スポーツライター玉木正之氏の知的誠実さを問う

大化の改新と蹴鞠(けまり)問題など、日本のサッカーカルチャーについてさまざま論じていきたいと思っています。

大化の改新の2人、中大兄皇子と中臣鎌足の出会いは「蹴鞠」だという…。
違う!「あれは蹴鞠ではない」と、スポーツライター玉木正之氏は主張している。
玉木氏は、そのことが現代日本のサッカーや野球にも影響を与えているのだと唱える。
それは一体どういうことなのか? そもそも玉木氏の主張は正しいのだろうか?

日本サッカーにおけるクラブカルチャー蹂躙の歴史
 以前、サンフレッチェ広島の「#紫を取り戻せ」問題や、古河電工サッカー部からジェフユナイテッド市原・千葉へのモデルチェンジの話をした。

 これらを手がかりに、日本サッカーにおけるクラブカルチャーとは、親会社やビジネス、スポンサー企業の広告上の都合などによるアイデンティティ蹂躙の歴史であったと説いた。
  •  【おさらい】サンフレッチェ広島と古河電工~日本サッカーにおけるクラブカラー蹂躙の歴史(2020年02月15日)
 特に1991年頃から1993年にかけての、旧・日本サッカーリーグ(JSL)から新生Jリーグ移行期はそうであった。これは古生物学で言う「大量絶滅」ともいうべき、日本サッカーのクラブのアイデンティティの深い断絶である。

 Jリーグ各クラブの「表徴」……すなわち、クラブカラー、クラブ名、着ぐるみのマスコット等々、従来のサッカーファンから見て違和感があるものばかりだった。当時のサッカーファンが特に違和感を感じたのは、クラブ(チーム)の呼称である。

 日本既存のスポーツのチーム名、すなわちプロ野球(NPB)や実業団スポーツのように親会社の企業名を冠しない……という美名のもとに、ツッコミどころ満載の、実に不思議な命名が続出した。

 ウィキペディア日本語版の記述を主な参考として、かつそれを信用できるものとして、いくつかのJリーグ・クラブの命名の由来をたどってみると……。

Jリーグ・クラブの不思議な命名
 まず「サンフレッチェ広島」(Sanfrecce Hiroshima)。日本語の「三」およびイタリア語で矢を意味する「フレッチェ」(frecce,複数形)を合わせたもので、地元を本拠とした戦国大名・毛利元就の「三本の矢」の故事にちなんでいる……とされる。

 この日本語+イタリア語の組み合わせが、いかにも面妖である。イタリア語で「三本の矢」ならば「トレ・フレッチェ」(Tre frecce)ではないか……と、サッカージャーナリストの後藤健生氏は、学研が出していたサッカー専門誌『ストライカー』の連載で突っ込んでいた。

 続いて「ガンバ大阪」(Gamba Osaka)。「ガンバ(Gamba)」は、イタリア語で「脚」を意味し、「脚」によってシンプルで強いチームを目指す。また、日本語の「頑張(がんば)る」にも通じる……とある。

 しかし、このイタリア語「ganba」は単数形である。2本の脚でサッカーをやる場合は複数形の「gambe」(ガンベ)ではないかとツッコミを入れたのは、作家・ジャーナリストの林信吾氏だった(林氏のサッカー本『ロングパス』だったかもしれないが,よく覚えていない)。

 そして、もう無くなってしまったが「横浜フリューゲルス」(Yokohama Flügels)。親会社が航空会社の全日空なので、愛称はドイツ語で「翼」を意味する「フリューゲル」(Flügel)。なお、 /l/ は有声音なので、英語で発音するなら語尾の「s」は、本来的には /s/ ではなく /z/ となる……。

 ……と、ここまで読んできてネットの独和辞典を調べてみると名詞「Flügel」の複数形は単数形と同じ。ドイツ語で「Flügels」と言うと、複数形ではなく属格(英語で言う所有格)になる。チームスポーツのクラブの名称としては無意味でふさわしくない。

 ウィキペディア日本語版の説明も何かおかしい。

 とにかく、Jリーグのクラブの命名は、欧米語の観点からして、出鱈目の滅茶苦茶なものが多々ある。サッカーを「世界のスポーツ」としてみた場合、これが非常に良くないことなのではないか。

 例えば、国際サッカー歴史統計連盟(IFFHS)のメンバーシップを持っている、ある日本人のサッカージャーナリストがいる。

 この人は、1991年頃、Jリーグ各クラブの名前の由来(前述のサンフレッチェとか,ガンバとか,フリューゲルスとか)を、海外のサッカージャーナリスト仲間に説明するのが、恥ずかしくて恥ずかしくてしょうがない……という愚痴を、某所でこぼしていたらしい。

レッズ…英国リバプールの場合
 古いサッカーファンは、マンチェスター・ユナイテッド、ノッティンガム・フォレスト、シェフィールド・ウェンズデー、バイエルン・ミュンヘン、レアル・マドリード、インテル・ミラノ……といった「記号」、すなわち、欧州のサッカークラブの名称をカッコイイ、好ましいものだと思ってきた。

 ところが、前述のように日本のJリーグは欧州流にはならなかった。古いサッカーファンがJリーグのクラブの命名に違和感を持った理由のひとつが、それである。

 だだし、これには国際的な法則性があって、日本の場合は致し方ない点がある。話の出処は、これまで何度もお世話になってきたデズモンド・モリスの『サッカー人間学』(原題:The Soccer Tribe)である。

 著者のモリス博士は、英国・欧州の伝統的なサッカーリーグと、アメリカ合衆国のプロサッカーリーグ旧「NASL」(北米サッカーリーグ)と、あるいは英国・欧州の伝統的なスポーツと、アメリカのプロスポーツを比べて、このふたつの流儀の違いを説明している。

サッカー人間学―マンウォッチング 2
デズモンド・モリス
小学館
1983-02


The Soccer Tribe
Desmond Morris
Rizzoli
2016-09-06


 まずは、英国・欧州流のしきたりである。
 アメリカ〔合衆国〕とヨーロッパのクラブでは、今ひとつ、……〔クラブの〕愛称に対する公式態度に違いがある。

 ヨーロッパでは、愛称がいかに有名になり、ごく普通に用いられていても、クラブの名称や呼称に含めることはしない。

 これに対して、アメリカでは愛称が正式名となり、つねに公式クラブ名の一部になっている。

 したがって、例えば、ノリッジに本拠をおくイングランドのクラブが、アメリカ式命名法に従えばノリッジ・キャナリーズ〔カナリアの複数形〕の呼称で知られることになり、ノリッジ・シティ・フットボール・クラブというような典型的な重厚さを備えた名称は使われなくなる。

デズモンド・モリス『サッカー人間学』210頁

  •  [イングランド・プレミアリーグ]ノリッジ・シティFC
 例えば、イングランド・サッカーのプレミアリーグで「レッズ」と呼ばれるクラブの名称は、あくまで「リバプール・フットボール・クラブ」(リバプールFC)である。
  •  リヴァプールFC(日本語)
 だから「リバプール・レッズ」とは呼ばない。

レッズ…米国シンシナティの場合
 一方、アメリカ合衆国(カナダを含めた北米圏)はの流儀はどうか。
 ひたすら部族本拠地の地名をクラブ名とするヨーロッパのクラブの伝統主義は、現代的なアメリカ人の好みには合わない。

 アメリカのクラブでは、なりゆきにまかせてトーテム像的象徴がゆっくりと自然に浸透するのを待つよりも、制度化によって愛称をサポーターに〈売り込める〉派手な呼称の方が好まれる。

 ヨーロッパ人の目には、これもアメリカ的〈押し売り〉の典型で、アメリカのサッカー部族民〔ファン,サポーター〕におしきせの伝承を強制するかのように映るかもしれない。

 北アメリカにおいては、サッカーはいまだに、アメリカン・フットボールや野球のように昔から根を下ろしいるスポーツに強く頭を押さえつけられ、苦しんでいる小規模スポーツであることを忘れてはならない。

 大衆のより強力な支持を得るために苦闘を続けている段階では、ヨーロッパのサッカーが慈〔いつく〕しんでいるような、伝統的な呼称を用いて、尊大に構えるような、ぜいたくは許されないのである。

デズモンド・モリス『サッカー人間学』210頁

  •  [アメリカ合衆国・旧NASL]ニューヨーク・コスモス
 例えば、アメリカのプロ野球メジャーリーグで「レッズ」」と呼ばれるクラブ(球団)の名称は、あくまで「シンシナティ・レッズ」である。
  •  シンシナティ・レッズ公式
 だから「シンシナティ・ベースボール・クラブ」とは呼ばない。*

後発サッカー国としてのアメリカ合衆国,そして日本…
 この旧NASLの事情は、日本のJリーグでも全く同様である。

 欧州のサッカーに憧憬していた古いサッカーファンは、Jリーグのクラブのネーミングには、大いなる違和感を感じた。いかにもアメリカ・スポーツ的な制度化された命名、〈押し売り〉の典型であり、サッカーファン、サポーターにおしきせの伝承を強制したように映った。

 しかし、日本においては、サッカーは未だに(2020年時点でもそうかもしれない)、野球や大相撲のように昔から根を下ろしいるスポーツに強く頭を押さえつけられ、苦しんでいるマイナースポーツであることを忘れてはならない。

 日本のサッカーは、大衆のより強力な支持を得るために苦闘を続けている段階であり(2020年時点でもそうかもしれない)、ヨーロッパのサッカーが慈(いつく)しんでいるような、伝統的な呼称を用いて、尊大に構えるような、ぜいたくは許されないのである。

 だから、サンフレッチェ広島、ガンバ大阪、横浜フリューゲルス……だったのである。

 ……とはいえ、あまりにも野放図なJリーグのクラブの命名には、日本でもこれを回避したいクラブが出てくる。東京ガス・サッカー部がJリーグのクラブとなる時には、あくまで簡潔に「FC東京」とした。

 これには、旧来の東京ガス・サッカー部のサポーターの意向(ウルトラスニッポンの植田朝日氏ら?)があったとも聞いている。

 しかし「東京」となると、あまりにもメトロポリス過ぎて、かえって漠然とした印象がしないわけではない。……が、それは、まあよい。

Jリーグ・クラブは「ウォークマン」である?
 こうした、最初期Jリーグのクラブの命名、クラブカラーやエンブレム、着ぐるみマスコットの作成等々は、文具や雑貨などに付けるキャラクター商品の開発や管理・販売を行っている「ソニー・クリエイティブプロダクツ」(ソニーCP)が請け負った。**

 ソニーCPは、本当にキャラクター商品を創るように、Jリーグのクラブをネーミングしていった。しかし、それが古いサッカーファンたちの「ウケ」が良くなかったのは、前述のとおりである。

 ソニーCPは、Jリーグのクラブ名を欧文に訳した時の自然さ・不自然さ、また海外のサッカーファンやジャーナリスト反応を考えていなかったのかもしれない。……が、しかし、今やJリーグの試合は東南アジアやオーストラリアでも放映されている。

 ソニーのヘッドホンステレオ「ウォークマン」が、英文法的には間違いの和製英語であっても、ついにこれを押し切って、国際的に通用する商標名(英単語)になってしまったように、Jリーグ・クラブの名前も定着してしまっている!?

以下,蛇足ながら…
 ……と、普通のエントリーなら、ここでオチがついて終わるわけだが、今回、そうならないのは、Jリーグ・クラブの命名法にやっぱり馴染めないものを感じているからだ。
  •  宇都宮徹壱「なぜ〈FC町田トウキョウ〉が炎上しているのか? クラブ名称変更をめぐるオーナーとサポーターの齟齬」(2019/10/12)
 その他愛のなさは、昨今のFC町田ゼルビアの改名問題とも、深いところで一脈つながっているのでは……と、かなり強引な連想をしてしまうのであった。

(了)




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サンフレッチェ広島の「#紫を取り戻せ」問題
 2019年12月下旬からネット上の国内サッカークラスタを騒がせた、Jリーグ・サンフレッチェ広島の、いわゆる「#紫を取り戻せ」問題を傍目からナナメ読みしてきた。

 事の顛末(てんまつ)、詳しくはリンク先を当たってください。
  •  サンフレ公式「2020サンフレッチェ広島 アウェイユニフォーム決定のお知らせ」(2019/12/23)
  •  サッカーキング「浦和,鹿島,広島が新アウェーユニを発表! 史上初の3クラブ統一テーマ」(2019.12.23)
  •  J-CASTニュース「サンフレッチェ広島サポが〈#紫を取り戻せ〉〈赤い〉アウェーユニに激怒,クラブに対応を聞いた」(2019/12/25)

  •  ちょっつ☆☆☆「クラブのアイデンティティ」(2019/12/24)
 とどのつまりは、サンフレッチェ広島のサプライヤー兼スポンサー「ナイキジャパン」が、自社の都合を優先させて、クラブカラー(チームのアイデンティティ)を踏みにじった。*

 しかも、サンフレッチェ広島の広報は、この件に関する取材に対して、木で鼻をくくったような応答しかできなかったものだから、同クラブのファンやサポーターが(少なくともネット上では)怒り心頭に達した……こんなところか。

クラブカルチャーの大量絶滅期としてのJSL→Jリーグ移行
 楽天のクラブ買収によるヴィッセル神戸のクラブカラー変更。継続中の町田ゼルビアの改名問題。大口のスポンサーではなかったので沙汰止みになったがモンテディオ山形のフルモデルチェンジ構想というのもあった……。

 ……等々、経営上、資金面の後援上その他の事情で、クラブカラーを含めたクラブのアイデンティティが蹂躙され、場合によっては変更まで余儀なくされるという事例は、過去の日本サッカー史の好ましからざる伝統として、何度となく起こってきたことである。

 まあ、一番酷いのは、これまでくどくど論じてきたように、アディダスジャパンによるサッカー日本代表チームのデザインであるが。

サカダイ「アディダス西脇大樹氏インタビュー」1
【サッカー日本代表ユニフォーム「迷彩」デザイン】

 閑話休題。そもそも1991年頃から1993年にかけての、旧・日本サッカーリーグ(JSL)から新生Jリーグ移行期は、そうである。これは古生物学で言う「大量絶滅」ともいうべき、日本サッカーのクラブのアイデンティティの深い断絶があった。

 Jリーグ各クラブの「表徴」……すなわち、クラブカラー、クラブ名、着ぐるみのマスコット等々、従来のサッカーファンから見て違和感があるものばかりだったからである。今回は、特にクラブカラーに絞って話を進める。

古河電工からジェフ千葉へ…大胆すぎるモデルチェンジ
 現在のJリーグ、ジェフユナイテッド市原・千葉(ジェフ千葉)の前身で古河電工サッカー部というサッカーチーム(クラブ)があった。このクラブは日本のサッカー史に欠かせない重要な存在である。

 同クラブは、1950年代から1960年代にかけて日本のサッカーを学生主体のスポーツから社会人中心のスポーツへと移行させる足掛かりを作った。Jリーグの前身となる旧JSLの創設に尽力した。JSLでは一度も2部に降格したことはない。アジアクラブ選手権を日本のクラブとして初めて制覇した。

 送り出した人材には、奥寺康彦、岡田武史、清雲栄純、永井良和……など優れたサッカー人が数多い。また、長沼健、平木隆三、川淵三郎、小倉純二、木之本興三、田嶋幸三……らは、日本サッカー政治の本流である。

 すなわち、日本サッカーの超名門クラブなのである。にもかかわらず……。

 ……日産自動車サッカー部(後の横浜F・マリノス,)、読売サッカークラブ(後の東京ヴェルディ1969,□)のように、伝統のクラブカラーを大きく損ねることなく、Jリーグのクラブとして移行できた幸運な例がある……。

 ……一方で、古河電工サッカー部()改めジェフユナイテッド市原・千葉()のように、Jリーグの理念の美名のもとに、クラブの名称ばかりか、これが元は同じチームなのかというくらいに、クラブカラーが変えられてしまったチームもある。

古河電工サッカー部ユニフォーム
【古河電工サッカー部ユニフォーム(Jリーグ以前)】

ジェフユナイテッド市原千葉ユニフォーム決定
【ジェフユナイテッド市原・千葉ユニフォーム(2020年)】

 当時、これはサンフレッチェ広島の「#紫を取り戻せ」と同様、大問題となった……などということは全く無いのだが、少なからず不満を抱いた古河電工サッカー部のオールドファン、サポーターがいた。

 サッカージャーナリストの後藤健生氏と、「サッカー講釈」のブロガー・武藤文雄氏である。

古河電工のアイデンティティをJリーグに奪われたオールドファンたち
 Jリーグのスタートを控えた1993年4月、二見書房が出した『Jリーグ最強読本~一歩踏み込んだ戦術とスター選手研究』は、当時のJリーグの各クラブ(いわゆるオリジナル10)を、さまざまなサッカージャーナリストが分析・批評して、それぞれ紹介している。

 ここで古河電工サッカー部改めジェフユナイテッド市原(当時の呼称)を担当しているのが、後藤健生氏である。この中で氏は、若い頃、古河電工の応援用フラッグを自作して、かつ持参して試合に臨んだ「ガチ」の古河サポであったことを「告白」している。

 同じく二見書房が出した、続編とも言うべき1993年11月の『Jリーグ興奮本~トップライター10人が描いた!』でも、ジェフユナイテッド市原を担当しているのが後藤健生氏である。ただし、コンテンツの体裁はかなり違っている。

 執筆のクレジットこそ後藤健生氏であるが、こちらの方は「J君」と「F君」なる、2人の匿名の旧古河電工サッカー部のファンが、対談形式でジェフユナイテッド市原に茶々を入れるをいろいろ論評するという構成になっている。

 このうち「J君」と「F君」のどちらか片方が後藤健生氏で、もう片方がこれまた古河電工のファンだった武藤文雄氏だったという「噂」がある(たぶん本当である)。

 この対談で「J君」と「F君」のいずれかが、つまり後藤健生氏か武藤文雄氏のいずれかが、Jリーグのために俺たちの(笑)古河電工サッカー部が喪(うしな)われてしまった。由緒ある古河電工のクラブカラーまで変えられてしまった……。

 ……あまつさえ、昨今のジェフ千葉の黄・緑・赤のクラブカラーは、まるでアフリカのどこかの国のナショナルチームではないかと、(怒り心頭とまではいかないが)まったく不満げな愚痴やボヤキを吐露していたのであった。

 サンフレッチェ広島の「#紫を取り戻せ」問題を見ていると、この古河電工からジェフユナイテッド市原・千葉のクラブカラー変更の一件を思い出してしまう。
  •  Qoly「ジェフ千葉が25周年記念ユニフォームを発表!古河電工を思わせる好デザイン」(2016/04/16)
 ビジネス上の都合で、クラブカラーなど、応援するチームのアイデンティティが蹂躙されてしまった前例である。

1962年の日本プロ野球
 こうした、最初期Jリーグのクラブの命名、クラブカラーやエンブレム、着ぐるみマスコットの作成等々は、文具や雑貨などに付けるキャラクター商品の開発や管理・販売を行っている「ソニー・クリエイティブプロダクツ」(ソニーCP)が請け負った。

 同社の有名なキャラクターとしては、清潔好きなバクテリアという設定の「バイキンくん」があった。また「きかんしゃトーマス」に関する権利を保有している。

 ソニーCPは、本当にキャラクター商品を創るように、Jリーグのクラブのイメージを決めていった。その結果が、現在あるJリーグのクラブのさまざまな「表徴」類である。

 しかし、それが、後藤健生氏をはじめとして、オールドサッカーファンの「ウケ」が良くなかったのは、前述のとおりである。

 サッカーには冷笑的な武田薫氏というスポーツライターは「Jリーグはオールドファンを切り捨てたのだ」と、ハッキリと、かつ冷笑的に書いている。実際そうなのだろう。当時のサッカーファンなんて、切り捨ててもいいくらいの少数派に過ぎなかったのだし(笑)

 いろいろ問題はあったのだが、とにかくサッカー・Jリーグは、2019年に27年目のシーズンを迎えた。ちなみに、日本プロ野球(NPB)の27年目のシーズン=1962年(昭和37年)を振り返ってみると、なかなか興味深い。
  •  ウスコイ企画「日本プロ野球記録1962」
 東映フライヤーズ(現・北海道日本ハム ファイターズ)の日本一(つまり,張本勲選手唯一の日本シリーズ優勝)、阪神タイガース15年ぶりのリーグ優勝などあるが、最も印象的なのは、三振王と揶揄されていた読売ジャイアンツ(巨人軍)の王貞治選手が一本足打法(フラミンゴ打法)を会得して突如打撃開眼し、打撃タイトル二冠を獲得した話である。

 日本のプロサッカーリーグ(Jリーグ)も、それだけの歳月を重ねているわけで、2019年シーズンの観客動員数は、同年のラグビーW杯日本大会で大きなスタジアム(東京・調布,横浜)がしばらく使えなかったにもかかわらず、平均2万人以上を達成した。

 スゴイことである。

 とにかくそれで27年やってきた。その成果である。にもかかわらず、クラブとスポンサーの絡みで、クラブの「表徴」が侵食される、アイデンティティが踏みにじられるみたいな話が未だ出てくるということは、いったいどうしたわけなのか?

古くて新しい問題
 日本のプロ野球は親会社の広告・宣伝のためにあるに過ぎない。そこから来る弊害も多い。対して、サッカー・Jリーグは企業から自立している……みたいなことが、「Jリーグの理念」を賛美する(玉木正之氏のような)人から喧伝されていた。

 しかし、結局のところ、クラブ(球団)と企業の宣伝にかかわる「微妙な関係」は、野球も、サッカーも、あまり変わらないのではないか。

 これが日本スポーツ界特有の問題なのかは分からないが、少なくとも、日本のサッカーが本当に企業から自立しているのかどうかは怪しい。

 同じクラブの「表徴」で言うと、宇都宮徹壱氏のように着ぐるみのマスコットに注目する人は多い。しかし、クラブカラーに注目するサッカージャーナリスト(や評論家,スポーツ社会学者)は多くない印象である。

 相手がスポンサー企業に絡むと、やはり踏み込んで取材しにくいのだろうか……と、またもや疑心暗鬼になるのであった。

つづく




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中田英寿にまつわる仰天エピソード
 2020年2月3日、ヤフー!ジャパンが、Goal.comからの配信として「トッティ氏,仰天エピソードに中田英寿氏を選出〈なぜそんなことを.彼は本当に特別な人〉」なる、サッカー元イタリア代表フランチェスコ・トッティのインタビュー記事を公開した。
  •  トッティ氏、仰天エピソードに中田英寿氏を選出「なぜそんなことを.彼は本当に特別な人」
 彼とサッカー元日本代表・中田英寿は、かつてイタリア・セリエAの名門ASローマでチームメイトであった。ASローマは、2000-2001シーズンにセリエAで18シーズンぶりに優勝した。

 その快挙、ASローマの選手やスタッフたちによる歓喜の輪の中にあって、中田英寿だけは「優勝が決まった直後,ロッカールームの隅で読書をしていた」という逸話を、トッティは「現役時代を通じ,最も驚いた仰天エピソード」として紹介している。
 「私〔トッティ〕は〔現役時代を通じ,最も驚いた仰天エピソードとして〕ナカタ〔中田英寿〕を選ぶ。なぜならナカタは、スクデットのお祭り騒ぎの中、本当に読書していたんだよ。なぜそんなことをしていたのかは分からない。彼〔中田英寿〕は本当に特別な人だよ」

Goal.comより
 この珍記事を受けて、中田英寿を素朴に信奉する、いたいけな人たちの反応がSNSやヤフー!ジャパンのコメント欄に現れている。以下は、そのマンセ~、ハラショ~のほんの一例であるが……。




 ……なるほど。「中田英寿神話」はこうやってメンテナンスされていくのだ。

英国における「大卒」サッカー選手の苦悩
 読めば分かるのだが、トッティは、あくまで「現役時代を通じ,最も驚いた仰天エピソード」を語ったのであって、「現役時代を通じ,最も驚いたサッカー選手やそのプレー」を語ったわけではない。

 該当記事を読む限り、トッティは中田英寿をそのように評価したわけではない。

 この「仰天エピソード」を読んで、むしろ、思い出したことがある。サッカーとサッカーカルチャーのことならおおよその事柄が書いてある、デズモンド・モリス博士の『サッカー人間学』(1983年,原題:The Soccer Tribe)に登場する話だ。

 英国イングランドのプロサッカー選手で、数少ない「大学卒」のインテリだったリバプールFCのスティーブ・ハイウェイ(Steve Heighway,1947年生まれ,ウォーリック大学卒)の「苦悩」である。
 大学教育まで受けた数少ない一流選手の一人で、リバプールで活躍するスティーブ・ハイウェイには,このような〔低学歴のプロサッカー〕選手〔たち〕の態度は大変な驚きであった。

スティーブ・ハイウェイ@『サッカー人間学』183頁
【スティーブ・ハイウェイ@『サッカー人間学』183頁】

 リバプール・チームに入った当初,彼〔ハイウェイ〕は相手チームと対戦する時と同じように,自チームの仲間との交際が怖かったという。あるスポーツ解説者は「彼はこの社会〔プロサッカー選手たちの世界〕の不適応者だった」といい,「遠征先でトランプ〔≒少額の賭け事〕が始まると,ハイウェイは抜け出して観光団に加わった。

 仲間には,明らかにインテリを鼻にかけた生意気な態度と映った。彼が戻ると,みんなは威嚇〔いかく〕的な視線を送って,トランプに仲間入りする気があるかどうか尋ねた」と伝えている。

 ハイウェイは変人扱いを受けるのがたまらず,何とか順応しようとした。

デズモンド・モリス『サッカー人間学』183頁


サッカー人間学―マンウォッチング 2
デズモンド・モリス
小学館
1983-02


The Soccer Tribe
Desmond Morris
Rizzoli Universe Promotional Books
2019-03-26


 チームの雰囲気に馴染めなかったという意味では、スティーブ・ハイウェイと中田英寿は、ある意味で似ている(まだハイウェイはチームに馴染もうとしていたのだが)。

サッカー選手は「ハマータウンの野郎ども」である!?
 デズモンド・モリスが『サッカー人間学』で描き出した、プロサッカー選手のイメージ(ステレオタイプ)を抄出してみると……。
  •  芸術や科学や政治に関心がなく、サッカーにしか興味がない。
  •  暇な時、特に遠征時の移動中は、トランプのゲーム≒少額の賭け事を楽しんでいる。
  •  映画やテレビをよく見るが、(高尚な作品ではなく)スリラーやアクションが多い。
  •  読書も、サッカー関係の雑誌か、タブロイド紙の推理小説やスリラーの域を出ない。
  •  挑発的で威圧的なキャラクターの女性は好まれない。
  •  好きな音楽はロックやポップに限られている(クラシックではない)。
  •  遠征先の有名な観光地の見学には興味が薄く、つまりは知的好奇心に乏しい。
 ……等々。ものの見事にサッカー馬鹿であり、粗にして野であり、けして「知的」とはいえない。これでは、スティーブ・ハイウェイが馴染めないのは当然だ。

 これには、英国という社会のしくみが絡んでいる。いわゆる「階級社会」である。例えば、単純な計算で、英国の大学の数は日本の4割程度しかない。しかも進学率が低い。

 英国の子供は11歳(!)で学力試験を受けて、そのうち所定の成績を上げた3割程度しか高等教育の学校(大学など)に進学できない。残り7割のほとんどはステートスクール(公立中学)を卒業したら、そのまま労働者として社会に出る(この段落の知識は,林信吾『これが英国労働党だ』によるもの)。

 現在の英国でも、欧州の他の国も、おおむね事情は似たようなものである。

 サッカー選手は、労働者階級のスポーツである。選手の出身も労働者階級が多い。

 すなわち、サッカー選手は、なかんずくプロサッカー選手は。大学に進学するような知的エリート≒上流階級(的な)がやるスポーツだとは思われていない。そして、選手の言動や立ち振る舞いも労働者階級的であることを求められる。
 世の中には知的ならざる、しかしそれなしでは社会が動かない人たちの分厚い層があるのだという単純な事実……。

 知性をバカにすることによってプライドを保つ人たちが、そしてそういう人によってしか担われない領域の仕事というものがこの世には存在するのである。

 〔英国の〕社会学者ポール・ウィリスはその辺の事情を見事に明らかにしている〔ポール・ウィリスの著作『ハマータウンの野郎ども』のこと〕。

ハマータウンの野郎ども (ちくま学芸文庫)
ポール・E. ウィリス
筑摩書房
1996-09-01






 世の中は……知的エリートによってだけ動いているのではない。……知的であることによってプライドを充足できる。他方に反知性によりプライドを充足する人々がいる。

 人間はプライドなしには生きられないという観点からすれば、どちらも等価である。

三浦淳「捕鯨の病理学(第4回)」
 すなわち、プロサッカーとは「知的ならざる,しかしそれなしでは社会が動かない人たちの分厚い層」あるいは「反知性によりプライドを充足する人々の」ための、基本的に「そういう人によってしか担われない領域の仕事」なのである。

 サッカー選手たちとは、とどのつまり「ハマータウンの野郎ども」なのだ。

 スティーブ・ハイウェイの「苦悩」の背景がここにある。「大学卒業」の学歴を持つハイウェイが馴染めないのは、プロサッカーが「労働者階級」の社会だからである。

「体育会系」という反知性的なコミュニティ
 その昔、1960年代、サッカー日本代表がヨーロッパに遠征した。そのスコッドの選手たちは、大学生や大学卒業の選手がほとんどだった。例えば、杉山隆一は明治大学卒業、釜本邦茂は早稲田大学卒業である。

 そのため、学歴のないサッカー選手が多いヨーロッパの現地では、珍しく受け取られたという。

 だからと言って、日本のサッカー選手やアスリートが、真に「知的」かどうかは微妙である。

 日本の大学スポーツの体育会・運動部には「体育会系」という言葉(概念)があり、それは「体育会の運動部などで重視される,目上の者への服従根性論などを尊ぶ気質.また,そのような気質が濃厚な人や組織」(デジタル大辞泉)と解釈される。

 すなわち、あまり「知的」とは見なされない。日本においてもサッカーを含むスポーツ選手は、あまり賢くないというイメージ(ステレオタイプ)があり、当事者もそこに充足しきっているというところがある。

 洋の東西を問わず、サッカー選手は敢えて「知的」でないことを誇っている節がある。

 そういえば、フランチェスコ・トッティは「知的」ではなく「間の抜けた男の愛嬌」を感じさせる逸話が多い。日本で言えば、プロ野球の長嶋茂雄のそれに通じるものがある。

 対して、中田英寿の逸話は対照的である。世界最高峰のサッカーリーグであるセリエAで優勝したにもかかわらず、ひとり「ロッカールームの隅で読書をしていた」というのは、そうしたサッカー界の風潮には順応できなかった……ということである。

中田英寿は「真に知的なアスリート」なのか?
 所詮、スポーツなど馬鹿がやる仕事なのか? 否。スポーツライターの藤島大は、スポーツこそ「知的」な営為であると説き、中田英寿のような安易なアンチテーゼ的振る舞いの方を批判している(下記リンク先参照)。曰く……。
 スポーツとは、そもそも高等な営みである。一流選手が経験する真剣勝負の場では、緊急事態における感情や知性のコントロールを要求される。

 へばって疲れてなお人間らしく振る舞う。最良の選択を試みる。この訓練は、きっと戦争とスポーツでしかできない。

 だからアスリートは、机上では得られぬ知性をピッチやフィールドの内外に表現しなければならない。

 常識あるスポーツ人が、非日常の修羅場でつかんだ実感を、経営コンサルタントや自己啓発セミナーもどきの紙切れの能弁ではなく、本物の「詩」で表現する。そんな時代の到来を待ちたい。

 「片田舎の青年が、おのれを知り、世界を知り、やがて、おのれに帰る。だからラグビーは素敵なのだ」

 かつてのフランス代表のプロップ、ピエール・ドスピタルの名言である。バスク民謡の歌手でもある臼のごとき大男は、愛する競技の魅力を断言してみせたのだ。

 ……たしかにドスピタルの言葉に比べると、中田英寿の『中田語録』などは「机上の知性」あるいは「紙切れの能弁」でしかない。

中田語録
文藝春秋
1998-05


中田語録 (文春文庫)
小松 成美
文藝春秋
1999-09-10


 知的とは思われていないフットボーラーだが、フットボールを極めると、むしろ、だからこそ真に知的な言葉が出てくる。一見すると、矛盾している。矛盾しているが、真理である。

 その真理を、ついに理解できなかったのが中田英寿である。

中田英寿から透けて見える日本サッカー界の「知性」
 藤島大が「真に知的なアスリートの到来」を期待したのは、2001年1月のことである。

 あれから、20年近くたった2020年2月。しかし、未だに「中田英寿の仰天エピソード」が出てくる。未だに「中田英寿神話」のメンテナンスが行われる……。

 ……ということは、日本サッカー界の知的レベルが更新されていないということでなる。

 中田英寿は「サッカー馬鹿」になるべき時になれない体質だった。そこにサッカー選手として才能の限界があった。中田英寿は、だから、ワールドクラスのサッカー選手としてのキャリアを形成できたわけではない。

 代わりに、中田英寿は、日本のサッカー界の知性の低劣さを巧妙に刺激する才能には長(た)けている。2000年のアウェー国際試合「フランスvs日本」戦のパフォーマンスなどは、そうである。

 そこで錯覚してしまう、いたいけな日本人が多い。残念でならない。

中田英寿は「特別な人」ではなく「特殊な人」である
 ところで、くだんのトッティのインタビュー記事。イタリア語原文がどうなっていたのかは分からないが、日本語の翻訳をちょっとだけ改変してみると、がぜん面白くなる。
  •  トッティ「なぜそんなことを.彼〔中田英寿〕は本当に特別な人」
 ここから単語をひとつ置換してみる。
  •  トッティ「なぜそんなことを.彼〔中田英寿〕は本当に特殊な人」
 フランチェスコ・トッティが「なぜそんなことをしていたのかは分からない」というくらいだから、後者の方がニュアンスが通じる!?

 ことほど左様、日本にとっても、国際的にも、中田英寿は「特別なサッカー人」ではない「特殊なサッカー人」なのである。

 こちらの方が、中田英寿という人間の本質を言い当てている。

(了)




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