スポーツライター玉木正之氏の知的誠実さを問う

大化の改新と蹴鞠(けまり)問題など、日本のサッカーカルチャーについてさまざま論じていきたいと思っています。

大化の改新の2人、中大兄皇子と中臣鎌足の出会いは「蹴鞠」だという…。
違う!「あれは蹴鞠ではない」と、スポーツライター玉木正之氏は主張している。
玉木氏は、そのことが現代日本のサッカーや野球にも影響を与えているのだと唱える。
それは一体どういうことなのか? そもそも玉木氏の主張は正しいのだろうか?

佐山一郎さんと宇都宮徹壱さんの対話から…
 サッカーライターでもあった佐山一郎さんは、自らその集大成と位置付けていた『日本サッカー辛航紀~愛と憎しみの100年史』(2018年)を執筆・上梓するにあたり、宇都宮徹壱さん(佐山さんのサッカーライターとしての弟子に相当する)との対談で、次のような気炎を上げていた。
宇都宮徹壱による佐山一郎インタビュー
【インタビューを受ける佐山一郎氏.宇都宮徹壱ウェブマガジンより】


――今日はよろしくお願いします。本題に入る前に、佐山さんの近況と言いますか、現在執筆されている著書についてお話を伺いたいと思います。タイトルが『日本サッカー辛航紀』。辛い本なんですか(笑)?〔聞き手:宇都宮徹壱氏〕

佐山 ネタをバラすと、2つの書籍からアイデアをもらっています。ひとつは、〔2016年〕8月に亡くなられた柳瀬尚紀〔やなせ・なおき〕さんの『フィネガン辛航紀』(河出書房新社)。これは柳瀬さんが、ジェイムズ・ジョイスの『フィネガンズ・ウェイク』を翻訳するのがいかに大変であったかというお話。辛いどころか、歯ごたえありすぎのご本。もうひとつが、ロナルド・ドーアの『幻滅』(藤原書店)。ドーアさんはイギリス人の社会学者で、90(歳)超えしています。日本を研究してきた「親日派」社会学者が、くまなく見てきた戦後日本70年がテーマの本で、いろんな時代の転換期をとらえながらも、最後に行き着いたのは「幻滅」の境地だったという。でも2冊ともユーモアを失ってはいませんし、そこがとても良いところ。

――つまり『フィネガン辛航紀』からタイトルを借りながら、ドーアの『幻滅』のように佐山さんの実体験を重ねつつ、日本サッカーの来し方を振り返るという作品になるんでしょうか?

佐山 そうなんですけど、予備考察としての蹴鞠の話から1964年東京五輪までの道のりも少しは押さえなければいけないですからね。1936年ベルリン五輪で日本がスウェーデンに勝った話ばかり〔「ベルリンの奇跡」〕でしょ。その次の試合でイタリアに0-8という大差で敗れてしまったことも、それ以上に重要なんじゃないでしょうかね。

――それ、私〔宇都宮徹壱〕も感じていました! そうした前史というか、佐山さんが生まれる前の日本サッカー史を掘り起こした上で、ご自身〔佐山一郎〕のサッカー体験をプレーバックしていくと。やはり起点は、64年の東京五輪なんですね?

佐山 そうですね。だいたい10年ずつくらいで章を立てていて、ようやく〔19〕70年代の終わりくらいまで来ました。〔以下略〕

(2016年11月02日)
 なるほど。ロナルド・ドーアの『幻滅』にインスパイアされたと言うだけあって、「ベルリンの奇跡」だけでなく、次の対イタリア戦の惨敗についても考えていくべきだと。日本サッカーの明るくない側面にも着目するのは、いかにも佐山一郎さんらしい。

 ベルリン五輪のサッカー競技、なかんずく日本代表に関して、何か、新しいネタの発掘・発見があったのかもしれない。……と、当ブログは期待して待った。

 はたして、佐山一郎さん渾身の一冊『日本サッカー辛航紀』は刊行された。

 ところが……。あにはからんや! 『日本サッカー辛航紀』には、ベルリン五輪の話は、ほんの数行しか書かれていなかった。いわゆるベルリンの奇跡=「日本がスウェーデンに勝った話」が、ほんの少し出てきただけだった。

 つまり、佐山一郎さんが事前に予告した「ベルリン五輪サッカー競技 日本vsイタリア戦論」は、実際には書かれることなく本になってしまったのである。

 何か、肩透かしを食らった気分だった。

後藤健生さんが語る対イタリア戦=日本惨敗の真相?
 2019年11月、サッカージャーナリストの大御所・後藤健生さんが『森保ジャパン 世界で勝つための条件~日本代表監督論』を上梓した。*

 この本は、サッカー日本代表の歴史。すなわち日本サッカーのプロ化(Jリーグ=1992~93年)以降の歴史、そしてプロ化以前=アマチュア時代のサッカー日本代表の歴史を、歴代監督ごとに言わば「紀伝体」の体裁を取りながら、簡潔に記述した興味深い一冊である。

 この著作の中で、後藤健生さんは、ベルリン五輪(1936年)当時のサッカー日本代表監督=鈴木重義に触れている(236~237頁)。

 対イタリア戦での、日本大敗の真相や、如何に?

 何のことはない。日本代表は1回戦でスウェーデンに逆転勝ちして「世界」に衝撃を与えたが、疲労困憊しており、そのために次戦=2回戦では、当時世界最強のイタリア代表(1934年,1938年とW杯連覇中)に0-8のスコアで大敗してしまった。

 それでも、後半30分くらいまでは、0-3とそれなりに戦うことができていた……という、実にアッサリとしたものであった。

 何事につけ、日本サッカーについてあまり明朗ではない叙述をしたがる傾向のある佐山一郎さんは、対イタリア戦の日本惨敗について掘り下げて書いて、他の凡百な日本サッカー史と「差別化」をしたかった。

 しかし、資料(史料)は少ないし、長年懇意にしている後藤健生さんの理解するところでは、大した中身もないので、その「差別化」は挫折してしまった。

 邪推になるが、意外に実態はそんなところではないのか。

(了)




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存続すら危ぶまれた(!?)NHK大河ドラマ
 NHKの看板番組である大河ドラマは、2019年の「いだてん~東京オリムピック噺(ばなし)」が内容も視聴率も酷すぎたので、そのシリーズとしての存続すら危ぶまれた。


 そのことが本当にNHKの内部で議論されていたのかもしれない。2021年の大河ドラマ、渋沢栄一が主人公の「青天を衝(つ)け」に決まるまで、かなり時間がかかった。


 しかし、意外にも「2022年の大河ドラマ」*はかなり早く、あっさり決まった。主演は小栗旬だという。ところが、脚本が三谷幸喜だというので、ひどくガッカリした。


三谷幸喜なる人物への極私的偏見
 その昔、実の弟を自殺に追い込んだとまで噂されている、海外サッカー厨(海外厨)の明石家さんま(本名:杉本高文)のサッカー番組に「サッカーファン」として登場したが、言っていることが全く面白くないのにもかかわらず「どうです? ボクって面白いでしょ!」的な態度が鼻についた……。

 ……以来、三谷幸喜なる人物には、極私的な偏見が拭(ぬぐ)えない。

 クドカンこと宮藤官九郎が脚本を書いた「いだてん」が史上最低大河とまで言われるくらいに大失敗作・大駄作だったのに比べて、三谷幸喜が脚本を書いた2016年大河ドラマ「真田丸」は成功作だと言われている。間違いである。

 「真田丸」の平均視聴率は15%台だったという。しかし、極私的な記憶では、初めは平均視聴率20%くらいを期待されていたはずだ。課せられたテーマは「大河ドラマの復権」。当時の感覚では、天下のNHK大河ドラマの平均視聴率が15%台で満足していいのだろうか……であった。

(その後の大河ドラマ,特に大愚作「いだてん」のせいで,かなり感覚が麻痺してしまったけれども)

 内容・出来も必ずしも良かったとはいえない。歴史学者の渡邊大門先生は「歴史リアルWEB」の週刊大河ドラマ批評で非常に辛辣な評価を下していた。


 そんな「真田丸」は、なぜ成功作であるかのように印象付けられたのか? 脱落した視聴者がいた一方で、残った視聴者が「信者」化してSNSでさんざんバズった(インターネット上の口コミで話題にした)からだ。

 平均視聴率20%に足らない平均視聴率15%。そのマイナス5%分を、NHKはそのバズったことで埋め合わせをして「成功」と総括した。間違いだった。その間違った総括の「なれの果て」が「いだてん東京オリムピック噺(ばなし)」という大失敗作だった。


 三谷幸喜の2022年大河ドラマ「鎌倉殿の13人」**もまた、SNSで「信者」たちにバズらせて、誤用マスコミに提灯記事を書かせ、ステマ(ステルスマーケティング)して、NHKは人々に人気番組だと「洗脳」するのだろうか?

どうしたって「草燃える」には敵わない
 「鎌倉殿の13人」の主人公は、鎌倉幕府の第2代執権の北条義時である。この時代……平安末の動乱期~鎌倉幕府草創期を舞台にし、北条義時が重要な登場人物となる大河ドラマといえば、1979年(昭和54年)の、あの「草燃える」がある。

NHK大河ドラマ・ストーリー 草燃える
藤根井 和夫
日本放送出版協会
1979-01-10


 「草燃える」は、歴代のNHK大河ドラマの中でも傑作である。

 石坂浩二の源頼朝は良かった。国広富之の空気が読めない源義経も良かった。友里千賀子のふくよかな静御前も良かった。郷ひろみのボンクラな源頼家も良かった。尾上松緑の老獪な後白河院も良かった。特に松平健のだんだんと変貌していく北条義時は素晴らしかった。何より岩下志麻以上の北条政子はいない……。



 ……要するに全部いいのである。「鎌倉殿の13人」の視聴は、「草燃える」がいかに素晴らしい歴史劇であったかを確認する作業となるだろう。


 NHK大河ドラマの希望は過去にしかない……のだろうか?

(了)




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職業ブロガー=広尾晃氏が素人ブロガーに噛み付く
 野球ブログ有数のアフィリエイトブロガーであり、プロの野球ライターでもある広尾晃氏(誤字脱字事実誤認が多すぎるなのは全く残念であるけれども)が、当ブログのエントリー「野球ブロガー・広尾晃氏の『〈サイン盗み〉の野球史』を嗤う」に噛み付いてきた。



 一介のブロガーが、アフィリエイトのためPVの数で稼ぐ職業ブロガーの標的として選ばれてしまった。このことは、ある意味、名誉で目出度いことなのか? あるいは、単にキレやすい広尾晃氏の頭に血が上ってしまっただけなのか?

 くだんの広尾晃氏のエントリーを読んだが、当ブログは、広尾晃氏と違って体内の血液が逆流しそうなほどの強い刺激は受けなかった。広尾晃氏は、当ブログの該当エントリーの本質的な部分には、ほとんど言及していないからである。したがって、当ブログが今から内容的に付け加えることも少ない。以降は、ほとんど駄目押しである。

広尾晃氏にとっての「世界」と「日本」
 そもそも、広尾晃氏にとってのスポーツ文化の理解とは何か?

 野球の話題に絞って言うと、「世界」すなわちMLB&アメリカ野球界には豊かな「スポーツマンシップ」の精神があり、スポーツ文化を深く理解している。翻って「日本」なかんずくNPBまたは高校野球ほかの日本野球界は、スポーツ文化をまるで理解しておらず、スポーツマンシップとは真逆の、貧困なる「勝利至上主義」にドップリ浸かり、スポーツを穢(けが)している……。

 ……という極端なロジックである。これは「世界=MLB&アメリカ野球界=スポーツマンシップ/日本=NPBまたは高校野球ほか日本野球界=勝利至上主義」という、いわば二元論的な図式として表せる。きわめて硬直的で単純化された世界観である。

日米「サイン盗み」をめぐる広尾晃氏のダブルスタンダード
 そんな広尾晃氏が、再三紹介してきたのが「正しく〈スポーツマンシップ〉を理解しているアメリカ野球界と違って,日本野球界には〈サイン盗み〉が横行している.明らかに不正な〈スパイ行為〉であり,これこそ日本的な〈勝利至上主義〉の表出である」という話であった。

 ところが、2019年、そのアメリカMLBのヒューストン・アストロズの「サイン盗み」=「スパイ行為」が発覚した。日本の高校野球のサイン盗みは、二塁走者が捕手のサインを盗み見するものが主らしいが、アストロズのそれは電子機器(カメラなど)を用いた、より複雑なものであるという。

 広尾晃氏のもとに、アメリカ野球界も「サイン盗み」=「スパイ行為」をしているではないか? 広尾晃氏の言い分は矛盾しているではないか? ……という声が寄せられたようである。もっともな疑問である。

 こうした批判に、広尾晃氏が嫌々反応したのが「アストロズのサイン盗みについて」や「〈サイン盗み〉の野球史」(全5回シリーズ)であった。それらによると……。



 ……日本野球界の「サイン盗み」はスポーツマンシップが欠落した「勝利至上主義」の欠落に由来する根が深く常態化したものであり、一方、MLBアストロズの「サイン盗み」はMLBがビッグビジネス=拝金主義になっていくしたがって起こった(酌量するべき?)邪心である。

 ……あるいは、アマチュア野球まで「サイン盗み」が横行するのはアメリカにはなく、日本だけ……というものだ。
 そういうアストロズのサイン盗みと「勝ちゃいいんだ!」の日本の〔野球指導者の〕あほなおっさんの〔選手たちに強要する〕サイン盗みは、違うわけだ。日本が何周も周回遅れになっているという状況は変わらない。

広尾晃「アストロズのサイン盗みについて」より
 むろん、こんな言い草は、ご都合主義、贔屓の引き倒し、ダブルスタンダード……の詭弁にすぎない。

次々と暴かれていく広尾晃氏の虚妄
 2019年9月、韓国で「第29回WBSC U18ベースボールワールドカップ」が開催され、日本代表(高校日本代表)も出場した。2019年9月18日付の『東京スポーツ』電子版には、昨今の野球の国際大会では各国代表で「サイン盗み」が横行し、むしろ、日本代表こそが「一方的なサインの〈盗まれ損〉」になっている……という話題が紹介されている。
 ……一方で国際大会では当然のごとく横行しているサイン盗みへの対応も気になるところ。日本はどんな対策を行っているのか、代表に聞いた。〔略〕

 島田分析担当コーチは「サイン盗みは当たり前にあるもの、と思っています。すでにオープニングラウンドのアメリカ戦〔え?〕でもやられた。ダミーのサインから入ったり複数のサインを用意したり、以前から対策はしています。(捕手の)山瀬も水上もそれはよくわかってくれている」と話すなど、サインを盗まれることは〈前提条件〉として臨んでいるという。

 一方で「教育の一環」を建前とする日本では、サインを盗む行為は〈ご法度〉だ。高野連の竹中事務局長は「対策は首脳陣に一任しています。もちろん日本はやらない。そういうことをやると国際大会でバカにされますから。そういうチームはないと信じたいですけどね」と言うが、現状は一方的な〈盗まれ損〉状態となっている。

 〔日本の〕学校によっては日常的に練習もしていないサイン盗みへの対策。選手に戸惑いはないのか。山瀬(星稜=3年)は「ミスが出ないように、いろいろなパターンを組み合わせています。ベンチからのサインはなくて、基本的にキャッチャーが考えて出している。初めて組む投手とはバッテリー間で覚えることも多いですが、何とかなっています」とした上で「日本でもやってくるところはやってくる。サイン盗みはともかく、サイン盗み対策に戸惑いはないです」と話す。

 国内では大きな物議を醸したサイン盗み問題も、建前ばかりで対策をしていなければ、国際大会では勝ち切れない。それでも日本は不利を承知でスポーツマンシップを貫き、悲願の世界一を狙う。

東京スポーツ「野球【U18W杯】1次L米国戦でも…侍サイン盗まれ損?」
2019年09月05日
 広尾晃氏の説くように、国際大会でアメリカの審判に「サイン盗み」を注意されたら、日本はやらなくなった。しかし、その間にアメリカ合衆国〔え?〕ほか、外国の代表は臆面もなく「サイン盗み」が常習化(?)した。これは一体どういうことか?

 もうひとつ例を挙げる。広尾晃氏が説く日米野球の「サイン盗み」にまつわる習慣の違いは本当なのか? 不審に思ったスポーツファンが、大リーグ評論家の福島良一氏にSNS(ツイッター)で問い合わせた。すると、どうです……。

【福島良一「勝つためなら手段を選びません」】

 ……と回答が来たので大笑い。日本野球は「勝利至上主義」でアンフェアな「サイン盗み」を頻繁にやるが、アメリカ野球は「スポーツマンシップ」が徹底しているので「サイン盗み」は存在しないなどとは、単純には言えないのである。

 こうして、広尾晃氏が説いた話が虚妄であると次々に暴かれていくのである。

「二元論」的日本スポーツ批判を超えて…
 広尾晃氏は、あくまで「世界=MLB&アメリカ野球界=スポーツマンシップ/日本=NPBまたは高校野球ほか日本野球界=勝利至上主義」という図式でしか事態を解釈できず、判断も出来ないから、事実を見誤り、かつ、あんな無理のある意見を立てるのである。

 「誤解していただきたくないのだが,私は何も○○○○だと言いたいのではない」という言い回しは、サッカーファンの小説家・村上龍氏のサッカー評論の定番の決め台詞だったという説がある。……が、しかし、当ブログは1回くらいしか、それを見たことがない。

 そんな話はともかく、誤解していただきたくないのだが、当ブログは何も「日本の悪口を言うのは許さないぞ」などと言いたいのではない。日本野球は国内シーンでも国際シーンでも「サイン盗み」を積極的にしろと推奨しているのでもない。

 硬直的で単純化された「二元論」的な世界観に基づいた批判では、事の本質も理解できないし、問題の解決にもつながらない。より多元的なモノの見方・考え方をしなければ、事態をミスリードしてしまうのではないか……と言いたいだけである。

(了)




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