スポーツライター玉木正之氏の知的誠実さを問う

大化の改新と蹴鞠(けまり)問題など、日本のサッカーカルチャーについてさまざま論じていきたいと思っています。

2017年02月

玉木正之,R・ホワイティング,中沢新一の鼎談から
 大化の改新のきっかけになった古代日本の球技スポーツは「蹴鞠」(けまり)ではない。「打毬」(だきゅう)とも「毬杖」(ぎっちょう)ともいわれるスティックでボールを打つ球技である。だから、日本ではサッカーやラグビーよりも野球の人気が出たのだ……。

 ……と、いうスポーツライター玉木正之氏の長年の持論。この話の確かな出典は、玉木氏本人がすっかり忘却してしまったこともあり、とうとう分からなかった(それではスポーツライターとして、大学・大学院でスポーツ文化を教える教授として困るのだが)。

 しかし、「日本人は
集団の戦い(チームプレー)よりも1対1の戦いを好む。だから、日本ではチーム同士の戦いであるサッカーやラグビーよりも、投手vs打者の1対1の戦いが重視される野球の人気が出たのだ」という、玉木正之氏のもうひとつの重要な持論については出どころがハッキリしている。

 それは玉木正之氏、ロバート・ホワイティング氏(在日アメリカ人ジャーナリスト)、中沢新一氏(宗教学者・人類学者)による、講談社の月刊誌『現代』1988年10月号掲載の座談会「SMかオカルトか侃侃諤諤〈ベースボール人類学〉」である。内容は日本の野球文化論もしくは野球を通じた日本文化論ともいうべき趣。
 中沢 ……野球というのは……だから日本人の感性に合っているのかも知れない。

 玉木 ホワイティングさんには『菊とバット』という名著がありまして、今度は明治時代まできかのぼって“日本人と野球”を考察したパート・ツー〔『和をもって日本となす』〕を脱稿されたばかりなんです。
菊とバット〔完全版〕
ロバート ホワイティング
早川書房
2005-01

和をもって日本となす〈上〉 (角川文庫)
ロバート ホワイティング
角川書店
1992-02

 中沢 ほう。日本人はなぜこんなに野球が好きになったとお考えですか?

 ホワイティング 一つには、宮本武蔵と佐々木小次郎というような〔1対1の〕対決の図式があることだと思います。第二点は日本人にとって初めての団体スポーツだった。その前は剣道とか……。

 玉木 一対一の個人競技ですよね。

 ホワイティング 本来は非常に集団主義に向いている国なのにね。それに、理屈ということでは、日本では野球の楽しみの半分は筋を読むことになっている。ボクシングなら試合が終わったら、すべてが終わるのに、野球は次の日の朝、新聞を読んでまた楽しむんです。

 中沢 なるほど。集団と個人ということでいえば、日本は世界的に見ても内乱〔内戦〕というか、シビル・ウォー〔‘civil war’=内戦〕が早く終わった国なんです。十六世紀にだいたい終わっちゃったから集団戦法というのが発達しきらなかった。集団戦という新しい戦争の思想が成熟しなかったわげです。そうしたときに、戦いということでは武蔵と小次郎という一種のフィクションが作り上げられた。

 玉木 それはおもしろい。戦いということを考えたときに、イビツだという気がしますね。たとえば川上哲治という男〔注:ずいぶん悪意のある表現だ〕がいるでしょう。彼はさかんに武蔵を語るわけです。武蔵ほど勝手な個人主義者はいないですよ。それなら川上さんも個人主義に徹するかというと、なぜか“チームの和”を強調する。おかしいのは、武蔵も晩年になって精神的なことをいってるんですね。心と心の対話だとか。そういう虚像を作るのは日本人は非常にうまい(笑)。

 中沢 集団と個人的なヒーローのバランスを、実際の戦いやスポーツの中でどう作るかということは大きなテーマだった。結局は、あまり個人が浮き立つようなヒー口ーはまずいわけですよ。
「現代」(講談社)1988年10月号2
【『現代』1988年10月号より。クリックすると拡大します】
日本の特異な歴史と日本の特異なスポーツ文化
 日本人は集団の戦い(チームプレー)よりも1対1の戦いを好む。なぜなら……。

 ……なぜなら、欧州(西洋)と違って日本では17世紀初めに内戦の時代(戦国時代~安土桃山時代)が終わってしまったからである(大坂夏の陣=1615年で終焉)。それは日本に鉄砲が伝来(1542~43年?)してわずか70年余りであり、鉄砲が重要な武器として用いられた長篠の戦い(1575年)からわずか40年後のことだった。

 鉄砲が戦争の主力武器となると、それまでとは戦争とは戦い方がまったく異なってくる。刀や槍を用いてひとりひとりの人間が切り合う戦い、「やあやあ我こそは……」と名乗りを上げて戦う一騎打ちから、集団の戦い(チームプレー)に変わるのだ。

 ところが、日本人は集団の戦い(チームプレー)をほとんど経験できず、その意識が浸透しないまま200年以上平和が続く江戸時代となった。集団の戦いの意識が希薄だった日本人は、川中島の戦いにおける武田信玄vs上杉謙信、巌流島の決闘における宮本武蔵vs佐々木小次郎のような1対1の対決を好み、英雄譚として語り継いできた。

 明治時代(1868年~)になって、野球、サッカー、ラグビーなど、さまざまなスポーツ競技が一気に伝えられた。そんな中、多くの日本人にとっては、サッカーやラグビーのような集団戦(チームプレー)のスポーツよりも、投手と打者が「やあやあ我こそは……」名乗りを上げて1対1の対決をする野球がもっとも理解しやすかった。

 だから、日本ではサッカーやラグビーではなく、野球が国民的スポーツになったのだ。

 ……これが、玉木正之氏の持論「1対1の勝負説」である。

都合のいい結論のための「おもしろい」日本スポーツ史
 この話は「大化の改新のきっかけとなった古代日本の球技スポーツは蹴鞠ではなかった説」と並んで玉木正之氏のスポーツ思想の根幹をなすもので、玉木氏のスポーツ文化啓蒙書の類には必ず出てくる重要な持論である。

 この玉木氏の持論は、先に引用したように中沢新一氏らとの座談会において、中沢氏の発言に玉木氏がインスパイアされたもの。そして玉木氏がさらにまとめ上げ、日本のスポーツファンに広く啓蒙しているものである。

 玉木説に大きなヒントを与えた中沢新一氏は、着実で実証的な学者というよりは、1980年代にニューアカデミズム(現代思想)の担い手といった印象が強い。中沢氏へ評価は人によって肯定否定の落差が激しい。小谷野敦という文芸評論家なのか何なのかよく分からない人に至っては、『バカのための読書術』という本の中で、中沢氏の本はすべて「いんちき」で読んではいけないとまで酷評している。

 いずれにせよ、中沢氏の発言には学問的な裏付けなど感じない。本当に軽い思いつき発言である。しかし、玉木氏は中沢氏のようなタイプの知的権威に弱いし、何より「それはおもしろい」と飛びついて、盛んにこの説を唱えるようになった。

 しかし、これは確かな事実や根拠に基づく日本のスポーツ史,スポーツ文化の把握ではない。「おもしろい」では困るのである。秋山陽一氏(ラグビー史研究家)が批判しているように、玉木正之氏は「都合のいい結論のために史実が〔を〕歪め」ているのだ。

 おもしろくて都合のいい歴史観,文化観から日本のスポーツの在り方を批判しても、日本のスポーツが好ましい方向に向かうことは決してない。

 今後とも、玉木正之氏の「1対1の勝負説」を探し当てただけ紹介し、徹底的に批判をしていくつもりである。

(つづく)


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 「聡明で才あふれるフットボーラーながらピッチ外のふるまいは年齢相応に未熟だった」
 若き日の中田英寿が、このくらいに評価される時、我が日本列島におけるスポーツは、いくらか成熟を遂げたことになるのではないか。
――藤島大 
 「シューマッハ」と聞いて元西ドイツ代表のゴールキーパー,ハラルト・シューマッハの方を先に思い出すのは、よほど年配のサッカーファンだろう。もっとも、ここで採り上げるのはF1世界チャンピオンのレーシングドライバー,ミハエル・シューマッハである(ミハエルはハラルトのファンでもあったらしいが)。

 ミハエル・シューマッハは、メルセデス‐ベンツの若手育成プロジェクトからF1ドライバーにステップアップした。この時、ドライビングの手ほどきだけでなく(コーチがヨッヘン・マス)、マスコミ対応、インタビューのコーチングも受けたという。

 この話は、モータースポーツジャーナリスト林信次の『F1戦士デビュー伝説』(ベストブック)**に出てくる。林信次だから確かな話であろう……。
F1戦士デビュー伝説
林 信次
ベストブック
1994-03

 ……と、いうことを「久保建英の取材非対応は“過保護”か。異例の通達に見る15歳逸材の守り方」という話題を読んで思い出した。

 「しかしそれは、今後FC東京U‐23やアンダーカテゴリの日本代表で身に着けていけばよいことでもある」という。それならば10代の若手のサッカー選手をいきなりマスコミ取材に飛び込ませるのではなく、ミハエル・シューマッハのように取材対応のコーチングも予(あらかじ)め行った方がいいのではないかとも思う。

 日本サッカー界にそういった実践やノウハウの蓄積はあるのだろうか? ひょっとして無いのではないか? Jリーグ・スーパー杯の前座試合となると、そろそろ取材も受けるべきではなかろうかとも考える。

 余計なことを心配してしまうのは、中田英寿という、マスコミとのイザコザや軋轢を繰り返していた失敗作がいるからである。久保建英選手を「過保護」に扱ってしまうのも、中田の例で、日本サッカー界がビビッているのかもしれないと邪推してしまう。

 中田英寿を失敗作呼ばわりして意外に思った人がいるかもしれないが、この人は世界レベルでみてワールドクラスとして成功したとはいえない。

 ミハエル・シューマッハが出たのでF1グランプリに例えると、F1までは驚異的な勢いでステップアップしたが、それから伸び悩んだ。表彰台には1~2回立ったかもしれないが、世界チャンピオンやグランプリで優勝したドライバーとは同格とはとても言えない。

 中田とは、そんな選手である。そういえば中田英寿と同い年でよく似た経歴の日本人ドライバーがいた。

 本田圭佑に至っては、実力や今までの成績ではなく、チームにスポンサー資金を持ち込むことでACミラン(イタリア)の背番号10を獲得した選手である。F1の世界ではペイドライバー(Pay Driver)というが、本田はそのサッカー版である。
本田圭佑_東洋タイヤCM
 イタリアはモータースポーツも盛んな国だから、イタリア人は移籍の時点で本田の正体を見抜いている。

 中田の方は、最近、国際サッカー評議会(IFAB)の諮問委員になったという。いたいけな日本人には、ちょうどいいコケ脅しである。こういう役職にはアジア枠みたいなものがあるかもしれない。だとしたらアジアのサッカーとはまだまだそのレベルということになる。

 久保建英選手は、中田英寿や本田圭佑のような選手,人格になるべきではない。そうではなくて本物のワールドクラス、本物のロールモデルになってほしいのである。

 中田英寿については、日本のマスコミが悪い。タブロイド紙なみの程度のレベルの低い取材しかしない日本のマスコミの方が悪いという人は多い。

 ……が、しかし、中田にしろ、本田にしろ、あたかも日本のマスコミは世界レベルであるかのように扱ってくれる。彼らの言動,性格,立ち居振る舞いが日本のサッカーマスコミ、延いては日本のサッカーファンの劣等感を絶妙にくすぐるのである。

 ワールドクラスに到達したとはいえないこれらの人々をあたかもワールドクラスのように扱ってくれるのだから、たしかに日本のサッカーマスコミはレベルが低い。

(了)

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大化の改新のきっかけは蹴鞠ではない!?
 なぜ、日本ではサッカーが振るわないのだろうか? 日本には「蹴鞠」(けまり)の伝統があるというのに。大化の改新のきっかけとなった中大兄皇子と中臣鎌足の出会いも「蹴鞠」の会であったというエピソードが『日本書紀』にも出てくるではないか……。
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 しかし、この逸話が登場する『日本書紀』皇極天皇紀には実は蹴鞠とは書かれていない。そこに記載されている日本古代の球技スポーツの名前は「打毱」(打鞠)である。
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 この「打鞠」については、通説どおり鞠(ボール)を足で蹴る「蹴鞠」であるという説。蹴鞠とは違う、「打毬」(だきゅう)とも「毬杖」(ぎっちょう)とも言われるスティックを使ってボールを打つ球技であるとの2つの説がある。
正倉院宝物より
 現在、流通している「日本書紀」のテクストの考証・注釈では、この球技を「蹴鞠」とするもの(岩波文庫,坂本太郎考証)、スティック球技とするもの(小学館,西宮一民考証)と両説が分かれている。この件に関して決定的な定説はないようである。

 こうした中にあってスポーツライター玉木正之氏は、蹴鞠でない「スティック球技説」の方を正しいものとして繰り返し力説してきた。

サッカーが苦手な日本人
 なぜなら玉木正之氏は「日本人はサッカーが苦手な民族である」という持論の持ち主だからである。もっとも、玉木氏は、大化の改新のキッカケが蹴鞠でなかったから日本人はサッカーが苦手なのだ……という単純な考えで「スティック球技説」を唱えているのではない。

 玉木氏は「2チーム対戦型で、両チームが向かい合い、ピッチに両軍選手入り混じって、ボールを奪い合い、これをつないで、ゴールを狙う球技」のことをサッカー(またはフットボール)の人類史的なルーツと考えている。チーム(団体)で行うのが重要なのであって、ボールに触れるのは、足でも、手でも、スティックでもかまわない。

 一方、現代の日本に伝わっている「蹴鞠」は平安時代になって、スティック球技よりも日本に遅れて入ってきたものである。この蹴鞠は足先を使い少人数でボールを蹴り上げ続けるが、しかし、個人プレー中心の球技である(と玉木氏は思っている)。日本人にとって蹴鞠はサッカーのルーツには当たらない(と玉木氏は思っている)。

 スティックを使った団体球技は、やがて歴史の中で日本では廃れ、一方の蹴鞠は主に貴族階級の中で生き残り、日本の伝統として近現代まで伝わった。日本人にとってボールスポーツ(球技)とは個人プレーに面白さを見出したものだからである。

 日本人はチームで行うスポーツよりも、個人プレー中心のスポーツを愛する。だから日本人はチームとしての動きが重要なサッカーやラグビー(フットボール)よりも、投手や打者の個人としてのプレーが大切な野球が好きなのである。

 日本人はサッカーが苦手な民族なのである。

チームプレーよりも1対1の対決を好む日本人
 玉木正之氏にはもうひとつの持論がある。日本人はチーム同士の戦いよりも1対1の戦いを好むのだというものである。

 なぜなら、日本は、ヨーロッパ(西洋)とは違って17世紀初めには内戦(市民戦争‘civil war’)の時代、すなわち戦国時代~安土桃山時代が終わってしまったからである。日本人は飛び道具である武器「鉄砲」を使った集団戦闘を西洋のように本格的に体験することなく江戸時代に入り、幕末・明治維新まで平和な時代が長く続いた。

 そのため、日本人は、集団的な戦闘(チーム同士の戦い)の物語よりも、宮本武蔵vs佐々木小次郎や、武田信玄vs上杉謙信のような1対1の対決の物語を英雄譚として語り継ぎ、愛するようになった。

 明治時代に入り、野球、サッカー、ラグビー……など、さまざまなスポーツが日本に入ってきた。そんな中で日本人の心をつかみ、最も人気が出たスポーツは、サッカーでもなく、ラグビーでもなく、野球だった。なぜか? 日本人は野球における投手と打者の対決に1対1の対決の物語を見出したからである。

 日本人はサッカーが苦手な民族なのである。

スポーツライター玉木正之氏の思想の根幹
 この2つは、スポーツライター玉木正之氏の思想……玉木氏の日本スポーツ史観、日本スポーツ文化観等々の根幹をなしており、玉木氏のスポーツ関連書籍には必ず登場する。

 サッカー日本代表がワールドカップで勝てないのも、Jリーグの人気がプロ野球にはるかに及ばないのも、すべてチームプレーよりも個人プレーを愛する、チームプレーよりも1対1の対決の物語を愛する、スポーツにおける日本人の民族性のためである。

 しかし、玉木氏がどんな根拠に基づいて特に前者の主張……大化の改新のきっかけとなった古代日本の球技は「蹴鞠」ではなくスティックを使った球技である……を唱えるのか、彼の著作からはよく分からない(後者に関してはハッキリしている)。参考文献にもそれらしい著作がない。

 この問題では、いくつかの状況証拠を示して、この球技は蹴鞠ではなくスティックを用いた球技の方ではないかと「推定」している研究者もいる。ただし、確かな史料に乏しいので「断定」まではしていない。ところが玉木正之氏は、これは蹴鞠ではない。スティックを使った球技であると繰り返し「断言」している。

 まさか、玉木氏自身が『日本書紀』や日本古代史を詳しく研究したわけではあるまい。誰か専門家の何がしかの研究・考証に則って主張しているはずだ。それを知りたくて当ブログ(の中の人間)は玉木氏に質問のメールを出してみることにしたのである。

玉木正之氏のデタラメな対応
 玉木正之氏からは、すぐに回答の返信メールをいただいた。誠実な対応には大変感動した。しかし、一方でその内容は支離滅裂で当ブログは誠実さをまったく感じなかった……。
玉木氏は誰のどのような所説をもとに、蹴鞠ではなくスティック球技説を支持したのか?
  • しかし、玉木氏は当方の知りたいことに何も答えてくれなかった。もしくは何も答えられなかった。
  • 玉木氏は、自身の主張の根拠となる資料を片付けて(破棄して?)しまった。正確な出典を思い出せなかった。
  • 玉木氏は、岩波文庫の『日本書紀』を日本古代のスポーツが描写された本として推薦しておきながら、蹴鞠説を支持する歴史学者・坂本太郎の考証を知らない(読んでいない)と言った。
  • しかも、坂本太郎の名前を坂上太郎と間違えた。
  • さらに図々しくもその紹介文でスティック球技説を吹聴した(だったらスティック球技説を採用している小学館版『日本書紀』を推薦すればよかったのだ)。
  • こちらの質問には答えないで、玉木氏はひたすら持論のスティック球技説をまくしたてた。
  • 橋本治氏の小説『双調平家物語〈2〉飛鳥の巻(承前)』を示して、このフィクションの描写の方が(歴史書である『日本書紀』よりも)史実に近いと言った。
  • 玉木氏は、当方からの質問を一方的に「的外れ」「誤解」と決めつけ、メールでのやり取りを一方的に公開し、当方をさらし者にした。
 ……と、呆れるばかりの醜い対応であった。自分の考えを絶対的に正しいものと無邪気に信じているのだろう。大変がっかりさせられた。

 玉木氏の反応に不満を抱いた当ブログは、あらためて反論と再質問のメールを送った。その内容はこれまでに紹介したとおりである。しかし今度は玉木氏からの反応はなかった。

玉木正之説を批判する意義
 大化の改新のキッカケが蹴鞠だったのか、そうではないスティックを使った球技なのかという問題は、けして瑣末事ではない。これは日本のスポーツ全体、日本のサッカー全体の把握にかかわる大問題である。

 玉木正之氏は知名度の高いスポーツライターであり、スポーツ界への影響力も強い。玉木氏が問題提起したことで顕在化・常識化したスポーツ界の話題も多い。つまり、このまま玉木氏の持論が「天下の公論」になってしまうかもしれないのである。そうなると日本のサッカー、日本人のサッカー観、スポーツ観にも大きな(悪い)影響を与えてしまう。

 それが妥当なものならば、受け入れるしかない。しかし、玉木氏の持論が間違っていたり(間違っているのだが)、一方的な思い込みに過ぎないのならば(一方的な思い込みに過ぎないのだが)、しっかり批判しておかなければならない。

(つづく)


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玉木正之氏とのやり取りをふり返って
 大化の改新と蹴鞠問題における玉木正之氏と当ブログとのやりとりは以上の通りである。こうしてあらためて振り返ってみると「的外れ」なことをやってきたのは、むしろ玉木正之氏の方である。

 当方の知りたいことに玉木氏は何も答えてくれなかった。もしくは何も答えられなかった。

 誰のどのような所説をもとに〔蹴鞠ではなく〕毬杖説〔スティック球技〕を支持したのか?

 しかし、玉木氏はその資料を片付けて(破棄して?)しまった(!)。正確な出典を思い出せなかった(!)。

 玉木氏は、〔文藝春秋のスポーツ誌『ナンバー』1995年10月増刊「20代のテクスト〈スポーツを読む〉。」の中で〕岩波文庫の『日本書紀』を読むべきスポーツの本として推薦しておきながら、蹴鞠説を採用した歴史学者・坂本太郎の「打毱」の考証を知らない(読んでいない)と言い(!)、図々しくもその紹介のページで毬杖説を吹聴する(だったら小学館版を推薦すればよかったのだ!)。坂上太郎と名前を間違える(!)。橋本治の小説を示してこの描写が史実に近いと言う(!)。

 それでいて質問してきた人間の方を「的外れ」だ「誤解」だなど言う(!)。そうしたやりとりをインターネットで公開してしまう(!)。かなり大胆な行為である。

 今回の件で、玉木正之氏の本質の一端を見た気がする。

 これはスポーツライター・スポーツ学者としての信用に関わることではないか?

カマをかける
 今回、こんな質問をぶつけたのは、玉木氏が「日本の歴史・文化・伝統……の中にサッカーを受け入れる素地がなかった」という考えをもっているのではないか? それをあぶり出してみたいという、少し意地の悪い関心を伴ってのものだった。この疑念はさらに深まった。

 「中沢新一氏の説……というより思いつき発言に便乗する」というのも同様である。

 日本人は、チーム同士の戦いよりも1対1の戦いを好む。明治初期の日本人は、それを野球における投手対打者の対決に見出した。日本でサッカーよりも野球の人気がでたのはそのためである。……最近、こんな説が広く見られるが、この説を流行らせたのも〔流行らせようとしている〕玉木氏である。

 この玉木説のオリジナルは、玉木氏らと座談会をした学者・中沢新一氏(宗教学・人類学)の発言である。中沢氏は、着実で実証的な学者というよりは、1980年代にニューアカデミズム(現代思想)の担い手とされた印象が強い人である。

 日本は17世紀初めには内戦の時代(戦国時代~安土桃山時代)が終わってしまった。日本人は鉄砲を使った集団戦闘を本格的に体験することなく……ここまでが中沢新一氏のオリジナル部分で以降は玉木正之氏が拡張した部分……江戸時代に入り、平和な時代が長く続いた。むしろ日本人は、集団的な戦闘の物語よりも、宮本武蔵対佐々木小次郎や武田信玄対上杉謙信のような1対1の対決の物語を英雄譚として語り継ぎ、愛してきた。日本人は野球における投手と打者の対決にそれを見出した。それが日本においてサッカーやラグビーのようなフットボールよりも野球の人気がでた理由である……というのである。

 この発言が出た座談会(講談社『月刊現代』1988年10月号)を読んだが、中沢氏の発言に特別な学問的な裏付けなどない。本当に軽い思いつき発言である〔以下の影印を参照〕。ただし、中沢氏のような知的権威に弱い玉木氏はこれこそ面白いと飛びついて、盛んにこの説を吹聴するようになった。
「現代」(講談社)1988年10月号2
【『月刊現代』1988年10月号の誌面より】

 インターネットでこの説を手軽に読めるテキストとしては、『日本スポーツ界における「室町時代」の終焉』(公式サイト「カメラータ・ディ・タマキ」)がある。

 玉木正之氏は、スポーツ史・スポーツ文化およびスポーツジャーナリズム全般に関わる啓蒙を著作やテレビ番組、大学・大学院などでやっているわけだが、この話は大化改新における毬杖説〔スティック球技説〕とともにセットで必ず出てくる。

 日本でサッカーではなく野球の人気が定着したのは、文化的・伝統的・歴史的な必然的理由があったと言いたいのだろうか……。

イデオロギー史観の陥穽
 ……しかし、この玉木説は決定的に間違っている。明治初期、日本に入ってきたばかりの野球、学生時代の正岡子規が熱中していた野球は、現在の野球とは基本的なルールが大きく異なっていたからである。

 2009年にNHKが放送したスペシャル大河ドラマ「坂の上の雲」第1部では、正岡子規(演:香川照之)が秋山真之(演:本木雅弘)らと野球をやるシーンがあるが、この辺りの違いがかなり忠実に描写されている。

 ところが玉木氏は、2011年までNHKの番組審議委員を務めていたというのに、なぜかこの件は黙して語らない。同じNHKでも歴史教養番組「その時 歴史は動いた」の大化改新の蹴鞠のシーンには、あれは間違いだ! 毬杖だ! とイチャモンをつけるくせに、なぜかこの件は黙して語らない。
タマキのナンヤラカンヤラ バックナンバー 2004年12月より
【タマキのナンヤラカンヤラ バックナンバー 2004年12月より】

 当然の話で、当時のルールでは野球を「投手対打者の1対1の対決」とは見なし難いからだ。本当に日本人がそうした事柄に面白さを見出したのであれば、野球ではなく、昔から基本的なルールが変わっていないクリケットの方に人気が出ていなければおかしい。

 加えるに、日本人が本当に鉄砲(飛び道具)を使った戦闘を敬遠してきたのか否かについては、鈴木眞哉氏の『鉄砲と日本人~「鉄砲神話」が隠してきたこと』(ちくま学芸文庫)のような本を読んでいただければと思う。


 玉木氏のような怪しげな所説は容認し難いものだ。

 玉木正之氏にとっては事実よりも自分の思想の方が大事なのだ。この人が語るスポーツ史・スポーツ観は、スポーツの現場の感覚から遊離したイデオロギー臭が強いので注意を要する。こうした姿勢は玉木氏の仕事全般に及んでいて、さらに野球、ラグビー、サッカーなど日本のスポーツ界の現場にも悪い影響を及ぼしている。

 こうした経緯を見てくると、玉木氏の大化改新における毬杖説の主張も、中沢氏新一発言への安易な便乗と同じく、適当な読みかじりを安易に信じ込んで吹聴しただけのことだったのではないかと疑ってしまう。

本当は怖いスポーツライター玉木正之
  『日本書紀』は勅撰正史という政治的テキストであるがゆえに一方で謎が多く、これまでにも「郡評論争」「法隆寺再建論争」「聖徳太子非実在論争」「大化改新虚構論争」といった日本古代史のさまざまな論争を起こしてきた。

 中大兄皇子と中臣鎌足が邂逅した法興寺槻樹下の「打毱」についても、それが蹴鞠なのか毬杖なのか……。論争になれば面白いのだが、そうはならなかったのは政治史的な意義が希薄な些末事と思われたからか?

 実は、さまざまな理由からこのエピソード自体が虚構とする説もあり(遠山美都男『大化改新~六四五年六月の宮廷革命』中公新書)、それが本当だとするとこの問題の意義付けも変わってきてしまう……が、それは置く。

 個人的には、蹴鞠でも毬杖〔スティック球技〕でもどっちでもいい。玉木正之氏については、自説を主張するならばちゃんと論争が成り立つだけのハッキリとした裏付けをもってやってほしい。それができないならば一面的な主張は慎んでほしい。当方の願いはただただそれだけなのだ。

 こういう人が大学・大学院、著作やテレビ出演でスポーツ史やスポーツ文化について教育・啓蒙しているのは本当に恐ろしいことである。

(つづく)


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読者に従順を強いる抑圧的なスポーツライター玉木正之
 大化の改新のきっかけとなった古代日本の球技スポーツは、よく知られている蹴鞠(けまり)ではない。スティックを使ったホッケーやポロに近い球技である……と、スポーツライター玉木正之氏は繰り返し主張してきた。当ブログは、2010年9月、「玉木さんがそう唱える理由、根拠は何ですか?」と質問のメールを送ったことがある。

 玉木氏からはすぐに返事をいただいた。だが、その答えには納得できないまま、いつしかそんなやり取りがあったことは忘れていた。すると玉木氏は、2012年2月になって、まるでこちらが「誤解」だらけで「的外れ」な質問をしてきたかのように自身のホームページで勝手に公開してしまった。
読者からの質問への回答1
 これには大いに不満であったので、2012年10月、玉木正之氏への反論と再質問をメールで試みた。以下はその続きである。

 * * * * * * * * * *

 〔承前〕玉木さんのご回答は、ただただ持説を鸚鵡〔おうむ〕返しに唱えているにすぎません。それなのに当方を一方的に「的外れ」「誤解」とされるのは非常に心外です。〔玉木氏の回答は論証ではなく折伏である〕

 玉木正之が言っているから正しい……これでは通りません。玉木さんは、『スポーツとは何か』だったかで日本のアスリートは監督・コーチに従順であるなどと批判的に書いていました。

 翻って、玉木正之の読者は著者に従順でなければならないのでしょうか? 玉木さんの元で学んだ学生・院生または玉木氏のスポーツライター養成塾の塾生からは、今まで何の疑問も出なかったのでしょうか。

文化本質主義者としてのスポーツライター玉木正之
 そういえば、ある席で一緒になった牛木素吉郎さんから「玉木サンは持説を一方的に声高にまくしたてる〔ばかりな〕ので困った」というお話を聞いたことを思い出しました。

 一連の経緯を見て考えたことですが……。

 玉木さんは、自分が正しいと思ったことを盲信して、見解の相違について考えたり、丁寧に批判したりすることが出来ないのではないか?

 また、玉木さんは、現代思想・文芸批評的なスポーツ論・スポーツ観に傾倒していたせいか、地道な論証・実証を軽んじているのではないか?〔唐突にこんな話を持ち出したが、そのうち触れる日が来るだろう〕

 しかし、それでは異見の持ち主を説得することはできません。

 そしてもう一つ、玉木さんは、日本の歴史・文化・伝統……の中にサッカーを受け入れる素地がなかったという方向に話を持っていきたがっているのではないか?〔実はこれが玉木氏の本音なのである〕

 私自身は、〔大化の改新のきっかけとなった古代日本の球技は〕蹴鞠でも毬杖〔スティックを使ったホッケー風球技〕でもかまわないし、一国の国民的スポーツがそのような理由で決まることはないと思います。

 ただ、中沢新一氏の説……というより思いつき発言に便乗するにしても、本当に妥当な見解かきちんと自己検証されていないのではないでしょうか?〔唐突に「中沢新一氏の説」が出てきたが、これについては後でじっくりと採り上げます〕

知的誠実さのないスポーツライター玉木正之
 当方の質問にお返事をいただいたことは大変誠実なものであり、恐懼〔きょうく〕するものです。しかし、肝心のご回答の内容には知的誠実さを感じませんでした。

 あらためて玉木さんに質問します。

 玉木さんの持説に、「『日本書紀』皇極天皇紀にある、大化改新の発端となった中大兄皇子と中臣鎌足の出会いのきっかけとなった《打毬》とは、蹴鞠(≒サッカー)ではなく、毬杖(ぎっちょう≒ホッケー)である」というものがあります。

 (1)玉木さんが、どこかでこの件にまつわる考証を書いている媒体(紙・ネットなど)ありましたら、ぜひとも教えてください。

 (2)それがないのであれば、どこかで表明してほしいと思います。ぜひとも教えてください。

 以上に加えて質問します。

 (3)法興寺の槻の樹の下で行った球技が、騎乗で行う「打毬」(ポロの原形)ではなく、徒歩で行う「毬杖」(ホッケーの原形)である根拠について、玉木さんの見解を教えてください。さすがに騎乗で「而候皮鞋随毬脱落(皮鞋の毬の随〈まま〉脱け落つるを候〈まも〉りて)」は苦しいのではないかと思います。〔玉木氏が騎乗の競技ではないとする考証もやっていないための追撃的質問〕

 もう一つ質問します。

 (4)玉木さんはNHKの番組審議委員でもあったはずです。……が、NHKのスペシャル大河ドラマ「坂の上の雲」第一部で、香川照之演じるところの正岡子規が野球をするシーンについて、玉木さんが何か言及している場面をネット検索では見つけることができません。玉木さんが、どこかでこの件にまつわる感想・意見を書いている媒体(紙・ネットなど)ありましたら、ぜひとも教えてください。ないのであれば、それはなぜなのでしょうか? 玉木さんに都合が悪いことが何かあるのでしょうか?

 〔前段落についても、おいおい詳しく触れるでしょう〕

 ぜひとも、玉木さんの見解を知りたいのです。

 以上、お手数ですがよろしくお願いします。 敬具

 2012年10月8日体育の日  gazinsai拝

 * * * * * * * * * *

読者の質問に何も答えてくれないスポーツライター玉木正之
 反論と再質問のメールは以上の通りである。こうしてあらためて振り返ってみると「誤解」だらけで「的外れ」なことをやってきたのは、むしろ玉木正之氏の方である。

 当方の知りたいことに玉木氏は何も答えてくれなかった。もしくは何も答えられなかった。

 あれからずいぶん時間が経つが、玉木正之氏から回答はない。

 最初の回答はかなり的外れ……というか、当方の文章がよく読まれていないために生じた「誤解」に近いモノなので、「誤解」を解くために反論と再質問の返信を書いたところが、それに対する返事はナシ。当方の意図に納得してくれたのかどうか……。この問題はサッカーファンの公益に関わることと思い、ここに公開しました。

 玉木氏の2度目の回答は来るのか? その日が来ることを期待しないで待っている(爆)

(つづく)


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