スポーツライター玉木正之氏の知的誠実さを問う

大化の改新と蹴鞠(けまり)問題など、日本のサッカーカルチャーについてさまざま論じていきたいと思っています。

2017年05月

   I
 日の丸(日章旗)とヤタガラス(八咫烏)を上下別々に並べた、サッカー日本代表の現行エンブレム【図1】は、世界レベルで不細工なデザインなのだが、何が、どう、不細工なのかをご理解いただくために一計を案じることにした。
図1:サッカー日本代表のエンブレム(2017年現在)
【図1:サッカー日本代表のエンブレム(2017年現在)】

 スペインの超名門、FCバルセロナのエンブレムを日本代表風に改造してみるのである。

   II
 ……と、いうわけで、FCバルセロナである【図2】。
図2:FCバルセロナのエンブレム
【図2:FCバルセロナのエンブレム】

 そのエンブレムを分解してみると、下半分の紺とエンジの縦縞は、バルサのユニフォームにも使われているクラブカラーである。その由来は諸説紛々。中央には12枚パネルのサッカーボールは配されている。ボールの皮の縫い目の角度でボールが回転しているようにも見える。優れた意匠である。

 上半分は、バルセロナ市の市の紋章のさらに上半分である【図3】。さらに分解すると、左側にある白地に赤い十字はバルセロナの守護聖人サン=ジョルディ(聖ゲオルギオス)のシンボル。英語でセント=ジョージとも言い、イングランドの守護聖人であり、要するにイングランドの国旗と同じである。さらにイタリア・ミラノの守護聖人(サン=ジョルジオ)でもあり、ミラノ市の市章やACミランのエンブレムにもこの十字が配されている。
図3:バルセロナ市の紋章
【図3:バルセロナ市の紋章】

 右側の黄地に赤の縦縞は、バルセロナ市のあるカタルーニャ州の紋章である。

 FCバルセロナのエンブレムは、まさにバルセロナの、あるいはカタルーニャの共同体のシンボルである。このデザインの素晴らしさが、バルサのブランド性に一役買っていると思われる。

   III
 このFCバルセロナのエンブレムを上下2つに分割する【図④】。
図4:バルサのエンブレムを上下に分割
【図4:バルサのエンブレムを上下に分割】

 次いで、分割したバルサ・エンブレムの下半分のタテ:ヨコの比率を2:1に変形する【図5】。ボールがラグビーボールみたいになってしまったのは、まったく本文筆者の技術不足によるもの、あしからずである。
図5:バルサのエンブレムの下半分を縦に伸ばす
【図5:バルサのエンブレムの下半分を縦に伸ばす】

 さらに、上半分をバルセロナ市の紋章からバルセロナ市の旗に差し替える【図6】。もっとも、西洋紋章学、およびそこから派生した旗章学においては、両者は同一のものと見なされる。つまり、バルセロナ市紋章とバルセロナ市旗は同一のものである。旗として使うか紋章として使うか、その用途によって形状が違ってくるだけのことである。
図6:バルセロナ市の旗
【図6:バルセロナ市の旗】

 紋章と旗は基本的に同一のものであることについて、参考までにイギリス連合王国国王紋章(同国の国章を兼ねる)と同国国王旗(同国のもうひとつの国旗でもある)を並べてあげておく【図7】。ちなみにいずれも田の字形の左上・右下はイングランド、右上はスコットランド、左下はアイルランド(北アイルランド)を組み合わせたもの。この並びには構成国間の明確な序列がある。
図7:イギリス国王の紋章(上)と旗
【図7:イギリス国王の紋章(上)と旗】

 イングランドの紋章は、色を変えてサッカー・イングランド代表の原形となる(スリーライオンズ)。また、スコットランドの紋章は、サッカー・スコットランド代表エンブレムの原形である。

   IV
 ネタがそろったところで、いよいよバルサのエンブレムを日本代表風に改造する。バルセロナ市旗【図6】を上に、縦長に伸ばしたバルサのエンブレム【図5】を下に並べてみよう。加えて日本代表の現行エンブレムも横に並べてみた【図8】。こうすることで、そのデザイン的な問題点がよく分かるのである。
図8:FCバルセロナ(左)と日本代表のエンブレム
【図8:FCバルセロナ(左)と日本代表のエンブレム】

 これは、世界基準で見るとオッタマゲルような酷い代物である。「違う! こんなのはバルサじゃない!」という、小柳ルミ子さんの悲鳴が聞こえてきそうである。

 使っている素材はオリジナルのFCバルセロナとほとんど同じなのに、しかし、何であろう。改造バルセロナ・エンブレムが放つ強烈な違和感は。座りの悪さは。無粋さは。屋上に屋を架すような冗漫さは。

 つまり、バルセロナ市旗とバルサのクラブカラーのエンブレムを上下別々に立てているのが、世界の眼から見れば非常に不自然なのである。

 右側の現行日本代表エンブレムもこれと同じである。日章旗とヤタガラスを上下別々に2つ立てる意匠は、これまた世界基準の眼で見れば「不可解なオブジェ」なのである。

 旗とは、本来、旗竿に取り付けて空中にはためかせるのが目的である。これを盾形の紋章図形として修正することなく、矩形のままユニフォームにベタリと貼り付けるのは、あまり格好いいものではない。その上、矩形の旗と盾形のエンブレムを上下に並べるのは実に奇怪な光景である。

 日本の常識は世界の非常識。日本は世界に向けて恥をさらしているのである。

   V
 この格好の悪さについては、もっと考える意味がありそうである。

 なぜ日本代表は日の丸とヤタガラスを別々に表すのだろうか? あるいは、なぜFCバルセロナはバルセロナ市旗とクラブカラーを別々に表さないのだろうか? なぜバルサのエンブレムは市旗とクラブカラーがひとつになっているだろうか?

 サッカーのエンブレムやユニフォームの意匠について論じた本や雑誌記事をいろいろ読んできた(故富樫洋一氏、斉藤健仁氏、萩本良博氏ほか)。が、フットボールのデザインとは何であって何であるべきかという基本的な理解が不明確であったので、いずれも印象論にとどまりがちだったかもしれない。そのため、サッカージャーナリズムは、日本代表やJリーグ各クラブのデザインについて、適切な批判ができなかったのである。

 フットボールのデザインとは、FCバルセロナのエンブレムの例、イギリス国王の紋章から派生したイングランド代表やスコットランド代表のエンブレムの例などで類推できるように、西洋紋章学および旗章学と近しいものである。その評価は西洋紋章学・旗章学の理論、作図・彩色のルールに基づいて下されるのが望ましい。
西洋の紋章とデザイン
森 護
ダヴィッド社
1982-04



 西洋紋章学・旗章学には、デザインすなわち作図・彩色に関して厳格なルールがある。一見するとそれは面倒で不自由な制約のようにも思える。しかし、そもそも紋章や旗は、いにしえの西洋の「野戦」において、両軍入り乱れて戦う敵味方の判別や自軍の忠誠心を高めるために創り出され、用いられたものであった。そのためにはデザインに優れた視認性や識別性がなければならない。

 西洋紋章学・旗章学のルールは、そのために歴史の研鑽を積んできた。不自由なようであるが、むしろルールを守ることでそのデザインは優れた視認性、識別性、象徴性、品位、そして美しさすら放つようになる。

 フットボールの試合もまた「野戦」と言える。サッカーやラグビーのような競技場の中で両軍入り乱れてゴールを奪い合うゲームで、そのエンブレムやユニフォームのデザインが西洋紋章学・旗章学のルールに準じたものになるのは、理の当然であった。

 言われてみれば、クリケットや野球のようなバット・アンド・ボール・ゲームのユニフォームでは、フットボール系の球技とは対照的に、その作画・色彩で敵味方を明確に判別する意識が比較的最近まで、なるほど希薄であった。

 何より、西洋紋章学・旗章学を援用することで、流通する日本のサッカーデザインの何がよくないのか、どうすればよいのかを理論的に批判することができるのである。

   VI
 FCバルセロナのエンブレムは2つまたは3つのシンボルを組み合わせたものだった。イギリス国王の紋章は3つの紋章を組み合わせたものだった。複数のテーマをひとつにまとめて新たなひとつのシンボルとして昇華させるのは、西洋紋章学の専門用語ではマーシャリングと言う。世界ではありふれた作法である。

 むしろ、FCバルセロナの関係者は、日本のサッカー関係者にこう質すかもしれない。

 「なぜわざわざ、バルセロナ市の市章を旗に変えて、バルサのクラブカラーと上下2つに分ける必要があるのか? それならば下半分のバルサのクラブカラーだけでいいのではないか?」。あるいは「なぜオリジナルのバルサのエンブレムのように、ひとつのシンボルとしてまとめないのか?」と……。

 ことほど左様に、本来、シンボルとはひとつにあるべきだ。2つも3つも並んでいてはシンボルたりえない。

 個人的にはヤタガラス単体でサッカー日本代表のシンボルとして十分だと思うののだけれど、どうしても日の丸も欲しいという人はいるだろう(つたない記憶では、それはラモス瑠偉選手の所望であった)。で、あるならば、西洋紋章学・旗章学のルールに従って日の丸とヤタガラスをひとつに組み合わせるべきだ。

 それこそ、FCバルセロナのように。そうでないと、日本サッカーという共同体を「代表」するナショナルチームのシンボルたりえないし、美しくないからだ。

   VII
 サッカー日本代表のエンブレム(やユニフォーム)のデザインは、なぜ、あそこまで、毎回毎回サッカーファンに酷評されるのか?

 要するに、公益財団法人日本サッカー協会および同協会の公式サプライヤーであるアディダスジャパン株式会社の日本代表デザイン担当者が、フットボールのデザインの何たるかについて根本的に「無知」なのである。きちんとした知識のあるデザイナーや監修者がいないのだろう。

 日本は世界に対して無知をさらけ出している。まことに恥ずかしい。

 日本サッカー協会が出した日本代表デザインは酷い代物が多いから、リリースされると一般のサッカーファンも過剰に反応して、インターネットでいわゆる「炎上」する。

 しかし、そのサッカーファンがネット上で代替案として提案した「ぼくがかんがえたさいこうにかっこいいさっかあにっぽんだいひょうのゆにふぉおむとえんぶれむ」も、あきらかに西洋紋章学・旗章学のルールを知らないで描いているので、ろくなものがない。

 目クソ鼻クソである。

   VIII
 日本のサッカーそのものが諸外国と比べて決定的に劣っているということはないだろう。しかし、デザイン面に関しては決定的に劣っている。サッカー日本代表はエンブレムやユニフォームという表象について、世界の嘲笑の対象になっているのである。

 しかるべき教養を備えた、イギリスやヨーロッパのサッカー界の要人たちが日本代表のエンブレムを見たら、日本のことを文化に蒙(くら)いサッカー国とみなす(さすがに口に出して言わないけれど)。日本サッカー協会会長(現在は田嶋幸三氏)など、所詮その程度の国のリーダーにすぎない。

 これは、例えば、いつかはもう一度ワールドカップを日本で(今度は単独で)開催したい、ワールドカップで優勝したいと思っている日本サッカーの「外交」にとっても好ましいことではない。

 サッカーのデザインは、その出来しだいでは実害すらもたらす。

 日本代表だけではない。Jリーグ各クラブのエンブレムやユニフォームのも紋章学・旗章学のルールに反したデタラメなものだらけである。

 その昔、森護(もり・まもる:1923‐2000)先生という、西洋紋章学とイギリス王室史の専門家がいて、日本のデザイン界にはびこる似非西洋式紋章のデタラメさを俎上に載せて批判する方がいた。日本サッカーの各々の表象に対しても、ぜひ筆誅を加えてほしかった。イギリスで生まれた文化=フットボールだからこそ批判してほしかったのだが、お亡くなりになってしまった。残念なことである。

   IX
 文句を言えばキリがない。

 先にバルセロナ市やイギリス国王の例を出して、西洋においては紋章と旗はデザインは同一のものであり、旗として使うか紋章として使うか、その用途によって形状が違ってくるだけだという話を書いた。ところが、日本サッカーは、彫刻家・日名子実三(ひなご・じつぞう:1892‐1945)先生デザインの日本サッカー協会旗と、日本代表のエンブレムとでデザインが違う【図9】。これまた、世界の非常識である。
図9:旧JFA旗(上)と日本代表エンブレム
【図9:旧JFA旗(上)と日本代表エンブレム】


 あるいは、日本代表のヤタガラスのエンブレムは現行モデルで4代目。3度もモデルチェンジをしている【図9の下右が3代目、その右が4代目】。これも世界基準からすれば異常な事態である。サッカーでもラグビーでもイングランド代表もスコットランド代表も、FCバルセロナも、昔から同じものを使っており、このような改変などしない。せいぜい、周りの装飾に手を加える程度である。

 それどころか日本サッカー協会は、2016年3月に日名子先生デザインの協会旗を「改悪」してしまった【図10】。
図10日本サッカー協会旗の旧(上)と新
【図10:日本サッカー協会旗の旧(上)と新】

 例えば、【図10】の下「新シンボル」の角ばったヤタガラスの向かって左の足が抱えているボールは何の球技であろうか? 模様がなくてまるでボウリングか何かのように見える。

 日本人も明治時代からサッカーをプレーし、サッカー協会も大正時代から活動しているのだから、ここは日名子先生のオリジナルデザイン同様、12枚パネルでかまわない。

 それこそ、FCバルセロナのエンブレムのように……である。

(了)



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玉木正之氏の引用文の不可解さ
 ビジネス総合誌『プレジデント』の公式サイトに、スポーツライター玉木正之氏による「スポーツ評論第一人者 玉木正之が薦める〈スポーツ本〉(2)」(2010年4月14日)というコラムが掲載されている。
スポーツ評論第一人者 玉木正之が薦める「スポーツ本」(2)1
【『プレジデント』公式サイトより:なぜかゴジラを抱えて呵々大笑】

 文字通りの内容なのだが、その中でスポーツ人類学者,故・稲垣正浩氏(1938年‐2016年,公式サイト「稲垣正浩.Web」、ブログ「スポーツ・遊び・からだ・人間」)の『スポーツを読む』(三省堂選書)が紹介されている。

 『スポーツを読む』は、古代ギリシャの『イーリアス』から現代の『カモメのジョナサン』まで、古今東西の著名文学作品に現われた「スポーツの原風景」を、スポーツ人類学の視点から綿密に読み解いていく……という内容である。

 ここで問題にするのは、『日本書紀』に登場する日本古代のスポーツ、なかんずく大化の改新で中大兄皇子と中臣鎌足が出会った「打毱」(打鞠)について、稲垣氏が『スポーツを読む』の中で言及しているところを、玉木氏が「スポーツ評論第一人者 玉木正之が薦める〈スポーツ本〉(2)」で解説している部分である。

 要するに、最初に引用するのは玉木正之氏がネットに書いた文章である。
オリンピックやワールドカップなど、現代において「スポーツ」ほど世界中に流通している文化はありません。地球を覆っていると言っても過言ではない。〔略〕

さらに、「スポーツとは何か」を歴史・文化という側面からアプローチすると、よりその本質を愉しめます。〔中略〕

……〔その〕一つが稲垣正浩さんの『スポーツを読む』。これは古今東西のスポーツに関する本を選んで解説した本です。例えば、『日本書紀』のくだりでは、中大兄皇子と中臣鎌足が打くゆる鞠まりというホッケーのようなスポーツのプレー中に蘇我入鹿の暗殺を企てる、という有名な場面も出てきます。『イーリアス』からは古代オリンピックの話を。当時のギリシャは紀元前ですから……〔略〕
スポーツ評論第一人者 玉木正之が薦める「スポーツ本」(2)2
【『プレジデント』公式サイトより】

「スポーツ評論第一人者 玉木正之が薦める〈スポーツ本〉(2)」より
 玉木正之氏は、大化の改新のきっかけになった日本古代の球技スポーツを、例によってスティックを使ったホッケー風の球技と解釈し、解説している。

 それは、玉木氏の考えだからいいのだが、普通はこの球技のことを「打毱」(ちょうきゅう)、あるいは「打毬」(だきゅう)、「毬杖」(ぎっちょう)などという。ところが、玉木氏は「打くゆる鞠まり」(打鞠=くゆるまり=)と表記している。これは「蹴鞠」(けまり)の古語だから、スティックを使った球技を表す言葉としては、まったくふさわしくない。
玉木氏自身が整合性の取れないことに気が付いていない節がある……。

 ……まあ、こんなことでいちいち目くじらを立てていては、玉木正之の読者にはなれないのだが。

実際に稲垣正浩氏は何と書いていたのか
 とにかく、ここである疑問がわく。稲垣正浩氏は、中大兄皇子と中臣鎌足の出会いのきっかけとなった古代の球技スポーツを「ホッケーのようなスポーツ」として解説していたのか? また中大兄と鎌足は、その球技の「プレー中に蘇我入鹿の暗殺を企て」ていたのか? ……という2つの疑問である。

 なぜなら、中大兄と鎌足の2人の出会いの場となった古代球技は、一般には「蹴鞠」であると信じられているからだ。玉木氏と同じようにスティックを使ったホッケー風の球技スポーツであるという立場をとるならば、稲垣氏にもそれなりの論拠があるからであり、それはそれで興味をそそられるのである。
kokusikaiga
【小泉勝爾『中大兄皇子と中臣鎌足』神宮徴古館蔵「国史絵画」シリーズより】

 また、この球技の場は、2人のあくまで知己を得るきっかけになったにすぎず、「蘇我入鹿の暗殺を企て」ていたのは、時間が下った、別の場所であること……と『日本書紀』の記述にはある。この点を、稲垣氏のはどうとらえているのだろうか?

 そこで、今度は稲垣氏の『スポーツを読む』の該当部分を引用し、問題を検討してみることとする。
大化改新は蹴鞠から〔小見出し〕
 〔『書記』の読み下し文があるが省略〕
 この〔前の〕部分もまた日本の歴史に大きな足跡を残すこととなった大化改新の発端をわたしたちに語ってくれています。中臣鎌足と中大兄皇子が法興寺で行われた蹴鞠(けまり)の仲間にまぎれて接近し、お互いの意思を通わせ合ったという、歌舞伎でいえば名場面ということになります。大化改新というような歴史的な大革命を導き出すための密約の場に蹴鞠の場が選ばれたという点が興味深いところです。
稲垣正浩『スポーツを読む』30~31頁
 何だ、小見出しからして「大化改新は蹴鞠から」ではないか。むろん、これは突っ込んで考察して、これはスティックを使ったホッケー風の球技はなく蹴鞠であると稲垣氏が結論付けたものではない。普通の通説として蹴鞠を使ったということである。

 また、蹴鞠の会をそのまま蘇我氏打倒のクーデターの密談の場としたのは、稲垣氏の誤読あるいは独自の解釈のようである。しかし、『日本書紀』を素直に読むとそのような解釈はしにくい。こういう問題について稲垣氏と本の編集・構成校閲の間でやり取りはなかったのだろうか?

玉木正之氏,脳内自動変換の犯罪的無邪気さ
 まとめると、稲垣正浩氏が中大兄と鎌足の2人の出会いの場となった球技を通説通り「蹴鞠」とし、「蹴鞠の場」そのものをクーデターの密談の場とする独自の解釈(もしくは誤読)をした。

 そして玉木正之氏は、稲垣氏の独自の解釈(もしくは誤読)についてはそのまま紹介した(しかし『書記』の記述とは違うことを、玉木氏は気が付かなかったのだろうか?)

 さらに稲垣氏が2人の出会いの場を「蹴鞠」としたのを、玉木氏は「ホッケーのようなスポーツ」であると改竄して紹介した!?

 これだけでも相当ひどいものだ。学問的に決着もついていない問題を、一方が絶対的に正しいとして読者を誘導しようとしているからだ。ただし、これは意図的なものではないかもしれない。

 どういう意味かというと、玉木正之氏には、問題の球技は蹴鞠ではなく「ホッケーのようなスポーツ」説が絶対的に正しいという揺るぎない信念がある。だから、たとえ稲垣正浩氏のような人物が「蹴鞠」だと書いても、「ホッケーのようなスポーツ」に自動変換する素敵な脳みそをお持ちなのである。

 その邪気のなさは、もはや犯罪的であるとすら言える。

(つづく)


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『彼らの奇蹟』に選ばれた2つのフィクション
 玉木正之編,スポーツをテーマにした作品集『彼らの奇蹟~傑作スポーツアンソロジー』(新潮文庫)。選ばれる作品は、ノンフィクション,評論,エッセイ……等々、フィクション以外のジャンルということになっている。だが、この本にはなぜか「フィクション」の作品が2つ収録されている。

 1つはラグビーを題材にした(編者でもある)玉木正之氏の「彼らの奇蹟」、そして、もう1つは蹴鞠を題材にした澁澤龍彦「空飛ぶ大納言」(『唐草物語』)である。

 「空飛ぶ大納言」の主人公は、平安時代に実在した公卿(貴族)にして蹴鞠の名人,藤原成道。その成道の著作とされる『成道卿口伝日記』などを下敷きにしながら、澁澤龍彦の自在な随想と批評とを駆使して描かれた「小説」である。

 玉木氏の「彼らの奇蹟」は、玉木氏が望ましいと考えるスポーツ観を伝えるための、恣意的な、ご都合主義的な意味での「フィクション」の起用だった。しかし、そのスポーツ観は日本ラグビーを一度は奈落の底に叩き落としてしまったのではないか……と、いうのが当ブログの批判(「玉木正之『彼らの奇蹟』の謎」〔6回シリーズ〕)であった。

澁澤作品に込めた玉木正之氏の企てとは?
 それでは、澁澤龍彦「空飛ぶ大納言」はいかなる意味での「フィクション」の起用なのか? むろん、この澁澤作品自体は何も悪くない。問題なのは『彼らの奇蹟』編者である玉木正之の巻末解説、作品の解釈なのである。
澁澤龍彦「空飛ぶ大納言〔だいなこん〕」
 これは蹴鞠〔けまり〕の愉〔たの〕しさ、凄さ(球と一緒になって宙に浮く飛翔〔ひしょう〕願望)を表した歴史幻想譚〔たん〕である。一種の小説だろうが、じつはチームプレイよりも個人プレイのほうに酔いやすい日本人の特質を表す作品として、ルール違反〔ノンフィクションではなくフィクションを選んだこと〕を承知で選んだ。

 現代日本の男子サッカーは、一流国に伍〔ご〕する闘いがなかなかできない。が、フリースタイル・フットボール(リフティングの妙技を一人で演じる競技)では、世界チャンピオンが生まれている〔徳田耕太郎選手〕。明治時代初期、陸上、水泳、テニス、野球、サッカー、ラグビー、ゴルフ……等々、あらゆるスポーツ競技が欧米から伝播〔でんぱ〕したときも、団体競技のなかでは、野球という投打の個人プレイが中心となる競技の人気が、〔日本では〕他を圧倒した。この作品には、そんな日本人の遺伝子の内奥〔ないおう〕に存在するものが描かれているようにも思える。

玉木正之編『彼らの奇蹟~傑作スポーツアンソロジー』472~473頁
 以上が、その解説文である。

トンデモだらけの玉木正之説
 それにしても、こんな短い文章の中によくこれだけトンデモない内容を詰め込んだものである。

 まず、玉木正之氏が言う日本人のスポーツ観「チームプレイよりも個人プレイのほうに酔いやすい日本人の特質」について。これは、だから日本では「野球という投打の個人プレイが中心となる競技の人気が、他〔サッカーなど〕を圧倒した」という結論に通じる。

 要するに、玉木氏は日本人は歴史的,文化的,伝統的にサッカーが苦手な民族だといいたい。その上で日本のサッカーやスポーツについて決め打ちして論じたいのである。

 しかし、この玉木氏の持論は端的に間違っている。玉木説の根拠がまったく薄弱であること。玉木氏は知らんぷりをしているが、明治初期の野球のルールが現代のものとは大きく異なることなどから、当ブログは玉木氏の主張は正しくないと繰り返し主張してきた。

 次に「現代日本の男子サッカーは、一流国に伍〔ご〕する闘いがなかなかできない」のくだり。だが、実際には日本だけでなく世界中のほとんどのサッカー国は、世界クラスの一流国と伍する戦いがなかなかできない。そして、そして世界の一流国と伍して戦うことができる国はサッカーの一流国なのである。

 サッカーの世界は、一部の世界クラスの一流国だけで成立しているのではない。日本を含めた世界の一流国ではない多くのサッカー国によってその「世界性」が支えられている(「FIFAランキング40位台の日本サッカーってそこまで酷いか?」)。玉木氏はこんな単純なことがわからない。

 これまた要するに、玉木氏は「日本のサッカーはまだまだこんなにダメだ」という常套句を用いて、自身の「批評性」や「サッカー(スポーツ)への理解度」を誇示して見せたにすぎない。日本サッカーを本当に評価するなら、もっと多面的,重層的な視点を持ってほしいものだ。もっとも、こうした惰性に流れるのはスポーツライターは玉木氏に限らないのだが。

徳田耕太郎選手は11人制が嫌いか?
 牛木素吉郎氏は「古代日本の蹴鞠と現代のサッカーとのつながりはない」としているが、同様に日本伝来の蹴鞠と現代のフリースタイルフットボールとは似て非なるものととらえるべきである。例えば、烏帽子に鞠水干(まりすいかん)といった衣装の蹴鞠には、ヘディングやバク転、逆立ちなどといったフリースタイルの身体の動きや技術,演技はないからだ。


 そもそも、フリースタイルの世界王者(Red Bull Street Style World Finals 2012 Italy 優勝)である徳田耕太郎選手は、もともと11人制サッカーの選手であり(頭部のケガで11人制を断念)、チームプレーが苦手だからフリースタイルを志したのではない。この点も玉木正之氏の持論とはつじつまが合わない。



 「日本人の遺伝子の内奥〔ないおう〕に存在するものが描かれているようにも思える」……って、玉木氏も断定を避けた表現をとっているが、ここでいう「遺伝子」とは、おそらく科学的にはアウト(またはレッドカード)だろう。比喩だとしても不適切である。とにかく玉木氏は、日本人はサッカーが苦手な民族だと何かにつけてコジツケたいのだ。

 しかし、女子サッカーが2011年のワールドカップで優勝しているから、日本人はサッカーが苦手だとは言えない(と、いうことを、かのガブリエル・クーン氏に直に諭されたことがある)。バツが悪いから玉木氏も「現代日本の男子サッカーは……」と逃げているが、日本人の男と女では「遺伝子」が違うのだろうか?


自身のイデオロギーのために澁澤龍彦すら貶める玉木正之氏
 ことほど左様に、玉木正之氏の発言は危なっかしい。人種主義(レイシズム)の臭いすらただよう。ただし、この手の「レイシズム」は玉木氏に限らない。この件に関しては、当ブログでいずれ深掘りすることもあるかもしれない。

 いずれにせよ、澁澤龍彦は『空飛ぶ大納言』で「日本人はサッカーが苦手な民族である」などと示唆するようなことは一言も書いていない。また、徳田耕太郎選手のプロフィールは、玉木氏の持論の裏付けにはなっていない。玉木氏は、この両人を貶めているともいえる。

 玉木正之氏が『彼らの奇蹟』の中で、「ルール違反を承知で」フィクション作品を選んだ時は、自身のイデオロギーを人々にすり込もうとした時である。その意味では「空飛ぶ大納言」も「彼らの奇蹟」も共通性がある。

 自身のイデオロギーのためには、澁澤や徳田選手を恣意的に解釈してまるで恥じることがない。
玉木氏のやり口は卑劣とさえいえる。

(つづく)


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