スポーツライター玉木正之氏の知的誠実さを問う

大化の改新と蹴鞠(けまり)問題など、日本のサッカーカルチャーについてさまざま論じていきたいと思っています。

大化の改新の2人、中大兄皇子と中臣鎌足の出会いは「蹴鞠」だという…。
違う!「あれは蹴鞠ではない」と、スポーツライター玉木正之氏は主張している。
玉木氏は、そのことが現代日本のサッカーや野球にも影響を与えているのだと唱える。
それは一体どういうことなのか? そもそも玉木氏の主張は正しいのだろうか?

林信吾氏の「サッカー者」に前例あり!?

 林信吾氏は、変な反プロレス論を書いて、プロレスファンを筆頭に読者の総スカンを食らったわけだが、当ブログが気になったのは、村松友視氏が『私、プロレスの味方です』で用いた「プロレス者(もの)」という符丁をもじって、林氏が「サッカー者(もの)」という言葉を使っていたことだった。
 ……村松氏の著書が話題になったのも、〔中央公論社の純文芸誌『海』の〕敏腕編集者から小説家に転じたインテリが、自分は「プロレス者」であると公言したところに、その理由が求められる。今でこそ、たとえば私〔林信吾〕などが「サッカー者」を名乗っても、誰からもなにも言われないが……〔以下略〕

 そういえば……と、村松氏の「プロレス者」に倣って「サッカー者」を名乗ったサッカー関係者の前例に、あの佐山一郎氏がいたことを思い出したのであった。

佐山一郎氏「サッカー者」を名乗る
 当ブログが集め確認できた資料のうち、佐山一郎氏が「サッカー者」を名乗った最も古いテキストは、野球専門誌『ホームラン』1991年2月号である。この号の特集は「オレたちのプロ野球を返せ!」。コラムのタイトルは「それでも野球は王様だ!」。そのリード文には、プロ野球をはじめとする当時の日本のスポーツ界をめぐる情況が述べられている。
巷間でプロ野球の話題が減少しつつある。その一方でサッカーのプロ化が注目され始めた。近い将来、逆転現象がみられるのだろうか……

佐山一郎氏(ホームラン1991年2月号)
【佐山一郎氏「それでも野球は王様だ!」より】
 1991年は、日本のプロサッカーリーグ「Jリーグ」が始まる2年前である。プロ野球(NPB)の人気は殷賑(いんしん)を極めたかのように見えつつ、一方で、その黄昏(たそがれ)もささやかれ始めた。そんな時にサッカーがプロリーグを起ち上げるという。サッカーは野球を脅かす存在になるのか? 佐山氏は、日本のサッカージャーナリズムを代表して、その展望を書きつづったのである。

 まず、佐山氏が「サッカー者」という符丁を用いた段落の部分をテキストで起こして引用する。次いで、見開きコラムのうち最初の1頁目を画像(写真)として掲載する。どちらもジックリ読んでいただければと思う。先回りして言うと、日本のサッカーに関して徹底して自虐的で冷笑的で悲観的な、めくるめく佐山ワールドが炸裂しているのである。
[1]
 〔日本の野球の実力は,アメリカ合衆国に〕遠征をするのではなく、〔日本に遠征〕させれば、そこそこ〔アメリカ〕大リーグ〔=MLBの選抜チーム,またはオールスターチーム〕とも対等に闘える〔程度にはレベルが高い〕ことが去年〔1990年〕分かったし、観客動員数だってまずまず。ぼくら「サッカー者」からすれば、渡辺〔久信=西武ライオンズ〕、秋山〔幸二=西武〕、桑田〔真澄=読売ジャイアンツ〕、清原〔和博=西武〕といったアメリカ〔大リーグ〕でも充分やれそうな強者が、なじかは知らねど一向に本場〔アメリカ大リーグ〕でやるつもりがないらしいことが、ちょっと変に思えるくらい。

[2]
『ホームラン』1992年2月号
【佐山一郎「それでも野球は王様だ!」@『ホームラン』1992年2月号より】
 [1]に関して説明する。「遠征をするのではなく、させれば、そこそこ……」というくだりは、1990年、日本(NPB選抜チーム)とアメリカ(MLB選抜チーム)による対戦、いわゆる「日米野球」において、日本側が史上初めて勝ち越した(4勝3敗1分)ことを指している。それでも、ここまでひねくれるのが佐山氏の流儀なのだが……。

 ……で、それなのになぜNPBのスター選手たちはMLBでプレーしようとしないのだと、佐山氏は言っているわけなのだが、そんなことは別に「変」ではない。少なくともこの当時、アメリカ合衆国以外の国でMLBに選手を送り出している(というか吸い上げられている)国は、その国の野球がMLBという組織に従属しているということを意味した。野球においてNPBはMLBから「独立」しているわけから、日本(NPB)出身の大リーガーがいなかったというだけの話である。

 事の本質は、[2]で佐山氏が書いているように「日本人の精神構造は、昭和10(1935)年頃の沢村栄治投手と変わりがない」からではない。構造的な問題である。現に2018年現在、NPBもJリーグも、才能と意欲がある選手はどんどんアメリカ大リーグや欧州各国のサッカーリーグに移籍している。昨今は、むしろそのことで国内リーグがやせ細っていくことが問題になっているほど。

 「日本人の精神構造は今も昔も変わっていない」のは間違いだ。

 アメリカ生まれの球技・野球は、サッカー、ラグビー、クリケットといった英国系の球技とともに、屋外でチームで行われる、複数の国でプロリーグがある球技でありながら(世界の国々のほとんどは以上4種目のうちのいずれかが最も人気のあるスポーツである)、先の3つの英国系球技のように、本当の意味での「国際化・世界化」がなされていない。一例で言えば、先の「日米野球」は、英国系球技で言う意味での正規の国際試合ではない。1995年の野茂英雄以前、日本人の大リーガーがほとんどいなかったのは、野球におけるMLB=アメリカ大リーグの「一国独善主義」が強すぎるのからなのだ……。


 ……と、真の「サッカー者」ならば、そのくらいにMLBを「撃つ」「斬る」スタンスを見せてほしいもの。しかし、日本のスポーツ評論というのは、欧米のスポーツ界を引き合いに出しては、日本のそれをネガティブかつ自虐的に語るというのが習い性だから、そうしたことがなされることはほとんどない。なかんずく、自虐趣味の強い佐山一郎氏にそのような批評的な「まなざし」を期待するというのは無い物ねだりというものである。

佐山一郎氏的サッカー評論の手口
 日本サッカーがおよそ20年にわたった長期低迷を脱したのが、1992年。Jリーグの前景気と、もっと重要なのが同年のオフト日本代表によるアジアカップ優勝である。くだんの佐山氏のコラムが書かれたのはその1年前だから、まだ黎明(れいめい)の光が差すほんの少し前。微妙な時期ではあり、多少は悲観的になるのは仕方がない。

 そうだとしても、佐山一郎氏は悲観的すぎる。それはなぜなのか? 掲載画像[2]の最後にある「杉山-釜本人気は突然変異」という小見出しに刮目(かつもく)した人もいるだろう。今度はその部分を引用する。そこで全開しているのは、またしても佐山氏の「日本人論・日本文化論」または「サッカー日本人論」、そして「日本人サッカー不向き論」である。
杉山-釜本人気は突然変異
 あまり言いたくないのだが、60年代半ばから10年余り続いた杉山-釜本人気だけが、突然変異で、戦前からサッカーは、相撲、六大学野球、大学ラグビーなどに比べて人気の面ではるかに劣っていた。つかこうへい〔劇作家,演出家,小説家〕さんがいつか書いていたように、ちょっとうつむいているうちに1点だけ入って、それっきりみたいな狩猟民族のための非物見遊山的競技〔=サッカー〕は日本人には合わない。

 何を呑気なことをといわれるが、一度日本サッカーリーグの観客席を御覧になってほしい〔掲載写真参照〕。天は二物を与えず、いかにも手が器用そうな日本の選手たちには足の文化による90分の集中がきかない。どこの国に行ってもとんとお目にかかれないお通夜のような景色がそこにはあるのだ。〔まだまだ続くが以下省略〕

『ホームラン』1992年2月号(2)
【佐山一郎「それでも野球は王様だ!」@『ホームラン』1992年2月号より】
 少年サッカーの競技人口が少年野球のそれを超えたと言われた。サッカーマンガ『キャプテン翼』が高い人気を誇った。奥寺康彦選手が1977年から渡独して世界レベルのブンデスリーガの選手として長年活躍していた。トヨタカップや高校サッカーはかなりの注目を集めていた。弱いと言われながら日本代表は1985年W杯最終予選と1987年の五輪最終予選まで勝ち進んだ(その良い流れを潰してしまったのが横山謙三監督の日本代表だったが)。特に85年のW杯最終予選の日韓戦では国立競技場を満員(約6万人)にした……。

 ……等々。条件がガッチリ噛み合えば日本でもサッカーの訴求力があるのではないかという立場を佐山氏はとらない。物事には希望も絶望もあるだろうが、当時でもそれなりに存在した日本サッカーのポジティブな要素の一切合切を、この人は無効にする。

 なぜなら、佐山氏は「日本人サッカー不向き論」の固い信奉者だからだ。その根拠が「日本人論・日本文化論」または「サッカー日本人論」で述べられた「日本人の国民性=民族性・文化・精神構造」である。

 「狩猟民族」は「日本人=農耕民族説=劣/欧米人およびアフリカ系黒人=狩猟民族=優」という、皆さま毎度おなじみの二元論的な俗説・俗信である。

 「非物見遊山的球技」はちょっと分かりにくいが、民俗学者・神崎宣武(かんざき・のりたけ)氏の『物見遊山と日本人』という日本文化論の著作がある。

 サッカーと「日本人の物見遊山文化」の相性について、神崎氏が述べたかどうか定かではないが、佐山氏にとって「日本人的であること」は、即ちこれ「サッカー的でないこと」なのである。

 「手が器用そうな日本の選手たちには足の文化による……」ならば、地理学者・清水馨八郎(しみず・けいはちろう)による『手の文化と足の文化』という日本人論があり、その概念をスポーツ日本人論に拡張した体育学者・大築立志(おおつき・たつゆき)氏の『手の日本人、足の西欧人』という著作がある。

手の日本人、足の西欧人
大築 立志
徳間書店
1989-12


 どちらもトンデモ本だが、速水建朗氏のように、こうした佐山氏推奨の「サッカー日本人論」を未だに鵜呑みにするライターもいる。


 「つかこうへい」の逸話だけは、いろいろ調べたが元ネタが分からなかった。それでも、佐山一郎氏の「サッカー日本人論」の手口はだいたい読める。

 佐山氏は、阿部謹也(歴史学者,ドイツ中世史)の「〈世間〉論」、剣持武彦(比較文学)の「〈間〉の文化論」、武智鉄二(演出家,映画監督)の「すり足」、谷崎潤一郎(小説家)の「陰翳礼讃」など、何か日本人論・日本文化論で注目された概念をダボハゼのように食い付き、「サッカー日本人論」に取り入れ、サッカーならざるニッポン人のイメージをサッカーファンの読者に刷り込みたがる癖が強い。

 そうすることで、佐山一郎氏はサッカーファンとしての自信の賢(さか)しらをスマシ込んでいるのだ。


 しかし、ここまでくると完全にレイシズム(人種主義,人種差別)である。事実、三浦小太郎氏(保守系の評論家)のように、佐山一郎氏のサッカー評論はレイシズム言説ではないかと、鋭く指摘する人もいる。日本人である「私たち」に対する人種的な蔑視だから、佐山氏が日本人および日本サッカーに関して自虐的になるのは当然である。

日本サッカーにまつわる劣等感をこじらせる佐山一郎氏
 佐山一郎氏が「サッカー者」を名乗ったのは偶然ではない。例えば、「それでも野球は王様だ!」の少し後、1991年11月に刊行された『サッカーハンドブック'91-'92』に掲載された佐山氏のエッセイのタイトルは「サッカーの見方が変わってきた」の「見方」は、明らかに村松友視氏の『私、プロレスの味方です』の「味方」にならったもの。


 しかし、これまたさまざまな「日本人論・日本文化論」のキーワードをあちらこちらに忍ばせて、ネガティブで自虐的な「サッカー日本人論」の世界に読者・サッカーファンを誘引する仕掛けに満ちたテクストである。興味ある方は一読されたい。

 そんなことより、村松友視氏のプロレス論を自身のサッカーライティングの理想にしたと、佐山一郎氏本人が「告白」している。
村松友視や山口瞳のようなスポーツ・ライティングをめざして
サッカーの原稿は今もそうですけど、みんな「この業界をなんとかしよう」「盛んにしよう」という啓蒙、普及の言説で通底しているんです。僕〔佐山一郎〕もまたそのハニートラップに完全に引っかかってしまいました。書き始めた当初はどう書いていいのか分からなくて、こんなのでいいのかな、違う書き方があるんじゃないかと悩みました。〔中略〕

村松友視さんが昔、『私、プロレスの味方です』を中央公論社の編集者時代に書いていましたけど、ああいうスタンスが理想というか出発点だったんです。あとは野球なら山口瞳さんの観戦記とかね。彼らのやり方をサッカー版でやれたら自分も楽しいし、これ専門で食べていこうなんて思っちゃいけないなという感覚でずっとやってきました。


佐山一郎「ゆめのはなし」スルガ銀行
【「サッカーを愛してやまない人のゆめのはなし No.119 佐山一郎」より】
 しかし、このインタビュー記事も変なところいっぱいである。

 佐山一郎氏は「この夢は、絵空事に近い」と言いながら、日本サッカー、なかんずくJリーグのシーズンを現行の「春秋制」から、欧州と同じ「秋冬制」に移行したいと考えている人(秋冬制移行派)である。日本における「秋冬制」は、さんざん議論が重ねられてきて、結局、メリット以上にデメリットの方が多すぎるということで、移行できないでいる。今さらながら、どれだけ佐山氏は欧米への劣等感をこじらせているのか。

 もうひとつ、気になったのが……
Jリーグの試合で負けた後にスタンドへ謝りに行くのは止めるべきです。応援は消費者運動じゃないんだから。サポーター席に行っていちいち深々と頭を下げるなんてことをやっているのは日本だけじゃないですか。

 こういう意見は、あっていいと思う。本当に「Jリーグの試合で負けた後にスタンドへ謝り〔謝り!?〕に行くのは……日本だけ」なのかは当ブログには分かりかねるが。

 問題なのは、次の箇所である。
どうもあれは、陸トラ越しの遠い所から観戦させてご免なさいという〔Jリーガーの〕無意識が働いているからなのではと疑っています。〔サポーターは〕試合の展開と一切関係なく、あんなにピョンピョン跳び続けるのは、どうせ遠くてディテールが見えにくいからという半分やけくそな気分があるんじゃないですか。

まともな環境だったら好プレーに思わず拍手をするものでしょう。自分たち〔サポーター〕の寄付で頑張って造ったサッカー場だったら、応援になっていない跳び続けで構造物の劣化を早めるようなことはしませんよ。

 佐山氏はこの手の話の話が多いが、何か具体的な証拠をつかんで書いているわけではない。例によって佐山氏一流の根拠のない一人合点による解釈である。こういうのは本当にやめてほしい

 それとは別に、先の引用部分の後段のJリーグ・サポーターへの「批判」部分。よく、このインタビュー記事がサポーターの間で問題になって「炎上」しなかったものだと思う。これも佐山氏の「自虐的日本サッカー観」のバリエーションである。


 佐山一郎氏はインタビュー冒頭で「サッカーに限らずスポーツ関連書籍は音楽や映画のジャンルと比べたら、まだまだレベルが低いことは確か」などとスマシ込んで語っている。

 だが、それは佐山氏がさんざんパラパラやってきた「日本人は農耕民族だ」だの「物見遊山の日本文化」だのを持ち出しては、日本サッカーを自虐的かつネガティブに論じる=そう語ることで語り手の賢明さを気取る「サッカー日本人論」「スポーツ日本人論」の蔓延(まんえん)を含めての話だ。

 少なくとも後藤健生氏にはその自覚はある。しかし、佐山一郎氏には全くない。それらを含めて、日本のスポーツ関連書籍はレベルが低いのである。

佐山一郎氏は日本のサッカージャーナリズム最大のミスキャストか?
 一番問題なのは、佐山一郎氏のサッカーライティングが、本当に村松友視氏のプロレス論に憧憬し、理想とし、何より参考にしたのか、全く怪しい点である。

 村松友視氏は、プロレス、特に日本のプロレスを自虐的に卑下することはない。プロレスファンの方々が、この駄文を読んでいたら想像してほしいのだが……。

 ……日本人は農耕民族だから、日本は島国だから、日本人は肉ではなく米や野菜を食べているから、あるいは日本人は西洋個人主義とは全く真逆で異質な集団主義だから等々。日本人は「世界」の中で極めて特異・特殊な「国民」または「民族」あるいは「人種」である。ゆえに日本のプロレスは、本場アメリカ合衆国やメキシコはおろか、ヨーロッパのプロレスにも著しく劣っている……。

 ……こんな馬鹿げた議論を、日本のサッカー界・サッカージャーナリズムは1970年代から延々と飽きずに繰り返してきたのだ。そして、そうした風潮の中核にいる(いた)のが佐山一郎氏なのである。金子達仁氏や村上龍氏ら「電波ライター」の台頭は、ずっと後のことだ(佐山氏は,金子氏と同じマゾヒスト同士で共感できるが,村上氏はサディストなので反感を抱くという程度の違いはある.所詮は目糞鼻糞だが)。

 この酷さは、林信吾氏の反プロレス論や、上西小百合氏の反サッカー論の比ではない。

 今回、あらためて村松友視氏の近刊『アリと猪木のものがたり』を読んでみた。

アリと猪木のものがたり
村松 友視
河出書房新社
2017-11-20


 村松氏は、『私、プロレスの味方です』を執筆・上梓するに際して、プロレスを冷笑視する圧倒的多数の「世間」と対峙し「〈長者〔ちょうじゃ〕の万灯〔まんとう〕〉より〈貧者の一灯〉といった気分をからめ、〈プロレス〉をクローズアップさせた」と、『アリと猪木のものがたり』で語っている。

 また、村松氏は「軍艦に体当たりするイワシの戯画に自らをなぞらえ」てプロレスの価値を言いつのったとしている。

 翻って、佐山一郎氏はどうなのか?

 日本のサッカーは着火具が湿気(しけ)っていて「貧者の一灯」すら着きませんとスマシ込んでいるのが佐山一郎氏である。権威に体当たりするイワシではなく、サッカーを冷笑視する「世間」という大艦にへつらうコバンザメが佐山一郎氏である。

 こんな佐山氏が、Jリーグ以前、長らくサッカーライターとして上位の序列に位置していたというのは、日本のサッカーに多大な禍根を残したのではないか。これが、せめて後藤健生氏だったらなぁ……とか思ってしまうのであった。

 佐山一郎氏は、村松友視氏からいったい何を学んだというのだろうか。

(了)



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実は何の目新しさもない河内一馬氏の論考
 河内一馬(かわうち・かずま)氏の「一神教を信仰しないことがサッカーに与える影響@芸術としてのサッカー論」を、悲しい気持ちで読んだ(詳細は以下のリンク先を参照されたい)。何が悲しいかというと……。


 ……河内氏は、斬新で大胆な問題提起を日本サッカーにしたつもりなのだ。しかし、その実は、独自性ある見解を示したのではなく、日本のサッカー論壇の「お作法」に従ってこの論考を書いたにすぎないからである。河内氏は、陳腐で浅薄な「サッカー日本人論」を反復したにすぎないからである。

佐山一郎氏らの自虐的な「サッカー日本人論」を継承した河内一馬氏

 河内一馬氏が長々と書いている「一神教を信仰しないことがサッカーに与える影響」だが、言いたいこと(=本音)は全くシンプルだ。次の2つに要約される。
  • 日本人は「一神教」なかんずくキリスト教(でなければイスラム教)を信仰していない、信仰心が極めて薄い多神教または「無宗教」である(日本人無宗教論)⇒ゆえに日本人は日本人というだけで、サッカーに関して大変なハンディキャップを宿命的に背負っている(もっとハッキリ言えば,日本人はサッカーに向いていない
  • 日本人が使う「日本語」は極めて特殊で難しいニュアンスを含んでおり、サッカー国である大多数の外国人には習得が非常に難しい言語である(日本語特殊言語論)⇒ゆえに日本人は日本人というだけで、サッカーに関して大変なハンディキャップを宿命的に背負っている(もっとハッキリ言えば,日本人はサッカーに向いていない
 こういったことは、何も河内氏が新しく論じたことではない。この河内氏の論考は「サッカー日本人論」と呼ばれる(命名は森田浩之氏)、日本サッカーが長期低迷していた1970~80年代初めから、日本サッカー界・サッカー論壇に蔓延している評論・エッセイ・コラム等々の言説群の、ある種の表出にすぎない。

 日本人は農耕民族だから、日本は島国だから、日本人は肉ではなく米や野菜を食べているから、あるいは日本人は西洋個人主義とは全く真逆で異質な集団主義だから等々。日本人は「世界」の中で極めて特異・特殊な「国民」または「民族」あるいは「人種」である……という「日本人論」という分野の言説(著作・評論・エッセイ・コラム等々)が日本の出版界・読書界では大変な人気を長らく保ってきた。

 同様にイタリア人論、ドイツ人論、フランス人論、ブラジル人論、アルゼンチン人論……等々ありそうなものだが、日本における「日本人論」の隆盛は世界的にも群を抜いている。「日本人とは〈日本人論〉を好んで読み,語りたがる人々の事である」という冗談まであるくらい、日本人は「日本人論」が好きである。

 「日本人無宗教論」や「日本語特殊言語論」はそうした「日本人論」のバリエーションのひとつ、「日本人論」構築のために持ち出される「日本人的なるもの」のひとつである。

 そうしたさまざまな「日本人論」と同期・連動しているのが「サッカー日本人論」である。日本人は「世界」の中で極めて特異・特殊な「国民」または「民族」あるいは「人種」である⇒ゆえに日本人は日本人というだけで、サッカーに関して大変なハンディキャップを宿命的に背負っている(もっとハッキリ言えば,日本人はサッカーに向いていない)。河内氏は違うと言っているが、「サッカー日本人論」は「日本人サッカー不向き論」でもある。

 こうした議論は、自然と日本のサッカーに関して自虐的・冷笑的になる。河内一馬氏は「差別的意図」も「諦め」もないと弁明しているが、嘘である。日本人である「われわれ」に対する差別=自虐である。むしろ、自虐的・冷笑的になることで、その論者は、この場合は河内氏になるが、サッカーに対する理解と批評精神を語ったことになる。

 加えるに、河内氏が引用・援用している橋爪大三郎氏や鴻上尚史氏も「日本人論」臭が強い人たちである。

 以上が、「サッカー日本人論」なる現象の骨子である。長らくこうした言説の担い手にあったのが、例えば佐山一郎氏であった。佐山氏も、実に自虐的な日本サッカー観を「サッカー日本人論」として垂れ流してきたが、今年2018年、『日本サッカー辛航紀』を上梓(じょうし)してサッカー論壇からは引退する旨、宣言している。


 その佐山一郎氏が退場した替わりに、佐山氏らの自虐的な「サッカー日本人論」の衣鉢を継いだ河内一馬氏が台頭してきたのは、なかなか興味深い現象ともいえる。

サッカーと「日本人無宗教論」の系譜
 当ブログが集めて確認できた資料のうち、「日本人無宗教論」に基づいた「サッカー日本人論」のもっとも古いテキストは、1993年、佐山一郎氏(やっぱりw)の「顔役ジーコの〈氷の微笑〉がひび割れるとき」である。所収は佐山氏の著作『Jリーグよ!』の38頁。初出は徳間書店の月刊誌『サンサーラ』1993年4月号。

Jリーグよ!―サッカー めざめの年に
佐山 一郎
オプトコミュニケーションズ
1993-12


 どういう話か? 要するに、元ブラジル代表のエースであったジーコは、カズこと日本人・三浦知良のチャラチャラした(と当時は思われていた)「カズダンス」を不快に思っているという話である。その不快さの理由が「ブラジル人の一神教的価値観」と「日本人の無宗教性」の違いだというのだ。

 むろん、ジーコ本人はそんなことは一言も語っていない。すべて著者・佐山一郎氏の一人合点による解釈である。中途半端に引用すると、かえってニュアンスが把握しにくいと思うので、ここでは引用しない。興味のあるサッカーファンは原本に当たってほしい。めくるめく佐山ワールドが読者を待っている。

 次いで、1998年フランスW杯。本大会初出場の日本代表=岡田ジャパンは1次リーグ3戦全敗。日本の「ストライカー」城彰二は、ゴールを決めることが出来ず、シュートを外しまくった。これに関して島田雅彦氏が週刊誌『女性セブン』に寄せたコメントである。

 島田氏曰く。サッカーのプレーとはそもそも「アクシデント」であり、パスやシュートが成功すること自体が「奇跡」なのだと言う。その上でこう述べる。
 ラテン・アメリカのカソリック〔キリスト教の最大宗派〕は奇跡を信仰します。教会では奇跡を祈るわけです。だからよく〔欧米の〕選手たちが試合を始めるときやゴールを決めたときなど、胸の前で十字を切りますが、あれは、奇跡を祈っているわけです。

 中田〔英寿〕にせよ、他の日本人選手にせよ、世界に出るとそういう連中を相手にしなくてはならない。神に対して威厳のない日本〔日本人無宗教論!〕で、そういう連中を相手にするには、笑うしか手段はありませんね。

島田雅彦『女性セブン』1998年7月16日号
 このくだりは、河内一馬氏のくだんの論考の次の記述に似ている。
■サッカー選手における宗教
 ピッチで〔欧米の〕サッカー選手が「祈る」という姿は珍しい光景ではありません。なぜ彼らは「祈る」のでしょうか? 彼らの気持ちは、私たち日本人が理解することは非常に難しいです。

 メスト・エジル〔元ドイツ代表〕と、モハメド・サラー〔エジプト代表〕はイスラム教徒です。彼らは試合直前や得点後などに「祈る」ことで知られていますが、それらはどんな役割を果たしているのでしょうか? サッカーにおいてどのような影響をしてくるのか? ピッチで「祈る」、もしくは「十字を切る」外国人と、それらをしない日本人〔日本人無宗教論!〕は、何が違うのか。そしてそれはサッカーという競技にどんな影響を与えているのか。

 最近では、2014年、吉崎エイジーニョ氏の『メッシと滅私』という本である。

 この本には「W杯の優勝国は全てキリスト教文化圏の国」という、河内一馬氏の論考とほとんど同じ話が出てくる。また、「文明の衝突」あるいは「キリスト教社会vs東アジア的儒教社会」といったキーワードで論が進められ、逐一紹介はしないが河内氏のモノの味方・考え方とよく似たテイストの内容である。

一神教徒は信仰心が薄い???
 一神教は信仰に厚い(が,多神教は薄い)という俗信は正しいのだろうか? 一神教と多神教を過度に対立的にとらえる通念を批判した人としては、島田裕巳氏や浅見定雄氏などいるのだが、ここは「日本人論」の鋭利な批判者でもある社会学者の逸話を紹介する。

 オーストラリア(豪州)メルボルン在住の社会学者・杉本良夫教授は、自身の著作『オーストラリア6000日』で次のような逸話を紹介している(ちなみに杉本教授は,NHK「ラジオ深夜便」のかつての海外電話リポーターである)。

オーストラリア6000日 (岩波新書)
杉本 良夫
岩波書店
1991-02-20


 杉本教授は、現地・豪州にある「アジア系コミュニティー情報財源センター」なる団体が主催した会議に出かけた。そこで東南アジア・ラオス出身の主婦からこう言われた。「〔欧州系の〕オーストラリア人は一般に宗教心が薄いですね。だって〔欧州系の〕キリスト教徒は、日曜日だけ〔教会の礼拝に行く〕でしょ。私たち〔アジア系豪州人の仏教徒〕は、週に何回も寺院に出かけます」と……。

 ……杉本教授も、従来の俗信通り、毎週日曜に教会礼拝に行く欧州系豪州人と対照的な「日本人の非宗教性」について思うところがあったが、このラオス出身の主婦との話で、いろいろ考え直させられたというのだ。

ウルグアイ人の信仰心? あるいはサイモン・クーパーの敗北

 サッカーW杯の優勝国は過去8か国しかない。それは全てキリスト教国である。河内一馬氏はこう言う(先述の通り,吉崎エイジーニョ氏も同様の発言をしている)。しかし、日本はキリスト教国ではない。だから日本は「世界」のサッカーで強くなれないと。

 しからば問う。ウルグアイは1950年大会以降、なぜW杯で優勝できないのか? ウルグアイ人だけ信仰が薄らぎ、「神」(啓典一神教ならば「天主」とでも呼ぶべきであった)が示した人々の生きる指針もまた薄らいだとでも言うのか? そんな馬鹿な話はない。

 よく言われるのは、ウルグアイは人口が少ない小国であることが、サッカーの国際競争では不利になるためではないかという仮説である。

 サイモン・クーパーとステファン・シマンスキーは著書『「ジャパン」はなぜ負けるのか』(森田浩之訳)の中で、日本サッカーが国際舞台でなかなか勝てない理由を(河内氏や佐山氏のように)宗教や言語など「日本人の国民性や文化」に求める風潮、すなわち「サッカー日本人論」は間違いだと、統計学を使って主張する意欲的な論考である。

 すなわち、その国のサッカーの実力は「国の人口」「国民所得」「代表チームの経験値」という3つの要素に左右される(宗教をはじめとする国民性や文化ではない)。実は、日本はこの点で非常に有望である。アメリカ合衆国、中国とならんで将来最も有望な国である(この話は,中村慎太郎氏の次のツイートの元ネタである)。


 何だかんだ言っても、日本は人口も所得(カネ=経済力)もある。身体能力に優れているとされるアフリカ諸国は、実はこの点で期待薄だ。

 南米の小国ウルグアイは、人口も少なく、したがって経済の規模も小さく、これだけ世界化したサッカーでは昔のように勝てなくなった。それが長らくW杯で優勝できないでいる理由ということになる。つまり、ウルグアイ人の国民性や文化の問題ではないのだ。

 日本に足りないのは「代表チームの経験値」だけだが、それもまったく問題はない。世界サッカーの最先端地域である西ヨーロッパ(ドイツ,オランダ,イタリア,フランスなど)から優れた指導者(監督・コーチ)を招聘(しょうへい)し、その知識を吸収すればよいのである……。


 ……ところが、日本サッカー協会(JFA)は、フランス国籍の日本代表監督ヴァイド・ハリルホジッチ氏を更迭をしてしまった。そもそも日本人は、宗教や言語や国民性や文化等々の関係で「世界」とコミュニケーションが取れない(!)。だから、西ヨーロッパの監督・コーチなど読んでも無駄である。すなわち日本は「世界」のサッカーでは強くなれない……と、事実上、河内一馬氏はそう論じている。


 要するに「サッカー日本人論」は簡単に根絶できないのである。これは『「ジャパン」はなぜ負けるのか』の著者クーパーとシマンスキー両氏、そして、その邦訳者にして、第3の執筆者ともいうべき森田浩之氏にとって誤算であり「敗北」である。

後藤健生氏の「解脱」と河内一馬氏の「煩悩」
 サッカーW杯で優勝したことがあるのは8か国だけで全部キリスト教国……という「サッカー日本人論」の発想には、おかしなところが沢山ある。

 しからば問う。フランス人は1998年大会での初優勝まで、スペイン人は2010年大会の初優勝まで、キリスト教の信仰が薄く、「神」が示した人々の生きる指針もまた薄かったとでも言うのか? そんな馬鹿な話はない。

 サッカーライターの大御所・後藤健生氏は、1995年刊『サッカーの世紀』で、今後ともW杯で優勝できるのはブラジルにドイツ、イタリア、アルゼンチンの4か国だけ。小国ウルグアイや地元開催の僥倖(ぎょうこう)に恵まれたイングランドが優勝することはもうないし、フランスやスペインなどは「いいサッカー」をするけれども優勝はできない……と豪語していた。

サッカーの世紀 (文春文庫)
後藤 健生
文藝春秋
2000-07


 なぜなら、後藤氏も河内一馬氏と同様、サッカーはその国の国民性や文化に拘束されるという思想の持ち主だったからであり、当然「サッカー日本人論」の信奉者であった。ゆえに先述の4か国だけが「W杯で優勝できるメンタリティ」を持っている。だから、それ以外の国が世界一になることはないとしていた。ましてや、日本サッカーの将来的可能性については、ゆえに全く悲観的であった。

 ところが、1998年大会でフランスが初優勝すると、同大会をリポートした『激闘ワールドカップ'98』の中で、後藤氏は徐々に自身の立場を改め始める。次いで、2010年大会ではスペインが初優勝する。後藤氏の当初の想定は大きく外れた。

 その国のサッカーは国民性や文化の影響を受ける。だからW杯で勝てる・勝てないという発想そのものが、かくもいい加減なのである。2018年現在、後藤健生氏は「サッカー日本人論」の発想からはほぼ「解脱」(げだつ)している。一方、年齢が後藤氏の半分以下の河内一馬氏は未だに「サッカー日本人論」という「煩悩」(ぼんのう)にまみれている。

 さらに、同じキリスト教国でも優勝できた国とできない国では何が違うのか? 河内氏の言葉からは何の説明もない。

「正典」の民=インドはなぜサッカーが弱いのか?
 河内一馬氏は、無宗教の日本人に対して「世界」の宗教的な国々には全て「正典」が存在すると説く。「正典」は、はるか昔「神」が人々に示したテキスト=生きる指標であるという。その指標の有無が、サッカーでは決定的な違いをもたらすのだという。つまり、日本人のサッカーは「世界」で強くなれないのである。

 河内氏は、橋爪大三郎氏の『世界は四大文明でできている』を手がかりに、「世界」の4つの文明(宗教)とそれぞれの「正典」を紹介しているのだが……。
  • キリスト教(ヨーロッパ中心)約25億人:「聖書」
  • イスラム教(中東/東南アジア中心)約15億人:「コーラン」(クルアーン)
  • ヒンドゥー文明:ヒンドゥー教(インド)約10億人:「ヴェーダ」
  • 儒教文明:儒教(中国)約13億人:「五経」
 ……って、ヲイヲイちょっと待ったらんかい!?

 しからば問う。正典「ヴェーダ」の民であるはずのインドは、なぜあんなにサッカーが弱いのか? これもちょっとネット検索すれば、インドの国内スポーツ事情が分かる。同国はクリケットでは世界的強豪国でW杯優勝経験もあるが、国全体としてまだまだ貧しかったので、他のスポーツ種目の普及や指導に手が回らなかっとの由である。

 同様に、正典「五経」〔正しくは「四書五経」の間違いではないのか?〕の民であるはずの中国もサッカーの人気があるが、アジアの中でも弱い。すなわち、その国のサッカーの強さは「正典」の有無とはほとんど関係ないのである。

 河内氏は、キリスト教とイスラム教を引き合いに出して、日本のサッカーを否定したかっただけなのだ。だが、現実の世界サッカーの勢力図を無視して、橋爪大三郎氏の大風呂敷な著作『世界は四大文明でできている』の図式を当てはめようとするから、儒教やヒンズー教も絡んできて、どうにも話がおかしくなる。

ガブリエル・クーン氏の一言で河内一馬説はあっさり轟沈
 2013年11月、かの『アナキストサッカーマニュアル』の著者ガブリエル・クーン氏が来日して、トークイベントを行った。

 当ブログは本を持っていたので、クーン氏にサインをもらいに行った。その時の会話(通訳が同書邦訳者の甘糟智子氏であった)。
当ブログ「日本人は,自分たち(日本人)のことを〈サッカーに向いていない民族〉だと思い込んでいるんですよ……」

ガブリエル・クーン氏「そんなことないだろう。2011年女子W杯で日本代表(なでしこジャパン)が優勝しているじゃないか」

ガブリエル・クーン氏のサイン
【ガブリエル・クーン氏のサイン】
 そうなのである。サッカーW杯の歴代優勝国は全部キリスト教国だというが、女子まで拡大すると、歴代優勝国はアメリカ合衆国、ノルウェー、ドイツ、そして2011年大会で、少なくともキリスト教国ではなさそうな「日本」が優勝している。W杯は一神教を信じる国でないと優勝できないとする河内一馬説、あるいは吉崎エイジーニョ説は、これでたやすく崩壊する。

 前出の社会学者・杉本良夫教授は「〈日本人論〉の立論において観察対象となるのは,もっぱら男性(男性社会)であって,女性は無視される」と批判している。同様に「サッカー日本人論」の世界では、女子サッカーの存在はほとんど無視される。

サッカーと「日本語特殊言語論」の系譜
 「日本語特殊言語論」に基づいた「サッカー日本人論」の歴史も古い。当ブログの資料の中で最も古いのは、大阪・枚方フットボールクラブの指導者として有名だった故・近江達(おうみ・すすむ)氏の論考「日本サッカーにルネサンスは起こるか?」である。

 近江達氏とは誰か? JFAではなく在野の少年サッカー指導者として、かつて日本サッカー界に大きな影響を与えた人である。2013年に逝去されたが、その際、後藤健生氏、牛木素吉郎氏、武藤文雄氏らがインターネットに追悼文を寄せた……という逸話だけでも、その存在の大きさが分かるだろう(詳しくはググってください)。

 1980年代、アマチュア時代の後藤健生氏が編集長をしていたミニコミ専門誌『サッカージャーナル』に連載していたのが近江氏の「日本サッカーにルネサンスは起こるか?」である。後、1991年にまとめられて同名で自費出版されている。

近江達『日本サッカーにルネサンスは起こるか?』
【近江達『日本サッカーにルネサンスは起こるか?』】

 当ブログ的には、少年サッカーの指導という実践面と、日本サッカー評論という思想面で、近江達氏への評価は区別するべきだと思う。後者「日本サッカーにルネサンスは起こるか?」に関しては、まるっきり「サッカー日本人論」の先駆けだからだ。

 それはともかく、近江氏の「日本語特殊言語論」を見てみよう。初出は後藤健生編集長の『サッカージャーナル』1984年4月号である。
 衆知のように、日本語の文章は主語なしでも成り立つが、欧米の言語では主語のない文章なんてない。必ず主語がある。

 そのことに関して専門家が言うには、向う〔英語〕のIとYOUとは、いわば完全な対立関係にあり、日本語ではそういう西欧的な意味でのIに相当するものはなく、そうしたきびしい個と個との対立はないのだそうである。

 言われてみると、たしかにこちら〔日本語〕は、私だ、ボクだ、オレだ、小生だと、種類や使い分けは多彩でも、何しろ主語がなくてもいいくらいだから、英語のIのように文章の途中だろうとどこだろうと、かならず大文字で書くようないかめしい自己主張〔個の確立〕などない。

 それどころか、今はそうでもないが、ひと昔前は己を小さく人を大きく立てるのが奥ゆかしいとされていたくらいで、それだけ〔日本人は〕自我も弱く主体性がない〔個が弱い〕ことは間違いない。

 それほど違う言葉の世界でそれぞれ育っていくのだから、大人になったとき〔サッカーに関して〕日本人と外人〔ママ〕とでは相当な差異ができてくるのは当然かもしれない。

近江達「日本サッカーにルネサンスは起こるか?」連載第8回
 次いで、フランスでサッカーコーチのライセンスを取得した前田和明氏の論考である。本校で紹介した人物のうち、キャリア的に河内一馬氏に最も近いのはこの前田氏だろう。それが展開されるのは、前田氏の『王者交代』という著作である。

 日本語は一人称がいくつもあるので個(自我)が弱い、英語のIとYOUの緊張的な関係とは真逆であるといった話は近江達説と同じ。日本語は英語と比べて文法の規則性に乏しい(!)といった話も、「日本人論」ではよく聞く話だ。前田氏はさらに独創的である。次の話に当ブログは腰を抜かさんばかりに驚いた。
 〔日本語の〕動詞が最後にあるというのは、ヨーロッパ系の言語と決定的に異なっている部分であろう。動き出す前に、いろいろなことを処理しなくてはならない。ヨーロッパ系言語は主語のあとにすぐに動詞がくる。動くまでのスピードが速い。日本語では、逆に遅くなる。また自分を表す主語が英語のIなどのように、常に同一でないために、まず自分が誰であるかを規定しなければならない。先ほどあげた私、俺、あなた、お前などである。これは相手と場に依存する。まず自分を決めるという作業ののちに、修飾語と被修飾語を考え、最後に動詞となる。

 日本語は非常に静的な言葉だ。その干渉により日本人の判断は、多くの場合ヨーロッパ言語人よりもほんの少しだけ遅れてしまう。現代フットボールのスピードを考えると、この遅れが11人の連鎖の中で、相対的に莫大な時間のロスとなる。場が決まらない限り自分がはっきりせず、自我が弱い。自我とは自己規定だと思う。そのことにより個人でリスクを負い選択しアクションを起こし責任をとるといったことが苦手である。規律にしたがった各自の独断と、スピードと正確性を要するゾーンプレスには向かないその思考の流れが、日本語の干渉により存在する。

前田和明『王者交代』214~215頁
 日本語などという劣等言語を使う限り、日本人はサッカーでは強くなれないのだ。「だから、日本人はヨーロッパ言語に対応した神経システムをつくる訓練を何もないところから始めなければならない」(同書218頁)。もはやニッポン人のサッカーは「人種改良」するか、日本語を廃止するところから始めないとどうしようもないようだ。

 ここまでくるとレイシズム(人種主義,人種差別)である。事実、三浦小太郎氏(保守系の評論家)のように「サッカー日本人論」とはレイシズム言説ではないかと、鋭く指摘する人もいる。

 最近の例としては、2005年、中田英寿が日本のマスコミ(テレビ局=テレビ朝日)とトラブルを起こした時、「日本語=日本人の〈主語〉のない文化」の俗信を持ち出して自己正当化をはかったことがある(下記リンク先参照)。
 国際サッカーシーンでは凡庸な選手でしかなかった中田英寿が、日本では変に神格化される。その理由は、とかく「日本人的であること=非サッカー的であること」という「サッカー日本人論」の世界観にあって、中田ヒデは唯一例外的に「日本人離れ」しているとされたからである。

 中田英寿は、日本では、サッカー選手としてのパフォーマンスではなく、その言動・立ち振る舞いによって過剰な高評価をされている。

中村光夫から「日本語特殊言語論」と「サッカー日本人論」を撃つ
 日本語は特殊で理解しにくい言語であるという通念を批判した人としては、日本語文法学者の三上章を初め沢山いるのだが(中田英寿は,三上章の『象は鼻が長い』をよく読むべきである)、ここはお手軽に、小林秀雄と並ぶ文藝評論の大家・中村光夫の孫引きで簡潔に痛罵する。
 中村光夫は、『言葉の芸術』(1965年)で高田博厚とロマン・ロランを批判している。

 高田はロランに日本語の難しさについて語り、「自分」を表現する場合でも私、僕、我輩、手前など十以上もあり、話す相手によって変えねばならずやっかいだと教える。するとロランは「そんなばかなことがあるか、どこへ行ったって自分は一つじゃないか、なぜ相手次第で変わらなければならないのだ?」と怒りだした。高田はその思い出を枕に、現代日本人には封建根性が根強く残っていて、ロランはそこに立腹したのだと「思いあたった」と書く。

 中村はこのエッセイを紹介した後で、高田とロランの両者を痛烈に批判する。

 高田の文章は、外国の名士の片言隻句に意味ありげな解釈をほどこす我国〔日本〕の知識人の習癖を示すもので、ロランとの会話は実にたわいない議論である。

 それなら高田はロランにこう言えばよかったのだ。日本語には一人称代名詞は沢山あるが、フランス語のように機能によって形が変わることはない。「私は」がjeで「私に」がmoiで「私を」がmeであるフランス人は、人に金をやる時と人から金をもらう時とでは自我の形が違うのか、と。たわいない議論はそれで終わったはずだ。

 この伝で言えば、近江達氏には「それなら欧米人は,パスをする時,パスをもらう時,あるいはボールをキープする時で自我(個)の形が違うのか?」とでも批判すればいい。前田和明氏には「ヨーロッパ言語人は,動詞の後に目的語や補語が来るので,誰に・どこにパスを出せばいいのか最後まで決まらない.その分,思考が遅くなるのではないか?」とでも批判すればいい。たわいない議論はそれで終わる。

河合一馬説が間違っていると断言できる決定的な根拠
 とどのつまり、河合一馬氏の言い分は、日本サッカーが長期低迷していた1970~80年代初めから、日本サッカー界・サッカー論壇に蔓延していた自虐的な「サッカー日本人論」でしかなかったのである。それが正しいのなら、日本サッカーはその当時のままずっとずっと低迷していなければならない。

 しかし、この間、Jリーグの創設と定着、日本代表のW杯本大会連続出場など、日本サッカーは曲がりなりにも伸長しているのである。

 つまり、「日本人論」で語られる日本人の国民性や文化・宗教・言語等々と、日本サッカーの実際の在り様との間に因果関係はない。虚構である。換言すれば「サッカー日本人論」は間違っているし、河合一馬説は間違っている。

河合一馬説に共感するサッカーファンたち
 さらに中村〔光夫〕は次のように述べる。「問題は、こういう考えがたんに高田〔博厚〕氏のように特殊な教養と経歴の持主ひとりのものではなく、それに多数の賛成者がいるということです。どうも日本語というのは特別に封建的な言葉らしい、とか、我々の言語生活に表われた封建性は反省しなければならないという人がすぐでてきます。」

 サッカーライターの大御所・大住良之氏は、1994年1月に「〈日本のサッカーはまだまだダメだ〉と言えば、〈そのへんのサッカーファン〉と一線を画せると勘違いしている〈サッカー関係者〉が少なくないことは悲しい」と述べている(『サッカーの話をしよう〈1〉』,初出は『東京新聞』1994年1月4日付)。

サッカーの話をしよう〈1〉
大住 良之
NECクリエイティブ
1996-03


 これは、金子達仁・杉山茂樹・加部究・佐山一郎らといった、当時「電波ライター」と呼ばれたサッカーライターたちの、1993年「ドーハの悲劇」の反応として発せられた自虐的な日本サッカー観に対する批判として書かれたものである。しかし、河内一馬氏のように「日本のサッカーはまだまだダメだ」と言えば「そのへんのサッカーファン」と一線を画せると思っている「サッカー関係者」は、2018年現在、途絶えることはない。

 サッカー日本代表がFIFAランキングで50位前後ならば、日本と同等以下の国々のサッカーも「まだまだダメ」なのである。その多面的・重層的な「まなざし」から、少しでも日本サッカーを高い段階へと上げるべく考えるのが、本来のサッカー評論のはずである。

 ところが、それがあたかも日本のサッカーだけが「ダメ」であるかのように印象付けるカラクリが「日本人論」であり「サッカー日本人論」だ。そうした日本サッカー観に共鳴・共感するサッカーファン・サッカー関係者も、例えば宇都宮徹壱氏のように、また実に多いのである。


 こちらは、さらに問題である。

 河内一馬氏は、自身の論考の連載を「科学」ではない「芸術としてのサッカー論」だとしている。たしかに「科学」ではない。しかし、これを「芸術」などと呼ぶのは芸術に対する冒涜であろう。

 河内氏の日本サッカーの論考は、科学でも芸術でもない「日本人論」または「サッカー日本人論」というオカルトであり、与太話であり、トンデモである。

 こんなお粗末なサッカー評論をありがたがるサッカーファン・サッカー関係者の気が知れない。

(了)



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林信吾さんの反プロレス論,ちょっと待って
 林信吾(はやし・しんご)氏の陳腐な凡庸な反プロレス論「プロレスの味方は、いたしかねます」(上・下)を、悲しい気持ちで読んだ(詳細は以下のリンク先を参照されたい)。



 「プロレスはスポーツ,格闘技,武道ではない」とプロレスを否定し蔑視する林信吾氏のスポーツ観が、何かおかしいのだ。

日本のインテリや文化人はスポーツ観戦が嫌いか?
 林信吾氏の母方の御祖母はプロレス、特にアントニオ猪木のファンだった。猪木の流血ファイトには度々励まされていたという。一方、その娘である彼の御母堂は「学究肌」で「野球、プロレス、相撲いずれも毛嫌いしていた」という逸話を語る。

 ここから林信吾氏は、村松友視氏が『私、プロレスの味方です』を著(あらわ)した1980年当時、「プロ野球や大相撲を含めて、TV中継されるような観戦スポーツに熱中するなど、『インテリのやることではない』というに近い風潮が、まだまだ残っていた」と回顧する。いわんやプロレスにおいておや。
 それでは、日本のインテリや文化人はスポーツ観戦が嫌いか? これは正しくない。

 熱中・熱狂とは言わないまでも「TV中継されるような観戦スポーツ」の観戦を愛好していたインテリや文化人ということならば、1980年前後までという条件でもかなりの数にのぼる(一部重複あり.参考文献は後にまとめて紹介します)。だいたいの裏がとれた人物では文士が多かったが……。

[プロ野球]虫明亜呂無、埴谷雄高、小林秀雄、五味康祐、鈴木武樹、水原秋桜子、井上ひさし、丸谷才一ほか(順不同,以下同様)。アマチュア野球などにまで含めると、さらに広がる。

[大相撲]尾崎士郎、舟橋聖一、久保田万太郎、迫水久常、司馬遼太郎、吉田秀和ほか。相撲好きを意味する「好角家」という言葉まであるくらい著名人のファンは多い。

 この他、プロレスの代わりに「競馬」も加えてみる。反プロレス言説といえば「知の巨人」と称される立花隆氏による以下の発言がある。
 私はプロレスというのは、品性と知性と感性が同時に低レベルにある人だけが熱中できる低劣なゲームだと思っている。
立花隆
 これは非常に有名で、林信吾氏もくだんの反プロレス論で、立花氏の発言と逸話を援用している。その、当の立花隆氏は「野球と競馬以外は,世の中のたいていのことに興味がある」とどこかで書いていたからだ(たしか『文明の逆説』だったか)。

[競馬]菊池寛、虫明亜呂無、山口瞳、寺山修司、木下順二ほか。公営ギャンブルである競馬だが、反面、ロマンチックに思い入れる競馬ファンの著名人は多士済々である。

 ……と、これだけいる。しかも菊池寛は『文藝春秋』の創立者、文春出身の立花隆氏の大先輩である。立花氏のようにスポーツ観戦が嫌い、または関心がないというインテリや文化人は、日本では必ずしも多数派ではない。

 また、これは林信吾氏が言うように「わが国〔日本〕は、いささか行き過ぎた大衆社会」だからでもない。多彩な文士によるスポーツライティングということであれば、アメリカ合衆国にもそれが存在するからだ。

 むしろ、こういった文脈の中から、異形のジャンルであるプロレスにも村松友視氏のような人物が登場してきたのだともいえる。

 林信吾氏の認識は正しくないような気がする。自身の狭い体験から論理を飛躍させて都合のいい結論に導き出すのは、それこそ彼がさんざん批判してきた、林望氏やマークス寿子氏らの「イギリス礼賛(および日本卑下)論」と同じではないか。

スポーツの原義は「健康増進や精神修養」ではない
 以上は、林信吾氏の「見る(観る)スポーツ観」に関するものであった。それでは彼の「やるスポーツ観」はどんなものだろうか。

 不思議なのは「健康増進や精神修養こそスポーツ。プロレス見ても心身は鍛えられない」という、その発言である。

 林信吾氏の考えは、19世紀イギリスのアスレティシズムの思想に近い。しかし、昨今、スポーツをそのように定義する人はほとんどいない。

 よく言われるように、スポーツの原義はラテン語の「(日常の憂いや不安を)運び去ること」を意味する言葉に由来、転じて「気晴らし,遊び,娯楽」を意味する。それは、本質的に「体」ではなく「心」の問題であり、海外では釣りやビリヤードなど実にさまざまな楽しみ事が「スポーツ」の範疇に入る。最近はeスポーツなどと言うものまである。

 こう言えば、これはスポーツライター玉木正之氏がかねがね主張していることである。 もっとも、玉木氏の「スポーツは遊びだ.教育や体育,あるいは勝敗を争うこととは全く別のものだ」という言い分も正しいとは言えない。

 なぜなら、玉木氏と意気投合したアスリートに平尾誠二氏(ラグビー日本代表の選手・監督.故人)がいる。彼も「スポーツは遊びだ」「ラグビーを楽しむ」等々公言していた。平尾氏が仕切っていた神戸製鋼ラグビー部は日本選手権7連覇を成し遂げる。



 ところが、その平尾誠二氏が日本代表のチーム作りや指揮・采配に深くかかわったラグビー日本代表は、1995年と1999年のラグビーW杯で惨敗、観戦者として大いに失望させた上に、スポーツとして何の感動も得られなかったからである(その詳しい経緯は以下の著作に詳しい)。

ラグビー黒書―145点を忘れるな!
日本ラグビー狂会
双葉社
1995-12


ラグビー従軍戦記
永田 洋光
双葉社
2000-06


 それでは「スポーツ」とは何なのか。その中で「プロレス」はどのように位置づけられるのか。

本来「スポーツ」は「残酷さ」や「流血」を伴うものだった
 その答えではないが、考えるためのヒントになるかもしれないのが、イギリス・スポーツ史を専攻する松井良明氏(奈良工業高等専門学校教授)による『近代スポーツの誕生』や『ボクシングはなぜ合法化されたのか』である。



 これらの著作で描かれているのは、イギリスの近世から近代初期のスポーツ史である。スポーツの語源はラテン語で「気晴らし」の意味……と、ここまでの説明は玉木正之氏らと変わらない。しかし、この時代のイギリスの「気晴らし=スポーツ」には残酷さや流血、暴力をもてあそぶ性質が強かったのだという。

 例えば、賞金を賭(か)けて素手で殴り合い死亡事故が多発したボクシング、どちらかの選手の頭が流血するまで決着がつかなかった棒試合(木の棒を使った剣術の一種)。闘鶏や闘犬、雄牛vs犬、熊vs犬といった動物同士の殺し合い、あるいは牛追い(闘牛の一種)のような人間と動物が対決するアニマルスポーツ。中でも無慈悲なのは、くくり付けた鶏(ニワトリ)に人間が木の棒を投げて殺す「鶏当て」……。

 ……一連の「スポーツ」は「ブラッディ・スポーツ」(bloody sport:流血のスポーツ)と呼ばれた。それが、かつてのイギリスにおけるスポーツ=「日常の憂いや不安を運び去る気晴らし,遊び,娯楽」だったのだ。

 こういった営為は「今日からすればいずれも〈残酷〉で〈血なまぐさい娯楽〉であった」(『近代スポーツの誕生』29頁)。あるいは「品性と知性と感性が同時に低レベル」にないと、またはならないと熱中できない楽しめない代物かもしれない。林信吾氏や立花隆氏は受け入れられないかもしれない。同時に闘鶏やボクシングなどは高貴さや名誉の観念も持ち合わせいたというが(同書74頁,132頁)。

 一方、人は「品性と知性と感性が同時に低レベル」になることで精神を解放するのではないか。ここだけうろ覚えで書くと、例のサッカーのフーリガニズムも、実は相応の社会的階層にある人が、サッカー観戦でフーリガンもどきになって日常の憂いを発散させるのだという話をどこかで聞いたことがある(後藤健生氏の著作だったか?)。

旧スポーツの「残酷さ」や「流血」を継承したプロレス?
 こうした「ブラッディ・スポーツ=流血のスポーツ」。近代に入ってアニマルスポーツは禁止され、ボクシングは残酷さや流血を抑制するルールを整えて後の時代に継承された。実は残念ながら松井良明氏の著作には、レスリングまたはプロレスに関する言及がない。

 だから、答えではなくあくまで「考えるためのヒント」なのだが、失われた「ブラッディ・スポーツ」が孕(はら)んでいた「残酷さ」や「流血」の要素を、形を変えて継承したのが「プロレス」という格闘技の鬼っ子ジャンルだったのではないか……という大胆な仮説を立ててみる。

 むろん、異形・異端であるのがプロレスだから、そこには立花隆氏のような理解の無い人の嫌悪や偏見がついてまわる。しかし、それでも、プロレスとその観戦は立派なスポーツなのである。

 当ブログは、林信吾氏の「〈プロレスの味方〉をする気にはなれない理由」の味方をする気にはとてもなれない。

(この項,了)



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