手のツイッターは「炎上」か「ステマ」か
 新年早々、サッカー日本代表・長友佑都選手が以下のツイッター2本で「炎上」、ネットでは賛否両論の反応が飛び交った。

 日本人はみんな猫背で姿勢が悪い⇒これでは日本人から身体能力の高い人が出てこない。……と、長友選手は言う。このツイートには「猫背の日本人は、背筋が伸びた欧米人やアフリカ系黒人よりも身体能力が劣っている⇒だから日本人のアスリートはオリンピックやワールドカップで勝つことができない」という含みがある。

 こうした「劣等なる日本人の身体能力は、日本人の(歴史的・伝統的な)生活様式に由来する」という考え方の系譜に連なるものとして、当ブログは、武智鉄二(たけち・てつじ)に始まり、サッカーでは近江達(おうみ・すすむ)、細川周平、佐山一郎らが展開した「日本人すり足民族論」を紹介した(下記のリンク先参照)。
 長友選手の無邪気(?)なツイートが「炎上」してしまったのは、日本サッカー界・サッカーファンの間に沈殿する、こんな「思想」を刺激したからではないか……というのが、当ブログの見立てであった。
 ところが、これは長友選手が関連する姿勢矯正器具商品のステマ(ステルスマーケティング)、要するに広告・宣伝、あるいは「炎上商法」なのだという話が出てきた。

 そうなると、今回の事件はまた違った形で見えてくる。長友選手のツイート炎上⇒ステマ疑惑で思い出したのは、あの高岡英夫氏のことだった。

高岡英夫とは「誰」か?
 そもそも高岡英夫氏とは何者なのか? 簡単に言うと「スポーツやアスリート・武道家、身体、トレーニング等に関する〈科学〉の在野の〈研究者〉であり、その〈成果〉を〈ビジネス〉として提供している人」である。
高岡英夫(プロフィール)
 サッカー選手の身体作りやトレーニングに関する著作も出している。その効能書きの最たるものは、人気サッカー漫画『フットボールネーション』(大武ユキ作)の監修者ということだろう。


 日本人は(欧米人やアフリカ系黒人よりも)身体能力が劣っている⇒だからサッカーW杯で日本代表は勝てない⇒でも大丈夫⇒私(高岡英夫)の理論をあらわした本やDVD、トレーニング器具などを購入してください⇒そうすれば日本人の身体能力は世界レベルに向上します……という、高岡英夫氏。

 日本人は(みんな猫背で)身体能力が(欧米人やアフリカ系黒人よりも)向上しない⇒(これではサッカーW杯で日本代表は勝てない⇒)でも大丈夫⇒私(長友佑都)が推奨する姿勢矯正器具を購入してください⇒そうすれば日本人の(猫背も治って)身体能力は(世界レベルに)向上します……という、長友佑都選手。

 この2人の文脈は、世界レベルに比して「劣等なる日本人の身体能力」という人々のコンプレックスを付け目にしているという点で、よく似ているのである。

トンデモ高岡英夫の世界
 ところが、高岡英夫は毀誉褒貶の激しい、ありていに言えばトンデモ・オカルト・疑似科学の世界の人なのである。ネット上では、例えば、高岡氏がウェイトトレーニングを一概に否定していることが批判の対象になっている。

 そして、こんな指摘がある。
ニセ科学批判の好きな人が多い一方で、高岡英夫(や、似たようなオッサンたち、さらに言えばスピリチュアルくさいライフハックやら)が割とすんなり受け入れられてしまうのがちょっと不気味なのだ。

武道・格闘技にやる側として関わっていた人なら、高岡英夫の名は小耳に挟んだことのある人は少なくないと思う。一時福昌堂系の格闘技雑誌などによく登場し、ディレクトシステム〔DS〕なる理論だか図面で、色々な達人の動きを分析してみせていた人だ。ヒクソンのDSとかいうのもあった。人体に色んな線を入れた図面なのだが、こうした図は高岡の特殊能力(?)で読み取られるものらしい。さらに、宮本武蔵のDSと称するものを一億だか一千万だか、ものすごい値段で売っていた記憶もある(値段はよく覚えていないが、とにかく破格だった)。

高岡英夫の話は、一見もっともらしい。〔以下略〕

ブログ「高岡英夫が流行っているが」2011-09-21
 引用文中に「宮本武蔵のDS〔ディレクトシステム〕」とあったが、あくまで「絵画」であり「美術」である(解剖学の教材などではない)宮本武蔵の自画像をもとに、あるいはあくまでテクストである宮本武蔵の著作『五輪書』をもとに、武蔵の身体の作りや動きなどを「透視」し、分析する。さらにその「成果」をアスリートや武道家に助言する……。
宮本武蔵「自画像」
【宮本武蔵(自画像)】

 ……などということは、怪しさ・いかがわしさに満ちている。

 なおかつ、それは「高岡の特殊能力」によってのみ解読でき、他の科学者が「追試」できる類のものではないこと。以上、まったく科学的ではない。

 高岡氏の理論や実践を参考にすることは、重々に注意した方がいいと思う。

長友佑都選手を憂える
 もともと長友選手は身体作りやトレーニング、食や健康法には大変熱心な人であった。

 しかし、熱心なあまり、長友選手はトンデモ・疑似科学に足を踏み入れているのではないか。オカルト癖にハマったのではないか。そして、日本サッカーや日本スポーツ界その他に好ましからざる影響を及ぼしてしまうのかと危惧する声もある。
長友佑都の食事革命
長友佑都
マガジンハウス
2017-09-28



 疑似科学との風評の立つ人が、スポーツにおける「劣等なる日本人の身体能力」論を煽る。そのことで自身のビジネスへの誘導を図る……長友佑都選手と高岡英夫氏の2人が似通ってくるのは偶然ではないと思う。

 しかし、実際のところ、長友選手はイタリアの名門インテルミラノで長年プレーするなど、サッカー界における「日本人の限界」をかなり打破した人である。その当人が身体能力における「日本人の限界」を唱えてしまうのは、とても悲しいことである。

(了)


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長友佑都 日本に帰国し欧州人との「姿勢」の違いに驚き
  • 日本に帰国した長友佑都が日本人の姿勢についてツイートした
  • 猫背で、表情暗い人かなり多いなぁ。みんな疲れてるんかな」と投稿
  • 「これでは身体能力高い人なかなか出てこないな」と指摘した
長友選手ツイッターで「炎上」
 新年早々、サッカー日本代表・長友佑都選手がツイッターで「炎上」してしまった。
 ……と、これだけだと、何の問題もなかったと思うのだが、続けての……。
 ……このツイートで「炎上」してしまったのである。

 単純化すると、日本人はみんな猫背で姿勢が悪い⇒日本人から身体能力の高い人(アスリート)が出てこない(つまり,欧米人やアフリカ系黒人よりも身体能力が劣っている⇒要するに日本のサッカーは強くなれない?)というのである。

 ネット界隈では、長友発言に関してツイッターなどで賛否両論が飛び交った。
 ……といった否定・反感のツイート。一方、肯定・共感のツイート……
 長友発言は……もっともらしく聞こえる。だから、共感する人がいる。一方で反感する人がいる。しかし、反感する人はその感情をうまく表現できていない気がする。

 長友選手の指摘は「図星」で「ほんとのこと」なのか? 彼のような発言を批判するのは日本人の「だめなところ」なのか? それとも、発言のどこかがおかしいだとしたら、それはいったい何なのか?

「猫背」と「すり足」
 日本のサッカーが弱いのは、日本人の身体能力が(欧米人やアフリカ系黒人よりも)大きく劣っているからである。日本人の身体能力の劣等性は、日本人固有の生活様式に由来している。つまり、それは宿命的なものであり、日本のサッカーは今後とも強くなれることはない……。

 ……という言説は、長友「猫背」ツイート以前から存在した。いわば日本のサッカー論壇の「伝統芸」である。

 よく見られるものに「日本人すり足民族論」とでも呼ぶべきものがある。これはいろんな人(故近江達=おうみ・すすむ=佐山一郎ほか)が論じているが、代表的なものとして細川周平(現代思想系?の音楽学者)の著作『サッカー狂い』から紹介する。

 どうも、この本は一部で「カリスマ・サッカー本」扱いされているらしいのだが(当ブログは特別そうとは思わない)、だからこそ「日本人すり足民族論」みたいな(与太)話を展開されるのは始末に負えない。とにかく、それは以下のようなメタファーで語られる。
  1. 狩人〔狩猟民族=欧米人やアフリカ系黒人〕にとって、足はふんばるためにあるのではなく、獲物〔ゴール〕を求め、森の茂み〔ピッチ〕をかき分けて進むための移動の装置であった。
  2. 田の中を重心を落として、一歩一歩ずぶりずぶり進んでいく作業を特徴とする農耕民族〔日本人〕に特有のすり足、ふんばり、しゃがみこみは飢えた狩人〔サッカー選手〕にとって致命的だ。それは狩猟〔ゴールを奪うこと=サッカー〕を中止したか、獲物を見失った時〔シュートに失敗した時〕の敗北の動作であるからだ。
  3. 例えば日本〔農耕民族〕の芸能〔能楽や歌舞伎など〕や伝統的なスポーツ〔相撲や柔道,剣道など〕に見られる足技=フットワーク=(見得,四肢の類)が、民俗学者〔誰?〕が説くように、母なる大地との交接……に関わっているならば、狩人〔狩猟民族=欧米人やアフリカ系黒人=サッカー選手〕の足は、逆に自らを消し、獲物〔ゴール〕のリズムを察知し〔「ゴールの匂い」という暗喩がある〕、たえず場から場へと移動する。
  4. 狩人〔サッカー選手〕はかかとを地面につけてのんびりと歩いていていいのだろうか。いうまでもなく彼〔狩人=サッカー選手〕はかかとを常に緊張させているのだ。
  5. つまりいつでも、とっさに横切る獲物、獣〔ゴール〕に備えて地を蹴る姿勢を〔狩人=サッカー選手=欧米人やアフリカ系黒人〕は忘れたことがない。
細川周平『サッカー狂い』28~29頁
 農耕民族の日本人には、かかとをこすりつけて移動するすり足という身体動作が染み付いている⇒サッカーは常にかかとを上げ、緊張し、移動し、獲物(ゴール)を狙う狩猟民族(欧米人やアフリカ系黒人)のスポーツである⇒つまり農耕民族の日本人にはサッカーに必要な身体能力が身につかない⇒要するに日本のサッカーは今後とも強くなれることはない……という話である。

 さらに「日本人=農耕民族=すり足民族論」の淵源をたどっていくと、故武智鉄二(たけち・てつじ:演出家,映画監督ほか)の日本文化論『伝統と断絶』にたどり着く。読書人にはかなり知られた言説でもある。先に名前を出した近江達氏は、武智鉄二を参考にして「日本人すり足民族論」を書いている。
伝統と断絶 (1969年)
武智 鉄二
風濤社
1969

 長友選手の「猫背ツイート」とその顛末を読んで、連想したのが「日本人すり足民族論」だった。「すり足」という「劣等なる日本人の身体能力」論になじんできた日本のサッカー界には、「猫背」という「劣等なる日本人の身体文化」論に反応する下地があったのだ。

澤穂希が放った「日本人すり足民族論」へのカウンター
 一読してもっともらしい「日本人すり足民族論」は、よくよく考えてみると、おかしな点がたくさんある。

 例えば『サッカー狂い』の著者・細川周平は「サッカー=狩猟」というメタファーに関して、デズモンド・モリス(動物学者)の傑作『サッカー人間学』から多くの着想を得たと書いている(70頁)。だが、モリスは日本人を「農耕民族」と決めつけ、サッカーの世界から排除する文脈で『サッカー人間学』を書いたわけではない。むしろ、Jリーグ以前に書かれたにサッカー本にしては、日本のサッカーを不思議なくらいに好意的に取り上げている。
サッカー人間学―マンウォッチング 2
デズモンド・モリス
小学館
1983-02

 しかし、もっとも手っ取り早い有効なカウンターは、2011年サッカー女子W杯決勝における、女子日本代表(なでしこジャパン)のキャプテン・澤穂希(さわ・ほまれ)選手による「事実上の決勝ゴール」だろう。


 農耕民族であるはずのニッポン人、すり足であるはずのニッポン人=澤穂希が、コーナーキックから飛んできたボールに、右足のかかとを振り上げアウトサイドでボレーシュートをゴールに叩き込んだのである。

 あのシュート⇒ゴールは、女子日本代表を世界一にするとともに「日本人すり足民族論」をも蹴っ飛ばしたのである。

長友ツイートがあぶりだした日本人の通念
 あらためて長友選手の「猫背」ツイートについて。この話には飛躍がありすぎる。個人的で見聞や体験を不当に押し広げて「奇妙な結論」へと一般化をしてしまう「オーバーゼネラリゼーション」(overgeneralization;過度の一般化)が過ぎるのである。

 イタリアから帰ってきた長友選手の眼には「日本人はみんな猫背」に見えたらしい。そんな皮相な観察から、考え方の順序や段階をふまずに、だから「日本人の身体能力は伸びない」という結論へと極端な一般化をしてしまった。

 ほんとうに日本人は「みんな」猫背なのか(何か調査や統計でもあるのだろうか)。そもそも猫背とは何か(きちんと定義づけられているのか)。それがいわゆる身体能力とはどう関係があるのか(そもそも身体能力と何か)。それがサッカー選手としての能力、日本サッカーの強さ弱さとどう関わってくるのか……。

 むろん、1回140字しか書けないツイッターでこんな議論などできないし、日本の多くの人はオーバーゼネラリゼーションに対するリテラシーを意識しない人が多い。だから「日本人は(欧米人やアフリカ系黒人よりも)身体能力で劣っている」という通念を誰もが信じ切っている。

 長友選手の無邪気なツイートは、その通念に火をつけ、あぶりだしてしまった。それが今回の炎上騒ぎの深層といえるかもしれない……。
長友佑都ステマ
 ……と、こんなことを考えていたら、これは長友選手が関連する姿勢矯正器具商品のステマ(ステルスマーケティング)だという話が出てきた。

 そうなると、今回の事件はまた違った形で見えてくる。

つづく


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前回「サッカー天皇杯は元日決勝から卒業するべきである(中)」をざっくり……
  • 「メディア露出と認知度が高いのがメリット」と言われる天皇杯の元日決勝……しかし、実際はデメリットばかりである。
  • 元日(1月1日)は、テレビや新聞のスポーツ報道はほぼお休み。マスコミにあんまり報道されない。だから、パブリシティ効果がほとんど期待できない。
  • 日本サッカーの国内シーン(Jリーグ,天皇杯)がいまひとつメジャーになり切れない理由のひとつが「元日決勝」である。
天皇杯カップ

「伝統」と「創られた伝統」
 サッカー天皇杯「元日決勝」存続派の侮りがたい意見として、この試合は正月「元日」という特別な祝日に行われる「伝統」「風物詩」だからというものがある。





 しかし、この「伝統」というのは、いろいろ要注意物件なのである。

 よく、人文学系評論の世界に「創られた伝統」という概念が登場する。古くからの伝統だと思われているものが、実は比較的最近になって(特に「近現代」になって)創出、発明あるいは捏造され、人々の意識に広まったものだ……という骨子である。

 例えば、英国スコットランドのタータンチェックは「創られた伝統」であるといった話がよく紹介される。日本でいえば、正月の習慣「初詣」、あるいは大衆音楽の一ジャンル「演歌」も「創られた伝統」であるとの指摘がある。


 さらに、社会学者の伊藤公雄氏(「男性学」の提唱などで有名)によると、日本人の国民性として「和の精神」(聖徳太子の「和を以て貴しと為す」)が登場し強調され始めたのは、歴史的にはかなり最近、1943年(昭和18)の国定教科書からだという(伊藤公雄「〈和の精神〉の発明~聖徳太子像の変貌」『日本文化の社会学』岩波書店)。

 ところで、「伝統」とは何らかの習慣や主張を正当化するために利用されるものである。スポーツの世界でもしかり。例えば、玉木正之氏は大相撲に蔓延する「八百長」の習慣を積極的に肯定するスポーツライターだ。玉木氏は自身の日記で八百長肯定のために「日本人の国民性〈和の精神〉」を持ち出す。
玉木正之「タマキのナンヤラカンヤラ」 20171216 [ウェブ魚拓版
12月16日(土の早朝)
朝早く目覚めてベッドのなかで『週刊新潮』の矢作俊彦氏の「長期不定期連載(4)豚は太るか死ぬしかない」を読んで大興奮。ベッドのなかで一人ケタケタ大笑いしてしまった。週刊誌を読んでコレだけ興奮するのは珍しい。題して「沈黙の相撲の王子」というコラム。そう。貴乃花親方のことが書かれているのだ。前半は「裏社会」に精通している男の話としてモンゴル力士たちの日本人より日本的な「星の回し合い〔=八百長〕」(和をもって貴しとする大人の対応)とそれを嫌う「ガチンコ」の貴乃花のことが書かれている。この部分には……〔以下略〕

玉木正之ナンヤラカンヤラ_大相撲八百長正当化
【玉木正之「タマキのナンヤラカンヤラ」2017年12月16日付より】
 しかし、伊藤公雄氏の指摘が正しいとしたならば、玉木氏は「創られた伝統」に依って大相撲八百長肯定論を表明したことになり……したがって、ずいぶんと間の抜けた議論をしていることになる。

日本スポーツの主な「伝統」的イベントについて
 さて、日本のスポーツイベントにおいて「伝統的」とは何を指すのか? 日本の主要なスポーツイベントがいつ始まったのかを(主にウィキペディアで)調べてみると……。
  • 大学野球「早慶戦」:1903年(明治36)
  • 夏の高校野球:1915年(大正4)
  • 高校サッカー・高校ラグビー:1918年(大正7)
  • 箱根駅伝(東京箱根間往復大学駅伝競走):1920年(大正9)
  • 日本運動協会(通称・芝浦協会)創設/巨人軍に先行した日本初のプロ野球チーム:1920年(大正9)
  • 大学ラグビー定期戦「関東大学ラグビー対抗戦」早慶戦:1922年(大正11)/毎年必ず11月23日祝日開催。
  • 大学ラグビー定期戦「関東大学ラグビー対抗戦」早明戦:1923年(大正12)/毎年必ず12月第1日曜日開催。かつては旧国立競技場(収容人員約6万人)を超満員にした試合。
  • 春の選抜高校野球:1924年(大正13)
  • 東京六大学野球リーグ:1925年(大正14)
  • 日本相撲協会財団法人化:1925年(大正14)/下賜金で天皇賜盃を作り公式優勝制度成立。2年後に東京・大阪の相撲協会の合併など、現在に近い形になる。
  • 都市対抗野球大会:1927年(昭和2)
  • プロ野球・読売巨人軍創設:1934年(昭和9)
  • プロ野球・公式リーグ戦開始:1936年(昭和11)/特に読売ジャイアンツ(巨人軍)vs.阪神タイガースの試合(巨人vs.阪神戦)は「伝統の一戦」と呼ばれるようになる。
 ……と、ここら辺りまでが「伝統」と名乗っていい日本のスポーツイベントである。だいたい大正年間、遅くみて昭和戦前まで。この時代が日本スポーツの揺籃期といえる。

 「伝統」は、そのスポーツイベントの価値を高め、ファンの人気・関心を高める一方、必要な改革を拒む力になってしまう。

 例えば、炎天下、エース級の投手が連戦連投して肩や肘が破壊される高校野球。この問題はなかなか改善の方向性が見えない。日本の野球界は有為の人材を10代で潰しているのである。

 箱根駅伝は、もともと(オリンピックで勝てるような)世界レベルのマラソンランナーを発掘・育成するための大会だった……が、いつの間にか大会自体が目的化してしまった。

 また、本来の目的であれば出場資格を全国の大学に開放してもよいのだが(否、大学生に限定する必要すらないのだけれど……)、大会を主催する関東学連は、出場資格を関東の大学限定から全国の大学へとなかなか改めようとはしない。

 大学ラグビーの早慶戦・早明戦は、いわゆる「対抗戦思想」(解説省略)に則って、必ず前掲の日程で試合をしなければいけないことになっている(もっとも、ラグビーの本場英国には日本的な意味での対抗戦思想は存在しないのだが)。

 この早慶戦・早明戦の日程を1~2週前倒しに変更すると、大学ラグビーのレギュラーシーズンもその分早く終了することになり、選手の育成や日本代表の強化にもっと時間を割くことができる。そこで早慶戦・早明戦の日程(特に後者)の変更を提案すると、当該関係者や古いラグビーファンから猛烈な反発が返ってくる。だから、問題はなかなか解決しない……。

 ……つまり、日本ラグビーの伝統は日本ラグビー(日本代表)強化・発展の障害となっている。

 この辺りはまるで、天皇杯サッカー「元日決勝」の日程を見直そうという声が出た時の存続派の反発に似ている。ウルトラ保守のラグビー関係者と言い分がソックリになってしまうのである。

元日決勝こそ「創られた伝統」?
 それでは、サッカー天皇杯「元日決勝」は、どれくらい「伝統」なのだろうか?

 サッカーは、1921年(大正10)にカップ戦の日本選手権を始めている。この点は、前述の各イベントとあまり変わらない。この時から「天皇杯」であり「元日決勝」であれば、それは「伝統」である。日程変更は大変な難題となる。
 ただし、大会名は「ア式蹴球全国優勝競技会」だった。日本サッカーのカップ戦は、現在まで都合8回正式名称を変えている。以下、大会名の変遷……。
  • 第1回:ア式蹴球全国優勝競技会 1921年(大正10)
  • 第2~13回:FA杯全日本蹴球選手権大会
  • 第15~20回:全日本蹴球選手権大会
  • 第26回:復興全日本蹴球選手権大会
  • 第29~30回:全日本サッカー選手権大会
  • 第31~51回:天皇杯全日本サッカー選手権大会 1951年(昭和25年度)★
  • 第52~54回:天皇杯全日本サッカー選手権大会(中央大会)
  • 第55~97回:天皇杯全日本サッカー選手権大会(決勝大会) 1969年(昭和43年度)★
  • 第98回~:天皇杯JFA全日本サッカー選手権大会
 ……優勝杯は天皇杯でなく、決勝も元日ではなかった。「天皇杯」の冠と授与は約30年後の1951年(昭和25年度)。意外にも戦後になってから。

 もっと問題なのは「元日決勝」が導入された年が、1969年(昭和43年度)。……!? 東京オリンピック(1964年)よりも後? そんなに新しかったのか? ……この事実を知った時は少し驚いた記憶がある。

 「伝統の天皇杯サッカー元日決勝」「元日の風物詩」など、敗戦から20年以上過ぎて始まった、たかだか50年にも満たない「伝統」に過ぎない。一世紀にならんとする他のスポーツイベントと比べると半分にも足らない「創られた伝統」である。

 余談だが、その昔「創られた伝統」系の評論に、前述の「たかだか~に過ぎない」が多用されていたらしい(小谷野敦『評論家入門』参照)。単純にミーハー気分で使ってみたかった。

 さらに言えば、1980年代、日本サッカーが低迷期にあった時代の天皇杯「元日決勝」は空席の目立つ試合だった。ちょうどラグビーブームの折、翌日2日の大学ラグビー選手権準決勝の方がずっと観客が入っていた。

 天皇杯決勝が満員盛況になるようになったのは、Jリーグが始まる90年代初めから。仮にそこから起算すると、これも伝統の天皇杯、伝統の「元日決勝」など、たかだか30年にも満たない。ますます「伝統」なるものの捏造性を感じずにはいられない。

 その虚構に、日本のサッカー関係者やファンが自縄自縛に陥っている気がする。

天皇杯決勝と日本サッカーの新たな地平
 日本サッカーの悩みに過密日程という問題があり、その一部に天皇杯の「元日決勝」がある。しかし、「元日決勝」は日本サッカーの「伝統」であり、正月の「風物詩」である。そして、「元日決勝」にはマスコミ露出度や認知度が高いというメリットがある。だから、天皇杯の「元日決勝」は絶対に存続させなければならないという声がある……。

 ……こうした説を細かく検証していくと、サッカー天皇杯「元日決勝」に実は「伝統」などないことが分かった。祝日「元日」に天皇杯の決勝を開催するメリットと言われていたものも、実はデメリットが多いことも分かった。

 もはや「元日決勝」に固執する理由はない。

 「元日決勝」のデメリットとは、具体的には元日(1月1日)前後はマスコミが半ば休業状態になるために、天皇杯決勝でどんなに素晴らしい試合をしても、マスコミを介してその面白さが、コアなサッカーファンの枠を超えて人々に伝わることがないことである。

 結果として、例えばテレビのスポーツドキュメンタリー番組の「名勝負」モノに、日本サッカーの国内シーン(Jリーグ,天皇杯)が取り上げられることはない。国内サッカーの試合が後々まで語り草となり、増進増幅されて、さらにサッカーへの関心を高めていくという効果が現状では期待できない。

 日本代表の国民的な関心と比べると、国内シーンの印象は薄い。それは日本サッカーの弱みである。

 その打開策としての天皇杯「元日決勝」卒業でもある。日程を移動することで日本サッカーの新しい地平を開拓する。

 天皇杯は、貴重な地上波テレビそれも公共放送NHKの露出がある。また、全国の新聞に記事を配信する共同通信社も後援についている。これに電通や博報堂のような大手広告代理店も関われば、コアなサッカーファンの枠を破って、国内サッカーの面白さを一般の人々に広めるキッカケになる。

 「元日決勝」から卒業して、日本サッカーを新しくブランディングする。どうせ「伝統」を捏造するなら、特別な日にサッカー天皇杯決勝を行うのではなく、あらためてサッカー天皇杯決勝を行う日を特別な日にした方がいい。

(了)


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前回「サッカー天皇杯は元日決勝から卒業するべきである(上)」をざっくり……
  • サッカー天皇杯は「元日決勝」をやめるべき。その根拠を従来論じられてきた日程問題とは別の視点から考えていく。
  • 日本のサッカーは、野球(プロ野球,高校野球ほか)と違い、国内シーン(Jリーグ,天皇杯ほか)に「伝説の名勝負」と言える試合が少ない。
  • その理由は、天皇杯が「元日決勝」に固執しているから。日本でサッカー人気がブレイクしきれない原因が「元日決勝」である。
天皇杯カップ

マスコミの露出と「元日決勝」
 サッカー天皇杯の恒例「元日決勝」を支持する人たちは、正月・元日という特別な「ハレの日」に試合が行われる……など、さまざまなメリットを強調したりする。例えば、マスコミ露出度が高いから「元日決勝」は継続されるべきという主張がある。
 しかし、当然、元日に行われるためのデメリットも存在する。実態は逆で★むしろ「元日決勝」にこだわっていることで、メディア(マスコミ)の露出は非常に少なくなってしまう。「元日決勝」はマスコミ露出度が高いから……という言い分は全く正しくない。

 なぜなら、元日ふくめ正月3が日は全てのテレビ局が特別編成に入っていて、スポーツ関連ニュースはごく短い時間でしか放送されないからである。加えて、翌日1月2日は新聞休刊日であり、元日に行われた天皇杯サッカーの報道は、新聞では1日遅れの報道となってしまうからである。

 どうしたって、年末年始のスポーツイベントの主役は、これも恒例1月2日~3日に行われる「箱根駅伝」になる。このイベントが報道される1月3日にはマスコミのスポーツ報道は、ほぼ通常に回復する。サッカー天皇杯は箱根駅伝の風下に置かれ続ける。

 これでは、どんなに素晴らしい試合を展開しても、マスコミ(テレビ,新聞など)によって増進増幅されて人々に伝えられ、記憶され、繰り返し語られることはない。

 日本人は、1936年「ベルリンの奇跡」も、1968年「メキシコ五輪銅メダル」も生の実況中継では視ていない(あるいは聴いていない)。マスコミによる2次・3次……の情報、映像・音声などでそれら知り、語り草にしている。

 つまり、スポーツの「名勝負」……この場合,単なる一競技の枠を超えた(国民的な)記憶として人々に共有され,歴史を超えて語り継がれていく試合.当ブログの場合,NHKのスポーツ名勝負モノ番組に取り上げられる試合のこと……とは、それ自体で「名勝負」になるのではない。マスコミがその試合の情報を人々に媒介することで「名勝負」が形成されていく。

 サッカーへの関心をサッカーファンでない層にも広げる力、人々に偶然の出会いからサッカーへの関心を持ってもらう力は、インターネットメディアに対する既存のマスメディア(マスコミ)の利点である。

「特別な日」と「天皇杯サッカー決勝」
 日本のサッカーの「名勝負」と言えば、もっぱら日本代表がらみの国際試合で、国内の試合(Jリーグや天皇杯)の印象に乏しい。殊に、特別な日に行われるはずの天皇杯「元日決勝」に「名勝負」がみられないのは、いったいどうしたわけか?

 ラグビーでいえば、これも特別な日=祝日1月15日(旧「成人の日」)に行われた「1985年(84年度)日本選手権 新日鉄釜石vs.同志社大学」……。

 あるいは、平日開催だったが、まだ正月の松の内1月6日に行われた「1991年(90年度)大学選手権決勝 明治大学vs.早稲田大学」……。
トライを決める明大・吉田(撮影日1991年01月06日)
 ……この2つの試合は、NHKの[
伝説の名勝負]というスポーツ名勝負モノ番組の題材として取り上げられている。翻って、日本サッカーの国内シーンで、この種の番組に取り上げられる試合がないのは、いったいどうしたわけか?

 なかんずく、メディア露出度と認知度が高い(この場合,地上波テレビの中継ということ)はずの「元日決勝」の天皇杯サッカーで、後々語り継がれる「名勝負」がないのは、いったいどうしたわけか?


 例えば、1992年(91年度)1月1日の「第71回天皇杯天皇杯決勝 日産自動車vs.読売クラブ」の試合は、その歴史的位置付けや出場選手の顔ぶれ、試合の面白さなどを鑑みると、NHKが[
伝説の名勝負]のような番組で取り上げてもいいくらいの試合なのだが、なぜか埋もれている。いったいどうしたわけか?

 「元日決勝」では、どんなに素晴らしい試合をしても、その勝負がマスコミによって広く喧伝されることはない。したがって、それが「名勝負」へと昇華することもないからだ。

 日本サッカー協会が主催するサッカー天皇杯は、全国の新聞社や放送局(テレビ,ラジオ)にニュースを配信する「共同通信社」と、コンテンツが全国津々浦々まで放送される公共放送「NHK(日本放送協会)」の共催である。

 しかし、マスコミのスポーツ報道のルーティンが機能しない「元日決勝」にこだわるあまり、共同通信やNHKとの共催のメリットを活(い)かしているとはとても言えない。

 日本でサッカーがいまひとつメジャーになり切れない、野球の人気を追い越せそうでいて追い越せないの理由のひとつが「元日決勝」である。

つづく


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