スポーツライター玉木正之氏の知的誠実さを問う

大化の改新と蹴鞠(けまり)問題など、日本のサッカーカルチャーについてさまざま論じていきたいと思っています。

2017年03月

玉木正之氏の二大思想
 日本人は、集団的な戦闘(チームプレー)よりも、1対1の対決のほうを好む国民性がある。それは日本の歴史を見ても明らかである。

 明治時代初期、さまざまなスポーツが日本に伝来した。その中で、日本人の好みに最も合致したのは、11人vs11人のチームプレーがゲームの基本となるサッカーよりも、投手vs打者の1対1の対決がゲームの基本となる野球だった。これは歴史の中で形成された日本人の国民性を反映している。

 さらに、このことは日本のスポーツの在り方、日本の野球の在り方、日本のサッカーの在り方をも規定している……。

 ……と、いうのが、スポーツライター玉木正之氏の長年の持論「1対1の勝負説」である。これは、もうひとつの持論である「大化の改新のきっかけは蹴鞠ではなかった説」と並んで、玉木氏の思想の重要な根幹をなしている。

Jリーグへの称揚、反面……
 両説とも、日本のサッカーにとって面白くない主張である。それでも、その内容が妥当ならば仕方がない。日本のサッカーファンは、ある種の諦念とともにサッカーと関わっていかねばならない……。

 ……しかし、当ブログがさんざん指摘してきたように、どちらの説もデタラメなのである。玉木氏は自身の都合の良い世界観を読者(スポーツファン)に刷り込み、ミスリードしようとしているのだ。

 これから何回かにわたって、玉木正之氏の持論のうち「1対1の勝負説」の具体例を紹介し、その問題点を指摘していく。

 当ブログが入手しえたうち、もっとも古いのは、1993年刊『Jリーグからの風』(集英社文庫)である。この年といえば、日本のプロサッカー「Jリーグ」がスタートした。先行のプロスポーツであるプロ野球の悪弊を配し、スポーツとしての高い理念を掲げたJリーグ。それはスポーツメディアの間でも大いに話題になった。

 玉木氏の該当書は「Jリーグの理念」を高らかに称揚する趣である。「〈Jの理念〉を支持せよ!!」とアジる玉木氏は、一方で日本人はサッカーの苦手な民族だ。それは日本の歴史と民族性に裏付けられているのだ……と、訳知り顔で説いてくるのである。
 ……野球があっという間に全国的な人気を得たにもかかわらず、サッカーは一部のかぎられた学校のグラウンドのなかで、細々とつづけられたにすぎなかった。

 では、どうして、明治時代の日本人は、サッカーではなく野球に熱狂したのだろうか。

 この問いに関しては、いろんな人物がさまざまな意見を口にしている。が、わたしが最もおもしろく、かつ的確な指摘だと思っているのは、宗教学者の中沢新一氏に教えていただいた説である。

 それは「日本では、市民戦争が早く終結したから」というものだ。

 日本では、一六〇〇年の関ヶ原の戦いで一般庶民が武器をとって戦う内戦〔市民戦争‘civil war’〕が終結した。それは、種子島に鉄砲が伝来〔1542~43年?〕して約半世紀後のことであり、その鉄砲が武器として用いられた長篠の戦い〔1575年〕からわずか二十五年後のことだった。鉄砲が戦争の主力武器となると、それまでの槍や刀を用いた戦争とは戦い方がまったく異なってくる。ひとりひとりの人間が切り合う個人戦から、団体戦(集団戦法)にかわるのだ。ところが、日本の一般庶民は、その集団戦法(団体戦)をほとんど経験しないうちに江戸の天下泰平の世の中となった。

 そこで、約二百五十年のちに明治維新を迎え、文明開化で各種の西洋近代スポーツと接したとき、自分たちの感覚に最も近い野球に人気が集中したというのである。つまり、「やあやあ我こそは」とひとりひとりが名のりでて敵と戦うゲーム(ベースボールにおけるピッチャー〔投手〕とバッター〔打者〕の対決)、個人戦の積み重ねによるゲームが、最も理解しやすかったというわけである。さらに個人が活躍した結果が組織(チーム)に貢献するという構図も、武家社会がうみだし、町人(商人)にまでひろまっていた「御恩と奉公」という日本人の考え方に適合した。

 サッカーにも個人技が存在するとはいえ、それはつねに周囲の選手と協力関係を結ぶなかでの個人技であり、集団で一個のボールをゴールに運び、個人の活躍が野球ほどには際立たないスポーツは、徳川泰平二百五十年〔1603~1868年〕のあいだに宮本武蔵をはじめとする剣豪をたたえ、川中島での謙信・信玄の一騎打ちを英雄伝として語り継いだ日本人には、あまり魅力的なものと思えなかったにちがいない。

 それにくわえて、野球が日本で人気を博した大きな理由として、「間」が多いということもいえるだろう。〔以下略〕

玉木正之『Jリーグからの風』(集英社文庫)1993年,102~103頁
 だが、何回でも繰り返すが、この考えは間違いである。なぜなら、日本で本格的に野球が普及し始めた時代、1878~1887年(明治11~20)ごろの野球のルールは現在と大きく違ってから。投手は打者にできるだけ打たせなければならないならないルールだったからである。

 これでは、とても野球のことを投手vs打者による1対1の対決とはいえない。

Jリーグへの有難迷惑な期待
 『Jリーグからの風』の特徴は、日本スポーツ界に蔓延している好ましからざる体質(封建的人間関係,過度の精神主義,理不尽な苦痛etc.)も「1対1の勝負説」と同じルーツから出てきているという主張をしていることである(引用文中の朱字部分参照)。玉木正之氏(に限らないが)は、かねてから視界のこうした体質には批判的であった。

 日本の歴史や国民性に根差した野球、だが、それは日本スポーツ界の因習と表裏一体である。対して新しいスポーツ=サッカー、さらに新しいスポーツの理念を掲げたJリーグが乗り越えるのだ!! 玉木氏の主張にはこうした含みもある。そのためにもサッカーは、日本人には根本的に馴染みの薄いスポーツでなければならない。

 見当はずれで有難迷惑な期待をJリーグにかけられても困る。

 日本のスポーツ界にいろいろおかしな問題があるのは確かだろう。だが、「1対1の勝負説」のような虚説をテコにこれを批判し、乗り越えようとするとかえっておかしな事態を生む。

 事実、歪んだ日本スポーツのアンチテーゼとして玉木正之氏が期待を寄せたスポーツ関係者には失敗例が多い。サッカー日本代表ジーコ・ジャパン、ラグビー日本代表平尾ジャパン、プロ野球の長嶋茂雄&一茂親子,田淵幸一監督の福岡ダイエー・ホークス、みな然り。

 ある意味、疫病神みたいな存在だが、ひょっとして、玉木正之氏が「〈Jの理念〉を支持せよ!!」などと、鼻息荒く称揚していなかったら、Jリーグはもっと隆盛していただろうか?

 否、これはたちの悪い冗談である。

(つづく)

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玉木正之説と日本文化とサッカー
 日本人は、国民性,民族性の観点からも、集団的な戦闘(チームプレー)よりも、1対1の戦いを好む。だから、明治以来、日本人はチームプレーのゲームであるサッカーよりも、投手vs打者の1対1の対決がゲームの基本となる野球を愛するようになったのだ……。

 ……と、いうのが、スポーツライター玉木正之氏の長年の持論「1対1の勝負説」であった。

 玉木氏は、この説をテコにさまざまな日本スポーツ文化論を展開している。サッカー日本代表がワールドカップで勝てないのも、日本サッカーのいわゆる「決定力不足」も、みなこの文化本質的な拘束力が働いているためだと、玉木氏は主張している。

 だが、しかし、「1対1の勝負説」はさまざま無理があることを当ブログでは指摘してきた。有り体に言えばこの玉木氏の説は間違いではないのかと。そして「1対1の勝負説」に基づいた日本スポーツ文化論,日本サッカー文化論もまた間違いではないのかと……。

通俗的な日本文化論から日本スポーツ文化論へ
 ……玉木正之氏のこうした説の背景には、各国民,各民族には固有の国民性,民族性があり、人々はその強い拘束と影響の下にあるという通念がある。野球でもサッカーでもetc.日本のスポーツを論じる際には、こうした通念に基づいた議論がよく発せられる。例えば、前掲の日本サッカーの「決定力不足」を日本の文化や伝統を求める例は、広く見られる例である。

 こうした日本文化論のひとつに「間の文化論」(間は「ま」と読む)がある。主に比較文学者の剣持武彦氏が唱えたもので、日本人は……縁側や床の間を大切にする日本建築、余白の多い水墨画、行間を読む文学……など、とかく「間」を愛する民族であるというものだ。


 これが日本人と野球の関係に転じられると、以下のような展開になる。

 日本人には「間」を好むという独特の文化がある。伝統の大相撲には仕切りなどの「間」があり、囲碁や将棋の棋士の長考の「間」がある。そして野球もまた、間の多いスポーツである……。

 ……だから、日本人は野球を愛するようになったのだ。そして、だから、日本人は本質においてサッカーを愛することができないのである。だから、サッカー日本代表は世界で勝てないのである。

玉木正之氏版「間の文化論」とその疑問
 玉木正之氏は、「1対1の勝負説」の他に「間の文化論」も展開している。
 ……野球が日本で人気を博した大きな理由として、「間」が多いということもいえるだろう。

 野球というスポーツは、三時間の試合のうちプレイ中が二十分程度しかなく。その他の時間は、イニングの合間の攻守交代や、ピッチャー〔投手〕が投球するあいだの間合いや、バッター〔打者〕が精神を統一するためにバッターボックスをはずす時間に費やされている。それは、野球というスポーツの特徴でもあるが、アメリカうまれのすべてのスポーツに当てはまる特徴でもある。

 アメリカン・フットボールは……バスケットボールは……バレーボールも……それらアメリカうまれのスポーツは、ヨーロッパうまれのスポーツ――サッカー、ラグビー、ホッケーなどが原則的にプレイを中断することなく、できるだけプレイを継続させようとするのと、本質的に異なる特徴を有している。

玉木正之『Jリーグからの風』(集英社文庫)1993年,102~103頁

 さて、玉木氏の「間の文化論」にも、またあの疑問が浮かんでくる。

 英国生まれで、国際的には大変人気がある「クリケット」はどうしたのですか?
クリケット
【クリケット】

 野球とクリケットは親戚関係にあるバット・アンド・ボール・ゲームの仲間である。したがって、当然、クリケットにも「間(ま)」がある。しかもこのスポーツには試合途中に「お茶の時間」や「ランチの時間」だってあるのだ。

 クリケットは「間の文化」ではないのですか? 野球が「間の文化」で、クリケットは「間の文化」ではないのだとしたら、その理由はどこにあるのですか?

 なぜ、クリケットではなくて野球なのか? なぜ、その説明がないのか? という問題がここでも出てくる。

 もちろん、玉木氏のような日本文化論で日本のスポーツを断じる人は、持説にとってこんな都合の悪いことを考察の対象にしたりはしない。「間の文化論」に基づいた日本のスポーツ論もまた破綻しているのである。

(つづく)


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テレビドラマ『坂の上の雲』の野球シーン
 NHKが2009~2011年にかけて放送したスペシャルドラマ『坂の上の雲』。そのあるシーンを、当ブログでは注目していた。物語の主人公の1人である正岡子規が野球をやる場面である。

 司馬遼太郎の原作には、こうした場面はない。しかし、子規が野球好きだったことも人口に膾炙するようになったこともあるし、NHKのドラマ版では、子規たちが興じた明治時代初期の野球が映像で再現されるのではないかとひそかに期待していたのである。

 はたしてNHKは『坂の上の雲』で正岡子規に野球をやらせた。

 劇中、香川照之が演じる子規はバットを持ちバッターボックスに立って「ハイボールじゃ!」と叫ぶ。ハイボールとは自分の打ちやすい高めのストライクゾーンである。審判は投手に「ハイボール!」と宣告。投手は下手投げで子規に向かってボールを投げた……。

 ……たしか、こんな場面だった。打者はハイボールか、ローボールか、コースを指定できるルールであった。わが意を得た気分であった。

玉木正之説と『坂の上の雲』の野球ルール
 日本人は、サッカーのような集団戦闘のスポーツよりも、「投手vs打者の1対1の対決」がゲームの基本である野球の方を好む。それは日本人の歴史,文化,伝統etc.に裏付けられているのだ……と、いうのがスポーツライター玉木正之氏の長年の持論(1対1の勝負説)であった。

 しかし、いくつかの理由から玉木氏の説は成り立たないのではないか……と、当ブログでは批判してきた。そのひとつは明治初期に初めて伝えられた日本に伝えられたルールでは野球を「投手vs打者の1対1の対決」がゲームの基本であるとは言えないのではないかということであった。

 ドラマ『坂の上の雲』の正岡子規による野球シーンは、まさにそれを再現して見せた
だった。打者は自分の打ちやすいコースを指定して、投手も下手投げに限られるなど技術的にも制限されたものだった。**

 ところで玉木正之氏は2011年までNHKの番組審議委員を務めていた。なのに当ブログが知る限り(インターネットでしつこく検索をかけた限り)、ドラマ『坂の上の雲』での正岡子規の野球シーンに言及したところは見たことがない……。

玉木正之氏のご都合主義的テレビ批評
 ……その一方で、玉木正之氏は同じNHKの歴史教養番組『その時歴史が動いた』(2000~09年)での大化の改新の、例の打毱(打鞠)のシーンには、あれは違う! 間違いだ! スティックを鞠を打つ球技でだ! ……とイチャモン(言いがかり)をつけるのである。
タマキのナンヤラカンヤラ バックナンバー 2004年12月
12月16日(木)つづき
ホテルでNHK『その時歴史は〔ママ〕動いた 大化の改新』を見る。首謀者が中大兄と鎌足ではなく皇極女帝と軽王子が後ろで糸を…というのは面白かったけど、中大兄と鎌足が「蹴鞠」で密談という「俗説」をそのまま紹介したのは残念。蹴鞠は平安以降で、当時は「鞠打」(まりうち・ぎっちょう・くゆるまり)と呼ばれる球戯。2組に分かれたチームが互いに足や棒を使ってボールを運び、ゴールを目指し合ったもので、いわば日本フットボールの草分け。こういう球戯が古代日本にあったのに、それを蹴鞠と誤解してしまうから、日本のサッカーは「ゴールを狙う意志」が薄く、蹴鞠のようにパス回しだけに終わってしまうのでは?橋本治氏の『双調平家物語』のなかでは「鞠打」がきちんとホッケーのような球戯として描かれている。が、正月のNHK特番ドラマ『大化の改新』ではどうなんやろ?
タマキのナンヤラカンヤラ バックナンバー 2004年12月より
【クリックすると拡大します】

 当ブログでこれまで何度も紹介してきた玉木正之氏のいつもの主張だ。日本サッカーのいわゆる「決定力不足」も、日本の歴史・文化・伝統
etc.に由来するのだという。かねてからのこの問題の主張についての邪気の無さには、肚の底からうんざりさせられる。

 しかし、特に玉木氏が依る橋本治氏の『双調平家物語』はあくまで「小説」(フィクション)であり、歴史史料でも歴史研究でもない。また橋本氏が『双調平家物語』を執筆するにあたって参考にした歴史学者・遠山美都男氏の『大化改新~六四五年六月の宮廷革命』(中公新書)では、問題の古代球技は実にあっさりと「蹴鞠」と書いている(というか遠山氏はこの問題を重要視していない)。


 とにかく玉木正之氏は、同じNHKの番組でも『その時歴史が動いた』の大化の改新の古代球技の件には饒舌になるが、ドラマ『坂の上の雲』の正岡子規の野球シーンについては黙して語らない。なぜか……?

 ……要するに玉木氏にとっては、あの場面は自身の歴史観にとって非常に都合の悪いものだからである。そうした要素を無視することで、玉木氏はご都合主義の日本スポーツ史を捏造しているのである。

(つづく)


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日本代表はスポンサーの言いなり??? : スポーツライター玉木正之氏の知的誠実さを問う

 モータースポーツジャーナリスト林信次氏の『時にはオポジットロック』という、エッセイ集があった。この中に、1992年のバルセロナ・オリンピックで「モータースポーツ」が正式種目に選ばれたら、どんなドライバーが各国代表になるのか……というテーマがあった。

 ブラジル代表は、文句なしにアイルトン・セナ(あまり好きなキャラクターではなかった)。フランスは、アラン・プロスト。ドイツ……ミハエル・シューマッハはF1でデビュー前だったかな?

 英国は、ナイジェル・マンセルだったと思う。今みたいにサッカー人気の時代だったら、イングランド,スコットランド,アイルランド,ウェールズで選んだらどうなるか、選考してみてほしかった。ちなみにジョン・ワトソンは「北アイルランド」の出身だ。

 アメリカ合衆国は、候補が多くと困る……と林信次氏は書いていたが、さすがにリチャード・ペティではない。マイケル・アンドレッティが候補の中に入っていたと思う。オリンピックの正式種目にモータスポーツがなくてよかったですね(笑)

 さて、日本代表……。林信次氏が選んだのは現役のF1ドライバーだった中島悟(エッセイ連載当時)ではなく、日本のトップフォーミュラで走っていた中島のライバル,「日本一速い男」の異名をとる星野一義だった。

 これには唸らされた。

 星野一義は、主に世代的な理由でF1レギュラーにはなれなかったが、速さ・強さには定評があり、むしろF1で下位を走っていた中島(失礼)より星野の方が「世界に通じる」のではないかとも言われた。

 「日本に物凄く速い男がいる」。日本のレースに参戦経験があり、後にF1を走った外国人レーサーたちからも一目置かれていたのが星野一義である。このエピソードの出どころは、同じ林信次氏でも『F1戦士デビュー伝説』だったと思う。
F1戦士デビュー伝説
林 信次
ベストブック
1994-03

 F1の世界では、実力や今までの成績ではなく、チームにスポンサー資金を持ち込むことでF1チームのシートを得るレーシングドライバーのことを「ペイドライバー」(Pay Driver)と言う。

 当ブログでは、日本のスポンサー持ち込みで背番号10を獲得したにもかかわらず、ほとんど試合にも出られず、ベンチウォーマーに甘んじている本田圭佑の体たらくを称して「ペイドライバー」のサッカー版と評した。

 それでも、本田圭佑はこの度のサッカー日本代表(ロシアW杯アジア予選,2017年3月24日の対UAE戦,3月28日の対タイ戦)に選考された。日本代表監督のヴァヒド・ハリルホジッチ氏が「試合に出ていない選手は日本代表に選ばない」と明言してきたのに。実際のハリル氏は態度を180度変えてきたのである。

 日本のスーパーフォーミュラでトップを走っているレーシングドライバーよりも、名門とはいえ落ち目のF1チームの、辛うじてテストを走らせてもらってる「ペイドライバー」の方が格が上であり、日本代表のエースとして正当だという価値観である。

 ちなみに、3月24日の対UAE戦,3月28日の対タイ戦の民放地上波(テレビ朝日系)のテレビ中継に、本田圭佑がCMに出演している「花王」がスポンサーについているのだという噂がある……。



 ……まさか、サッカー日本代表の座も「ペイドライバー」なのだろうか?

(了)


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野球の記録で話したい : WBCでアメリカが弱く、他国が強いわけ

 2016年11月にシカゴで行われた、ラグビーユニオンのニュージーランドvsアイルランド戦は超満員だった。広大な国土の土地柄にもよるだろうが、アメリカ人がスポーツの国際試合そのものに関心が薄いということはないと思う。

 もっとも、野球の代表チームによる世界大会=ワールドベースボールクラシック(WBC)の話題を追いかけていると、アメリカ人ってのはスポーツの国際試合・世界大会を企画するのが本当に下手糞だと思う。英国人やフランス人に教えてもらえばいいのに。

 MLBアメリカ大リーグは、すでに全く充足している。今さらアメリカ合衆国は代表チームでWBCの優勝をガムシャラに狙う必要などないと言う……。

 ……しかし、その割にはヨーロッパ進出の夢だけは諦めきれないらしいなあ。MLBもかなわない唯一の「敵」が、ヨーロッパである。

 野球がヨーロッパでも普及・定着していたら、WBCも違った盛り上がりを見せたかもしれない。

 MLBの欧州開催の話題は、以前から出ては消え、出ては消え……の、オオカミ少年みたいな話題だった。今度こそ本当にやるのかしら?

 ヨーロッパ人は野球(ベースボール)を享けつけないかというと、そんなことはない。それを認めたら玉木正之氏の文化本質主義的な議論と同じになってしまう。

 かつてイングランドサッカーのダービーカウンティFCの本拠地の名前が意外にも「ベースボールグラウンド」だった。なんでまた?

 昔、英国にもアメリカの球技「野球」のセミプロリーグがあり、それなりに人気があった時代があった名残りである。この英国野球リーグの話は軍司貞則氏の『もうひとつの野球~ヨーロッパ球界地図』(1980)に出てくる。
欧州地図_ベースボール
軍司 貞則
ベースボール・マガジン社
1980-07
もうひとつの野球―バルセロナ五輪序曲 (集英社文庫) [文庫]
軍司 貞則
集英社
1991-03

 しかし、1929年の世界大恐慌でダメになったらしい。似たような話でアメリカ合衆国のプロサッカーリーグが同じく大恐慌で活動休止に追い込まれたという。本質的に、ヨーロッパは野球不毛の地ではないし、アメリカ合衆国はサッカー不毛の地ではない。

 むろん、日本だってサッカー不毛の地ではないし、野球とベースボールの違いが云々などというのはつまらないレトリックである。

 野球も、サッカーも、バスケも……スポーツ各種目はそれぞれゲームとしての「固有の面白さ」を持っており、比べてどちらが面白い、どれが面白いかという議論は愚劣である。

 しかしながら、どんなスポーツを面白く感じるかどうかは、そうした「固有の面白さ」とは別の要素もある。

 日本サッカー冬の時代にファンを引き付けた要素に、世界で最も人気があるスポーツであるという、サッカーの世界選手権=ワールドカップはオリンピックより人々を熱狂させるという触れ込みがあった。

 してみると、ヨーロッパ人が野球の持つ「固有の面白さ」を理解するかどうかとは別の問題をはらんである。

 国内リーグであるMLBだけで「ワールドシリーズ」(世界選手権)を自称し、本音ではMLBがWBCをに敬意を示していない「野球」という競技を、国家・民族の代理戦争(笑)を一世紀半も繰り返してきた英国・ヨーロッパが、享け入れるのか否か。

 この点は非常の興味がある。スペインのレアルマドリードだって、Jリーグの鹿島アントラーズに勝って初めて世界選手権となったのである。

(了)


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