1993年以前、Jリーグが出来る前、日本のスポーツファンの間では、よくこんな会話が交わされていた。
実は、世界最大のスポーツの祭典ってオリンピックじゃないらしいんですよ。
ええッ!? それって本当ですか? オリンピックじゃなかったら、いったい何が世界最大のスポーツの祭典になるのですか?
(1)世界最大のスポーツの祭典はオリンピックではなくサッカーのワールドカップである!?
……という話は、2022年の現在では日本でも常識となっている。
しかし、かつて日本においてサッカーはマイナースポーツであった。サッカー日本代表のワールドカップ本大会出場は夢のまた夢だと思われていた。
そんな、日本人に縁遠いサッカー・ワールドカップは、普通の日本人には理解不能な、何かトンデモない物凄いイベントであることが誇張されて語られてきた。いわば「ワールドカップ神話」である。例えば……。
(2)サッカーは世界で最も人気のある、人々を熱狂させるスポーツである。特にワールドカップは世界中の人々を熱狂させる。その熱狂のあまり死人が出る!?
この「死人が出る」話は、かつて日本のスポーツメディアでまことしやかに語られてきた。この神話の由来は、1950年ブラジル・ワールドカップで起こった「マラカナンの悲劇」ではないだろうか?
マラカナンの悲劇とは、ウィキペディア日本語版に従えば、大会最終戦、地元ブラジル代表がワールドカップ優勝を逃すと「会場は水を打ったように静まり返り,自殺を図る者まで現れた.結局2人がその場で自殺し,2人がショック死,20人以上が失神しブラジルサッカー史上最大の事件となった」とある(2022年5月20日閲覧)。
たしかに、これ自体は物凄い話ではあるのだけれど。
だが、2022年カタールワールドカップで、日本代表も7回連続してワールドカップ本大会に出場するようになった。その分、サッカー関連の報道も増えたが、世界各国でワールドカップに熱狂するあまり「死人が出た」という話はあまり聞かない。<1>
やはり、マラカナンの悲劇の逸話が誇張されて伝わったのではないか?
(3)サッカー王国ブラジルの刑務所では、囚人たちにワールドカップのブラジル代表の試合だけはテレビで視聴させる。そうしないと、囚人たちが暴動を起こす!?
……という話をどこかで聞いたが、真偽不明。一方……。
(4)サッカー王国ブラジル、ワールドカップでブラジル代表の試合がある時は、ブラジル大統領は居住まいを正して官邸の執務室でテレビ観戦する習わしになっている!?
……こちらの話の方は、どうやら本当らしいのである。1990年のイタリア・ワールドカップの時、週刊誌『朝日ジャーナル』にその逸話が出てくる。この記事を書いた朝日新聞の特派員曰く「ブラジルではサッカーが全てに優先する」。
(5)ワールドカップが開催されると、人々がサッカーに熱狂するあまり仕事に関する集中力を欠くようになる。だから、特にサッカーが盛んな国々では、その期間GNP(GDP)が下がる!?
この話の元ネタは、米国の政治学者で外交政治家、ドイツ出身のサッカー狂、ヘンリー・キッシンジャーのエッセイである<2>。これも真偽不明。飲食などサービス系の指標はワールドカップの期間中は伸びそうな気がするんだけれど。
まあ、キッシンジャーのような世界的なセレブリティが熱心なサッカーファンで、直々にワールドカップの観戦に訪れるという話も、日本では、実はサッカーが凄いスポーツ、ワールドカップが凄いイベントであるという証左とされてきたのであった。
いずれにせよ、サッカー・ワールドカップが世界最大のスポーツのイベントであることに変わりはない。
(了)
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