スポーツライター玉木正之氏の知的誠実さを問う

大化の改新と蹴鞠(けまり)問題など、日本のサッカーカルチャーについてさまざま論じていきたいと思っています。

2016年12月

 日本プロ野球の沢村賞はアメリカ大リーグのサイ・ヤング賞をマネて作られた……という嘘を、スポーツライター玉木正之氏が吹聴しているという話が「常識」となっている。

 その話は本当なのか? 実は、玉木氏本人がその件で突っ込まれ(メールで質問を受け)、自身の公式サイト「カメラータ・ディ・タマキ」で回答するというやり取りを公開したことがある。

[読者からの質問への回答 掲載日2012‐02‐29]
http://www.tamakimasayuki.com/nongenre/bn_134.html
[ウェブ魚拓]http://megalodon.jp/2013-0314-2105-12/www.tamakimasayuki.com/nongenre/bn_134.html
この二つの「メール」は、最近のモノと、数年前のモノ〔こちらは「大化の改新と蹴鞠」問題にまつわる質問〕で、どちらも、小生が出版物に書いた原稿の「間違い」を指摘したモノです。が、その「間違いの指摘」が少々的外れ……というか、小生の文章がよく読まれていないために生じた「誤解」に近いモノなので(小生の書き方もわかりにくかったのかもしれませんが)、「誤解」を解くために返信を書いたところが、それに対する返事はナシ。納得してくれたのかどうか……と思うと同時に、他にも、このような「誤解」を抱いてる人がいるかもしれない…と思い、ここに“蔵出し”します(中味はスポーツ・ネタですが、読者との交信ということで、“ノンジャンル”で扱います)。
 以上が玉木氏によるリード文である。以下が読者からの質問メールの文面である。
〈読者からのメール〉
日本プロ野球にも、その年の最も優れた投手に贈られる賞として沢村賞がある。 ただしサイ・ヤング賞はリリーフ投手も受賞対象だが、沢村賞は先発投手限定である。 沢村賞はサイ・ヤング賞より古く1947年に設立されているが「沢村賞はサイ・ヤング賞をモチーフにして作られた」という勘違いも日本では見受けられる[1]。

[1] 一例として玉木正之著『プロ野球大辞典』(新潮文庫、1990年)に 「沢村賞という投手に与えられるタイトルですら、アメリカのサイ・ヤング賞にならったものだ。」(P209)という記述がある。

どういうことですか??
 実はこの読者氏、ウィキペディアの記述を読んで質問してきた(別の言い方をするとウィキペディアしか読んでいない)であろうかことが明白である。

 これに対する玉木正之氏の返答が、今ひとつ分かりにくいのだ。
〈小生の返信〉
ホームページ経由のメール拝読。

拙著『プロ野球大事典』が出版された1990年(3月)は、ちょうど前年から沢村賞がパ・リーグの投手にも与えられることになった時期で、確か、その年のオフには野茂英雄投手が受賞したように記憶しています。

それ以前は、小生や、拙著の執筆に協力していただいた宇佐美徹也氏(記録の神様とも呼ばれた当時報知新聞記録部長の方です)などが、沢村賞がセ・リーグの投手だけに贈られるのはオカシイ(沢村は1リーグ時代に活躍した投手だから)という意見を盛んにマスコミで機会あるごとに主張していたのですが、日本野球機構がそのように沢村賞を両リーグの優秀な先発投手から選ぶようになったとき、なぜか多くのマスコミが「サイ・ヤング賞もナショナル・アメリカン両リーグから選ばれている」と報じたところから、沢村賞という投手に与えられるタイトルですら、「アメリカのサイ・ヤング賞にならったものだ。」と書いたのです。

今となっては少々ワカリニクイ表現となったかもしれませんが、当時(1989年)は、宇佐美さんと「沢村賞のほうが古いのに……」と、苦笑していたものです。したがって、どのメディアの記述かは知りませんが、〈「沢村賞はサイ・ヤング賞をモチーフにして作られた」という勘違いも日本では見受けられ〉その〈一例として〉拙著が取りあげられているのは、少々心外でもあり、残念でもあります(同書の「沢村栄治」や「沢村賞」の項目まで読んでいただければ、「サイ・ヤング賞をモチーフに…」などというバカな理解をしていないことは、理解していただけると思うのですが……。

拙著(パロディや冗談を基調にした本)の宿命と言うべきでしょうか、コノ本を読んで、「野球政治学者」を紹介してくれ……と連絡してきた新聞記者もいるくらいで、また時代の変遷とともに、常識も変化することですから、注意しなければならないな…と自戒しているところです。

尚、サイ・ヤング賞はリリーバーも対象にしているが、沢村賞は先発だけ……というのは、両投手とも先発が中心だったとはいえ、沢村がヤング以上に先発中心で、ヤングは結構リリーフも多かったことが考えられます。が、日本のプロ野球が、まだリリーフ投手よりも先発投手のほうを「価値が上」と考えている証拠、ととらえることもできるかもしれません。

以上、小生の考えを述べさせていただきました。 古く既に絶版になっている小生のデビュー作を読んでいただき、ありがとうございました。

○○○○○様    from玉木正之
 玉木氏の文章はごちゃごちゃして分かりにくい。もともと玉木氏は過去の記憶があいまいで、過去の発言に関する昔の資料をきちんと確認しないで書く……という性癖の持ち主であることが、なおいっそう混乱に拍車をかけている。

 ここは玉木氏の説の出典とされる『プロ野球大辞典』を読んでいこう。そうしないと何も始まらない。

 もっとも、読んだ人の中にも『プロ野球大辞典』を読んだ人の中にも、よくわからないと言っている例がある。

 どうも心配になってくるのだが……。

(つづく)


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 「日本の沢村賞は、アメリカ大リーグのサイ・ヤング賞を参考に創設された」という間違いをスポーツライター玉木正之氏が吹聴している……噂は本当なのだろうか?

 当ブログは、その噂の発信源ではないか推測されるウィキペディアの該当記事を読んできた。今回は続編。サイ・ヤング賞に続いて「沢村賞」(沢村栄治賞)の項目を読んでいく。

 まずは、2016年12月21日閲覧の該当部分から。
沢村栄治賞
沢村栄治賞(さわむらえいじしょう)は、日本プロ野球における特別賞の一つ。通称「沢村賞」。

概要
1947年、読売新聞社が戦前のプロ野球黎明期において豪速球投手として名を馳せた沢村栄治の栄誉と功績を称えて制定[1][注釈 1]。

注釈
1^ メジャーリーグのサイ・ヤング賞を真似て作られた賞とする文献も存在するが[2]、その歴史はサイ・ヤング賞(1956年制定)より古い。

出典
2^ 玉木正之 『プロ野球大事典』 新潮社〈新潮文庫〉、1990年、209頁。ISBN 4101070121。
 玉木氏の著作にそう書かれてあると記されている。続いて更新記録を追いかけてみる。2007年11月4日の時点では以下のように簡潔な記述だった。
沢村栄治賞
これはこのページの過去の版です。えの (会話 | 投稿記録) による 2007年11月4日 (日) 12:31 (個人設定で未設定ならUTC)時点の版であり、現在の版とは大きく異なる場合があります。

メジャーリーグのサイ・ヤング賞を真似て作られた賞と誤解されがちだが、実はその歴史はサイ・ヤング賞(1956年制定)よりも古い。
 それが2010年9月30日になると、その内容が動く。沢村賞はサイ・ヤング賞を真似たものとは誰が書いたのか出典を出すように、との注文が付くようになる。
沢村栄治賞
これはこのページの過去の版です。CHELSEA ROSE (会話 | 投稿記録) による 2010年9月30日 (木) 05:48 (個人設定で未設定ならUTC)時点の版であり、現在の版とは大きく異なる場合があります。

メジャーリーグのサイ・ヤング賞を真似て作られた賞と誤解されがちだが[誰?] 、その歴史はサイ・ヤング賞(1956年制定)より古い。
 そして、2010年9月30日になるとついに玉木正之氏の名前が登場する。
沢村栄治賞
これはこのページの過去の版です。Skyer (会話 | 投稿記録) による 2010年9月30日 (木) 12:07 (個人設定で未設定ならUTC)時点の版であり、現在の版とは大きく異なる場合があります。

メジャーリーグのサイ・ヤング賞を真似て作られた賞と誤解されがちだが[2] 、その歴史はサイ・ヤング賞(1956年制定)より古い。

2^ 一例として玉木正之著『プロ野球大辞典』(新潮文庫、1990年)に「沢村賞という投手に与えられるタイトルですら、アメリカのサイ・ヤング賞にならったものだ。」(P209)という記述がある。》
 サイ・ヤング賞に続いて沢村賞の項目にも玉木正之氏の名前が登場するようになった。執筆したのは「Skyer」というハンドルネームの人物である。

(つづく)


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 これこそ楽観論というものだろう。日本テレビは、今後とも「海外厨」の明石家さんまをFIFAクラブワールドカップテレビ中継の「ゲスト解説」として使いづるけるだろうからだ(そもそも「ここ数年間」ではなく「ここ数十年間」である)。

 「海外厨」の明石家さんまに代表されるような、世界一流のレベルを誇る欧州サッカーを偏愛し、それゆえに自身のサッカー観の見識を誇るために日本のサッカーへの侮蔑を公言せずにはいられない……という性癖「海外厨」は、『「日本サッカーダメダメ」と言う異様な自虐論』の一形態、変種である。

 つまり、こうした「異様な自虐論」が簡単になくなるはずがないのである。

 だからこそ、この「海外厨」という
特異な日本のサッカーカルチャーとは何なのかという探求や批評が必要なのだ。だが、サッカージャーナリズムやアカデミズムはその公然とした現象に気が付かないか、無視をしている。

 東京・渋谷のスクランブル交差点での「俄かサッカーサポーター」によるハイタッチを難じてはナショナリズムを批判したつもりになったり……。

 日本から遠く離れた欧州サッカーでのレイシズムの表現として黒人選手にバナナを投げる話を紹介しては得意になったり……。

 ……することだけが、スポーツ学やサッカーカルチャーの評論ではないと思う。

 「日本のサッカーには、ヨーロッパにはないさまざまな問題がある」のだ。
サッカーと愛国
清義明
イースト・プレス
2016-07-16

 閑話休題。「海外厨」の明石家さんまによる日本サッカーへの侮蔑発言があらたまる様子はない。いい加減、公益財団法人日本サッカー協会や一般社団法人Jリーグ選手会も、
「海外厨」の明石家さんまを起用する日本テレビに抗議し、これを降板させるべきではないだろうか。

 これには前例がある。世界陸上のテレビ中継で出場する選手にふざけたキャッチコピーをつけていたTBSに日本陸連が抗議してやめさせたことがあるのだ(こちらも参照されたし)。

 日本テレビとしては、「海外厨」
明石家さんま、あるはその背後の強力な芸能プロダクション・吉本興業への接待の意味もあるのかもしれない(どうでもいい話であるが、スポーツライター玉木正之氏の友人に吉本興業の役員がいたはずである。その友人が「海外厨」明石家さんまの知られざる逸話を話すシーンが玉木氏の著作『プロ野球の友』に出てくる)。
プロ野球の友 (新潮文庫)
玉木 正之
新潮社
1988-03

 それならばVIPルームで「海外厨」の明石家さんまにクラブW杯を観戦させればいいだけの話であって、わざわざテレビ中継に出す必要はない。

 日本陸連にできて、日本サッカー協会やJリーグ選手会にできないことはないと思う。

(了)


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 明石家さんまの弟は焼死している。はじめ事故(火事)による焼死だと伝えられたが、実は焼身自殺だったらしい。兄・明石家さんまと同じで高校時代はサッカー選手だった。国体への出場歴もある。家庭のことでいろいろ悩んでいたという。亡くなる直前、奈良県の阪奈道路(国道、元有料道路)で交通事故(転落事故)を起こしている。自殺未遂だったのか?
明石家さんまの弟の死を伝える週刊誌記事
【明石家さんまの弟の死を伝える週刊誌記事】

 日本の鹿島アントラーズがスペインのレアルマドリードに対して大善戦をした2016FIFAクラブワールドカップ決勝。テレビ中継で「ゲスト解説」をつとめていた明石家さんまは、この試合後「もし鹿島が2対1で勝っていたら、高速道路でいろいろなことを考えて〔交通事故を起こして?〕しまいそう」だったと語った。

 明石家さんまはスペインのレアルマドリードに勝ってほしかったのだ。

 むろん、日本人だから日本のクラブを応援しなければならない義務などない。それだけならば、別に構わない。しかし、明石家さんまは、世界一流のレヴェルを誇る欧州サッカーをこよなく愛し、それのみならず自身のサッカー観の見識の高さを誇るために日本のサッカーを貶さずにはいられない……という性癖の、いわゆる「海外厨」というカテゴリーのサッカーファンだった。明石家さんまのコメントはそうしたニュアンスを孕(はら)んでいたのである。

 当然、このコメントは顰蹙(ひんしゅく)を買って、ネットは炎上した。

 それにしても「高速道路でいろいろ考えていた」とは、興味深い。ひょっとして、明石家さんまは、死の直前に交通事故を起こした弟のことでも思い出したのだろうか? 死んだ弟も、明石家さんまと同じように「海外厨」だったのだろうか?

 こんなことを明石家さんま本人に面と向かって言うのは嫌がらせだが、明石家さんまが自身の「高尚な」サッカー観を誇示するために、公共の電波たるサッカー中継で日本のサッカーを侮蔑するのも日本のサッカーファンや日本のサッカー界に対する嫌がらせである。

 FIFAクラブワールドカップのテレビ中継を担当する日本テレビが、「ゲスト解説」として明石家さんまを起用し続けているのは、多くのサッカーファンに対する公然としたハラスメントである。


 それでは、(海外厨という性癖は別として)明石家さんまのサッカー解説が素晴らしいかというとそうでもない。この辺はNHKの大相撲中継における「デーモン閣下」の解説と比べると、その差、歴然である。


 民放地上波のスポーツTV中継の劣化・堕落はブラックホール並みに底なしである。

(了)


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誤解を広めたのはウィキペディア?
 「日本プロ野球の沢村賞は、アメリカ大リーグのサイ・ヤング賞をまねて作られた」という誤解をスポーツライター玉木正之氏が広めている……この風説を広めているのは、おそらくインターネット百科事典ウィキペディアではないかと思われる。

 例えば、2016年12月12日に閲覧したウィキペディア日本語版「サイ・ヤング賞」の項目にはハッキリと記述されている。
サイ・ヤング賞
サイ・ヤング賞(サイ・ヤングしょう、Cy Young Award)は、メジャーリーグベースボールの賞のひとつ。ナショナルリーグとアメリカンリーグのそれぞれから、その年に最も活躍した投手1人ずつが選出される。

概要
日本プロ野球にも、その年の最も優れた投手に贈られる賞として沢村栄治賞(沢村賞)がある。ただし、サイ・ヤング賞はリリーフ投手も受賞対象だが、沢村賞は先発投手限定である。沢村賞はサイ・ヤング賞を真似て作られた賞とする文献も存在するが[1]、沢村賞が制定されたのは1947年であり、その歴史はサイ・ヤング賞(1956年制定)より古い。

脚注
1.^ 一例として玉木正之著『プロ野球大辞典』(新潮文庫、1990年)には「沢村賞という投手に与えられるタイトルですら、アメリカのサイ・ヤング賞にならったものだ」(P.209)という誤った記述がある。
 ウィキペディアは、読者が自由に編集できるところに特徴があり、だからこそ物事を調べるときの裏付けとしてこれを用いるのは非常に危うい。「サイ・ヤング賞」の項目もたびたび書き換えられ、内容が更新されている。

 このインターネット百科事典は、幸いなことにこれまでの更新履歴をたどることができる。これを見ると、いつ玉木正之氏がそのような誤解を吹聴していると書かれるようになったのか、知ることができる。

 2007年8月12日版の記述はシンプルなものだった。
サイ・ヤング賞
これはこのページの過去の版です。Singletwin2000 (会話 | 投稿記録) による 2007年8月12日 (日) 02:37 (個人設定で未設定ならUTC)時点の版であり、現在の版とは大きく異なる場合があります。

球史に残る大投手サイ・ヤングをたたえて制定された賞である。日本の沢村賞に当たる。ただし、日本と違い、受賞対象選手を先発投手のみに限定しない。

沢村賞はサイ・ヤング賞より古い1947年に設立されているが、沢村賞はサイ・ヤング賞をモチーフにして作られたと勘違いしている人も多い。
 これが2007年8月20日版になると、「『沢村賞はサイ・ヤング賞をモチーフにして作られた』と勘違いしている人も多い」という記述が登場し、加えて[要出典]の表記も出る。
サイ・ヤング賞
これはこのページの過去の版です。UCinternational (会話 | 投稿記録) による 2007年8月20日 (月) 13:28 (個人設定で未設定ならUTC)時点の版であり、現在の版とは大きく異なる場合があります。

日本プロ野球にも、その年の最も優れた投手に贈られる賞として沢村賞がある。ただしサイ・ヤング賞はリリーフ投手も受賞対象だが、沢村賞は先発投手限定である。沢村賞はサイ・ヤング賞より古く1947年に設立されているが「沢村賞はサイ・ヤング賞をモチーフにして作られた」と勘違いしている人も多い[要出典]。
 そして2007年11月8日版で、ついにその「情報の出どころ」が玉木正之氏で彼の著作の中にそう書かれているという内容になる。
サイ・ヤング賞
これはこのページの過去の版です。220.56.68.3 (会話) による 2007年11月8日 (木) 08:49 (個人設定で未設定ならUTC)時点の版であり、現在の版とは大きく異なる場合があります。

日本プロ野球にも、その年の最も優れた投手に贈られる賞として沢村賞がある。ただしサイ・ヤング賞はリリーフ投手も受賞対象だが、沢村賞は先発投手限定である。沢村賞はサイ・ヤング賞より古く1947年に設立されているが「沢村賞はサイ・ヤング賞をモチーフにして作られた」と勘違いしている人も多い[1]。

[1]^ 玉木正之は自著『プロ野球大辞典』において沢村賞はサイ・ヤング賞にヒントを得て作られたものなどと語っている。
 玉木氏が「沢村賞はサイ・ヤング賞を真似して作られた」という風説は、まずウィキペディアの「サイ・ヤング賞」の項目に現れたのである。これを書いたのは、ハンドルネーム……というよりはローカルホスト「220.56.68.3」の人物である。

 それでは「沢村賞」の項目はどうなっていたのだろうか?

(つづく)


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