前回,前々回のおさらい
- 【前々回】RWC2019日本大会の公式テーマ曲「ワールド・イン・ユニオン」はなぜ黙殺されたのか?(2020年01月23日)
- 【前回】続・RWC2019日本大会の公式テーマ曲「ワールドインユニオン」はなぜ黙殺されたのか?(2020年01月26日)
いきものがかりの吉岡聖恵が歌った、ラグビーW杯2019日本大会の公式テーマ曲「ワールド・イン・ユニオン」(World In Union)は、世間では無視され、黙殺され、忘れ去られた。
なぜか? 「ワールド・イン・ユニオン」とは別に、独自のラグビー関連のタイアップ曲を持ってビジネスをしているNHK、日本テレビ、TBSといった日本ラグビー界をPRしてくれるマスメディア、独自のCMタイアップ曲を持つ、ラグビー日本代表のスポンサー・大正製薬「リポビタンD」に対して、日本ラグビー界が【忖度】したからである。
タイアップ曲によるビジネスは、欧米の音楽業界には見られない因習であり、日本の音楽業界、テレビ業界が孕(はら)む構造的な、好ましからざる慣習である。
この風潮が、ラグビー界を含めた日本のスポーツ界、日本のマスメディアによるスポーツ番組、スポーツ中継にも及ぶようになっている。
日本ラグビー界が吉岡聖恵の「ワールド・イン・ユニオン」を前面に押し立ててしまうことで、他の日本ラグビーとのタイアップ曲が目立たなくなってしまうことを、恐れたからである。
吉岡聖恵の「ワールド・イン・ユニオン」は、「タイアップ曲」という日本的な因習の犠牲になり、存在を隠蔽され、潰された。
ゆず「栄光の架橋」とNHKのステマ
例えば。2004年アテネ・オリンピックの公式テーマ曲は、ゆずの「栄光の架橋」……ではない。
同大会の体操競技の中継で、NHKの刈谷富士雄アナウンサーが「伸身の新月面が描く放物線は、栄光への架け橋だ!」と実況した。1936年ベルリン五輪の「前畑ガンバレ」に匹敵する、本邦スポーツ中継史における名セリフ、だと言われている。しかし……。
この刈谷アナウンサーの実況は、放送法にある「他人の営業に関する広告の放送をしてはならない」という規定に抵触するのではないか? ……と批判されている。
NHKは、子会社のNHK出版が「栄光の架橋」の原盤権(著作権とは別の音源に関する権利)を持っていて、この曲を流せばNHK出版にカネが下りる。つまり、刈谷アナウンサーの実況は「栄光の架橋」のステマ(ステルスマーケティング)をしたものではないか……との疑惑を指摘されているのだ(速水建朗『タイアップの歌謡史』215~216頁)。
マーク・チーター@marcyoshida1これってワンダのステマな上に放送法違反ですわね、最悪。この脚本家はアサヒ飲料から金もらってるのは自明なんだから大問題ですよ、これ #いだてん #史上最低大河 https://t.co/5OdGd0fKWj
2019/12/22 09:26:22
例えば。2010年サッカーW杯南アフリカ大会の公式テーマ曲は、Superflyの「タマシイレボリューション」……ではない。
日本人のあるお笑いタレントが、この曲をBGMにして、同大会でアルゼンチン代表監督をつとめたディエゴ・マラドーナの物まね振りマネをしていたが、国際的には通用しない。外国人には、マラドーナの真似をするのに、なぜこの曲でなければならないのか意味不明である。
例えば。2012年ロンドン・オリンピックの公式テーマ曲は、いきものがかりの「風が吹いている」……ではない。
いきものがかりのボーカルの吉岡聖恵は、2019年のラグビーW杯日本大会の正真正銘の公式テーマ曲「ワールド・イン・ユニオン」を歌いながら、他のテレビ局・他のスポンサー会社のタイアップ曲ビジネスに隠蔽されて、世間的には黙殺された。しかし、この時は公共放送たるNHKの強力なバックアップを受けていた。
皮肉と言えば、皮肉である。
椎名林檎のブラジルW杯NHKタイアップ曲「NIPPON」は何が駄目か?
例えば。2014年サッカーW杯ブラジル大会の公式テーマ曲は、椎名林檎の「NIPPON」……ではない。
この楽曲は、好悪の別がハッキリと分かれたが、何が駄目なのか? 当ブログには、よく分かる。当シリーズでは、楽曲それ自体への評価はしないつもりだったが、この作品に関しては例外とする。「NIPPON」は、何が駄目なのか?
ウィキペディア日本語版の記述をそのまま信じれば、椎名林檎の「NIPPON」は、NHKから「日本代表を応援する歌を作ってほしい」と依頼されたという。しかし、英米などとは違い、ナショナリズムがデリケートな問題になっている日本で、これでは歪な楽曲しか生まれない(RADWIMPSの「hinomaru」なども同様である)。
むしろ、NHKは「国籍や民族にかかわらず,世界中のどこのサッカーチームであっても,ファンやサポーターが応援に使える曲を作ってほしい」と依頼するべきであった。
事実、JリーグのFC東京のサポーターは「You'll Never Walk Alone」(俗称:ユルネバ,元はリバプールFCのサポーターソング)、モンテディオ山形は「Blue Is The Colour」(俗称:ブルイズ,元はチェルシーFCのサポーターソング)と、英国のサポーターソングを使っている。
……というか、日本製のサッカー関連の楽曲が余りにも貧困なので、そうせざるを得ない。*
この辺が、「六甲おろし」(阪神タイガース)や「東京音頭」(東京ヤクルト スワローズ)といった応援歌が定着している、土俗の臭いが(いい意味で)ぷんぷんするNPB=日本プロ野球に対して、Jリーグ(日本サッカー)の劣っている点である。
椎名林檎が本当に優れたシンガーソングライターならば、NHKの依頼など鵜呑みにせずに、こうした「情況」に風穴をブチ開ける楽曲を創るべきであった。
それとも、Jポップのアーティストの創作力なんて、所詮こんな程度のモノなのですかね?
W杯も五輪も日本ではテレビ局のイベント!?
……等々、こうした事例には枚挙に暇がない。これらは、あくまでNHK(他の民放でも同様)が自局のスポーツ中継を利用した原盤権ビジネスのために、勝手に制定した私的な「タイアップ曲」であって、大会それ自体の「公式テーマ曲」ではない。
つまり、1964年東京オリンピックにおける三波春夫(ほか競作)の「東京五輪音頭」や、1972年札幌冬季オリンピックにおけるトワ・エ・モア(ほか競作)の「虹と雪のバラード」といった、公的なテーマ曲とは性格の異なる楽曲である(椎名林檎の「NIPPON」以外は,楽曲そのものへの評価ではない)。
あまつさえ、NHKなどは、テレビやラジオの番組で。こうした大会の公的なテーマ曲と私的なタイアップ曲を混同して、「W杯や五輪のテーマ曲」として紹介する詐術を行っている。許し難い。
かくして日本人は、ワールドカップであれ、オリンピックであれ、テレビ局の私的な「タイアップ曲」をいうフィルターを付けさせられて、あたかもそのテレビ局のスポーツイベントであるかのように、これを見るハメになる。
日本人は「世界」とは違ったものを見せられている。
このことは、日本におけるスポーツの文化的価値を著しく下げている。
紅白で「ワールド・イン・ユニオン」が歌われなかった愚かなニッポン
2019年12月31日、大晦日(おおみそか)恒例の歌番組「NHK紅白歌合戦」(紅白)で、吉岡聖恵が属するいきものがかりは、「ワールド・イン・ユニオン」ではなく、前述の「風が吹いている」を歌った……というか歌わされた。ゆずもまた前述の「栄光の架橋」を歌った。
ともに2020年東京オリンピックの前景気を煽るためである。
Little Glee Monster(リトグリ)は、NHKのラグビー関連番組タイアップ曲「ECHO」を歌った。また、松任谷由実は、ラグビーを題材にした「ノーサイド」を歌った。
同年、日本で開催されたラグビーW杯の感動を振り返り、その余韻に浸るためである。曲が流れている間、番組では、ラグビーW杯2019日本大会の試合の映像をふんだんに使っていた。
他方、他のラグビー関連のタイアップ曲の歌い手、例えば「馬と鹿」(TBS系テレビドラマ「ノーサイド・ゲーム」主題歌)の米津玄師や、「兵、走る」(ラグビー日本代表スポンサー「リポビタンD」CMソング)のB'zは、「紅白」に出演しなかった。
「紅白」には、いかにもNHK的な権威主義や、番組独特の野暮ったさがあり、こだわりを持つ「アーティスト」的な歌い手たちには、出演することに抵抗のある歌番組である。出演するにしても、さんざんな勿体を付けて出演する(何のかんのいっても「紅白」は視聴率は高いからPRの効果は高い.だから音源は売れる)。**
松任谷由実は、以前はそんなこだわりを持つ「アーティスト」的な歌い手だった。以前はそんなこだわりを持つ「アーティスト」的な歌い手では必ずしもなかった桑田佳祐のサザンオールスターズは、今やそんな人たちになってしまった。
そして、ネットという巷間には、そんな米津やB'zを盾にとってNHKや「紅白」を揶揄しては得意げな人がいるらしい。さらには米津「馬と鹿」の作風をもってB'z「兵、走る」の作風まで揶揄しては、得意げな人もいるらしい。だが……。
……全部間違っている。
吉岡聖恵が「NHK紅白歌合戦」で「ワールド・イン・ユニオン」を歌うことが出来なかったこと。これが一番の問題である。間違いである。
わたくしたちの祖国ニッポンは、そのことを知らない人の方が多い。間違っている。
日本人は本当に馬鹿な民族である……などと書くと、釜本邦茂の日本代表得点記録は捏造(そうなのかもしれない)だと常々主張している某ブロガー氏と一緒になってしまう。
しかし、日本人の多くがいたいけな情況なのは事実だからしょうがない。
日本は「世界」に向けて恥をさらしているッ……と書くと、誤字脱字事実誤認悪口雑言罵詈讒謗の常習犯であるインチキ野球ブロガー・広尾晃氏のようになってしまう。
しかし、「世界」に対して日本が恥ずかしい情況なのは事実だからしょうがない。
RWC2019…その玉に瑕
ラグビーW杯2019日本大会は、本当に素晴らしい大会だった。そのことは誰も疑いようはない。
台風19号の被害で3試合が中止になったこと。これは天災であるし、いたしかたない。
しかし、ラグビーW杯2019日本大会の本来の公式テーマ曲である、吉岡聖恵が歌った「ワールド・イン・ユニオン」が、ここまで蔑(ないがし)ろにされたこと。
この恥ずかしい事実は、大会唯一の汚点となっている。
(了)
続きを読む